From the North Country

スペシャルサービス 2006年07月02日(日)

  ずいぶんと安易に対応してしまったものだ。

以前に一度電話で飼育相談をされた方が今日犬なしでカフェにやってこられた。
普通なら遠回りな話からじっくり時間をかけて状況を伺うのだが、今日のカフェがあまりにもヒマだったのと、わざわざ岩見沢から夫婦でやって来られたのと、前の犬が暮らしやすいシーズーだったにもかかわらず、今回の犬は生後50日のラブラドールであることについ同情心を抱いてしまって対応してしまったのだ。

ご主人の腕は傷だらけ。
トイレのしつけはさっぱりの様子。
早朝からベッドに駆け上ってご主人の頭をかきむしる。
それでいて犬は室内でノーリード。
「ラブを飼うという事は家の中にハリケーンが停滞すること」と私が話すと、奥さんはただただ大きく頷いている。

居たたまれなくなった私は事務所に戻って、未完成の“秘伝の書”のコピーを持ってきた。
「必ず返してくださいよ」
ラブラドールの育て方を綿密に書いた下書き原稿をそう言ってお貸しした。

盲導犬をイメージしてラブを飼う方が結構多い。
それはそれで結構なことなのだが、前述のようにラブの仔犬は台風そのものである確立が高いということを広く一般に知らしめる必要もあろう。
そしてそれを経験し乗り越えてきた人々には格別の喜びがもたらされる事もちょっとだけ付け加えておきたい。

未完成ではあるが私の“秘伝の書”は4年前に幻冬舎という最近台頭してきた会社から出版される手はずになっていた。
私の頑固さゆえにどうしても最後の折り合いがつかず、出版は日の目を見なかったけれど、極意に近い内容をしたためたものである。
手直ししなければならない箇所がいくつかあるのに、そのまま私のパソコンに眠っているのがもったいなくて、時々『困った人たち』に貸し出ししている。

それを今日は初対面の方にしてしまったのだから安請け合いどころか無料奉仕そのものである。
「アモ君の治療費をなんとしても稼ぎ出そう」という意気込みにどこかしら反してしまっているけれど、この夫婦のラブが健康に育ち、将来この子育てが結果的に両親にとってかけがえのない時間であったことに気づかれる瞬間を心から楽しみにしている。
 

悶々としている 2006年07月01日(土)

  不愉快な気持ちと、もやもやした心が抜けきらずにいる。
入院を明後日に控えた我が家の愛犬アモを、今夜私はこっぴどく叱りつけたのだ。

アモが我が家にやってきて半年になろうとしているが、ひとつだけ決まり事が守れないというか教え切れていないことがあった。
それは、アモの心に強い誘惑が起こった時の『マテ』である。

平時の『マテ』がどんなに優秀にこなせても、有事の『マテ』ができなければそれは何ら意味を成さないと日頃から考えている私には、すなわち『マテ』は絶対的な命令である。
然るにアモはこれまで3度ほど、重要な場面で絶対的であるはずの『マテ』を無視することがあり、私はどこかでしっかり教えておく必要性を強く感じていた。

今夜、Kが外出し、アモはKの帰宅を心待ちにしていた。
私には聞こえないKの帰宅の小さな音を感知したアモが階段までやって来たとき、私は隣の部屋から大声で『マテ』を命じた。
後肢の靭帯断裂状態のアモが階段から転落でもしたら大変なことになるとの思いからだった。

しかしKへの熱い思いからアモは私の命令を無視し、階段を駆け下りてしまった。
その僅かな時間に私は『マテ』を何度も大声で叫び、恐らく階段の横にある窓が開放されていたから、近隣の人たちにもその声は届いていたことだろう。

『ここぞ!』という思いが私の中に巻き起こり、マテの命令を無視したアモに『マテ』の何たるかを教える機会が訪れると同時に、正直に告白すれば『可愛さあまって憎さ百倍』の心理が働き、揺れ動きながら自制しようともがく自分がいた。

