From the North Country

涼やかな風 2007年08月17日(金)

  「涼しいですね」
今日のカフェではそんな言葉が挨拶代わりになっていたが、夕食後の我が家では
「どっか窓が開いてるんじゃない?」
「寒過ぎるよね」
先日までの酷暑の時とはうって変わった嬉しい言葉が交わされるようになり、お盆と共に4日間の北海道の厳しい夏は過ぎていった。

お盆休みを利用して帰省中のご主人と愛犬のMダックス/はいじを伴って家族旅行に出かけて来られたMさんから、私とKが喜びたくなるお話があった。

私が喜んだのは
「十勝のラーダ・ニーバ(愛犬と泊まれる草原のペンション)に行ってきました。心配してたけど、はいじはとってもおりこうで、オーナーさんからは「この子なら何処に連れてってもOKでしょ!」って褒められたんですよ。」という話だった。

はいじは他犬に対して吠え立てるようなわんこだったが、カフェに通うようになってからどんどん良い子に変わってくれた代表格でもある。
兄弟犬のベルと共に成長して“暮らしやすい愛犬”に育ってくれた。
厳しく叱った時期もあったけど、Mさんはその対処法をちゃんと受け入れ学んでくれた。

Kが喜んだのは、単身赴任のご主人が“今月のパスタ”を食べた後の一言だった。
「今は東京の青山にいて、近所には五指に数えられる有名なイタリアンレストランがあり、そこも勿論美味しいけれど、今日のパスタはとてもオーガニックな感じがして胃が弱い私にはとっても優しく美味しく感じられました。」

私とKにとっては、今日の涼しさ以上に蓄熱された夏の身体に涼風を吹き込んでくれた最高の癒しの言葉だった。
 

8月31日から定休日は木金です。 2007年08月15日(水)

  今夜はお知らせとお願いです。

・9月からカフェの定休日が木曜と金曜になることは、常連の方々やネットをご覧の皆様には既にお伝えしたところであります。
・さらに9月1日(土)2日(日)は佐呂間町のかぼちゃ祭りへの“地方巡業”のため臨時休業することも同様にお知らせしてあります。

ところが、ある方から助言を頂き、ふと、カレンダーを見ながら考えてみると、8月31日の金曜日を臨時休業にすれば、な、なんと開業以来初めての4連休を取ることができることに気づかされたのです。

で、誠に申し訳ありませんが…
『カフェの定休日変更は9月からではなく、8月31日から木曜および金曜日の二日間』と訂正させていただきます。
お知り合いの方には口コミでお伝え下さいますようお願いいたします。

カフェでの掲示やネットも見ていない方で、これらの日にカフェを訪ねてくださる方々には、ここに予め深く心よりお詫び申し上げます。

それにしても今日は暑かった。
輻射熱を少しは受ける日陰に設置した温度計(つまりは日陰での体感温度)は一時39度を示していたし、陽の当たるガーデンに置いてみた温度計は5分で50度を越えて計測不能となった。
人間の生活には関係のない風通しの良い床下での最高気温が34度だったので、これが天気予報の気温と合致したが、実態温度とはかけ離れた凄まじい4日間だった。

3年前の猛暑のとき、釧路市では『6台ものエアコンが売れた』とニュースになっていたが、初めての猛暑日を迎えた今年は一体どれくらい売れたのだろう?気にかかるところだ。

明日からの北海道は凌ぎやすくなるそうだ。
この欄をお読みの皆様、残暑お見舞い申し上げます。
 

本気度 2007年08月13日(月)

  もうすぐ日付が変わろうとしているが、暑くて眠れないので書くことにした。

今夜、我が家には愛犬アモと身内のチワワらむがいて、この二頭にかけたある言葉に対するそれぞれの反応に、犬というものの側面を見ることができるので紹介しよう。

二頭にかけた言葉とは「おいで」である。
状況としては、夜の最後のトイレをガーデンで済ませ、カフェに入って足を拭くために呼びかけた言葉だった。

育ちの良いアモはもう眠くて仕方なかったので寝室へ早く戻りたかった。
らむについては注釈が必要となる。

らむは、可愛いというだけでペットショップから買い取った安易な人間が、『ペット禁止』のマンション規約で手放すという筋書き通りの不遇犬となり、見かねたMちゃんが引き取った素性の知れないチワワである。
案の定、シッコはたれるは吠えるは人を齧るはの問題犬だったが、Mちゃんの愛情に包まれて幸せに暮らすことができるようになった。

