From the North Country

ルイ君は眠らない 2005年10月03日(月)

  今朝は3時に起こされ、私の予想は見事にはずれ返り討ちに遭ってしまった。
とにかく眠らないルイ君だ。
日中はカフェで休む暇もなかったはずなのに、夜中になるとしっかり起きて騒ぎ出す。
「うるさい!」
ルイ君を叱る自分の声で私もすっかり目覚めてしまい、そのうち“何を要求しているのか”はっきりと知りたくなった。

寝室から居間に移しソファに腰掛けてタバコを吸いながら、ルイ君が何をしたいのかを観察した。
オシッコでものどが渇いたのでもなさそうだ。
明かりをつけた居間のベッドに伏せてすやすやと眠り始めた。

11歳のルイ君には精神的にも老化が始まっているのだろうと思った。
盲導犬協会で勤務していた頃、週に何回かの宿直があって犬舎の詰所で眠るのだが、そこには老犬が何頭かいて状態が悪い犬のケアをすることがしばしばあった。
点滴をする犬、昼夜が逆転した犬、数時間おきに寝返りを打たせる犬、夜食や下の始末が必要な犬。
その犬たちの子供時代からを知っている私には、犬の一生の短さを辛く思い知らされたものである。
その犬たちの中で、静寂に心を乱し暗い部屋に不安を感じるようになる老犬が何頭かいた。
だから私が宿直のときはラジオをかけ部屋の灯りはつけたままで眠るようにしていた。

11歳にしては早すぎるルイ君だが、恐らく後肢の弱体化に比例するように精神的に寂しく依存的になってしまったのだろう。

多くの飼主はこんな時のことまで考えて愛犬と接しておられるだろうか?
一人にしても不安にならないように気を使っているだろうか?
犬の満足を満たすことを“可愛がる”ことと勘違いしていると、これから先間違いなく訪れる病気と老化の時期に苦しむことになるだろう。
飼主が離れた途端に騒ぎ出し、戻ると喜びと興奮のあまり呼吸困難に陥るようなことが実際に起こるのだ。

幸いにもルイ君の興奮は少なく、ただ人恋しいだけである。
そして今夜頼もしい助っ人が現れた。
レオンベルガーのジェニーだ。
階段の昇降ができないルイ君を昨夜抱っこして降ろそうとしたら私は息切れし階段に座り込んでしまったので、今夜はカフェにタオルケットを敷いてルイ君のベッドを作った。
灯りはつけたままにしてあるが、たまに「フゥーン」という声が聞こえる。
すかさずジェニーが降りていってカフェで寝てくれているのだ。
人恋しく寂しがるルイ君にジェニーが代わりを努めれるものか楽しみにしている。
どんな結果になろうとも今夜が最後のお泊りだから、失敗しての寝不足もやぶさかではないと思っている。
 

重いで、お泊り犬ルイ君 2005年10月02日(日)

  昨日からお泊りのルイ君は11歳のラブラドール。
カフェでは一度も来店したことがない犬は預からないようにしているのだが、「11歳で去勢済みのラブならまあ、何とかなるか。他にお泊り犬もいないことだし…」と安易に電話だけで引き受けたワンちゃんだ。

やって来たルイ君を見て心配になった。
11歳の割には若々しい顔をしているのに後肢がふらふらと危ういのである。
「階段の上り下りはできるんでしょうか?」
「えっ?」
「2階の自宅で寝泊りすることになるので、階段の昇降ができないと…」
「今はエレベーターを使っているのですが、以前は自分でできてました」
心優しくルイ君に暖かなまなざしを向ける飼主さんはそう言われた。
内心私は『やはり事前に見せていただけばよかった』と思った。

