From the North Country

ご苦労様でした 2007年08月24日(金)

  来週からは木曜に加え金曜も定休日となるため、今日が金曜日としては最後の営業日となった。(もっとも祝祭日の場合は営業いたしますが…)

私にとっては生まれて初めての確定した週休二日制度だ。
お泊り犬はこれまで通り受け入れるから、毎週必ず気儘に暮らせるというわけにはいかないけれど、気分的には随分と違う。
営業しながらのお泊り犬管理には結構気を遣わなくてはならないのに対し、休みとなれば一緒に昼寝も出来るだろうからその差は大きい。
この制度を維持するためにも週5日はそこそこ頑張ろうと、勤労意欲が沸々と湧き始めてくればいいなと思う。(大丈夫か?)

さて、今週は盲導犬のパピーウォーカーの方がトータルで5組カフェに来られていた。
一年間共に過ごした愛犬との別れが来月2日に迫っているから、最後の思い出作りのひとつとしてカフェを選んでくださったようだ。
「一年間ご苦労様でした」
苦労も楽しさも一杯あったろうけど、ともかく無事に育て上げられたことにねぎらいの言葉を差し上げたいと思う。

それぞれの愛犬が今後どのような道を歩むかは分からない。
くしくも知床ではカラフトマスが産卵のために遡上を始めている。
すべてのマスが目的地まで辿りつくことは出来ないけど、すべてのマスがいたからこそその一部が目的を達成することが出来るのである。

勿論、盲導犬候補犬の場合はたとえ審査に合致しなくても家庭犬としての生活が保障されているが、すべての候補犬たちのおかげでその中から真の盲導犬が誕生し、そのご主人となる視覚障害者の人生を支え共に楽しく暮らす未来へと繋がっているのだ。

「愛犬と別れるのは辛いでしょうね」
そんな甘っちょろい感情じゃないないのですよ。
もっともっと壮絶な葛藤がパピーウォーカーにはあるのです。
だからこそ愛情に満たされた彼らの愛犬の瞳は輝き、盲導犬使用者の心を突き動かし、共に支えあって希望に向かう勇気を湧き上がらせ、日々の小さな出来事に心からの喜びを感じることが出来るのです。

盲導犬にラブラドールを使っているのは、環境の変化にも適応できる特性と、受け継いだ愛情をしっかりと受け止め人に対して注ぐことが出来る天性の能力を備えているからである。

大丈夫。
パピーウォーキングプログラムを経た犬は何処ででも幸せをもたらす珠玉のパワーを備えているから。
 

家庭犬の条件 2007年08月22日(水)

  この1年ほど前から私の考え方が明確になっている項目が少なくとも二つある。
どちらも愛犬相談を受ける時の条件だ。

ひとつは、去勢していないオス犬の訓練は引き受けないこと。
未去勢のオスで、不特定多数の他犬と出会うカフェやペンションなどでも問題なく暮らせる犬の割合は5パーセント以下だとの経験則がある。

・トイレのしつけがうまくできない
・歩行中匂い取りばかりしている
・曳きが強い
・他犬意識が強くて散歩が大変
・攻撃的な面がある
そんな相談を飼い主から受けても、「未去勢なら私には訓練できません」とはっきり答えるようになった。(出来ないわけはないのだが、やりたくないというのが正直なところ)

犬は去勢されていなくても様々な訓練が可能だ。
例えば警察犬・災害救助犬・各種訓練競技犬…
でも私が現在行っている訓練と飼い主の方が求める理想像は“何処にでも連れて行ける暮らしやすい家庭犬”であって、それにはオスの場合盲導犬と同様に去勢が絶対条件であり、社会的に『凄い!』と評価されてる前述の使役犬などは指導手の手腕によるところが大きく、とてもドッグカフェでのんびり、なんてことはまずないのだ。

本能によって内から込み上げてくる押さえきれない欲求に根付いているかもしれない問題に対して、どうして完全に止めさせることが出来よう?
根源となるものを除去せずに、本能的行動を抑圧するのは理不尽だし虐待ともいえ、逆に去勢してあるのなら遠慮することなく犬に精一杯教えることが出来る。

