From the North Country

異常行動 2007年03月09日(金)

  今日も私の体調は良く二日連続で平熱となったので、明日から出席停止は解けることになった。
Kは回復したものの明日はまだ出席停止期間に入っているので、自宅静養を継続し、家内労働で身体慣らしを始める予定だ。
スタッフの二人は変わらず元気なので、支えられながらカフェの営業を行うこととした。

さて、タミフル服用によると思われる異常行動が確認されたので今夜この欄で症例報告をしておこう。

1.ケースプロフィール
性別:男
年齢:52歳
病歴:虫垂炎、神経性胃潰瘍、木から落下し左肋骨2本骨折、慢性的膝関節痛および腰痛等等。
性癖:深酒、チェーンスモーク、自分に優しく他人に厳しい
座右の銘:@着眼大局着手小局、A無用の用を知らぬものは有用の用を知らず、B酒と甘い汁は美味しく頂くのが礼儀(ただBの後半についてはあまり経験がない)

2.アレルギー
@薬物を常習する人間以上に、『それらを精製し調達し売ることで生計をなそうとするものに極刑を!』と異常なほどの反応を示す。
A犬を家族の一員とし、普通の家庭犬と暮らしたい飼い主からの問題行動の相談があれば、まず『タマを取れ!タマを取れ!』と即座に反応する。
B放置便を常習とする飼い主と会話をするとくしゃみの前に手が出そうになる反応が起こる。
C右左折の指示器を出すのは30メートル手前からであるはずなのに、直前で出すドライバーに対しては、窓から灰皿の吸殻や空き缶を投げ捨てる奴を目撃したのと同じような怒りを感じ過剰反応することがある。

3.インフルエンザ罹患暦
今回が初めて

4.異常行動の内容
・タミフルを服用した翌日の8日木曜日、この男性は定休日でもあったので昼間から愛犬と散歩に出かけることにした。
・その手には中程度のレジ袋10枚と小さなショベルが準備され、男性はいつもの散歩コースに放置された便をことごとく袋に集め始めた。
・実際袋に詰め始めると、雪が解けて便と交じり合い、袋の取っ手が汚れ、結果的にひとつの袋に集めた放置便を、もう一枚の袋に入れて持ち運ぶことになった。
・そのうちに男性の愛犬は放置便を発見すると止まって教えるようになったが、男性の手はすぐに五袋で一杯になり、袋の取っ手はその重さで指に食い込むようになってしまった。
・「取りきれなかった」と、男性は悔やみ、その日2回目のタミフルを口にした。
とさ。
 

臨時のお知らせ本日第2報 2007年03月08日(木)

  本日最初に訪問下さった方はお手数ですが前記『臨時のお知らせ』からお読みください。

案の定、Kの熱は午後に入って38度を超え、我が家の愛犬アモがKを抑え込む様にしてベッドで横になっている。

私は朝から36度前半、現在は35度9分と平熱を維持してKの介護に当たっており、日中は暇な時間を利用してインフルエンザについて調べていた。
そこで得た情報のいくつかを紹介しよう。

1.潜伏期間
インフルエンザの潜伏(感染してから発症するまでの)期間は1〜2日ときわめて短いらしい。
2.種類
インフルエンザにはA・B・C型があり私とKは共にA型で、これにはさらにソ連型と香港型というのがあるが、A・B型の場合どちらも特効薬タミフルが有効であるらしい。
3.タミフルの効果
通常インフルエンザに感染すると3〜7日間はウィルスを排出するが、発症してから48時間以内にタミフルを服用することで、ウィルスの増殖を防ぐことができ、回復期間を1〜2日程度短縮できるという。ただしウィルスの排出期間までも短縮できるかははっきりしていないようだ。
4.いつから社会参加できるか
学校保健法では『解熱したあと二日を経過するまで出席停止』となっているが、校医や医師の裁量で早めたり遅らせたりの判断の余地が残されており、職場復帰については病気による体力低下を考慮する必要があるもののはっきりした目安となる法律は存在しないという。