やたら大きな声で吠えることは、私の制御とルイ君の環境への慣れで今日までにはだいぶ良くなった。
愛されて育てられたのだろう、性格は優しく温厚である。

しかし、やはり階段の上り下りが大変だった。
昨夜はリードで補助し、負担を軽減しながら自力で頑張ってもらったが、あまりにも気の毒で今日からは抱っこすることにした。
すると、今度は両膝と腰を痛めている私が切なくなった。
おまけに朝4時に起きる習慣がついているのだろうか、ピタリとその時間から騒がしくなり、1時にベッドに入った私にはとても辛いことだった。

ルイ君もここに慣れていないせいか、日中殆ど寝ておらず疲れているはずなのに、この欄を書いてる私が振り返ると、つぶらな瞳をパッチリさせて私を見ている。

いよいよ2日目の夜に突入だ。
普通なら今夜はお互いぐっすりと眠ることができ、明日も私が起き出すまで静かに眠っているのだが結果や如何に。
その前に最後のトイレに連れ出さなければならない。
膝の痛みはアルコールで麻痺しているが、抱きかかえたまま階段を転落しないように気をつけたい。
昨日のテーマではないが「私は酔っている。これから重い犬を持ち上げて階段を下りるぞ」と三回言葉に出してから行動することにしよう。

明後日には帰宅予定。
すぐに思い出になるだろう。
 

予め言葉に出すといいらしい 2005年10月01日(土)

  変わりやすい天気と紅葉に秋の深まりを感じ、カフェのパスタが新しくなったのを見て月が変わったことを知る。
今日から10月だ。
この夏人気だったラーメンサラダもいよいよ7食限定で明日までとなった。
10月といえば初雪の可能性もあり、冬への心構えもしておかなかければ風邪をひいてしまうことになる。

のんびりしたくなる秋の夜に、慌しくせっかちなことを書いているのにはちょっとしたわけがある。
自分の頭に刺激を与えているのだ。
カフェを始めてまもなく2年になるが、あまりにもお気楽で好き勝手にやっているのに加え、加齢による物忘れ・老眼による集中力の低下で、先の準備や心積りがおろそかになり、さらに危険なことにそれを楽しんでいる傾向がある。

Kやスタッフはといえば、ちゃんと今日からのパスタの味も決めてあったし、私の気がつかないうちにカフェのカレンダーも10月にしてある。
トリマーのノンちゃんは「12月は混み合いますからトリミングの予約はお早めに」とお客さんに告げているし、クリスマスと正月用のリボンをどうするか突然私に尋ねたりする。

「お正月休みは?」と聞かれて「うぅん、去年と同じ」と答えた私は『去年はどうだったっけ?』とちょっと考えて「30日から2日まで休みです」と言い直した。
ところがその後カレンダーを見てみると29日が木曜日つまり定休日であることに気づき、「29日から2日まで休みです」と訂正していた。
そういえば既に11月や年末のお泊りを予約されている方もおられる。
数ヶ月先の予定を考えているなんて凄いなと思う。

今朝トイレで回覧板に挟んであった町内会報を読んだ。
ぎっくり腰を予防する方法のひとつに『私はこれから重い物を持つ』と予め言葉にするのが良いという。
言葉にすることで、脳に腰への負担があることを知らせ、身体にそれなりの準備をするよう指令を出すことで予防の効果があるらしい。

「今日から10月だ。
正月まで3ヶ月・その前にクリスマスとスーの命日・長男の誕生日、11月はなんかあったっけ?10月といえば初雪、そうそう寒くなるから風邪ひかないようにしなければ」
一昨日の夕食も思い出せない私が、こう言葉にすることで年末に向けての準備が出来、風邪をひかずにいられたらありがたく思う。
 

号外! 2005年09月29日(木)

  おめでとう!阪神タイガース選手諸君、監督・コーチ・スタッフ、フロント、関係者。
ヤッターヤッターありがとう、ありがとう。
こんな時代がいつか来ると信じておりました。

