From the North Country

国民性と犬たち 2007年11月03日(土)

  日ハム残念!
なんとパーフェクトな負け方か。
見事である。
昨日は札幌にも初雪が降り『白い恋人』の季節がやってきた。
そう今度はコンサドーレがJ1昇格を勝ち取る番だ。
18日の札幌ドームが熱くなるぞ!

と、まあ切り替えが速いのが北海道人であるが、当然のことながらそうでない道産子もいるから、あくまでも『傾向として』ということだろう。
これからの季節にいつまでもうだうだ言ってたら凍れてしまうし、さっさと歩き出さないと隣町に着くまでに日が暮れてしまうというのが地域性を踏まえたこじつけの道民論といえようか。

さて、我が家の愛犬アモを見て考える。
ラブとゴールデンの血を引き継いだアモは外見上はラブだが、尾を見ればF1だと分かる。
散歩での動きやボール遊びそれに川や海を見る目はハイパーラブそのものだが、日常生活での振舞いはゴールデンの面倒臭さと頑固さが動きを穏やかにしている。

そんな風に、ある特徴というか傾向というのが犬種にもあって、それがまじめに論じられたり笑いの種になったりからかいの対象となることがあって、それはそれで国民性の傾向を表していて面白い。

呼び戻しができるアフガンハウンドなんて正統なアフガンじゃないとか、感情を覚えたハスキーに橇は曳かせられないとか、イギリス原産の犬種は概してジェントルを美徳としているのに対し、ドイツや日本の犬種は忠誠心が強すぎて排他的であったり、アメリカ育ちの犬はジェントルよりも遊び心が中心でそれが叶わぬと攻撃性が極端であったりしてなんだか国民性とダブって見えてしまう。
恐らくイタリアやスペインではオスの去勢は犯罪的行為と思われているのではないだろうか?
それらに混じらぬよう意識したフランスの犬は、お高く留まって上品に見せながらすれ違うに犬に色目を使い平気でルーブルにマーキングをしている姿が想像される。

シーズーやペキニーズなど中国の犬は余計なことには関与しないように見せて、マイペースでどんな主人も取り込むと共に、七色の声を使い分けながらその勢力を着実に広げているのだろう。
ロシアの犬は上品で貴族的な犬と普通の犬の差があり過ぎて羊頭狗肉といわれても判別しがたい恐ろしさがある。

この他にも寝ていることが至福であると感じている犬や、動くのを止めるくらいなら死んだ方がマシだと訴える犬たちもいてなかなか面白い世界だと思う。

いろんな経緯で皆さんは現在の愛犬と暮らしておられるのだろうが、『自分色に染める』というのもまたひとつの喜びではなかろうか。
ファイターズ・コンサドーレ…夢中になってる飼い主に圧倒されながら犬たちはそんな変化を起こしているのかも知れませんぞ。
 

頑張れよぉ! 2007年10月31日(水)

  昨日の朝、カフェ上空を白鳥の一団が賑やかな声を上げながら南へと飛行していった。
気流が乱れていたのかV字隊形を維持するのに四苦八苦する様が見る者の笑いを誘い、「頑張れよぉ!」と思わず声をかけていた。

今日のガーデンはラブ・ゴールデン密度が高く、我が家の愛犬アモを含めると12頭が集った。
そんな中に初めての来店となるMダックスが2頭いて、身の置き所をどうすべきか慎重に状況を見極めようとしていたのが可愛かった。

レトリーバーが大挙来店するまで、このMダックスたちはカフェ内でちょっといい気になって吠えたりしていたので、とてもいい社会経験になったと思う。
レトリーバーたちはそれなりにジェントルな振る舞いだったので、Mダックスに恐怖を与えるようなことはなかった。

飼い主の両足の隙間で身動きせず状況を見るオスのMダックスと、一人ぽつんと座ってあっけに取られている4ヶ月のMダックス。
ちょっといい気な気分に社会の現実がMダックスたちを我に返し、ひとつ大人にしてくれたと思え「頑張れよぉ!」と心の中で声をかけた。

