From the North Country

この国の行方は小さな変化から始まっている? 2006年09月29日(金)

  プロ野球セントラルリーグの今夜から3日間のゲーム、阪神VS中日戦がどんな意義を持ち、日本国の中核で働く能力を持った多くの人間にとってどれほど興味深い試合であるのかをこの国のテレビ局は知らないのだろうか。
道民を愚弄するのもいい加減にして欲しい。

優勝に向けほとんど不可能な数字に僅かな望みを寄せ、それでも挑み続ける選手たちに固唾を呑んで握り拳に祈りをこめる人々を称えるのは“美しい国、日本”の伝統ではなかったのか!

しかるに、今夜私はこの大切な試合を見ることが出来ない札幌に住んでいるのだ。
“美しい国”を唱える人を支持すれば明日からでも中継を見ることが可能なのだろうか?

皮肉なことに今夜のお泊り犬、まろんの飼い主さんも虎キチである。
ネット検索で阪神が4−0で中日をリードしていることが分かっているから、まろんと楽しい時間を過ごせているが、もし負けていたならまろんと遠吠えするしかない。

待てよ!?
まろんのお泊りは3泊の予定だっけ?
もしや飼い主は甲子園で、熱狂?
だとしたら私の心はまろんと同じようにあなたの下にあることを伝えなければ。
あなたの応援は私の応援。
奇跡というのは不可能と思っていたことが起こるから人々に感銘を与えるのです。

何もその奇跡を今年の阪神に起こせと言っているのではなく、その経過をこの目で見届けたいだけなのである。
今夜はささやかな願いを言ってみただけ。

阪神が4−0で快勝とネットは伝える。
テレビ人間から、より作為的で不安定要素の強いネットに傾く人間に変わっていきそうだ。
 

変わり目の秋 2006年09月28日(木)

  一日臨時休業をいただいて2泊3日のニセコ(倶知安町比羅夫)の旅を楽しんできた。

地価高騰率日本一と報道されていたが、行ってみてビックリ!
いつもなら鳥のさえずりを聞きながらのんびり朝の散歩を楽しむ坂道コースを、コンクリートミキサー車や重機を積んだトラックが唸りをあげて走ってくるではないか。

別荘やペンションそれに付随するカフェやバー・フードサービスが点在する地区に、コンドミニアムというコンクリート主体の建築物が続々と建設中であった。
依頼主はほとんどがオーストラリア人。

北米やヨーロッパに行くより時間的にも経済的にも負担が少なく、しかも雪質は最高!という評判と商魂が相まって、比羅夫地区には今やオーストラリア租界が出来つつあるようだ。

金持ちによるコンドミニアム建設と、アウトドアに魅せられた若者の手作りハウスというふたつの流れがオーストラリア人によって進行中のようで、いずれにしても賑やかではあった。
それでも、新築や改築中の家はせいぜい20棟か30棟くらいで、狭い地区の中で行われているから目立つのであり、狭い地区だからこそ一気に地価が上がったのだろう。

で、私とKは騒々しい比羅夫を離れて、正にニセコ町のミルク工房や、撤退することが決まっている東山プリンスホテルなどの草原で我が家の愛犬アモを放牧した。
拾い食いなどという下品なことはしないアモだけど、牧草は大好きだからそれを食む姿は放牧された馬そのもので牧歌的な放牧という言葉がピッタリに感じられるのである。

術後のアモの足は問題なく機能している。
真狩村の河川公園でも細川たかし像の大音量の歌声にたじろぎもしなかったし、マッカリーナ(有名レストラン)横のユリ園では巨体を芝生に擦り付けてのた打ち回っていた。

さて、比羅夫地区。
「せいぜい賑わうのは冬の2ヶ月だけなんだけどねぇ」
26年前からペンションとレストラン・カフェを営業している『if』のオーナー夫妻は疑問を呈し、今後のヒラフがどのように変化するのか静かに見守っている。

コンドミニアム建設作業員のワゴン車のバックドアが開放されたままになっていた。
車内に置いてある昼食のサンドウィッチは、度胸満点のカラスたちによって車外に持ち去られ食われてしまった。
運転席と助手席のヘッドレストにとまって獲物をせしめたカラスたちは、今後の生活の基盤の変化をしっかり学習しているようだった。

カラスたちは本能的に獲物を安全に手に入れる方法を学び、日本人とオーストラリア人は投資のリスクと儲けを秤にかけながらうごめいているみたいだ。

小さな町に再びミニバブルが訪れようとしている。
ヒトとカラスはどちらが利口なのだろうか、楽しみがまた一つ増えた初秋のニセコだった。
 

身体障害者補助犬法 2006年09月25日(月)