階下に降りたアモに対し、近くにあった食器をぶつからないようアモに投げつけて事の重大性を認識させ、駆け下りた私は自分の膝の痛みも忘れて36キロ近いアモを抱き上げ2階に運び上げてから、アモの無事に反比例するかのように叱り付けたのだった。

アモはしょぼんとしている。
が、私は『これでよかったのだ』と振り返っている。
ただ、訓練の過程とはいえ心のもやが晴れないのが辛いし、何も入院前の今日であって欲しくなかった。

夜の最後のトイレタイム。
折り合いをつけるように私に鼻を摺り寄せてくれたアモを見てKは姿を隠し、私とアモの時間を演出してくれた。
何が正しくて何が間違いなのだろう?
 

今夜は箇条書き 2006年06月30日(金)

  ・今日で今年の半分も終わりだから、あっという間に人生が過ぎていくのも頷ける。
たわわに咲き誇ったニセアカシアの花房が、“冷やし天ぷらソーメン”の具になる前にそよそよと散り始めているは残念だった。
半袖が心地よい一日だったがクーラーを入れるにはチト早すぎる北海道らしい最適な気候がやって来たようだ。

・一昨日の夜、久しぶりに里塚温泉に行ってきた。ボイラー交換と新たな泉源を削掘するため7月3日から12日まで臨時休業するらしく、休業の埋め合わせとして500円で入館できるサービスをやっていた。
温まった湯の中で私はヨガのポーズをとって痛めていた左半身をほぐし、誕生日のプレゼントにとKが振舞ってくれた上生寿司その他諸々で楽しませてもらった。

・昨日の定休日はお泊り犬たちとカフェで留守番。
コルクを薄く切ってソプラノサックスのチューニングを昔を思い出しながら我流でやったらバッチリOK。
音程が定まり気分よく演奏してたらゴールデンの宙(そら)が興奮して楽器をペロペロ舐めてきた。
その他の犬は遠く離れて、冷めた目で私を見上げている。

・明日からタバコの値上げ。
ささやかな防衛策として6カートンを買ったが、今月中旬までのもがきに過ぎないことがはっきりしていて寂しい。

・7月のパスタは“プッタネスカ”とか言うとりました。
ナポリの名物で「娼婦のパスタ」の異名を持つらしい。
忙しい娼婦が昼ごはん時に、海のものも畑のものもごちゃ混ぜにしてバスタにして食べたというお話に由来しているとのこと。
カフェの常連マダムには是非味わっていただきたい娼婦の味。
アンチョビに、トマトソース、ケッパー、黒コショウなどが入っていてビミョーにイタリアンだった。

そろそろ小さなプールの準備も始めなければならない本格的な夏を迎える。
暑さには滅法弱い私にとって試練の2ヶ月だが、何とか工夫しながら皆さんと楽しみたい。
 

親心 2006年06月26日(月)

  昨日今日と好天に恵まれ、ここ里塚緑ヶ丘にもようやく初夏が訪れたようだ。
ガーデンに垂れたアカシアの花が甘い香りを漂わせ、虫たちが集まり、さらにそれを狙ったスズメが朝夕賑やかにさえずっている。
毎日やってくるヒヨドリはどうやら相方を見つけた様子。
この鳥はいろんな鳴き方をするけど、状況だけでなく時間帯によっても使い分けているような気がして、今度じっくり観察してみたい。

今朝は我が家の愛犬アモの予約診療で大学病院に行ってきた。
入院されていた主治医の先生が退院し、アモの手術日が来週の火曜日と正式に決まった。
月曜日に入院し金曜日の退院というスケジュールだ。

今日の診察でもリードを学生さんに渡すや否や「父ちゃーん!助けてけれ!」と目をむいてアモは三本足でもがいていたが、恐らく先生はその瞬間に3月に手術した左後肢は順調に回復していると感じていたはずだ。
飼い主の私は気恥ずかしい思いと、あの冷静で温厚なアモがそれほどまでにもがく理由が気になってしまったけれど。