さて、我らがファイターズ。
ついに王手をかけられたが、第3戦と今夜の4戦の試合の流れは私の中では願ってもない範疇なのだ。
今年の中日の打力と気迫は残念ながら凄まじいものがある。
それをすべて受け入れた中で我らがファイターズが勝利するには、
第1戦(3対1)をダルビッシュで抑え、
第2戦(1対8)で打撃の差を思い知り、
第3戦(1対9)で相手に打たせてまでも自らも打つ感触を取り戻し、
第4戦(2対4)で相手の打撃を抑えつつ、自らの得点能力を高め
第5戦を再びダルビッシュでしたたかに勝つというのが私の思い描く戦略だ。

明日が勝負である。
ドラゴンズは明日ダルビッシュを火だるまにしない限り、優勝はないだろう。
何故なら、明日ダルビッシュが勝てば第6戦第7戦も彼が投げ、『神様、仏様、稲尾様』を再現する大逆転優勝が我らがファイターズにもたらされるからだ。

最後に声を大にして叫ぼう。
頑張れよぉー!!!ファイターズ!
今月のパスタ『北海道日本ハムファイターズ応援パスタ』は今日で終わるとは限らないのだ!
 

「本当かな?」パート2 2007年10月29日(月)

  とってもヒマな雨の月曜日だった。

夕べのワクチンの話、毎年の接種が義務化されてる狂犬病ですら2〜3年に1度の接種でも効果は問題なさそう…
ま、いろいろあるから深くは言うまい。
ただ『本当か?』と問う姿勢は持ち続けた方がよさそうだ。

その『本当か?』を問う姿勢は何もワクチンだけに限ったことではなく、『フードは勿論おやつやサプリを含めた食の問題』『シャンプーの問題』『消毒の問題』『しつけや訓練の問題』…といろいろ抱えており、結論としてそれぞれを個人が研究し追求するのもさることながら、やはり『本当か?』を根底に持つことこそが重要であり、問題意識をふと感じたうえで調査し、連帯と協同そして別の視点からの実践と報告が常に大切なのだろうと思っている。

科学的実証は皆を納得させる力を一時代に及ぼすが、その実証が時を経て変化し新たな実証を生み出してる現実があるわけだから、『鵜呑み』というわけにはいかないことを現代人は学んでいるはずで、そこにさらなる科学の進歩が存在するはず。

科学し実践することは将来に対する大いなる期待を込めた『素晴らしいこと』というイメージを持つけれど、実際の現代社会では苦労して得られた科学的所見を巧妙に転化し、利益優先を追求する媒介が存在するから、『本当か?』を疑う目は常に必要だろうということだ。

まあ、『酔いの世界でのたわ言だから深くはない』と言い逃れし、『庶民のつまらぬ一言に真実が隠されていることもある』と問題提起しておこう。

「うちの子は控えめで他犬と遊ばない性格だから、もう一頭飼えば良いと言われたことがあります。そうなのでしょうか?」
今日のカフェでそんな質問を受けた。
「わからん、わからん。何がいいのか一概には言えないからわからん。だからそんな言葉に乗せられて安易に次の犬を飼うのは反対。」と私は答え、
「どうせ飼うなら今の犬が7〜8歳になった時のほうが、ペットロスのショックを和らげてくれるかも」なんて話してしまった。

そんなことにまで介入することはなかったと反省している。
それは人それぞれの選択の問題だ。
「本当か?」と問わずに、感性のおもむく決断をして欲しい。
あなたの人生なのだから。
 

本当かな?って考えてみた 2007年10月28日(日)

  犬と暮らしていると健康問題で右往左往させられることが多い。

言葉を話せない彼らから体調不良を初期段階から聞きだすことはできないし、下痢の原因に心当たりはないか問いただすこともできないし、少々の痒いや痛い具合が悪いなんてことは異常とは感じないで受け入れてしまうから症状が進んで気がつくことだってある。

だからといって愛犬の健康状態に過敏になるのは個人的には性に合わず、治療の要不要など適度な感じで折り合いをつけるようにしているというのが正直なところであり、症状が少々進んでからの方が治療しやすい場合だってあるのだ、なんて開き直っている。

