|
雪こそ積もらなかったものの寒さは半端じゃなかった。 真冬日初日ということに驚くより最低気温の低さというか空気の冷たさにあせってしまう。 そんないきなりの寒波だった。
幸いカフェには明るい日差しが降り注ぎ、ストーブの暖かさに包まれてのどかな時間を過ごすことができた。
「お父う、海外に旅行に行こうと思ってる」 娘がそんなことを言ったのは初夏の頃だったろうか。 デザイナーの卵として働き始めて数年しか経っていない。 「仕事は?」 「今の会社は辞める」 「ふぅーん。なんか目的でも?」 「いや、べつに」
三人の子供の中で一番しっかりしている愛娘だし、なにより私は子供たちが何かを始める時(普段のしつけのことは別にして)「それはダメ」と言ったことがない父親だ。(過去には思春期の娘に対して一度だけあるが…) 勿論、親として心配なのは当然だからいつもネガティブな質問ばかりして「お父うは反対ばかりする」と誤解されることもあったが、基本的には自分の考えで行動することには賛成であり、ネガティブなことを言うのは本人の本気度とそれなりの心構えと準備ができているのかを確認するための親として当然の作業だった。
その娘が今日次男と一緒にカフェにやってきた。 「はい、これ」と渡された旅程表を見て私は目を疑った。 初めて海外に出るというのに、そこには53日分の大雑把な行程が書かれてあったのだ。 「こんなに?」 「そう」 「ツアーか何か?」 「いいや」 「誰と?」 「ひとりで」 「英語話せたっけ?」 「いや。まあ少しはね」
フィンランド・スウェーデン・オランダ・ドイツ・チェコ・イタリア・スイス・フランス・スペイン まあこれだけ周るのなら53日ではなく53年少なくとも53ヶ月でも必要だと思われる国名が並んでいたが、紛争国が含まれていないことに少しホッとした。
「たぶんトラブルがあってこの通りにはいかないだろうし、その時はアレンジすることになるけど何とかうまくやってくるよ。携帯は持っていかないからインターネットカフェがあればメールする」 娘はそう言ってくれたが、旅の途中で誰かの為にお土産を買ったり家族に連絡することほど面倒に感じるものはないことを私は充分に知っている。
私の専門は犬であるが、長い目で見れば人間の血も争えないことを改めて感じ始めた。 明日の天候が穏やかであることを願い、 『Otou,genkika? Sana wa ma-ma-』 そんなメールすら娘には負担であることを知りつつ心待ちにする日々が続きそうだ。 そして来年1月11日に無事帰札できることを心から祈り続けている。
|
|
|