From the North Country

それでも北海道がいい 2007年04月14日(土)

  朝起きたら積雪3センチ
その後も一日中みぞれのような雪は降り続き
夜半のガーデンは冬の積雪状態で、地面はどこか遠くへ消えてしまった。
また振出である。

「今日は24度でした」
一週間前、単身で東京に転勤になったMダックス/きくちゃんのOさんからメールが届いた。
名寄、苫小牧、富良野と一年ごとに道内の建築現場を回った挙句、「この年で今度は東京か」と虚空を見つめながら深いため息をついての出発だった。
「これからの灼熱地獄を思うと ぞっとします 」とも書かれてあった。

東京を目指す人も多いけど、Oさんや私のように『冗談じゃない!あんな都会』という人間からすれば、今日の雪をぼやいている方が幸せに思えてきた。

数日前北海道新聞の折込生活情報紙でカフェの紹介があってから、新規のご来店がちょこちょことある。
この、『ちょこちょこ』というのが嬉しい。
『新聞に出たら、どっと客が押し寄せ行列を作るのが東京』
『新聞に出ても、ちょこちょこ、じわーっとが北海道』
というのが私の勝手なイメージかもしれない。

小さなカフェだし、良くも悪くも大きな変化は望んではいない。
東京の晴天と気温24度はちょっと羨ましくもあるが、その後に長く続く30数度を考えると、やっぱり今日の雪のほうが我慢できる。
“生き馬の目を抜く”ような抜け目のない素早い社会や人の生き方は、その先に灼熱地獄があるようでどうも性に合わない。
 

攻めの訓練と逃げの訓練 2007年04月13日(金)

  とある愛犬雑誌の今月号に、散歩中他犬を見て吠える飼い犬の対処法が書かれてあった。

1.犬よりも先に飼い主が他犬を発見すること。
2.急いで横道にそれるか、それが出来なければ自分が楯になって他犬が見えないようにし、食べ物を与え続けて気づかせないようにする。

最初は笑い話かと思ったが、どうやら大真面目のようだ。

そして夕方の散歩の時、前方から歩いてくるサモエドの飼い主(娘さん)を見て
『そうか、あの子は1年も前からそれを実践していたのか』と納得した。
他犬の姿を見ると慌てて走り出して姿を隠してしまうのだが、冬の間は相当苦労していたようだ。
何しろ除雪された歩道はようやくすれ違うことが出来る幅しかないうえに、道路の反対側に渡ろうにも雪山が高く積み上げてあるのだから、逆走するか膝上まで雪に埋もれて雪原に避難するしかなかったのだ。
そんな状況だからサモエドの視界から他犬を見えなくするなど不可能であり、吠え立てる犬をへその位置で押さえるのが精一杯のようだった。

1年経っても何も変わってはいないのが気の毒。

“犬よりも先に飼い主が発見する”こと、あるいはそのような習慣をつけておくことは犬と歩くときには重要であり常識ともいえる。

・拾い食いをする
・枯葉など動くものに反応する
・人や犬を見ると急に引っ張り出す

もしこれらのことが緊急地震情報のように数秒前に分かれば対処の仕方もあろうから。

ただ飛躍した極論で批判もあろうが、
・拾い食いをするような物が落ちてない所を歩きましょう
・枯葉など突然動くものがあるような所は歩かないようにしましょう
・人や犬を先に見つけ、誰もいない道に逃げ込みましょう
という発想はどうかと思う。
これらは手の施しようのないバカ犬か病気の犬の飼い主に対する緊急避難であって、健全な犬に対するしつけなんかではないと私は思う。

『お前は悪い子だ!』と犬を責めるような訓練法を対極に置き、一方に問題行動を一種の病気と捉え医学や行動学によって治療しようとする概念は充分に理解できる。
問題行動解決にあたってまず考えなければならないのは、その行動が心身の健康状態に起因していないかどうかを知ることであるからだ。

