From the North Country

頼んだぞダルヴィッシュ! 2007年10月16日(火)

  22年前の今夜、私は有頂天になって阪神タイガースの21年ぶりの優勝を祝っていた。

今年のタイガースは残念な結果に終わってしまったが、12ゲーム差をひっくり返して終盤には一時首位に立ったのだから「よくやった!」と大いに賞賛したい。
結果的に3位だったタイガースが今年から採用されたクライマックスシリーズ(CS)で勝つことなどあり得なかった。
そんなことしたら巨人や中日に失礼なゲーム差が最終的についていたからだ。
この辺りに制度上の検討課題が残されているといえるだろう。

同じ今夜、我らが北海道日本ハムファイターズが、勝てばCS優勝の試合だったが結果はご存知のように敗れてしまった。
これまで4試合の経過を見れば全くの互角である。
いや、流れという面からみればクローザーのマイケルが打ち込まれ小林がきっちり抑えた分、ロッテに有利といえる。

ところがどっこい我らがファイターズにはホームゲームという最高のアドバンテージがあるし、『ヒルマン監督を日本一で送り出そう』とモチベーションも高いのだ!
何より“ここ一番”を勝ち抜いてきたからリーグ優勝を果たしたのである。

ロッテ選手諸君、ファンご一同。
リーグ優勝出来なかったのに、ここで勝っても負い目が残るだけですぞ!
2004年にファイターズもプレーオフに進出したけど、今年の阪神同様潔く負けたものだ。

いかんいかん、弱気や懐柔作戦は禁物。
ナイスゲームを期待しよう。

それにしても明後日18日の入場券はプラチナチケットになってしまった。
先週カフェで、「18日のチケット欲しいな」とジャックラッセル岳(ガク)のA夫妻が仰った。
柴犬宗一郎のTさんが「あ、それならありますよ。」と気前よく譲ってあげていた。

あの時頭の片隅によぎったことが現実になった。
プラチナチケットを私は持っていないが、道民の心はひとつ。
稲葉ジャンプでドームだけでなく札幌中が揺れますぞ!
日本シリーズで阪神との対戦がないわけだから、私は気兼ねなく飛び跳ねることが出来る。
お泊り犬たちよ、楽しみにしておれ!
人間のパワー(馬鹿さ加減?)を見せてやる!
 

吠えたい気持ち 2007年10月15日(月)

  今日はたまたま“愛犬の吠え”についての相談が2件あったのでそのことについて書こう。(以前にも何度か書いたけど)

1件目はカフェ常連のKさんで黒ラブのレオ君
・高速道路→吠えない
・一般道でもたもた走る→吠える
・料金所・コンビニ→吠えない
・ガソリンスタンド→吠える
・カフェなどの目的地→車が揺れるほど吠えるが下車後は一切吠えない
・車外に見かけた他犬→吠える

2件目は高校時代の吹奏楽の仲間だった八重子からのメール相談で柴犬コロちゃん
・日中は庭で放し飼い→人や他犬に愛想がよく吠えない
・夕方の散歩後室内→家族が帰宅の都度吠える
・家族の足音・チャイム・電話→吠える
・同居の猫→吠えない

さあ皆さんはどうお考えだろうか?

お二人に共通していたキーワードがある。
「どうして吠えるんでしょう?」という質問だ。

今夜はふたつの答えを用意してみた。

1.『何故吠えるかを考える派』と
2.『犬は吠えるもので、その先に行き着いた派』である。

前者への答え
もともと神経質に吠える性質の犬ではなさそうなので
・車内あるいは室内という環境で家族(群れ)の安全を守る本能から、例えば“セコム機能”とか“緊急地震警報”などの警戒・危機管理機能が働いている。
・吠えることで主人が反応してくれる。
・本能に従って吠えるうち、自己主張がどこまで許されるかのチャレンジを始めている。

などとなり、その結果導き出される答えは
・外が見えないように目張りしましょう
・声や音が聞こえないような場所に寝床を移動しましょう
・呼び鈴や電話が鳴ったら、お座りなどのできる命令をしておやつをあげたり褒めたりして慣らしましょう
・吠えたら無視しましょう

