From the North Country

ペット臭について 2006年12月15日(金)

  毎日犬たちと生活していると、その臭いに鈍感になるのは仕方がない。

だからといって臭いが残るのを受け入れ、何もしないでいたら床や壁にまでその臭いが染み込んで本当に臭くなってしまうものだ。
自分たちにはとりわけ何も感じなくても消臭対策を日々講じておくことが犬臭い家にならない大切な心がけだろう。

犬臭さには体臭と排泄臭が考えられる。
体臭には健康状態の不具合からくる例えば口内の異状による口臭や、消化器系のトラブルによる呼吸臭あるいは耳の病気や体表の炎症部位からの異臭があり、これらは歯磨きなどの日常の管理や動物病院での治療によって解決しておかなければならない。

とりわけ老犬となった場合にはこれらの臭いが同時に問題となるから、せめて歯周病にならない対策を日頃からとっておいたほうがよい。
カフェでは『歯磨きセット』や商品名『ペットキッス』という優れものの商品を販売しているが、歯磨き習慣がある犬とそうでない犬の場合、ある程度の年齢に達すると口臭や歯石に大きな差が見られる。

体臭にはもうひとつ、正に個々の身体の臭いがある。
犬の身体を濡らして、体表が乾く際に発せられるあの臭いである。
日頃から犬を乗せてる車に戻って、ドアを開けた瞬間の臭いでもあろう。

毎日のブラッシングは当たり前として、月に1回のシャンプーを行えばこれらの臭いはかなり軽減できる。
最近コマーシャルで見かけるペット消臭の商品については、広い家に漠然とスプレーするよりも、車にスプレーすれば自ら消臭効果を確かめやすい。

ただ、毎日犬と暮らす私ですら耐え切れないのが、実は排泄臭で、ペット関連施設やペット同伴ホテル・カフェ・レストランそれに愛犬家のお宅などで、私は敏感に反応してしまう。

夏は屋外に立ち上る異臭、冬は暖房が効き始めた室内の異臭で、新鮮な排泄臭についてはまろやかさ?があるけれど床や壁に染み込んだ排泄臭は、ハッカを口に含んだときのようなヒヤッとした感覚が起こり、その後にアンモニアが口の中で溶け出すような不快感と、慣れるに慣れ切れない臭いが頭をクラクラさせて、ペット臭というより放置・管理怠慢臭という怒りさえ込み上げてくる。

かく言う我がカフェでも『万全か?』と問われれば自信はないし、「臭い!臭い!どこか臭い!」と私が叫んでスタッフを慌てさせていることもある。
小型犬は大型犬ほど排泄習慣が確かではないからこっそりされても気づかないこともあるし、大型犬は外できちんと排尿しても、陰部に残ったしずく一滴が小型犬のそれに相当する場合もある。

つまり臭いの所在は確かめられなくても、存在する可能性は当然あるというスタンスで日々対処するのが肝要であるということだ。

ストーブが焚かれ、臭いが立ち込めやすい冬の室内での生活がある今だからこそ、外出先から戻った瞬間の家の臭いを気にしてみよう。

『排泄臭より靴の臭いが気になった』というのであれば全然OKですぞ。
あなたの愛犬管理は万全です。あとは家族管理をしっかり!

他人事のように書いてしまったが、この臭いの問題についてはペット関連施設においては永遠の課題であり、とりわけ住宅街にある我がカフェでは死活問題でもある。
個別臭は別にして『シッコ臭い!』と感じられれば、ぜひとも早い段階でお知らせいただければありがたいのであります。
何しろ我々の鼻は鈍感になっており、シッコ臭くなる条件は日々整っているのだから。

因みに現在のカフェ消臭管理体制は
1.仮に排尿失敗があれば商品名『バイオチャレンジ』(カフェで販売することもできます)を用いてその都度消臭消毒
2.毎朝、掃除機による清掃後、洗剤を使ってのモップかけ
3.週に一回、乳牛の搾乳消毒に使われる薬剤を同等に希釈しての拭き掃除および噴霧
4.ガーデンにおいては吸着性の強い多孔質な素材を使用し特定バクテリアの散布
を行っている。

経費の問題もあり、消臭消毒回数の増加やオゾンその他による効果促進機器の導入は控えているが、現在の我がカフェは家庭でもできる範囲での衛生管理を行っているはずだから、もしペット臭で気になっている方は相談していただければ一緒に解決していけるものと考えている。
 