ところが、何でも病気にしたがる現代社会で流行って過剰ともいえる“心のケア”のように、見せかけの愛情(この概念さえ念仏のように唱えていれば誰も傷つかず、いいことしてる気分)に溢れた発想が、ペット社会にも飛び火しただけでなく、どこか極右の動物愛護精神と相まって、本来シンプルであるはずの人と犬の関係を複雑にしてしまっている。

吠えるにはこうしましょう。
引っ張る犬にはこうしましょう
拾い食い・咬む犬…こうしましょう。
どれも心を説かずより安易な手法を無責任に羅列するだけなのに、マスコミや愛犬家には評判がいい。

ならば問う。
吠える犬の飼い主さん。本当に吠える以外の問題は抱えていませんか?

健全な犬であれば、どんなに多くの問題を抱えていても根っこはひとつかふたつ。
とてもシンプル。

ただ、残念なことに現代の風潮の中で人々はその根っこを見ないで済む方法がお好きなようだ。
そして何かを失っていくのだろう。
 

老犬の入り口 2007年04月11日(水)

  14歳柴犬の吹雪が先日からお泊りしている。
お預かりしたドッグフードの臭いを嗅いだ途端に食欲は失せ、足元がおぼつかないのは老化のせいなのか栄養不良なのかと私は判断しかねている。

ただ私もKも吹雪への対処法は最初から決まっていて、それは老犬に対してのものであり、今後を考えた『しつけの範疇』ではなかった。

つまり、与えられた食事を食べないのはグルメや甘えであるという発想を捨て、今の体質に合わず身体が受け付けないから拒否していると理解することにした。

だからと言って私たちが食べるものを与えていては、美味しいだろうけれど塩分が多すぎるしバランスも悪い。
何より本当のグルメ犬にしてしまう危険性があるので、基本的には『わんこのごはん』から外れないよう注意している。

挽き肉をまぶしてもとにかくドッグフードを含めるだけでそっぽを向いてしまう吹雪。
恐らく1週間与え続けても彼女は食べず、衰弱を選択するとみた私は、鹿肉とラスクそれにヨーグルトを与えると8割を食べた。
次に与えた同じ食事には反応しなかったので、やはりグルメなのかもしれないという思いと、食事は日に一回の体質になっているのかもしれないという考えが交錯している。

どちらかといえば犬たちに厳しいスタンスをとる私であるが、
・話し声が聞こえないのか声をかけても反応はなく、
・口笛を吹くと雷が落ちたようなびくつきを示す
そんな年老いた吹雪にちょっとした贅沢気分を味合わせてやりたい思いでいる。

その先にはもっともっと予期せぬこともあるのだが、まずは老犬と暮らす入り口の一部を書いてみた。
 

我をなくし意味不明なことを書いてしまった 2007年04月10日(火)

  こんなことは何度も書いてきたからもう書きたくないのだけど、『週間天気予報』ってエイプリルフールだけにして欲しい。

毎日毎日ウソの未来予報を公共電波を使って流し、人々をたぶらかし、一喜一憂させて何が面白いのだろうか?
分からんものは分からんと正直に告白し、『皆さん、西の空を見よ』といって、空の見方や気圧配置と上空の気温それに雲の様子を淡々と実況してくれた方が余程ありがたいと私は思う。
短波ラジオで流している情報を伝え、そこから得られる様々な解析の仕方を解説し、聞いた人たちが予想できるような天気報道であって欲しい。

確率での表現が免罪符になっているとでも思っているのか、本当にいい加減な予報が目立って腹立たしい。
とりわけ春と秋の予報が難しいのはみんな知っていることなのだから尚更週間天気予報は自粛すべき季節だと思う。
せめて『ごめんなさい、昨日の週間予報とは違ってしまいました』の一言が何故言えないのだろうか?
特別番組/欄まで作って自社の不祥事の言い訳を横槍なしに放送/掲載することが出来る会社なんてマスコミ以外にはないことを傘に着ているとしか思えない。

