From the North Country

あずましいカフェをめざして 2005年11月12日(土)

  お泊まりわんこがそれぞれの家庭に引き取られたとなるや、私とKは里塚温泉へ一直線!

でもなんか違う。

カフェの後片付けをして夜の7時前に着いて夕食を済ませ、温泉で入念に身体を洗い、恥ずかしげもなくヨガのポーズをとってほぐしてみたものの、湯上りのあとわずか30分ほどで「帰ろうか?」と二人の意見は一致して家でのんびりすることになった。

あずましくないのだ。
土曜日の夜とあって温泉はそこそこ混んでおり、いつもなら平日の昼前に行って夜遅くまでの時間を、思い思いにうだうだと過ごし、飲み食いし、本を読んではうたた寝して過ごし、思い出したようにまた温泉に入るという快適パターンでやってきたのに今夜は勝手が違いあずましくない、つまり標準語でくつろいでのんびりできる状況ではなかったのだ。

そうとなれば間違いなく快適でうだうだ過ごせる場所は今の私とKにとっては自宅となる。

ところで、女にとってはどうか知らないけれど、多くの男は自宅がとてもくつろげる場所とは言えないのではないだろうか?
若い頃は外に興味や楽しみがあるものだし、3、40代になって仕事が大変になると家は単なる休養のための中継地点となり、定年間近になっていそいそと帰宅しても明らかに自分の存在そのものに違和感というかもっとはっきり言えば“迷惑”を訴える家族の空気を感じさせられる羽目になる。
つまり男にとっての自宅とは、ゆっくりのんびりできるという幻想を抱く空間であり、そうしたいと思うようになった頃には遠のいていき、強引に貫けば弾き飛ばされるか壊れてしまう、まるで虹のようなシャボン玉のようなものと定義することができる。
そして恐らく女にとっての自宅とは“亭主のいない快適空間”…なんて書いたら批判と快哉のどちらが多いだろう?

おかげさまで我が家では自宅が二人にとっての快適空間となっていることが嬉しく、その快適さのお裾分けがカフェの営業である、なんて一度言ってみたかったが勿論お裾分けをいただき、『おかげさまで』成り立っているのがカフェである。

私たちが平日の温泉で享受しているような快適さを、カフェを訪ねてくださる方にもワンちゃんを介して提供できたらいいなと思う。
 

カフェデビューの適齢期 2005年11月11日(金)

  『そろそろお引取り願えませんか?』と丁重な冬将軍の先兵の申し出に対し、腰が重く居座り続けていた暖かい秋に先兵が業を煮やしせめぎあいを繰り広げているような昨今の気候だ。

そんな不順な天候の中、初めてカフェを訪ねてくれた生後5ヶ月と6ヶ月のポメラニアンとMダックスがいた。
ポメの方は人に対して愛想が良いけれど他犬には吠えや唸りが見受けられ、Mダックスはお母さんと自分の世界に引きこもっているようだ。

「いい時期に来られましたね」
その意味が何処まで飼主の方に通じたかは分からないけど、私はそう話した。

ポメにせよMダックスにせよ、可愛い二人のわんこには将来の懸念が私にははっきり見て取れた。
今後の成長の中で、室内犬として暮らすうち身の程を忘れ分をわきまえることもなく、それでも愛され可愛がられることでそれぞれの犬たちは片や吠えるだけでなく他犬に対して立ち向かうほどの虚勢を張るだろうし、片や家族以外との接触にバリアを張ってしまうだろうと思えたのである。

いい時期にカフェに来られたことで最初は緊張していたものの時間の経過と共に慣れ始め、少なくとも大型犬に対して眼が慣れ今後の展開に良い刺激となったはずだ。

大人になり問題が顕在化してから対処するよりこの時期から適度の刺激を与えながら楽しく育てるほうが人も犬も楽しく学べる。
 

長い目と短期決戦 2005年11月09日(水)

  遅い初雪なのだから一気に根雪になって欲しかったが、それはそれはしょぼいものだった。
つまりは雪解けのべちゃべちゃ道をしばらくは覚悟しなければならないということで、北海道道民にとって憂鬱な日々が続く。