財政再建団体夕張市に思う 2006年12月12日(火)

  夕張市の財政破綻による街の衰退が気にかかってしょうがない。

北海道が好きで昭和52年に札幌に移り住んできた私であるが、まだしばらくは働ける私の経歴を夕張の振興に仮にでも使ってもらえることがないだろうかと案を練りながら、街の復興について考えてみた。

1.『夕張は映画の街である。』という積み上げてきた歴史は今後も大いに活用できるから、決して後退させてはならぬと思う。
映画というのは『映画祭』自体のすばらしさは勿論だが、街角に掲げられている映画の看板を描く職人や、夕張の自然に囲まれた中で絵画や陶芸など、夕張は芸術を育む土壌に恵まれていると思う。

2.これに加えて『音楽の街』というのも人々をひきつけるものがある。
ちょっと気取ったクラシックもいいだろうし、団塊の世代が喜びそうな『あの頃』の歌手による参加型のコンサートが年中催されるのも素敵だし、新人登用の道が開けるライブハウスも当然備えていたら気にかかってしまう。

3.定年退職して移り住んできた人たちが、それまでに培った知識と技術を存分に発揮できて、街作りに生かせるプロジェクトなりバンクを備えているとなんか楽しくなってしまう。

4.そして私の出番である。
@『夕張石炭の歴史村』あたりを会場にして、全国の愛犬家を対象に『愛犬との暮らしすべてをカバーする講座』を設け、夕張の街を愛犬家とその愛犬とで埋め尽くし、しかも見事なほどにしつけとマナーが行き届いている状況を全国に発信するのである。

Aそのためには当然様々なクラスが設けられ、例えば『ひよこクラブ』『ブロンズクラブ』『シルバークラブ』『ゴールドクラブ』『アジリティークラブ』『セラピークラブ』『スペシャルクラブ』などなど、愛犬と飼い主の適性に応じたコースが整備されているとよい。

Bこれらのコースのインストラクターを養成したり、愛犬そのものをある程度訓練する共同宿舎には、統廃合になった学校施設が他の芸術家たちと共に有効活用されるだろうし、そのことは若者の人口流入に繋がるばかりか、このような若者は子供をたくさん産むと思っている。

C『愛犬講座』では総論のほかにも個別のケーススタディを多用するから、講座は1日から数日を要し、来場者は夕張の街で食事をするし、場合によっては愛犬と泊まれる宿が求められるようにもなるだろう。

D愛犬の社会適応進度が進むにつれ、愛犬家はペンションやロッジで夏冬を通じて新たな楽しみを模索するようになり、そこで出会った人々との連携も深まり、ついには彼ら自身が指導者になることも情報発信者になることも期待でき、夕張の自然は愛犬家にとってのパラダイスになる可能性を秘めている。

E夕張には温泉やスキー場もあるし、幸せの黄色いハンカチ公園や滝之上公園もある。
修学旅行生や観光客にはホテルもいいけど、分散型のペンションなんかも思い出深くなるし、『次は別の宿で』というのもありだろう。
街の傾斜を生かせばニセコのようなラフティングも可能なのではないだろうか。

Fジジババによる炭鉱街の物語は、聞くものを感動させてくれるし、語るものを長生きさせるにも違いない。

夕張は財政再建団体となって、伝え聞くニュースは暗いものばかりだ。
私は『そうとばかりも言えないし、何とかできるのではないか、いや変化するチャンスである』と受け止めている。

飲んだくれてはいるが、今夜はちょっとまじめに考えてみた。
 

Nさんから届いたメール 2006年12月11日(月)

  今年の札幌の冬は遠慮深げに少しずつ少しずつ積雪を重ねている。
生活道路を歩いている分には雪を感じる程度なのに、我が家の愛犬アモとの散歩でいつも立ち寄る大きな公園では、その深さに驚かされてしまった。

そんな今年の札幌を離れ、ふるさと新得町に帰って行ったジャックラッセル/ケイトのNさんから今日メールが届いた。
私信ではあるが、あまりに面白いので本人の承諾なしに転載させていただくことにした。

『御無沙汰しております。
先生、ほかの皆様元気でやっておられますか?
こちらに帰ってきて、1ヶ月半になりますがこの10日程、非常に寒いです。
天気予報で札幌とこちらを比べると、2度位しか違わないのに体感温度は3倍位違う気分です。
雪はあまり降ってませんが、風が強くてたとえるなら、
アラスカのブリサードの中を散歩しているようです。
今日の散歩も耳がちぎれそうで、5分で終わりました。