『長崎め、今夜はずいぶん苛立っておるな』
そう思われるかも知れないが、実は嬉しいことが1杯だから心のたけを書くことができるものなのだ。

嬉しいこと
その1.
20年以上前、私が盲導犬と暮らすことを勧めた女性から今日メールが届いたこと。
松山千春の古里である足寄町に私が初めて出張し、そこで暮らすKさんに盲導犬の説明をしたのは20数年前。
彼女の家の前にあった踏切には『K踏切』と自分の家の名前がつけられていた。
そして泊まった旅館で出されたお吸い物には、今では絶品と評されるタチの白子が入っていたのに、私はそのグロテスクな姿を見てすぐにふたをした。
生まれながらにして目が不自由だったKさんが、今では盲導犬と自由に歩き、その盲導犬は仔犬時代に何度もパピーウォーカーとカフェに来ていたノルディーであることを知りさらに嬉しくなった。
ましてや全盲の彼女がパソコンを使って私に「覚えてますか?」と誤字の少ないメールをくれるのであるから嬉しくないはずはないのだ。

その2.
わざわざ釧路からI夫妻が訪ねてくれたことや、テレビで『ベーブ』が放映され、原語で楽しみながらその映像は勿論、撮影スタッフの手法に改めて感心したこと、それにKと夫婦観や人生観について話し合えたことなど、すべて取りまとめて楽しい時間であった。

カフェの明日を占う予報士などいないから、想定外のことがあっても楽しいし、自ら学習して独自の素案をすばやく練り上げることが出来る可能性が残されている。

長い時間を経ても、人を基本にしてコミュニケートできる人生を歩んでいけるかどうかが、いつの時代も問われているのだろう。
 

安らかにジャスミン 2007年04月08日(日)

  書かなければならないテーマを以前から抱えているのだけれど、まだ書けないでいる。
いや、たぶん大筋のことは折に触れて書いてきたのに独立したテーマとして扱えないだけだ。

何の話か分からなくて申し訳ない。

我が家の初代看板犬スーの母親ジャスミンが昨日亡くなった。
盲導犬の繁殖犬としての役目を担ったゴールデンレトリーバー、13歳だった。

『老老介護だよ』とつとめて明るく奮闘していたI夫妻には心からのお悔やみを改めて申し上げます。

長い間の闘病と介護だったのに、よりによってご主人が東京から札幌に出張した途端に逝ってしまうなんてジャスミンも最期にしゃれたまねをしてくれたものだ。

きっとジャスミンには『父さんに私の最期を見せたら取り乱して収拾がつかなくなるよね、母さん』と女同士の取り決めがあったのだと私は踏んでいる。

「ジャスミンが死んじゃったよぉ!なんで肝心なときに居てくれないの!」と悲しみとやるせなさの矛先を父さんに向けた母さん。
驚き悲しみ衝撃で我をなくし「すぐ帰る!」という父さんに
「明日の仕事が終わってから帰りなさい!」と既に女の気丈さを取り戻した母さん。

おかげで父さんと私は夕べ弔い酒をじっくり飲むことができたよ、ジャスミン。
君の父さんはさすがに酔えなかったみたいだけど、僕の方はすっかり意識不明に陥るまで飲めたよ。
2年ぶりの再会だったしね。

君と母さんのところにも獣医さんや盲導犬ユーザーはじめいろんな人が駆けつけてくれて盛り上がっていたみたいだね。
明日父さんが帰ったら崩れ落ちてしまうだろうけれど、そのうちちゃんと立ち直れるようにしといたからね。

たくさんの思い出と子供たち、とりわけ私たちにスーを授けてくれてありがとう、ジャスミン。
天国でスーたちが待ってるよ。
安らかに。
 

不明確な意思と意図 2007年04月06日(金)

