From the North Country

犬をしつけるという観念について 2007年09月11日(火)

  ビールも焼酎もあまり美味しく感じられなくなったのは、体調のせいではなく夕方以降の涼しさによるものだと思う。
喉を潤したくなる欲求が湧かない中で飲むものだから、満たされるような美味しさがないのだ。
熱燗が恋しくなる時期までしばらく飲む量を控えることができそうだ。

さて、今夜は『犬をしつける』という観念について少々書いておこう。

・犬が引っ張る
・散歩中吠える
・拾い食いをする
だから「しつけて直してもらえないでしょうか?」と訓練を依頼する方がおられる。
まるで、修理・修繕に出すみたいに。
「だって私には無理無理。」と考えておられるようだ。

特殊知識や技能が必要な盲導犬などの訓練ではなく、たかが引っ張る吠える拾い食いという、家庭犬ならば当たり前にあるような行動に対するしつけ程度は、本来人間が持っている能力で充分に解決可能なのに。

「だって凄い力で引っ張るんですよ。先生は男だからできるんです」
そんな風に言われたこともあるが、実は違うのだ。

盲導犬協会には女性も訓練士を目指して入門してくる。
確かに何も知らない彼女たちは最初は犬に振り回されるが、僅か1年後には新たな犬を担当してもそんなことはなくなる。
彼女たちの腕力が逞しくなったからか?
違う。意識の変革とちょっとしたコツを覚えたからだ。

引っ張る吠える拾い食いなどに手こずって盲導犬の仕事を教える時間を削られてはたまらない。
そんな初歩的なのはさっさと片付けて次に進むのが普通だ。

犬を飼う人は次の犬を飼う可能性が高い。
だから基本的なしつけについては他人任せにするのではなく、自分で基本的な知識と技術を身につけておくのが大切だと思う。

でも実際にそれができない理由も良く分かる。
わが子に対する思い入れと、学校のような実習頭数が一般では得られないことに起因している。
だからこそ自分の意識改革とカフェのような場所で個性溢れる犬たちを観察して、私がそれぞれの犬たちにどう働きかけているかを盗み見ることで自分の幅を広げて欲しい。

いけない、いけない。
この欄を書く時間が長くなるほど、控えようと決めていた焼酎の消費量が増えてしまっている。
 

アマツバメ。ー野鳥と相棒ー 2007年09月10日(月)

  今夕の散歩をしていると今にも雨が降り出しそうな空にたくさんの見慣れない鳥が忙しそうに飛び交っていた。
見るとツバメの形をしているが、羽を広げた長さは30〜40センチはあろうかという大きな鳥で、およそイメージしているツバメの可憐さはなく、かといってハヤブサがこんなに群れるはずもないと気にかかってしまった。

カフェに戻ってさっそく亜璃西社の北海道野鳥図鑑を開くと、その鳥たちがアマツバメであるということがすぐに分かった。

とにかくじっとしていないし、比翼がツバメで黒っぽい色しか見えなかった。
図鑑を見ると『繁殖以外では巣がある地上に降りることは無く飛び続ける生活で、捕食や交尾まで空中で行う』とあり、なんだか去年死んだ眞知子のことが思い出されて楽しくなった。
極めつけは、『通常は高空を飛んでいるが、雨の降る前になると低空に下りてくることからこの名がついた』とあって、この図鑑の編集者の視点が私のような初心者に向けられていることが有難かった。

アマツバメにはもうひとつハリオアマツバメという種類があって、写真で見れば尾の先が鮭のようにV字になっておらず、下腹部が白いという明らかな特徴があるのだけれど、これについては私は見分けることが出来なかった。
夕暮れであったし、それ以上に彼らの動きはとてもせわしないものだったから。

動き回っていなければ死んでしまう回遊魚のような鳥がいたなんて、聞いただけで嬉しくなってしまう。
あなたの周りにそんな人居ません?

自分がそうはなりたくないけど、そんな友人って最高に楽しい!