さて、私が感染したくらいだから直接的な感染力は強いと想像できる。
一方で国立感染症研究所の情報ではインフルエンザウィルスは殆どの消毒薬に弱く、感染の危険性はあるけれども室内や衣服は通常の掃除洗濯で十分だと紹介し、くしゃみや咳など1〜2メートル以上は飛ばないので念のため飛沫感染を防ぐマスクの着用と手指消毒・換気・適度な保湿を呼びかけている。

これらに基づいた私たちの復帰計画は以下を予定している。
1.大前提
カフェを発信源としたインフルエンザの流行を許さない。

2.零細自営業者の立場として
カフェの営業が通常通り出来るに越したことはないが、前記『大前提』が大前提であるのも間違いはない。
そこで、まず
・カフェ飲食物の提供について札幌市保健所食品指導課に問い合わせてみたところ、常勤スタッフによる調理飲食物の提供は問題なく、私とKが厨房に関わらず2階の自宅で管理できればよいとの指導を頂いた。
次に
・私の復帰についてはこれまでに得た情報を勘案し、明日(9日金曜日)までを自主規制し、カフェには極力姿を現さず、お泊り犬の管理の為にガーデンなどに出る際にはマスクを着用し、手指消毒とうがいを励行し、無愛想と言われようともお客様への挨拶は最小限とし、熱が出るなどの異常があればすぐに退去して再計画案を提示することを誓う。
・Kはじっとしていると死んでしまう回遊魚のような性質を親から受け継いでいるが、2階に可能な限り拘束する努力を私は惜しまない。
ただKが死んでしまっては元も子もないので、そこら辺は職場復帰の法の未整備に甘えることもあるやも知れぬ。(これが冗談であることを明確にするための逆説的な意思表示であることを感じていただければ幸いである)

ともあれ、明日の私の体調とスタッフのスケジュール調整で土日月の営業案内が決まることをお知らせしておきましょう。
 

臨時のお知らせ 2007年03月08日(木)

  本来『最新情報』でお伝えする内容ですが、担当者Kがダウンしたため『北の国から』で速報いたします。

既にお知らせの通り、私はインフルエンザの診断を受け、7日(水)朝よりタミフルを服用しております。
おかげで6日の夜から夕べまでの38度を超える熱も収まり、8日の昼現在では平熱が持続し体調的には鼻声と多少の筋肉痛が残る程度で、最初から食欲もあり快方に向かっています。

が、今朝方からKに症状が出始め、検査を受けたところめでたく同じ病気だと診断されました。
彼女の熱はまだ37度台でしたが、午後には38度を超えるものと思われます。
既に特効薬タミフルを飲んでぐっすり寝ており、我が家の愛犬アモが付き添っています。

幸い今日は定休日ですが、医師からは5日間の自宅静養の指示が出ており、その間Kは勿論厨房に出ることはありません。

私はお泊り犬の管理のためマスクをしてガーデンに出る程度とし、いつも元気なスタッフMと麻未ちゃんが頑張ってくれるということなので、とりあえず明日(9日金曜日)は営業いたします。(市保健所の食品指導課に問い合わせたところ問題はないそうです)

土日月についてはスタッフのスケジュール調整を行っておりますが、場合によっては臨時休業とさせていただくことになりますのでご了承ください。
決まり次第、この欄にてお知らせいたします。
 

クエスチョン 2007年03月05日(月)

  まだ冬景色なのに風雨は強いし体感的には寒い。
冬と春の嵐が混在した妙な気象に私には風邪の予兆がある。

「こんなひどい天気なのにアモは絶対散歩に行くって言い張ってるよ」と私はKにこぼしながら、防寒着の上に合羽を着込んで散歩の準備を始めた。
そして、ひょっとしたらアモは『こんな日でもご主人は散歩に行く気だぜ!まあ散歩しないと夕食にありつけないから付き合ってやるか。』と考えてるんじゃないかとの思いが頭をよぎった。

雨に洗われたいつもの散歩コースには驚くべきほどの放置便が姿を現していた。
これまで何重にも雪の下に隠されていた便で、中でも大型犬のそれは同一フードを食べた排泄物だったから、恐らく犯人は一家庭と推測された。
毎日毎回冬の間放置したならその数は100を優に超えるだろうから、飼い主は人前ではウンチを処理し、人目がない時の犬のウンチを放置する卑劣な性癖の持ち主なのだろうと感じられた。