ここに来てからのケイトは、ジジ、ババに甘やかされてやりたい放題食いたい放題で上から見ると、ツチノコ状態です。
食事も、まともに食べたのは3回だけ、最近では水すら飲みません。
ババが暇さえあれば、何かしら物を与えて、今日も朝から、あんころもちと食後のデザートにコンデンスミルクたっぷりのイチゴ、食後のドリンクは、ビタミンCたっぷりの牛乳。
今は3時のおやつでたい焼き半分食べて、店に行ってジジとソフトクリームをナメナメしております。
もう、自分の手の届かないところにケイトは行ってしまいました。
もちろん寝る時も、ババとベットで寝んねです。

アドバイスを頂ければ幸いです。    
                   N理容室』

以上だ。

アドバイスを頂きたいのは私の方だし、そんなところで暮したい!

パソコン音痴のNさんが『アラスカのブリザード』が吹き荒れる田舎の集落でインターネットをどうやって立ち上げたのか?
田舎に戻ってもうまくやっていけるかどうかを心配していたNさんが、すっかり歓迎されているような空気さえ感じさせてくれているではないか。  

犬は鎹(かすがい)である。
娘たちが楽しみにしていたすき焼き。その家族4人分の肉をあっという間に盗み食いして、野菜と豆腐それに白滝だけのすき焼きを味わったNさんであるが、怒り心頭に達してもケイトを焼肉にせず、可愛がり続けたおかげで寂しいはずの単身帰郷にケイトが同伴してくれたし、どうやらジジババも楽しみが増えて元気な様子である。
                        
Nさん、今度はデジカメで写真を撮ってメールで送るか、いっそのことホームページかブログを立ち上げて新得からの情報を発信してくだされ。

Nさんにカットしてもらった髪はいい加減伸び放題になっているのに、まだ次の床屋さんを決めることができないでいる。
ケイトがいて、いつの間にか眠りこけているあの床屋が好きだったから。
 

酒飲みの言い分 2006年12月10日(日)

  「お酒飲まれるんですか?」
そう問われれば
「はい、飲まれます」
今の私はそう答えるしかない。
夕べの夕食以降の記憶がなく、風呂に入ったことやこの欄を書いたことすら覚えていなかった。

「様子が変だから二回もお風呂を覗いて、声をかけたんだよ」
K流のジョークなのか真実なのかさえ判定できず「ごめんね」というしかないのだ。

原因は頂き物の本格焼酎“宝満”で、赤米の麹を用いた鹿児島産の芋焼酎で、私はすっかり酒に飲まれてしまったようだ。

年とともに酒に弱くなったこともあろうし、美味しいからつい飲みすぎてしまうことも原因だろうが、Kに言わせると「いつもの焼酎以外だと、臭いも顔色も酔い方も違ってます」と明快だ。

『いつもの焼酎』というのはローカルなコンビニでしか売ってない4リットル千数百円の“ガッツマン”という合成焼酎で、どういうわけか私の体質に合っていて、程よく心地よく持続的に飲むことができる私にとっての優れモノである。

もちろん、そこらの酒好きに負けないほどいろんな酒や洋酒・焼酎をこれまで飲んできて、味と香り芳醇な奥深さの違いを堪能させてもらっている。
ただ日常の中で最も私に相応しいアルコールとなれば、飲みすぎても次の日に残らない焼酎であり、お茶代わりになっても体調に影響を与えない“ガッツマン”なのである。

お酒には当然TPOがあり、その雰囲気や食事にぴったりの味を知ったなら、次からはこだわりのように注文してしまったりするし、名品と呼ばれずとも初めて訪れた街で醸造されている酒と聞けば、口にすることでその街の文化を手っ取り早く知った気分にもなるものである。

だが、飲酒を常習とし夕方から深夜まで一日の三分の一がアルコール付けになっている私には、もはや銘酒や奇酒・名物は不要であることを宣言し、少なくともこの欄をお読みの方には『あいつに珍しい酒を与えても、ありがたみはなく、もったいないだけだ』と知っていただくことが、正直さを繕う罪滅ぼしであると考える。

贈り物を喜ぶ酒飲みではなく、今を酔い、明日に記憶が残り、Kに迷惑と心配をかけない酒飲みになることを今後も追求したい。
 

子供たちが死を選ぶ 2006年12月09日(土)