「どんな環境で入院するのですか?」という私の問いに、先生は誠実に説明してくれた。
畳1畳程度の広さで両サイドが壁で、正面が格子になった犬舎だそうである。日に5〜6回はトイレに出してくれるとも。

盲導犬協会で最後の数年私はパピーウォーキングを担当していたが、最終講習会では犬を協会に引き渡すパピーウォーカーの心情を察し、『あなた方が育てた犬は視覚障害者の生活を支える』という意義を再確認してもらうため目隠しをしての障害体験を行い、さらに協会に戻った犬たちの生活環境と一日のスケジュールを実際の犬舎に案内して説明していた。
そして今日、アモの入院環境を知りたがる自分に『親馬鹿なパピーウォーカーの心情』が重なり合っているのを感じてクスリと笑えた。

前回の手術後、補液で尿意をもたらしたアモは動けない状況で止む無く舎内で排尿したと聞いた。
アモにとっては屈辱だったろうと思う。
診察室でもがくのはその記憶のせいかもしれない。
今回、また5日間の入院・手術でアモには辛い思いをさせることになる。

でも私たちはその間、できれば日がな温泉に浸かってのんびりする休日を持ちたいと思っている。
アモの心配をしたってしょうがないし、何より獣医学を学ぶ学生は盲導犬協会のように犬舎に泊り込んででも、術後の犬たちの経過を観察し、今後の役に立てたいと頑張っているはずだからである。
善意の行為に野暮なことは言うまい。
アモのキャラが学生を動かし面倒見をよくさせることだってあり得るだろう。

私たちの仕事は退院してからのケアとリハビリである。
「左後肢はこれまでの例にないほど順調に回復しています」という先生の言葉は『私たちの管理がしっかりできている』というお褒めの言葉と受け止めて、右後肢についてもKと協力して早期回復を目指そうと誓っている。

アモよ!父さん母さんを信じて頑張れ!
 

こんな感じのカフェ 2006年06月24日(土)

  昨日の夜、久しぶりにラーメンが食べたくなってKとラーメン屋に行った。
Kは広東麺、私はジャー麺と小チャーハンそれに餃子を注文したが、食べ始めてまもなく
「あっ!8時にヒカルが来るんだ!」Kがそう叫んだ。
お泊りのわんこである。
「ウヒャー!ヤベェー!」と私。
時計は7時40分。
お店の人に『そんなに不味かった?』という誤解を与えないように慌てて言い訳をし、ほとんど食べ残してカフェに戻った。

7時50分頃に着いたが、既にヒカルは到着していて「5分ほど待ってました」ということだった。
それにしてもKはよくぞ思い出してくれたもので感謝である。

犬のしつけと飼い主のマナーのことで手厳しいことを日頃から私は言ってるが、結構いい加減な中で生活している。

昨夜も紹介したお泊り犬コーギーの風ちゃんの食事にしてもそうだ。
飼い主のAさんは、わざわざ計量カップを預け「このちょうど半分が一回量です」と言われていたのに、「風ちゃんは痩せ過ぎだ!こんな量じゃ可哀想だ!」と私は勝手に判断して、昨日あたりからその倍の量を与え、トッピングも豊富にして肉付けようと頑張っているのである。

これまでにも、お預かりした犬が太りすぎているとフードを減らしたり、普段食べてるドッグフードが体質に合っていないと判断するや、カフェの良質なフードに替えたりと独自の判断をすることがあった。
でも大幅に増量するのは珍しい。

Aさん。悪いけど風ちゃん少し太らせるね。
だってなんとなく忍びないから…
毎日我が家の愛犬アモを見ていると、どれもこれも痩せて見えるんだよね。
文句あるならさっさと病気を治して引き取りに来るんだよ。
 

人為的な雷恐怖症もある 2006年06月23日(金)

  花房をつけ始めたニセアカシアが、連日の雨で重そうに垂れている。
札幌はまるで梅雨模様。

「雷と大砲の音でパニックを起こします」
お泊り犬コーギーの風ちゃんの飼い主Aさんが仰っていたが、演習場の大砲の音は日中しかやってないし、雷なんて何年も聞いてないから意に介していなかった。
ところが水曜夜の雷はすさまじかった。