そこは通学路であり通勤や生活道路であるから、犬との関わりを持たない地域の方々は、我々犬の飼い主に大いなる疑いと怒りの目を向けておられるに違いない。

そして今日の散歩で私に大いなる疑念が頭をもたげることになった。

私とアモの散歩コースのうちの『ある地点』から大量の放置便が現れ、それはさらに『ある地点』まで点在しており、それ以外の場所ではほんのたまに小型犬のウンチを見かける程度なのである。

つまり私たちの散歩コースにある途中の家の大型犬の飼い主で、私たちと途中まで同じ散歩コースを辿る飼い主が放置便の犯人である可能性が高く、しかもそれに思い当たるのは一軒しかなかった。

その家庭には二頭の大型犬がいて、少なくとも毎夕子供たち(中学生以上と思われる)と親のどちらかが決まった時間に散歩をさせている。
残念ながら犬の性癖はとても悪いようで、人を見ては吠え、犬を見ては飛び掛らんばかりに威嚇的である。
子供と飼い主は時に太いロープを電柱に巻き付け、犬の暴走を食い止めようと懸命になっている。

それでも私は今日までその家族を『けなげ』と感じていた。
家族が一体となり、きちんと管理責任を果たそうと懸命になっているとみていたからだ。
「いつか相談があれば親身になって対応しよう」と心積もりもしていた。

でも振り返ってみれば、その家族はいつも他人と他犬を避けるのに夢中である。
私は町内の方との付き合いも浅く、その家族がどのような付き合いをされているのかどうかも知らない。

・ウンチしてもそれを片付ける余裕などなく、他人を傷つけず無事帰宅することで精一杯なのかもしれない。
・いつも2頭一緒に散歩していたのに、今では数十メートルの距離を置くようにしているから、それなりに考えあってのことかもしれない。

様々な事が考えられたが、『放置せざるを得なかった便は後からでも回収すればいい』し『子供と愛犬の将来を考えるなら地元の訓練士に相談すればいい』ことである。
家も立派だし大型車を複数所有しているから金銭的な問題でもなさそうだ。

ともあれ、現時点では私の勘繰りであり、当人にしてみれば濡れ衣であるかもしれない。

ただ、毎日のように出会う人を突然疑ったのは、「そういえばウンチ袋を持っているのを見たことがない」(自宅で排泄を済ませてから散歩に出る可能性に期待している)のと、この家族の散歩コースが大型犬の放置排泄物の重点箇所と一致し他に見当たらないことに加え、しつけられてない犬たちだからであろう。

個人的な疑いであるから全く確かではない。
でも、そう感じたものだから今後は注視することになってしまうだろう。
そう感じるような自分が嫌いで、ここに書いてしまったことを恥じる。
まるで井戸端会議の世界の中心ではないか。

そうさせる『放置便への怒り』が原動力になっていることを理解して欲しい。

ただ、心のどこかで『あの家族がそんなことをするはずがない』と、いつか疑ったことを平謝りしたいし、万が一かの家族が犯人であった場合は、なんと切り出せばよいのかと心迷ってしまう。

本心は私が間違っており、どこかから突然、悪人の心を持った真犯人が現れてくれたらどんなに楽だろう。
普通の人なら、あのけなげな娘たちの前で、彼女らを含めた家族としての反社会的な行為を糾弾するわけにはいかないだろう。

『けなげな娘たち』と評する要因に、いつも散歩をさせている姿と、道路の真ん中で母親に厳しくほっぺを引っ叩かれ、それでもじっと耐えていた光景を目撃した経験が含まれている。

背景を知らなければ感情を爆発させるか、教科書通りの対応があろうけれど、万が一、あの家族だったら…
私はやっぱり感情を爆発させてしまいかねない。
そのうえでケアを試みる余地を残すだろうな。

今日の散歩はアモの望みだろうか、それとも食事の前の課題だったのだろうか?
 