だが、犬が幸せに暮らすことと“いい子”になることは別物で、私はらむが“ちゃんとした愛犬”になるように時々関わってきた。
・排泄のしつけ
・吠えないこと
・身の程を知り分をわきまえ、人を尊重して反抗しないこと
が主題である。

たとえ血統的に受け継がれている警戒性であっても、それを最小限に抑えるために、私流の“厳しくも追い詰めず、誘導しながらも相手に考えさせる余地を与える接し方”をしてきた。

さてその結果、あれほど吠えるらむが今日一日誰に対しても一言も吠えず、トイレの失敗もなく過ごしていて、今日のクライマックスの『おいで』の瞬間を迎えた。

「おいで」と声をかけるとラムはある程度(約50センチ)の距離を置いて固まってしまい、次の行動をどうするべきか戸惑っていた。

らむはとても良い反応を示していたと思う。

おやつに釣られたり、楽しさや興奮の最中の「おいで」ではなく、状況的にはシビアでどちらかと言えば従いたくない雰囲気での「おいで」に、彼は逃避や無視ではなく緊張を持って次の振る舞いを考える犬に成長していたのだ。

だから夕方の散歩では誰もいない場所ではフリーにして歩かせることができたし、私自身、らむは難しい犬とは思っていても充分に愛犬にできる楽しいチワワだと思っている。

一方のアモはというと、眠くて仕方ないものだから「おいで」の意味を知ってるのに、まるで人の子のように無視を決め込み反応しない。
それでも私たちも普通に語りかける。
この時アモは私たちの本気度を測っているのだ。

人が本気でないと感じたなら犬は無視することで主張する。

ごめんなさい。
急にアルコールが廻ってきて書けなくなった。
文章として機能しているかの、読み返しもまともにできない。
暑さに加えてそんな状況なんで今夜は失礼。
 

暑さのサバイバル 2007年08月13日(月)

  『ウソだろ、これはないよ。』
日中のガーデンは34度。
夜の室内はたぶん25度以上。
北海道とは到底思えないような熱波が襲ってきた。
地球温暖化とはこういうことなんだ!
冷房がなければ過ごせないような夜が北海道にまで到達している。

クールビズを実践してエアコンの設定温度は28度なんて本州では言ってるが、そんなことやってるところがほんとうにあるのだろうか?
北海道ではあり得ない。
設定を28度にすれば、夏でも暖房が働いてしまうと笑っていたら、今日は冷房を最大にしてもカフェは冷えないというしっぺ返しを受けた。
もともと室内の広さに対応していない小規模なエアコンでこれまでは充分機能していたから、本当の暑さには対処できないのだ。

明日はこれ以上の気温だという。
地球環境には申し訳ないが、明日が今年の夏のピークだと思っているので、水不足の心配がない札幌だから水をふんだんに使ってでも何とか凌ぎたいと思っている。

ごめんね。
できるだけ電気を使わないために、お金をかけてでも水を使わせてもらうからね。
福岡生まれで盆地の奈良育ちの私ではあるが、30年以上の北海道暮らしで、情けないけど暑さには耐えられない身体になっている。
私にとってはサバイバルであり、とにかく明日を倒れずに過ごしたいのでご容赦あれ。
 

セミの音の記憶 2007年08月11日(土)

  いろんな所からきのこが生えてきそうな、そんなじめじめした日々が続いている。
北へ押し上げられた梅雨前線が北海道に停滞して、今年の夏中盤は前半とはうって変わった熱帯雨林の様相だ。
それでも本州のように気温が37度なんてことはあり得ないし、夜にはカラッとした冷風が吹き込んでいるのがせめてもの救いである。

ガーデンのニセアカシアには今年一番のセミの鳴き声が響いていた。
そんな時は子供の頃、世話をしていた野良犬たちにセミやザリガニを取って来ては食べさせてたことを思い出す。
残飯だけでは足りないので苦肉の策で考えたのが自分たちで調達できるセミとザリガニだった。
さらにもし本気になれば川魚を釣り、貝を集めてくるつもりだった。

玉ねぎがダメだとか栄養素がアンバランスなんてそんなことに頭を巡らせることなぞ寸分もなかった。
犬たちが生き残れるなら食べるものは人糞でも虫でも何でも良かった。

戦後生まれの私は幸いにも飢餓を知らないが、犬たちを通じてそれを克服する努力をした記憶がある。

私が生まれた、たった8年前が終戦であるのに戦前戦中のことを当時は大昔のような話として聞いていた。
8年というのは今になって思えば阪神大震災や新潟沖地震のように最近の出来事だったのに、当時は精神的復興が速いというよりも過去にこだわるより今を生きることに一所懸命だったのだろう。