  「きっと生まれ変わるから」
そう言って飛び降り自殺した中学生のニュースを読んで、心痛みながら『あの頃』にタイムスリップしてしまった。

感受性豊かで、正しいことを正しく行わない大人たちに失望を抱いていた『あの頃』にである。

無知なこともあったし、教育や宗教それに考え方の違いもあるはずなのに人々がひとつの真理を追い求めていた『あの時代』のことである。

私が16の時、同じクラスの女の子が50メートルの高さの橋から飛び降りて死んだ。
昨日まで席の隣にいた子だった。
いじめではなく卒業していく彼との別れの寂しさであると当時うわさがあった。
子供だった私には眩しすぎるくらい大人の女をイメージさせる同級生が死んで、初めて大人の仲間入りをさせてもらったような記憶が残っている。

以後、私には人の生死について敏感すぎるほどの感受性が備わってしまったようで、人の命は宇宙の中にうごめくひとつのものではなく、『いつの時代の誰それ』という観念を強く抱くようになって、アメリカやイラクで何人死んだというより、誰がどんな人が死んだのかが気にかかるようになっている。

自分の生き様を示して死んだ人は幸いであろう。
たとえ意に反して短く生きる時間しかなかったとしても。
もし若者の自殺がその主張であるなら我々は冷静に受け止めなければならない。
だが、そのうちの多くに純粋さゆえの無知さゆえの環境ゆえの結末であったならば残念だ。

犬たちは決して自らの命を放棄することはない。

守るべき尊厳は生き延びることと飼い主への愛着であることが明白だからだ。
信念を貫こうとする人としての純粋さが、ただ生きるだけの生命力を超えてしまう価値を尊重しないわけではないが、人間には変化し続ける時間と未知の環境への期待が備わっていること、つまり未知の未来があることを知って欲しいと思う。

死を選ぶには若すぎますぞ。
もう少し苦労して、子育てを終え、楽しい時間を過ごし
『そろそろ、もういいかなあ』という思える時まで頑張りなさい!

飛び降りて死んだ同級生のTさんが生きていたらどんな今を送っているのかは誰にも分からないし、今の私の記憶に残っている存在こそがTさんの生きた証であるのかもしれない。

なにを選択するかは大人になって決めることであって、子供には選ぶものの中に死などあってはならないはずだ。
なのに、それが選択されているのが辛く重い。
 

変なヒモ 2006年12月08日(金)

  昨日は東京で一人で暮している長男の誕生日。
数日前から携帯にメールを送っているが返事はない。
親のたわ言には付き合っていられない忙しさだと以前から聞いていたが、今年の12月も相当忙しいのだろうか。
電話に出る暇はないだろうから、息子との唯一の繋がりはメールだけ。
「お小遣い送っとくね」と殺し文句も昨日は入れておいたのに…

息の長い人気番組の『伊東家の食卓』ではアイデアのリサーチをやったことがあって、「お父さん、生卵に小さな穴を開けて中の黄身をかき混ぜてからゆで卵にしてごらん。面白いことになるよ」と教えてくれたりしていた。
現在の担当は『Qさま』というわけの分からない番組でAD(アシスタントディレクター)をしているという。
「番組の最後に矢のような速さで流れる制作者のテロップをスローで再生すると名前が読み取れるよ」と笑っていた。

去年この番組が夜の遅い時間に放映されてた時でさえ「もう5日も家に帰ってない。スタジオの床で寝ている」と言っていたから、最近ゴールデンタイムに放映されるようになって益々忙しくなっているのだろうか。

私の子育てはとっくに終わったから、子供たちがどこでどのようであっても元気で生きていてくれさえすればそれでいい。
それよりもこれからが忙しいであろう子供たちに、親である私が余計な迷惑をかけないようにした方がよさそうだ。
「オトン元気そうだな」
私からのメールを見て、そう思っていてくれてたらいい。

さて、その元気なオトン。
昨日の定休日も、バーニーズというドッグカフェに3人で行ってきた。
まずは近くの公園でアモのオシッコをさせておこうと車から降ろしたまではいいが「ウヘェー、リード忘れた!」となり、近くにある100円ショップに買いに走った。
「ペット用品はございません」という店員のつれない返事に私はめげず代用品を探した。

