From the North Country

いつの日かアンサンブル 2006年09月05日(火)

  今日の雨で札幌はすっかり秋の空気に変わり、夕方の散歩はとても心地よく、夜に入るとまもなく中秋を迎える名月の輝きがあった。

一日遅れで今夜誕生日プレゼントをKに贈った。
その昔ハモンドを教えたことがあるKだったけど、オルガンは大き過ぎて実家に置いたままになっている。
最近私がサックスを吹くようになって「一緒にやれたらいいなぁ」と言ってたのでYAMAHAのキーボードをプレゼントしたというわけだ。

長〜い時の流れの隙間を埋めるようにボリュームを下げた練習音が先ほどから心地よく響いている。
私がサックスを吹き始めると、何か用事でも思い出したかのようにそそくさと姿を消す我が家の愛犬アモも、Kの演奏にはうたた寝を続けている。
いつかアンサンブルができたらと思うとまた楽しみが増えた。

さて、先日来紹介している4ヶ月のラブラドール/ナナちゃんが、とうとう岩見沢からレッスンに通い始めた。
初日の月曜は生憎の雨模様だったけど、雨宿りをしながらしっかり歩かせてもらった。

まずは『普通のラブ』でひと安心。
まだ乳歯だから遊び方をひとつ間違えると皮膚に穴が開いて出血させられる危険はあるし、悪気はないのに大胆な『遊ぼう攻撃』で他犬からは白い眼で見られてはいるが、それは若さゆえの世間知らずで無謀で、知的だからこそ脳内の化学変化による爆発が起きているのだろうと思う。

私がレッスンに出かけている間、飼い主の奥さんとKとの会話
「いい人に拾われるよう、たらいに入れて川に流してやろうと思った」と奥さん
「楽しかったよ。ありがとう!って?」とK
「ううん、違う!辛かったよ、さようならって」と奥さん

奥さんがキレる前に、ここに辿りついてよかったね、ナナ。

いつの日かこんなことも楽しい思い出となり、家族そしてナナちゃんが楽しい生活のアンサンブルを響かせてくれることを祈っている。
 

複雑な思い 2006年09月04日(月)

  ご無沙汰でした。
インターネット関連の複雑な設定は今夜すべて解決いたしまして、これまで通り『思うがままに』アップできる環境が整いました。

パソコンのことでも愛犬のことでも任せるときには専門の人に任せてみるのが近道だということを改めて思い知りました。

釧路のIさん、失われた『北の国から』の原稿を送っていただきありがとう。
復元作業は地道に進めていきたいと思っているので、しばらく時間はかかるけど今後もご協力をお願いします。

メールで送信すれば済むようなことだけど、敢えてこの欄で『テストケース』のつもりでアップさせていただき、私とKの生活にインターネットが戻ったことを確認させていただいた。

ここ数日、インターネットが使えない不自由な生活を送り、悔しいし、おもはゆい生活だったことを告白しておこう。
まるでライフラインのひとつが遮断されてしまったような不自由さを感じてしまい、疎外感を味わった。

良かったことは時間を気にせずゆっくり過ごせたことで、これはありがたかった。
繋がっていればうっとうしいと思うこともあるけど、繋がらなければ大いに不便。メールやインターネットはそんな存在になっているようだ。

留守中の最新情報に今月のパスタの写真とコメントをアップしてくださったIさんありがとうございました。
 

北海道が美味しい季節だ 2006年08月31日(木)

  定休日にこの欄を書くことはないのだが、二日休んでいたし、8月も今日が最終日でHPのカフェメニューを更新しなければならなかったので、ついでに立ち寄ってみた。

ご愛顧いただいた夏メニューのラーメンサラダが姿を消し、カチャトーラだとかラタトゥーユという聞きなれないパスタを9月からのメニューに入れるそうだ。

先週受診した“すこやか健診”の結果を朝からふたりで病院に行って聞いてきたのだが、ふたりともそれなりに健康だと言われて安堵したKが、気分良くこのふたつのパスタを試作し、実際、美味しかったので「明日からこれにする!」と即座に決まってしまった。

午後からは、我が家の愛犬アモの術後の快復も順調に進んでいるので、3人でドライブを兼ねて食材となる野菜とハーブを求めて長沼方面に出かけた。
ゆにガーデンでKがハーブを選んでいる間、私とアモは久しぶりのノーリードの散策を楽しんだ。
アモは草の上でゴロンゴロンと背中を擦り付け、数ヶ月ぶりの開放感を味わっていた。