今日のカフェには時間差はあったものの12頭のラブ・ゴールデン・フラット・F1のレトリーバーが集ってくれた。
普通ならこれだけのレトリーバーが集まれば、回遊魚のようなのがいてもおかしくないのに、カフェではみんなまったりとした時間を過ごしていたのが、今になって思えば不思議に感じた。
まるで盲導犬の研修会みたいに、しつけられ制御を経験した犬たちばかりで、低空を飛ぶ野鳥とは趣が違っていた。

野鳥を見るのは感動ものだし望むところでもあるが、犬たちと暮らすのに彼らの野生を求めるつもりは無く、同じ観客席で『凄いねぇー』と感じあえればそれに越したことは無い。
と思える飼い主ばかりだったのだろう。
 

台風一過に思ったこと 2007年09月09日(日)

  北海道はいつも東北地方の何処かの地域の犠牲のうえに台風から護られている。
だから収穫の秋に落胆する東北農家の方々のインタビューを聞くたびに心からの同情と申し訳なさそれに激励を惜しまずにはいられない。
『おかげさまで』というのが気が引けるほど、今回もまた私たちの地域では台風の影響を受けることはなかった。
何より昨日は無風のうちに過ぎ去ったものだから、本当に台風9号は北海道に存在していたのか疑問すら感じてしまった。

一昼夜過ぎた今日のガーデンは気温30度と夏に逆戻りし、残暑厳しい日曜日だった。
そんな今日の話題は2題。

「すみませ〜ん。家の前の道路を何度もうろついていたラブを保護したのですが、心当たりはありませんか?」
朝の8時半頃、近所の方がインターフォン越しに話してきた。
玄関に出て犬を見たが見知らぬわんこだった。
出産経験のある9歳前後のメス犬で、乳腺腫瘍で治療が必要と感じたが、しつけもちゃんと出来ていて飼い主はきっと探していると思われた。

「まずは交番に連絡しておいてください。ネットワークで探してみますから」と私。
「10時には出かけなければならないのですが…」
「とりあえず自宅前に係留しておいてください。」

9時半頃、「飼い主の方が、玄関前の犬を発見してくれました」という電話があり一件落着となった。
めでたし、めでたし。

「散歩中、またあの犬が放し飼いで私の犬を襲ってきました。慌てて主人が抱き上げて愛犬を守り、相手の犬を蹴飛ばしたのですが空振りだったようです。頭にきた主人が相手の飼い主を怒鳴りつけたら、そそくさと逃げ帰ってしまったということです。
腹の虫が収まらない主人は「保健所に電話してやる」と凄い剣幕でした。」
「昨日が土曜日でよかったですね」
「そうなんです。相手の犬は近所の方が飼っているので、気まずい結果になるより、私にすれば今後自制してくれればそれでいいのですが…」

犬が襲ってきた時に普通の人が適切に対応できることはまずない。
ここでその方法を説明するつもりはないけれど、私はそんな究極の状況にでも対処する準備がないとは言えない。
いや、いつもある。

それは経験上のことではあるが、生半可なことでは解決できない中での“極めつけ”の行動であることを知らねばならない。
一言で言えばクマと遭遇した時のような緊急避難行動である。

そんなことは普通出来ないから、一般の方には無理なのだと思うのだ。
が、実はそんな対処を相手の犬に真剣に行うことは、飼い主の目を覚まさせることにも通じることも感じている。

襲ってきた犬が例え殺されてもその飼い主にどれだけの通用する言い分があろう。
自分の犬を、それも制御すら出来ない犬をフリーにすることは、時に莫大な賠償責任や愛犬の死を意味することがあることを常習者なら知るべきである。

きちんとした飼い主なら相応な冒険は必要だけど、愛犬を見失ったり、社会に迷惑をかける状況の中で放し飼いにするのはちと間違っている。

北海道の台風のように『ごめんなさい。お蔭様で。』で済まされることもこともあれば、そうじゃないこともあるのだから。
ふざけていても一線を越えるか越えないかで随分と違ってくる。
 

連休の定休日 2007年09月07日(金)

  台風9号の影響による不気味な雨が夕方から降り続いている。
駐車場は広範囲で水没しているから、明け方までに台風が通過してくれないと水が引かず明日の営業に影響が出そうだけど、その台風はまだ北海道に上陸すらしてないらしい。
えらいこっちゃ。
そういえば今日はまだ無風状態が続いている。

さて、定休日となった金曜日の今日はお泊り犬がいたのでKと私は溜まりに溜まった雑用を片付けることにした。

Kは念願のゴールド免許を手に入れるためいそいそと出かけた後、久しぶりのショッピングを楽しみ有意義だったようだ。
25年以上無事故無違反…というより幸いにも事故・違反を検挙されずにいる私は、依頼されていた原稿を書き、カフェに設置していた補助犬協会の募金箱のお金を振り込み、商品発注の手はずを整え、台風に備えてガーデンの飛ばされそうな道具を片付けた。

昨日の木曜はニセコで過ごし、ニセコ駅ヌプリの期間限定“季節のカレー”を食べるなどして楽しんできた。
その翌日にまだ休みがあったことに今日は改めて感動し、生まれて初めての規則的な連休の有難さを心から味わった。