自然を尊重して工夫する 2007年03月04日(日)

  今年は先週のいい時期に町内の排雪作業が行われたおかげで、暖気になっても道路はぬかるまず車両が埋まることがない。

そういえばカフェを始めた最初の春は、一気に雪を飛ばし、つるはしで氷を割って何処よりも早く春のガーデンにしたいと頑張ったものだ。
でもその方法では、日当たりの良いところが先に地面を現し、日当たりの悪い場所からの雪解け水がいつまでも流れ出て、結果的にぬかるみの期間が長かったように思えた。

そこで去年からは方法を変え、ガーデンの雪山を外に飛ばすことなく大切に保存して、周辺にぬかるんだ地面が出始めると、除雪機で雪山の雪を補充散布し、ガーデン全体が満遍なく均等に雪解けを迎えるようにしてみた。

結果は悪くなかったような記憶があるので、今年もその方針でやってみようと思っている。

下がアスファルトなら一気に雪を飛ばして早く乾燥させれるから、それはそれで今の時期に見事な乾燥フィールドを提供できるだろう。
しかし、それでは犬たちの尿が浸透しきれないだろうし、緩めのウンチの場合粒子がアスファルトの目に詰まって、それらを処理するために大量の水と薬剤が必要になってしまい、結果的に不経済さと環境汚染さらには犬たちの足裏に悪影響を及ぼしかねない懸念が残る。

これが土やゼオライトにこだわる最大の理由である。
この方法だと浸透した排泄物の残りを、常在あるいは散布した特殊なバクテリア群が処理してくれるのだからありがたいのだ。

問題はぬかるみ期間の短縮とその間の汚れを極力抑えることであり、今年もチマチマと試行しながら来年に繋がる方法を見つけ出したいと今も考えている。

ところで、カフェのポーチにある足洗い場も必需品であると感じる。
お湯が出るから今の時期でも散歩から帰ってきたら簡単に汚れを洗い流すことができるので、北海道の一般住宅様式においてオプションではなく基本設計に含まれるべきアイテムではないだろうか。
凍結に配慮すべき課題もあろうが、まるでウォシュレットのように使い始めたらやめられない。

暮らしの知恵は時代と共に増減があるのだろうから今後も新たなアイデアに注目するのは大切なことだ。
去年から今年にかけて試し発見したことの一つを紹介しておう。

ガーデンに散布するバクテリアは積雪期には不要となるし、栄養を与えなければ死滅してしまう。
そこで残ったバクテリアを洗面所やお風呂あるいは台所の排水口に散布してみた。
すると、それまで洗面台の流れが悪くなって年に一度はパイプの洗浄をしなければならなかったのに、今年はその気配すらない。
髪の毛まで融かすのを売り物にしている洗剤会社があるが、あのコマーシャルにゾッとするのは私だけではないはずだ。
日本全国の家庭であんな洗剤が使われたら、河川や海の生物はどうなってしまうのだろう?

自然の有り様を受け入れ、人並みに工夫するのが私は良いと思うのだが…。
 

何はなくとも楽しい我が家 2007年03月02日(金)

  夕べ、我が家のKが無事帰国。
空港の駐車場で感動的な再会を果たしたアモはKの盛り上がりもあって1分弱大喜びの後、「帰るべ」と大人の対応。
「おなかがすいた」というKは、車内でおにぎりと温かいお茶に満足し、おにぎりの残りをアモに差し出したが、アモは鼻先をつけて臭いを嗅いだだけで「いりません」と無視。
「いらないんだったら最初から鼻ひっつけるな!」と、一週間の隙間は一気に埋められいつもの我が家の雰囲気が戻ってきていた。

帰宅後のアモはトランクから次々に出されるお土産に大喜びで、おもちゃを咥えたり異国の臭いを嗅ぎながらハワイアン・ドギートリーツを大事そうに食べていた。

男同士の短くも長〜い一週間だった。
私はアモを残すことになるから里塚温泉にも行かず家風呂とシャワーで身体を清め、夕食もすべて自宅で食し、その後この欄に立ち向かって早々に泥酔して朝を迎える毎日だった。
違ったのはKを送り出した定休日と迎えに行った定休日の2日間。
久しぶりの釣りでもしようかと頭では考えていたのに、結局はアモとドライブし釣りは見学だけにして、長い散歩を繰り返していた。