20個以上は入る大きな袋に活きのいいピーマンを詰め放題で200円の買い物をしたり、地元で育てたパプリカを4個100円で買ったり、トータルで数千円の買い物をしたKは満足そうだった。
明日からのカフェの食材になるらしい。

夕方、先週に引き続いて私たちは愛犬をまりちゃんに託し、『里塚の湯』に出かけた。
ここのロビーにも新鮮な野菜が廉価で販売されていた。
「野菜だけ買いに来てもいいのでしょうか?」とフロントに尋ねると
「そういう方もおられるようです」とちょっと迷惑そうだったが、『これは使えるかもしれない』と密かに思った。

明日から9月。
北海道の食材を使っているだけで、何もかも美味しくなってしまう季節が訪れる。
 

無謀の結果 2006年08月28日(月)

  先日のこの欄で、『仮にラブの仔を室内で放し飼いにして暮らせば誰でも真剣になる』というようなことを書いた。
・冬山に弁当ひとつ持って登るようなもの
・「トイレを貸して」と訪問販売にやってきた男を部屋に入れるようなもの
・これまで消費税を納付せずに済んでいたから、かろうじて経営できていたカフェに、納税しろと通知書を送ってくる税務署そのもの

つまり“無謀!”の代名詞のつもりで書いたものだった。

ところが今日、そのラブを生後40日前から現在の4ヶ月弱まで放し飼いにしているご夫婦が遠く岩見沢からカフェにやって来られた。
「前に飼っていたシーズーが14歳で亡くなりまして…あの子は来た日から何一つ手がかからず、本当にいい子でした」
そう話す奥さんの目は虚空を見つめているようだった。

ご主人の両腕にある無数の生傷を見た私が
「凄いことになっていますねぇ」というと、
「いえいえ、この足のほうが」とズボンの裾をたくし上げようとして奥さんにたしなめられていた。

『家の中はさらに凄いことになっているのだろうな』と想像していると
「いつまでこんな状態が続くのでしょうか?」と本当に思いつめたような声で奥さんが尋ねられた。

『思い込み』というのは恐ろしいものだと心から感じた。
このご夫婦は前のシーズーとの暮らし方が、『犬との暮らし方』であると思い込み、その方法から脱却できないでおられるようだ。
家猫のミーちゃんと野生のエルザは同じ方法では育てられないのに。

聞くと、夜もフリーの状態、つまりラブの仔を本当に24時間野放しにしているのである。
日中仕事に出かけるご主人はまだしも、いつも一緒に居なければならない奥さんが思いつめた表情になるのは当然であろう。

ガーデンでの仔犬の行動を見ると、やや控えめで普通より扱いやすそうなタイプだった。
リードで繋ぎ、行動に制約を与えると野太い声で吠え立てた。
「だめ、だめ」と飼い主はなだめるように言い聞かせており、「放して!私を自由にして!」と吠えるワンちゃんのほうが毅然としていて主張が伝わり、どうみても軍配は犬に上がっていた。

じゃあ、どうすればいいのか?

今日の午後カフェにやってきた近所のさくらも、今年になって仔犬から育て始めたラブラドールである。
「ようやく室内でフリーにできるようになりました」
笑顔でそう話してくれたMさんは、以前よりさらに逞しく、ちょっとだけ若返ったように見えた。

はじけた性格のさくらをどのように育てているのかは、おいおいとこの欄で紹介することにして、問題のワンちゃんはもし遠くからでも通ってくれるのなら、何とか適切なアドバイスとしつけが行えるだろう。
 

北海道マラソンを見ながらワープ 2006年08月27日(日)

  残暑お見舞い申し上げます。

8月最後の日曜となった今日も昨日に続いて暑い一日だった。
どういうわけかカフェには閑古鳥が鳴き、おかげで北海道マラソンのテレビ中継を緋梅(ヒメ)ちゃんご夫妻とゆっくり見ることができた。

何度も見慣れている道路もマラソン中継では、どの道を走ってるのかすぐには分からないことに驚き、たった今まで東区役所あたりを走っていたはずが、場所の特定で話し込んでいるうちに、気がつけば西区の新川を走っているのにビックリした。
仮に時速20キロで走っても、あんなに速く移動できるものだろうか?
『ワープしたとしか思えない』というのが正直な感想で選手たちのすごさに改めて感じ入った。