だから私はいつも言っている。
あなたはどんなスタンスで犬と暮らしたいのかをはっきりさせなさい、と。
1.繁殖犬・ショードッグなど繁殖機能が不可欠な犬と暮らしたいのなら、マーキングなどトイレの完全なしつけは諦め、ドッグカフェなど不特定の犬が集まる場所は避けるか寛容な店を探すしかない。
2.暮らしやすい家庭犬を望むなら、生後6〜8ヶ月を目処に去勢するのが私の世界では常識であり、それを過ぎてから問題を抱えた方も、年齢にかかわらず何はともあれ去勢しないことには訓練のスタートラインにも立てない。

二つ目はやはりハーネス型胴輪の問題である。
小型犬のみならず最近では大型犬にも使用されているが、この商品について私の独断とするところは、コントロールの放棄の象徴であり、しつけも出来ていない犬にこれを着用するのは『私は愛犬に負担がかからぬことを第一義とし、そのためには制御を放棄して、私がすべての負担を肩代わりし気を配りつつ社会参加を目指します』と宣言しているような代物だ。

だから「困っています」という相談者には、「まずは首輪をしないことにはどうにもなりません」
と、はっきり伝えるようになった。

最後に、5パーセント以下の確率であるが未去勢でも、そこそこOKなワンちゃんはいるものだ。
でも私が次にオスの仔犬を飼ったとしたら、そんな博打には決して出ないと断言できる。
 

お泊り料金改定のお知らせ 2007年08月21日(火)

  先週の猛暑の4日間ほどではないが、また暑さがぶり返してきた。
昨日から小学校は新学期が始まり、窓を開けたまま寝ている私は通学途中の子供たちの声が目覚ましになる日々が始まった。

「うちの子は朝5時前には起きて騒ぐんですよねぇ。仕方ないから早朝散歩が日課になっています。」
そんな嘆きの声を聞くことがあるけれど、決して犬は早起きの動物ではない。
飼い主の生活パターンが早寝早起きを作り出しているだけである。

その証拠に、我が家でお泊りする犬たちは初日こそ早起きする子はいるものの、2日目からは『もう少し寝かせてもらえませんか?』と寝坊の私が起きてからも迷惑そうにしている。
日中はカフェで過ごし、夜は遅くまで私に付き合っているのだから仕方ない。

『豪華個室。エアコン・テレビ・イタリア製ベッドに監視カメラ付で安心』
そんなことを謳い文句にしているペットホテルもあるが、要は豪華個室という名の独房に閉じ込めているだけのことで、それはそれで依存心の高い犬には良い社会勉強にもなるけど、犬によっては体調を崩すことも多いそうだ。

「ホテル代よりも引き取った後の治療費の方が高くついてしまいました。」
そんな話はしょっちゅう耳にする。

だから…というわけではなく…
実は…誠に申し上げにくいのですが…
『カフェは9月から実質的なお泊り料金の値上げをすることになりました』

1.犬種にかかわらず1泊5000円は変わりません。
2.ただしそれは、『午前預かりで午前引取り、あるいは午後預かりで午後までの引き取り』の場合に限らせていただきます。
3.(ここがポイント!)午前預かりで午後引取りの場合は1000円プラスさせていただくことになりました。
諸般の事情をご拝察のうえ、よろしくご理解賜りますようお願い申し上げます。

何しろカフェは来週から木曜に加え金曜日も定休日になり、尚且つこの厳しい世界で生き残りをかけて営業を続けていかなくてはならないのであります。
どこかで、チマチマと地味〜に稼がないと…ね。

大丈夫。
この先経営が行き詰った時に値上げするのは、お泊り料金じゃなくて、何か別の物で考えるようにしますから。

「値上げは仕方ないにしても、何かサービスを向上させれるものはないかな?」
「うちのサービスはいつも出来る限りのことをやってます」
そりゃそうだ。
 

お散歩ツアー 2007年08月19日(日)

  「散歩でしょ?一緒に行ってもいいかなぁ?」
カフェの閉店時間までおられた黒ラブ/レオの飼い主K田さんが声をかけてきた。
「もちろんですよ。一緒に行きましょう!」
私たちは店内清掃もせずに準備を始めた。

「アモちゃん、ベンベンして」
駐車場でKが声をかけると、10数秒でアモが排便を始めた。
「凄いなぁ。言えばすぐにしてくれるんだもんなぁ」
K田さんは感心しておられた。

