From the North Country

こんな感じのカフェ 2006年06月24日(土)

  昨日の夜、久しぶりにラーメンが食べたくなってKとラーメン屋に行った。
Kは広東麺、私はジャー麺と小チャーハンそれに餃子を注文したが、食べ始めてまもなく
「あっ!8時にヒカルが来るんだ!」Kがそう叫んだ。
お泊りのわんこである。
「ウヒャー!ヤベェー!」と私。
時計は7時40分。
お店の人に『そんなに不味かった?』という誤解を与えないように慌てて言い訳をし、ほとんど食べ残してカフェに戻った。

7時50分頃に着いたが、既にヒカルは到着していて「5分ほど待ってました」ということだった。
それにしてもKはよくぞ思い出してくれたもので感謝である。

犬のしつけと飼い主のマナーのことで手厳しいことを日頃から私は言ってるが、結構いい加減な中で生活している。

昨夜も紹介したお泊り犬コーギーの風ちゃんの食事にしてもそうだ。
飼い主のAさんは、わざわざ計量カップを預け「このちょうど半分が一回量です」と言われていたのに、「風ちゃんは痩せ過ぎだ!こんな量じゃ可哀想だ!」と私は勝手に判断して、昨日あたりからその倍の量を与え、トッピングも豊富にして肉付けようと頑張っているのである。

これまでにも、お預かりした犬が太りすぎているとフードを減らしたり、普段食べてるドッグフードが体質に合っていないと判断するや、カフェの良質なフードに替えたりと独自の判断をすることがあった。
でも大幅に増量するのは珍しい。

Aさん。悪いけど風ちゃん少し太らせるね。
だってなんとなく忍びないから…
毎日我が家の愛犬アモを見ていると、どれもこれも痩せて見えるんだよね。
文句あるならさっさと病気を治して引き取りに来るんだよ。
 

人為的な雷恐怖症もある 2006年06月23日(金)

  花房をつけ始めたニセアカシアが、連日の雨で重そうに垂れている。
札幌はまるで梅雨模様。

「雷と大砲の音でパニックを起こします」
お泊り犬コーギーの風ちゃんの飼い主Aさんが仰っていたが、演習場の大砲の音は日中しかやってないし、雷なんて何年も聞いてないから意に介していなかった。
ところが水曜夜の雷はすさまじかった。

ソファで横になって酒を飲みながらテレビを見ていた私は、遮光カーテンの隙間から昼間のような一瞬の明るさを見た。
途端にドーン、バリバリ、ゴロゴロと大きな音が轟いたが、私は何食わぬ顔でテレビのボリュームを上げ、そのまま酒を飲む。

「なに!なに!雷でしょ!」
うろたえるように風ちゃんは立ち上がりきょろきょろしはじめた。
何度も何度も私の顔を見て、正気とパニックの境目に居るようだった。
が、私は相変わらず横になったまま動じる仕草もしなければ、風ちゃんに声をかけることもせずテレビを見ていた。
勿論、風ちゃんと目が合わないように彼女の行動は観察していた。

すると風ちゃんは聞き耳を立てていたし身体がちょっとは震えてもいたが、そのうち壁にもたれかかるように横になった。
その後、雷が収まるまでの1時間以上風ちゃんは取り乱すことなくじっとしていた。

怯えた犬に対し「大丈夫よ、よしよし、大丈夫」と声をかけ抱きしめるようにする人がいるけど、犬に対しては「やっぱり大変なことが起きてるんだ!」と不安あるいはその予兆を与えているに他ならない。

慌てず騒がずドーンと構えていれば、少なくとも飼い主の反応を見て『雷恐怖症』になる犬を減らすことができるだろう。

後からWさんから聞いた話によると、11歳になるシーズーのゴンタは雷の音にあたふたしていたらしいが、そのうち静かになったので気にも留めずにWさんは寝てしまった。
翌朝、どこにも姿のないゴンタを大声で呼ぶと、浴室からのこのこ出てきたというのだ。
不安でたまらない時にグーグー寝て何の役にも立たないご主人に見切りをつけ、ゴンタは冷静に自分で安全と思えた場所に身を寄せているうちに寝てしまったのだろう。
私たちは大笑いしたが、それでいいのである。
年をとれば弱気になって大きな音に敏感になってしまう犬は多いけれど、ゴンタはパニックを起こさず今度も風呂場で寝ることだろう。
 

“優しさ”について 2006年06月20日(火)

  カフェ前の道路に10日ほど前から停められている軽自動車があり、その中に2匹の猫がいる。
道外ナンバーだったので、最初は今流行リのマンションに引っ越してきた知人宅を訪ねた人がいて、数日でいなくなるのだろうと思っていたが一向にその気配はない。

