From the North Country

四月に思う 2007年04月02日(月)

  しとしと雨が降り続き、せっかくのガーデンに白い輝きが見られないのが残念だ。

そんな今日のカフェで一人働いていたのはトリマーの麻未ちゃんで、ニューファン・ポメ・ウェスティー相手に奮闘していた。
ようやく一人前になったばかりのトリマーで、いろんな注文を出してあれやこれやと言っていただければ彼女の成長につながると思っているのでよろしくお願いします。
採用したばかりの半年前は黙々と自分のイメージしたカットをしようとするだけで、カットされる犬の気持ちにまで配慮が及んでいなかったが、噛みそうになる犬を私が保定する際に発する言葉がけの意味を最近理解し始め、鋏を持つ手を動かすだけでなく、話しかけの言葉に気持ちと意思が感じられるようになってきた。

今日彼女が初めてトリミングしたワンちゃんのカルテには、『とりわけ口周りのカットの際に咬む』と書かれてあったので緊張していた様子だったが、優しい言葉がけと時に力のある言葉が奏功しとてもうまくいったようで自信に繋がったことだろう。

四月はそれぞれの旅立ちを迎えられた方も多いと思う。
新しい一歩を踏み出す側にも、送り出す方の人生にも変化がある。
一喜一憂したくなる時節だが、ここは長い目で見守りじっくり変化に対処するのが肝要だろう。

ブリアードのサイちゃんが悪性リンパ腫で先月14日に亡くなった。
5歳という短い命だったが、彼女の愛らしい姿と優しい心は飼い主のNさんには到底及ばないが私の印象にも強く残っている。

先を見据えて遠回りでもじっくり頑張る時があれば、何があるか分からないから精一杯その時を生きる場合もある。
人生いろいろだが、年をとると選択肢が後者になりがちなのは現実的か短絡的か諦観に過ぎるのか?
宇宙飛行士にはなれないけれど宇宙を旅する乗客には…やっぱ無理ですな。

受け入れるべきは受け入れ、観念すべき以上に奮起してみせるのが正しい生き方ではありますまいか?同輩諸氏。
 

新得町へのドライブその3 2007年04月01日(日)

  朝、目が覚めると雪景色にがっかり。
夕方のニュースで真夏日の地域があったと聞いてびっくり。

朝、パジャマ姿のまま新聞を読んでると、窓から外を見ていたKが「ビーちゃんが来た!」
お泊り犬のビーズは10時からのはずだったのに…
私は慌ててパジャマを脱ぎ、ジーパンを手にしながら外を覗くと
「エイプリルフール。つまらんウソをついてしまった」とKがうそぶいた。

さて、私たちの新得町ドライブの目的はジャックラッセル/ケイトの父さんを驚かせ、散髪してもらうことだった。

田舎の集落の床屋と聞いていたが、中学校もある立派な街で、最初に発見した交差点には信号機までついていた。
よく見ると信号機の横には床屋のサインポールがあり、引き戸のすりガラスには父さんの苗字が書かれてあった。

散髪を終えたばかりの爺さんが自転車を押して帰るところで、私が入れ替わりに入ると、ケイトがワンワンと吠えた次の瞬間にはひれ伏しながら擦り寄ってきた。

店にいたのはNさんの言うところのジジババで、ケイトが喜ぶ姿を見て私が誰であるのかを察してくれたらしい。
2階から降りてきた父さんは冷静に驚き、私たちのどっきりの目論見は少し外れたようだが、私の頭を刈りながら懐かしい雰囲気の世間話はしばらく続いた。
髭剃りから耳掃除になった頃、私はその心地よさに眠りに落ち、わざわざ新得までやって来た気分を堪能させてもらった。