  毎日のように小雪が舞う中途半端な春の訪れに風邪をひいてしまった。
インフルエンザのようにドカーンとくるのではなく、じわじわと喉と鼻の奥を痛めつけられているから、くしゃみをするたび擦り傷のように痛む。
鼻から焼酎を飲んで消毒するわけにもいかず全く困ったものだ。

さて、今日数ヶ月ぶりの来店となるシェルティーのレッスン依頼があった。
『はては元の状態に戻って、くるくる回ったり車に吠えかかって困り果てているな』私はそう直感した。
間も開きすぎているし、ワンちゃんも私が教えたことを忘れてしまっている可能性もあった。

ところがいざ歩き始めると、シェルティーは冷静で、歩行は以前よりもむしろ良くなっていた。
車に対する不安はあるのだが、取り乱しそうな気持ちになっても私の堂々とした振る舞いを見て安心し自重し「これでいいんですよね」と語りかけている。

同行していたご主人はその様子に驚き、「いつもとは全く違います。冷静ですよねぇ」と感心されていた。
感心されても意味を持たないので、私は頭を巡らせながら説明を始めた。

1.くるくる回ったり車に吠える傾向はシェルティーには多くあるものです。
2.だからといってそれを放任すれば、さらにエスカレートし、楽しいはずの散歩が苦痛になってきます。
3.これらの行動を『興奮した状態』と捉え、冷静にさせるのが制御です。
4.レベル5の興奮に対してはレベル6の冷や水を浴びせ、立て続けの制御を行いながら、こちらの無言の意思が伝わったかを確認し、「えらいぞ」で次にすすむ。

と、まあいつものセリフであったが、違うことは心構えについて話したことだ。

・私は犬に対して、『楽しく暮らしたいから、絶対きちんとさせる』と割り切ることが出来る。
・一方、仔犬の頃から育て、情が移った飼い主はついつい手心と物分りのよさと思い入れと妥協と最後に諦めが絶対的にある。
このことが様々に影響を与えてしまう。

例えば他人である私に対して、犬はある程度の緊張があるから制御に敏感に反応するが、飼い主が同じ制御をしても『愛情もどき』のクッションがあるので、犬に同様に伝わることがない。
ましてや『だめ、いけない、ノー』という聞き慣れた声を聞いて犬は励ましを受けた気分になってしまう。

制御とは物理的力の強さでだけでなく、しっかりした意思であり意図するものを示しているかどうかが影響している。
よく『気迫』と表現されるがこれは少し違っていると私は思っている。
気迫は本来無言でも現すことができるのに、実際には大声であったりドスの利いた脅しであったりして、理不尽なことでも相手に強要したり、自分に思い込ませたりするような具体的な用いられ方をしており、家庭犬の制御にはそんな一方的な圧力は必要ないと私は考えている。

大切なことは明確な意思と意図であり、それを具体的な形や知識として飼い主が持っていないことである。
例えば車が接近したときに犬が吠えたとしよう。
1.大声を出して犬を叩き、厳しく叱って仮に吠えるのを止めさせたとしても、犬は『やっぱり車が来ると嫌な事が起こり、あれはいやな存在である』と刷り込むだろう。
2.「大丈夫だよ、怖がらないで」と飼い主が安心させようと抱きしめる度、犬は『ああ、これから不安なことが起こるのだ』と予兆してしまい、『自分が頑張らなければ』と吠え立ててしまうことだろう。

未経験あるいは過去の経験によって取り乱す犬に対し、制御で冷静さを取り戻させ、何事もないように毅然と振る舞い、それでもあたふたする犬にさらなる制御と安定した言葉がけを与えることで、犬は飼い主に拠り所を覚え、すべてを委ねるようになる。

