From the North Country

肉体労働・朝風呂・通常業務・そして酒 2007年02月04日(日)

  早朝からの除雪作業でぎっくり腰治療中の私の身体は悲鳴を上げていたかもしれないが、Kが準備してくれた入浴剤入りの朝風呂がすっかりリフレッシュしてくれた。

風呂上りの私に「せっかくの日曜なのに今日は、ヒマそう」とスタッフは吹き荒れる外を見ながら同情していたが、後に「今日は大変だね」と私のほうがスタッフに同情することになった。

カフェに嵐が吹き荒れるたび、「来れるもんなら来てみぃ!」と開き直る私であるが、その言葉に意気を感じてくれたNさんを皮切りに、たくさんの方々がまるでスケジュールをきちんと振り分けたかのように来店してくださり、厨房のKとスタッフMはお互いを励ましあいながら頑張ってくれた。

今回が2度目となる柴犬ピー君のレッスンを行った。
「どうですか?大変なんでしょう?」という私の問いかけに、初回の時は思い詰めたような表情の飼い主さんは「いや、そうでもなくなっています」と嬉しい返答をしてくれた。
そして実に的確な質問を私に与えた。
「室内で目が放せない時は係留するようにしてうまくいってます。夜寝るときはどうすればいいのでしょう?」
私の答えは、「ハウスのドアは開放したまま、ハウスでもあるいはその外ででも愛犬が選択して眠れるようにしてください」というものだった。

いざ訓練に出かけてみると、ピー君は前回よりも遥かに進歩していた。
人の話に耳を傾ける準備が出来つつあるし、交差点での『マテ』の深刻さを理解しているようにも感じられた。

私が思った以上に、飼い主は現状を深刻に受け止め、アドバイスしたことを適切に実践しておられたのだろうと実感できた。

多くの飼い主への忠告。
室内で犬と暮らすということは、しつけもできていない犬を野放しにして苦労を背負い込むことではなく、必要なルールを定め、それを実践できるようになった犬にはより快適な待遇を与え、結果として自由に振舞わせることである。

その意味は理解できても具体的な対応が分からない方はカフェに足を運ぶしかなく、これは何も客寄せに報じているのではなく私の経験則を正直に伝えただけ。

睡魔が襲っている。
今夜の酒は、国稀特別純米酒と土佐焼酎いごっそう、中国白ワイン長城それにいつものガッツマンであった。
 

どうすれば・・・ 2007年02月03日(土)

  今日は節分。
北北西を向いて恵方巻きを一口かじった。
5年前の北海道ではみられなかった新しい習慣が定着し始めたのか、「買い物に行ったら飛ぶように売れてたよ」とKが話してくれた。

この新しい習慣とか現代の常識などというものに、どうしても反発したくなる人がいつの世にも存在して、それはそれで大いに結構なこともあるのだが、愛犬のウンチを放置するという非常識だけはどうしても受け入れることはできない。

毎夕我が家の愛犬アモと散歩するコースに、通学路ではあるが日中や夕方以降はとりわけ人通りのない厚別東通がある。
街灯が新雪を照らし、除雪された歩道の両側にはアモが体をうずめたくなるような柔らかい雪が積もっている。

しかし、私たちが歩く1キロほどのそのコースに毎日のようにラブラドール前後クラスの同一わんこのウンチが放置されている。
食べているものは安物のドッグフードで、副食は無し。
時には2箇所に同じ量のウンチがあるから、恐らくすぐ近所に住み、普段は排便にも出してもらえず、日に1回の散歩が排尿便を兼ねたものになっているようだ。

外飼いだとしたら、自宅敷地ではウンチをしない律儀なわんこであり、室内暮らしなら、犬が飼い主に寄せる想いほど飼い主からの手厚い待遇は受けていない。
それでも水は充分に与えられており、健康状態も悪くはなさそうだ。

『警告!毎日この道でウンチを放置している大型犬の飼い主へ。
以後も放置するようなら、あなたの姿がバッチリ写っている現場の証拠写真をお届けしましょうか?』

今夕の散歩でそんな貼り紙をイメージしたが、自分の性格の悪さの方が映し出されて二重に不愉快な思いをしてしまった。
通行人を不愉快にさせず、当事者を素直に改心させるにはどうすればよいのか?