『ジジババが何でも食べ物を与えるので、カフェで買ったドッグフードは殆ど減ることがない。ケイトはもう私の手の届かないところへ行ってしまいました。』
そんなメールを頂いていたが、ケイトは子豚程度にしか太ってはおらず健康そうだった。
「雪が解けたので自転車を買って、たった今もケイトを市中引き回しの散歩から帰ってきたところだったんですよ」と父さんは相変わらず口が悪い。

私が散髪してもらっている間、Kはアモを連れて町内を散策していた。
「町外れの方へ行ったら牛ばっかだったからこっちのほうへ回ってみたんだ。そしたら凄い凄い、向こうに信号機がもうひとつあって、床屋さんもあるんだよ。びっくりした」
喫茶店はないが実はこの街には3軒の床屋があるそうな。
過当競争で客の争奪戦が激しいのかと思ったら、どうやら住み分けができているらしい。
「俺が此処に戻ってきてチラシを入れてみたけど、それで来た客なんか一人もいねぇ」とな。

アモにも牛乳をご馳走になり、私たちはNさん一家に別れを告げ、最後の目的である“くったり温泉”で身体を癒した。

帰路はどうしようか少し迷ったが狩勝峠を越え、占冠から日高へ抜けるコースを選んだ。
「Iさんの(二代目盲導犬)マーヤの容態が悪いからすぐに新得に行きます」
10年近く前、私はそう言って協会を経った。

意識は朦朧とし残念ながらマーヤの容態は一刻を争う分岐点を越えているように思えた。
だが敢えて私はそれを口にはしなかった。
Iさんはこの日まで充分すぎるほどの介護を尽くしており、脳裏にはマーヤとの思い出と共に、初代盲導犬キャシーを看取った際の、悲しみや辛さが蘇り、『ここが田舎でなければ、私の目が見えていればもっと長生きさせてあげれるかもしれない』との思いに揺れていたはずだからである。

「どうします?ここで最善を尽くしますか。それとも札幌へ?」
しばらく泣いた後でIさんは私にすべてを託し、車に乗せながら号泣と嗚咽を繰り返した。
私は一縷の望みを持って狩勝峠を越え車を走らせた。

トマムリゾートを過ぎた辺りで、マーヤは息を引き取った。
林に囲まれ、山々が美しく輝いていた。
私はマーヤを車から道端に降ろし、一緒に景色を楽しむようにしゃがみ込んでタバコを吸った。
それからIさんに電話を入れた。
Iさんは分かってくれていた。

現役の盲導犬を使用者に最後まで介護させ続けてはならない。
看取らせてはいけないのだ。
視覚障害者にも歩み続けなければならない日々の生活があり、盲導犬はそれを支えるのが務めである。
それでも救いであり確かなことがあるとするならば、心がいつまでも繋がっているのを誰よりも知っているのは彼ら同士であり、その領域は神聖ですらあるということだ。

新得町ドライブの最後に私はトマムの景色を見てあの時を思い出し、マーヤの冥福を祈った。

酔い潰れそうになる自分を叱咤しながら、過去を思い出しながら書けたことを嬉しく思う。

(おわり)
 

新得町へのドライブその2 2007年03月31日(土)

  一代目盲導犬キャシーを看取ったIさんは、次の盲導犬と暮らすことを躊躇していた。
悲しみと喪失感を将来再び経験することを恐れていたのだ。
一方で歩かなければ自分の身体は衰え、大好きな散歩にも行けなくなる。何より歩けなくなった自分を天国にいるキャシーが見たら悲しむに違いないと考えてもいた。

「Iさんにピッタリの盲導犬を訓練したよ」
私は職務違反を犯して電話を入れた。

誰にどの犬を割り当てるかは、職場の判定会議における検討を経て決定されるのに、私は訓練段階から『この子はIさんのために訓練する』と勝手に決めていたのだ。

新得からI夫妻が協会に来られた。
私は犬舎を案内し、あるドアの前で歩みを止め、そのドアをゆっくりと開けた。
万が一のことを考え、私は敢えて犬の名前を呼ばずに
「おいで」と声をかけた。
すると一頭のラブラドールが通路に出て嬉しそうに尻尾を振った。
Iさんも「おいで」と声をかけると、その犬はIさんのコートの袖を優しく咥えたまま腰を振るように尾を振り触られるがままに身体を委ねていった。