  今朝の朝日新聞に身体障害者補助犬(盲導犬・介助犬・聴導犬)についての法律が施行されて3年経つが、社会の理解と法律であることの意識が浸透していない状況が報告されていた。

人類の圧倒的多数は健常者と呼ばれる五体満足な人間たちであるとあなたが感じていることに私も同意しよう。
その代わりと言っては語弊もあるが
・人は年を取り、ほとんどの場合行動が鈍くなったり耳が遠くなったり見えづらくなったり記憶が定かでなくなったりするものである。
・あなたの身辺に事故や病気で多少なりとも不自由な状況を抱えている人はいないだろうか?
・健常であるあなたの身体と生活は必然的永続的に保障されているとお考えだろうか?
という私の指摘にも同意していただければありがたい。

次に、同意していただきたいことは
・自分が辛く苦しいとき、理解や配慮をしてもらえたなら、たとえ問題の本質が解決されなかったとしても勇気と感謝の念が沸き起こるものであるということ。
・そしてそんなことを感じ・考えるのは人間であるということ。

慈善やゆとりあるときの配慮ではなく、普通、病人やお年寄り・不自由な制約を受けている人が身近にいることって今や当たり前じゃないですか?

ノーマライゼーションっていうのは、健常者の周りに年寄りや私のようなアルチューハイマー的人間や障害者が混在しているのが正常な社会であり、臭い物に蓋をして刹那的世界を築き上げることの無意味さへの批判でもある。

私が秋田県で初めて盲導犬を訓練し、バスの乗車訓練を行ったとき、
「犬は困ります」という運転手に対して
「盲導犬だべ!乗せてやれ!」
「そうだ!そうだ!」という乗客の応援を忘れることは一生ない。

だが、今の時代でもそのような応援が必要なのだとしたら悲しく切ない。

理解途中のあなたにはこれらの意識を計るバロメーターを提示しよう。

あるマンションに住む視覚障害者が盲導犬を申し込むことになった。
すると「社会福祉のためマンションの規約を変えてペット可にする提案をします」という人が現れた。
あなたは賛同なさいますか?
そんな風に言う“理解者”がいたとしたら、私はこの国の行く末を明日からも案じ続けなければならないことを理解して欲しいのである。
 

断ち切るときはスッキリと 2006年09月24日(日)

  9月の24日に冷房を入れなければならないとはスゴイ今年の札幌である。
残暑が厳しいのかそれとも暖冬なのだろうか。

真知子とその娘たちから託されたウィンピーを昨日無事に新しい家庭に送り出すことができた。
私たちの詳しい心の内はKが“最新情報”に寄せているが、ラブラドールの環境適応能力は実に多彩で臨機応変であることを再確認させられる。
盲導犬を取得するための期間が初心者なら4週間で、経験者となれば2週間で済むのも合理的であるというのが理解していただけるであろう。

難しいのは手放す側の人の心の整理かも知れない。
まるで、さだまさしの『親父の一番長い日』の詩の世界そのもので、彼のバックを務める友人はこうも言っている。
「すき焼きをやってるとき、鍋の隅っこで自分だけの麩(ふ)を大切に煮詰めたことがありますか?
食べ頃かなと思ってもまだ手を出さず、コテコテになるまでじっくり愛しい思いで何度もひっくり返すんです。
それなのにそれを横取りされたとしたら?
娘を嫁に出す父親というものは…」
ウィンピーにしてみれば「俺は麩(ふ)か!」と抗議するだろうし、たとえ方が適切かどうかは別にして心境をそのように語っている。

酔いが速く回った今夜、くどい話はもうやめてウィンピーの幸せを祈ろう。
でないと、10月までエアコンに未練を残そうとする今年の夏と同じになっちまう。
 

野良公コボちゃんその2 2006年09月23日(土)

  夕べの続き…

獣医でもあるSにコボちゃんの健康診断をしてもらうとフィラリアに感染していた。
腹水は溜まっていなかったが、すでに咳が出ていたしフィラリアと関連するのかどうか分からないが、くしゃみをするたびに青鼻を垂らして健康状態はいいとはいえなかった。
手術で成虫を取り出すにも、ヒ素で駆虫するにも負担が多すぎると判断し『まあ、生きてるうちの面倒はみてやろう』ということにした。