現場付近の電柱数箇所に『わんちゃんのウンチ袋です。困ったときはお使いください』とでも書いて数日ぶら下げておけばどうなるのだろう?
 

辛い報告 2007年02月02日(金)

  水曜日の早朝、トイレに腰掛けて新聞を広げた途端、腰に違和感が走った。
『大丈夫、別にギクッてなった訳でもないし、大した被害はないだろ』」
そう思ったのも束の間、動くに動けなくなった。

やっとの思いで腰をかがめながら出てきた私は、すぐにS治療院に電話を入れ、空きのあった11時に予約をとった。

久しぶりの治療に不安があったが、驚くことに泣き喚くほどの痛みはなかった。
この1年半の間に行ったヨガとそこから独自に発展させた温泉ヨガが私の身体をそこそこ守っていてくれたらしい。

今日で3日目になるが、座っているのが一番辛く、次に辛いのが、散歩の時思いがけなく雪の下の深みにはまった時で、腰に激痛が走る。

いつか大事になるのかもしれないが何故か今は楽観して『またそのうち良くなるだろう』と感じている。
『寝込むのはまだ先。もう少し年老いてから』
いつかこの思いが裏切られる日が来て、涙が自然に溢れ出るのだろうな。

そんな甘っちょろいものではなく、余命1ヶ月という死の宣告を受けたゴールデンのムータン(夢太)が今日お別れにやってきた。
血管腫との診断でいつ脾臓から大出血が起きて死んでもおかしくない状態だそうで、飼い主のMさんは涙をこらえながら気持ちを整理するように話してくれた。
せっかちな私は詳しい情報を聞きだそうとし、いつもは見かけによらずひょうきんでいて奥深い話をされるMさんも、さすがに慎重で言葉を選びながら降りしきる雪の中で重い口を開いてくれた。

Mさんの説明にあった診断結果による死に至る詳しい必然性は私には理解できないし、彼女には悪いが理解したくもなく極端な話どうでもいいことだった。
生あるものはいつかは死ぬし、死に及ぶとき悲しむ存在がそばにいてくれたらそれだけでいい、と日頃から思っているからだ。

非情と捉えられても仕方ないが、ムータンはその条件を整えているし、我が家の愛犬だったスーの死と同じような経緯を辿っているから心の隅で本望だろうとの思いがある。
なにより同様に感じておられるMさんも既に家族で泣きはらし、カフェでは気丈に振舞ってくれていた。

ただ、ムータンの死が直近であっては欲しくないと願った。
では『いつならいいのだ』と問われても答えることはできないけれど、少なくとも2年先、いや今日のように元気で甘えたがりつぶらな瞳で見つめている時であってはならない。

「検査して、そのような状態であることがわかってよかった」とMさんは言う。
「後悔したくないから」というのが理由だそうだ。

交通事故などによる突然死と告知されたうえでの死の違いは、本人はともかく少なくとも残される者の受容の過程で大きく違ってしまうのは確かである。
状態を知りできる限りの手を打つうち、本人の衰弱を目の当たりにし徐々に受け入れてしまうこともあり、それが喪失感と悲しみを少しでも和らげてくれるのも経験している。

だがそんな状況にあってこそ“奇跡”の価値があろうというものだ。

Mさんはムータンとまた来店してくれるはずだ。
そう願って私はカフェから見送った。
今悲しむことはない。
手立てを尽くせば何かが得られるに違いないのだから。
 

骨が折れる 2007年01月30日(火)

  「やいや、ひっどいもんだねぇ」
そんな挨拶が今日札幌のあちこちで聞かれたことだろう。
1月末の暖気に対する驚きと、道路の雪が解け、水しぶきをあげて走る車からの泥ハネがそれほど凄かった。