飼い主に明確な意思と意図がないから、犬たちは『自分たちが頑張らねば』と機転を利かせて吠え立てている現実がある。
知識については犬の心理学も大切だが多くは人の心理と一致する。
つまり、人を知れば犬を知ることが出来るのだが、何故か人は犬に対して人よりも優しくなってしまう。
きっと私の知りえない崇高な理由があるのだろうが、今年の春のような中途半端な接し方を犬に対して行った挙句、風邪をひかされるのは御免被りたい。
 

ブラックユーモア 2007年04月03日(火)

  「大学病院からメールがきてね、術後の経過を検証したいからアモちゃんを大学に譲ってくれないだろうかって。勿論これまでの手術費用は全額お返ししますだってさ。」パソコンを見ながら私はそう言った。
「え!!それでどうするつもりなの?」

その続きのストーリーに入ろうかと思ったが、あまりにもKの顔がこわばり、声には怒気を含んでいたから私は恐ろしくなってやめてしまった。

これが4月1日私のKへのエイプリルフールだったが、ブラックユーモアも度を過ぎた場合の恐怖を味わった。
私はただ、去年の仕返しがしたかっただけ。
「去勢したのに、らむちゃんにまたタマタマが降りてきたんだって。どうすればいい?」という去年のKのウソに私はすっかり騙されムキにさせられてしまった苦い思い出がある。

さて、ブラックユーモアで済まされないのがKが昨日の最新情報に書いていた解凍放置便。
「きったねぇー」とか「うんこふみい」と私はからかっていたが、実際のところ特定の範囲はまるで地雷原である。
『何か効果的な対策はないか』とKは尋ねていた。

“この先地雷原。悪の枢軸である犬の飼い主が放置した便多数あり。”
という標識は憂さ晴らしに使える。
“ちょっとキミ。見られてますよ、見てますよ”
というのは警告の意味があっていいと思う。
ただ、それらの標示そのものが不愉快な存在になっても困る。

“この道を歩いたご意見をお聞かせください”とご意見箱を設置すれば、放置便を正当化する飼い主の屁理屈も聞けるかもしれない。

ユーモアで解決できればそれに越したことはないが、昨日ウンチを踏んづけたKの今日の目は、真剣で怒りの矛先を見つけられない苛立ちを放っていた。

“Kを怒らせると怖いじょぉー。”
私にとってはこれが最高のコピーである。
 

四月に思う 2007年04月02日(月)

  しとしと雨が降り続き、せっかくのガーデンに白い輝きが見られないのが残念だ。

そんな今日のカフェで一人働いていたのはトリマーの麻未ちゃんで、ニューファン・ポメ・ウェスティー相手に奮闘していた。
ようやく一人前になったばかりのトリマーで、いろんな注文を出してあれやこれやと言っていただければ彼女の成長につながると思っているのでよろしくお願いします。
採用したばかりの半年前は黙々と自分のイメージしたカットをしようとするだけで、カットされる犬の気持ちにまで配慮が及んでいなかったが、噛みそうになる犬を私が保定する際に発する言葉がけの意味を最近理解し始め、鋏を持つ手を動かすだけでなく、話しかけの言葉に気持ちと意思が感じられるようになってきた。

今日彼女が初めてトリミングしたワンちゃんのカルテには、『とりわけ口周りのカットの際に咬む』と書かれてあったので緊張していた様子だったが、優しい言葉がけと時に力のある言葉が奏功しとてもうまくいったようで自信に繋がったことだろう。

四月はそれぞれの旅立ちを迎えられた方も多いと思う。
新しい一歩を踏み出す側にも、送り出す方の人生にも変化がある。
一喜一憂したくなる時節だが、ここは長い目で見守りじっくり変化に対処するのが肝要だろう。

ブリアードのサイちゃんが悪性リンパ腫で先月14日に亡くなった。
5歳という短い命だったが、彼女の愛らしい姿と優しい心は飼い主のNさんには到底及ばないが私の印象にも強く残っている。