子供を育てるうえで大切な要素として“長い目で見る”ということがある。
おねしょ・いたずら・汚す等など成長の過程として誰しもが当たり前に行う行動がそれに当てはまる。
ところが、夜泣き・うそ・反抗などが繰り返されれば親はイラつきしつけなければと短期決着を求めたがる傾向もある。

幼児教育に深入りする知識はないから、これらを犬に当てはめて考えてみたい。

排泄の失敗・いたずら・噛みつきは普通どの子にもあるのだから、別な言い方をすれば長い目で見ていれば成長と共に消滅するのかといえばその確率は人の子供より相当低いと思われる。
その理由の多くは人の子供ほど飼主は犬にかかわらないのと、種の違いから生じる言語の不疎通、成長スピードの速さから相手に一歩先を行かれる戸惑いなどが考えられる。

では“長い目で見る”ということは犬に対して適切な対応ではないのだろうか。
思うに、長い目で見ていられるほど犬は悠長に成長してくれないから短期決戦が必要であるが、その対応の失敗による心の傷やそれに基づく性格形成は人の子供と同様に行われ、結果は人の子以上のスピードで表れ、さらには犬種や親からの遺伝による傾向が明確になる場合が多いようだ。

例えば、テンペラメンタル(ここでは心理的)な感受性が高い犬が飼主の無配慮の結果、排泄の失敗をした時、短期決戦とばかりに叱られたとしたら、以後その人の前では排泄をするのが恐怖と感じるようになってもおかしくない。
一方で、同じく排泄の失敗をした犬に対しネチネチ憂さを晴らしているうち、相手が唸り始めたので『この辺で止めとこう』と対処したらどうなるかは複雑な問題が入り組んでしまうだろう。
排泄などは種や月齢などによる傾向を知り適切に対処する知識が求められる。

トイレのしつけは生後5ヶ月位、いたずらは半年から2歳、噛み付きは7ヶ月から1歳、歩きの問題は10ヶ月から2歳など大まかな目安を提示することはできるが、性格形成と心のつながりは長い目で見て3歳〜5歳くらいまでかかってもおかしくはないと思う。

子供を育て犬を育てるということはちょうど今の北海道の気候で暮らす我々に似ていると思う。
愛情とは別にべちゃべちゃで憂鬱に思えることがあるけれど、『そんなもんだ』と受け入れ、雪かきスコップを準備し、生活空間を暖かく整え、自然の驚異に唖然とさせられながらも生活を維持するために立ち向かい、そんな中でも冬を楽しみ、やがてやってくる春に心膨らませる。

長い目で見ることと短期決着の取捨選択ほど難しいことはなく、答えも決して一つではない。
共に快適になるために“今をどうするか”自らと相手を考えてチャレンジすることは人生そのものでもあるように思える。
 

これもひとつの結末 2005年11月08日(火)

  老夫婦の心中事件が報道された。
その状況と事情が明らかにされるうち、凄惨で壮絶であると表現されるべき事件が、あってはいけないことだし慎むべきことなのだろうが私の中ではほのぼのと温かい出来事のように感じられるようになってしまった。

最近の心中事件は借金などによる生活苦や、己や身内の病・障害を過剰に絶望感を感じたり、不憫に思うあまり連れ合いや家族に残された様々な可能性に思い至ることなく犯す殺人であったり、あるいは『赤信号みんなで渡れば怖くない』式の集団自殺であったりする。

そんな中、お互いの将来も残り少なく、明るい展望を持てない老老介護や、重度で長期に渡る親の介護に疲れた善意の人たちによる心中事件は、とりわけ身近で経験している人間に何とも言いようのない共感を与えることがあり、だからこそ戒めとなって考えさせられる。