「名前は何ていうの?」
「それはまだ言えません」
「ううん、いいの。キャシーがこの子だって。この子と暮らしなさいって言ってる」
私はもう一度頭を整理し『本当にこの子でいいのか』と考え、「マーヤです。Iさんのために訓練したマーヤです」と答えた。
「マーヤ…マーヤ。マーヤ、お母さんだよ、よろしくね。」
無謀だったが感動的な時間だった。

その後、新得での現地訓練では、夜になると釣り好きなご主人と毎晩酒を飲みながら賑やかな時間を過ごさせていただいた。

半年が経ち、雪道のフォローアップ訓練を行った晩には、とっておきのドナルドソンを食べさせてくれた。
Iさんは「私とマーヤの訓練に来てるのに、このふたりどうなってるんだろうね、マーヤ」とニコニコしながら台所仕事をこなしていた。

酔いがすすんだ頃、「マーヤお皿もっといで」とご主人が言うと、マーヤは食器が平らになるよう端を器用に咥えて来てお座りをした。
食器に一切れのドナルドソンをご主人が入れると、床に置いてからぺろりと食べ、また食器を咥えたまま根気強くお座りして待っている。
何切れか食べた後、「おしまいだよ」の声でベッドに戻って満足そうに寝てしまった。

I夫妻にはマーヤとの楽しい時間がそれから何年も続いた。
(つづく)
 

新得町へのドライブ 2007年03月30日(金)

  昨年の11月にジャックラッセル/ケイトの父さんが実家の新得町に帰ってしまったものだから、床屋探しが大変で、前回などは極めつけのひどい床屋に入り、顎から喉の辺りはミミズ腫れでヒリヒリし、ホクロの根元からは出血し数日髭を剃る度に悲鳴を上げていた。

そこで昨日の定休日は天気も好かったので、ドライブを兼ね新得町まで散髪をしに行くこととし、勿論ケイトの父さんには内緒で、“どっきり”させるのが狙いだった。
我が家から200数十キロ離れた新得町までは標高1023メートルの日勝峠を越え、3時間のドライブである。
途中、いろんな場所で我が家の愛犬アモの遊び時間を取ったので新得へは午後の1時頃に入った。

新得町には今は高齢で盲導犬を使用していないが、Iさんという私にとって思い出深い夫婦が住んでいる。
姉さん女房の奥さんが中途視覚障害で1頭目の盲導犬はキャシー。
今から30年近く前のまだ私が見習い訓練士の頃、Iさんは協会に入所して盲導犬取得の訓練を受けた。
見えなくなって間もないこともあり、本人は口には出さないが歩くことへの恐怖心で身体は硬く、訓練も順調とは言えなかった。

それでもIさんはおっとりとした性格で、若さゆえのせっかちだった私に『まあ、いいじゃない。人生っていうのはコツコツやってれば必ず良い方向に向くものよ』と、愛着を感じ始めたキャシーの頭を撫ぜながら無言の教えを授けてくれていた。

それなのに私は大失敗を犯してしまったのである。

当時、盲導犬候補犬には各種ワクチンを接種し、日常からも健康管理には気を配っていたので『健康な犬たちである』という思い込みがあり、視覚障害者との訓練に入る前に健康診断をするシステムはなく、卒業前に検査をして使用者に安心して卒業してもらうような仕組みになっていた。
今から思えばバカらしい習慣であった。