最初に目に入ったのが自転車のゴムロープで、見た目や太さはリードとして誤魔化せそうだったが、長さが3メートルもあるし、ビューンと伸びるのも気に入らなかった。
どれを使ってもどうせバレるのだから、いっそのこと明らかな代用品のほうが説明しやすいと思い、購入したのが長さ1メートルほどの靴紐のようなモノが2本入った用途不明のヒモだった。

結局カフェに着席するやすぐにごろんと寝てしまったアモだから、わざわざヒモを買わずとも携帯のストラップを使えばよかったと後になって思った。

1時間ほど料理を楽しんで支払いを済ませる時、
「長崎さんですよね。盲導犬の。」とオーナーらしき女性が声をかけくれた。
「テレビとかで拝見したことがありますし、ワンちゃんもさすがおりこうだったので、そうじゃないかなあって思ってました」

『昔のことなのに覚えてくれてる人もいるんだなあ』と驚き、
『ちゃんとしたリードを買ってくればよかった』と私は恥ずかしくなって店を後にした。

私と息子は“テレビ”というヒモでも繋がっているらしいから、いつか息子が私の姿をビデオででも発見したらメールを送ってくれるかもしれない。

追伸
この欄をアップし数時間経って日付が変わった頃、息子からメールが入った。
1.潜水(?)と鬼ごっこ(?)のロケで二日間寝てないこと
2.今夜は終電で帰れそうなこと
3.元気であること
4.入金は確認してないが「ありがとう」とのお礼
5.年末のスケジュールはいつものようにぎりぎりまで分からないけど休めたら帰るとのことが書かれてあった。

ニタッ!
 

酔って書く 2006年12月06日(水)

  この欄を無断で二日休んだだけなのに「どうかしたんですか?何かあったんですか?」という問い合わせに驚かされてしまう。
「どうもしません。何ともありません。」
酔い潰れたのと“さとづかの湯”でのんびりしたのが重なった、ただそれだけのこと。
ご安心くだされ。健在です。

どうやら私とKは現在のところ孤独死からは免れそうで、どこかの湯沸しポットみたいな役割を『北の国から』が担ってくれているようだ。
♪忘れたのかい、今日は墓参り〜♪ってな調子ですな。
このコマーシャルを知らない方には失礼しました。

さて、調子に乗りすぎた私たちにちょっとした試練が訪れている。
我が家の愛犬アモの右膝術後の経過が思わしくないのである。

先週の定休日に石狩浜へ日本海の荒波を見に出かけた。
すると車から数百メートル離れた砂浜に打ち上げられていたサッカーボールほどの大きさの壊れた浮き玉が、アモに理性を超える喜びをもたらしたようで、「これ、絶対に持って帰る」と、口を砂だらけにしながらアモは車まで休み休み運んできた。
「そこまで言うなら」とカフェに持ち帰ったが、以後の執着ぶりは目に余るものがあった。

まるで玉乗りを試みるかのように戯れ、それが無理だと分かると愛しそうに抱えて塩味を含んだ浮き玉を舐めており、今日もそれは続いている。

問題なのは、その浮き玉以降、7月にTPLOの手術を受けた右足に変調を感じることで、跛行が今日も見られた。
先月20日のレントゲンでは順調な回復で、先に(右の4ヶ月前)に同様の手術をした左ひざのような回復だったから、同じようなリハビリを行っていたつもりだった。
それがどうやらうまくいってないようなのである。

うがった見方をして間違っていたら申し訳のしようもないのだけれど、前回の左ひざと今回の右ひざの手術では極端に言えば術者あるいは管理者が違っているのではないかと感じられた。
大学病院であるから研修の為にそのようなことがあるのは最初から承知している。
ただ、あらかじめ『今回の手術は○○先生の指導の下○○が対応いたしました』と添えてくれれば、私たちの慎重度も違っていたかもしれない。

ひょっとしたら近いうちに逮捕さえされるかもしれない例の腎臓移植の万波先生を、私なら命を預けられる先生として信頼するし、合法的な行いをしている先生に対して「しっかりせい!」と叱咤することもあるだろう。

患者の心に対して医術は仁術と受け止め対処してくれる医師には信頼関係が生じ、必ずいつかはあるであろう不測の事例がたとえわが子に起こっても『先生、わが子に対する失敗を無駄にするな!今後に生かせ!』と受け入れる気持ちがある。