報道された今回の事件の概要は以下のとおり。

夫婦に子供はなく、子供のように犬を可愛がり菊を大切に育てていた。
いつの頃からか詳報は報道されていないが、82歳になっていた妻には痴呆があり、下の世話から食事洗濯まで80歳の夫が行うようになっていた。
「今まで俺のために尽くしてきてくれた妻に今度は俺ができるだけのことをしてやる番だ」
夫は近所の人にそう言いながら誰の助けも求めず献身的に介護をしながら暮らしていたという。
近所の人々も「奥さんをとっても大事にしていた」と口をそろえる。
しかし、夫の体調に異変が現れ、自らの入院つまり妻との別離が現実味を増してきた。
結果、30年も前から使われていなかった火葬場の焼却炉に薪と炭を持ち込み、灯油かガソリンをかけて妻と共にその人生を終えたというのだ。
近くに止めてあった車には、家を出て心中に至るまでの行動計画が記されてあり、通報で駆けつけた警察官が白骨した二人を発見した頃、役所に『財産は市に寄贈する』旨の遺言が届いたという。

当然ながら真実も事の事情も今となっては想像するしかない。

まず注意すべきは、介護する側に“介護する喜び”や“自分がいなければどうにもならない”という心理が芽生え、さらにはつまり愛情が相乗効果をもたらし相手を不能で絶望と看做して私物化したり、自己完結を求められるような観念を抱いてしまっていなかったかということである。

だが、心通い合う老夫婦の一方がそういう結論を導いたからといって心理分析をしたり、責めたりすることが適当といえるだろうか?
例えば、気さくな仲間たちと老老介護ができるようなグループホームを事前に作っておくこともできたはずであるが、そのようなことは健康であるからこそできることであり、老いるということは建設的ではなくこれまで積み上げてきた結果の中で自らの今後を模索するものであり、青春時代のように一途な生き方をするものではなかろうか?
一途な愛と、最低限に迷惑を抑えた周到な幕引きに心揺すられる。

この事件を聞いた感想を冒頭に書いたが、何故そう感じたかを知りたくて今夜は綴ってみた。
 

お宅の犬は? 2005年11月07日(月)

  夜半からの激しい雨が続き、朝起きてみるとガーデンは水没していた。
犬たちをトイレに出さないわけにもいかないから、濡れながら駐車場に連れ出しオシッコだけでもさせようとしたが、Mダックスのソラだけは「冗談じゃありません。この雨ですよ。」とオシッコの素振りも見せず戻りたがった。

お泊まり犬がいるとそんなことはしょっちゅうある。
しかし「そうだよなぁ、濡れちゃうもんな」と同情して室内に戻した途端にシッコやウンチをしてしまう犬たちがいることもまた想定しておかなければならないから、犬に申し訳なく飼主には失礼なのだが、十分理解していないお泊まり犬に対しては基本的に疑ってかかるようにしている。
失敗して叱られて、お互い不愉快になるよりその方がスッキリするだろう。

ソラには室内でフリーにすることを許さず、リードの範囲内で動けるようにしてそこにペットシーツを敷いておいた。
去勢もしてあり人や犬に対してとても友好的なわんこだから信用してもよかったはずである。
でもだからこそたった2泊の中で好印象を持っていたソラのイメージを壊したくなかった私はそのようにした。

その後も何度かトイレに誘ったがソラは拒否していた。
昨夜は遅くにトイレに出していたから大丈夫だろうとも思っていたが、大型犬ならともかく小型犬は傾向的にトイレが近いからやはり信用しきれないでいた。
結局私の疑念は杞憂に終わり、なんてことはない、1時間もしないで雨が上がって青空のもとでソラは満足そうに用を足していた。

“オシッコやウンチをしたくなったら自分でトイレに行って用を足す”というのもトイレのしつけかもしれないけれど、私にとってのトイレのしつけは“そろそろ用を足したくなるかもしれないからと連れ出したご主人の指示でどこでもさっさと用を足すことができる”ことでそのような犬の方が何かと暮らしやすい。
ソラの場合、“雨だ!だから嫌だというのではなく、さっさと用を足して戻ってこよう”と思ってくれたら最高である。
 

ご霊前 2005年11月06日(日)

  夕べもパソコンの前に座りこの欄を書こうとしていた。
書き込めなかった理由は、お泊まり犬サリーちゃんの睡眠妨害作業で忙しくなったからだ。
サリー(ビーグル)は今夜通夜が営まれたN先生の愛犬だ。
亡くなられた一昨日の夜から一緒に暮らしている。