実は今では私が指示をしても、散歩前のアモは滅多に排便をしてくれないのだけど…

盲導犬の訓練では歩行前の排泄は基本中の基本であるから、当然それを教える技術を私は持っている。
でもそれは盲導犬だから教えておいたことであって、目が見える私が一緒に歩いているのだからいつでもちゃんと処理できるし、アモも『出先の道端で開放感を味わいながらウンチすると、気持ちいいんだよなぁ』と私に訴えかけるから、今ではアモにとって私はとても使いやすい飼い主になってしまっているということだ。

でもKは違う。
「散歩先でウンチを拾うのも、それを持ち運ぶのも嫌だからね!さっさと済ませなさい!」
まるで訓練士のように一貫して毅然としているから、アモは盲導犬のように忠実に従っている。

今夜引取りのMダックスも一緒に散歩したのだが、飼い主と歩くと他犬を見ては吠えるというわんこも私たちと歩くと吠えることなく、一心不乱に尾を振り振り先を急いでいる。
その気持ちを言葉に表すと
「玄関過ぎたら2分でごはん。玄関過ぎたら2分でごはん。」
と、『ともかくこの散歩が終わらないと夕食にありつけない』との思いがしっかり表れている。

人気のない道路や公園ではアモをフリーにし、誰かを遠くに発見したらアモが止まるから呼び寄せてリードを付ける。
K田さんには、そんな私たちのいつもの散歩の様子が勉強になっているようだった。

これってカフェの新しい名物になるかもしれない。
 

やっかみか? 2007年08月18日(土)

  年末年始、ゴールデンウィーク、お盆などの帰省ラッシュに巻き込まれたり、混み合う観光地やキャンプ地に飛び込んだりした経験が私にはない。
30年以上、そんなときは仕事をしていたからだ。

どこかへ出かけるのは世間が落ち着いてから、というのがこれまでの生き方だったし今でもそれが当然と信じ込んでいる。
失礼ながら、30キロの渋滞と分かっていながら高速道に進入する気持ちと事情がうまく飲み込めない。

たぶん、年末年始・GW・お盆は全社あげて休日になるから自分だけ出社して仕事をし、別の日に代休を貰っちゃいけないのだろう。
でも、ちゃんとした会社に勤めていれば有給休暇だって制度上の休暇だって取れるんだろうし、ちゃんとしてない会社ならなおさら仕事さえしっかりやれば結構融通が利くはず。

実際にはやらなかった(できなかった)ことを今になって言うのも変だが、もし子供たちがどうしても東京ディズニーランドへ行きたいと言ってたら、6月か10月頃の平日に休暇を取り、子供たちには学校を休ませて出かけたに違いないと思う。
帰省やお墓参りは両親と先祖には申し訳ないけど年末年始とお盆だけは外していたと思うし、GWの行楽や夏のキャンプは人が大勢集まらないところを選んでいた。

変わり者なんでしょうな。
私には1時間並んで遊具に乗った満足感を想像できないし、大渋滞でイライラして不愉快になる可能性を知りながらチャレンジする気もないし、せっかくの休みだからのんびり楽しみたいという思いが働く。
2年に一度の休みでもいいから、どうせ休むならそんな休暇の取り方を選ぶ。

何かに乗せられ踊らされた休みなぞに興味はない。
遊びの前は綿密な計画が楽しく、そのうえでの『後は野となれ山となれ』のフレキシブルな変化が楽しい。
渋滞や混雑は最初から想定の範囲には入れたくない。

ともあれお盆休みが終わり、皆様お疲れ様でした。
ぼちぼち私は初の4連休の計画に取り掛かろうとワクワクしている。
 

涼やかな風 2007年08月17日(金)

  「涼しいですね」
今日のカフェではそんな言葉が挨拶代わりになっていたが、夕食後の我が家では
「どっか窓が開いてるんじゃない?」
「寒過ぎるよね」
先日までの酷暑の時とはうって変わった嬉しい言葉が交わされるようになり、お盆と共に4日間の北海道の厳しい夏は過ぎていった。

お盆休みを利用して帰省中のご主人と愛犬のMダックス/はいじを伴って家族旅行に出かけて来られたMさんから、私とKが喜びたくなるお話があった。

私が喜んだのは
「十勝のラーダ・ニーバ(愛犬と泊まれる草原のペンション)に行ってきました。心配してたけど、はいじはとってもおりこうで、オーナーさんからは「この子なら何処に連れてってもOKでしょ!」って褒められたんですよ。」という話だった。