いつもなら平気でアモに留守番を頼んでいたのに、二人だけになると相方をひとりにするのが忍びなかったのは何故だろう。

ともあれいつもの生活に戻った。

感想はひとつ。
『(一途な)男が先に逝き、(したたかな)女が余生を楽しむ』のは道理に叶っている。
この意味は結構深い。
 

カフェの商売も大変なのだ 2007年02月28日(水)

  Kは旅行でトリマー兼カフェスタッフの麻未ちゃんも木曜まで東京ディズニーランド。
「火曜日は私一人しかいないんでできれば来店を控えてくださいね」
スタッフMが先週からそんなことを言うものだから、昨日の火曜日は開店休業状態となり、私は2階で昼寝と楽器をいじって時間を潰した。

そしてその反動が今日の水曜日にやってきた。
恐らく平日としては過去最高のご来店を頂き、私は間違いなく皿洗いとレジ打ちの自己新記録を打ち立てた。

「私が余計なことを言ったものだから…」
Mは神妙に反省しながらも、動きに動き回って次から次へと料理を完成させていった。
普通だったら殺気立つ厨房なのだろうが、私のカフェでは『別にいいじゃん。混んでるんだから仕方ないじゃん。やれるだけのことをやるしかないよ』という空気で、お客様も忍耐強く料理が運ばれるのを待っていてくださった。

「今月のパスタはこれで終了。仕込んだ材料ピッタリ完売。本当は今日のうちに来月のパスタを試作しようと材料を買ってきたのに…ってKさんに伝えておいてくださいね」とM。

こんなカフェの状況を一変させる出来事が閉店間際に起こった。
トリミングの最後の仕上げに入ったトイプードル/ロビンちゃんの口周りをカットした正にその時、瞬間的にぺろりと出した舌をトリマーが傷つけてしまったらしいのだ。
私が呼ばれたとほぼ同時に飼い主の方がお迎えに来られた。
傷ついた舌からは少量であるが持続的な出血があり、私は大事をとってすぐにS動物病院に電話を入れた。
いつもご利用いただいてる飼い主の方は穏やかに対応してくださったけれど、血が苦手で顔色が優れないので、私とトリマーは車で動物病院までお送りさせていただいた。
S先生の診断では幸いにも傷は浅く、飲み薬と経過観察となったが、ロビンのお母さんには申し訳なく、それ以上に寛大に受け入れてくださったことに心から感謝している。

トリミングの技術的なことは私には分からないが、年に1度位このようなミス(オープン3年で、耳の先を切ったのが2回、尾の先が1回、今回の舌は初めて)が起きていることは経営者として把握し責任を感じつつ再発防止の難しさも感じている。
爪切りの際の僅かな出血を含めるとこの数はさらに増えてしまうだろう。

果たして私にできることは何なのだろうと考える。
今は亡き初代トリマーののんちゃんには、保定が必要な場合すぐに声をかけるように言っていたことを思い出した。
『そうだ、そのことを徹底させよう』
事故を完璧に防げるのかどうか分からないけど、やるだけの配慮をして『ごめんなさい』と言えれば飼い主の方も理解していただけるだろうし、たとえ責められても自らを納得させることができるはずだ。
 

あなたの愛犬は何歳? 2007年02月27日(火)

  「あと2回寝れば母さん帰ってくるからね」
いや、私ではなく我が家の愛犬アモに言い聞かせた言葉だ。
今日も夕方に電話が入ったものだから受話器を耳にしたアモは夜9時を過ぎているのにまだ階下のカフェでKを待ち続けている。
アモは「あと2回寝れば」を理解せず「母さん」と「帰ってくる」を結びつけて下で待っているのだ。

いつもながら中途半端に言葉を理解しているものだから気の毒に思う。
だが、アモの言葉の理解力は私の英語のヒヤリングより優れていることは彼の名誉の為に付け加えなければならない。
私は未だに“I can”と“I can't”の聞き分けができないから話がとんでもない方向に向かうことがある。