その夜は、サリーは見知らぬ場所の緊張感と自宅のように好き勝手にさせてはくれない不満も重なり、殆ど私を眠らせてくれなかった。
ところが一夜明けて昼寝の時間もないカフェの看板犬を務めた昨日は、夕食が終わるといびきをかいて寝始めていた。
『このままだと、私の就寝時間がくる頃にはスッキリ目覚め復活していしまう』と危惧を抱いた私は、サリーの睡眠妨害作業を始めたのだ。
うとうとし始めたら突然大声を出したり咳払いをしたり床を叩いたりとそれはそれで頻繁に行わなければならず大変な作業だった。
パソコンのキーボードを叩き始めると数秒のうちに寝息が聞こえるので、結局夕べはこの欄を書くのを止めて睡眠妨害に集中していた。

おかげで夕べはぐっすり眠ることができ、今朝は犬たちよりも先に眼が覚めた。

「通夜の準備に入る前にもう一度犬たちを父に会わせてあげたいのですが」
先生の息子さんから今朝の10時過ぎに電話があった。
「じゃあすぐに行きましょう」
私は開店したばかりのカフェをKに任せ、サリーとアモ(ラブ×ゴールデン)を車に乗せて先生のもとへ走った。

沈み返っていた室内が明るくなり、遺族の方々にも微笑みとひと時の安らぎが表れ、よどんだ空気が動き始めN先生が喜びそうな風が吹いた。
しかし、アモは一昨日と同じように先生の枕元まで行くとさりげなく何度か眼をやったあと『もう、分かっています』と部屋を出て行き、サリーもあの時と同様に『ウソだ!父さんじゃない。』と近寄るのを拒んだ。

帰り際、子供たちがアモとサリーの毛を「棺に入れてあげる」とティッシュに包んだ。
アリー・アビー・ジョンといつも先生のもとには盲導犬からキャリアチェンジになった犬たちがいた。
今頃先生は先に逝った彼らを従え大好きな釣りに出かけているだろうか。
残されたご家族にはこれからアモとサリーが力になってくれるだろう。

さて、そのサリーちゃん。
今夜は大声を出しても揺すっても目を開けた次の瞬間にはいびきをかいて「断固寝ます!」とアモのお腹にくっついている。
もし今夜私の安眠を妨害をしなければ明日からは夕食後の睡眠を私も妨害しないと約束してあげよう。
「先生、まあそんなとこですよ」
 

N先生安らかに 2005年11月04日(金)

  「長崎さん、犬たちを今夜から預かってください」
夜7時に入った電話の向こうの声は取り乱し、泣いていた。
N先生が今日の午後3時に急死されたというのだ。
絶句した私の頭には先生の豪快な生き方が駆け巡っていた。

N先生のお父さんは日本海に面する小さな町で大きな病院を経営されていた。
もう25年近く前から盲導犬協会に多額の寄付を続けられていたが60代半ばで亡くなられ、その意思は息子のN先生に受け継がれた。
その頃から私とのお付き合いが始まり、釣り大会の誘いを受けたり犬好きな先生に盲導犬のキャリアチェンジになった犬を紹介したりした。

地元の人々の信望も厚く、細かい手作業が大好きで趣味の延長が外科手術であったとも言えなくはないほど手先が器用で繊細な感覚を持っていた先生だった。
漁師さんが届けてくれたというアワビやウニを私に食べさせるのを楽しみにしてくれた。

5〜6年前の48歳頃、動脈瘤の破裂があったものの奇跡的な生還をされた。
その時、生死の境をさまよっている中で北極海に沈み行く自分に必死で声をかけ続けてくれた犬がいたというのだ。
先生のお気に入りでその時既に亡くなっていた愛犬ジョンだった。
盲導犬の元繁殖犬で引退後に私が紹介した犬だった。