お泊り犬のJRTもこれまでのところ順調に付き合ってくれているので安心だ。
テレビの台風中継では大げさな表現が目立っているけど、情報では既にいつもの低気圧程度に勢力を落としているから、札幌市内は大きな影響は出ないだろう。
明日から5日間、ガンバリまーす。
 

かぼちゃ祭り 2007年09月03日(月)

  夕食後ソファで爆睡してしまって気がつけば日付が変わろうとしている。

突然の呼びかけにもかかわらず土日の佐呂間町かぼちゃ祭りに同行してくださったMダックス/ぷー助・ライムのAご夫妻、Gレトリーバー/サリー・モナリーのYご夫妻には心から感謝である。
また、この欄をご覧になって会場まで足を運んでくださったご家族が二組おられた。
どちらも偶然釧路からで、Kさんは今後保護された犬を引き取って暮らしたい夢を持っておられ、Iさんは我が家の愛犬アモの従兄弟であるマルクの飼い主さんだ。
ありがとうございました。

土曜の夕方佐呂間入りした私たちは、正法寺の境内でジンギスカン・北海シマエビ・採れ立てホタテをご馳走になり、Yさんが丸瀬布で釣り上げた虹鱒も塩焼きして食べた。

すぐ横のメインストリートでは前夜祭の仮装パレードで大賑わい。
私たちはその出し物に腹を抱えて笑い、犬たちもその雰囲気に徐々に慣れて楽しむようになっていた。
道端にはハロウィンのように様々な顔のかぼちゃが並び、中のろうそくがほのぼのと辺りを照らしていた。

「今晩は本堂で雑魚寝できるようにしてあっから」と和尚。
「本堂だって?出るんでねぇか、幽霊」
「バーヤロ、寺だぞ。でねぇわけないべ」
「どんなのがさぁ?」
「心配すんな。一人に一人ずつだ」

結局、私たちはビールや酎ハイに続いて本堂に供えてあった日本酒の中から『八海山』を空け、持参したシャンパンのコルクを神聖な本堂の天井に飛ばして騒いだ。
飛んだコルクはモナリーがすぐに咥えて届けてくれた。
夜が更けた頃お開きになったが、朝までみんな爆睡だったから誰も見知らぬ人にお目にかかることはなかった。
ただ愛犬たちは翌朝とりわけお利口で神妙にしていたから、きっと有難い出会いがあったのかもしれぬ。

日曜日、佐呂間かぼちゃ祭りは好天に恵まれ、若い連中もたくさん参加して活気に満ちていた。
盲導犬ユーザーのK夫妻も一日中現場に張り付いて、年に一度のこのお祭りを楽しんでおられた。

「頼む。遊ぶつもりで佐呂間に来てけれ」
そんな和尚からの電話がきっかけとなってカフェを4連休にしたのだけれど、こちらがお礼を言いたくなるほどキャンプとお祭りを楽しむことができた。

『よかった』と心から思う。

人生の中では思いも寄らぬことから新たな物事が始まるものだ。
これまでに培った人々との繋がりがむなしいものであれば騙されることだってあるのだろうけれど、私の周りには実に愉快でユニークで心優しいチャレンジャーがいることに気づかされる。

ありがとう。みんなみんな。
 

明日3日から営業再開 2007年09月02日(日)

  先程3泊4日のキャンプ及び地方巡業から帰ってきた。

「なあに、札幌から佐呂間までは3時間半で来れるべ」
佐呂間のK和尚の言葉はウソじゃなかった。
高速道路がいつのまにか断片的ながら整備されていて、難関だった北大雪の峠越えが楽々できるようになっていたのだ。
おまけに旭川(比布<ピップ>)以降の高速道路は通行無料というありがたさだった。

丸瀬布いこいの森キャンプ場での2泊・3日間がどれほど素敵な時間だったかはそのうちKが『最新情報』で書いてくれると思う。

私は佐呂間に入ってからの巡業のことについて書こうとしたけど、やっぱ今夜は無理。
疲れがどっと出てきて、今夜はもうお休みなさい状態になってきた。

明日からの営業に支障が無いよう、もう寝ます。

とりあえず、無事帰還したことだけ報告させていただきます。
 

最終告知 2007年08月29日(水)

  明日8月30日から9月2日までカフェは4連休となります。
ご了承ください。

せっかくの4連休だから楽しいことでも書きたかったのだけど、夜のニュース番組の報道姿勢を見たら悲しくてしょうがなかった。

朝青龍関の問題である。

私は6日付のこの欄に自分の見解を書き、心身の病への理解を求め、結果はその通りになった。
大相撲の理事会終了後に、事前の意見では『帰国反対』を唱えていた理事たちがいみじくも言っていた。
「医師の説明を聞けば、帰国反対などと言える状況ではないと思えた」と。

