From the North Country

爽やかな秋 2009年08月31日(月)

  8月も今日でおしまい。
その感想はと言えば『え!もう夏は終わっちゃうの?まだ始まってもいなかったのに…』みたいなもん。
低温・日照不足で雨ばっかりだったという印象だ。
お盆が明けた頃から秋風が吹き虫の音が賑やかになっていたから、今年は爽やかな秋が長続きする年なんだろうと良い方向で考えたい。
すっかり北海道の自慢となったお米の出来具合は『やや不良』とのこと。
でも北海道流に改良が進み、農家さんが丹精込めて作ってくれた新米を味わえる日も遠くない。
実りの秋である。

さて、我が家の愛犬アモはああ見えても繊細なところがあり、特に皮膚は弱く、洞爺湖で泳いだ後は帰宅後にノルバサンでシャンプーをしないと雑菌がいたずらして炎症を起こしやすくなる。
今回はどうやら耳にきたようだ。
内部ではなく耳たぶの内側。

そこで先日この欄で紹介した『厚別中央通どうぶつ病院』で受診することにした。
実は開院して初めての訪問だった。
数組の患犬と飼い主が来院していてI夫妻は忙しそうだった。
「まるで外国のカフェみたいな素敵な庭なんですよ!」
カフェのお客様から聞いていたが、そこは病院という時に辛い思いをする施設にある中で、癒しを感じさせてくれる空間であり、今日はそこに柴犬を連れた女性がベンチに座っていた。
他犬が苦手で待合室で迷惑をかけないよう配慮されていたのだと思うが、絵になるような風景だった。

受診票を記入していくと最後の方に思わずニコッとする項目があった。
正確な記憶ではないが、治療方法について飼い主としての考えを選択する項目があったからだ。
充分な検査のうえ治療したいとか、対症療法的な治療でよいとか、それなりの検査と治療を併行してとか、あるいは大学病院など専門病院を紹介して欲しいなど、飼い主の考え方や事情に配慮したいとのI先生の思いが滲んでいた。

誰もいなくなってから
「忙しそうでよかった。でも家のことまで手が回らないんじゃない?」と私が尋ねると奥さんは「ええ、まだ私が慣れていないものですから」と、それでもにっこり笑ってくれた。
9月からはスタッフが来てくれるそうだ。

「カフェから紹介されてきたわんちゃんは、なんかちょっと違うんですよねぇ。人への信頼というか…」
I先生の一言がうれしかった。

先日この欄で紹介したゴールデンの仔犬が今日カフェデビューした。
あむちゃん。
アモは「はぁ?」という顔。
この子が大きくなりおりこうさんになる頃、I夫妻もちょっと一息ついて一年を振り返る余裕ができるかもしれない。
 

他人事ではない変化を感じる時 2009年08月28日(金)

  私の身体は一生分のアルコールを摂取しつくしてしまったのだろうか。
昨日ニセコでコップ一杯の焼酎を飲んだ時に異変を感じた。
あっというまに私は酔い潰れ、自分が自分でなくなっていく流れを受け入れるしかなかった。

「夕べのこと覚えてる?」
Kが今朝話してくれた内容の十分の一も覚えていなかった。
で、今夕帰宅した私は一通りの片づけを終えた後、枝豆横丁の取立て枝豆を肴に飲み始めた。

やはりおかしい。
駆けつけ3杯やってようやく一息つけてた数日前までとは明らかに違う。
政治の世界と同じように私の身体にも変化が訪れているようだ。

さて、サモエドゆき君を通じてテーマとなった“鼻鳴らし”と“排泄マナー”の後編である。
実は鼻鳴らしには遺伝的傾向があることを私は経験として知っている。
つまり親がそうであれば子供達にもその因子が受け継がれるということだ。
もうちょっと正確にいうなら、仔犬たちがすべて必然的に鼻鳴らしをするのではなく、そうなりやすい飼われ方をしたらその因子が顕在化するという状況が生まれるということである。
科学的根拠を示すのは恐らく容易だと思うがそんな趣味は私にはない。