それからの先生は大好きな釣りをやめ、愛用の釣り道具を私に託し、自らは愛犬たちとの暮らしを楽しむようになった。
ただ、その暮らし方は犬第一で私から見れば溺愛であり、わがままさせ放題であった。
驚くほど犬たちは太り、美食家になっていったがどこか憎めず、その先を見るのが楽しみにもなっていた。

そんな矢先の急逝だったのだ。
53歳という若さで突然自宅で倒れ、愛犬が寄り添う中先生は逝ってしまった。
今夜私はわがまま放題に育てられたビーグルと、キャリアチェンジした元盲導犬候補生を従えて眠ることになる。
彼らには先生の亡骸をしっかり見せておいた。
今夜はただただご冥福をお祈りし、人生というものを改めてゆっくり考えてみたいと思う。
 

自分にゲキ 2005年11月03日(木)

  木曜日の今日が定休日であるにも拘らず、祝日であるから営業していることをご存知な方々がカフェを訪ねてくださった。
ちょっとした会員制クラブの様相を呈していて、こんなシステムもありかな?などと考えてしまったが、すぐにそれは保守化・老化への道を歩む警鐘と受け止めるべきと悪魔の誘いを振り払った。

カフェの創業精神はHPのショップコンセプトに明記されている。
本来なら新たな犬と飼主を次々に受け入れ、一頭でも多くの“困った犬”を“素敵な相棒”に育てるお手伝いをしなければならないのだが、既に仲間となってしまった飼主の方々とカフェで過ごす時間は楽しく心休まるものだから、相当なエネルギーを要する問題犬の受け入れには腰がさらに重くなっている現実を自分なりにどう処理しようとしているのか分からなくなるときがある。

以前なら相談があれば「わかりました。数回のレッスンを行いましょう」と言えたものだが、今は正直、『カフェに通い続ければ、私も勿論お手伝いするけど、他のお客さんやそのわんこたちが正しい方向性を示してくれますよ』状態になっている。
それほどカフェの意思を理解してくださっている方々に囲まれており一種のコミュニティが形成されている。

小難しいレッスンよりも同じ愛犬家として『うちもそうだったよ。でもカフェで教わってこうしたらこうなったよ』という教材となる犬を前にしての会話のほうが説得力もあるし飼主のモチベーションを高めることができるだろう。
より理解と認識を深めるための理論や私の考え方それにちょっとした技術を提供することで実学的な道場ともなりうる。

「どうしたらそんなにおりこうになれるんですか?」
レトリーバーなのにハーネスとロングリードを着けて制御不能に陥っている飼主から、散歩中そう尋ねられたSさんは
「それをはずして首輪とリードにすれば解決の糸口になりますよ」と答えられたと伺った。
我が意を得たり!である。

犬が引っ張るからロングリード、引っ張ると首に負担になるからと獣医に言われてハーネス。
それで物事が解決するはずはなく、終いには散歩中、前から人や犬が来たら道を曲がるとか犬を抱きかかえるとか、およそ進歩のないドツボにはまる暮らし方をする飼主が溢れている。

何故、犬をそこまで無能な存在と見ることができるのだろうか?
何故、彼らの知性と理性を信じないでイヌと扱うのだろうか?
私にはそれが悔しい。
無能と見られる犬は無能になり、イヌと見られた犬はイヌになる。
犬は飼主に似るというのはそのことも含めての話であろう。
人も犬も変化することができるのだから、チャレンジを忘れてはいけない。

今夜は自分にも言い聞かせている。
 

♪やっぱ牛乳でしょ♪ 2005年11月01日(火)

  久々に銭湯へ行って戻ってきたら寒気がする。
身体が『あれは温泉じゃない!』と叫んでいるようだ。
そういえば風呂上りにタバコを吸うと味が変だった。
湯冷めするような不摂生をしたわけでもないのに、こんなに早く風邪なんてひくものだろうか?
今日も一日体調は悪くなかったし、カフェには咳き込むお客さんもいなかった。

ともあれ湯上りのビールのあとに感じた寒気から身体を温めるため、取って置きのお酒“菊水ふなぐち”を飲み始めたらしばらくは持ち直していたのに、焼酎に代えると今度は喉が痛くなっている。
ウィルスが入り込んでしまったのだろうか?

