From the North Country

シャキッと行こうぜ 2007年11月20日(火)

  ホンダハイブリッド除雪機ガロアラシ号が今冬初登場の朝を迎えた。
すこぶる快調であっという間に作業は終わった。
もし昨日の寒さだったらガーデンはそのまま根雪になっておかしくなかったが、気温は6度まで上がり雪は雨に変わってすべてを融かしてしまった。

雪国の住人は降雪を覚悟のうえで生活しているもののその時期が遅くなるのはありがたいものである。
今年のように灯油が高騰していると経済的負担も月に数千円から数万円も違ってくるのだ。
一方で『どうせ降ったんなら一気に根雪になってくれ』との思いは強い。
ぬかるんだ道路ほど嫌なものはなく、ある朝から突然銀世界が続き春に一気に解けて乾燥する、というのが理想である。
それに雪が降り積もれば意外と寒さが落ち着く感じがするものだ。
その意味においてこの冬の出足はちょっとつまづいてしまったようだが、そんなにうまくいくことはないはずだから、はてこの先どんな展開になるのだろう。

さて、今日はそんな状況だったからかカフェはさっぱり。
その代わりというか、ありがたいことにお泊り犬で午後から忙しく私は4回、Kは2回の散歩に出かけることになった。
私が1回目の散歩から戻ってくる途中、どこかで大型犬が吠える大きな声が聞こえていた。
カフェに近づくにつれその声がはっきりしてくる。
どうやら初めてお泊りの10歳になるラブが既に到着しているらしかった。

「大変そうです。飼い主は引きずられて入って来られ、引っ張るし拾い食いをするから口輪があればそれをして散歩したほうがいいって仰ってました」とスタッフは笑っていた。
その犬は盲導犬候補のキャリアチェンジで、昔私がパピーウォーカー担当時代に見ていた犬ということだった。
2回目の散歩にと歩き始めてすぐに1度制御しただけだったが、何とも人の良い協会関係の犬であることがわかった。

歩きはいいし、軽い制御に実に良く反応している。
何よりラブラドールらしい『人に対する絶対の信頼性』を根っから持っているではないか。
10歳にもなるこの好々爺に引きずられたり拾い食いで困っているという飼い主はどんな人なのだろうという興味が湧いてきた。

『うちの犬はこうだああだ』という話題はとても面白いし興味もあるから私は夢中になって話してしまうことがあるけど、それは『本来この犬が持っている性格は…』ということであって、日常生活に支障あることは当然飼い主自らが排除し、正しい生活習慣を教え込んだうえでの話題として楽しんでいるつもりだ。

でも思い起こしてみれば多くの飼い主は、ただ単に飼い犬の性格や行動に振り回されていることの現実を前提に『うちの犬はこうだああだ』と話していたのではなかろうか?

それぞれの犬にはイヌとしてあるいは犬種特性としての行動や感性があるのは当たり前。
それをどのようにコーディネイトするか、つまり飼い主は何が現れるかを期待するのではなく、どう育てるか自らが考え行動しなければ『犬は育たない』ことを知るべきなのだろう。

因みに私なんぞはガロアラシ号にさえ、
「いい子だ、頑張ろうぜ!よし、よくやった。」と言葉をかけ、メンテナンスも行いながら、作業が終わった時には寒空に放置している。
私が嫌いなのはぬかるみのようにドロドロした中途半端な状態であり、それはガロアラシ号も最も苦手としていて、故障もあるし自分の魅力を発揮できないと嘆いていることなのだ。
 

娘よ 2007年11月19日(月)

  雪こそ積もらなかったものの寒さは半端じゃなかった。
真冬日初日ということに驚くより最低気温の低さというか空気の冷たさにあせってしまう。
そんないきなりの寒波だった。

