From the North Country

備えあっても憂いはあろうけど… 2007年07月16日(月)

  久しぶりに夏らしい日がやってきたかと思えば、大地震が再び新潟を襲い、九州四国の台風災害に続いて大きな被害をもたらした。
NHKの臨時ニュースで流れる地震の揺れを見て、震度6強の割には揺れが少なく被害は少ないだろうと感じていたが、民放の映像では激しく揺れている街並みがあり唖然とさせられた。
よもや金満NHKの屋上カメラには手振れ補整機能が常駐していて、地震などに必要な正確な情報までもが伝えられないようになってるのではあるまいな。
科学技術を優先したあまり現実を表現できないとしたらおかしなものである。

数日前から右手首が痛んで仕方がない。
『いつもの腱鞘炎だろうからサポーターを半日でもすれば解消されるだろう』と思っていたが、今日になっても痛みに変化はない。
レッスンで痛めた覚えもないし、何か無理をしたこともないしと原因を考えていたら、Kが明快な答えを導き出してくれた。
「サッカーアジアカップのUAE戦で机を叩いて応援してたからじゃない?」

科学技術優先にも問題があるけど、感情むき出し理性喪失というのにも相当問題がありそうだ。

ただ、同じことがこれからも起こるとすれば、私なら科学技術より感情を優先させる行動を取るだろうなと思い、できるなら科学的分析を自分で行えるだけの知見を持ち、決断に困ったら感性を優先させることができる自分でありたいと考えた。

そのためには勉強と日頃からの準備それにイメージトレーニング(シミュレーション)が大切であると思っている。
 

フレキシブルリードは釣り師には魅力的 2007年07月14日(土)

  6月が暑すぎたのは間違いないことだが、7月ってこんなに寒かっただろうか?
今夕の散歩は長袖のシャツにウィンドブレーカーが丁度良かった。

ところで最近なまくらになってきた私は我が家の愛犬アモの散歩の時に5メートルほどのフレキシブルリードを使うようになった。
以前にも書いたようにこの伸び縮み自由なリードは、しつけられたワンちゃんかしつけを一時的にでも放棄する飼い主向けの商品である。
一時的にも放棄というのは、迷惑のかからない場所で呼び戻しのできない犬に自由空間を与えて開放感を味わわせ、愛犬が喜ぶ姿を人も楽しむということだ。

実際使ってみると、犬はそれなりの自由を感じているようだが結構危なっかしい。
耐久性に問題があって、何かのきっかけで切れてしまってもおかしくないほど細い紐でできているし、たぶんその紐が切れて慌てふためいた方や、ひょっとしたら犬が事件を起こしたり事故に遭ったという方もおられるだろう。

だが使い続けているとそれなりのテクニックが身につくことに気がついた。
釣りを趣味にしている飼い主には容易に理解していただけるものと思うが、投じた仕掛け以上の大物が掛かった時、釣り師というのは背筋がザワッとして、糸を切られないよう押したり引いたり力加減を確かめるように慎重に取り込もうとする。
しかも魚が根に入ってバレることがないよう、その動きを微妙に制御する技でゲットしたときは釣り冥利に尽きるものだ。

フレキシブルリードは愛犬と散歩する釣り師には絶好のトレーニングアイテムといえる。
毎日のように大物を釣り上げる練習ができるし、取り込んだ時の快感を陸に居ながらにして味わうことができるのだから。

ただ、うまくいかなかった場合の悲惨さを考えると、やはりしつけられ『本来はノーリードでもいいのだけど、一応ルールだからリード着けてます』という方に相応しいはずだ。

アモには釣りの醍醐味をもっと私に実感させてくれるよう破天荒な行動を期待しているのだが、リードが伸びきるとすぐに歩調を私に合わせてしまって面白くない。
 

犬もサッカーも日本人を表してるようで面白い 2007年07月13日(金)

