From the North Country

明日3日から営業再開 2007年09月02日(日)

  先程3泊4日のキャンプ及び地方巡業から帰ってきた。

「なあに、札幌から佐呂間までは3時間半で来れるべ」
佐呂間のK和尚の言葉はウソじゃなかった。
高速道路がいつのまにか断片的ながら整備されていて、難関だった北大雪の峠越えが楽々できるようになっていたのだ。
おまけに旭川(比布<ピップ>)以降の高速道路は通行無料というありがたさだった。

丸瀬布いこいの森キャンプ場での2泊・3日間がどれほど素敵な時間だったかはそのうちKが『最新情報』で書いてくれると思う。

私は佐呂間に入ってからの巡業のことについて書こうとしたけど、やっぱ今夜は無理。
疲れがどっと出てきて、今夜はもうお休みなさい状態になってきた。

明日からの営業に支障が無いよう、もう寝ます。

とりあえず、無事帰還したことだけ報告させていただきます。
 

最終告知 2007年08月29日(水)

  明日8月30日から9月2日までカフェは4連休となります。
ご了承ください。

せっかくの4連休だから楽しいことでも書きたかったのだけど、夜のニュース番組の報道姿勢を見たら悲しくてしょうがなかった。

朝青龍関の問題である。

私は6日付のこの欄に自分の見解を書き、心身の病への理解を求め、結果はその通りになった。
大相撲の理事会終了後に、事前の意見では『帰国反対』を唱えていた理事たちがいみじくも言っていた。
「医師の説明を聞けば、帰国反対などと言える状況ではないと思えた」と。

朝青龍の病が仮に仮病だとしたら、彼は職を失うだけのことだ。
だが、彼が病気であり本人にとって病気となり得る状況であるなら、これまでのほぼ1ヶ月に渡るマスコミの取材と報道は明らかに犯罪である。

マスコミが“心の病”というものをどう解釈しているのか私には到底理解できない。

恐らく担当医師は心身の病とその原因、それに周囲の環境がどれほど影響し、朝青龍関の回復に当たって如何に悪い状況にあるのかの説明をされたのだと思う。

その根源となるものに私は25年に渡って関わってきたので、心身を病む状況が痛いほど分かる。

再度繰り返す。
朝青龍関が仮病なら、それは彼が失職するだけのことで幸いであり、もしそうでなく大いにありうる病だった時のことを論じているのだ。

突然目が見えていた人生が終焉を迎え、視覚障害という状況になったら、あるいは自分でそう思い込んだとしたら、あなたはどう精神の均衡を保とうとするだろう?

嘆き悲しむのか?
終わりだと思いつめるのか?
自業自得を受け入れれるか?
因果だと諦めるのか?
誰かのせいにするのか?
死ぬしかないのか?
家族を思い起こして発起できるのか?

苦悩を抱え、耐え忍んで存在し、この先を案ずる人に『頑張れ!』という言葉が禁句なのは私の世界では常識である。
彼らなりに充分頑張っているのだから。
そんな精神論的なことより、苦悩を共感した上で、次のステップの事例を淡々と掲げ、“選択する余地”があることを示し、どれを選択する/しないは“あなた”が決めることであり、どちらを選んでも支援体制が出来ていること、一人じゃないこと、人生が終わったのではなく変わったことを感じあえることこそが次への無限の道を拓くことになる。

なのに…
バカなマスコミはまるで法の番人のように密着取材をモンゴルまで行って行い、自らが加害者であることをうすうす感じながら、どこかに大義名分を探しつつ一人の有能な青年を地獄に突き落とし、民族間の軋轢を招くことすら省みず、“日本人らしく働いている”という救いを求めているのだろう。

真理というものは難しいことではない。
利害なく相手の気持ちと将来を案ずれば見えてくるものだと思う。

彼を撮影しコメントを求め付け回すこと自体が犯罪なのだ。
マスコミはどうかしている。
 

クロスブリード 2007年08月28日(火)

  盲導犬を使用したくても本人や家族が犬の毛アレルギーだと辛い思いをしながら犬と暮らすことになるため、そのような視覚障害者は盲導犬の使用を断念せざるを得ない。
一方で欧米やオーストラリアあるいはニュージーランドなどでは、新犬種の育成や純血種同士のかけあわせによる一代雑種の適性を評価する風潮が根強く存在している。