ソファで横になって酒を飲みながらテレビを見ていた私は、遮光カーテンの隙間から昼間のような一瞬の明るさを見た。
途端にドーン、バリバリ、ゴロゴロと大きな音が轟いたが、私は何食わぬ顔でテレビのボリュームを上げ、そのまま酒を飲む。

「なに!なに!雷でしょ!」
うろたえるように風ちゃんは立ち上がりきょろきょろしはじめた。
何度も何度も私の顔を見て、正気とパニックの境目に居るようだった。
が、私は相変わらず横になったまま動じる仕草もしなければ、風ちゃんに声をかけることもせずテレビを見ていた。
勿論、風ちゃんと目が合わないように彼女の行動は観察していた。

すると風ちゃんは聞き耳を立てていたし身体がちょっとは震えてもいたが、そのうち壁にもたれかかるように横になった。
その後、雷が収まるまでの1時間以上風ちゃんは取り乱すことなくじっとしていた。

怯えた犬に対し「大丈夫よ、よしよし、大丈夫」と声をかけ抱きしめるようにする人がいるけど、犬に対しては「やっぱり大変なことが起きてるんだ!」と不安あるいはその予兆を与えているに他ならない。

慌てず騒がずドーンと構えていれば、少なくとも飼い主の反応を見て『雷恐怖症』になる犬を減らすことができるだろう。

後からWさんから聞いた話によると、11歳になるシーズーのゴンタは雷の音にあたふたしていたらしいが、そのうち静かになったので気にも留めずにWさんは寝てしまった。
翌朝、どこにも姿のないゴンタを大声で呼ぶと、浴室からのこのこ出てきたというのだ。
不安でたまらない時にグーグー寝て何の役にも立たないご主人に見切りをつけ、ゴンタは冷静に自分で安全と思えた場所に身を寄せているうちに寝てしまったのだろう。
私たちは大笑いしたが、それでいいのである。
年をとれば弱気になって大きな音に敏感になってしまう犬は多いけれど、ゴンタはパニックを起こさず今度も風呂場で寝ることだろう。
 

“優しさ”について 2006年06月20日(火)

  カフェ前の道路に10日ほど前から停められている軽自動車があり、その中に2匹の猫がいる。
道外ナンバーだったので、最初は今流行リのマンションに引っ越してきた知人宅を訪ねた人がいて、数日でいなくなるのだろうと思っていたが一向にその気配はない。

朝から晩まで直射日光がまともに当たる道路に駐車して、車内にはキャットフードが置かれ、窓が3センチほど開けられた状態だ。
幸いにも札幌は6月に入って雨天曇天が続き、気温も低い状態である。
しかし先週の水曜日は日差しが強く、恐らく車内は30度は優に超えていたと思われ、持ち主も定かではなかったため、思い余った私は交番に通報した。

2時間ほどしてやってきたパトカーがスピーカで車の持ち主を呼び出すと、マンションから20歳前後の女性が誰かと携帯電話で話しながら面倒臭そう(私にはそう見えた)に出てきた。

警察官とのやり取りの後、彼女は車を出し30分ほどで戻ってきた。
見ると、車の西側の窓にアルミ製の日除けが張ってあったが、どうみても炎天下に置かれた車の室温には何の影響も与えない対策に思えた。

そして今日、札幌は2日目の好天を迎え、車内は40度近くになっていたかもしれない。

さて、今夜のテーマは『優しさ』についてである。

恥を忍んで私のこの一週間の気持ちの変化を告白すると
・猫たちは無事なのだろうか?
・一体飼い主は自分の猫のことをどう思っているんだ!
・なんてひどいことをする奴がいるもんだ!子供を車内に放置してパチンコやってる親と同じじゃないか。自分が車内で1時間でも居られる温度とでも思っているのか!それとも、今時の若い娘は本当に無知無頓着なのか?
・(警察官とのやリ取りの後)アルミを張っても炎天下に車を停めてちゃ何にもならんだろう!どっか日陰に停めりゃいいだろう!どんな神経してんだ!警察も警察だ。動物虐待ほう助じゃないか!