異物摂取や他の原因に心当たりがないのに下痢したなら、常備薬を飲ませることもせずに翌日まで体調全般を観察しながら様子を見るは普通のこと。
何故なら軟便や下痢は多くの場合正しい生体反応だから。
根本には、余計な薬は副作用を招くことがあるし頻繁に使うことで肝心なときに効果が薄れる可能性があると素人なりに考えているからだ。
そのうえで、ここは常備薬で家庭療法、ここは病院で診察・治療と自分で判断できる力を失わないように心がけている。

当然、判断ミスもあろうけど『取り返しのつかない結果を招く』という“万が一”ばかりに翻弄されて、些細なことまで医療に依存していると、“おおらかに愛犬と暮らし、健全な生と死を身近に捉える”という初期の方向性に微妙な狂いが生じてしまう。
飛躍した言い方になるが、サバイバルな生き方を求めているのではない。
管理された公園でしか遊ばせず、何かあると医務室に駆け込むような親ではなく、普通に野山を駆け回らせ少々のことは自分で解決できるという人間力の基礎の話である。

ところで、人間の場合には一生続けて接種しなければならないワクチンなんてないのに、どうして犬は毎年なのだろう?
『絶対、ねばならない』という確たる実証がなされているわけはないはずなのに、当然であり常識という観念はどうして定着しているのだろう?
もし、『そのほうが』というのであれば、それは100頭に1頭とか10万頭に1頭というようにどの程度の危険の確率に対してなのだろうか?
さらにそれは人間が子供の頃に一回しか受けないワクチンと結果や性能・品質においてどう違うのだろう?
またショック死など副作用の割合との比較においても明らかに有効なのだろうか?

難しい判断になるが、10万頭に1頭の確率と言われれば自分の犬に毎年ワクチンを接種するだろうか?

研究されていることや、その報告をこれまでどこかで目にしたことはあるけれど、飼い主の視線に立って接種するかしないかの判断材料になる資料は少ないし、意見も分かれているように思う。
それだけ曖昧であるということなのだろうか?

法的に義務化されていないワクチンなのに、ドッグランなどでは証明書の提示が求められるなど、なんだか変な方に一人歩きしているような気がしてならない。

時が流れて、毎年更新のワクチン接種証明書を提示することが非犬道的な飼い主の代名詞のように思われる時代が来ないとはいえないかも…
今一度調べてみたい。
 

夢中になる 2007年10月27日(土)

  先ずは北海道日本ハムファイターズが一勝した。
セリーグの中では群を抜いて強かった中日から勝利を挙げたことが素晴らしい!

選手たちは『思いっきりやってやろうじゃないか!」という強い気持ちで闘っていたはずだが、親心からすると『本当にうちの子は大丈夫だろうか…ボコボコにされてしまうんじゃないだろうか』という心配がどうしても頭に残るものだ。
そんな不安を初回から闘志溢れる投球をしたダルビッシュが拭い、3ランを放ったセギノールが吹き飛ばしてくれた。

1点は失ったものの稀哲(ヒチョリ)の好捕こそファイターズらしさであり、あの余裕ある動きで今日の試合は決まった。
ただウッズへの直球勝負は今後の展開に何がしかの予感を与えたように思え、見所の多い日本シリーズとなりそうだ。

今日の試合がナイトゲームだったのはカフェにとって有難かった。
というのも大事な試合が札幌ドームでのデーゲームだと土日のカフェはたいそう暇な状態が続いていたからだ。
2年前なら皆さんカフェに集まって、テレビ中継を見ながら大騒ぎし
「ほら、あんたの犬ガーデンでウンチしてるよ」
「あ、悪い、取っといて!今、大事なところ」
なんて会話がフツウにあったのだけど、
『どうやらファイターズは本当に強いようだ』とみんなが感じ始めると、ドームへドームへと足が向くようになったのだ。

その中の一人にスタッフMがいる。
彼女は大事な試合があると平気でカフェを休むようになったし、仕事中だろうが携帯を駆使してチケット確保に余念はなく、ついにはドーム前に無料駐車場までゲットしていた。
「私、カフェのお客様大好き!繋がればすっごい人脈が出来上がるね」
自らの努力であるとか人徳と言わないのが偉い。

ともあれ今日のカフェは賑わい、スタッフMは今月のパスタである“北海道日本ハムファイターズ応援パスタ”を一生懸命作っていた。
そして夕方には旦那が迎えに来て彼女は早退し、ドームへと向かった。