そんな中で作り出されたのが、ラブラドールとスタンダードプードルをかけあわせた一代雑種ラブラドゥードルであり、抜け毛がなくアレルギー問題がある視覚障害者には福音と思われ、既に2桁の盲導犬が活躍していると聞く。
1980年代後半にこの名称が使われたときには、盲導犬国際会議におけるワークショップで微笑をもって受け入れられていたが、果たして盲導犬としての性能はどうなのかを詳しく検証する前に私は退職してしまったので詳しい結果を知らないでいる。

そして先日来そのラブラドゥードルのレッスンを引き受けているという現状である。

まず驚いたのが、ラブラドールとスタンダードプードルの交配種ではなく、小柄で、恐らくミニュチュアプードルとのひょっとしたら人工授精によって誕生したワンちゃんではないかと思われる点だ。

最近のペットショップ業界では、身の毛もよだつ生体販売に様々なクロスブリードを投入して儲けを膨らませる戦略に出ている。
本来ならそのような仔犬は避妊去勢を施すか、それを絶対条件として世に出して最終確認まで行うのが常識であるのに、そんなことすら頭にない金亡者やアホ共がブリーダーと結託してペットショップを運営し、さらには進んだ獣医学を学んだ獣医師が自然界では到底考えられない犬種同士の子供を誕生させたりしている。

レッスン中のわんこはオーストラリアから輸入されたらしく避妊も行われているらしい。
性格や感性もよく利発であるが、プードルのジャンプ癖が見受けられる。
きっと暮らしやすい愛犬に育つだろうが、一方で安易なクロスブリードに染まる日本の業界が将来に新たな火種を残すのが目に見えて腹立たしい。
 

コンパニオンドッグ/リュック 2007年08月27日(月)

  厳しい残暑が続いてびっくりだけど、夕焼けや浮かぶ雲それに空の高さと青さを見るとすっかり秋の気配だし、虫の音が明らかに夏とは違ってきている。
蝦夷梅雨といって、9月にしとしと長雨が続くこともあるが、今年はなんか素敵な秋の気配が漂っている。

今夜お泊りのイングリッシュコッカースパニエルのリュックがとても暮らしやすいわんこに成長していて嬉しくなった。
まだ彼が少年時代だった頃に歩きのレッスンを行った陽気な甘えん坊のわんこである。

夕方の散歩に我が家の愛犬アモと一緒に出かけたけど、とても歩きやすく、ちゃんと人の話が聞けるおりこうさんになっていて、まるで以前から一緒に暮らしているような感覚を覚えた。

「私に赤ちゃんが生まれるんですけど、リュックは大丈夫でしょうか?」と飼い主は心配されていた。
赤ちゃんが生まれ一緒に暮らすようになってリュックはすっごく成長したのだと思う。
見たことはないが、リュックが赤ちゃんを見つめる眼差しを想像しただけで優しさを感じる。
そのうち赤ちゃんがリュックにちょっかいをかけるようになっても、忍耐強く寛容で微笑ましい振る舞いをみせてくれるだろうし、赤ちゃんの動きをさりげなくチェックして守るようになるかもしれない。
甘えん坊だから赤ちゃんとお母さんの奪い合いをするのかな。

今夜はその赤ちゃんから解放されてのんびりと過ごし、静かに眠っている。
また明日から子守をしっかりね。
 

チワワ一族の襲来 2007年08月25日(土)

  常連のわんこたちが土曜の昼下がりをガーデンでのんびり過ごしているところに、賑やかな一団が入ってきたらしい。
事務所でパソコンをいじっていた私の耳に小型犬がけたたましく吠える声が響いた。

カフェに出てガーデンを覗くと、4匹のチワワが大人しい先住犬たちに執拗な威嚇と先制攻撃を繰り返し、先住犬たちは
『何ですか?この子たちは?』と適当に身をかわしていた。

幸いにもチワワ一族はハーネスではなく首輪をしていたので
「リードを貸して下さい」と言って、私はこの4匹を一斉に制御した。

本来なら飼い主の許可を得てから制御し、さらに基本的にはこのチワワたちに健康上の問題がないかを尋ねてから制御しないと、後に取り返しのつかない事態へと発展する可能性もあった。

暴走族を取り締まる警察のように、一般市民から見れば『生ぬるいぞ!現行犯だし未必の故意による殺人に至るかもしれないぞ!タイヤを打ち抜いてでもすぐに逮捕しろ!それで怪我をしても市民を巻き込むよりマシだ!何があっても自業自得じゃないか!目を覚まさせてやれ!』という感情論に惑わされることなく、冷静に対処するのが客商売の私の務めであったろう。

が、私は先住犬を守るため一般市民の感情の方を迷わず実践した。

まるで鵜飼のように4本のリードをあやつり、次々とチワワを制御してキョトンとさせていった。
その最中に私の耳に届いた先住犬の奥様方の声が凄かった。
「わあ、凄い。先生始まったよ!」
「あっ!大人しくなった!」
「あの位、リードでピッてやるんだよね」