5年前までの今日なら決して経験することのできなかったのんびりした8月最後の日曜日だ。

何故なら、盲導犬協会では昨日からユーザー研修会が開かれ、2日目の今日は個々のユーザーと盲導犬の歩行チェックが行われ、様々なアドバイスをするため以前の私も朝7時から午後まで絶えず歩いていたからである。
『どうぶつ奇想天外』という番組で何度も紹介されたミッキーという盲導犬の歩行チェックも私が行い、ユーザーのMさんには引退の最終勧告を行うという辛い経験もしてきたが、今となって一番の記憶に残っているのは、1年ぶりに再会したユーザーたちと前夜から飲み・語らい・テラスでみんなで歌ったことなどで、二日酔いの残る日曜日は朝からビタミン剤をほおばって歩きぬいたことである。

マラソンの選手には到底及ばないが、あの頃の私も結構頑張っていたと思う。
人生の後半にちょっとくらいご褒美があってもいいと感謝しているけど、それを維持するのも結構大変なことでもある。
 

葛藤?優柔不断? 2006年08月25日(金)

  陽射しは強かったけど北海道らしい爽やかな一日だった。

定休日の昨日はお泊り犬もなく、我が家の愛犬アモと居候犬ウィンピーを娘のまりちゃんに託し、私たちは札幌市が実施している『すこやか検診』という高齢者向けの健康診断を受けてきた。
血液検査など何年ぶりのことか忘れてしまったが、今更病気が見つかっても困ってしまう私は、自分のことよりKに検査を受けさせたくて「一緒に行くなら…」という条件でふたりで出かけた。

「注射したあと温泉に入っていいのかな?」と私。
「身体のどこかに小さな傷なんていくらでもあるから、別にいいんじゃない」とK。
というわけで、私たちは久しぶりの里塚の湯に向かい、私は浴内ヨガを入念に行って、さらにマッサージを受けたあとリクライニングシートで横になった。
そして1時間半ぐっすり眠った。
本当に久しぶりな至極の時間だった。

そんな昨日の今日だから「日本犬ミックス2歳の犬です。20回の訓練を受けたんですけど、息子や主人にも唸って威嚇し噛み付くこともあるんです。柴犬光ちゃんのお母さんから『光もとんでもない犬だったけどここで治してもらった』って聞いてきました」という相談があっても、訓練を引き受けることはできなかった。

「すごいエネルギーが要るんですよね…咬む犬の場合」
そんな風に言葉を濁した。
息子やご主人あるいは来客が咬まれるかもしれないのに室内でフリーにしている感覚も信じられなかったし、その指摘に対して「じゃ、ハウスにでも入れろと?」という問題児である愛犬の権利を代弁しようという歪んだ優しさにチクッときていた。

勿論心の底では申し訳ない思いで一杯だったし、何とかしてあげたいと自分の気持ちに高ぶりが出てくるのを待ってもいた。
幸いにもというのかしかしというのか、雑用をこなしているうちにその女性は帰られたようで複雑な思いが残った。

すこやか検診の結果は今日の午後には出ているらしいけど、聞きに行くのは来週の定休日まで先延ばしにしておこうと思う。

「嫌なことは先延ばしでいいじゃんね」ってKに言ったら「うん。でもその人『頑張ってまた来る』って言ってたよ」

爽やかな夜だがうまく寝付けるだろうか…。
 

眞知子に届け! 2006年08月23日(水)

  秋田の力はやっぱりひと騒動起こして帰って行った。

宿直のIさんが朝食の準備ができたことを伝えようと、力の部屋に行くとそこには誰もいない。
普通、宿泊していた視覚障害者がいなくなると、夜のうちに館内のどこかに迷い込んで帰れなくなってしまってるんじゃないか?とか、階段から転落して倒れてしまったのか!などと万一のことを心配するのが受け入れ側の気持ちである。

その頃、行方不明の力は朝の5時半から起きだして、盲導犬と札幌の町を散策していた。
音声時計から聞こえる時間で、「そろそろ戻らないと心配してるかもな」と、考え始めていた。
ふと、人の気配がするので、力は声をかけた。
「おう、ここどこらへんだ?」
「○○交番の前ですが」
「おめぇ、警官か?」
「そうですが、お宅はどちらから?」
「秋田県仁賀保町だ」
「えっ!?大丈夫ですか?」
「おう。ちょうどよかった。せば、ちょっと、協会さ電話してけれ」
「キョウカイってどこの?」
「盲導犬協会に決まってるべ!おれが教会の神父に見えっか?」
「で、なんと?」
「もうすぐ帰るからって言えば分かる。じゃあな」