昭和39年に優勝したあとだからほぼ40年前、私は自分たちで作った野球チームをタイガースと名づける程、愛着を感じて小学校のグラウンドで汗をかいていた。

高校に入学した頃だったか、タイガースは優勝を目前にしていた。
あと4試合ほど残し、そのうちのひとつを勝てば優勝したのに、なんと全敗して優勝を逃してしまったのだ。
あの時勝っていれば20数年も優勝から見放されることはなかったはずで、今も子供を見る親の気持ちのようにヒヤヒヤせずに済んだかもしれない。

30年前、大阪の大学に通っていた時でさえ、クラブのメンバーの半数は巨人ファンだった。
地元にいながら、団結してタイガースを応援できない悔しさを味わっていたものだ。
ある時、吹奏楽部に属していた私にタイガースから応援演奏の依頼があった。
カセットテープを聴きながら徹夜で“六甲おろし”を譜面に落とし、私は部員を引き連れて甲子園で六甲おろしを全力で演奏した。
その時も広島に見事に負けてしまった苦い思い出がある。

その後、私の次男が生まれた日にマジック1となり、翌々日の10月16日に21年ぶりの優勝を遂げてくれた時は死んでもいいと思うくらいの感動を覚えたものだ。

さらにそれから18年という長い年月が過ぎ、星野監督の手腕で大騒ぎの優勝を勝ち得たときも、神がかり的な優勝であるからこその翌年からの不安も感じていた。

しかし、今年の優勝はただの優勝ではない。
主力選手に37歳が3人いるけれど、確実にこれからを戦えるチームとして育っている。
来年からは敢えてこの欄でタイガースの優勝を定休日に報告しなくて良いほど、日常的な出来事になるものと信じている。

釧路市材木町のIさんからも喜びのメールが届いていた。
今夜の喜びを定休日の号外として発信したい。
 

今夜は犬なし、トラのみ。 2005年09月28日(水)

  道外の読者に信じてもらえるだろうか。
優勝間近となり、今日でマジック1となった阪神タイガースの試合が、北海道ではテレビ中継どころかラジオでも放送されていないのだ。
しかも対戦相手はあのジャイアンツであるというのに…

あり得ますか、普通。
神×巨戦でマジック3の試合が中継されないなんて。
クリープのないコーヒーどころじゃない。
“日没を理由に捜索を打ち切ることを告げられた家族の気持ち”と書いたら不謹慎と叱られるのは当たり前だが、我が子を思う親の気持ちとして、とても大事な試合でありその結果を固唾を呑んで見守りたい試合だった。

マジックが1になれば優勝する確率は心情的に99.9%だが、マジック3のままなら「大逆転されるかもしれない」という不安が大きくなって仕事も手につかないというのが阪神のファン心理である。
それほどこの40年の間、煮え湯を飲まされてきた。

パソコンで速報を調べるのだが、1分おきの自動更新など悠長なことはやってられないから、数秒おきに手動更新を行った。
去年より速報のスピードアップを感じることは出来るが、2点差になったときはさすがに緊張し、中継されないことを恨んだ。

捜索ヘリは遭難者を無事発見した。
吊り上げるロープがよもや切れることはあるまい。
明日の試合が特別に実況中継されることを祈り、余裕ある中で大声援を送り、甲子園でのその瞬間を見届けられたら私は有頂天になるだろう。
 

まだまだ私たちは過渡期にいる 2005年09月27日(火)

  そもそも家庭犬をしつけるというのはどういうことなのだろう。
おしっこの場所を教えること?
いたずらを止めさせること?
外を見て吠えたり、来客と話が出来ないほどの吠えをやめさせること?
服従訓練を教えること?
犬が気持ちを主張できるように良き理解者となり、その環境を整えること?