次に届いた声はチワワ一族の飼い主さんからのものだった。
「遠慮せずに最後までやってくださ〜い!」

一連の“コト”が終わったとき、ガーデンはいつもの静けさを取り戻し、先住犬もチワワ一族も何事もなかったかのようにそれぞれの時間を過ごしていた。
「奇跡です。本当に奇跡です。うちのわんこたちはさっきみたいな状態だから、どんなランやカフェに行っても10分もしないでそそくさと引き上げるしかなかったんです。」

よかったですね。
でも冗談じゃないぞ!
そんな一族なら事前に相談してからレッスンという形になっていればカフェの収入にも繋がったろうに…
私に子供が拾ってきた迷い犬を無料で治療する獣医のようになれとでも言うのか。

先住犬の奥様たちとチワワ一族の母子の会話は弾んでいた。
「え!?この子たちも最初はうちの子みたいだったんですか?」
母子は信じられないという顔をしておられたが、なるほど見渡せば最初は問題犬だった犬たちが今日の先住犬であった。

私が無料で行う相談とレッスンが近々ある。
9月2日佐呂間町での『かぼちゃ祭り』だ。
特別待遇を受けたければ『この欄を読んで来ました』と一言添えてくだされ。
正法寺の和尚と前夜から飲み続けているはずだから、二日酔いの私はその言葉で目が覚めるかもしれない。
 

ご苦労様でした 2007年08月24日(金)

  来週からは木曜に加え金曜も定休日となるため、今日が金曜日としては最後の営業日となった。(もっとも祝祭日の場合は営業いたしますが…)

私にとっては生まれて初めての確定した週休二日制度だ。
お泊り犬はこれまで通り受け入れるから、毎週必ず気儘に暮らせるというわけにはいかないけれど、気分的には随分と違う。
営業しながらのお泊り犬管理には結構気を遣わなくてはならないのに対し、休みとなれば一緒に昼寝も出来るだろうからその差は大きい。
この制度を維持するためにも週5日はそこそこ頑張ろうと、勤労意欲が沸々と湧き始めてくればいいなと思う。(大丈夫か?)

さて、今週は盲導犬のパピーウォーカーの方がトータルで5組カフェに来られていた。
一年間共に過ごした愛犬との別れが来月2日に迫っているから、最後の思い出作りのひとつとしてカフェを選んでくださったようだ。
「一年間ご苦労様でした」
苦労も楽しさも一杯あったろうけど、ともかく無事に育て上げられたことにねぎらいの言葉を差し上げたいと思う。

それぞれの愛犬が今後どのような道を歩むかは分からない。
くしくも知床ではカラフトマスが産卵のために遡上を始めている。
すべてのマスが目的地まで辿りつくことは出来ないけど、すべてのマスがいたからこそその一部が目的を達成することが出来るのである。

勿論、盲導犬候補犬の場合はたとえ審査に合致しなくても家庭犬としての生活が保障されているが、すべての候補犬たちのおかげでその中から真の盲導犬が誕生し、そのご主人となる視覚障害者の人生を支え共に楽しく暮らす未来へと繋がっているのだ。

「愛犬と別れるのは辛いでしょうね」
そんな甘っちょろい感情じゃないないのですよ。
もっともっと壮絶な葛藤がパピーウォーカーにはあるのです。
だからこそ愛情に満たされた彼らの愛犬の瞳は輝き、盲導犬使用者の心を突き動かし、共に支えあって希望に向かう勇気を湧き上がらせ、日々の小さな出来事に心からの喜びを感じることが出来るのです。

盲導犬にラブラドールを使っているのは、環境の変化にも適応できる特性と、受け継いだ愛情をしっかりと受け止め人に対して注ぐことが出来る天性の能力を備えているからである。

大丈夫。
パピーウォーキングプログラムを経た犬は何処ででも幸せをもたらす珠玉のパワーを備えているから。
 

家庭犬の条件 2007年08月22日(水)

  この1年ほど前から私の考え方が明確になっている項目が少なくとも二つある。
どちらも愛犬相談を受ける時の条件だ。

ひとつは、去勢していないオス犬の訓練は引き受けないこと。
未去勢のオスで、不特定多数の他犬と出会うカフェやペンションなどでも問題なく暮らせる犬の割合は5パーセント以下だとの経験則がある。