セミの音が最盛期を迎える頃には子供の頃の記憶がふと蘇る。
 

ああ日本犬 2007年08月08日(水)

  秋田犬のももを見ながら私は日本人である自分を改めて見つめなおしている。

子供の頃から接し続けた犬はみんな日本犬の雑種だったのに、札幌に出てきてからはラブラドールをはじめとする純血洋犬にまみれて過ごしてきた。

日本犬って人との繋がりに凛とした部分があったり、他犬に対してはまるでひと昔いやふた昔前の日本人が初対面の人や外国人を見る時のような“壁”を作るくせに、ひとたびうち解けると必要以上に心許してしまうわんこが多い。

書きながら『自分のことか?』と思えて動揺してしまいそうだ。
お国柄を皮肉ったり頷かせたりするジョークが私は好きで、つい犬種にも当てはめて考えることがあるけれど私はどうみてもラブやトイプータイプではなく日本犬だろうと思う。

まずは単視眼で思い込みが過ぎるのが欠点だ。
ムキになって吠えたてたとしても、そのうち自分の過ちに気づいて後悔してしまうのに、それでも振り上げた手の落とし所が用意されていないと御託を並べて素直になれない。
いわんや強権発動されると理性とは別の反骨精神が全身を支配し、自分でもどうにもならない命がけの行動に出てしまうことがある。

これは失礼。
秋田犬のももを利用して、卑劣にも自分の性癖を表現し取り繕ろおうとしているが、ももは逆切れしない信用できるわんこでその点は私もももも似ている。(早口言葉?)

今夜の事例
「もも、シッコしなさい」
「雨降ってるからヤダ」
「屁理屈言うな!シッコしろ」
「あ!そんな言い方するなら絶対しないもん」
「シッコしないで困るのはお前の方じゃん」
そう言って私はカフェに戻り、椅子に座ってガーデンに残したももを観察する。

「じっと見てんじゃないわよ」とももが言うので、私はフリーペーパーを読むふりをしながらガーデンのももを観察していた。

落とし所を与えられたももは長いオシッコを済ませたのですぐに呼び寄せて足を拭き2階に駆け上った。

日本人の女ってこうやって弄びながら亭主と暮らしてんだろうなぁ。と、ふと思ったのは気のせいか?
 

住めば都 2007年08月07日(火)

  「今年の夏はいいですねぇ。夜になったら涼しい風が吹き込んで寒いくらい」
そんな話を今日カフェでしていたら
「ウソでしょー!この一週間眠れない夜が続いてます!」
「うちなんか窓の下に扇風機を置いて回しっぱなし」
「除湿機かけると余計に暑苦しくなるのよねぇ」
と異論続出で驚いた。
どうやら夜になって涼しいのは札幌でもこの地域限定なのだろうか。

私の暑がりは相当なものだし、おまけに夜は焼酎による内燃機関が働いて過熱しやすいのだが、今年は今のところ扇風機すら必要としていない。
私だけじゃなく、同じ部屋にいる秋田犬・ハスキー・ラブラドールもスヤスヤと心地よさそうに横になっている。

「♪ローソク出ーせー出ーせーよー。出ーさーないとー引っ掻くぞー。おーまーけーにーかっちゃくぞー!♪」
今年も七夕を迎え、地域の子供たちがそんな歌を歌いながら夕方から各戸を回っていた。

カフェでもローソクならぬ菓子をたくさん準備していたが、子供の数が多過ぎて品切れ状態になり、Kが備蓄していたジュースパックを放出することで何とか対処することができた。

夏でも夜は涼しく、昔の素朴さが子供たちに残っているこの里塚緑ヶ丘が私たちはとても気に入っている。

夕べのような野暮な話は無し。
今の夜風はいつにも増して心地よい。
 

広島に原爆が投下された日に思ったこと 2007年08月06日(月)

  これまでも何度かマスコミの横暴について書いたことがあるが、そんな理不尽が数十年繰り返される中で、現在あの組織は自らの力の凄さを知ることにより、世の支配者になったかのような幻想を抱き、無神経・厚顔無恥・絶対的法の番人という自惚れと強欲が常態化するようになった気がして不安を感じる。