朝青龍の病が仮に仮病だとしたら、彼は職を失うだけのことだ。
だが、彼が病気であり本人にとって病気となり得る状況であるなら、これまでのほぼ1ヶ月に渡るマスコミの取材と報道は明らかに犯罪である。

マスコミが“心の病”というものをどう解釈しているのか私には到底理解できない。

恐らく担当医師は心身の病とその原因、それに周囲の環境がどれほど影響し、朝青龍関の回復に当たって如何に悪い状況にあるのかの説明をされたのだと思う。

その根源となるものに私は25年に渡って関わってきたので、心身を病む状況が痛いほど分かる。

再度繰り返す。
朝青龍関が仮病なら、それは彼が失職するだけのことで幸いであり、もしそうでなく大いにありうる病だった時のことを論じているのだ。

突然目が見えていた人生が終焉を迎え、視覚障害という状況になったら、あるいは自分でそう思い込んだとしたら、あなたはどう精神の均衡を保とうとするだろう?

嘆き悲しむのか?
終わりだと思いつめるのか?
自業自得を受け入れれるか?
因果だと諦めるのか?
誰かのせいにするのか?
死ぬしかないのか?
家族を思い起こして発起できるのか?

苦悩を抱え、耐え忍んで存在し、この先を案ずる人に『頑張れ!』という言葉が禁句なのは私の世界では常識である。
彼らなりに充分頑張っているのだから。
そんな精神論的なことより、苦悩を共感した上で、次のステップの事例を淡々と掲げ、“選択する余地”があることを示し、どれを選択する/しないは“あなた”が決めることであり、どちらを選んでも支援体制が出来ていること、一人じゃないこと、人生が終わったのではなく変わったことを感じあえることこそが次への無限の道を拓くことになる。

なのに…
バカなマスコミはまるで法の番人のように密着取材をモンゴルまで行って行い、自らが加害者であることをうすうす感じながら、どこかに大義名分を探しつつ一人の有能な青年を地獄に突き落とし、民族間の軋轢を招くことすら省みず、“日本人らしく働いている”という救いを求めているのだろう。

真理というものは難しいことではない。
利害なく相手の気持ちと将来を案ずれば見えてくるものだと思う。

彼を撮影しコメントを求め付け回すこと自体が犯罪なのだ。
マスコミはどうかしている。
 

クロスブリード 2007年08月28日(火)

  盲導犬を使用したくても本人や家族が犬の毛アレルギーだと辛い思いをしながら犬と暮らすことになるため、そのような視覚障害者は盲導犬の使用を断念せざるを得ない。
一方で欧米やオーストラリアあるいはニュージーランドなどでは、新犬種の育成や純血種同士のかけあわせによる一代雑種の適性を評価する風潮が根強く存在している。

そんな中で作り出されたのが、ラブラドールとスタンダードプードルをかけあわせた一代雑種ラブラドゥードルであり、抜け毛がなくアレルギー問題がある視覚障害者には福音と思われ、既に2桁の盲導犬が活躍していると聞く。
1980年代後半にこの名称が使われたときには、盲導犬国際会議におけるワークショップで微笑をもって受け入れられていたが、果たして盲導犬としての性能はどうなのかを詳しく検証する前に私は退職してしまったので詳しい結果を知らないでいる。

そして先日来そのラブラドゥードルのレッスンを引き受けているという現状である。

まず驚いたのが、ラブラドールとスタンダードプードルの交配種ではなく、小柄で、恐らくミニュチュアプードルとのひょっとしたら人工授精によって誕生したワンちゃんではないかと思われる点だ。

最近のペットショップ業界では、身の毛もよだつ生体販売に様々なクロスブリードを投入して儲けを膨らませる戦略に出ている。
本来ならそのような仔犬は避妊去勢を施すか、それを絶対条件として世に出して最終確認まで行うのが常識であるのに、そんなことすら頭にない金亡者やアホ共がブリーダーと結託してペットショップを運営し、さらには進んだ獣医学を学んだ獣医師が自然界では到底考えられない犬種同士の子供を誕生させたりしている。

レッスン中のわんこはオーストラリアから輸入されたらしく避妊も行われているらしい。
性格や感性もよく利発であるが、プードルのジャンプ癖が見受けられる。
きっと暮らしやすい愛犬に育つだろうが、一方で安易なクロスブリードに染まる日本の業界が将来に新たな火種を残すのが目に見えて腹立たしい。
 

コンパニオンドッグ/リュック 2007年08月27日(月)