雪が降ってもコボちゃんは決して室内生活を好まなかった。
根っからの外犬なのだろう、試しに室内に入れると「ハァーハァー」と息を荒くして外に出たがった。

「やっぱり面倒をみているんですね」
数ヵ月後、再び取材にやってきた撮影クルーはうれしそうにそう言ったが、私は内心『あんたたちは無責任だぞ』と言いたかった。

コボちゃんは協会の門を入った管理人室の外で暮らすようになった。
豊平川に出るための近道として協会敷地を通る人がいると番犬のように吠えていたが、触りに来ると誰にでも愛想よく人気者だった。

職員も家から赤い屋根の可愛い犬小屋を持ってきたり、夏には毛玉ができたふさふさでボロボロの毛をカットしてライオンのような笑える姿にさせられたりもしていた。

夕方の散歩に連れ出すこともあったが、夕食後勝手に逃亡して夜にはハウスに戻っていることのほうが多かったかもしれない。
中途半端で無責任な飼い方だった。
幸いにも民家からはかなり離れた環境だったので苦情は来なかった。

9月の今頃は、パピーウォーカーから犬を引き上げての適性検査が行われているが、あの頃コボちゃんはいい働きをしてくれていた。
他犬意識を計るテスト中には吠えてくれたし、かといって凶暴な振る舞いはせず愛嬌を示してテスト犬を誘惑してくれたのだ。

何回目の冬を迎えた頃だっただろうか。
ついにそのときがやってきた。
数日前から元気がなくなり、私の宿直の夜、容態が悪化したので宿直室に入れると急に力を出してやはり寒い外に出たがった。
最期まで外犬であり続け、翌朝カチンカチンに凍っていた。

その後、藻岩下地区を訓練していて私は何度足を止め微笑んだか分からない。
そこここの家にどうみてもコボちゃんの子供としか思えないような愛らしいワンコが飼われていたのである。
『あいつ、夕食後に逃亡してそんなことしてたのか』

寒くなり始めると思い出す、私の無責任でいい加減な過去の時間である。
 

野良公コボちゃん 2006年09月22日(金)

  大雪山の黒岳で初冠雪があったらしい。
カフェのエアコンを使わなくなって1週間も経ってないのに、そろそろストーブの点検をしなければならないようだ。

寒い冬を迎える頃に思い出すワンコがいる。

『どうぶつ奇想天外』という番組の取材で、私が訓練する場面を協会近くで撮影していた時、道路の端を青鼻を垂らしながらさまよい歩くむくむくした毛皮を纏った小柄な野良犬がいた。
「近寄らないでくれよ」
そう思いながら私は無事通り過ぎたが、撮影クルーの目にはそのワンコの愛らしさがしっかり目にとまっていたようだ。

翌朝の取材で老犬ホームに併設された広場に行くと、なんとそこにはクルーと一緒にその野良公が入ってるではないか。

「病気かも分からない犬を、こんなところに勝手に入れるなんて!」
私の抗議にクルーは
「あ、すみません。すぐに外に出します」といって出しはしたものの、既に私にはその先の予感があって
『面倒をみることになるかもしれない』と感じていた。

案の定、さまよい疲れた野良公は協会の敷地から離れようとはしなかった。
石をぶつけて追い出すわけにもいかず、数日様子を見ていたが、ついに職員の誰か(私だったかもしれない)が食事を与えてしまった。

しばらくするとそこは野良だから日中は何処かへいなくなった。
私の心のどこかで『無事誰かに拾われるか、目に触れない場所で死ぬか、捕獲されてくれ』などと思ったかもしれない。
が、訓練途中で時々見かけるこの野良公は、交通量の多い道路を平然と横断し、藻岩下町内を徘徊していた。

そのうち協会敷地内で暮らす時間が多くなり、近所の誰の目にも『あの犬は盲導犬協会の犬?』と、見られていると私は感じるようになってしまったし、何にも増して可愛かった。

「訓練中、一般の犬を見て気をとられてしまっては盲導犬として失格である。よって、この野良公を練習台にするためにここで飼う!」
私の心と屁理屈それに将来起こりうる問題を見透かしたかのような職員の視線に耐えながら、私はそう宣言して犬小屋を準備した。
名前は皆が勝手にそれぞれ呼んでいたコロであったりボロだったりで、私はそれを合わせたコボとかコボロと呼んでいた。

ああ、眠い!この続きはまた明日。
 

集合住宅での飼育問題 2006年09月20日(水)

  先日サモエドのラブの父さんから次のような話を伺った。
マンションで犬を飼う人が増え始め、いろんな苦情が出て問題となっていたので、管理組合の話し合いによって取り決めが行われた。
『今後は1世帯に1頭までとしサイズは50センチ以下とする。』