卒業1週間前の日曜日、獣医であるS先生が犬たちの検査を行い、私は当直勤務をしていた。
「おぉ、キャシーにフィラリアがいるぞ」と先生。
「え!まさかフィラリアですか?」
「珍しいな。室内暮らしの犬には実に珍しい」
当時、北海道ではフィラリアはまだ少なく主に本州以南の寄生虫と考えられ、道南の外飼いの犬にたまに発見される程度だった。(現在では外飼いすれば1年で多くの犬に寄生してしまうが、当時は札幌もそろそろ汚染地域に入ってきたという程度の認識で、予防薬も外国に出かけた先生がついでに買ってくるという話を聞いていた)

「先生、どうしましょう?」
「大丈夫だ。1ヶ月ほど安静にしなきゃいかんがちゃんと治る」

私は「ちょっと面倒をかけることになるけど安心して下さい」とIさんに結果を報告した。
途端にIさんは泣き出し我を無くしパニックに陥って部屋の鍵をかけてしまった。

人生の途中で視覚障害となり、崩れ落ちそうな自分を何とか持ちこたえさせ、すがる想いで盲導犬との生活にチャレンジし、愛犬キャシーに癒され、私にはおおらかな演技しても、体と心の痛みに必死で頑張っていたIさんに私はとんでもないことを軽々に報告してしまったのである。
Iさんにとっては仮に『キャシーに微熱があった』としても大きなショックになっていたのであり、私には彼女の気持ちを察しながら対処すべき責任があったのだ。

ドアを挟んで私はお詫びと知っている限りの説明を繰り返したが、彼女は許してくれなかった。
その長い時間が私に彼女の心の痛みと理由を教え続けていてくれた。

上司に電話したのだと思うしそうじゃないかも知れない。
私の頭の中では、上司か私かがしばらく話し込んだ後、「Iさん。私はお詫びもしたし、説明もした。それで分かっていただけないのならキャシーを残して新得へ帰りなさい!これまでの努力を私たちのミスであなた自身が捨てるならそれも止むを得ません」
そんな理不尽な強硬手段に打って出た記憶がある。

Iさんはドアを開け、すべてを受け入れてくれた。
Iさんの弱みにつけ込んだ卑劣なやり方だったが、その後10年Iさんはキャシーと快適な生活を過ごし、私は新得に行く度Iさんの家に泊めてもらい、旦那が釣ってきたドナルドソンのルイベを食べながら奥さんもさることながら旦那と気があって飲み明かしていた。

晩年のキャシーはカラオケを覚え、哀愁を帯びた演歌をそれはそれは見事に歌いこなしていた。
あのテープを貰ったはずなのに所在不明。
2ヵ月後に行って貰って来よう。

「ちょっと寄っていい?」
Kにそう言って探したIさんの家。
新得の町は近代的に町並みも変わっていた。

(つづく)
 

動物取扱業登録完了 2007年03月28日(水)

  今朝、動物取扱業の登録を市の動物管理センターに出かけて行ってきた。

「あのぉ、ハンコは押さなくていいんでしょうか?」と昔ながらのお役所文書を想像していた私は尋ねた。
「いや、要りませんよ」と担当者は親切な声で答えてくれた。

そうだよな、今時ハンコなんて勝手に100円で買えるわけだから意味ないし、行政も気難しいこと言わずに手続きを簡素化しているんだなと時代の流れを感じた。

でも、どうしてももうひとつ確認したいことがあって尋ねてみた。
「あのぉ、ここに書いてある『権原の有無』ってどういう意味でしょう」
50を過ぎた男が若い担当者に尋ねなければならないような用語が気になっていたのだ。
勿論事前に辞書で調べておいたが『(民法)権利の発生する原因』と書かれてあっても意味が分からなかったのだ。

「これはですね、ま、例えばあなたの施設に対し我々が改善を要求するようなことがあった場合、『大家さんに訊かないと答えられない』とか、『管理会社に行って説明してください』とか言われても我々は困るわけですよ。つまり、ご自分で改善できるような権利をお持ちかどうかということです」