幸いカフェには明るい日差しが降り注ぎ、ストーブの暖かさに包まれてのどかな時間を過ごすことができた。

「お父う、海外に旅行に行こうと思ってる」
娘がそんなことを言ったのは初夏の頃だったろうか。
デザイナーの卵として働き始めて数年しか経っていない。
「仕事は?」
「今の会社は辞める」
「ふぅーん。なんか目的でも?」
「いや、べつに」

三人の子供の中で一番しっかりしている愛娘だし、なにより私は子供たちが何かを始める時(普段のしつけのことは別にして)「それはダメ」と言ったことがない父親だ。(過去には思春期の娘に対して一度だけあるが…)
勿論、親として心配なのは当然だからいつもネガティブな質問ばかりして「お父うは反対ばかりする」と誤解されることもあったが、基本的には自分の考えで行動することには賛成であり、ネガティブなことを言うのは本人の本気度とそれなりの心構えと準備ができているのかを確認するための親として当然の作業だった。

その娘が今日次男と一緒にカフェにやってきた。
「はい、これ」と渡された旅程表を見て私は目を疑った。
初めて海外に出るというのに、そこには53日分の大雑把な行程が書かれてあったのだ。
「こんなに?」
「そう」
「ツアーか何か?」
「いいや」
「誰と?」
「ひとりで」
「英語話せたっけ?」
「いや。まあ少しはね」

フィンランド・スウェーデン・オランダ・ドイツ・チェコ・イタリア・スイス・フランス・スペイン
まあこれだけ周るのなら53日ではなく53年少なくとも53ヶ月でも必要だと思われる国名が並んでいたが、紛争国が含まれていないことに少しホッとした。

「たぶんトラブルがあってこの通りにはいかないだろうし、その時はアレンジすることになるけど何とかうまくやってくるよ。携帯は持っていかないからインターネットカフェがあればメールする」
娘はそう言ってくれたが、旅の途中で誰かの為にお土産を買ったり家族に連絡することほど面倒に感じるものはないことを私は充分に知っている。

私の専門は犬であるが、長い目で見れば人間の血も争えないことを改めて感じ始めた。
明日の天候が穏やかであることを願い、
『Otou,genkika? Sana wa ma-ma-』
そんなメールすら娘には負担であることを知りつつ心待ちにする日々が続きそうだ。
そして来年1月11日に無事帰札できることを心から祈り続けている。
 

個性というもの 2007年11月18日(日)

  今夜のお供は青森県おいらせ町の純米酒『奥八甲田』
地元米を使用したさらりとした飲み口のお酒で軽い酸味が心地よい。

昨日からお泊りの柴犬海斗君は生後3ヶ月半の頃カフェにやってきた元マジ噛み犬だ。
普通3ヵ月半なら甘噛みで出血させられるものだが彼はマジ噛みで出血させていた。
そのうえ非常に過敏で触るだけでギャンギャン鳴き、抱き上げると町内に響き渡るような悲鳴を上げるものだから、誤解した人から通報されないように人里離れた場所でレッスンを行ったものだ。

あれから2年。
今ではすっかりカフェの人気者で遊び心もある安心できる柴犬に育った。
ただ過敏さと仰々しさは相変わらずで、拘束されることや叱られることにはギャーギャーとこれまた知らない人には誤解を与えそうな声を出すのが気になっていた。

そこでもう2歳も過ぎているので、この声が癖になっているのか、あるいは甘やかされていい気になっているのかを確認し、できれば今回のお泊りで解決を試みようと考えていた。

その結果明らかになったのは、飼い主のHさん家族が受け入れなければならない“海斗の個性”だった。

彼はこの2年間で両親から受け継いだ『過敏なまでの自己防衛本能』の中から『攻撃性』を封じ込める自制心を獲得した。
それはレッスンやカフェにおける社会性の醸成が背景にあったであろうけれど、何よりもHさんご家族の愛情と接し方がその成果をもたらしたのは間違いない。
しかし彼の脳には自分ではどうしようもない過剰な感受性の血が流れており、決していい気になって仰々しい悲鳴を上げているのではないことと攻撃性の抑制が確かなことが今回分かった。