テレビ観戦をしていて彼女の姿が映らないのが不思議で仕方がない。
カフェではどんなに声を抑えても響き渡る透き通った(甲高くうるさい)声だから、熱狂したときには『バフ〜〜ン』と山をも破壊する威力があって注目されるはずなのに…

コンサドーレがJ1に昇格し優勝争いに加わるようにでもなったら北海道は凄いことになるぞ。
なにしろ『ホッカイドウノ ミナサンハ 世界でイチバンデス!』から。
 

急がば回れ 2007年10月24日(水)

  近所に住んでいるボーダーコリーのさくらは今日で4回目のレッスン。
他犬に対して牙を剥くことがあるというので慎重に訓練を進めている。
感情表現が少なく何を考えているのか分からない。
気に食わないと人も咬むのか、それとも単なるパフォーマンスか?

これまで3回のレッスンでは、私の設定した訓練コースは近所に住むさくらにとって既知の生活コースであるからまるでスキを見せず大人の対応を見せていた。
周囲の状況に戸惑うこともないし、私の横をとにかく淡々と歩く。
だが、オスワリなどの命令を与えても決して従うことはなく、強めに接するとジロリと私を睨むことがあった。

強引な手法を用いて関係をこじらせると回復に長い時間がかかりそうな性格のように思えるし、かといっていつまでもさくらの生活コースで訓練していても埒が明かないと思えた。

「車には大人しく乗れるんですか?」と飼い主に尋ねてみた。
「無理だと思います。大騒ぎになりますから…」と飼い主。
私はKのマーチを借りて、車庫で乗せてみた。
少々手こずったがなんとか乗せることができたので、リードをヘッドレストに結わいつけ別の訓練コースまでドライブした。

車内ではさくらが興奮して騒ぎ始めたが、私もさくらの度肝を抜かせるような声を張り上げて応戦し、片手でボディーブローを数発ぶちかまして我に返そうとした。
さくらからの反撃はなかった。

新しいコースでもさくらは戸惑うことなく歩いたが、相変わらずオスワリの命令に従うことはなかった。
マテの命令を交差点ごとで行ったが、どうやらマテはこれまで全く教えられていない項目のようで、初めて「何それ?」という顔をしていた。

僅か30分のショートレッスンだから今日はこれでおしまいにした。
が、明らかに主導権は私が握り、さくらは取り乱すことなく新たな状況に感情を表し始めた。
今後の見通しはまだ立たないが、感情表現があったことで次へのステップが見え始めたのは大きな収穫であり、徐々にさくらの心を開き、教えたいことを素直に受け止められる犬に変化させてあげたいと思っている。

当面のバロメーターが“車内での振舞い”という目に見える設定が得られたのも収穫だった。
あと数回のレッスンでさらなる方向性が見えてくるだろう。

最初から訓練に入れる犬もいれば、導入段階を慎重に行わなければならない犬もいることを今夜は知って欲しかった。
 

美しき十三夜 2007年10月23日(火)

  どこを見ても鉛色の雲ばかりで青空が遠い最近の札幌だ。
たまに雲の隙間からお日様が現れても、既に陽は傾いていたりでありがたみが少ない。
こうして短い秋は過ぎ、気がついたときには突然冬がやって来てるんだろうな。

今夜はカフェスタッフの懇親会。
KとスタッフMそれにトリマーのasamiちゃんの三人で何処かへ出かけてしまった。
イタリアンを食べ映画を見てその後またどっかでくっちゃべっているのだろう。
残された私とアモそれにレオンベルガーのジェニー・チワワのチビ・Mダックスのロンとジュリアは秋の夜長をただうとうとしながらKの帰りを待ち続けるだけだった。

Kは私の為にビーフシチューを仕込んでくれていたが、その味は先日美瑛で食べた千代田ファームの味以上であり、毎年クリスマスにカフェで提供するシチューの味だった。
フランスパンとワインも完璧だった。

ハックショーン!
私がくしゃみをすればジェニーは必ずどこにいても駆けつけて「大丈夫ですか?」と鼻で突っついてくる。
私が居眠りを始めるとチビが活動を始めて台所の床を嗅ぎまわる。
ロンとジュリアはひたすら眠り、アモは階下でKを待ち続ける。
そんな構図がはっきりしているから私は私で安心してうたた寝できたのだ。