で、私はどうするかというと『遺伝だからしょうがない』という部分は一応押さえておきながら、『どこまで後天的な働きかけが動物の行動を変容させることができるのか』というところに興味を抱く。
だから心の底で『頑張れ!』と叫びながら制御し、『自分ではどうしようもないんだよぉ!』という犬たちの目と表情に注力する。
そしてお互いの妥協点を決める。
決めるのは話し合いによるものではなく一方的に私が決める。
そして“妥協した条件”には『今後ずっと叱ることがある』という項目が含まれる。
そうしないと図に乗った遺伝による鼻鳴らしが増幅してしまうからである。

次に排泄マナー。
東京で発行している雑誌ではペットボトルに水を入れて持ち運ぶのが愛犬家のマナーみたいに書いてるが、あれはエゴというかファッションというかごまかしというかせこいというか、はっきり言えばク●だ。
犬と暮らせば多かれ少なかれ他人に迷惑を及ぼすものだ。
それを『私は善人でございまする』というパフォーマンスにし、できれば排泄痕にペットボトルの水をかける動作を他人に見てもらいたいという臭いがある。
『雨が降れば流されるし、バクテリアや紫外線が遠くない時間で処理してくれる。でなきゃ、数億年の臭いが蓄積されて世の中臭くてどもならんはずでしょ』
そんな開き直りは今の時代だからこそ善良な犬飼いにあってもよいと思う。

そのうえで“よそ様”の門柱なんかにはマーキングさせないことを心がければよいのだ。
その隣の空き地だってきっと“よそ様”の所有物だろうが、そんなのまで心砕いていたら犬にホタル族を説くようなもので意味がない。

『おい、そこはやめとけ!』
あなたがそう言えば『へい、分かりやした』というしつけをしてればいいんじゃないかと私は思っている。
理由を愛犬に説明しなくても、そのうち犬のほうが『こんなとこはダメなんでしたっけね?』という顔をするようになる。
簡単(シンプル)で複雑と言えばそうともいえる。

今夜は以上。
常備薬のヘパリーゼを飲んだら、そこそこ焼酎を飲めるようになった。

そうそう、日曜日は衆議院議員選挙。
民主党の圧勝は間違い無さそうだ。
だとしたら、憲法9条を守るため、そして私の友人山口たかを国政の場で働かせるため、北海道の読者の方はせめて比例区では心ならずかも知れないけれど『社民党』とご記入下されば嬉しく思います。
これって選挙違反じゃないですよね?
敗戦濃厚なれど友を思う人間の心からの叫びであります。
 

Yes/but 2009年08月23日(日)

  先日のこの欄にお泊り犬サモエドのゆき君を引き合いに出して『鼻鳴らしのことや、オシッコをしていい箇所とダメな箇所をなかなか理解できずにいる。例えばこちらが何の制御もしなければよそ様の門柱にでもマーキングしようとする。
高度な要求ではあるが排泄マナーというものを犬自身に分かってもらいたい。』と書いたら、飼い主のHさんからはご心配のメールをいただき、神奈川のNさんからは『もっと詳しく』とのメールが届いた。

まずHさんへ。(Yes… but論法)
(Yes)雪之介はKやスタッフそれにお客様から随分気に入られています。
どんなお客様やわんこが来店しても愛想よくもてなしてくれるし、サモエドのおおらかさと懐の広さを備えた愛すべきわんこに育てられています。
近所に吠えてばかりのサモエドがいるのですが、その飼い主は『あんなサモエドに育てたかった』と思っている(今からでも遅くはないのですが…)に違いありませんし、今日の散歩中に前から来た女性二人はゆきに抱きつき「ふわっふわ!可愛い!!」を連発し、横にいて何も言われなかったアモは憮然としておりました。