明日は雨の予報となっており、雪祭りの雪像は大丈夫なのかと札幌市民として心配になってしまう。

さて、前十字靭帯断裂のため去年の3月に左足、7月には右足の骨を一旦切断し膝関節の角度を変えるいわゆるTPLOの手術を受けた我が家の愛犬アモの検査に昨日行ってきた。

通常の散歩や運動はほぼ支障なく行えるようになったが、雪中を存分に駆け回ろうとするとアモは足を上げて一時的に歩けなくなることがあって心配していた。
術前の先生の話では「この手術で存分に駆け回れるようになりますよ」とのことだったので、どこかに異常があるのかもと不安を感じていた。

が、レントゲンを診た先生は「いいですねぇ。しっかり接合できましたね」と結果が上々であることを説明したうえで、「いやはや、実はね、私も去年の秋にここの骨を折りましてね」と左鎖骨辺りをさすりながら、「これまでたくさんの犬の手術をしてきたけど、骨折の術後経過というのはずいぶん大変で長引くものなんですねぇ。今でもホレ、ここまでしか腕が上がらないんですよ。」と左腕を水平に上げてみせた。
そして、「今年の冬は天気予報なんて見なくても、ここの痛み具合で明日の天気が分かっちゃいますねぇ。」とご満悦な様子だった。

名医と評されている先生だが、これからはさらに患者の苦悩と痛みを理解し、『いい先生だよね』と親和を込めて語られる先生になられることだろう。

ただ、先生の肩の違和感がなくなる前にアモの両足の状態が万全になることを期待している。

「やいや、ひっどいもんだねぇ」
明日は雨の予報であるから、そう言って先生は肩をさすっているかもしれない。
アモはといえば、今日は寝てばかりいた。

早朝から除雪をし、アモの管理をし、先生の話にも耳を傾けなければならない私も結構骨が折れる。
 

静かな怒り 2007年01月29日(月)

  日付も変わろうとしている厳冬であるべき季節の深夜なのに、降り続く雪はまるで北陸の豪雪地帯のように重く湿っている。
日中フル稼働したロードヒーティングの余熱で、階段や玄関前の雪は解け、手摺やフェンスでは普段のパウダースノーでは通常有り得ないような形状(まるで雪庇)のようにせり出している。

夜中に近所迷惑で申し訳ないと思ったが、必要な場所だけガロアラシ号を稼動した。
除雪を終えてしばらくすると、近所でも除雪機の音が響き始めたとKが教えてくれた。

降り続く雪で殆ど来店のないカフェだったが、そんな中、駐車場からクレートを引きずりながら駆け込み寺にやって来られた柴犬の飼い主には幸いだったかもしれない。
「困ってます!」という飼い主の表情以上に私の顔は引きつってしまっていたが、どうせ他にすることもなかったので、夕べこの欄で書いたレベル3以下の条件にも関わらず、レベル1あるいはそれ以上のサービス対応をしてしまった。

飼い主を噛むは、家中を休むことなく走り回るは、ついには近所からの苦情で、留守中吠えっぱなしの愛犬の行状に苦悩し疲れ果てた顔がそこにはあった。
「この犬の前に飼っていたゴールデンはとてもいい子だったのですが…」

そう、この国の愛犬家はたまたま良い犬に恵まれた結果、『犬というもの』を勝手に美化し理解した気分になり、自らを愛犬家と称し、鼻高々に芸を披露し、犬というものを賛美してその中心に自分がいることを喜びとしている。

つまり偶然、良き家庭犬になった犬との暮らしによって今後もその楽しい暮らしが必然的に訪れると勘違いしている。
あたかも、カフェで「今日は今月のパスタ」「今日は温麺」とメニューの違いを楽しむように犬種を変えて暮らせると誤解しているのだ。

純粋無垢で善意に溢れ、良心的な飼い主の生活を愚弄しながら甘い汁を吸い上げ、挙句には奈落の底に突き落としている元凶は、身の毛もよだつ『生体販売』に腐心するペットショプをはじめとする大手を含めたペット産業であることは間違いない。