はて?それで問題は解決できるだろうかとふと考えさせられた。

このマンションでの苦情の中味を正確には知らないが、一般的には次のようなものだろう。
・室内での吠え声がうるさい
・犬を叱る飼い主の声がうるさい
・住人に飛びついたり吠えかかる
・エレベーターや通路などでオシッコをしている
・そのことに気づかなかったり、見て見ぬふりをする飼い主がいる
・抜け毛が散乱している
・エレベーターに(大きな)犬がいると乗れない
・マンションの周辺が臭い

ラブ父さんのマンションでの決め事を見ると、恐らく多頭飼いと大型犬の世帯に問題が多く、あるいは大型犬を怖がる人がいたのかもしれない。

集合住宅ではそれぞれに考え方の異なる人も多く、意見を集約するのは大変な作業だったろう。

もし、専門家の意見も聞いてみようということになって私に声がかかったとしたら…を想像してみた。

1.犬を飼育していない世帯だけを集めて無記名アンケートを取り、苦情を集約する。
2.その際、多世帯が暮らす集合住宅での特質を再確認し、管理規約で犬の飼育は許されているという前提での、妥協点の限界ともう少し上の希望を集約する。
3.忍耐できる猶予期間と許容できる管理費からの出費額を話し合う。
4.飼育世帯を戸別訪問し、愛犬の状況と飼い主の問題意識および相談を集約するとともに、無記名による『今回の問題が起きた原因・管理組合として改善して欲しい要望』などのアンケートを実施する。
5.飼育世帯を集めて、問題行動を相談された飼い主の犬をその場で制御し、その理論と方法を伝え、ちょっとした信頼を勝ち取っておく。
6.集合住宅での犬との暮らし方について、集約できる決まりごとやマナーなどの項目をまとめる。
7.例えば、飼育家庭での清掃・消臭活動や、通学・下校時のお散歩ボランティアの可能性について確認しておく。
8.飼育家庭における管理費負担増についての意見や許容額について確認する。
9.日中留守になる飼育家庭の問題について話し合う。
10.飼育家庭に対して集約された問題点の解決に向けた講義を行い、必要に応じレッスンおよび講習会を行う。
11.非飼育世帯にこれまでの経緯を説明し、現状の感想や意見を聞き、継続を希望するか否かを問う。
12.全体会合を開くとともに、別マンションの飼育世帯および非飼育世帯である人にも参加を求め、意見を出してもらう。
13.獣医師による講演と、飼育に関する各種社会資源について説明する。
14.犬の資質や家庭環境による限界について意見交換し、次の方策を探る。

ああ、面倒臭さ。
みんなそれなりに、よくやってると敬服するしかない。
 

アモのリハビリ報告 2006年09月19日(火)

  台風13号が接近し、夜に入って風雨が強まるだけでなく室内が生暖かく感じられるようになってきた。
『大気は動いているのだな』と南からの空気を実感し、『どうせなら綺麗な空気であって欲しい』と思った。

さて右後肢の手術から2ヵ月半が過ぎた我が家の愛犬アモのリハビリは順調に進んでいる。
40分くらい毎日散歩もできるようになったし、いびつな歩き方だったのがかなり姿勢良く歩けるようにもなった。
歩行後に術部を触っても熱感がないので、半年以上飲ませてきた鎮痛消炎剤を一時的に止めてみている。

来週月曜が検査日だから、それまでは用心した方がいいのだろうけど、アモの動きを見ているとかなり安心できる程度に回復しているのがわかる。
レオンベルガーのジェニーとの遊びもようやく解禁され、「アモ君ってこんな乱暴な遊びをする子だったんですね」なんて言われるようにもなってきた。

遊び始めると頻繁にくしゃみを繰り返すのは、亡くなったスーそっくりだ。
血の繋がりがこんな動作にまで現れるとは面白いものである。

この半年ほとんどの時間を安静に保つため、散歩もさせず、大きな動作をすると叱りつけてもいたから、アモには言いたいことが山ほどあっただろう。
でも、Kとふたりで息を切らせながらアモを2階まで抱き上げたり、夏の夕方には毎日カフェの前で1時間近く夕涼みにつきあったり、術部を触っては「ここが痛くなるからね」と言い聞かせていたから、そこらの事情は理解してくれてもいたと思う。

まだ急斜面を上り下りさせるには早すぎるし、大好きなサッカーボールを全力で追いかけることも許されないけど、萎えかけた筋肉に徐々に負担をかけて鍛えることが必要な時期までたどり着けたことがうれしい。

なによりこの半年で、アモは『黙って横になる』気楽さを感じ取ってくれるようになり、普段はおっとりで遊ぶ時はそれなりに大胆になってくれたのは怪我の功名といえるかもしれない。
そういえば、アモと同じTPLOの手術を受けるといっていたロットワイラーは順調に回復しているだろうか。
 