(But)お泊りが3週目に入った定休日にはそれなりの信頼を勝ち得ていたゆきをフリーにした生活を送りました。
カフェのドアは開放しガーデンに自由に出入りできるようにして私は昼寝をしたのです。
その結果は、トリミング室のバスタオル収納(布製で中にはたくさんのタオル)とカフェのストーブがたっぷりの放尿で汚されておりました。
「あり得ねえ!!」と叫んだ私だったが“お泊りカード”のトイレのしつけ欄に『時々失敗する』項目にチェックが入れられていたことを思い出し、自分の油断を恨んだのでした。
(補足;大型犬だから排泄の失敗をしたらすぐに分かるのは利点といえる。これが小型犬だったら…多くのドッグカフェや宿が臭いのはこれが一因)

さぁて、ゆき君。どうやって信頼を取り返すつもりだ?
否、信頼に足る排泄行動がそもそも確立されていなかったかもしれないのだから君だけを責めるのは酷だよな。

“野放しにしてなお万全の振る舞いができる犬。”
私の当たり前が社会の当たり前でないことを思う。
社会のレベルではゆき君は当確だろうが、カフェにお泊りしている間は私の要求をクリアし続けるのだぞ。

性格の良さについつい甘くなってしまうけど…

ああ、もう2時を過ぎてしまった。
神奈川のNさん。
あなたの質問に対する答えは簡単で複雑だけど、また明日にでもその気になったら、ということで。
 

仲間たち 2009年08月22日(土)

  なんか気まぐれな夏ですな。
雨ばっかりの冷夏かと思えば、昨日今日とカフェでは30度。
明日はまた曇りで一時的に雨の予報になっている。
家庭菜園のミニトマトですら収穫が安定せず、明日収穫予定の枝豆は果たしてどんな味がするのやら…

そんな中、Mダックス/ロン・ジュリKさんの素人集団農園から仕入れてきた野菜の美味しいこと美味しいこと。
ミニトマトはフルーツみたいな甘さがあり、インゲンなんて豆を皮ごと食べてるという実感がないのに直後からその味と香りがしっかりと広がってくる絶品である。
まさか日照不足が皮を硬くせず筋を形成させなかったわけではないだろう。
今が旬なのかそれともこれから先もあの絶妙な味が楽しめるのか?
ともあれKは今朝ありったけのインゲンを買ってきた。
明日日曜日もカフェの開店前に行かせたいがお泊り犬の管理もあるし…
はて、どうなることやら。

今夜はもうひとつ紹介したいことがある。
1994年、今から15年前のAC(公共広告機構)のポスターのことを私は新鮮に覚えている。
『ふりむくなビーン』というキャッチコピーが掲げられたそのポスターには、北海道盲導犬協会のパピーウォーカーKさん一家が1年間育て上げた愛犬ビーンのリードを協会職員に渡し、ビーンが犬舎へと歩いてゆく正にお別れの瞬間が切り取られていた。

写真の少女は周囲にはばかることなく嗚咽し流れる涙を手で拭いながら立ち尽くし、その後ろで両親は溢れる涙を拭くことなくビーンと娘をしっかりと見守っていた。
そしてビーンはしっかりと前へ歩みだしている瞬間であった。

その少女も時を経て大人になった。
次に会ったのは2002年か3年のことだった。
後に『りんごのすきなアーサー』(井上こみち著)という著書にもなった盲導犬の老犬アーサーをK一家が引き取り世話をしていた頃だ。
大人になった娘の彼氏は獣医の卵で、アーサーの苦しみを精一杯の想いで看病してくれた。
「こうちゃん」と私達は親愛を込めて受け入れていた。

さらに時が流れた今年、少女だったKさんの娘と獣医の卵だった二人はどちらも立派に成長し、念願のどうぶつ病院を開業するに至った。
その名は『厚別中央通どうぶつ病院』!