  もうすぐサッカーアジア大会で日本とUAEが対戦する時間だ。

朝の9時に数ヶ月前からしびれていた左半身をほぐしてもらうためS治療院で悲鳴を上げてきた。
カフェがオープンする10時過ぎに戻り、フラットのウェンディのレッスンを行って、その後の一日をご来店の方々と過ごし、閉店後我が家の愛犬アモと初めてのコースの長い散歩に出かけてきた。
アモと我が家の一員のようなお泊り犬ゴンタに食事を与えた後、私たちは里塚温泉で夕食を取ってたまっていた疲れを流してつい先ほど帰宅したところである。

車庫からカフェに上がるとアモが大きく尾を振って出迎えてくれた。
そこからさらに自宅へ上がって、私はゴンタを探した。

ゴンタはパソコン前の私の座布団の上でいびきをかいて寝ていた。
12歳のシーズーはカフェでの疲れがあるのか、夕食後はすぐにどこかで寝ているのだ。

そんなゴンタも以前この欄で書いたことがあるけど、カミナリにはたじたじとなる。
11日の夜中、私は次の日が定休日ということもあって夜遅くまでしこたま飲んでからベッドに潜り込んだ。
私には何の記憶もないが、その後凄いカミナリが轟いたらしい。

ゴンタは爆睡している私に見切りをつけ、ベッドから飛び降りてKに助けを求めに行った。
Kは「ゴンタ、怖いねぇ」と抱きしめた途端、私の教えを思い出して何事もなかったようにゴンタを床に下ろしてそのまま眠りについたという。
「もともと眠くて仕方なかったから…」
のん気なKは私同様その先を覚えていない。

その後ゴンタは落ちつきを取り戻し、役立たずのふたりに頼ることなく身の振り方を考えたのだろう。
翌朝、ゴンタを探すKの言葉にのこのことKのベッドの下から出てきたとのことだが、その姿は「あーよく寝た」と夕べのことなぞ綺麗さっぱり吹っ切った爽やかさがあったという。

ご婦人方はカミナリが鳴ると怖かろうがそうでなかろうが、ついつい甲高い声を出す習性があるように見受ける。
それはそれで微笑ましい場合もあるが、犬を飼ってるならその影響が自分ではなく犬に向かうことを押さえておいて欲しいものだ。

こんな表現で終わりたくなかったが、勝ちはした日本サッカーの内容と、テレビ解説者のいい加減な評論にムカムカしてしまったせいだと許していただきたい。

カタールと引き分けた初戦でオシム監督は『おまえたちはアマチュアだ』と嘆いていたが、その証左が今日の試合に如実に表れていた。
日本代表はまだまだ子供のサッカーをしており、親心で見ているものをヒヤヒヤ・イライラさせて楽しませてくれるとはいえ、最後に不愉快さを残すレベルである。
まあ、これが日本人かもしれないが、あまりにも進化のペースが遅く感じてしまう。
 

ああ青春の胸の血は 2007年07月10日(火)

  数週間ほど前、取引のある業者から「実はドッグカフェを開きたいという方がおられるので、会ってもらえないか」という相談があり、断る理由もないのでお請けした。

カフェに来られたそのご婦人は愛犬家のうえに資産家でもあるようだったので、話はどちらかといえば気楽なものとなり、『面倒なことを背負い込むつもりはないので、犬好きな仲間も入れるようなカフェ』というコンセプトの提案でその場はまとまった。

もし、“生活をかける意気込みを持った方”が真剣に相談に来られたなら「ドッグカフェなんてやめたほうがいいですよ。大変だし、せっかくのあなたのイメージが壊れるかもしれないし、投資に見合うだけの収入だってどうなるかわかりませんから」とマイナス面をさらに強調していただろう。
それは『犬好き』という観念だけでやろうとしたら、結局は生活の為に初期の夢とはかけ離れた、生体販売を行うペットショップや不衛生な環境でいい加減なブリーディングを行うような犬屋に成り下がってしまう、という警鐘を含んでいる。