もちろん、だからと言って物分りのいい親になって彼の悲鳴や唸り声を放置するのではなく、今までどおり「海斗、うるさい!大袈裟なんだよ!」と言い続けることは必要である。
ただ心の中で彼の精一杯の悲鳴を笑顔で受け入れ、年と共にどんな変化が現れるのかをHさんとこれからも一緒に楽しみながら見つめていたい。

夜のガーデンはマイナス5度にも下がっていた。
日中ならリードをつける時にウーと唸るのが挨拶代わりになっている海斗だが、今夜ばかりは早く寝ようと黙って繋がれていた。
 

一本の焼酎から 2007年11月17日(土)

  今夜のお供は宮崎県高千穂町の『東国原(ひがしこくばる)』
お土産に頂いた芋焼酎で有名な知事のそのまんまの苗字が冠せられ、似顔絵入りの意匠札がぶら下がっている。
20度数なのでそのままスルスルと喉を流れていく感じがよい。

高千穂はこれまでに3度ほど旅したことがあり、あの渓谷美と厳かな岩戸はいつまでも心に残っている。
それとは別に高校生の時には当時駅前にあった『小僧寿し』を食べ、その安さと美味しさに感動した記憶がある。
以後、若い頃の寿司といえば『小僧寿し』であり、貧しくとも「寿司を食べた」という満足感を得ることができ大変世話になった。
小僧寿しとマルちゃんのしょうゆラーメン。
このふたつの組み合わせは抜群で、食後にさえ「よし明日もこれでいこう!」と思ったものだ。

5年前の高千穂はずいぶんと観光地化がすすんで風情がなくなってしまったが、北方町から向かう途中にある青雲大橋に立った時には140メートル下の谷底に足が震えたことを覚えている。
ところで私が見逃してしまった駅前にはまだ『小僧寿し』が残っているのだろうか?

あの旅の途中でいろんな人に出会ったが、なかでも癌の告知を受けながら自分の趣味である全国の美術館巡りをしていた男性のことが印象深い。
定期的な治療の合間をぬって車での一人旅はどんな想いで続けておられたのだろう。

今度私が旅に出る時は一人じゃないからまた違った視点で物事を感じることができるはずだ。
その時にはどんな出会いがあり何を感じるのかを今から楽しみにしている。

土産に頂いた一本の焼酎が旅の思い出を蘇らせ、これからの旅への欲求をかきたててくれた。
 

全国初!北海道動物愛護条例? 2007年11月14日(水)

  今日から冬のはずだったが一日分おまけの秋をいただいた。
明日からが冬だそうな。

気象予報も自由化されたらしく以前の大本営発表のようにどのチャンネルを見ても同じというわけではなく、どの局を信じるか我々が試される時代である。
膝と腰に爆弾を抱えている私なんぞは地域のお天気おじさんにうってつけかもしれない。
まあ、今夜は膝に痛みを感じないから明日はそこそこ穏やかな曇りで晴れ間も見えるのではなかろうか。
予報とは正反対今流で言えば真逆?の予想なのだが…

さて、今夕の道内ニュース番組で動物管理センターに収容されているゴールデン・バーニーズ・柴・Mダックスの姿が映し出されていた。
顔がはっきり映っていたのでセンターへ持ち込んだ人間(とは思えない)が見ていたならすぐにそれと分かっただろう。
いろんな事情があったにせよどんなに酌量しても許せるものではない。
捕獲したのではなく『持ち込まれた犬たち』がテーマだった。

最近ではMダックスが増えているという。
持ち込まれた犬は法律上センターで引き取らねばならぬという。

そしてもうひとつのテーマが、“北海道は今後10年で殺処分されるペットの数を半減させる”計画を立てたということである。
その具体的方法として
1.マイクロチップ装入を促進して迷子犬を飼い主に戻す
2.譲渡先を探す
3.購入時の避妊手術を推進する
などらしい。
「責任を持って最後まで飼えないなら、飼わないというのも(が)動物愛護です」とアナウンサーはコメントしていた。