若いがこそ知識は“先進の獣医学”であり、若いが為の経験不足もあろうかと思う。
だが彼ら夫婦には心からの信頼に足る“獣医師になる動機付け”があり、そのことこそ私どもが獣医師に求める唯一無二の信頼だと思っている。

愛犬と自分たちのことを一緒に考えられるどうぶつ病院がカフェの近くにできましたよ。
ご相談下さい。ちゃんと紹介しますから。
 

最後までなかなか書けない日々 2009年08月19日(水)

  このところこの欄の更新が安定しないように思われているかも知れないが、実は毎夜のように半分以上は書いている。
だけど核心辺りまでくると酔い潰れ自分が何を書いているのかが分からなくなり、時計を見ると2時だったりしてアップせぬままベッドに潜り込んでいる状態なのだ。

もう歳なんだなあ。
踏ん張りが利かず潰れてしまう…

お泊り犬のサモエド/雪之介のことや最近どういうわけか増えてきたレッスン犬のことなど犬育てについて発信したい項目はたくさんあるのに書けないでいる。
今夜も既に12時を過ぎているから最後まで書けるか自信がない。

こんなときは箇条書きだとうまくいくのでチャレンジしてみよう。

1.サモエド/ゆき君はみんなから可愛がられるし、カフェなんかの看板犬に相応しい人当たり・犬当たりなど性格の良いわんこである。
でも私に執着し過ぎるし、要求の鼻鳴らしがあるし、オシッコをしていい箇所とダメな箇所をなかなか理解できずにいる。
例えばこちらが何の制御もしなければよそ様の門柱にでもマーキングしようとする。
高度な要求ではあるが排泄マナーというものを犬自身に分かってもらいたい。

2.最近のレッスンは幼犬が多い。これはとてもいいことだ。
カフェ色に染まって大人になればきっと楽しく暮らせるようになるだろう。
成犬になってから『咬むんです』という相談を受けるより気分的にとても楽だし、何よりキャンバスがまだ白いのが気持ちよい。

3.どうぶつ奇想天外!という番組は終わったけれど、あの中で北海道盲導犬協会を取材し続けたKディレクターとYカメラマンから先程私の携帯に電話があった。
「旭川の盲導犬ユーザーMさんと今飲んでるんだ。番組は終わったけど別の仕事で旭川に来たから誘ったんだ。飲むと長崎さんの話がいつもでるんだよなあ。だから電話したぁ」
私が退職して7年を過ぎても思い出してくれるのはありがたいが、彼らには既に北海道人としての生き方が染み付いているとしか思えない。
きっとあの頃の仕事が心地よかったんだろうなあと思う。

最初は東京人の『取材してやる』という匂いが彼らにはあった。
それに対し私は厳格なルールを設定した。
・盲導犬を持つに至った人々にはそれぞれの人生があることに想いを馳せること
・訓練中の犬にはデリケートな時期もあり『もう一度今の場面を!歩きなおしてください』は通用しないこと。
・お涙頂戴などの脚色には応じられないこと

Kディレクターは条件を受け入れるだけでなくその本気度を示し、私のその本気度を感じ取ってくれた。
それから彼らは様々な撮影手法を駆使して訓練に影響しない方法で映像を取り込み、その意気込みを感じた私は生身の視覚障害ユーザーと本音を語り合えるよう両者を引き込んでいった。

今思う。
KディレクターもYカメラマンもそれに私も以後何にも変わっちゃいない。
どうぶつ奇想天外の仕事は終わったけど、彼らは旭川のMユーザー個人に対して魅力を感じ、人間として普通に生きる延長戦のなかで今夜酒を酌み交わし、私はカフェを訪ねてくださる方々の愛犬をせめて盲導犬並みの振る舞いと礼儀をわきまえた暮らしやすいわんこに導くアドバイスを心がけているだけのことである。

「夜中に電話するんじゃなくて、札幌で飲むかもしれないと分かったときに電話しろ」と私は訴えた。
「6時ならまだ酔ってないかい?」とKディレクターは皮肉交じりに問い返したから「6時半」と答えておいた。
彼らと再び飲む日が実現することはないように感じたが、人生何があるか分からない。

やっぱもう2時。とりあえずアップし、明日の朝赤面したら消去いたします。
 

失礼ですがどなた様でしょうか? 2009年08月16日(日)