「あぁあぁあぁあぁ」
私は深く頷き、これだけ長い説明を『権原の有無』という五文字で現していることに深い感銘を受け、最後の方で『?』という思いもよぎった。

「ところで長崎さん。動物取扱責任者としての経歴は申し分ないのですが、その資格を何か証明できる物、例えば免許証のような形をした物とか、修了証書なんかのような物をお持ちでしょうか?」と担当者は尋ねてきた。

実は以前、これを端的に証明できる証書の必要性を感じ、私が盲導犬協会の指導部長だった時に発行することとし、3年と5年をかけて国際基準に従って養成していった若い訓練士や指導員たちに授与式を行って授与していたのだが、私たち自身には改めて発行するのも気がひけてなおざりになっていた。

つまり私は『盲導犬訓練士』『盲導犬歩行指導員』『盲導犬訓練士および歩行指導員の養成指導員』であることを即座に証明する証書を持っていないのである。
私がその資格を証明する方法は、どこかに眠っているはずの協会の辞令であり、運転免許証で個人確認をした上で過去の在職証明を取るとか、国際盲導犬学校連盟や全国盲導犬施設連合会などに依頼して証明してもらわなければならないのだ。

私はそんな時代を生きてきた最後の世代である。
紙切れ一枚で資格を得た気分に浸るような時代ではなく、技術と知識をどれだけ習得し実践・応用できるかが問われていたのである。
そして私が経てきたような徒弟が色濃く残る時代に別れを告げ、明確に科学的・教育的な形へと次の世代の道筋をつけたつもりだ。(技術は学ぶより盗む意欲が大切なことに変わりはないのだが)

そんなことが一瞬のうちに頭をよぎり、口ごもっていると担当者が機転を利かせてくれた。
「長崎さんは、これまでの申請制度でも申請されてますよね。あ、あったあった。この書類で大丈夫です。来週早々にでもカフェにお伺いして再確認させていただきます。」

(まだまだあったが、夜も更けた)
かくして登録手数料を納めて手続きは完了したが、いろいろ思いの残る時間だった。
 

散歩中の吠えを止めさせる 2007年03月27日(火)

  夕べは相当酔ってたらしく自分で読み返しても中盤以降の意味が分からないので忘れて欲しい。

ガーデンのコンディションを週末までに何とかしたいけれど予想以上に土地は水分を含んでいて難儀しそうだ。

今日はたまたま居合わせたMダックスの飼い主の方たちにグループレッスンを急遽行うことになった。
どちらのダックスも吠えがひどく、せめて散歩中に他犬を見て吠えるのを何とかしようというテーマで取り組んだ。

まず飼い主に対して基本的なレクチャー。
1.もともと吠える習性を持つ犬であり、散歩の時は家族という集団意識がより強く働いて、他者や他犬を排除しようとしている一面があること。
2.ダメと叱っているのに吠え続けるのは飼い主の態度に毅然としたものが無く、曖昧で自信のない接し方あるいは誤った意味での寛大さが日頃から定着しているから。
3.吠える・引っ張るという振る舞いを『悪い行動』と捉えるのではなく、『我を無くしている状態』と考え、叱るのではなく『我に返す』刺激を与えることで、結果的に犬は飼い主の意思を知り、次の段階である『言葉による制御』を聞く耳を持つようになる。

そのうえで今日は犬を叱るのではなく、吠えさせない若しくはすぐに吠えるのを止めさせるテクニックを指導した。
1.叱りの言葉は不要。リードを通じて意思を伝え、伝わっていることを確認して褒める。
具体的には吠えるレベル(我を無くしている興奮度)を即座に判断し、そのレベルより強めのリードショックの第1波を行い、立て続けに第2波第3波の制御で犬を冷静にし、リードから意図を伝える。
2.数回のうちに犬は学習するから、吠えるレベルは低下し、したがって制御も弱いレベルになる。
3.次の日にはまた元の状態になることを織り込んでおけば、飼い主は落胆することも無い。
2週間前を振り返った時に「進歩した」と気づくはずである。