多様な犬との暮らし方があるから答えを導き出すつもりはないが、健康で暮らしやすい犬で社会的に迷惑を及ぼさず、出来ればみんなから可愛がられ愛される犬であって欲しいと願うのが多くの飼主の想いではないだろうか。

そんなことを意識せず普通に育てただけでそうなる犬もいるし、一生懸命育てたのに暗然としてしまう犬もいる。
無知だとか無頓着だったとかで飼主を責めるのは結果論であって、根底には文化であり馴染みの薄さ経験の不足があるのだろう。

サソリを見て素手で捕まえようとする人は少ないだろうが、犬を見てすぐに触る人はいる。
事故にあった人を放置する人は少ないけれど、相手が犬なら話は違ってくる。
子供が指しゃぶりをしても驚かないのに、仔犬が齧ってくると「家の子は凶暴な性格だ」と引いてしまう人がいる一方、本当に危険な兆候であることに気づかない人もいる。

『犬という生き物は…』という生態や能力それに柔軟性溢れるしたたかさと学習行動について、私たちは未だ多くの点で欧米人に比べ無知なのかもしれない。
なのにスタイルだけは追従しようとしているから、そのギャップが問題行動と認識されるケースが少なくないのだろう。

個人的に今から勉強する人が増えることを望まないではないが、人と犬をつなぐ文化の過渡期にいる私たちが、実践の中で得るより多くの成功例や失敗例を語り合い語り継ぎ、情報交換と交流を深めることで、文化形成は加速されていくかもしれない。
その足がかりとなる集いの場カフェで私たちは多くの犬と飼主を知ることが出来るのだから、比較検討、時には反面教師となる出会いを経験することは価値あるものだと思っている。
 

読書しないと老化は進む 2005年09月26日(月)

  最近本を読まなくなったし、新聞も殆ど飛ばし読みになっている。
情けなく恥じ入ってしまうばかりだ。

私の親父は読書好きで歴史小説や話題の新刊書をよく読んでいたし、現代用語の基礎知識も書棚に並べてあった。
でも晩年はきっと行き詰ってしまっていたと思う。
世界経済やコンピューター関連の用語それに若者言葉が加われば今の私だって混乱し敬遠したくなる。

ソビエト連邦は幾つの国に別れ、その国名と所在を示し西側に属するのかそれとも東側かと聞かれても正直分からない。
中国は共産主義国家であるはずで経済特区までは理解できるにしても、国家全体がアメリカの資本主義草創期ような、まるでJスタインベックの『怒りの葡萄』の時代の政策を政府が行っているのは何故なのだろう?

団塊の世代がこれからの商売のターゲットになるはずなのに、より簡単で理解しやすいコンピューターの普及をコンピューターが割り出せないのは七不思議のひとつであり「その程度のものか」と思ってしまう。

一般家庭犬の訓練をする前にそれらに関する書籍を読んでみたけれど、結局古典的訓練法を基礎にしてそれに自分の経験をプラスし、且つ時代と生活スタイルを加味した私流の訓練の域を出るものではない。
科学的な分析は将来のために必要であるが、使い方によってはそれが一人歩きして大きな混乱をもたらす場合もある。

そんな本を読んだあたりから私は次の本を読むのをためらうようになった気がする。
勿論、老眼が目の疲れを誘い集中力を減衰していたこともある。

面白い本を見つけた喜びは何にも変えがたいものがあるが、どうやらその喜びを私は放棄してしまったようだ。
気がつくと昔からの愛読書にばかり目を通している。
『これは面白い』という本の情報が信頼できる方から届いたら再び読書にチャレンジできるかもしれない。

この他力本願こそが私の老化を促進するのだろうと不安になり、今日のこの欄を一生懸命タイプした。
 

再会とパックスの別れに酔う 2005年09月25日(日)

  いつの間にか夏はすっかり過ぎ去り、強い陽射しですら心地よい日々となっている。
先週末から今日までの9日間で3連休が2度あったため、たくさんのワンちゃんがカフェを訪ねてくれた。
対応が十分ではなかったことをお詫びしなければらないが、それでも多くの方々に喜んでいただけたと皆さんのご協力と寛大さに感謝いたします。