辛いけど“別物って感じ”の意味を理解して欲しい 2006年09月17日(日)

  もし飼い主の方がこの欄を読んでおられるなら憤慨されるであろうことをこれまでも何度か書いてきた。
今夜もそんな話。

「急用ができたのですが、一晩お泊りをお願いできませんか?」
昨日、遊びに来た柴犬の飼い主からの電話にふたつ返事で私はOKを出した。
とても性格のよい楽しい犬であることが分かっていたからである。

Sクンは陽気で活発で良心的で疑いを知らない無垢な柴犬である。
これまでの行動を見ていて“安心できる柴犬”の5本の指にランクされるワンちゃんである。

ところが『楽しい時間が過ごせそうだ』との私の目論見はすぐに消し去られてしまった。

お預かりしてガーデンで排尿・排便を済ませ遊ばせた後、小型犬の来客があったのでSクンをカフェに入れて係留していたのだが、5分ほどしてSクンの係留場所を見るとオシッコの形跡があったのだ。
「えっ!?もしかして?」
私は恐る恐るSクンの内股に手を当てて驚いた。
「玉つきじゃん!」

そう、Sクンは去勢をしていないオス犬だったのである。

私はもうはばかることなく声を大にして言いたい!
『家族の一員として犬と暮らしたいなら、オス犬の場合は去勢ぐらいするのが当たり前だろう!』と。
しかもSクンは陰睾丸で玉はひとつしかなく、繁殖に使えないばかりか、このままでは悪性の病気になる危険性をはらんでいるのである。

カフェでマーキングをするなどもってのほかだから、私はSクンにマナーベルトを応急に装着したが、その状態ですらマーキングする姿が悲しかった。
飼い主は当然であるべき去勢すらしていないのだから、Sクンは“愛犬”ではなく、ただの“オス犬”として本能に委ねられた行動をする“別物(べつもの)”の生物として存在させられていると私は解釈せざるを得ないのである。

せっかく愛犬としての適性を備えているのに、去勢もされず基本的な制御を教えられていないSクンが不憫でならない。

あなたは犬のことを鳥や亀のような“飼育動物”と考えているんじゃないですよね。
私は我が家の愛犬アモ君のことを家族と考えています。
だから必要なことは辛いことでもきちんと教えているのです。
去勢なんてそれ以前に行われているスタート前の手続きなのです。
 

疲弊した文章でごめんなさい 2006年09月16日(土)

  ご無沙汰でした。
検査と飲み過ぎ寝不足が続き少々疲れ気味であります。

唐突で恐縮だが、Kのチャームポイントの一つは上品さである。
然るに先日の最新情報欄での『お詫び』なるKのコメントを読んだ私の第一声は「これじゃ、同類じゃん」であった。
私の無配慮さをフォローするつもりでKが書いたコメントが不適切であると感じられた方には彼女に代わって重ねてお詫びを申し上げなければならない。

さて、大腸検査の結果だが、実はまだ何も分からない。
というのは、過去2回の検査で私は腸に癒着があって、検査の途中からのた打ち回ってしまっていたので今回は痛み止めをしてもらうことになっていた。

ところが、「長崎さん、眠くなりますよ」という声が聞こえた瞬間に私は意識を無くしてしまった。
どうやら痛み止めではなく“意識止め”を打たれたようなのだ。
「ポリープがあっても、明日友人が来るから入院できないので切除しないでください」という言葉さえ伝えることができなかった。

ボーっと意識が戻ったのは1時間後で、すべてが終わっていたらしい。
私のお股には紙おむつが装着されていてちょっと赤面。

「○*?●%$×▼*…」
看護師は何やら説明していたが、麻酔が醒めきらない私には理解不能で「1週間いや10日位先に組織検査の結果がわかります」と言っていたような気がしている。

「組織検査と言うからには、何かやばいものがあったのかもしれない!」
「ポリープの切除をしたのなら入院しているはずだから、別にどうってことはなかったんじゃない」
いろんな憶測があるなかで、ここ数日が過ぎている。

それにしてもあの麻酔。
大酒のみで腰椎麻酔が効かない私を瞬時に眠らせてしまった威力はすごい。
自らの安楽死のために一瓶キープしておきたいと思うほどである。
やっぱ疲れているようだ。

3連休初日の今日、今夏初めてエアコンの稼動が止まったかと思うと、ストーブをそろそろ準備しなければと感じさせるほど急激な気温変化が始まった。
半袖から長袖の季節に札幌は変わった。
 


- Web Diary ver 1.26 -