朝から晩まで直射日光がまともに当たる道路に駐車して、車内にはキャットフードが置かれ、窓が3センチほど開けられた状態だ。
幸いにも札幌は6月に入って雨天曇天が続き、気温も低い状態である。
しかし先週の水曜日は日差しが強く、恐らく車内は30度は優に超えていたと思われ、持ち主も定かではなかったため、思い余った私は交番に通報した。

2時間ほどしてやってきたパトカーがスピーカで車の持ち主を呼び出すと、マンションから20歳前後の女性が誰かと携帯電話で話しながら面倒臭そう(私にはそう見えた)に出てきた。

警察官とのやり取りの後、彼女は車を出し30分ほどで戻ってきた。
見ると、車の西側の窓にアルミ製の日除けが張ってあったが、どうみても炎天下に置かれた車の室温には何の影響も与えない対策に思えた。

そして今日、札幌は2日目の好天を迎え、車内は40度近くになっていたかもしれない。

さて、今夜のテーマは『優しさ』についてである。

恥を忍んで私のこの一週間の気持ちの変化を告白すると
・猫たちは無事なのだろうか?
・一体飼い主は自分の猫のことをどう思っているんだ!
・なんてひどいことをする奴がいるもんだ!子供を車内に放置してパチンコやってる親と同じじゃないか。自分が車内で1時間でも居られる温度とでも思っているのか!それとも、今時の若い娘は本当に無知無頓着なのか?
・(警察官とのやリ取りの後)アルミを張っても炎天下に車を停めてちゃ何にもならんだろう!どっか日陰に停めりゃいいだろう!どんな神経してんだ!警察も警察だ。動物虐待ほう助じゃないか!

数日前カフェの閉店後、馴染みのお客さんと焼肉をしながら飲み会をやり、その席でこの話をしながら私は「でも相手にしてみりゃいろんな事情があって、頭ごなしに言うよリ話を聞いてあげた方が実際の解決になるんだよな。ただ腹の虫が収まらなくてね…」と言うと、Hさんが「どうしたの?って聞いてあげることから始めるのが大事ですね」と言った。

そして今日、猫の飼い主が車に来たのを見つけたHさんがしばらく彼女と話し込んでカフェに戻ってきた。
「どうしたの?」を実践してきたのである。

・彼と二人で暮らし始めたが、ここも彼の実家も猫が飼えないマンションであるということ。
・一匹の猫は貰い手が見つかったが、もう一匹はまだであるということ。
をHさんは話してくれた。

『それで彼女は誠実そうだったの?』と私は尋ねたかったが、Hさんはそれ以上に驚く話をした。
「日中は車内が暑くて猫が可哀想だし危険だから、私がいつでも預かってあげますよ。」そう言って携帯の連絡先を教えてきたのだという。

私は恥ずかしくなった。
「熱中症にしてなぶり殺すくらいなら、いっそのことひとおもいに死なせてやりゃいいだろ!そして自分のやったことを一生後悔しろ!」などと本気で思っていたからである。
今日がなければ一生後悔するのは私の方だった。

若い飼い主に合点がいかぬことは山ほどある。
しかしどれを問うても、猫を助ける解決にはならず、人を責め、己が正当性を口走り、溜飲を下げようとすることに他ならない。
Hさんの実践を見て、改めて人の優しさについて思い知らされ、必要な厳しさとの境目がどこにあるのかを考えなければならないと思った。
 

こんな再会もあるんだ 2006年06月18日(日)

  昨日(土曜日)の朝、ガーデンを眺めていたらカフェのドアが開きブロンドの外国人女性が入ってきた。
当然日本語が通じると思った私が「いらっしゃいませ」と声をかけると彼女は笑顔で私を見つめ
「Do you remember me?」と言ってさらにニコニコした。
とっさのことで頭の中の映像データと名前を一致させようと慌てている私に彼女は「キルシー」と小さくつぶやいた。

その瞬間、私は「キルシー!」と叫び、Kには見せられないような熱い抱擁を二人はしていた。

キルシー・バス。
彼女はフィンランド盲導犬協会のヘッドインストラクターで、同じ雪国の盲導犬を訓練する立場から私たちは国際会議で知り合って以来意気投合し、二人ともスモーカーだったから酒を飲むときもいつも一緒だった。

『でも、なんでこんなところに?』と思っていたら、しばらくして北海道協会のSさんとフィンランド協会のブリーディングマネージャー/ペッカさんもやって来た。
私をビックリさせたいというキルシーが立てた作戦だったようだ。