などといった誤魔化しの対応になる。
何故誤魔化しか?
それは根本を解決しない対症療法であり、突出した問題行動をどう取り繕っても必ずそれ以外の問題を生じるからである。

そこで後者の答えが生まれる。
・犬とは吠える動物であり、それを受け入れなければ暮らせない性格の犬もいれば、止めさせることができる犬もいるし、その中間の犬もいる。
・病や怪我あるいは環境不全で吠えてるのでないのなら『何故吠えるか』を問うことは、愛犬家として興味そそられる楽しみではあるが、真剣に止めさせたいと願う飼い主にとって不都合な手心を生じさせてしまう。

詰まるところ、愛情を持って育てる過程において、ダメでもイケナイでもノーでも言葉は何でもいいが、『絶対ダメ・イケナイ・ノー』を教えておかなければならないということである。

愛情だけは満点でも育てる過程が不適切だったり、元来の犬の稟性が悪ければ彼らは逆切れしてあなたを咬むだろう。
愛情も育て方も適切だったり、良い稟性の犬であればひどく叱らなくても言い聞かせるだけで『分かりましたよ』と言ってくれるはずだ。

実際にはその中間の犬たちが最も多く、そんな犬たちをいい気にさせてつけあがらせるような接し方を選択している飼い主が日本人の標準的な飼い主であろうと感じている。

本当に困る問題だと感じたならば、自制せず咬まれる恐怖を払拭し、剥き出しの自分を表現してみてはいかがですか?
そしてもしできるなら理性ある人間として、これらを演技として迫真に演じ、咬まれない工夫をしていただきたい。

そんなことをした時、あなたの犬は噛みつきますか?
それとも『何もそこまで…』とお考えですか?
場合によっては私たちはそんなギリギリの状況を考えなければ、愛犬の命を維持できない危機感を根底に持っておくべきなのだと思う。

具体的な方法はどう転んでもお伝えできない。
確かに言えることは『あなたはどんな先生(ただの人ではなく先生)に注意された時むかつき、どんな先生(ただの人ではなく先生)の注意だったら受け入れたか』を思い出して欲しいということだ。
ここで言う先生とは教科を教えてくれた先生ではなく、人生を教えてくれた先生のことである。
 

驚きの再会 2007年10月14日(日)

  24年前、失明して間もないYさん(当時56歳)に盲導犬取得のための訓練を私は担当した。

「この歳になって目が見えなくなるなんて…」
誰しもがそうなったときに感じる以上に、何を話してもすぐに涙が溢れ出す感受性豊かな女性だったから、私は訓練の導入を慎重に行った。

“ハーネスワーク”といって、私が犬の代わりになり、その動きをハーネスという胴輪を伝って感じ取る練習をしていると
「ごめんなさいね、物覚えが悪くて…目さえ見えていればね…(と涙)…でも…頑張ります。」
そう言って前を向いて歩き始めるものの、自分の今の姿を想像してか、また涙を流す。
最初はそんな繰り返しだった。

当時の私も充分配慮はしていたつもりだったが、今この年齢になってみると、覚えることの大変さや膝の痛みなどYさんはよく頑張ったなぁと頭が下がる。
もっともっとゆっくり話し、少しずつの説明ができたかもしれなかった…
彼女の膝が痛くなる前に予めサポーターをしてあげればよかった…
そんな反省が頭をよぎる。

でも、訓練での緊張感と盲導犬リリーの優しさが徐々にYさんから失明の悲しみにふける時間を減らしていくのが感じられた。
すると今度は「気持ちいい!私、歩けてる!」とまた涙が止まらなくなる、そんな素敵な女性だった。

地元に帰ってからは、見えていた時代から頭に焼き付いている道路を自由に歩き始められた。
家事や料理は申し分ないし、もともと編み物の先生をされていたから見えなくなってもその技術は一流だった。
当時4歳だった私の長男にRのイニシャル付のセーターを編んでプレゼントしてくれたこともあった。