考えてみればどんな商売にもそんな一面はあるのだろうけれど…。

夢を持って獣医になったとしても『結局は人間相手の仕事』という壁を乗り越える時期が必要だろうし、サービス業のカフェなら尚更初期のイメージとは違ったいろんな犬や飼い主を受け入れることで経営が成り立つという試練も受ける。
お花屋さんやケーキ屋さんのように子供の夢の仕事であっても、経営となると今世間を騒がせている“ミートホープ”のように誤魔化しによって利益を生み出そうという悪魔のささやきを払拭する毅然とした姿勢を持ち続けなければならない。

でもさらに考えてみれば、お金に余裕のある人が片手間とは言わないまでも、ある種の興味で好きな仕事を始めることに関わるより、将来に不安があるけれど夢を持ってチャレンジしようとする人に私たちは力を貸すべきである。

その一歩が相手の意思を確認し強化するための「無理だ、止めなさい」というブレーキの言葉であることもあれば、「そうだそうだ、何でもチャレンジすることが大切なんだ!」と無責任というか自己意識を高めさせる言葉になる場合もある。

仕事には、安易な抜け道と利益誘導がある一方、越えるべき壁を越えたときに、驚くような喜びがもたらされることがある。
人は相手の意気を感じた時、本気になれるものだ。
そんな出会いが誰にも時々あって、昔描いた自分の夢を考えさせてくれる機会にもなっている。

「もう年だ。身体もあちこち悪い。カフェの定休日は9月から木・金にする」と喚いている私も、いざとなれば燃え盛る炎の種火だけは消さないでいようと思う。

火種を維持できるエネルギーは“出会い”に負うところが大きい。
 

犬年齢で言えば14年が経過したカフェ 2007年07月09日(月)

  カフェを始めて3年半が経つと、常連犬たちにも落ち着きというか物足りなさというか…はっきり言って高齢化が目立つようになってきた。

ガーデンが泥んこになっても走り続けるわんこは今では数えるほどで、殆どの犬たちが「あんたたちいい加減にしなさいよ。走り回るのは自由だけど私たちに絡んできたり、遊ぼう攻撃を仕掛けるのはやめてちょうだい!」と、以前の自分たちの所業など忘れたかのように迷惑がっている。
飼い主が購入されるドッグフードもシニアやリデュースに替わりつつあって、このままでいくと数年後のカフェは老犬ホームになりそうだ。

そろそろ若い血が欲しいところだが、如何せんこちらも年をとってきたものだから、「ま、いっか」という本音が対策を遅らせてしまっている。
まあ、これからは加齢に伴う病気や障害、それから介護に関することをアドバイスできるよう再勉強しておこうと思う。
それと愛犬に残された時間とどのように関わるのかについても、私なりの考えと飼い主の方の多様性を踏まえたうえでの相談が受けれるよう心積もりをしておかなければならないだろう。

実際にはカフェの仲間たちが様々な情報を与えてくれるし、辛さや悲しみも共有してくれるだろうから、私はただ黙って共感していればいいのだが、経験だけは豊富だから“とりあえず心積もり”ということだ。

『犬のことより自分を心配しろ!』という声が聞こえてきそうだ…。
 

ブーちゃん 2007年07月08日(日)

  「さあ、愛犬と出かけよう!」と先日書いたら、みんなカフェ以外のどこかへ行ってしまったようで、今日のカフェは「どうなってんの?」状態。
おかげでサマーベッドでお昼寝ができた。

さて、今夜お泊りのMダックスブーちゃんは、自宅での振る舞いを正直に表現していてとても分かりやすい。
私たちが食事を始めるとその瞳は期待に満ちて、もしフリーにしたならちゃぶ台に上って食べ尽くしそうだし、Kが自室で話す電話の声に「ウーウー」と低く唸ったり時には偉そうな吠え声を上げて私から叱られている。

面白いのは、ちゃんと学習して態度を改める賢さで、我が家においてなら数日で暮らしやすいわんこに変貌できそうな適応能力を持っていることだ。

日付が変わる前のガーデンで最後のトイレに連れ出した。
念仏のように唱える「シーシーシーシー」という私たちの声にブーちゃんはしばらく動き回ってシッコをした。
途端に拍手と褒め言葉でブーちゃんは迎えられたが、すぐに今度は「ベンベンうんちうんち」の念仏に促されるように再び動き回り、一切れのビッグジョブを完遂した。