6年前私とSさんがフィンランドを訪ねて、仔犬の交換を行ったのだが、その際MEVETという動物病院で凍結精子による人工授精の臨床現場も見せてもらった。
この技術が定着すれば仔犬同士の交流の手間が省けるだけではなく検疫による犬の負担もなくなり、繁殖犬の凍結精子を北海道とフィンランド協会の間でやり取りすればいいことになるわけだ。

現在、国内では北海道協会がその技術を持っており、提携している帯広畜産大学でさらに交流の可能性を確認するため帯広に向かう途中、私のカフェに立ち寄ってくれたのだった。

「あの時、私の子供は二人だったけど今は10歳になる3人目の娘がいる。だからフミアキ、あなたに会うのは10年ぶりよ」
勿論私の子供であるはずはないが、彼女の話から10年ぶりの再会となった。
カフェにやって来るまでの車内ではSさんとキルシーが、お互いの学校の指導員同士の交換研修に話が及んでいたとのことだ。
組織上部との交渉があるからすんなりとは行かないだろうけど、そうなれば楽しいと思う。

フィンランド人は日本人のように礼儀正しいしシャイと言えるほど気遣いを見せる。
キルシーは大胆に振舞っているけど、お互い英語圏ではない人間同士が英語で話し込むと本当に日本人女性と話しているような錯覚を覚え親しみを感じる。
日本とフィンランドは間違いなくうまくやっていけると私は思っている。

信じられないような再会を経験し、さらに時間が経った今、火曜日に帰国するというキルシーにもう一度会って飲みたい思いと、あの頃の国際会議で知り合った仲間といつか会えるかもしれないという期待が膨らんでいる。

クロアチアの盲導犬指導員が、言語の違いもあろうけど他協会の人間と交流せず、部屋の片隅で身内だけでかたまって鋭い視線を投げかけていた姿を思い出す。
祖国が紛争の真っ只中で、なお視覚障害者のために盲導犬の訓練を行っていた彼らの思いはいかばかりであったろうと思う。
まもなく、サッカー日本代表はその国と対戦するが、祖国を代表している強い気持ちはクロアチアに分があるだろう。
だが、鬱積した愛国心を吹き飛ばすほどの近代サッカー技術を我らが日本代表は見せてくれると信じている。
今は何よりも相手がフィンランドでなかったことにホッとしている。
 

アモと共にがんばる 2006年06月16日(金)

  何と言えばよいのか我が家の愛犬アモにとって受難の一年となってしまいそうだ。
3月に手術した左後肢の骨の接合が順調に進み、筋肉も9割がた回復して、いよいよ楽しい夏を迎えることができると思った矢先、心配していた右後肢の前十字靭帯までもが断裂してしまった。

3月の段階で両足とも危険な状態であるといわれていたので、ちょうど1週間前右後肢の状態を大学病院で確認してもらったばかりだった。
「心配ありません」という先生の診断もむなしく「キャン」という小さな声を出した後アモの右後肢は地面に着けなくなってしまった。
術後の左足をかばい続けてきた負担で、ついに限界を迎えたのだろうか。

担当医の教授が入院中のため、左後肢と同じTPLO方式による手術は7月に入ってからになるという。

改めて靭帯断裂の手術方法について尋ねてみた。
1.ワイヤーを使って修復し、そのワイヤーに絡みつくように筋肉ができるという方法は、いずれワイヤーが吸収され筋肉だけでは走るような運動に対応できなくなるらしい。
2.人間のような靭帯移植は、絶対安静の期間が長すぎて精神的負担が多く、犬には不向きであるらしい。
3.したがってスネの骨を一旦切断し、角度を調整してインプラントで固定するTPLOという方法がベストであり、術後3日ほどで足をつけるようになって回復時には元のように走り回ることができるという説明だった。

・手術までの3週間、ようやく治ってきた左後肢だけで歩かねばならず、悪化しないかが心配である。
・入院中の5日間、アモには辛い思いをさせることになる。
・術後3ヶ月は特に制限を加えなければならないし、その後4ヶ月も注意が必要となる。
・両足の手術で軽自動車が買えるほどの経済的負担も痛い。

考えれば辛いことだらけであるが、ここは前向きでありたい。
・右後肢が駄目になる前に左後肢がある程度使えるようになっていたのは幸いである。
・先月ニセコで楽しい時間を過ごすこともできた。
・足に負担のかかる冬までには回復が見込める。
・アモのためにしっかり働いて稼ごうという意欲が出てきた。

我慢の夏になりそうだが、状況を受け入れなお私たちに見せるアモの優しい笑顔が救いである。
 

日本代表初戦;対オージー 2006年06月12日(月)