「ありがとうございました×∞。先生のおかげです×∞。」
こちらが恥ずかしくなるほどお礼を述べられ、いつも涙を流されていた。

彼女はその後K市で行動的・模範的・指導的な視覚障害者となり障害者団体や学校などで多くの社会啓発を続けておられた。

今日カフェの駐車場に見慣れない車が入ってきた。
犬がいないので注視していたら、そこから降りてきたのがなんとYさんだったのだ。

偶然、カフェからそう遠くない所に住んでいた娘さんが、偶然、カフェを紹介した切抜きを頼りに、母であるYさんにはギリギリまで内緒でここに連れて来られたというではないか!
驚いたのはYさん同様、私だった。

外に出迎えた途端、Yさんの目から涙が溢れてきた。
何にも変わっていない80歳のYさんだった。
耳が遠くなっていなかったら短い時間のうちにもっともっとたくさん聞きたいことや話したいことがあった。

現在では趣味の俳句で道内最優秀賞を獲得されたそうだ。

「あの頃のことを考えると…先生のおかげです」
涙ながらにそう話しておられたが、もちろん私のおかげなんかではない。
盲導犬事業というのがあり、たまたまその時代に私がいて、リリーという素晴らしい犬がいた、ということであり、この事業は現在も進行中であって新たな出会いが日々生まれているということである。

車の窓越しにYさんはいつまでも手を振ってくれていた。
私とKも見えなくなるまでそれに応えていた。
「いい仕事してたんだね」
Kの言葉に涙が出そうになった。
 

トム君の卒業式 2007年10月13日(土)

  日付が変わる前のガーデンの気温は3度。
紅葉より先に冬がやってきそうだ。

「メンバーカードの期限が今日までだけど…」
「更新します。ところで何回目の更新だっけ?」
Kさんとの今日の会話だった。

カフェメンバーになると6ヶ月間入店料が無料になり、飲食代やトリミングそれに買い物をされるとポイントが貯まって結果的に5%以上の割引が受けられるようになっている。

「もう7回目の更新だよ。」
「すっごい!」
「あれから3年半だね」

Kさんとのお付き合いはとても長いし、愛犬のゴールデン/トム君は今では土日の看板犬でもあり、何度か一緒に旅行に出かけたりもしている。

でも最初の出会いは「カフェに連れて来れないような犬なんです。他犬に激しく吠え立てるし喧嘩するかもしれません。何とかしてください!」というものだった。

レッスンでその問題は解決し、トム君は誰にでも好かれ撫ぜられるのが大好きな名物犬にもなっている。
が、Kさんにも私にもまだ一抹の懸念が残っていた。
『いつもどの犬に対しても本当に大丈夫か?』というのがそれであった。

私が懸念を抱いていた理由はただひとつ、現場を押さえて『トム、それだけは絶対ダメだ!』と、理由はどうあれ他犬に対する威嚇がダメなことを分からせる実地での検証場面がこれまでなかったことだった。

その場面が初対面から3年以上過ぎた今日、突然に起こった。
入店したばかりのラブラドールがトム君の前を通り過ぎる瞬間にトムは私の目の前で威嚇したのだ。

私はすぐにトムをねじ伏せ、厳しく殴りつけ叱った。
それはKさんとの信頼関係と共通理解が成立していたから行った所業だった。
トムの身体から力が抜けるのが感じられた。
『反抗しません。僕は絶対反抗しません』
トムはそう言っていたが、私の感性は違っていた。
『反抗しないのが偉いんじゃない!絶対に先制的な威嚇はするな!いいか、分かったか!それだけは絶対許さん!』

今夜、私の腫れ上がった右手には湿布薬が貼ってあるが、トムの訓練は完了し私の懸念はこれで払拭できた。
トムはもう私にとってそしてたぶん社会的に最大限に安心できる存在になったと思う。

批判があるのは知っているし、そのことをいつも考えているが、他犬や社会に迷惑をかけるかも知れない状況を悠長な言い訳で看過すると、時としてとんでもない結果になる現実を知っておかねばならない。
 

小さな夢の旅 2007年10月09日(火)