現場に居た訳ではないし、秋田の浜訛りの力と警察官の間に適切なコミュニケーションが取れていたとはとても思わないが、ともあれ力は協会に戻った。

「おう、ただいま!心配したべ?」
「別に」
「警察から電話入らんかったか?」
「ああ、さっき交番から入ってた」
「それだけか?」
「それだけだ」

盲導犬協会のベテラン訓練士であるIさんだから、力の行動は織り込み済みだったのだろうが、場合によっては捜索願が出ていたかも知れぬ。

「眞知子の家まで行ってきた。送る約束してたもろこし届けてきた。」
「そうか、よかったな」
秋田に戻った力からの電話で、滞在中の様子が分かったが、いつもより力がなかったのは帰りの急行はまなすが混み合っていたからだけではなさそうだ。
 

ももじ 2006年08月22日(火)

  Mダックスももじ君のレッスン依頼があったのは2ヶ月くらい前だったろうか。
日中留守番をさせておくと、室内を破壊してしまうということで困っているらしい。
私たちが行きつけの里塚温泉(新装して里塚の湯に名称変更している)の岩盤浴で寝転んでそんな話をしていたら、私の店を紹介されたというから、何かの縁があったのかもしれない。

最初の相談で私は唖然とさせられることがあった。
この家庭は、日中は働きに出ているまではよくあることなのだが、その間しつけもできておらず信頼もできないももじを室内で放し飼いにしているというのだ。

小型犬を飼っている方の中には
「そんなのうちもだよ。唖然とするなんて仰々しい」と言われる方もおられるだろう。
あなた方は甘い!
私はそういわざるを得ない。
まだ信頼できない犬に、トイレの失敗やいたずらできる環境を無条件に与えておいて外出するというのは、しつけを遅らせて問題行動を醸成するだけではなく、愛犬の命を危険にさらすことにもなる。
あなたのもとで愛犬が健康で生きているとしたらそれは大変な幸運によってもたらされているといえよう。

まだ『仰々しい』とお考えの方は、一度同じ方法でラブを飼ってみるとよい。
犬育てが、どれだけ人間を真剣な気持ちにさせてくれるかがわかるだろう。

さて、ももじ。
最近は大きな問題を引き起こさず、歩き方もよくなっているし、社会性も身についてきている。
でも今日のレッスン中、ゲボッ・ゲボッと何度か嘔吐して、最後に吐いたものをよく見ると『食べてはいけません』と書かれたシリカゲルの袋が出てきた。
「食べてはいけないと書いてあるだろう!」と苦笑いしながらつぶやいたが、まだ命の綱渡りのような放し飼いを飼い主の方はされているようだ。

手遅れにならないうちに、飼い主を真剣にさせるアクシデントが起こるか、このまま幸運が続きレッスンと年を重ねることでももじが良き家庭犬になることを願うしかない。

この欄をアップして数時間後、Kが誤りに気づいたので修正しておく。
ももじの飼い主はカフェのことを『里塚の湯』で聞いたのではないとのことだ。
どこか北の別の岩盤浴で、たまたま隣に居合わせた犬の飼い主と話しているうち、
「私の犬は他犬に吠え掛かる犬だったのに、ドッグカフェナガサキに行って、オーナーにちょこちょこといじってもらったら、それ以来吠えなくなった」という話を聞いたからやって来たと、私がレッスンしている間にKは聞いていたというのだ。
ちょっと自慢?だから付け加えてみた。
 

残念だった 2006年08月21日(月)

  私の予想がことごとくはずれ、駒大苫小牧は残念な結果になってしまった。
だが、決して期待はずれではなくナイスゲームだった。
感動を与えてくれた選手たちに心から感謝したい。

試合前と試合中に秋田県在住のふたりの盲導犬ユーザーから電話があった。
今週の土曜日から3日間の日程で『盲導犬ユーザー研修会』というのが札幌の協会で開催されるのだが、先日亡くなった眞知子が彼らの大きな力になっていた。

盲導犬は使用者から目的地を告げられて誘導するのではなく、使用者が次の交差点をどちらに進むかなどひとつひとつ細かな指示を与えて、盲導犬に安全に誘導させている。
つまり目的地までの地図が頭に入っているか、知らない場所では人に尋ねながら歩くことになる。
ユーザーはそのような訓練を受けているから、知らない地域でも盲導犬と歩くことができるのだが、眞知子にかかれば「訓練受けてるから普段は困った時でも何とか対処できるんでしょ?そんなら札幌に出てきた時くらい気楽な思いをさせてあげてもいいじゃん」と、自らワンボイスというボランティアチームを立ち上げ、盲導犬ユーザーの目となり足となって、送迎や普段は遠慮して口には出せない様々な要望を満たしていった。