  昨日一通のメールが届いた。

(以下全文転載)
昨夜から、生後二ヶ月のゴールデンレトリバーを迎え入れました。

とあるペットショップで、まだ45日に満たないうちに三十数日で親から離され、なかなか買い手が決まらずにケージに一頭でしばらく居たようです。

そのため、他犬と遊んだことがほとんどないようです。
早いうちに社会化させたほうがよいでしょうか?
できることなら、人にも他犬にも、朗らかに穏やかに一生を過ごしてもらいたいと考えております。

一度目の二種混合ワクチンはショップで接種済みで、
あと一週間ほどしたら二度目のワクチン(5または8種)を済ませる予定です。
できれば来月の3度目のワクチン後から、ナガサキさんに通ってみたいと考えておりましたが、幼いうちの早期社会化は、今後に大きく影響しますか?

ちなみに排泄は、外ではまだしたこがありません。
現在サークル内で一日の大半を過ごし、サークル内に設置したトイレとベッドを自発的にしっかり使いわけており、失敗したことはありません。

また、性格的にはややおとなしく、わりとビビリなように見受けられます。
コマンドはまだ一切入っていません。
(以上転載)

何だこれ?
返事を書きたい気持ちと(何処の誰だかを名乗る)最低限の礼儀を伝えたい思いが交錯し、私はKに「どう思う?」と相談した。
その結果私は次の返信を送った。

(以下全文、一部○○で個人情報保護)
メール拝見いたしました。
ドッグカフェの長崎と申します。

犬の社会化を誤解されているようですね。
ある程度成長するまで犬たちと暮らし、犬社会を経験しそこでのルールを知ることが社会化だと思っておられませんか?

あなたが暮らす人間社会の中でちゃんと生きていけるようにすることが大切なのです。

一日の大半をサークルで過ごしているなんて、ペットショップのケージで買い手を待っている犬たちとたいした違いはないのじゃないでしょうか。
ビビリな性格を新たな飼い主までが助長しているように感じられます。

明日からでも抱っこして外を出歩いた方がいいでしょう。
犬が歩きたがるようでしたら綺麗な舗装道路を頻繁に歩かせるべきです。
もちろん安易に言えることではありませんが・・・

もし他犬が近寄ってきたら抱っこして避けてください。
挨拶させようなどと馬鹿げたことは決してすべきではありません。

仔犬が何を感じ、どう記憶し、次にどう行動するか?
自分なら・・・と考えることが飼い主に求められていると思います。

ところで○○さん、あなたは何処のどなたなのですか?
足りない部分があったのでは?
(以上転載)

メールを下さった方の全文と私の返信をこの欄に書くなんて、大変無礼なことをしているのが私の方であるのは重々承知している。
ましてやこの方は最近私のHPを発見されたらしく、今夜もこの欄をお読みになっているかもしれない。

敢えて書かせていただいたのは、今日この方からとても爽やかなメールを頂いたからである。

自分が誰で過去に何がありどんな想いで仔犬を飼い、私からの返信に何を感じたかが素直に綴られ、文中には『最低限のエチケットを欠き、不愉快な思いをさせてしまい大変申し訳ありませんでした。』とのお言葉もあった。

皆さん、近いうちに可愛いゴールデンの仔犬がカフェに登場するかもしれません。
あたたかく見守り、その成長にこれまで通りしっかり関わってくださるようお願い申し上げます。
 

お盆に 2009年08月13日(木)

  逝きし時代や人それに愛するものを回顧するお盆が今年もまた巡ってきた。

「Tさんが亡くなったのは何月だったっけ?」
夜更けになって私は急にTさんの事を思い出し『初盆だね』とつぶやいた。
昨年11月に亡くなったヨーキーのトム・ハナの飼い主Tさん。
しばらく会ってないが今でも普通に生活しているような気がしてならない。

Kは今日7年前に亡くなった父親の墓参りに出かけた。
Kの父は日本で最初に大病院や保健所以外で血液などの臨床検査を専門とするセンターを立ち上げ、叙勲の誉も受けた偉人だった。