今週は定休日の木曜日が文化の日で祝日だからカフェは通常の営業となる。
そのためにも適切な処置をせねばならず、焼酎のあとは15年物のローヤルを仕方なく飲むしかないと決めている。

ところで、このように私にとって元気の源になるのが各種アルコールだが、犬にとってのそれは何になるかと問われたら私は迷わず『牛乳』と答える。
にも拘らず、最近の愛犬家は犬に牛乳すら飲ませたことがない方が多い。
『下痢をする・アレルギーになる』と教えられ思い込んでいる方があまりにも多い。

ラブラドールなんかが10頭以上も仔犬を産んだり、未熟児でおっぱいも吸えない仔犬がいたり、血液型不適合の母子間では人工哺乳を行わなければならないが、そんな時昔から使われていたのは牛乳である。
牛と犬の必要栄養素の違いで、牛乳に卵黄と蜂蜜を暖めながら調合するのだが、それで彼らは見事に乳児期を健康に育っていったものだ。
ウンチが硬すぎると蜂蜜を増量し、柔らかいときは減量した。
今ではエスビラックなどの粉ミルクもあるが、元々犬たちには牛乳が適合している。
犬用と称する牛乳などでなく普通の牛乳である。

あれだけの栄養素を含んだ飲料を犬に与えることに何を躊躇することがあろう?
何も急性アル中症状を起こさせるほどドカンと飲ませよと言っているのではない。
中にはごく稀に体質に合わない話を聞くこともある。
しかし、たくさんの方が思っているような牛乳アレルギーや下痢など犬にはない。

ごく少量からはじめても犬たちは喜んでフードを食べるようになる。
これは犬にやってはいけないことだが、良質のドライフードに砂糖と牛乳をかけると歯ごたえのあるコーンフレークのようで美味しかったですぞ。

♪山は富士なら酒は白雪♪
♪人は酒なら犬は牛乳♪
♪もっともっと牛乳♪
♪やっぱ牛乳でしょ♪
一部ちょっとローカルなコマーシャルソングを入れてみた。
産地消費を促進しよう!
北海道はいずれ独立するのだぞ!
北海道・沖縄開発庁なぞもうないのです!
『モナリザに会いたければフランスへ来い』
『美味しい牛乳を飲みたければ北海道へ来い。北海道では犬もたらふく飲んどりますぞ』

身体の中では風邪とアルコールが戦っているが、意識は既に酒が勝利して朦朧となっているようなのでお開きとしよう。
開きといえば、ホッケの・・・
 

深まる秋 2005年10月31日(月)

  昨日の早朝、ガーデンにお泊まり犬を出していると、北側の家の向こうで賑やかな鳥の声が聞こえる。
この辺では聞きなれない声に、カモメがこんなところまでやってきているのかと思いながらふと上空に眼をやった私は「おぉ!」と声を上げた。
数十羽のオオハクチョウの一群が見事なV字編隊を組みながら南へ飛行していたのだ。
正確にはV字の先端に3〜4羽の群れの幹部と思しき鳥たちがいた。
苫小牧のウトナイ湖で羽を休めるのか、それとも一気に大沼まで飛んでいくのだろうか?
『冬はもうすぐ傍まで来ているよ』と白鳥に教えてもらった気分だった。

ただ、去年の今頃は既に雪が降っていたが、カフェ周辺では初氷もまだない。
もちろん、ストーブは焚いているけど冬の気配というより、モミジとナナカマドの燃えるような真っ赤な葉と白樺やニセアカシアの黄色い葉がガーデンに舞い降りる深い秋色をしている。

明けて11月となった夜中、Kとガーデンに出て「おぉ!」と再び声を上げた。
満天の星空がそこにあった。
オリオンの中に細かい星が見えている。
小熊座が視力の衰えた私の眼にくっきりと映し出され、さらに眼が慣れてくると宝石をちりばめたようなきらきらした輝きが次々に広がっていき、とどめを刺すように流星が消えていった。

今夜はもう一枚薄掛けを羽織って寝ることにしよう。
 


- Web Diary ver 1.26 -