なぜ、せめて、犬種特性を正しく伝え、まともな犬を繁殖に用いないのか?
その評価の仕方すら知らない連中から、まるでロシアンルーレット(一発だけ銃弾を込めた回転式銃を頭に当て、引き金を引きスリルを楽しむ拷問)のような際どい状況下で、見た目に惑わされ購入する飼い主。

唯一彼らの商法に対抗できるのは不買であるのに、人としての優しい心がそれを置き去りにして、彼らの商売を助長している現実。

さらに飼い主の無知と、商売の巧みさ。
これらが合致した現実が日々私の前にさらされ、新たな商売としていくらでも展開できるようになっているのだ。
弄ばれるのは、誰もが口をそろえて「可愛い」と言う犬たちである。

どこかおかしいでしょ?そう思いませんか?

今日訪ねてくれた問題犬の柴犬はいい子であり、問題もあった。
だからこそ私は悔しいのである。

この話題になるとつい熱くなってしまう。
絶対の信念と理論があり、世界中の誰とも共感できる自信があるからだ。

明日の除雪が私の当面の課題であり、時間は深夜1時を過ぎている。
クールダウンしてそろそろ寝ることにする男からのささやかな発信である。
 

お困り犬対処の費用別3案 2007年01月28日(日)

  ここ数日、お困り犬の相談が舞い込んでいる。
今回はどれもが柴犬で、お困り事はいつもの想定範囲内の行状である。
「何とかならないでしょうか」との悲痛な相談に私は何と応えればいいのか未だに迷ってしまう。

今夜は私の頭を整理するためにこの欄を使わせてもらおう。

1.ほぼ完璧にご希望に応えることができる第1案。

1頭につき毎月の訓練報酬が100万で、期間は最低6ヶ月、犬によっては1年を考えていただければ、私の生活の一部としてそこそこご希望に沿った『育てなおし』が可能だろう。
ただし、保険料と訓練にかかる旅の費用や飼い主との合宿訓練費は別途請求させていただき、その他の経費はサービスさせていただく。(生後5ヶ月以内の仔犬なら基本料金はさらに安くしてでもお受けできるだろう)

2.うまくいけば納得できる結果が得られる第2案。

一頭につき毎月の訓練費は10万程度と格安になり、期間は同じく半年から1年。
ただし1案とは違い、お泊り訓練は月に10日ほどで、カフェを営業する中での対応とさせていただく。
事前面接で到達目標が設定されるが、カフェと自宅では振る舞いが違ってしまう可能性が高く、フォローアップは必須項目となる。

3.最もリーズナブルでそれなりに満足できる第3案

自らの『犬観』というものを一度棚上げにして、できれば仔犬の時から私のカフェに通い続け、『犬種特性』と『家庭犬の本質』を今一度考え、そこで知り合った仲間や私と意見交換し、私の犬に対する振る舞いを素直に学ぶか、疑問をぶつけて議論し納得のいく育て方を模索する方法がある。
それと同時にカフェのドッグフードやおやつなど継続的に購入していただければ、地味に私たちは感謝するはずだから気づいた頃には立派な愛犬が育っていることだと思う。
計算すれば費用は格安どころではないはずである。

最近、第3案のきっかけになる方が来店されておられるのだが、私自身の愛想がもう少しマシで、商売向きな性格だったらうまく対応できるのだろうに、そうじゃないから迷惑をかけてしまっている。
犬種特性を犬に問うのではなく個人特性が問われているようで恥ずかしい。

でも、犬の特性を知った上で相手を変化させるのは人間の特権でもあり、場合によっては人間に対する傲慢に繋がりかねないことを自戒しつつ自らの姿を反映すれば、犬と共に育つことが理解されるであろう。

愛犬相談を受けたとき、この三つを提案し、さらに私の奔放なやり方に異議を唱えないという条件を受け入れてくれれば何とかなるかもしれないと思ったが、どうだろうか?