どうせなら3日連続でこの欄を休めばよかったのに、『書かねば!』の気持ちが先立って妙なことを書いてしまったようで、脈絡が繋がるかどうかさえの判断もできないでいる。
“酔って書く”の一面見たり。
 

『探してます』『保護してます』 2006年12月03日(日)

  開店10時の気温は0度だったが快晴でガーデンの陽の当たる場所はぽかぽかしていた。
その後、ほぼ1時間ごとに気温は1度ずつ下がり、暗くなりかけた夕方4時にはマイナス6度にまで下がって本当に一気に冬が訪れたようだ。

「すごいね。本当にみんなで踏み固めてくれたんだね」
深夜、マイナス9度にまで下がったガーデンでKは喜んだ。
寒い中、次から次と常連の皆さんにお越しいただき、愛犬たちと遊んでいただいたおかげで、ガーデンはすっかり綺麗に整地され、願わくばあと10センチほど雪が降るのを期待してしまうほどだった。

さて、唐突で恐縮だが今日は愛犬がいなくなってしまったり、迷い犬を保護した時の対応について基本的なことを再び書いておこうと思う。
というのも、「生後7ヶ月のスコッティッシュテリアが昨日からいなくなり探しています」と、写真入りのチラシをもった女性が今朝カフェに来られたからだ。

この女性が「どうすればいいでしょう?」と相談に来られたのなら、私はどうすべきかを話すことができたのだが、「もし誰かに拾われたのなら、いずれトリミングにも来る筈だからその時は教えてください」というお願いから話が始まったものだから、私もうっかりして「はい、分かりました」と答えて対処法を伝えるのを忘れてしまっていたのである。

その対処法を対処すべき順番で表せば次の通り。

1.近くの交番なり所轄の警察署(何故か会計課にまわされる)に問い合わせること。
まずはこれが一番で、カフェに寄せられた『探してます』あるいは『保護してます』の相談の解決率は100%である。
その理由として考えられるのは、迷い犬なり怪我した犬(野生動物ではなく飼い犬)を保護する方は、多少なりとも犬を愛する人であるから、『きっと探している人がいるはず』と考え、つまり迷子を保護した感覚になって警察に連絡するものである。
さらに『もし、保健所(実は動物管理センター)に連絡すれば1週間で殺されるかも』と考えてしまうから、そちらの可能性は低いといえる。

2.近隣の犬関連施設(動物病院やカフェのようなところ)に問い合わせること。
そこで発見できる可能性は1.に比べて極めて低いけれど、うまくいけば1.の情報を教えてもらえるし、ネットワークのような繋がりを利用できることがある。

3.張り紙やチラシを出すなら即座に行うこと。
ほとんど役にはたたないが即座ならうまくいくこともある。

4.狭い地域なら地元のタクシー会社に連絡しておこう。
滅多に発見されることはないが、きっと自分でも車で探してみたくなるはずだから。

5.動物管理センターに連絡しておくこと。
場合によっては犬に興味のない方が『変な犬がいる』ということで、良かれと思って通報することもあるので一応ここには連絡しておくべきである。
そこで見つかる可能性は地域によってばらつきがあり、地域特性の研究課題としても面白いものがあるといえるが、もし見つかったときの犬の反応には驚かされるものがありますぞ。(この話の具体例はまたいずれ。マイクロチップの話題になるかも)

酔いが回っており、手短かにならなくなってしまったようだからそろそろ締めよう。

夕方になって「見つかりました!」と例の女性が来られた。
警察に問い合わせたら「保護している」とのことだったようだ。
凍死体や轢死体でなくて本当によかった。
今回も、めでたし、めでたし。
 

冬宣言 2006年12月02日(土)

  『今日から冬!』
とても分かりやすい寒さと降雪があり、このまま根雪になると思われる。

明朝はガロアラシ号とご来店いただく方それにワンちゃんたちに頑張ってもらうことになりそうだ。
というのも、斜路と通路は除雪するけど、駐車場とガーデンは一度すっかり踏み固めたほうが以後の使いやすさとメンテナンスが容易になるからで、駐車場は皆さんの車で踏み固め、ガーデンは犬たちに駆け回ってもらえるとありがたい。
小型犬だと埋もれてしまいそうな今夜の雪の降り方だから、中型犬以上の参加を午前中は切に望む。

なんて書いたが、実際そんな日は皆さんご自宅の除雪で忙しくカフェはヒマなはずだから、私はのんびり駐車場を踏み固め、ガーデンはKとアモそれに重量級のスタッフに転げまわってもらおう。