褒められながらカフェに入って、私はブーちゃんを抱き上げ、Kがブーちゃんの足を拭き始めた。
後ろ足から前足に移った時、ブーちゃんが低い唸りを上げたが、そんなのは折り込み済みである。
「アホタン!」の声と追い詰めないけど迫力満点の叱責で、ブーちゃんはカルチャーショックを受け、自分の振る舞いと叱責の意味を考えている。

さっきまでなら階段の足音というだけで唸っていたブーちゃんは、興味深げに尾を振るようになっていた。
明日も最初のような警戒的反応から始まるだろう。
だが、その後の私たちの振る舞いに観察力に基づいた一貫性があれば、ブーちゃんもすばやく私たちが求めている反応を示してくれるに違いない。

明日は看板犬のようにカフェで過ごしてもらわなければならないのだよ。
そろそろおやすみにしよう。
 

2007年7月7日パチンコサラ金 2007年07月07日(土)

  今日は777の日だ。
5年前までのパチンコにハマっていた私なら、いそいそと出かけていたかもしれない。

高校生のとき初めてパチンコをした日の夜、多くの初心者がそうであったように私も大勝ちする夢を見た。
大学時代は部活・パチンコ・麻雀・ビリヤードで多くの時間を過ごしていた。
パチンコには当時からギャンブル性はあったが、普通の人間なら身上を潰すような恐ろしいものではなく、際どい遊びだった。

しかし時代と共に、それは個人を落とし入れ、家庭を破滅させるに充分なギャンブルになった。
私自身も何度が痛い目に遭ったが、そこはギャンブル、美味しい思いもさせてもらった。
そしてそれ以上に、のめり込んで病的になっていく周囲の老若男女を意識することができたのは幸いだった。

負けが込んで青ざめながらも、どこからか軍資金を調達してくる若者。
罵声を浴びせながら自棄になって大金をつぎ込むおやじたち。
家事を気にしつつ明らかに生活費まで使い果たし、色目を使うようになった女たち。
手の震えを押さえるようにレバーを握り、訳の分からぬ独り言を念仏のように唱え、大当たりが来ようものならそのまま後ろにひっくり返って死んでしまいそうなばあちゃんたち。

その原因の半分がパチンコ自体の射幸心を煽るような技術革新であり、残りの殆どは悪名高きサラ金から名前を変えた消費者金融つまりキャッシングという政府公認の高利貸し制度だと感じていた。

あれだけ立派な建物を次々と展開し、テレビコマーシャルや折込チラシの殆どを占めるような広告を出して儲けている産業に、お上公認のサラ金が合わされば、貧弱な庶民などひとたまりもなく飲み込まれてもおかしくない。

囲碁やプロスポーツなど私が100回挑戦してもすべて負けるいわゆる決定勝負ならギャンブルにはならないが、パチンコは日に10数万円も勝てるチャンスがある非決定勝負と思われがちである。
確かにそのようなことをほとんどの愛好家は経験しているであろう。
だが、パチンコもトータルで見れば決定勝負であり、とりわけ仕事が終わって遊ぶ人や、曖昧な考えで中毒のように通っている人は負けを見るようにできているのだ。

一方で一日の時間を自由に使えた5年前、私は半年間毎月3〜40万円をパチンコで稼ぎ出していた。
あの頃の私にとってのパチンコはトータルで勝てるという決定勝負であり、原因というか流れが分かる状況が整っていたから勝てたのである。

以後、私はつきあい以外個人でパチンコをすることはなくなった。(この5年間でたぶん2回だけ)

あの状況から抜け出すのは既にハマっている人にとっては大変なことだと思う。(裏方で国も加担しているのだから)
だから、せめて自分のお金を注げる範囲でギャンブればいい。
ローンも結構いい加減だが、キャッシング(サラ金・高利貸し)なぞ一昔前なら明確な破滅への一歩だったし、システム上は今も変わりなく、ただ、政府公認で大手銀行が裏(表?)で堂々とやって、『周りのみんながやってるから怖くない』という甘い誘惑が匂う悪魔の罠であることを知っておこう。

「まるで生体販売を行うペットショップで仔犬を買うようなものである」と強引に言っても話は繋がらない…か?