先を見据えて遠回りでもじっくり頑張る時があれば、何があるか分からないから精一杯その時を生きる場合もある。
人生いろいろだが、年をとると選択肢が後者になりがちなのは現実的か短絡的か諦観に過ぎるのか?
宇宙飛行士にはなれないけれど宇宙を旅する乗客には…やっぱ無理ですな。

受け入れるべきは受け入れ、観念すべき以上に奮起してみせるのが正しい生き方ではありますまいか?同輩諸氏。
 

新得町へのドライブその3 2007年04月01日(日)

  朝、目が覚めると雪景色にがっかり。
夕方のニュースで真夏日の地域があったと聞いてびっくり。

朝、パジャマ姿のまま新聞を読んでると、窓から外を見ていたKが「ビーちゃんが来た!」
お泊り犬のビーズは10時からのはずだったのに…
私は慌ててパジャマを脱ぎ、ジーパンを手にしながら外を覗くと
「エイプリルフール。つまらんウソをついてしまった」とKがうそぶいた。

さて、私たちの新得町ドライブの目的はジャックラッセル/ケイトの父さんを驚かせ、散髪してもらうことだった。

田舎の集落の床屋と聞いていたが、中学校もある立派な街で、最初に発見した交差点には信号機までついていた。
よく見ると信号機の横には床屋のサインポールがあり、引き戸のすりガラスには父さんの苗字が書かれてあった。

散髪を終えたばかりの爺さんが自転車を押して帰るところで、私が入れ替わりに入ると、ケイトがワンワンと吠えた次の瞬間にはひれ伏しながら擦り寄ってきた。

店にいたのはNさんの言うところのジジババで、ケイトが喜ぶ姿を見て私が誰であるのかを察してくれたらしい。
2階から降りてきた父さんは冷静に驚き、私たちのどっきりの目論見は少し外れたようだが、私の頭を刈りながら懐かしい雰囲気の世間話はしばらく続いた。
髭剃りから耳掃除になった頃、私はその心地よさに眠りに落ち、わざわざ新得までやって来た気分を堪能させてもらった。

『ジジババが何でも食べ物を与えるので、カフェで買ったドッグフードは殆ど減ることがない。ケイトはもう私の手の届かないところへ行ってしまいました。』
そんなメールを頂いていたが、ケイトは子豚程度にしか太ってはおらず健康そうだった。
「雪が解けたので自転車を買って、たった今もケイトを市中引き回しの散歩から帰ってきたところだったんですよ」と父さんは相変わらず口が悪い。

私が散髪してもらっている間、Kはアモを連れて町内を散策していた。
「町外れの方へ行ったら牛ばっかだったからこっちのほうへ回ってみたんだ。そしたら凄い凄い、向こうに信号機がもうひとつあって、床屋さんもあるんだよ。びっくりした」
喫茶店はないが実はこの街には3軒の床屋があるそうな。
過当競争で客の争奪戦が激しいのかと思ったら、どうやら住み分けができているらしい。
「俺が此処に戻ってきてチラシを入れてみたけど、それで来た客なんか一人もいねぇ」とな。

アモにも牛乳をご馳走になり、私たちはNさん一家に別れを告げ、最後の目的である“くったり温泉”で身体を癒した。

帰路はどうしようか少し迷ったが狩勝峠を越え、占冠から日高へ抜けるコースを選んだ。
「Iさんの(二代目盲導犬)マーヤの容態が悪いからすぐに新得に行きます」
10年近く前、私はそう言って協会を経った。

意識は朦朧とし残念ながらマーヤの容態は一刻を争う分岐点を越えているように思えた。
だが敢えて私はそれを口にはしなかった。
Iさんはこの日まで充分すぎるほどの介護を尽くしており、脳裏にはマーヤとの思い出と共に、初代盲導犬キャシーを看取った際の、悲しみや辛さが蘇り、『ここが田舎でなければ、私の目が見えていればもっと長生きさせてあげれるかもしれない』との思いに揺れていたはずだからである。