ところで、今月のパスタはこの寒さとピッタリの相性のようで初日から評判がいい。
「私をあんまり働かせるな!」というのがKの口癖であるが、見ていると美味しい料理を作りたいという執念は強く、試作段階からなんだか一生懸命で気迫すら感じて勝手に働く時間を延長しているようでもある。
Kの素晴らしいところはそこからのアレンジで、あっという間に私が感じる不足分を補う凄さである。

“一流シェフ”などという冠に惑わされて紹介される料理もあるが、『あ、美味しい!』と素直に言わせる味が私は好きだ。
『料理は目で楽しむ要素もある』という傾向が強くなっている時代だが、それは味と素材の限界を認めることの発想であり、純粋に例えば目隠ししてでの食味実験を一般人を対象に行うべきだろう。

勿論、優勝は“おふくろの味”だろうから、地域によって特色が出るに違いない。
勝負は2番手以降であり、そこに反映される結果はきっと面白いことになるのではないか。

「こんなところにイタリアンレストラン?」
窓から見える牧歌的な風景と相まって、心から「美味しかった!」といえる穴場が増えているし私たちも大好きだ。

『何月のあのパスタは美味しかったよね』
そんな風に推薦されるパスタが我がドッグカフェにもあったらKは益々張り切って、とびっきりの一品を今後も提供してくれるかもしれない。
そんなことをKに話していたら「お前の話はつまらん。」と一蹴されてしまった。

『今日から冬だ!』といえるような明快さが料理の世界にもあるように感じたけど、なんだかもっと複雑なようだ。
 

オープン4年目 2006年12月01日(金)

  晴天なのにきりっと引き締まった寒い朝だった。

いよいよ今日からドッグカフェナガサキは4年目のスタート。
これまでを支えてくださった皆さん本当にありがとうございました。
今後ともお友達をご紹介いただき、ミクシィみたいな愛犬のソーシャルネットワークカフェ作りにご協力下さいますようお願い申し上げます。

さて、昨日の定休日に私たちは、4年前初めて行ったドッグカフェ“プロムナード トゥトゥ”のTさんを訪ねてきた。
その頃は漠然と『愛犬教室でもやるかな』などと考えていて、まさか自分がドッグカフェを始めるなんて思いもよらなかった。

「へぇ、こんな商売もあるんだ。訪れる犬たちとのんびり過ごしながら食べていけたらいいよなぁ」なんてマイペースのTさんと話をしながら、ふと庭を見ると、喧嘩寸前の犬がいたり、壁の張り紙には『ご近所からこんな苦情が届けられていますので皆さんご配慮下さい』と様々な内容のことが書かれてあって、「結構大変なこともあるんだ」と学ばせてもらった記憶がある。

あれから4年を経てもTさんは相変わらずマイペースで楽しんでおられるようだった。
「あの頃、次から次へとドッグカフェやランができ始めましたよね。でも、今では『ここはつぶれた、あそこはやめた』という話のほうが多くなってますね」
薪ストーブの前でタバコを燻らせながらTさんは穏やかに話を聞かせてくれた。

壁にはもはや苦情の張り紙もなく、カフェでの様子を伺うと『オープンして5年の間にこのカフェではすっかりTさんのような穏やかな気風が出来上がっているのだな』と、感じ嬉しくなった。
「いや、口うるさい向かいの婆さんの姿が最近見えなくなっただけで、入院でもしたんじゃないのかな」と話は庶民的で暖かい。
「うちは365日まさに年中無休ですよ。だってここに座っているだけでたとえお客さんが来なくても、うとうと眠りこけてしまえるような快適さがあるんだからね」
傍らには年老いた柴犬が心地よさそうにストーブに身を寄せていた。

Tさんの知識は幅広く、人間性と相まって奥深い。
カフェの前はたしか外車販売の大手K興業に勤められていて、その関係で我が家の愛犬アモの前の飼い主である故N先生とのお付き合いもあった。
以前にカフェを始めるに至るいきさつを伺ったこともあるが、今では忘れ曖昧になってしまっている。
また何年かして薪ストーブの前でゆっくり話ができればいいなと思った。

その前に、Tさんの話では淘汰が始まった業界のようで、3年は当たり前でこれからが大変らしいから今後とも継続できますよう皆様の応援を宜しくお願いいたします。
 


- Web Diary ver 1.26 -