明日の朝この欄をコピーし、まるでファーストフードのお店のようにマニュアルに沿った返答ができたらどんなにか気持ちは楽だろうと思うが現実は…。
 

今回の小さな旅 2007年01月26日(金)

  年が明けてからもずっと穏やかな天候が続いていたので、昨日今日の小旅行は大変な嵐に巻き込まれるのではないかとのネガティブな予想を数週間前からしていた。
その方が、天気に恵まれた時の喜びも大きいし、荒れた時の落胆も小さくて済みそうだから…。

さて結果は、『この上ない最高の天候と訪問先に恵まれ、とても楽しい二日間だった』。
詳細と感想はKが最新情報に書くか、カフェで報告すると思うので、私は別の話題としよう。

今回の旅先は旭川市とその近郊。
私が盲導犬協会で現役だった頃、どういうわけかこの地区を含めた道北の担当が多く、旭川には頻繁に宿泊していた。
朝の気温がマイナス20度を超えると、札幌で入れたガソリンが凍り付いて車の始動ができず、昼頃まで足止めされたこともある。
今でもそうなのだろうか?
幸いにも今朝はマイナス13度だったから問題はなかったが、車内に置いてあったペットボトルのコーヒー飲料ははち切れんばかりに凍結していた。

Kの要望に応えて旭川市内をドライブすると、私は無意識に盲導犬ユーザーと歩行訓練したコースに車を走らせてしまう。
そして流れ過ぎる景色の中に、数年からニ十数年前の光景を思い浮かべるのだ。
『そう、この交差点で安全確認の方法を口酸っぱくアドバイスした』とか『このお店や郵便局の入り口を盲導犬に覚えさせた』などという他愛もないことなのだが、当時の光景が目の前に現れてしまっていた。

そしてついには「ここが○○さんの家。もう死んじゃったけどね。」とか「ここは○○さんの家で、盲導犬○○がいるんだよ」とKに説明し、ユーザーのことや盲導犬の思い出話を披露したりしていた。

本当は立ち寄って声をかけたかったけれど、突然立ち寄れば迷惑にもなるし、きっと話が長くなってしまうだろう。
この街のユーザーは私が出張する度に、みんな集まって夕食会を開いてくれていたのだから。
でも声をかけるのは数年先にしよう。
その時は予定のない生活になっているはずだし、ユーザーの方には前もって知らせることもできるだろうから。

時代と共に少し変わった旭川をドライブし、買い物公園を三人で歩いた。
デパートで買い物したいというKを送り出し、その入り口で我が家の愛犬アモと待っていると、何人かの方が声をかけてきた。
「おりこうさんですね。盲導犬でしょ。実はうちにも犬がいて…」と話題が深まっていた。

現在、盲導犬は旭川市の市民には充分に受け入れられている。
私の記憶の殆どが、そうなるように啓発を続けてきた昔の時代の旭川であるが、実はその勝利を勝ち得るために努力を積み上げてきたユーザーの継続的な活動によって、旭川の市民意識の向上が計られたと実感している。

今回の小旅行は幸いにも天候に恵まれたけれど、『偶然ではなく必然』とするために『多くの時間と努力によって手繰り寄せることができる』という教訓を、長い時間を経て私に伝えてくれたようでありがたかった。

ちょっと違った視点を与えてくれる。
だから旅はいいのだと思う。
 

これが私の体質 2007年01月23日(火)

  年末年始から続いていた腹部から背中にかけて広範囲の発疹がようやく収まって、ガサガサのカサブタ状になってきた。
原因は頂き物の上等な焼酎である。

いわゆる焼酎乙類あるいは本格焼酎と表示されている上等な酒の中には、貧乏性に馴染んだ私の体質に合わない酒が存在する。

この乙類の焼酎は清酒と同様に米を原料として焼酎用の酵母などでもろみを造り、第二の発酵に使われる原料によって麦焼酎・米焼酎・芋焼酎・そば焼酎…などに分類されるらしい。
いわば正統な酒造りによって生まれた由緒正しいものである。