  カフェではこの秋初めてのエアコン暖房を入れた。
寒さが本格化するようならそろそろストーブの試し炊きをして、内部のほこりを焼かなければならない。
今度の定休日はそんな冬支度になりそうだ。

秋が深まり夜の時間が増えてくると物思いにふけるのに違和感がなくなる。

夕べNHKの旅番組を見ながら、福岡生まれで奈良育ちの私が北海道へシフトした若い頃を思い出した。
無謀ではあったが不安よりも夢があったから行動できた時代だった。
夕べの番組にも道外から北海道の自然に魅せられて定住した人々が映し出されていたが、すごく親近感を覚えた。
レポーターの鶴瓶さんが言葉にならない羨望のため息を漏らした瞬間を私は見逃さなかった。
年に数億の収入を得ている人がその価値観では得られない空気に触れた瞬間だったのだろう。

この歳にならずとも生活をかけた冒険には躊躇してしまうものだが、旅をするといろんな発見があるから今でも旅は私の小さな夢だ。

平成の大合併が行われたとはいえ、全国には1800の市町村がある。
それぞれに3日滞在したら…5400日…15年はかかる計算だからもう実現不可能。
ならば47都道府県それぞれに30日間だと…1410日…4年弱だからこれは年数的には可能性がある。

車で移動し、半数をテント生活、半数を宿とし、私とKとアモの食費・温泉代・ガソリン代など諸々含め一日平均9千円(5年前の日本一周一人旅の時は5000円だった)とすると… … …1269万円?!
実際にはこれ以外にも保険や税金・医療費・車検…
おおよそ月々30数万かぁ…

4年後に必ず死ぬというならやっておきたいし、4年先まで生きてるとは思えないけど、もし生きていたらその後生活できないし…迷惑もかけるし…
内心では生きているかもしれないという前提で今を生きているから、結局やりたいことをやれずにいるのだろう。
まあ誰しもやりたいことすべてをやれるわけではないので、どれを選択するかということだ。

若い頃、北海道を選んだというのは旅ではなく人生の旅立ちだった。
今夜思った旅はただの旅であって人生の最終寄港地を目指したわけでもないから、仰々しくしないほうがよかろう。
ただちょっとだけ『できたらいいな』と思い、『人生は自分で最終寄港地を選べずに突然終わることの方が多いので心して生きよう』と秋の夜長に思っただけだ。

頭の旅はそろそろおしまい。

ところでオータムジャンボっていつまでだったかな?
 

まず幼児に教えること 2007年10月07日(日)

  「トイレのしつけのことでお伺いしたいのですが…」
小型犬のその飼い主は神妙な顔で尋ねられた。

会話を交わすうちに今のペットショップやわんこ関連の著名な雑誌、その取材を受けたり寄稿する名ばかりの犬の専門家に対して『諸悪の根源はお前たちにある!』と彼らの表面だけを取り繕ったきれいごとにあきれ果ててしまった。
相談者は教えられあるいは本に書かれた通りを実践してなお困っているのだった。

生体販売などに少しでも関わっている様な連中の目から見れば、犬はイヌで可愛らしくよくできた愛玩生物なのだ。
『ウサギや亀より言葉は分かるし、感情表現も豊かで学習能力があって、だからハイテクの人形よりずっと魅力的。
ただ、生き物だからちゃんと栄養管理に配慮して運動も行い、ワクチンを接種し大切に育てましょう。
それに餌を使って上手に操れば、いろんな芸も覚えるし、吠えたり引っ張ったりすることを止めさせることも出来るんですよ。
すごく賢い動物ですね』
そんな解説を日々行っているようで情けない。