私はカフェでお泊り犬と過ごし、生前の父が「ここが新しい墓だ」と兵庫に建てた墓石とそこから見える風景それに赤文字で書かれた父の墓標を思い出していた。

「お母ちゃんがね、(故郷の)博多に行ってみたいって何回も言うねん」
痴呆症の母をひとりで介護している小姉が先日電話をした際ポツリと言った。
『親孝行』と『心残り』という言葉が頭を巡り、夏が過ぎた頃にあるプランを決行しようと思っている。

今夜のお泊り犬のご家族も様々な思いを描いてのお預けであろう。
日々流されがちな生活にふと歩みを止めて先人を偲び、ご無沙汰している人々との交流を深める“盆と正月”の風習に感謝すると共に、終戦記念日がそこにあるのは日本人として平和を守る使命を先人が与えたものと肝に銘じておきたい。
 

幾つになっても分からんことは分からん 2009年08月09日(日)

  ようやく暑い夏が続き、トマトがいっぺんに色づき始めている。
それでも夕方からは涼風が吹き、これぞ北海道!満開の趣が感じられて嬉しい。

さて、6月に始めた月火限定無料お散歩チェックは8月になった今も継続している。
皆さんに喜ばれているというのもあるし、本来の目的であったヒマな月火のお客様を増やしたいというのもある。
だが、実は自分の新境地を感じ取っているという喜びがある。

高々10数分の歩きなのだが、まるで霊媒師のようにその犬と家族の暮らしが見えてきて『こうすればもっとお互いに良くなる』というアドバイスが自然に出てくるのだ。

『これって何かヤバクない?危険な兆候?』という不安もないではないが、今のところ流れに任せている状況だ。

たぶん物差しが自分に傾斜している懸念がある。
つまり思い込みでしかないのだろう。
が、感じたままを伝える自分を信じたい気持ちもある。

いろんな思いが交錯し、この歳になってなお考えている。
だから自分を信じるしかないのだと思う。
否定されてもやり直せる時間はもう取り戻せないのだから。

こうして人間は頑固になっていくのだろうか?

基本を学びいろんなことを経験し、吸収しながら成長する時代を終えた今、感じることを放出するのは誤りであろうか?
人と犬との暮らしというのは科学的発見によって変化するような範疇のものではないはずだ。

戦中戦後の愛犬家が犬に理不尽な接し方をし、現代の訓練士がおやつや褒め言葉を用いて正しく接しているなんて考えるのは馬鹿げている。
当時の愛犬家ほど“犬に対し正しいことは”と科学しようと腐心していた人々はいなかったと私は尊敬の念を抱いて言える。

いつものようにアルコールが回り文章として成立しているのか判断できない状況になりつつある。
正気なうちに書き留めるなら…ZZZZZZZZZ
 

長崎節炸裂 2009年08月03日(月)

  「あのわんこが口につけているのは何ですか?」
今日初めて来店のカーリーコーティッドレトリーバーを見てYさんが尋ねられた。

何故だか自分でもよく分からないが、途端に長崎節が炸裂した。

「あれはジェン●ルリーダーといって犬の動きをコントロールしやすくするための道具です。
目の下辺りの付け根から口先の部分までをマズルって言うのですが、動物はそこを制御されるとたとえ馬や牛のような大動物でも割と容易に制御が可能になります。
馬の口に装着するハミなんていうのがその代表例です。」

「へー!そんな便利なものがあるんだ」
「便利かもしれないけど、あれはハーネスやフレキシブルリードと同じように多くの場合訓練を放棄した象徴のような使われ方をされてます。
確かに犬の動きは制御しやすくなりますが、それだけで訓練できるなんてことはないのです。私から見れば犬を牛馬並みにしか扱ってないとっても失礼な道具で、有用性があるとすれば高齢者のように『暮らしやすい家庭犬』より『我が身の安全』を優先しなければならない人に対してであって、『ちゃんと育てよう』と考えている人には食わせ物でしかありません。
アメリカかぶれの訓練士や、叱らないしつけを実践してる人間が『ピンポーンで吠える前に餌を床にばら撒いて喜ぶようにしましょう』などと言ってるのと同列のアホな道具です。」(もちろん、今日の飼い主さんに対して言ってるのではない。ちゃんとした意識のもとで一時的に利用すれば効果もあるし、そのような過程であったものと理解している)