上記の内容は大雑把なので軽々に判断せず、ちゃんとレッスンを受けるように申し添えておく。

散歩中の吠えを矯正するレッスンだったので私たちは他犬を探しながらわいわいがやがやと歩き回った。
「いつもなら犬がいない所を選びながら歩くのに、何か不思議な感じですね」
「これからは犬を探してくださいね。教材が前から歩いて来たと考えるんです。吠える状況があるから吠えてはいけないことを教えることが出来るし、一旦吠えなくなったら冷静に相手を見ているわけですから散歩そのものがとてもいい社会経験につながります。狂ったように吠えながら歩いていては100回歩いても何の社会経験にもならないのです」

一回のレッスンで頭と体がうまく機能するはずもないから、何度か通って欲しいと思う。
そして散歩中に吠えるのを止めさせるレッスンだったのが、いつの間にかそれ以外のことで愛犬をリードできるようになっている自分に驚いて欲しい。
 

偶然ではなく必然であるために 2007年03月26日(月)

  Kと私にとって当たり前の愛犬との暮らしがどうやら世間一般ではうまく理解されず機能していないことを、今日関わったワンちゃんを通して改めて感じた。

愛犬をうまく育て楽しく暮らすことは実はとてもシンプルで、一旦そのコツを理解すれば以後の愛犬との生活はほぼ保障されるものなのである。

基本その1.
犬の成長過程には予想できる諸問題が明確に存在し、それは犬種特性や個体差による違いはあっても大筋で食い違うことは無い。

基本その2.
犬は本当に私たち人間と同じような心理で、物事を受け入れあるいは排除し興味を持ったり無関心にもなるし、好意的にも闘争的にもなる。

犬たちとうまく暮らすにはこのふたつの基本を理解し、枝葉の知識や接し方、かける時間と整える環境などを加味すれば良いだけなのだ。

極端な表現で恐縮だが犬たちとの暮らしがうまくいかない家庭には上記のふたつの基本に加え、『基本その3』という項目が存在しており、それがすべてを台無しにしているように私には思える。
『基本その3』とは愛犬教室や飼育テキストでも頻繁に耳や目にするまるで『神聖な領域で踏み込んではならない』と言わんばかりのゆがんだ動物愛護精神である。

良心的な思いで愛犬との生活を始めた家庭の家財道具が日常的に破壊され、子供が肉体的に傷つき精神的に犬を拒絶し、家族が途方に暮れているのに何故動物愛護の精神がまるで黄門様の印籠のように尊重されなければならないのか!

自信を持って大声で言い放ちたいのだが、世の中にはおかしな連中がいるから厄介なのだ。
いわゆる『命令魔』である。
どうでもいいことを、本当にどうでもいい時にやたら命令して、愛犬を支配してるかのごとく振る舞い、まるで自分の存在とその価値を確認・誇示するような連中である。
日常の何処に不満があるのか知らないし、上司として口癖になっているような優位性とか支配欲がそうさせるのだろうけど、基本その1と2すら知らず、『長崎もそういっておる』と、存在しない基本その3を堂々と踏みにじる輩は意外と多いのだ。

しばらく連載しようか、このテーマ。

考え方と方法論は先送りにし、結論を先に述べると
・犬とはそういうものであり
・こうすればこうなることもあれば、個体の稟性もあって考慮することもあるけれど
・絶対護るべきは人間であり家族であり、そこには足し算も引き算も無く
・それ以上のことに関わるならば知識と責任それに愛護精神を持ち
・社会で受け入れられるか、それとも社会を変革するかの明確な意思を持っていなければならない。

酔っ払いのたわ言を制御する規律をこの欄に設けた方が私は良いと思うけれど、そうなれば読者は真実を知らされないことにもなる。

最後に真実の基本その3.
お利口になればなるほど待遇は良くなり、『我が家の愛犬アモ』という地位を確立できるようになるのじゃ。
 

『逆手に取る』という発想 2007年03月25日(日)