単純で主観だが次の比較について考えていただきたい。

第一期
人:無意識生理的にオムツに排泄をする
犬:母親が陰部を舐めて排泄を促す

第二期
人:ハイハイや摑まり立ちの頃、排泄を意識する
犬:寝床から離れた場所へ移動して排泄する

第三期
人:トイレやおまるでの排泄を親が促す
犬:排便場所に連れて行き、シーシー・ベンベンという言葉で促す

第四期
人:子供が便意尿意を伝える
犬:犬が便意尿意を伝える

第五期
人:自発的にトイレに行き用を足す
犬:我慢するか、家人がいなければ止む無く室内の排泄場所で用を足す

つまり何が言いたいかというと第三期と第四期にどれだけ根気と忍耐とテクニックが必要かで、その根気と忍耐は『人や犬は必ず理解してちゃんと排泄習慣を身につける』という確信があるから生まれるということであり、しかも『シーシー』とか『ウンウン』などの言葉が介在する。

ペットショップでは第二期を狭いケージ内で育て、糞尿にまみれる屈辱を奪い去り、犬のアドバイザーは第四期五期を省みることなくネズミが迷路を抜けて餌にありつくような理論で犬をイヌにして満足している。

赤ちゃんに教える方法で教えることがすべての始まりなのに、そこを間違えるから後に厄介なことになってしまっている。
 

思い立ったら… 2007年10月06日(土)

  3日水曜日になって「キャンプに行こう!」ということになった。
行き先は洞爺湖のキャンプ場。
周囲には買い物できるお店が無いから、メニューを予め決めて食材を調達しておかなければならなかった。
カフェの閉店後に買い物に出かけ、暗くなってからテントなど野営道具を車に詰め込んだ。

道具といっても緊急災害時などのために車庫に準備してあるものをただ積み込めばいいだけで、大枠となるテント2種類・テーブル・椅子・寝袋・水タンクなどは3分で準備できるし、燃料・電灯・食器類・予備電池やその他細々とした雑貨類なども3段式の収納に入っているのでそれを積み込めばいいだけだった。

ところが翌朝7時半に起きてテレビを見ると、洞爺湖方面では激しい雨に見舞われていた。
そこで出発の数分前になって「美瑛に行くぞ!」と突然行き先を変更し、私は以前美瑛でキャンプをしたことがあるKさんに電話を入れた。
「なんていうキャンプ場だっけ?」
「うん、あのねぇ。あれ?なんだっけ?名前出てこない!とにかく美味しいレストランの裏のキャンプ場」

その情報だけを頼りにともかく昼前に美瑛に到着し、駅の情報館で尋ねると「あ、ファームレストラン千代田さんね」と地図で詳しく教えてくれた。

天気は快晴。
テントをすばやく設営して、本来なら昼食も自炊の予定だったが「美瑛に来て自炊はないよね」とここのレストランで昼食。
その後、美瑛の丘を巡り、四季彩の丘でまた間食し、さらに別の情報館で750円の名物ソフトクリームを堪能した。

夕方、テントに戻った時は満腹状態だった。
しかし、キャンプといえば炭火。
炭火を起こせば焼き物となって、比内地鶏・ウィンナー・ホタテ・エビ・カニ・ピーマンまるごと・鮭ネギキャベツ味噌をアルミで包んでのちゃんちゃん焼き…
さすがにおにぎりは残り、イカはそのまま冷蔵して持ち帰ることにした。

夜空には満天の星が輝き、快適な眠りから目覚めた夜明けには一面が深い霧に包まれて太陽は霧の向こうで白い塊になっていた。
9時頃に霧は晴れ、快晴の一日が再び始まった。

急に計画を立て、出発前に予定変更をした慌しいキャンプだったが、出かけてみれば何とものんびりした我が家らしい旅になった。
「やっぱキャンプの基本は地元での外食だよね」
そんなカラーが根付いたのを実感した。
 

フツウの犬に育てるということ 2007年10月03日(水)

  足の状態が思わしくないのに、『ボール投げが好きだから』と愛犬を走らせる方が多い。
ラブやボーダーコリーMダックスなど、自分の足の痛みなど何処吹く風とばかりに、飼い主にボール投げを要求するから、どうしてもその姿に飼い主も負けてしまう。