過去を否定するつもりはなく、思い出しただけのことである。
だって、否定したら自分の今がないし、次には酒タバコの話に発展しちまうじゃないか!
 

さあ出かけよう! 2007年07月06日(金)

  九州では大雨が降り続き、被災された方々にはお見舞いを申し上げます。
夕べから今朝方にかけては札幌でもそこそこの雨が降ったが、農作物や家庭菜園それに自然界にとっては一息つける恵みの雨だったのが申し訳ないほどだ。

札幌は過去に一度も水不足を経験していない。
冬の間、山々に降り積もった雪が豊かな伏流水となって豊平川に豊富な水をもたらしてくれるのが最大の要因となっている。
自然環境を守り続けることで、さらに美味しい水の供給が子孫に受け継がれるよう市民としてできることをやっていきたい。

さて、昨日の定休日は岩見沢公園のバラ園へ出かけてきたが、わんこ連れが多く微笑ましかった。
ああいう場所では犬たちは随分たくさんのことを学んでいるから、夏の北海道は愛犬教育には最適に思え、「愛犬と野外に出かけよう!」キャンペーンを推進したくなった。

1.環境が良いから犬たちの心も弾み開放的になる一方で、周りには見知らぬ人間がいっぱい居て、普通なら吠えてしまう犬も圧倒されて黙っている。
つまりは身の程を知り分をわきまえる経験をしている。

2.吠えない分、冷静だから楽しみに敏感になるし、ちょっとした制御でお利口に振舞える。

3.お利口にしているから周囲の人は優しいまなざしを向けたり、あるいは一切無視して人ごみの中の一員として認めてくれ、犬はさらに行儀よく振舞おうとする。

4.そんな愛犬の一面を見た飼い主は嬉しくなって、愛犬と同伴できるテラスで食事をしたりローズソースのかかったアイスを美味しく食べることができ、愛犬は足元で周囲の人を観察し、おねだりする余裕もない。
ふと、ご主人が食べてるアイスに気づいても「今はダメ。お利口な振る舞いを続けて私を楽しませておくれ」という目配せと踏んづけられたリードで、犬はアイスを諦めざるを得なくなる。

5.最後に「お利口ですね」と声でもかけられようものなら(うちのバカ犬が?)と思いつつも嬉しさは頂点に達し、毎週のようにバラ園を訪ねるようになるだろう。

こうして飼い主には愛犬をしつけるポジティブな意識が芽生え、犬は社会見学の経験をまるで修学旅行のように積み重ね、知らぬ間に行儀作法と美味しいおやつをせしめるテクニックを身につける。

長い長い冬を越えての短い北海道の夏だ。
最高の環境の中へ、さあ、愛犬と出かけよう!
 

我が家の防災準備 2007年07月04日(水)

  どこか世間とニュースがずれているのが面白い。
今夕の天気予報で「明日の札幌は涼しくなるでしょう」と、まるで今日の札幌が暑かったように予報を伝えていた。
「え?今日もこんなに涼しかったのに?どこの話してんの、この人」

実際のところ6月の気温は高めでこの夏の暑さを心配していたが、7月に入いると「ガーデンじゃ寒いからカフェに入ってきた」という方が多くなっている。

中央での結論がすべてであり、地方での現実など意にも介されないという点において、『犬のしつけにも共通するな』とニカッと笑えた。

ところで、東海地震や首都直下型の大地震予想は恐らく大法螺(ホラ)であって、大都市に人口が集中し過ぎたため人々を地方へ分散させる手段ではないのか?と考えることがある。
そして実は都会に住む人々はそのウソを見抜いているのではないのだろうか?と錯覚してしまう。

そうでなきゃ、来ると分かっている大震災を前に子供を育てている人間がのうのうとそこで生活できるはずがないでしょ?
それとも、まるで蜜に群がるアリの様に、そこにしか蜜はないと…?
これも生きる術なのだろうか?