だが、本気で半減させたいならもっと効果的で10年もかからない方法があるじゃないか、と私は思う。
センターに持ち込まれる犬が実はどこから来るのか調べ公表すればすぐにでも4割程度を減らせるのではなかろうか。
私がアナウンサーなら『最後まで面倒を見れないのなら、ペットショップで犬猫を販売しないというのが最大の動物愛護です』と言うだろう。

道はまず実態調査をすべきである。
ショップ名を明らかにして持ち込む良心的?業者がいるのか知りたいし、法を逆手に取って『センターは持ち込まれた犬を引き取らねばならない』と開き直っているのかも知りたい。
個人を語って持ち込む業者もいるだろうし、『捨て犬を捕獲した』とうそぶく輩もいよう。

いずれにせよ先ずは実態を知りたいし公表して欲しい。
ペットショップ関連の犬猫が年間どれほど持ち込まれているのかを。
天気のような予想ではなく実態を明らかにすべきである。

そのうえで相当数が確認されたなら、北海道のペットショップでは身の毛もよだつ生体陳列販売を禁止するという日本初の条例を制定し、業種保護のためには例えばビデオや映像などの情報に基づく予約販売制とすればよいだろう。

安易にペットを飼って捨てる人間を戒めることも大切な啓発だが、ショップに幽閉され無垢な眼差しに“今そこにある命”を感じてしまう人の優しさを食い物にする制度を改めることこそ行政の成し得る行動であり責任であると思う。
 

冬支度 2007年11月12日(月)

  「明日13日(火)が今年最後の秋(晴れ)で明後日から冬になる」と何とも明快な天気予報が流れていた。
そこまではっきり言ってもらえると大助かりだ。
明日は陽射しのあるうちにガーデンの遊具やテントそれにテーブルを片付け、除雪機ガロアラシ号を車庫から出して点検しておこう。

去年もそうだったが11月のカフェは土日といえども閑古鳥が鳴く暇な月である。
漬物や雪囲い落ち葉掃除など冬支度をしなければならないし、3時過ぎにはもう薄暗くなり始めてしまうからだろうか。

でもそんな日もまた楽しく、スタッフはカラー(首輪)のディスプレイをいじくったり、ゆっくりとお客さんと話をしていて、よく聞くと子育てのこととか娘を嫁に出す話にまで及んでいてドキッとさせられることもある。
そういえば4年前のオープン当初は犬の育て方やしつけ方それに失敗談や心構えなど犬談義が多かったけれど、最近ではすっかり落ち着いた犬たちは床に伏せて、人間たちの家庭談義などを子守唄にしているようだ。

だがまあ、いつまでもヒマな11月であってもらっては困るし、カフェに刺激を与えるうえでももし来年まで覚えていれば『11月は無料愛犬講座の月』として新規顧客開拓と犬談義復活の計画を立てよう。

っていうか明後日からでもそう心がけよう。
何故明日からじゃないのか?
Kのマーチのタイヤ交換もあるし、冬支度で忙しいから…
 

願掛け 2007年11月11日(日)

  11月11日夜11時11分11秒まであと3分。
年にニ度(午前と午後)のぞろ目10桁の瞬間がやってくる。
『夜なら23時じゃん』って言われたらそれまでの話ではあるが、デジタル時計をたまたま見てたらそんな表示が近かったので書いてみただけのこと。

確か去年の今頃は親知らずの痛みに耐えていた時期だ。
そういえば歯科医院から定期健診の葉書それに札幌市からはご丁寧にも『すこやか健診』なる健康診断を勧める通知が届いていたことを思い出した。

愛犬のワクチンやフィラリアなどの投薬はせっせと予定を立てるのに、自分の健診はおろそかにしているのは私だけではあるまい。
『自分の病のことより愛犬を大切にしたい』というのではなく
『愛犬の健康は自分が守ってあげなければならないが、自分は滅多なことで病気にならない』という不老不死の神話を信じたい思いが人の根底にあるからかもしれない。