数日前カフェの閉店後、馴染みのお客さんと焼肉をしながら飲み会をやり、その席でこの話をしながら私は「でも相手にしてみりゃいろんな事情があって、頭ごなしに言うよリ話を聞いてあげた方が実際の解決になるんだよな。ただ腹の虫が収まらなくてね…」と言うと、Hさんが「どうしたの?って聞いてあげることから始めるのが大事ですね」と言った。

そして今日、猫の飼い主が車に来たのを見つけたHさんがしばらく彼女と話し込んでカフェに戻ってきた。
「どうしたの?」を実践してきたのである。

・彼と二人で暮らし始めたが、ここも彼の実家も猫が飼えないマンションであるということ。
・一匹の猫は貰い手が見つかったが、もう一匹はまだであるということ。
をHさんは話してくれた。

『それで彼女は誠実そうだったの?』と私は尋ねたかったが、Hさんはそれ以上に驚く話をした。
「日中は車内が暑くて猫が可哀想だし危険だから、私がいつでも預かってあげますよ。」そう言って携帯の連絡先を教えてきたのだという。

私は恥ずかしくなった。
「熱中症にしてなぶり殺すくらいなら、いっそのことひとおもいに死なせてやりゃいいだろ!そして自分のやったことを一生後悔しろ!」などと本気で思っていたからである。
今日がなければ一生後悔するのは私の方だった。

若い飼い主に合点がいかぬことは山ほどある。
しかしどれを問うても、猫を助ける解決にはならず、人を責め、己が正当性を口走り、溜飲を下げようとすることに他ならない。
Hさんの実践を見て、改めて人の優しさについて思い知らされ、必要な厳しさとの境目がどこにあるのかを考えなければならないと思った。
 

こんな再会もあるんだ 2006年06月18日(日)

  昨日(土曜日)の朝、ガーデンを眺めていたらカフェのドアが開きブロンドの外国人女性が入ってきた。
当然日本語が通じると思った私が「いらっしゃいませ」と声をかけると彼女は笑顔で私を見つめ
「Do you remember me?」と言ってさらにニコニコした。
とっさのことで頭の中の映像データと名前を一致させようと慌てている私に彼女は「キルシー」と小さくつぶやいた。

その瞬間、私は「キルシー!」と叫び、Kには見せられないような熱い抱擁を二人はしていた。

キルシー・バス。
彼女はフィンランド盲導犬協会のヘッドインストラクターで、同じ雪国の盲導犬を訓練する立場から私たちは国際会議で知り合って以来意気投合し、二人ともスモーカーだったから酒を飲むときもいつも一緒だった。

『でも、なんでこんなところに?』と思っていたら、しばらくして北海道協会のSさんとフィンランド協会のブリーディングマネージャー/ペッカさんもやって来た。
私をビックリさせたいというキルシーが立てた作戦だったようだ。

6年前私とSさんがフィンランドを訪ねて、仔犬の交換を行ったのだが、その際MEVETという動物病院で凍結精子による人工授精の臨床現場も見せてもらった。
この技術が定着すれば仔犬同士の交流の手間が省けるだけではなく検疫による犬の負担もなくなり、繁殖犬の凍結精子を北海道とフィンランド協会の間でやり取りすればいいことになるわけだ。

現在、国内では北海道協会がその技術を持っており、提携している帯広畜産大学でさらに交流の可能性を確認するため帯広に向かう途中、私のカフェに立ち寄ってくれたのだった。

「あの時、私の子供は二人だったけど今は10歳になる3人目の娘がいる。だからフミアキ、あなたに会うのは10年ぶりよ」
勿論私の子供であるはずはないが、彼女の話から10年ぶりの再会となった。
カフェにやって来るまでの車内ではSさんとキルシーが、お互いの学校の指導員同士の交換研修に話が及んでいたとのことだ。
組織上部との交渉があるからすんなりとは行かないだろうけど、そうなれば楽しいと思う。