  僅か一日でガーデンはすっかり姿を変え、しばらく使用不能状態となった。
夕べの雨に加え、気温が10度を超えたため大切に保存していた雪を一気に吹き飛ばすと、みるみる氷が解け始めたのである。

しばらくご不自由をおかけするし、カフェは開店休業状態となるかもしれない。
愛犬の体力発散よりもくつろぎのひと時をお過ごしにおいでくだされ。

こんな時期にはどんなガーデンにすればよいのかいつも悩んでしまう。
仮に全天候型のドームのようなガーデンを作ったとしよう。
するとそこにはせっかくの北海道の雪を楽しむ環境がなくなってしまうし、数年もすれば異臭が立ち込めてしまうに違いない。
臭いの放出と紫外線消毒のため開閉式ドームにすれば今度は経営が成り立つはずも無い。

芝生にすると経費はかかるし使用制限の期間をかけた割には満足度が低い、というよりガッカリ度が高いだろうと想像している。

現在考えられるとすれば、水が浸透する目の荒いアスファルトで、これは各地で実験が積み重ねられており多少の興味を持っている。
利点は
・除雪を一気に行えるし、翌日には遊べる環境を提供できること
・バクテリアの生息が可能で臭いの問題を解決できること
欠点は
・自然な環境ではなく、完全に衛生環境を整えたと言える自信がないこと
・ウンチの痕跡が残ること
・夏の日差しで暑くなること

水はけを良くし雑草と共存できて、熱を反射しやすい白いアスファルトがあれば、そしてそれが廉価であれば検討しても良いと思っている。

科学者や技術者にとって最も難しい課題は何か?
それは発明や発見の基礎となるもので、単に指示された物を作り出すことではなく、何が求められ何を作ればよいかを知ることであろう。
その意味において今夜のこの欄を読んだ科学者・技術者は幸いである。
せいぜい頑張っていい物を作って欲しい。
ヒントは充分に提供しているし、事業拡大に繋がる素材はそこら辺にゴロゴロしている。
 

現象に過ぎないこと 2007年03月24日(土)

  春でしたねぇ。
解ける解ける、どんどん雪が解けてびっくり。
それでもまだガーデン中央には10数センチの分厚い氷が陣取っていて、力一杯ツルハシを振り下ろしても割り切ることができなかったのはさらなる驚きだった。

驚きといえば、夕べの酒が朝になっても残っていたことも私の驚きで、自分の身体が別物になり、こうして加齢を自覚していかなければならない年齢に達したようであり、私の余命には10数センチの氷の厚さ程の逞しさが残っていないのが残念といえば残念である。

さて、今日のレッスンは柴犬のピー君。
もう5〜6回のレッスンになるだろうか。
手をあまし苦悩の末に私の元へやって来たわんこであるが、成果は上々で順調に育っている。

ところで自分の愛犬を訓練士に託する場合、一般的にどの程度の訓練回数を考えるのが相場なのだろうか。
私にもその筋の情報は入らないからよくわからないのが実情である。

盲導犬の場合は最低80時間の訓練が国際基準となっており、ピー君の5〜6時間という訓練時間は導入部分に過ぎないのに、私自身は『もうそろそろいいんじゃない』とか『家庭犬なのにどこまで訓練したいの?』という気分になり始めている。
これ以上訓練すると真剣に何かを教えたくなる状況になり、それは飼い主が当初望んでいた問題行動解決の分野からかけ離れ、別次元の世界へのアプローチを意味することでもある。

私のイメージする優良家庭犬とは飼い主がその犬を連れて何処へ出かけても誰にも迷惑をかけない状況であり、お手やお座りが出来るかどうかなど全く関係なく、さらに言えば、どんなわんこであっても飼い主がちゃんと制御できる姿勢が整っていれば素晴らしいユニットであると思っている。