昨日の夕方人妻Mから、高齢のため引退していた秋田のSさんの元盲導犬パックスが死亡し、荼毘に立ち会うためSさんが来ており、おまけに旧名厚田村のY夫妻も来るから飲みに来いという電話が入った。
溜まった疲れとお泊り犬の管理もあるため、一度は断って電話を切ったがどうも胸がスッキリしない。

しばらくして、最も手のかかったお泊り犬の引取りがあったので気分的に楽になり、Kに事情を話すと「行ってこい!」と快く残りの仕事を引き受けて送り出してくれた。

Sさんとは数ヶ月ぶり、Yさんの奥さんとは4年ぶりの再会となった。
「あら〜久しぶり、長崎さん!太ったんじゃない?」という挨拶に始まり、「秋鮭漁のシーズンなのに海流の関係なのか厚田ではハマチが獲れてるんだよ。」と水揚げしたばかりのハマチをご馳走してくれた。
このY夫妻のことはいずれ改めて紹介するとして、まずはパックスの心からの冥福とSさんへのお悔やみを申し上げておこう。

しかし、私がMの家に着いてからは大宴会となり、昼間のうちに涙を流しお別れをしてきたSさんを巻き込んで昔話が大いに盛り上がった。

Sさんはパックスを引退させた時点で、それが永遠の別れであることを覚悟し、もがき・苦しみ、しかし自分が生活するうえで次の盲導犬が必要不可欠であることに思い至っていた。
去年パックスを手放したあの時に、充分過ぎるほどのパックスとの別れの悲しみは終わっていたのである。
いずれ死が訪れ、それまでの過程とその瞬間がやすらかであれ、と願う気持ちだけはずっと持ち続けていたが、それが現実となった昨日は、勿論荼毘に付している時間こそ様々な思いが去来したであろうけれど、Sさんにとってのひとつの区切りがつきホッとした部分もあったのであろう。

結局私たち(いや私だけか?)は酔いつぶれパックスのエピソードやYさんの盲導犬の思い出話に花が咲いた。

どこをどう帰ってきたのか私に記憶はないが、おそらく徒歩・地下鉄・タクシーを乗り継いで私は我が家に戻っていた。
地下鉄は寝過ごして終点まで乗ったような記憶がチラとある。
 

実はいい子なラッキー君 2005年09月23日(金)

  今夜お泊りのMダックスラッキー君の行動に対する私の対応、さらにそれに対しての彼のささやかな変化が誰かの役に立つかもしれないと思って今夜のこの欄を書いてみよう。

ラッキーは他犬が接近すると鼻に皺を寄せたあとためらうことなく噛み付いてしまう。
相手が小型犬の場合はそうでないこともあるが、その見分けが何処にあるかなどは私には意味を成さない。

「うちの犬は大型犬がダメなんです」「オス犬が相手だとどうも…」などと言われることはあるけれど、私なら『理由はともあれ、相手に噛み付く行為は許されない。何故なら相手にも言い分はあるだろうし、それぞれの犬を愛する飼主がいる』と考えるからで、相手が気に食わなかろうが相手に落ち度があろうが、攻撃を仕掛けている犬に制御を行う。

さて、ラッキー君は接近したラブラドールに噛み付こうとした。
もっとも身近にあった私の足がラッキーの口先に飛んだ瞬間、ラッキーは逆切れして私の足を執拗に攻撃した。
すかさずリードショックを行うと、キャンキャンと鳴いて大人しくなった。
実はここがラッキーの見所ありと私に思わせた瞬間だった。

病的で矯正が難しい犬はここでさらにパニックになるから即座に別の対応を行わなければならないのだが、ラッキーは「ウヘェーこりゃかなわんわ」と愛らしいキャラを持ったいい子だった。
これまでの習慣でしばらくは鼻に皺を寄せて攻撃的な態度をみせるのだが、ここをうまく制御すれば“妙に頑張らない愛犬”が誕生する。