夜も更けた頃、突然犬たちの視線が階下に向けられそわそわすると、それはKの帰宅を知らせる合図だ。
私には何も聞こえないが、間違いないことでありドアを開けると犬たちは一斉に階段を駆け下りていく。
階段昇降ができないロンを抱っこしてカフェに降りると、先に降りた犬たちとKはガーデンで手短かで濃厚な挨拶を済ませて夜の排泄を始めていた。

遅れてガーデンに出たロンはKに飛びついて喜びを示し、Kは「楽しかった」ことを話してくれた。
夜空には満天の星が輝いて、明日こそ秋晴れの一日であることを約束してくれているようだった。

なんでもないそんな普通の生活に埋没できる今が幸せなのだと感じた。
 

日本の農業を守って欲しい 2007年10月21日(日)

  今夜はこの欄に相応しくないことだが思い余って書こうと思う。

普通なら行楽の秋なんだろうけど、札幌では冬の試運転みたいな気候が続いている。
寒い日とそうでもない日、普通の雨の日と雪になってもおかしくない日。
結局、札幌の秋は私たちが美瑛にキャンプに出かけた頃に終わりを告げていたのかもしれない。
『短く一気に駆け抜けた今年の秋だった』と報告するのが寂しい。

でもまあ、雨に打たれる紅葉した草木の美しさも人それぞれに格別なものがあるのだろう。

ただ残念ながら今日の私には、それはまるで衰退させられていく日本の農業を反映しているように感じられて切なかった。

森が豊かであってこそ海も豊かであるという島国日本を科学的に検証したはずなのに、農業があってこその日本文化つまりは食生活であり、故郷志向であり、行き着くところかつての首相が唱えていた“美しい国”の原点があると思っていたのに、その農業が完全に切り捨てられようとしていることに『放置できない』と私の本能が騒いでいる。

『昔、日本の百姓はこうやって米を作ってたんだよ』
十数年後、小学校の実験畑でそう生徒に話す時代が来る前に、この国は今以上にどこかの国の属国なってしまっていることだろう。

『何を前時代的なことを言ってるの。今やグローバル化なくして物事を考えてはいけません』
そんな声が次第に主流になってきた。

石炭にせよ石油にせよ原子力にせよ、もはやエネルギー資源はすべて依存となり、石炭はあっても採掘技術を知る者と熟練労働者がいなくなっている。
同様に米などの食料も海外依存となって、ガソリンなど燃料と同じように海外情勢で日常生活が左右させられてしまう時代が来るだろう。

『日本のこしひかり、アメリカのこしひかり、中国の普通の米です。どれが美味しいか区別できますか?』
テレビスタジオで試食した人々の判定は分かれてしまった。
だが問題はそんなことではないのだ。
日本で米作りの場や技術が失われてしまった後に海外から送り込まれる米の品質に文句など言えない時代が来てもおかしくないということだ。

温暖化による異常気象で作物が予想通りには育たない時代が来ている。
だからいつでも『お互い様』の支援体制や、輸入のシステムを整えておく必要性はあるだろう。
でももし、日本の耕作地が荒れ野となり後継者や技術者がいなくなれば、世界的に米需要が高まったときに、『日本人には古古米か豚に食わせるようなくず米でも送れ』という発想が生まれないわけがない。
それが“国益を守る”という言葉の意味の恐ろしさでもある。

食という最後の砦を放棄する学者や評論家それに政治家のスタンスは決まって『資本主義経済におけるグローバル化の必然性』であり、彼らの頭にはもはや経済発展と世界はひとつであるという崇高な原理主義しか存在していない。

農家の皆さんは万一に備え、伝来の農業を未来に伝えるノウハウを秘伝書に残しておいて欲しい。
どぶろくやワイン日本酒焼酎などいつでも密造できるよう語り継いでいただきたい。
そして私たち消費者にできることをもっと明確に示して欲しい。