まさか、分かっていた大震災がやってきた時、つまり蜜の素が踏み荒らされた時、残っている人々には蜘蛛の子を散らすようなパニックに陥らない準備が出来ているとは思っているが、そんな受け入れ方だとしたらやはり驚きを感じる。

災害はどこにいても起こりうるし、予想だけであるいは現実に起こったとしても故郷や今の生活を放棄するわけにもいかないだろう。
だが桜島や有珠山のように噴火と向き合いながら、それでも生きる術を見つけてきた人々と都会のそれを同列視できるものだろうか?

今からでも遅くはない。
頭脳と命は分散し、人類継続の為に知恵と命が芽吹く基盤を整えておこう。

先週のキャンプから1週間が経って、ようやくアモの足裏が回復してきた。
ふと、車庫に積み重ねた衣装ケースを見て、我が家の防災準備が整いつつあることを感じた。
そのケースの中にはキャンプ用品であるガスコンロや調理道具、懐中電灯や雑貨に至るまで生活できる品々が揃っている。
すぐ近くには水タンクもあるし、カフェで使う食料の備蓄もある。
おまけに車庫は天井と床を合わせると5方をコンクリートで囲まれた要塞のようになっている。
後は捨てるにはもったいないと思っている衣料品を、同じく捨てられないバッグにでも詰め込んでおけば寒さを凌げるだろう。

一時的にガーデンに避難し、その後車庫にさえ辿りつければ数日はなんとかなる。
土砂崩れも水没の恐れもない地形である。
タバコと酒で命を落とすことがあっても、自宅にいる限り災害でそうはならない最低限の準備は整っているようだ。
なにより、こうやって一度文字にしてみたことで、酔い潰れた夜なら意識も戻らず死ねるだろうし、日中ならいざという時の対応ができると感じる。

そして最後はラジオから流れる情報と、現実の状況を比較して、自ら判断して行動すればよい。
的外れな天気予報が今夜は防災意識に役立った。
 

9月からカフェは木金連休だよ。最高! 2007年07月02日(月)

  夕方から涼しい風が流れてとても気持ちが良い。
ここまで今年の札幌の初夏は最高!

先日からカフェでは恒例のラーメンサラダを始めているが、暑い日にはサッパリした味で野菜などボリュームたっぷりのラーメンサラダは最高!

暑い時こそクーラーの効いたカフェで、今月のパスタである辛い『ドラゴンアラビアータ』を汗をかきながら食べるのも夏バテ対策には最高!

何もかも最高!の状況が整って、後はそこそこのお客様に来ていただければ何も言うことはない。

実は我が家の愛犬アモの治療が終わり、機能的にも年齢(6歳)的にもしっかり動き回れる条件が整った今、私たちは彼との生活の時をしっかり刻み、楽しんでおきたいと思い始めている。
先週のキャンプも楽しかったけど、それはようやく調整して作った久しぶりの連休のおかげでもある。
だから、あんなことがいつでも可能になるよう、世間並みに『カフェも週休2日制を』と考え始めるようになったが、実現すればこれまた最高!である。

そこそこの生活すらできるのか不安もあるけれど、残された人生に悔いを残さないためにも、9月辺りからカフェは木金を連休にするプランをたった今思いついた。

組織で働いていた頃は“企画書とか伺い書”が必要でその後にさらに複雑な決済を要したが、今の私は自由の身である。
どうやって広報するかが問題だが、2ヶ月の猶予があるから何とかなるだろう。

♪ええことええこと思いついた。チコたんチコたんエビ好き言うた・・・。ほんならほんならチコたん好きなエビ・カニ・タコだけ売ったらええねん。ほんまにええこと思いついた。ヤッホーヤッホーヤッホー!♪
 


- Web Diary ver 1.26 -