「札幌のお土産を買って帰りたい」
「ジンギスカン食べながら美味しいビール飲みたい」
「小樽に行って寿司食いたい」
「ドッグカフェに行って長崎に会いたい」

すべては眞知子の「うん、わかったよ」の一言で実現された。
勿論、盲導犬が取り乱したり、「俺の犬シッコさせてきてくれないか」などと調子に乗って言おうものなら
「バカ!あんたの犬でしょ、ふざけんじゃないよ!」と一喝されること請け合いであることもみんな承知の上で、人間同士のつきあいをしていた。

その眞知子が死んじまったものだから、どうすれば恩返しができるのか、みんなはどうやって追悼しようと考えているのか、そんな気持ちが私への電話になったようだ。

秋田の“力”は“急行はまなす”で札幌にやってきた。
「眞知子が『もろこし食べたい』って言ってたんだよ。送る前に死んじまったもんだから届けにきた」と悔しさを滲ませていた。
札幌で“力”と奴の盲導犬を見かけても決して声をかけてはならぬ。
「かわいいですね」というと
「おう、ありがとう」
「名前は?」と尋ねると
「ツカラだ」と秋田訛りで答え、
「年はいくつですか?」と聞けば、今なら
「ごずうにだ」と言うだろう。
さらに「触ってもいいですか?」などと言えば
「どうぞ」と言ってズボンを下げようとするはずだし、頭を叩いてそれをたしなめる眞知子はもうこの世にはいないからだ。

だが、その“力”はといえば、見えて大工の仕事をしていた時、年金を滞納しながら事故で失明したものだから、国からの一切の金銭的援助も無い『無年金障害者』で、あんまの腕一本で日々の生計を立てている男なのだ。
「長崎よ、札幌でタダで家貸してくれる奴いないか?」と電話で言う。
「秋田の田舎町じゃこれ以上やっていけないし、眞知子のそばにいてやりたい」といつもの本音を漏らしていた。

眞知子も私もこれには「うん、わかったよ」と言えなかったし、がんばっている“力”にバカヤローとも言えなかった。

『残念だけど』と考え、この欄の冒頭を読み返すと眞知子の人生が重なって見えた。
 

親心 2006年08月20日(日)

  この全身を覆うけだるさは甲子園の両チームの選手には申し訳ないが、明らかに名勝負の観戦疲れである。
若い諸君の疲れは未来へのビタミンとなるが、おじさんたちの疲れは単なる消耗でしかない。

スポーツカフェの閉店後、Kとガーデンでジンギスカンをやって多少のスタミナを補充したものの、日中からの精神的な高揚は脳圧を上げ、私の身体を蝕んでいるかも知れない。

だから昨日から忠告しているではないか!
早実選手諸君。
もういい、君たちはよくやった!
君たちはもういつ負けても日本中から健闘に値する賛辞を受けることができ、歴史上に名を残しているのだ。

今日のゲームで君たちの大先輩である王監督の胃はキリキリ痛み出してるかもしれないぞ!
『痛む胃は、もう摘出したし、負けた後のその言葉はそのままお返しする!』などともっともな反論をしないでくれ給え。

どうーかひとつ、どうか見逃してくだせぇませ、お代官様。


さて、駒大選手諸君。
君たちもよくがんばっている。王者に相応しいと改めて思っている。
予選からの毎試合君たちは成長を続け、経済不況に喘ぐ北海道の私たちに勇気と踏ん張りを与えてくれている。
夕張市の破綻は終わりの始まりかも知れないと思えるほど北海道は疲弊している。

道民みんなががんばっている中で、さらなるカンフル剤を打ち込んで欲しい。
心から応援している。

今日のカフェでは実況を聞くに堪えられず、早実の攻撃中にはガーデンの草むしりを始めようとした母さんもいた。
どうかひとつ、そんな草の根の集まりの願いを叶えてくださいませ。

『両チームともここまでやったのだから、もう結果は問うまい』
こんな言葉でこの欄を締められたらいいのだろうが、道民である私はその言葉を口にはしない。

普通なら明日の試合はどちらかの一方的な展開になるだろう。
それが駒大苫小牧であることを信じ続ける。
そしてできればいつもの後攻で試合が始まることを願っている。
 


- Web Diary ver 1.26 -