つまりは『暮らしやすいわんこ』というのがキーワードで、『利口でファンタスティックなわんこ』は今の私の眼中にはない。
そのような犬はいつでも必要とする人がいれば訓練で作り出せるし、必要とする人と共に暮らしてこそ輝きを放つのであり、そうでない人の飾り物として存在するには眩しすぎ、人を裸の王様にして惨めにさせるのではなかろうか。

冬が終わり春が来る。
確かに厚い氷はあるけれど、だからと言って春の到来を否定することはできない。
冬だ、春だ、夏だ、秋だと何かにしがみついて生きるより、四季に心打たれつつもトータルな精神を根幹に持っていればより多くの感動を得られるのではないだろうか。

酔ってしまい訳分からん話になってお恥ずかしい。
ここまで書いてもいつもなら普通に削除していた文面であるが、今夜はKがもったいないからと言うのでアップしてみた。
 

変わりゆく 2007年03月23日(金)

  いよいよ春の日差しがキープされる状況になってきて、雪のガーデンとの決別を真剣に考えなければならなくなった。
春の大雪をあと一回予想していたが、天気予報では日曜日からしばらく雨が続き、雪解けによる街の汚れを一掃する日々となりそうだから、それに併せてガーデンの雪と氷を週明けにも排除しようと思う。
したがって明日の土曜日までがガーデンコンディション良好であり、日曜日の雨から一気に最悪の状態が最低2週間は続くことになる。

来年からはこのガーデン泥沼時期にカフェをしばらく臨時休業にし、その間アモを連れて家族で旅に出るパターンを考えている。
そんな夢が実現できますように…。

さて、一昨日からお泊りの柴犬宗一郎君。
柴犬ナンバーワン/ファーストプライズの贈呈を考えていいと思うほど役に立っている。
否、私がこれまでにこの欄で書いてきた柴犬の概念の一部を改めねばならないような振る舞いを示してくれているのだ。
彼のことは以前(2006.9.17付)もこの欄で紹介していた。

『別物って感じ』
初めてカフェにお泊りした時、未去勢だった彼は平気でマーキングを繰り返し、私はせっかくいい犬なのに家族の一員ではないただのオスの動物として『別物って感じ』という表現をして、飼い主を暗に戒めてしまった。
その飼い主がこの欄を読んでいることさえ知らずに…。

現在、若い飼い主のT夫妻はカフェの常連となり、除雪機ガロアラシ号の後見人でもある。
私の無礼を看過してくれただけでなく、愛犬に去勢を施し毎週のようにカフェに通い続けてくれている。

その結果が今回のお泊りに如実に現れていて、Kも私も大満足である。

『どうぞお構いなく』というワンちゃんが増えてる一方、
『遊ぼうぜ!体力の発散だ!』
というわんこもいるのだが、宗一郎は実にうまくこれらの犬たちのおもてなしをしてくれるのである。

そして閉店後には与えられた食事を完食し、安らかな表情で眠りに落ち、最終のトイレタイムにはさっさと大小を済ませ、2階の寝床に駆け上がって静かに過ごしてくれるようになった。
今回のお泊りで破壊したのは100円ショップで買ったリード1本だけである。
これだってもしTさんからお預かりしていたリードを噛み千切ってしまったのなら弁償もしなければならなかったから、私どもとしてはファインプレーである。

「プラスティックの留め金はそのうちウンチに出てくるでしょう」
気にすることはありません。

「こらぁ!マテ!」
「ええかげんにせんかい!命張ってかかって来い」

普通のお泊り犬にはそんな言葉をかけることも無いが、柴犬宗一郎とはそれが普通の会話であり、彼が徐々に日本語を聞き入れて成長しているのが素晴らしかった。

私の隣で深い眠りについている宗一郎を起こすと、重たそうに目を開けてため息をついた。
『ええかげんに寝ろよ。それとも今から遊ぶかい?』
 


- Web Diary ver 1.26 -