はいじは他犬に対して吠え立てるようなわんこだったが、カフェに通うようになってからどんどん良い子に変わってくれた代表格でもある。
兄弟犬のベルと共に成長して“暮らしやすい愛犬”に育ってくれた。
厳しく叱った時期もあったけど、Mさんはその対処法をちゃんと受け入れ学んでくれた。

Kが喜んだのは、単身赴任のご主人が“今月のパスタ”を食べた後の一言だった。
「今は東京の青山にいて、近所には五指に数えられる有名なイタリアンレストランがあり、そこも勿論美味しいけれど、今日のパスタはとてもオーガニックな感じがして胃が弱い私にはとっても優しく美味しく感じられました。」

私とKにとっては、今日の涼しさ以上に蓄熱された夏の身体に涼風を吹き込んでくれた最高の癒しの言葉だった。
 

8月31日から定休日は木金です。 2007年08月15日(水)

  今夜はお知らせとお願いです。

・9月からカフェの定休日が木曜と金曜になることは、常連の方々やネットをご覧の皆様には既にお伝えしたところであります。
・さらに9月1日(土)2日(日)は佐呂間町のかぼちゃ祭りへの“地方巡業”のため臨時休業することも同様にお知らせしてあります。

ところが、ある方から助言を頂き、ふと、カレンダーを見ながら考えてみると、8月31日の金曜日を臨時休業にすれば、な、なんと開業以来初めての4連休を取ることができることに気づかされたのです。

で、誠に申し訳ありませんが…
『カフェの定休日変更は9月からではなく、8月31日から木曜および金曜日の二日間』と訂正させていただきます。
お知り合いの方には口コミでお伝え下さいますようお願いいたします。

カフェでの掲示やネットも見ていない方で、これらの日にカフェを訪ねてくださる方々には、ここに予め深く心よりお詫び申し上げます。

それにしても今日は暑かった。
輻射熱を少しは受ける日陰に設置した温度計(つまりは日陰での体感温度)は一時39度を示していたし、陽の当たるガーデンに置いてみた温度計は5分で50度を越えて計測不能となった。
人間の生活には関係のない風通しの良い床下での最高気温が34度だったので、これが天気予報の気温と合致したが、実態温度とはかけ離れた凄まじい4日間だった。

3年前の猛暑のとき、釧路市では『6台ものエアコンが売れた』とニュースになっていたが、初めての猛暑日を迎えた今年は一体どれくらい売れたのだろう?気にかかるところだ。

明日からの北海道は凌ぎやすくなるそうだ。
この欄をお読みの皆様、残暑お見舞い申し上げます。
 

本気度 2007年08月13日(月)

  もうすぐ日付が変わろうとしているが、暑くて眠れないので書くことにした。

今夜、我が家には愛犬アモと身内のチワワらむがいて、この二頭にかけたある言葉に対するそれぞれの反応に、犬というものの側面を見ることができるので紹介しよう。

二頭にかけた言葉とは「おいで」である。
状況としては、夜の最後のトイレをガーデンで済ませ、カフェに入って足を拭くために呼びかけた言葉だった。

育ちの良いアモはもう眠くて仕方なかったので寝室へ早く戻りたかった。
らむについては注釈が必要となる。

らむは、可愛いというだけでペットショップから買い取った安易な人間が、『ペット禁止』のマンション規約で手放すという筋書き通りの不遇犬となり、見かねたMちゃんが引き取った素性の知れないチワワである。
案の定、シッコはたれるは吠えるは人を齧るはの問題犬だったが、Mちゃんの愛情に包まれて幸せに暮らすことができるようになった。

だが、犬が幸せに暮らすことと“いい子”になることは別物で、私はらむが“ちゃんとした愛犬”になるように時々関わってきた。
・排泄のしつけ
・吠えないこと
・身の程を知り分をわきまえ、人を尊重して反抗しないこと
が主題である。

たとえ血統的に受け継がれている警戒性であっても、それを最小限に抑えるために、私流の“厳しくも追い詰めず、誘導しながらも相手に考えさせる余地を与える接し方”をしてきた。