  厳しい残暑が続いてびっくりだけど、夕焼けや浮かぶ雲それに空の高さと青さを見るとすっかり秋の気配だし、虫の音が明らかに夏とは違ってきている。
蝦夷梅雨といって、9月にしとしと長雨が続くこともあるが、今年はなんか素敵な秋の気配が漂っている。

今夜お泊りのイングリッシュコッカースパニエルのリュックがとても暮らしやすいわんこに成長していて嬉しくなった。
まだ彼が少年時代だった頃に歩きのレッスンを行った陽気な甘えん坊のわんこである。

夕方の散歩に我が家の愛犬アモと一緒に出かけたけど、とても歩きやすく、ちゃんと人の話が聞けるおりこうさんになっていて、まるで以前から一緒に暮らしているような感覚を覚えた。

「私に赤ちゃんが生まれるんですけど、リュックは大丈夫でしょうか?」と飼い主は心配されていた。
赤ちゃんが生まれ一緒に暮らすようになってリュックはすっごく成長したのだと思う。
見たことはないが、リュックが赤ちゃんを見つめる眼差しを想像しただけで優しさを感じる。
そのうち赤ちゃんがリュックにちょっかいをかけるようになっても、忍耐強く寛容で微笑ましい振る舞いをみせてくれるだろうし、赤ちゃんの動きをさりげなくチェックして守るようになるかもしれない。
甘えん坊だから赤ちゃんとお母さんの奪い合いをするのかな。

今夜はその赤ちゃんから解放されてのんびりと過ごし、静かに眠っている。
また明日から子守をしっかりね。
 

チワワ一族の襲来 2007年08月25日(土)

  常連のわんこたちが土曜の昼下がりをガーデンでのんびり過ごしているところに、賑やかな一団が入ってきたらしい。
事務所でパソコンをいじっていた私の耳に小型犬がけたたましく吠える声が響いた。

カフェに出てガーデンを覗くと、4匹のチワワが大人しい先住犬たちに執拗な威嚇と先制攻撃を繰り返し、先住犬たちは
『何ですか?この子たちは?』と適当に身をかわしていた。

幸いにもチワワ一族はハーネスではなく首輪をしていたので
「リードを貸して下さい」と言って、私はこの4匹を一斉に制御した。

本来なら飼い主の許可を得てから制御し、さらに基本的にはこのチワワたちに健康上の問題がないかを尋ねてから制御しないと、後に取り返しのつかない事態へと発展する可能性もあった。

暴走族を取り締まる警察のように、一般市民から見れば『生ぬるいぞ!現行犯だし未必の故意による殺人に至るかもしれないぞ!タイヤを打ち抜いてでもすぐに逮捕しろ!それで怪我をしても市民を巻き込むよりマシだ!何があっても自業自得じゃないか!目を覚まさせてやれ!』という感情論に惑わされることなく、冷静に対処するのが客商売の私の務めであったろう。

が、私は先住犬を守るため一般市民の感情の方を迷わず実践した。

まるで鵜飼のように4本のリードをあやつり、次々とチワワを制御してキョトンとさせていった。
その最中に私の耳に届いた先住犬の奥様方の声が凄かった。
「わあ、凄い。先生始まったよ!」
「あっ!大人しくなった!」
「あの位、リードでピッてやるんだよね」

次に届いた声はチワワ一族の飼い主さんからのものだった。
「遠慮せずに最後までやってくださ〜い!」

一連の“コト”が終わったとき、ガーデンはいつもの静けさを取り戻し、先住犬もチワワ一族も何事もなかったかのようにそれぞれの時間を過ごしていた。
「奇跡です。本当に奇跡です。うちのわんこたちはさっきみたいな状態だから、どんなランやカフェに行っても10分もしないでそそくさと引き上げるしかなかったんです。」

よかったですね。
でも冗談じゃないぞ!
そんな一族なら事前に相談してからレッスンという形になっていればカフェの収入にも繋がったろうに…
私に子供が拾ってきた迷い犬を無料で治療する獣医のようになれとでも言うのか。

先住犬の奥様たちとチワワ一族の母子の会話は弾んでいた。
「え!?この子たちも最初はうちの子みたいだったんですか?」
母子は信じられないという顔をしておられたが、なるほど見渡せば最初は問題犬だった犬たちが今日の先住犬であった。

私が無料で行う相談とレッスンが近々ある。
9月2日佐呂間町での『かぼちゃ祭り』だ。
特別待遇を受けたければ『この欄を読んで来ました』と一言添えてくだされ。
正法寺の和尚と前夜から飲み続けているはずだから、二日酔いの私はその言葉で目が覚めるかもしれない。
 


- Web Diary ver 1.26 -