都会では当たり前のように米や野菜がスーパーに並んでいる。
生産者が販売するお店に出かけてみよう。
日本の農家は本当に頑張っている。
ただ価格だけはどんなに頑張っても耕作面積という分母がある以上どうしても対抗できないのだ。
付加価値は対抗者があってこそ生まれるものだから、それがなくなった時、将来日本は市販されているドッグフードのように食品廃棄物処理国になるかもしれない。
 

風太の全快報告 2007年10月20日(土)

  「完全に消えました」

カフェに入るなりK夫妻は満面の笑みを浮かべてその一言を発せられた。
私は熱いものを感じながら心からの拍手をし、厨房から出てきたKとスタッフMそれにご来店中の方々からも拍手が起こった。

癌に侵され余命80日とまで告知された風太の鼻からがん細胞が消えたのだ。

くしゃみをしただけで白い雪の上に血が飛び散っていた冬。
あれからK夫妻と風太の闘病生活が始まったが、今日まで頑張ってこられた甲斐があって本当にうれしく思う。

万一のことを考えると涙が止まらなくなる奥さんなのに、さらに追い討ちをかけるように治療による後遺症で鼻筋周辺の毛が抜け落ちた風太の風貌を見て、散歩の途中で通行人に怖がられたり、他犬の飼い主から『変な病気でも移されたら大変』とばかりに敬遠される辛さも味わったという。
それでも犬仲間からの励ましは大きな支えになっていたことだろう。

治療の方法や経緯をここで伝えるつもりはない。
ただ、以前にこの欄で風太の病気のことを書いた時、ご心配頂いた方やアドバイスを頂いた方々へ報告したかっただけである。
今後K夫妻なりの“風太の闘病記”を話してくれる機会もあろうからそれはそれで楽しみにしている。

ところで、Kさん、これからどうします?
『いつ死んでも後悔しないように』と甘やかし、太めになってもご馳走を与え続けてきたツケがこれからやってきますぞ。

こんな野暮な話を書ける状況になったことを心から皆さんと喜びたい。
 

ゆかいな仲間たちへ 2007年10月17日(水)

  ムツゴロウ動物王国が東京から撤退し再び北海道へ戻ってくることになった。
個人的には嬉しいのだが石川さんの心中を察すれば複雑な思いもある。

ちょうど1年と2日前のこの欄には『帰っておいで』と書いたけれど、現場責任者の石川さんには“伝えたい王国の想い”や意地もあったろうし、何より現地で応援してくれた様々な方や動物たちの出会いが力になって奮闘していたのだと思う。

『石の上にも三年』
普通の人間ならあの時点で挫折したかもしれないのに、歯を食いしばってあれから1年を頑張り抜き、都合3年半に渡って“ゆかいな仲間たち”の底辺を広げたのだ。
北海道にいたならあんな多くの人や動物に感動を与えることなどできなかったはずだ。

だからひとまず作戦成功、第4段階終了なのだ。

第1段階とは:ムツさんが浜中町霧多布の剣暮帰島で暮らし始めたこと
第2段階とは:動物王国を開国し人材を育てたこと
第3段階とは:動物を通じて“迷える子羊(紛れ込んでくる放浪びと?)”に光明を与え、その延長として浜中や中標津に多くの子供たちが全国から集まったこと
第4段階とは:培った宝や王国の魂を、より多くの人々に伝え、身をもって体感してもらうために首都圏に出張したこと

さあ、これからの展開を私は楽しみにしている。
石川さんは北海道に戻ってリフレッシュとまるで一時充電のようなことを言っていたが、私には別の思いがある。

すなわち、王国の宝(ヒトを含めた動物たち)や王国の魂は輝きを放っている。
その宝や魂は原点である北海道にあってこそ一層の輝きを放つものだ。
東京でルーブル展が開かれた時、フランス人が言ったそうだ。
「モナリザに会いたければルーブルへ来い」と。

モナリザを知らない日本人は少ない、と同時にムツゴロウ動物王国を知らない日本人も少なくなった。
「その宝と魂を知りたければ北海道へ来い!」
いいでないか、それでいいでないか。

儲ける事はできないけれど借金だって北海道ならしれている。
充電ではなく思いっきりの魂を北海道からゆかいな仲間たちと一緒に放電しよう!
 


- Web Diary ver 1.26 -