「病気になってから後悔するんだよね」
先週、本当に久しぶりにカフェを訪ねてくれたHさんがさりげなく忠告してくれた言葉だ。
その言葉にハッとできて我が身を振り返れるような素直な人間になれたらどんなにいいだろう、と思った。
私はといえば何をどうしても病気になった時には後悔し、死の間際には涙を流すだろう愚人と諦めている。

さて我が家の愛犬アモは現在皮膚に関する症状の治療中である。
ひ弱な体質なのか、今年初めて支笏湖で泳いで以来、濡れた芝生の上を走ったり、川遊びをしただけで腹部に炎症が起こるようになった。
数日で自然治癒するように見えるが濡れるたびに繰り返すのはやはりおかしい。
アモから水遊びを取るのは私から酒とタバコを奪うに等しく魂の半分を抜くようなものだから、なんとか来年以降も遊べるように完治させてあげたいと願っている。

幸いにも現在のところ投薬治療で経過は順調。
恐らく相手は健康体には害のない常在の細菌や真菌で、昨年来の手術で体質が変化し弱っていたアモを蝕んできたのだろう。
ちょっと長くかかるかもしれないがしっかり治しておこう。

1が10桁並んだ時間に『治りますように』と願をかけた。
 

初冬の休日 2007年11月10日(土)

  本来なら10月の中旬からホッケが釣れ始める積丹の好釣り場に試し釣りに出かけた。
温暖化が進んでいることも考慮し1ヶ月近く遅らせた初冬の釣りだった。
それなのに釣れるのはフグばかり…
「またかぁ」と私もフグもほっぺを膨らましてばかりだった。
フグは海水温が高い夏場の魚でありこの時期に邪魔されるとは思いもよらず、想像以上に身近に迫っている環境問題を改めて感じた。

定休日二日目はアモも連れて行けるショッピングモールに出かけ、Sさんに教えてもらったアモが遊べる千歳川の好適地を確認してしばらく泳がせ、アモも入れるテーマパークで珍しい種類の牛や羊を見て…そんな風に一日が終わってしまった。

どの場所でも感じたのは、外で長い時間を過ごすには辛い季節になったということ。
もちろんそう感じるのは人間だけで、アモはとりわけ千歳川からは離れたくなかったようだ。
「千歳って住みやすい街だそうよ」とKが意味深なことを言うから私もつい辺りを見回してしまったが、もし清流と緑豊かな草地(冬は雪原)がカフェの前に広がるなら最高かもしれない。
そういえば前日には、真冬の海でも露天風呂から投げ釣りができるところがあれば最高!なんて思ってたっけ。

最高の環境ではありませんが、寒い季節はドッグカフェナガサキで愛犬とお過ごし下さい。
 

北極星 2007年11月07日(水)

  夕べ私が夜空に見た小熊座の七つの星のひとつが北極星だということは一般にはあまり知られていないと思う。
そして2000年前には北極星が別の星であったことも…
実は北極星という特定の星が存在するのではなく、それは数千年単位で変化しているのだということを改めて紹介しておこう。
2007年現在においての北極星は小熊座のちょうど尻尾の先にあたるα星のことなのだ、と言ったら驚かれるだろうか?

なんて、知ったかぶりなことを書いてしまったが私も今日仕入れたばかりの知識であって、多くの方が既にご存知だったら恥をさらしたに過ぎない。

コマを回したときに軸がぶれずに回っていても、いずれ軸の先が円を描くようにぶれるのをご存知なはずだ。
地球の軸もそのようなぶれを生じているから、天空の北であるポールスターも変わってしまうそうな…

地球から見える星座は北極星を中心に円を描くように回って見えていると言いながら、長い年月でみれば北極星が他の星と入れ替わるということだ。
そんな風に考えたら短い人生の中で、気持ちが楽になりませんか?