リードに繋がれたラッキーはまた、私たちが食事をしている時にせがむような意味合いをこめて声を出し続けた。
普通の飼主なら「ああ、よしよし。ほれ、放せって言ってるんだわ。ダメよラッキー、ダメよ」と叱るでもないなだめの言葉かけて、明日からも同じような生活を行うことになる。

様々な前後関係があるのだが、何度かするどくたしなめた私に対して、今夜のラッキーは『こいつらにいつもの手は通用しない』と思ったのだろう、変わり身の速さであの手この手を使って私の懐柔を促そうとしている。
ただ、その方法の中に吠えることと反抗的な態度はなく、愛らしく人の心をくすぐるような所作があって
『これなら私も乗ってあげていい』と思い始めている。

愛犬のキャラを否定することなく、楽しい暮らしと社会生活が営めるように導くのは飼主の役目であろう。
そんな風にまとめようとしたらKがフードプロセッサーを使ったとたん激しく吠え始めて、道のりの長さを感じた。
 

温厚な私の怒り 2005年09月21日(水)

  苫小牧でラブラドールなど犬4頭を餓死させた飼主が逮捕されたとのニュースが流れた。
報道によるとこの飼主は今年3月にも同様の事件を起こして50万円の罰金刑を受けていたといい、本人は「餌も水も与えていたが、犬がそれを摂取しようとしなかった」と罪状を否認しているということだ。

異臭がするという近所の方の通報で事件が発覚したというから、少なくとも常識的で良心的な飼い主でないことは明らかである。
もし精神などの障害者でないなら叩きのめしてやりたい気持ちだ。

犬は生きる糧を飼主に依存する。
犬だけでなく人間の子供も同様で、未熟な時期の命を依存しているにも拘らず虐待の報道は後を絶たない。
この『依存していること』を過剰に受け止め、将来を考えてのしつけも行わず放任したり溺愛するのも同様に問題であるし、彼らの命まで自分の所有物であるかのようにもてあそぶのも許せない。

妙な発想になってしまってまとめきれるかどうかわからないけど、子を虐待して殺したり、自分でないと対応できないなどと思い込みが強すぎて心中や殺戮を図るくらいなら、人の子も犬も手放してしまえ!
勿論、そのような人間には本来、子や犬を育てる資格はないのだが、結果論的なことを言っても始まらない。
虐待や殺すことを考えるくらいなら、手放すという選択肢のほうがまだマシだ。
冷静でまともな人間なら子や犬の幸せのためあらゆる手立てを考えるだろうが、このような事件を起こす奴等にそのようなアドバイスは少なくともその時点では通用しない。
だから『捨てる』という発想だってセカンドワーストとしてあってよい。

捨て子や捨て犬を根絶するキャンペーンは常人に対しての呼びかけであり、非常人に対しては「殺す前に捨てる勇気を持て!」とそそのかし、実行した奴をボコボコにしたい。

そういえば改定動物愛護法で私の仕事も10月(だったかな)までに届け出をしなければならないはずだが、何の通知も来ないまま放置していた。
やるべきことはやっておこう。

ところで先週私は犬を虐待したことも告白しておかなければならない。
長いお泊り犬のアトム君は家で余程美味しいものを食べていたのか、初日の朝と夕ご飯を与えても「へん!こんなもの食えるか!」とそっぽを向いた。
5分で私はそれを片付け、副食の肉は他犬に与え、残りのフードはアトムの目の前でゴミ箱に捨てた。
アトムは餓死することなく翌日からガツガツ食べるようになった。

よく聞け!苫小牧の犯人!ラブラドールが餓死するまで「このフードはまずい!」と食べないことなどあり得ないのだ!
それでも食べなかったというのなら病気すら見抜けなかった己のマヌケさと犬を飼う資格などない冷酷さと観察力を恥じよ!
自称愛犬家を演じるこんな人間を私は絶対許さない。
 


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