フィンランド人は日本人のように礼儀正しいしシャイと言えるほど気遣いを見せる。
キルシーは大胆に振舞っているけど、お互い英語圏ではない人間同士が英語で話し込むと本当に日本人女性と話しているような錯覚を覚え親しみを感じる。
日本とフィンランドは間違いなくうまくやっていけると私は思っている。

信じられないような再会を経験し、さらに時間が経った今、火曜日に帰国するというキルシーにもう一度会って飲みたい思いと、あの頃の国際会議で知り合った仲間といつか会えるかもしれないという期待が膨らんでいる。

クロアチアの盲導犬指導員が、言語の違いもあろうけど他協会の人間と交流せず、部屋の片隅で身内だけでかたまって鋭い視線を投げかけていた姿を思い出す。
祖国が紛争の真っ只中で、なお視覚障害者のために盲導犬の訓練を行っていた彼らの思いはいかばかりであったろうと思う。
まもなく、サッカー日本代表はその国と対戦するが、祖国を代表している強い気持ちはクロアチアに分があるだろう。
だが、鬱積した愛国心を吹き飛ばすほどの近代サッカー技術を我らが日本代表は見せてくれると信じている。
今は何よりも相手がフィンランドでなかったことにホッとしている。
 

アモと共にがんばる 2006年06月16日(金)

  何と言えばよいのか我が家の愛犬アモにとって受難の一年となってしまいそうだ。
3月に手術した左後肢の骨の接合が順調に進み、筋肉も9割がた回復して、いよいよ楽しい夏を迎えることができると思った矢先、心配していた右後肢の前十字靭帯までもが断裂してしまった。

3月の段階で両足とも危険な状態であるといわれていたので、ちょうど1週間前右後肢の状態を大学病院で確認してもらったばかりだった。
「心配ありません」という先生の診断もむなしく「キャン」という小さな声を出した後アモの右後肢は地面に着けなくなってしまった。
術後の左足をかばい続けてきた負担で、ついに限界を迎えたのだろうか。

担当医の教授が入院中のため、左後肢と同じTPLO方式による手術は7月に入ってからになるという。

改めて靭帯断裂の手術方法について尋ねてみた。
1.ワイヤーを使って修復し、そのワイヤーに絡みつくように筋肉ができるという方法は、いずれワイヤーが吸収され筋肉だけでは走るような運動に対応できなくなるらしい。
2.人間のような靭帯移植は、絶対安静の期間が長すぎて精神的負担が多く、犬には不向きであるらしい。
3.したがってスネの骨を一旦切断し、角度を調整してインプラントで固定するTPLOという方法がベストであり、術後3日ほどで足をつけるようになって回復時には元のように走り回ることができるという説明だった。

・手術までの3週間、ようやく治ってきた左後肢だけで歩かねばならず、悪化しないかが心配である。
・入院中の5日間、アモには辛い思いをさせることになる。
・術後3ヶ月は特に制限を加えなければならないし、その後4ヶ月も注意が必要となる。
・両足の手術で軽自動車が買えるほどの経済的負担も痛い。

考えれば辛いことだらけであるが、ここは前向きでありたい。
・右後肢が駄目になる前に左後肢がある程度使えるようになっていたのは幸いである。
・先月ニセコで楽しい時間を過ごすこともできた。
・足に負担のかかる冬までには回復が見込める。
・アモのためにしっかり働いて稼ごうという意欲が出てきた。

我慢の夏になりそうだが、状況を受け入れなお私たちに見せるアモの優しい笑顔が救いである。
 

日本代表初戦;対オージー 2006年06月12日(月)

  ワールドカップ日本代表VSオーストラリア戦を4時間後に控えた午後6時から私はスタンバイしている。
昨日の午後、ガーデンのベンチを片付ける際に痛めた左肩と腕、左腰と臀部はしばらく続きそうな炎症を抱えているが、日本代表の怪我を代わりに背負っているつもりで引き受ける覚悟だ。