これに対し焼酎甲類という『甲乙丙丁』を知っている人間には上位に値するような分類(実際には旧暦で使われた単なる数字のようなもの?)をされ、4リットルのペットボトルで売っている安物の馴染み深い焼酎は、糖蜜やイモ類穀物を原料として蒸留した後、水でエキス分が2%以下になるまで徹底的に薄められ、さらに怪しげなアルコール成分で度数が調整されたものらしい。

上等な乙類でもいいちこや二階堂といった何処でも売られている焼酎は私の体質に合っているのだが、さらに高級でマニアックな焼酎にどうやらまだ適応しきれてないようだ。
厄介なことに、甲類の焼酎でも顔が赤くなったりするものもあり、体質というのは人間の価値観のように物の値段の高い安いに囚われることなく、個々人に正直に表れてしまう。

妙な飛躍的展開で恐縮だが
1.『愛犬が下痢をしたから動物病院へ』という発想に対して『あなたは下痢をしたらすぐ病院へ行きますか?』と私は答えてしまう。
下痢には異物を一刻も早く排出するための生体反応である場合が多く、愛犬の管理が普通にできていれば、原因となるものに心当たりはないか、他に症状はないかを観察した後に、必要なら動物病院へ行けばよいのでは、と考える。
すると『犬はものが言えないから重篤になる場合がある』し『人間は安易に病院に行けば社会医療費の負担増になり国家に迷惑をかけるけど、犬は自分の負担になるだけだから別にいいじゃん』と答えが返ってくる。
まあ、これが現代ペット社会だろう。
焼酎飲んで発疹が続いても病院に行かない人間と、フライドチキン食べ過ぎて下痢しただけの愛犬を抱えて動物病院に駆け込む人間。
極論を言われれば反論のしようもないけど、もしかしたら未来の愛犬家同士の『こんばんは』という挨拶は『今日の動物病院での検査結果はどうだった?』というものに変わってしまうのではないのだろうか、というほど生き物の体質や異常の原因を考えず行動し薬に頼ってしまいそうで怖い。
恐怖の鳥インフルエンザはそのようにして生まれてきただろうに…

2.…以下を予め考えて書き始めたのに、酔っ払っちまって思い出す気にもならず既に2時を過ぎているから今夜はおしまい。

明日からはまだたくさん残っている本格焼酎をいろいろ試しながら、私の体質に合わない原料を見極めようと思っているが、“体質に合わない”イコール“まずい”ではないという壁が高くそびえている。
 

アモは満足に留守番、私たちは映画鑑賞 2007年01月22日(月)

  今夜、Kは“マリーアントワネット”、私は“硫黄島からの手紙”を同じシネマ館で観て帰宅したのが23時半。

お泊り犬がいなくなった途端、私たちは「アモ、悪いね。ちょっと行ってくるから」と、出かけることが多い。

一年前ならうまく状況が飲み込めず、ずっと階下で待ち続けていたアモだったが、今では「あ、そうですか。行ってらっしゃい。」と顔を持ち上げることもなく目の動きでそういって送り出すし、「ただいまぁー」と私たちが帰ってくると、ごそごそと起き出して2階から降りてくるようになった。
アモはアモで、誰にも邪魔されない静かな睡眠をここぞとばかりに満喫しているのだろう。

アモと暮らし始めて1年の報告を10日前にこの欄でもしたが、「ええ!まだ1年ですか?もう3年も前からいるような気がしてます」との声を頂くことも多い。
すっかり家族になったと実感できている。

さて、“硫黄島からの手紙”は65点以上70点未満というのが私の評価である。
無類の戦争映画好きの私だから過度な期待があったのかもしれない。

戦争映画というのは
1.冷酷なまでに淡々とドキュメンタリー的な記録にした映画。(この場合、客観的に見せようとしているが決してそうではなく言葉に出さない力で反戦を示唆することが多い。もとより客観というのは存在しないと私は考えているが、人間ではなくヒトであり、怖さを感じるより冷徹な生き物の争いを天から眺めた後に現実に戻されるような衝撃を受けることが多い。)