大本営発表に疑問を呈しながらも結果的にさらに脚色して報道し戦争に加担して自国民を死に追いやった時代を新聞社は反省したではないか。
だからこそ戦後の主権在民を護るために、血を吐きながらも信じる正義の記事を書いた先達の魂を今のマスコミは何処に忘れてきたのだろう。

チッソに代表される公害認定と企業責任を追及した時代があったが、時代背景と国家経済を考えるとあの頃のマスコミはその時代における最大限の追求力を発揮していたのだろうと思う。

時代が進み、雪印を叩き潰したマスコミに個人的には『やり過ぎじゃないか』と内心感じてはいたが、その不満を飲み込み、時代に則した正義が新たに展開されることで生活者が一層守られると受け入れることができた。

ミートホープの件では、中国ばかりに猜疑的で批判的な日本人に『足元を見よ。根っこは同じじゃないか』と痛烈なお灸がすえられた。

しかし社長に対する取材状況は、形を変えてはいるものの戦前のように法を逸脱したように見える現代版リンチのように感じた。
マスコミ各社が“事実取材と報道が目的”とする大義の中で、一体幾つのマスコミから24時間無差別に取材と反省の弁をミートホープの社長は受けなければならない法的人道的説明責任があるというのだ。


彼の罪は大きいが、罪の大きさによる制裁は個々の人間や集団あるいはマスコミによるリンチでなく『法によって裁く』ことを我らは多くの時代と犠牲の上に勝ち得てきたのではないのか。

九州では鳥インフルエンザの養鶏場の社長を自殺に追いやり、大臣の死にも影響がなかったとは言えまい。

悔しいけれど、これらすべてのマスコミによる取材・報道が“正しい”と仮に受け入れたとしよう。

ならばTBSによる不二家の『捏造ではないが、重大な放送倫理上の問題があった』という問題に対し、マスコミ各社は毎夜毎時間TBS社員の家のインターフォンを押して取材し、TBSの社長の首を取るだけではなく、国会でも取り上げられるよう世論を誘導し、結果的に廃業に追い込むような攻勢をかけるような態勢を組むべきではないか。
できないのは同じマスコミの巨大企業だからだろう?と小さな声を出したくなる。

企業の悪行は厳しく摘発されてしかるべきだが、“重大な放送倫理上の問題”つまりは調子に乗った言いがかりで数万の人々の生活が路頭に迷わされる“ウソ・捏造に近い”取り返しのつかない報道をした責任は、養鶏場や食肉工場と比較できるものではなく、今後も社会に重大な影響を与える恐るべき悪の権化とみるべきである。

マスコミ各社
これまで報道機関という印籠をかざしてやってきたことは、誰に対しても何処に対しても、例え自分に対しても普遍であるべきですよね。

目先を代えて、個々人に問うてみよう。
朝青龍の問題をどう思いますか?
私は先に理事会が決めた処分は処分として留保し、まずはモンゴルに帰して本人の回復を待ち、その後に処分を受け入れるのか引退するのかの決断を求めるだろう。
『甘い!』とのご意見もあろうが、一人じゃ済まない朝青龍の人生・命の問題でもあるのだ。
もし判断を間違えば、またマスコミとそれに誘導された世論が一人の人間を潰すことになると思う。
処分には自宅・病院・稽古場の行動制限があるというから、そんな観念に慣れていない朝青龍の親族にしてみれば拉致状態かもしれない。

『そんなら引退すればいいじゃん』という意見もあろう。
相撲を志願し、厳しい稽古の中から信じられない正確さで日本語を覚え、横綱にまで登り詰めた異文化を持つ男に一方的に病気かもしれない段階で圧力をかけられるだろうか?

もしかして、あなたの考えは報道や観念による影響を強く受けていませんか?
朝青龍がアメリカ人だったら両親や国民は相撲界や日本人に非難の声を上げているだろう。
モンゴルの人々の心配はいかばかりだろう。
処分が適切かどうか私には分からないが、健全な心身状態で反省を促すべきではなかろうか。
 

チワワを抱いた鬼の訓練士 2007年08月05日(日)

  お泊りが大型犬ばかりになって部屋の空気が薄い。
部屋が暑い。狭い。
一方で、私やKが用事で動き回っても小型犬のように付きまとったり過敏に反応することもないしトイレの心配も要らず、目だけ動かしてのんびりしているから気分的には楽だ。
今夜の雰囲気には懐かしい感じが漂っている。