今日の散歩の途中、私は手袋の片方を落としたことに気づいた。
「あれ?手袋ない」と声に出すとアモは途端にきびすを返して来た道を戻り始めた。
残念ながら数十メートル歩いた時点でアモの頭から『手袋』のことは忘れ去られたようだが、さらに200メートルほど戻った雪上に黒い手袋を私が発見した。
「アモ、取って」と言うとアモは手袋を咥えて私に放り投げた。
「ちゃんと取って」と言い直すと私の手のひらにしっかり渡してくれた。
私なら英語でそう言われても理解できない内容だったかもしれず、相手の視線や表現でようやく飲み込めたかもしれないのに、抑揚を抑えた私の言葉にアモはすばやく的確に反応してくれた。

犬が日常会話の中から言葉を覚えるのは愛犬家ならすべての方がご存知だろう。
ごはん・おやつ・牛乳・お水・散歩・行く?・留守番・父さん・母さん・兄ちゃん・姉ちゃん・○○ちゃん・シッコ・ウンチ・公園・リード…これらに命令語を加えれば果たして犬たちはどれだけの言葉を理解できるのだろう。
そのうえ、家庭内の雰囲気までもすぐに察知して次の振る舞いを起こしてしまう。

「犬の年齢を人間に例えれば何歳ぐらいでしょうか?」
そんな質問を頂くことがあるけれど、犬の知能は人間の子供と対比してどのくらいあると飼い主の方はお考えだろう?
私は言葉の理解力において4〜5歳まで高められると思っている。
勿論4〜5歳の人の能力をすべて持ち合わせているわけではないし、20歳以上あるいは60歳以上の穏やかさや忍耐力・寛容さを持っている側面もある。

まず確認しておこう。
彼らは言葉を理解する生き物である。
彼らの精神的な発達は本来、肉体年齢と相関的関係にあり、彼らは人間以上に早く発達し早く成熟し早く衰える。

これらの常識を押さえたうえで愛犬と付き合い、人間の子供に対するがごとく“言葉を提示し現実に体現させる”ことで基礎的教育が行われる。
多くの方はこの基礎的教育のレベルで満足し、日々その範疇で愛犬と暮らしているのだろうが私は違う。

それらはあくまでも基礎でありその先が犬と暮らす喜びなのだ。
次の段階は言葉によって具体的な行動を完成させることで、一般家庭の愛犬の場合、たまたま犬が行った行動を人間的に説明し強化し利用するものである。
例えば「バーン!」と言えばひっくり返ったり、サーフィン好きな犬と暮らすことである。

それではこの飼い主たちに、無作為に渡した犬でもそのようなことができるかといえば不可能なケースが多い。
彼らはたまたま愛犬が示した興味を見抜いて発展させたに過ぎないからだ。

盲導犬のような使役犬になると、特定の犬が持ち合わせている能力を引き出し解発するシステムが確立されているから、彼らはその作業を確実に行うようになる。

最終的に難しく最大の喜びになるのが、抽象的表現の理解であり、通じる冗談であり、極端な場合ウソである。
犬と暮らした時に、これらを含めて生活のリズムができればいいなと思う。

過去の犬たちはそのように育ってくれたし、夜10時を過ぎてアモは私の呼びかけに仕方なく2階に上がってきた。
まずは『明日』を教える努力と彼らの能力を解発できる確信を持てば、愛犬との暮らしは一層深まると信じている。

分け分からんうちに飲み潰れそうだから今夜はこのあたりでおやすみなさい。
 

訳分からん話 2007年02月26日(月)

  気難しい私にとってのお酒は、程よく緊張感をほぐし人並みの付き合いができるようになるための必須アイテムだと感じる。
本来なら朝からワイン程度のアルコールを適度に注入していると、町内の方へも気軽に挨拶をし言葉を交わせるだろうし、カフェでももっと親しまれるようなキャラが出せるのは間違いない。
社会的に迷惑をかけるどころか、より貢献度が増す自信がある。

焼酎のようにアルコール度数が高いものや、私にとっては酔いやすい日本酒と多めのビールは歯止めを失うことがあるので、たとえ休日であっても朝からこれらを口にすることはないし何より身体が絶対拒否する。

しかし私が存在している現代社会はそうは受け止めない。
誰もが起こす可能性を秘めている交通(過失)事故においてはとりわけシビアな社会であり、酔っていたかなど問題ではなく飲んでいたかあるいはアルコールが残っていたかが重視される社会である。
現実にそこに起因する事故が多発しているし、事故に遭われた方や仮に自分が遺族にでもなったら許しがたい怒りに打ち震えることだろう。