他人から小言を言われたときに「それは2007年現在における日本の中の北海道における正論であって、あなたが感じるそのような考え方は未来永劫私の考えが全面否定される根拠にはなりませんよ。」なんて強気になれてしまいそうだ。
宇宙から見れば人の世のとりなしごとなど、そこはかとなくものぐるおしけれ、か。

とは言いつつも2007年金色今夜に生きる者としては、『愛犬の品格』について『どんなに貴家の愛犬であったとしても、他人や他犬を不快にし続けていると、あなたの人格を問われているのと同じですぞ』との警告を与えておこう。

久しぶりに酔いが回って前後不覚となり、まとめようもなくなってしまった。
ごめんなさい。
明日が休みであることがそうさせたのだろう。
今夜の北極星を我が家の愛犬アモと共にこれからガーデンで見てこよう。
 

メガストアがやってくる 2007年11月06日(火)

  ここ数日好天が続き夜のガーデンではたくさんの星が輝いている。
夜の排泄に出す頃には南東の空にオリオン座があるのだが、この欄を書き終えてベッドに潜り込む時カーテンを開けるともう南の方向に位置しているという毎日だ。
視力が衰えた私の目にもはっきりと小熊座が見えるのだからやはり此処は空気が綺麗で街灯りのない田舎という実感があってうれしくなる。

先日、年明けに近所(せいぜい1km程度か)にオープンするアメリカ資本の超大型会員制スーパーの営業員が勧誘にやってきた。
その話を伺いながら時代感覚がどうなっているのか自分でも分からなくなってしまった。

「とにかく凄いんですよ。大きな倉庫に平積みされた商品に圧倒されますよ」
と、関東からやってきたという営業員は写真つきのパンフレットを示して説明を始めた。
しばらくして私が
「日本の商品もあるんですか?」と尋ねると
「もちろんです。でもあちらの商品というのはサイズもでかくてビックリしますよ」とアメリカ製品の凄さとお店の規模や買い物の仕方のイメージが変わるという“生活維新”について自信を持っているような話しぶりだった。

だが私は頭の中で別のことを考えていた。
『40年前ならともかく、この時代にアメリカアメリカといっても誰も飛びつかないのに、この人何を強調してるんだろう?
普通ならまずは国産と考えるし北海道産ならさらによいはずだ。
それに国内企業を応援したいという気持ちは今の時代なら多くの人が感じてるんじゃないのかな?
買い物の楽しみ方が変わるというのは一理あるようだけど、少子高齢化社会で何でも少しずつ少しずつというのがありがたいのに、アメリカサイズでは無駄な買い物が多くなりエコにも逆行するよな。』

「もちろん、どれもおひとつから買うことができます。おひとつと言っても例えば生寿司の場合で一番小さいのが48貫もあるんですよ」と、ニコニコしながら営業員はさらに桁外れの凄さを強調していた。

『おいおい、まさかケーキは甘くてピザは巨大なんじゃないでしょうな。
自衛官のSさんは米基地のある街に単身赴任して、3ヵ月後に一時帰郷した時には丸々と太ってましたぞ。
普通に利用すれば、日本人の体型もいつかはアメリカン?
それってメタボスーパー?』
「そうですか」と興味深げに笑顔で受け答えしていた私の裏側の思いだった。

会員にならないことには買い物もできないし、ひょっとしたら私が時代錯誤をしていることに気づいてお気に入りになるかもしれない。
何より初物好きなKが放っておく訳もないから当然契約はすることになろう。

はたして田舎町にアメリカ流メガストアがやってきてどんな反応を人々は見せるのだろう?
因みに近辺には同じような大規模の国内店舗が2ヶ所と生協規模の店舗が5ヶ所ほどあるのだが…
いずれにしても、これまでのように夜になれば綺麗な星がいっぱい見える街であり続けて欲しい。
 


- Web Diary ver 1.26 -