これからバブを入れた風呂に浸かって身体をほぐし、Kが買ってきてくれた“ワールドハップ”なるシップ薬を全身に貼り、夕食を済ませ、我らが阪神タイガースの法被を着て、コンサドーレのマフラータオルを首に巻き、両チームのメガホンを叩きながら応援の準備を整える予定だ。

今夜のこの欄は、カフェ始まって以来の長期戦になり、何度かに分散させながら書き込んでいこうと思っている。
傍にいるお泊り犬たちには悪いが、眠れぬ夜がまもなく始まろうとしている。(18時30分)

先発メンバーが発表され、今ピッチに入ってきた。
最低目標1勝1敗1引き分けの1勝をまずは手に入れて欲しい。
速く正確なパス、吸い付くようなトラップとドリブル、枠を捉えたシュート、落ち着いたディフェンス、俊輔の鮮やかなフリーキック、アイデア豊かな中盤からのスルーパス等等、楽しみは尽きない。

期待はどこまでも高いけど、私たちはひたすらベンチと選手に声援を送り続け、勝利の女神と仲良くしよう。
がんばれ日本!(21時30分)

悔しさで肩が震えてしまうが、キーを叩く私の頭は冷静である。
前半を終了しハーフタイムに入ったところで、私とKはお泊り犬をガーデンに出し、熱くなった身体を冷やすようにトイレタイムを取った。
犬たちには勝利の前祝いのジャーキーを与え、後半のさらなる怒涛の攻撃を期待していた。

ところがハーフタイムのジーコ監督の選手への指示を聞いて愕然とした。
「リードした時の闘い方を確認した」というではないか。
違う!違う!それでは過去から学んでいないじゃないか。
守りに入って何度悔し涙を流してきたのか?
“ドーハの悲劇”は一体なんだったのか。

守りきるということは絶対的に強いものが行う戦法である。
互角か僅差のチームでは、守りに入った相手のスタンスを見たとき、劣勢だったはずの相手はどんなに疲れていても奮い立ち、心理的に優位に立つことができる。
すると底力が沸き起こり、いわゆる120%のプレーをするのは当然である。

日本はこれまで強豪チームに先制され、もてあそばれるような相手の守備を経験している。
その悔しさを弱いチームに対して守備的に楽しむことで溜飲を下げる気持ちは分かるが、ワールドカップでやってはいけない。

ハーフタイムの選手への助言は私なら次のように言っただろう。
「君たちの、国の宝でもある柴犬を知ってるか!柴犬はあの小さな身体で熊にでも立ち向かっていくのだ。われわれは今、手負いの熊を前にしているのだぞ!絶対に気迫で負けず攻め抜いて相手を確実に仕留めるのだ!」
そして宮本らディフェンス人を集め「君たちはさっきの話は忘れてとにかく冷静になり、したたかに守れ」と。

今夜は日本中に私のような好き勝手なことを言う船頭が誕生したことだろう。

大きな敗戦であることは否めないし、3点目の失点が悔やまれることになるかもしれない。
だが、このワールドカップに出場するために日本は何度も“修羅場”を潜り抜けてきた。
先制して守り抜く限界も知ったはずだ。
“砂漠のネズミ”になれ!
トイプードルのようにすばやく動いて動いて動きまくり、シーズーのような笑顔を見せて相手を油断させ、ラブラドールのようなボールに対する執着心を持ち、ダックスのように狭いスペースを潜り抜け、セッターやポインターのように一途に駆け抜け、ボーダーのようにアクロバティックに、シェルティーやパピヨンのように軽やかに、コーギーのように逞しく、チワワのように苛立たず、ゴールデンのようにおちゃらけず、ハスキーのように自分の世界を追い求めず、超大型犬のような大らかさはこの際忘れ、正に日本犬の秘めたる闘争心を打ち出して欲しい。

どんなことになろうとも私はサポーターであり続ける。
 


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