「どうします?ここで最善を尽くしますか。それとも札幌へ?」
しばらく泣いた後でIさんは私にすべてを託し、車に乗せながら号泣と嗚咽を繰り返した。
私は一縷の望みを持って狩勝峠を越え車を走らせた。

トマムリゾートを過ぎた辺りで、マーヤは息を引き取った。
林に囲まれ、山々が美しく輝いていた。
私はマーヤを車から道端に降ろし、一緒に景色を楽しむようにしゃがみ込んでタバコを吸った。
それからIさんに電話を入れた。
Iさんは分かってくれていた。

現役の盲導犬を使用者に最後まで介護させ続けてはならない。
看取らせてはいけないのだ。
視覚障害者にも歩み続けなければならない日々の生活があり、盲導犬はそれを支えるのが務めである。
それでも救いであり確かなことがあるとするならば、心がいつまでも繋がっているのを誰よりも知っているのは彼ら同士であり、その領域は神聖ですらあるということだ。

新得町ドライブの最後に私はトマムの景色を見てあの時を思い出し、マーヤの冥福を祈った。

酔い潰れそうになる自分を叱咤しながら、過去を思い出しながら書けたことを嬉しく思う。

(おわり)
 

新得町へのドライブその2 2007年03月31日(土)

  一代目盲導犬キャシーを看取ったIさんは、次の盲導犬と暮らすことを躊躇していた。
悲しみと喪失感を将来再び経験することを恐れていたのだ。
一方で歩かなければ自分の身体は衰え、大好きな散歩にも行けなくなる。何より歩けなくなった自分を天国にいるキャシーが見たら悲しむに違いないと考えてもいた。

「Iさんにピッタリの盲導犬を訓練したよ」
私は職務違反を犯して電話を入れた。

誰にどの犬を割り当てるかは、職場の判定会議における検討を経て決定されるのに、私は訓練段階から『この子はIさんのために訓練する』と勝手に決めていたのだ。

新得からI夫妻が協会に来られた。
私は犬舎を案内し、あるドアの前で歩みを止め、そのドアをゆっくりと開けた。
万が一のことを考え、私は敢えて犬の名前を呼ばずに
「おいで」と声をかけた。
すると一頭のラブラドールが通路に出て嬉しそうに尻尾を振った。
Iさんも「おいで」と声をかけると、その犬はIさんのコートの袖を優しく咥えたまま腰を振るように尾を振り触られるがままに身体を委ねていった。

「名前は何ていうの?」
「それはまだ言えません」
「ううん、いいの。キャシーがこの子だって。この子と暮らしなさいって言ってる」
私はもう一度頭を整理し『本当にこの子でいいのか』と考え、「マーヤです。Iさんのために訓練したマーヤです」と答えた。
「マーヤ…マーヤ。マーヤ、お母さんだよ、よろしくね。」
無謀だったが感動的な時間だった。

その後、新得での現地訓練では、夜になると釣り好きなご主人と毎晩酒を飲みながら賑やかな時間を過ごさせていただいた。

半年が経ち、雪道のフォローアップ訓練を行った晩には、とっておきのドナルドソンを食べさせてくれた。
Iさんは「私とマーヤの訓練に来てるのに、このふたりどうなってるんだろうね、マーヤ」とニコニコしながら台所仕事をこなしていた。

酔いがすすんだ頃、「マーヤお皿もっといで」とご主人が言うと、マーヤは食器が平らになるよう端を器用に咥えて来てお座りをした。
食器に一切れのドナルドソンをご主人が入れると、床に置いてからぺろりと食べ、また食器を咥えたまま根気強くお座りして待っている。
何切れか食べた後、「おしまいだよ」の声でベッドに戻って満足そうに寝てしまった。

I夫妻にはマーヤとの楽しい時間がそれから何年も続いた。
(つづく)
 


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