ここでの問題は家庭犬の場合少なくともふたつある。

ひとつは当然、愛犬の将来に及ぶ障害の問題だ。
歩行困難になってしまってからでは、まさに後悔先に立たずで犬生の後半を台無しにしてしまいかねない。

両後肢の前十字靭帯を断裂し、手術で日常生活に支障が無くなった我が家の愛犬アモも我が家に来る前は激しいボール遊びをしていた。
遊ぶほどにボールに夢中になり、後先を考えることの無い若い犬は足の痛みもゲームの一部と感じていたのだろう。

ただアモの場合は肥満の状態で激しい運動をした結果の断裂だったが、冒頭の犬たちはそれ以外にも股関節に形成不全などの先天的素因を抱えていることがある。

犬種特性に振り回されて、彼らの望むとおりの遊びを続けてしまうと大変なことになってしまいますよ。

ふたつめは、ボール遊びに夢中にさせてばかりだとせっかくの愛犬がイヌになってしまいかねない、と感じることだ。
特にボーダーなどの場合、もし普通の家庭犬にしたいなら努めてボール遊びはそこそこにした方が私は良いと思う。
もちろん、犬種特性を知ったうえで楽しむなら問題は無いし、ボーダーの愛好家からは「そんならなんでボーダー飼ったのよ」との声も上がりそうだが、ボーダー特性を生かして暮らす場合、フツウの家庭犬としての要素のいくつかを失う覚悟が必要だろう。

よく聞くことのひとつに、この犬種は運動が毎日○○分以上必要というのがあるが、実はあんなのに振り回されることは無い。
それを知らずに自転車で運動したり、散歩時間を長くしてしまったら後戻りが難しくなるだけだ。

これまでの状況を急に変えると犬にはストレスになるけど、最初からある程度の付き合いで満足させているならそれなりの受け入れをしてくれると私は思っている。
確定的なことが言えないのは、多犬種を仔犬の頃から育てた経験が無く、訓練上の経験だけに基づいているからである。

ただ、上記のような私の考えからは天才犬を生み出すのは難しく、フツウに健康でフツウに楽しく暮らす愛犬を育てるのが精一杯だということも充分心得ている。
 

突然のことに驚くーシロの死ー 2007年10月01日(月)

  人間の都合でその犬生を翻弄され続けた日本犬の雑種がいた。
ある時、一人の女性に救われシロと名づけられたその犬は、一生この女性の為に尽くすことを決意するようになった。

物語はシロが10歳になる頃この女性が結婚してから始まった。

亭主となった男性にさえシロは監視の目を光らせていた。
つれあいであるはずの女性の許可無く亭主が自宅内を移動しようものならカチャカチャカチャカチャという足音が近づいた次の瞬間には男性は咬まれていた。

トイレに行くにも後ろを気にしながら歩くのがいつの間にか習慣になった。
女性が先に入った寝室に、男性が後から入ろうとする時などはシロも容赦はせずに襲い掛かり、ドアに貼り付けたシロよけの金具柵の隙間からまるでジョーズのように首までねじ込んで吠え立てた。
シロは決まって柔らかい肉に噛み付いた。
ふくらはぎ、太ももの裏側、年老いたとはいえその痛みは強烈で身体中に生傷が絶えなかった。

それでも4年の月日が過ぎ、男性はシロが勝手に取り決めたシロなりのルールを理解し、その逆鱗に触れない術を身につけ始めた。
寝室には自分が先に入り、奥さんが居間を消灯して後から入るようになったし、外出の時も奥さんが最後に出るようにするとシロは納得した。
試しに男性がドアの隙間から顔を出すと、凄まじいばかりに吠えたという。

でも、自分ではどうしようもない事態もあった。
ある日、奥さんが昼寝の最中に悪い夢にうなされ、ついに「わー!」と声を上げて起き上がったのだが、次の瞬間には亭主は深く噛み付かれていた。
「お前だな!」
シロの目は忠誠心に溢れており、誤解だと気づこうとはしなかった。