この4年間で私たちは小型犬に随分と慣れてきた。
1年目なんか
「似合わねぇ。鬼の盲導犬訓練士が膝にチワワなんか抱っこしてニコニコすんな!」
2年目は
「小型犬相手にオヤジが幼児言葉使うな。気持ち悪りぃ!」
過去の私を知っている人々からはあからさまな様々な罵倒と侮辱と冷ややかな視線を笑顔で浴びせられてきた。

3年目に入ると心でさげすむようになったのかそれとも諦めたのか、誰も口には出さなくなったが、私はそれを『似合い始めたと受け入れてくれたのかな?』と誤解することもあった。

4年目の現在は、周囲はどうあれ、すっかり開き直っているから大型犬小型犬何でもござれであり、誰がどう思おうが守備範囲が広がった自分を感じている。

そして今夜を迎えたわけだが、愛犬のお泊りを受け入れる気分を素直に表現すると
大型犬の時はユースホステルのペアレンツで、小型犬の時は青少年自然の村の引率教員といった感じだろうか。
たまに茶飲み友達を受け入れる感覚のこともあれば、老人保健施設の介護老人受け入れのようなこともある。

大小問わず凶悪犬の一時保護は、カフェを辞めた頃、誰にも迷惑がかからない状況でやってもいいかなとも思っているが、その頃まで神通力と運動神経があるのか私には分からない。

そろそろ我が国における盲導犬事業を開拓してきた人間たちの定年退職が始まる。
彼らが次にどう生きるのか心配でもあり興味深くもあるが、現状の盲導犬訓練士(技術者)の数を見渡せば、恐らく嘱託職員としてでも残ってもらい、訓練士養成に取り組むことになるのだろう。

もし彼らが小型犬を膝に乗せて幼児言葉を使い出したら精一杯冷やかして酒を酌み交わすことになるだろう。
 

テルちゃん 2007年08月03日(金)

  「うぅ、痛ててて」
朝9時からS治療院で毎度の荒療治を受けていた私は失神寸前だった。
その時、玄関の呼び鈴が鳴ってS氏の力が弱まったので私の今があるようなものだ。
奥さんが「どうぞぉ、入って」という声に続けて「珍しい人に会えるよ」と出迎えていた。

しばらくして奥さんに誘導されながら治療室に入ってきたのはなんとテルちゃんだった。
テルちゃんは私よりずっと?年上の女性で、盲導犬を通じて彼女の半生に私は関わっていた。

「あらぁ、しばらく。長崎だよ」
治療台にうつぶせになったまま私が声をかけるや、驚いたテルちゃんは「先生!」と一声発しただけでしゃがみこんで、私の手を握りながらすすり泣いた。

戸惑っていたのはS氏も同じで、治療の力が程よく気持ち良くなった。
「治療を受けながらこんな姿勢で元気だよっていうのもおかしいけど、元気にしてます」
私が話しかけてもテルちゃんはなお私の手を黙って握って泣いていた。

こう言っちゃ失礼だが、テルちゃんはまるで芸者をイメージさせるような日本美人で明るく色っぽく芸達者で、盲導犬ユーザーの集まりでも様々に話題を提供し、視覚障害といえども常に前向きに己の人生を貫いて生きていた方である。

結婚・出産・失明・離婚・再婚…その後もいろいろあって生活の内情の相談を受けたり、人生の岐路ではアドバイスをしたこともあった。

今では優しいご主人とめぐり合って幸せをようやく築き上げているが、私との5〜6年ぶりの突然の再会に感極まってしまった様子だった。

彼女の人生をここで深く語ることはできないけれど、私が仕事の枠を超え、人として接してきたこと以上の感謝の気持ちが握られた手を通じて伝わってきたようで嬉しかった。

介護事業を行っているコムスンが違法行為によって業務譲渡に及んでいる。
現場で働くスタッフの中には“業務”という言葉では表せないような献身というか人の心・繋がりを持って働いてこられた方々がおられよう。
普段はケアする方から“あらためての感謝”がないかも知れない。
それを期待することこそ浅はかなものともいえる。

でも、時を経て今日、私は感謝の気持ちを頂くことができた。
組織の人間ではあったが、私は私を貫いてよかったと心から思っている。
テルちゃんやみんなのおかげで、今、人間としての私が堂々と生きることができる。
感謝したいのは私の方である。
今日は本当に良い治療を受けることができた。
 


- Web Diary ver 1.26 -