・トイレのしつけがうまくできない
・歩行中匂い取りばかりしている
・曳きが強い
・他犬意識が強くて散歩が大変
・攻撃的な面がある
そんな相談を飼い主から受けても、「未去勢なら私には訓練できません」とはっきり答えるようになった。(出来ないわけはないのだが、やりたくないというのが正直なところ)

犬は去勢されていなくても様々な訓練が可能だ。
例えば警察犬・災害救助犬・各種訓練競技犬…
でも私が現在行っている訓練と飼い主の方が求める理想像は“何処にでも連れて行ける暮らしやすい家庭犬”であって、それにはオスの場合盲導犬と同様に去勢が絶対条件であり、社会的に『凄い!』と評価されてる前述の使役犬などは指導手の手腕によるところが大きく、とてもドッグカフェでのんびり、なんてことはまずないのだ。

本能によって内から込み上げてくる押さえきれない欲求に根付いているかもしれない問題に対して、どうして完全に止めさせることが出来よう?
根源となるものを除去せずに、本能的行動を抑圧するのは理不尽だし虐待ともいえ、逆に去勢してあるのなら遠慮することなく犬に精一杯教えることが出来る。

だから私はいつも言っている。
あなたはどんなスタンスで犬と暮らしたいのかをはっきりさせなさい、と。
1.繁殖犬・ショードッグなど繁殖機能が不可欠な犬と暮らしたいのなら、マーキングなどトイレの完全なしつけは諦め、ドッグカフェなど不特定の犬が集まる場所は避けるか寛容な店を探すしかない。
2.暮らしやすい家庭犬を望むなら、生後6〜8ヶ月を目処に去勢するのが私の世界では常識であり、それを過ぎてから問題を抱えた方も、年齢にかかわらず何はともあれ去勢しないことには訓練のスタートラインにも立てない。

二つ目はやはりハーネス型胴輪の問題である。
小型犬のみならず最近では大型犬にも使用されているが、この商品について私の独断とするところは、コントロールの放棄の象徴であり、しつけも出来ていない犬にこれを着用するのは『私は愛犬に負担がかからぬことを第一義とし、そのためには制御を放棄して、私がすべての負担を肩代わりし気を配りつつ社会参加を目指します』と宣言しているような代物だ。

だから「困っています」という相談者には、「まずは首輪をしないことにはどうにもなりません」
と、はっきり伝えるようになった。

最後に、5パーセント以下の確率であるが未去勢でも、そこそこOKなワンちゃんはいるものだ。
でも私が次にオスの仔犬を飼ったとしたら、そんな博打には決して出ないと断言できる。
 

お泊り料金改定のお知らせ 2007年08月21日(火)

  先週の猛暑の4日間ほどではないが、また暑さがぶり返してきた。
昨日から小学校は新学期が始まり、窓を開けたまま寝ている私は通学途中の子供たちの声が目覚ましになる日々が始まった。

「うちの子は朝5時前には起きて騒ぐんですよねぇ。仕方ないから早朝散歩が日課になっています。」
そんな嘆きの声を聞くことがあるけれど、決して犬は早起きの動物ではない。
飼い主の生活パターンが早寝早起きを作り出しているだけである。

その証拠に、我が家でお泊りする犬たちは初日こそ早起きする子はいるものの、2日目からは『もう少し寝かせてもらえませんか?』と寝坊の私が起きてからも迷惑そうにしている。
日中はカフェで過ごし、夜は遅くまで私に付き合っているのだから仕方ない。

『豪華個室。エアコン・テレビ・イタリア製ベッドに監視カメラ付で安心』
そんなことを謳い文句にしているペットホテルもあるが、要は豪華個室という名の独房に閉じ込めているだけのことで、それはそれで依存心の高い犬には良い社会勉強にもなるけど、犬によっては体調を崩すことも多いそうだ。

「ホテル代よりも引き取った後の治療費の方が高くついてしまいました。」
そんな話はしょっちゅう耳にする。

だから…というわけではなく…
実は…誠に申し上げにくいのですが…
『カフェは9月から実質的なお泊り料金の値上げをすることになりました』

1.犬種にかかわらず1泊5000円は変わりません。
2.ただしそれは、『午前預かりで午前引取り、あるいは午後預かりで午後までの引き取り』の場合に限らせていただきます。
3.(ここがポイント!)午前預かりで午後引取りの場合は1000円プラスさせていただくことになりました。
諸般の事情をご拝察のうえ、よろしくご理解賜りますようお願い申し上げます。

何しろカフェは来週から木曜に加え金曜日も定休日になり、尚且つこの厳しい世界で生き残りをかけて営業を続けていかなくてはならないのであります。
どこかで、チマチマと地味〜に稼がないと…ね。