みんなが熱心に聞いているので私の主張はさらにエスカレートしてしまった。

「犬育ては子育てと同じようにあるべきです。ダメはダメでもどうでもいいダメがあれば『冗談じゃない!それは絶対にダメだ!』と身体を張ってでも叱りつけるダメがある。叩くとか暴力とか愛のムチとか言葉の問題じゃなく『以後絶対許さん!』という意思表示態度表明です。
『ゲームを買ってあげるから、あるいは運転手さんに怒られるから、やめなさい』みたいな馬鹿げた育て方をしてるから、犬は飼い主を咬み、おもんばかるを知らないで育った人間が平気と狂気で人を刺すんじゃないですか?」

飛躍させ過ぎたことが幸いして、皆さん笑いで流してくださった。

つい数週間前までいい気になって吠えていた白シュナの六花が妙に落ち着き、静かにカフェの雰囲気に溶け込んでいた。
「テーブルに上っていたずらすることもなくなりました」と飼い主のYさん。
「あれをやったのですか?」と私。
「はい。ビシッと鬼の形相で…」

餌をばら撒いたり、身体の自由を束縛するような方法では得られない、根本解決の極意を体感しYさんは逞しくなり、六花の目は柔らかくなっていた。
 

お礼と謝罪は遅れると言いづらくなる 2009年08月02日(日)

  まだ毎夜雨が降ってんじゃん。
こっちだって予報に合わせて予定立ててんだぞ!
「ようやく晴れ渡った夏空がやってきます!」って言ってただろ?
せめて『ごめん』くらい言えよ天気予報。

せっかく先日ちょっと晴れて白く乾いたガーデンのゼオライトなのにまたまた緑色に苔むしてしまった。
でもまあ、ちょっと良かったこともある。
晴れてれば注文の多いラーメンサラダが小雨の今日はさっぱり出ず、みなさん『今月のパスタ』。
素揚げした野菜が残っても困るということで、私の昼食には具沢山のラーメンサラダをKが作ってくれたのだ。
旨いんだなこれが。
ってなわけで、予定が狂った分ささやかないい思いをさせてもらった。
ありがとうね。

「散歩に行ってくるよ。フォーチュンにごはんあげといてね」
最後のお客さんが相次いで帰られた後、私は2階にいたKに大声で伝えた。
フォーチュンとは6時にお迎えがあるお泊り犬である。
「ええ?もうあげていいのぉ?」というKの声が遠くで聞こえたが私はスタッフに「お疲れさーん」と言い残してアモとサモエドの雪を連れて出かけた。

1時間ほどして戻ってくるとスタッフMが帰り支度を済ませたままテレビを見ていた。
ゴルフの遼クンが優勝をかけた最終ホールを戦っていた。
ネットで結果を知っていた私だったがその優勝シーンを見たくて私も椅子に座った。
「凄いね、よかったね。」
結果を見届けたスタッフMが機嫌よく帰っていった。

ふとカフェの時計を見ると5時のままだった。
「あれ?電池が切れてんだな」
そう私がつぶやくと「だって今5時だよ」と傍にいたKが答えた。

「うひゃー!」
なんと私はお客さんが相次いで帰られた4時を5時だと勘違いしてしまって、看板をクローズにし「お疲れさーん」と散歩に出かけてしまったのだ。

「なんでこんなに早くフォーチュンにごはんあげろって言うのかなって思ってたんだ」とK。
私のうっかりミスでフォーチュンはいい思いをしただろうが、散歩から戻ってもごはんを作ってくれないアモと雪はじれったい気持ちだっただろう。
スタッフにも少ない時給なのにさらに減らしてしまった。

『ごめんなさい』
しくじった時はすぐに謝りましょう。
それにしても夕暮れが早くなったと感じたのは曇天だったからかなぁ?
 


- Web Diary ver 1.26 -