数週間前、そのシロがてんかんの発作を起こし嘔吐物が詰まって呼吸不全に陥った。
数分間もぐったりしていたシロに男性は心臓マッサージを施し、あの世から生還させた。

シロが男性を見る眼が変わるか?と思われたが、結果はそうでもなかったらしい。
相変わらず室内移動には細心の注意と、奥さんからの許可が必要だった。

そして昨日、朝に異変が起こった。
二頭目の愛犬である柴犬宗一郎が鼻鳴らしを早朝から始めた。
いつもなら天誅を下すはずのシロを覗くと寝床で丸くなって寝ている。
洗面所の鏡にはいつも男性を監視するシロの姿が映っているのに今日はその姿が無い。
「おかしい!」と思ったTさんがシロの寝床に駆け寄り、身体を揺すったがシロは既に息絶えていたという。

夫婦は昨日一日を呆然と過ごしていたようだ。
介護すらすることなく突然の死を受け入れられない奥さんは夢であることを祈り続けた。
「シッコの時間だ」と言って、シロを抱きかかえて外に出たTさんはそこで自分の行動に気づいた。
どんな時間が二人に流れていたのか・・・

月曜の夕方にもかかわらず今日ひょっこり二人でカフェにやってこられたのは、今月のパスタである『北海道日本ハムファイターズ応援パスタ』をどうしても食べたかったからだと私は想像していた。
ガーデンで遊びまわる宗一郎。
晴天の札幌にその時、パラパラと雨が降った。
奥さんが意を決したようにゆっくりと口を開いた。
「今、火葬の帰りなんです。シロが死にました」

私たちは話を聞くだけで何の役にも立てなかった。
ただ、Tさんの優しさがジンジンと伝わってくるのを感じていた。
 

旅すれば意識も変わる 2007年09月30日(日)

  佐呂間町のかぼちゃ祭りで始まった9月も今日でおしまい。
あのキャンプから1ヶ月が過ぎ、結局今年のキャンプはあれで終了模様だ。

それにしても最近のカフェでは、どこそこにキャンプに行ったとか、今度は仲間たちとペンションに…富良野・美瑛も周ってこようだとかそんな話題が豊富に飛び交っている。
もちろん愛犬同伴だ。

そこで気になるのがしつけの度合いなのだが、みなさんの愛犬は訓練を受けたわけではなく、カフェを通じて『何をどの程度注意すれば周囲の迷惑にならないか』を会得されただけのことで、それだけで充分何処へでも連れて行けるようだ。

まずはトイレ
定期的あるいは運動・興奮による水分摂取量など愛犬の尿意を飼い主が把握して、我慢させる前に排泄に連れ出している。
ペットシーツにする場合でも、人目につかない場所でさりげなく用足しをさせる。
そのためには、「シーシー・ベンベン」の言葉を愛犬に理解させている。
家庭犬ならオスの去勢は当然行われているし、しつけてもあるからマーキングはしないだろうが、それでも小型犬の場合は初めての場所では注意深く愛犬に声をかけている。

次に吠えることと他犬意識
基本的に無駄吠えの無意味さを犬も飼い主も知っている。
仮に吠える犬であっても単発的なうちに制御し、図に乗った吠え方や他犬への威嚇は飼い主が許さない。
まあこれは、まだ発展途上の飼い主もおられるけれど…
他犬意識はこれまたオス犬は去勢されているので、押さえ切れない欲望で他犬を見ることはなく、どちらかと言えば『どうぞお構いなく』というワンちゃんが多い。

次に食卓では
人が食べてる時に愛犬にそれらを与える習慣はないから、犬たちも欲しがらず膝の上か足元で寝ているか、自分たちで遊んでいる。

他にも車の中や宿泊室での振る舞いもあろうが、結局は愛犬と楽しみながらもダメはダメという意識が普通に根付いており、お犬様ではなく『私たちの楽しみを豊かにするために、そして愛犬と共に楽しむために連れてきたのだからそこから逸脱する行為は困るよ』という意識がはっきりしているのだろうと思われる。

キャンプもまだまだ楽しめる季節だし、冬のペンションもまた楽しいものだ。
ちょっとしたしつけと接し方でそんな満ち足りた時間を手に入れることができるのだから是非チャレンジしていただきたい。

旅はあなたと愛犬の普段の暮らしを相当グレードアップさせてくれるだろう。
それでもまだ不安な方はカフェでご相談あれ。
 


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