『飲んだら乗らない』は他者と己を守るための現代社会の鉄則となっている。

自家用車が普及していない子供の頃、酒飲みで嫌われたのは酔っ払いであり酒癖の悪い大人たちだった。
一方で程よく飲んだ男たちは歓迎されていた記憶がある。
親父が勤めていた九州の炭鉱には『倶楽部』と呼ばれる保養の集会所があり、幼稚園児だった私は母に連れられて酔い潰れた親父を度々迎えに行っていた。
暗い夜道の途中にある電柱の傘の突いた裸電球の下にはトカゲのようなヤモリが何匹も張り付いていた映像が今でも頭の中に残っている。

親父は酒に飲まれ母に暴力を振るうこともあった。
口うるさい母に落ち度も感じていたが私は母を守った。

今、私は親父の血を引き継いで酒を飲むが、そのことで暴力を振るったことは一度もないし、迷惑はかけても愛される酒飲みだと思っている。

今日も当然我が家の愛犬アモと散歩をしてきた。
今年の雪は少ないとはいえ辺りは雪に覆われており、除雪された歩道を歩くこともある。
前方から来る方がいたので私はアモを手元に引き寄せリードを短く持ち、『不安かもしれませんが安全に配慮してますよ』という姿勢を見せた。
しかし相手の反応は『犬は犬だべ』というもので、その瞬間に私は『酒飲みにも反論はあるのだぞ』と考え、すぐに現代社会の進歩と規制つまり常識について頭をめぐらせた。

なぜ犬を連れているだけで嫌な顔をされなきゃいけないんですか?
カフェの営業中だから私はワインすらも口にしてはいけないのですか?
ちょっと違う?
 

頑張れS君!非科学を含めて科学して欲しい 2007年02月25日(日)

  Kがいない土日を無事乗り切ることができスタッフに感謝である。
そのKから時差19時間の僅かなタイミングを利用した電話がかかってきたが、如何せん私はアモとの散歩途中だったため、結局留守録からの転送となってしまった。
元気に過ごしているそうで一安心だ。

さて、盲導犬のパピーウォーカーをされているIさんが今日カフェを訪ねてくれた。
今回育てている愛犬はまだ生後4ヶ月であるが、控えめで大人しく暮らしやすそうだ。
ただ、自宅には他にゴールデンとラブがいるので「散歩はこの子一人で行うように」とアドバイスしたのは、いつも書いているように、多頭飼いの場合、後から来た犬は先住犬に守られるような意識が芽生え、自ら越えるべき壁を越えることがないから、時に誤った方向に向かう可能性が高いからだ。

今日の朝日新聞に盲導犬の適性をDNAから解析する研究が掲載されていた。
盲導犬の真の適性というものは飼育環境や生育経験によっても変わりづらく保持されるものであるからこの研究は大いに期待されるべきものである。

だが、この研究が真に盲導犬事業の成功を意味するわけではないことも知っておかなければならない。
何故なら、『成功か不成功か』言い換えれば『適性があるかないか』あるいは結果的に『使用者にとって良い盲導犬だったか否か』を評価する基準の設定に非科学的な要素が含まれるからだ。

少なくとも訓練環境と訓練士のノウハウ、使用者の能力と使用環境によって評価は異なるし、指導員の知識や人間性あるいは使用者の性格などによって結果は左右されかねないのである。
つまり同じ能力を盲導犬が発揮したとしても、訓練者や使用者に同じ満足度を与えるとは限らず、物差しを何処に置き何を普遍の資質と捉えるかが課題となる。

書いていることに筋が通っているのか分からない程度に程よく酔っている。

結論として、今後の研究成果に大いなる期待を寄せており、深めれば新たな壁が立ちはだかるだろう。
この研究が短期的な研究室だけのテーマに留まらず、幅広い知識の結集になり、しっかりした結果を出せるまでに発展して欲しいと願っている。

北海道盲導犬協会のS君は獣医学的科学者に成長しているだろうし盲導犬訓練士であり指導員の経験もある。
彼が正しい方向性を多くの研究者に示してくれていることを大いに心から期待している。
 


- Web Diary ver 1.26 -