2.時代に翻弄された挙句、非現実的な状況にさらされた中での極限を描く究極の人間ドラマ。(この手のものはホラー映画より怖いし、寝付けないし、夢に見るし、考えさせられる。私の最も苦手で好みのジャンルである)

3.日本の時代劇のように、身内としての親しみを感じるよう仕向けた設定の上で、身内の中にそれなりの犠牲を払い、それでも相手を撃破していくテレビゲームのような完全なる戦争ドラマあるいはスペクタクル。(ハラハラしたり、同情したり、憎しみを抱いたり、そして最後には胸がスカッとしてストレスが解消された気分になる考えてみれば恐ろしい映画。)

4.政治家と死の商人、あるいは思想家や宗教指導者のエゴやしたたかな計算に基づいた戦争に発展する映画。(ただの人間である人間が、権力あるいは庶民にない知識や雄弁性を持ち、なお水面下で野心を進めた場合の恐ろしさを描かれればついマジ顔になってしまう。)

と、まあ、酔っ払いなりに感じている。

今夜の“硫黄島からの手紙”はいくつかが中途半端だったように感じ、言葉遣いの時代考証を初めから放棄していたのは現代の若者に理解しやすいよう意図したものであろうことは分かったし、クリントイーストウッドの『階級にとらわれない意思表示』もあったが、この映画に必要な『死に行く人間がそれを否定し、受け入れる』ようになっていく一貫した時系列の表示と描写があればもっとよかったと思う。

批評するは易し、自ら実践するは難し。

ともあれ楽しい時間を過ごさせてもらった。
 

旅に出よう 2007年01月20日(土)

  2002年日韓ワールドカップの年に私は車で全国を放浪していた。
計算すれば私はまだ40代で、今思えば贅沢な旅だった。
あの旅の途中で差し掛かった交差点の、とある光景が未だに思い出されることがある。

赤で信号待ちをしていた交差点に、老婆が立っていた。
私の前を横断したそうなのだが、いつ渡っていいのかが分からない様子である。

周囲の景色は確か城下町だったように記憶している。

信号が青になり発車しようとした時、その老婆は私の前を口をパクパクさせて何か言いながら頭を上げ下げして横断して行った。

あの時は神秘的であったが、今では現実的な高齢化社会を実感させるひとコマである。
パクパク動かす口に戸惑いが読み取れたし、頭の動きで『お互い様』の精神が感じ取れたのは幸運だった。

私の同世代でパソコンや携帯メールを活用しているのは半分もいればいいとこで、信号の渡り方が分からない人間はボケていない限り皆無であろう。
だが、私を含め例えば地デジ初期(キーボードで『ちでじ』と入力しても正しく変換されない)時代にオヤジやバーバとして生きた人間には、当たり前に使えたテレビすら4年後には使えなくなってしまう不安がある。
そんな時代に生きている世代なのだ。

ところであの交差点の婆ちゃん。
いろんなことを知ってたんだろうなぁ

電気がなくても明るくする方法や当たり前に使っている水を調達すること
米や野菜を栽培する根本からの知識
生きるうえで欠かせない生活の知恵
理解できないほど進歩した社会ででも生きる術

手遅れという概念が人間にはあるし、甘んじて動かざるより行動して生きる/死す精神が庶民には受け継がれている。

でもあの婆ちゃん、そんな高尚な感じじゃなかったから、つまりは受け止める側の感性の問題なのだろうが、私はあの時単なる旅人であった。

否、旅人だったことが重要だったのかもしれない。
酔って分けわかんなくなった今夜は、“旅人の視点で自分と社会を見てみよう”と書き残すことにする。

何も考えず一生のうちに旅に出よう!
基本の寝泊りは車で、パートナーと愛犬がいれば違った世界が見えてくるし、絶対に後悔はしないはずだ。
 


- Web Diary ver 1.26 -