大丈夫。
この先経営が行き詰った時に値上げするのは、お泊り料金じゃなくて、何か別の物で考えるようにしますから。

「値上げは仕方ないにしても、何かサービスを向上させれるものはないかな?」
「うちのサービスはいつも出来る限りのことをやってます」
そりゃそうだ。
 

お散歩ツアー 2007年08月19日(日)

  「散歩でしょ?一緒に行ってもいいかなぁ?」
カフェの閉店時間までおられた黒ラブ/レオの飼い主K田さんが声をかけてきた。
「もちろんですよ。一緒に行きましょう!」
私たちは店内清掃もせずに準備を始めた。

「アモちゃん、ベンベンして」
駐車場でKが声をかけると、10数秒でアモが排便を始めた。
「凄いなぁ。言えばすぐにしてくれるんだもんなぁ」
K田さんは感心しておられた。

実は今では私が指示をしても、散歩前のアモは滅多に排便をしてくれないのだけど…

盲導犬の訓練では歩行前の排泄は基本中の基本であるから、当然それを教える技術を私は持っている。
でもそれは盲導犬だから教えておいたことであって、目が見える私が一緒に歩いているのだからいつでもちゃんと処理できるし、アモも『出先の道端で開放感を味わいながらウンチすると、気持ちいいんだよなぁ』と私に訴えかけるから、今ではアモにとって私はとても使いやすい飼い主になってしまっているということだ。

でもKは違う。
「散歩先でウンチを拾うのも、それを持ち運ぶのも嫌だからね!さっさと済ませなさい!」
まるで訓練士のように一貫して毅然としているから、アモは盲導犬のように忠実に従っている。

今夜引取りのMダックスも一緒に散歩したのだが、飼い主と歩くと他犬を見ては吠えるというわんこも私たちと歩くと吠えることなく、一心不乱に尾を振り振り先を急いでいる。
その気持ちを言葉に表すと
「玄関過ぎたら2分でごはん。玄関過ぎたら2分でごはん。」
と、『ともかくこの散歩が終わらないと夕食にありつけない』との思いがしっかり表れている。

人気のない道路や公園ではアモをフリーにし、誰かを遠くに発見したらアモが止まるから呼び寄せてリードを付ける。
K田さんには、そんな私たちのいつもの散歩の様子が勉強になっているようだった。

これってカフェの新しい名物になるかもしれない。
 

やっかみか? 2007年08月18日(土)

  年末年始、ゴールデンウィーク、お盆などの帰省ラッシュに巻き込まれたり、混み合う観光地やキャンプ地に飛び込んだりした経験が私にはない。
30年以上、そんなときは仕事をしていたからだ。

どこかへ出かけるのは世間が落ち着いてから、というのがこれまでの生き方だったし今でもそれが当然と信じ込んでいる。
失礼ながら、30キロの渋滞と分かっていながら高速道に進入する気持ちと事情がうまく飲み込めない。

たぶん、年末年始・GW・お盆は全社あげて休日になるから自分だけ出社して仕事をし、別の日に代休を貰っちゃいけないのだろう。
でも、ちゃんとした会社に勤めていれば有給休暇だって制度上の休暇だって取れるんだろうし、ちゃんとしてない会社ならなおさら仕事さえしっかりやれば結構融通が利くはず。

実際にはやらなかった(できなかった)ことを今になって言うのも変だが、もし子供たちがどうしても東京ディズニーランドへ行きたいと言ってたら、6月か10月頃の平日に休暇を取り、子供たちには学校を休ませて出かけたに違いないと思う。
帰省やお墓参りは両親と先祖には申し訳ないけど年末年始とお盆だけは外していたと思うし、GWの行楽や夏のキャンプは人が大勢集まらないところを選んでいた。

変わり者なんでしょうな。
私には1時間並んで遊具に乗った満足感を想像できないし、大渋滞でイライラして不愉快になる可能性を知りながらチャレンジする気もないし、せっかくの休みだからのんびり楽しみたいという思いが働く。
2年に一度の休みでもいいから、どうせ休むならそんな休暇の取り方を選ぶ。

何かに乗せられ踊らされた休みなぞに興味はない。
遊びの前は綿密な計画が楽しく、そのうえでの『後は野となれ山となれ』のフレキシブルな変化が楽しい。
渋滞や混雑は最初から想定の範囲には入れたくない。

ともあれお盆休みが終わり、皆様お疲れ様でした。
ぼちぼち私は初の4連休の計画に取り掛かろうとワクワクしている。
 


- Web Diary ver 1.26 -