さてその結果、あれほど吠えるらむが今日一日誰に対しても一言も吠えず、トイレの失敗もなく過ごしていて、今日のクライマックスの『おいで』の瞬間を迎えた。

「おいで」と声をかけるとラムはある程度(約50センチ)の距離を置いて固まってしまい、次の行動をどうするべきか戸惑っていた。

らむはとても良い反応を示していたと思う。

おやつに釣られたり、楽しさや興奮の最中の「おいで」ではなく、状況的にはシビアでどちらかと言えば従いたくない雰囲気での「おいで」に、彼は逃避や無視ではなく緊張を持って次の振る舞いを考える犬に成長していたのだ。

だから夕方の散歩では誰もいない場所ではフリーにして歩かせることができたし、私自身、らむは難しい犬とは思っていても充分に愛犬にできる楽しいチワワだと思っている。

一方のアモはというと、眠くて仕方ないものだから「おいで」の意味を知ってるのに、まるで人の子のように無視を決め込み反応しない。
それでも私たちも普通に語りかける。
この時アモは私たちの本気度を測っているのだ。

人が本気でないと感じたなら犬は無視することで主張する。

ごめんなさい。
急にアルコールが廻ってきて書けなくなった。
文章として機能しているかの、読み返しもまともにできない。
暑さに加えてそんな状況なんで今夜は失礼。
 

暑さのサバイバル 2007年08月13日(月)

  『ウソだろ、これはないよ。』
日中のガーデンは34度。
夜の室内はたぶん25度以上。
北海道とは到底思えないような熱波が襲ってきた。
地球温暖化とはこういうことなんだ!
冷房がなければ過ごせないような夜が北海道にまで到達している。

クールビズを実践してエアコンの設定温度は28度なんて本州では言ってるが、そんなことやってるところがほんとうにあるのだろうか?
北海道ではあり得ない。
設定を28度にすれば、夏でも暖房が働いてしまうと笑っていたら、今日は冷房を最大にしてもカフェは冷えないというしっぺ返しを受けた。
もともと室内の広さに対応していない小規模なエアコンでこれまでは充分機能していたから、本当の暑さには対処できないのだ。

明日はこれ以上の気温だという。
地球環境には申し訳ないが、明日が今年の夏のピークだと思っているので、水不足の心配がない札幌だから水をふんだんに使ってでも何とか凌ぎたいと思っている。

ごめんね。
できるだけ電気を使わないために、お金をかけてでも水を使わせてもらうからね。
福岡生まれで盆地の奈良育ちの私ではあるが、30年以上の北海道暮らしで、情けないけど暑さには耐えられない身体になっている。
私にとってはサバイバルであり、とにかく明日を倒れずに過ごしたいのでご容赦あれ。
 

セミの音の記憶 2007年08月11日(土)

  いろんな所からきのこが生えてきそうな、そんなじめじめした日々が続いている。
北へ押し上げられた梅雨前線が北海道に停滞して、今年の夏中盤は前半とはうって変わった熱帯雨林の様相だ。
それでも本州のように気温が37度なんてことはあり得ないし、夜にはカラッとした冷風が吹き込んでいるのがせめてもの救いである。

ガーデンのニセアカシアには今年一番のセミの鳴き声が響いていた。
そんな時は子供の頃、世話をしていた野良犬たちにセミやザリガニを取って来ては食べさせてたことを思い出す。
残飯だけでは足りないので苦肉の策で考えたのが自分たちで調達できるセミとザリガニだった。
さらにもし本気になれば川魚を釣り、貝を集めてくるつもりだった。

玉ねぎがダメだとか栄養素がアンバランスなんてそんなことに頭を巡らせることなぞ寸分もなかった。
犬たちが生き残れるなら食べるものは人糞でも虫でも何でも良かった。

戦後生まれの私は幸いにも飢餓を知らないが、犬たちを通じてそれを克服する努力をした記憶がある。

私が生まれた、たった8年前が終戦であるのに戦前戦中のことを当時は大昔のような話として聞いていた。
8年というのは今になって思えば阪神大震災や新潟沖地震のように最近の出来事だったのに、当時は精神的復興が速いというよりも過去にこだわるより今を生きることに一所懸命だったのだろう。

セミの音が最盛期を迎える頃には子供の頃の記憶がふと蘇る。
 


- Web Diary ver 1.26 -