  ワールドカップ日本代表VSオーストラリア戦を4時間後に控えた午後6時から私はスタンバイしている。
昨日の午後、ガーデンのベンチを片付ける際に痛めた左肩と腕、左腰と臀部はしばらく続きそうな炎症を抱えているが、日本代表の怪我を代わりに背負っているつもりで引き受ける覚悟だ。

これからバブを入れた風呂に浸かって身体をほぐし、Kが買ってきてくれた“ワールドハップ”なるシップ薬を全身に貼り、夕食を済ませ、我らが阪神タイガースの法被を着て、コンサドーレのマフラータオルを首に巻き、両チームのメガホンを叩きながら応援の準備を整える予定だ。

今夜のこの欄は、カフェ始まって以来の長期戦になり、何度かに分散させながら書き込んでいこうと思っている。
傍にいるお泊り犬たちには悪いが、眠れぬ夜がまもなく始まろうとしている。(18時30分)

先発メンバーが発表され、今ピッチに入ってきた。
最低目標1勝1敗1引き分けの1勝をまずは手に入れて欲しい。
速く正確なパス、吸い付くようなトラップとドリブル、枠を捉えたシュート、落ち着いたディフェンス、俊輔の鮮やかなフリーキック、アイデア豊かな中盤からのスルーパス等等、楽しみは尽きない。

期待はどこまでも高いけど、私たちはひたすらベンチと選手に声援を送り続け、勝利の女神と仲良くしよう。
がんばれ日本!(21時30分)

悔しさで肩が震えてしまうが、キーを叩く私の頭は冷静である。
前半を終了しハーフタイムに入ったところで、私とKはお泊り犬をガーデンに出し、熱くなった身体を冷やすようにトイレタイムを取った。
犬たちには勝利の前祝いのジャーキーを与え、後半のさらなる怒涛の攻撃を期待していた。

ところがハーフタイムのジーコ監督の選手への指示を聞いて愕然とした。
「リードした時の闘い方を確認した」というではないか。
違う!違う!それでは過去から学んでいないじゃないか。
守りに入って何度悔し涙を流してきたのか?
“ドーハの悲劇”は一体なんだったのか。

守りきるということは絶対的に強いものが行う戦法である。
互角か僅差のチームでは、守りに入った相手のスタンスを見たとき、劣勢だったはずの相手はどんなに疲れていても奮い立ち、心理的に優位に立つことができる。
すると底力が沸き起こり、いわゆる120%のプレーをするのは当然である。

日本はこれまで強豪チームに先制され、もてあそばれるような相手の守備を経験している。
その悔しさを弱いチームに対して守備的に楽しむことで溜飲を下げる気持ちは分かるが、ワールドカップでやってはいけない。

ハーフタイムの選手への助言は私なら次のように言っただろう。
「君たちの、国の宝でもある柴犬を知ってるか!柴犬はあの小さな身体で熊にでも立ち向かっていくのだ。われわれは今、手負いの熊を前にしているのだぞ!絶対に気迫で負けず攻め抜いて相手を確実に仕留めるのだ!」
そして宮本らディフェンス人を集め「君たちはさっきの話は忘れてとにかく冷静になり、したたかに守れ」と。

今夜は日本中に私のような好き勝手なことを言う船頭が誕生したことだろう。

大きな敗戦であることは否めないし、3点目の失点が悔やまれることになるかもしれない。
だが、このワールドカップに出場するために日本は何度も“修羅場”を潜り抜けてきた。
先制して守り抜く限界も知ったはずだ。
“砂漠のネズミ”になれ!
トイプードルのようにすばやく動いて動いて動きまくり、シーズーのような笑顔を見せて相手を油断させ、ラブラドールのようなボールに対する執着心を持ち、ダックスのように狭いスペースを潜り抜け、セッターやポインターのように一途に駆け抜け、ボーダーのようにアクロバティックに、シェルティーやパピヨンのように軽やかに、コーギーのように逞しく、チワワのように苛立たず、ゴールデンのようにおちゃらけず、ハスキーのように自分の世界を追い求めず、超大型犬のような大らかさはこの際忘れ、正に日本犬の秘めたる闘争心を打ち出して欲しい。

どんなことになろうとも私はサポーターであり続ける。
 

流れる時の中で 2006年06月11日(日)

  今日からお泊りのラブラドール/マックス君をみて、ずいぶん変わったなと感じている。

もう1年以上のお付き合いになるが、当初は他犬に毛を立てて威嚇的に振舞うことが多く、新たな犬と交わるときには私も結構気を使っていた。
その面が全くなくなったというわけではないのだろうが、少なくとも挑発的な態度が消え、どちらかといえば地味に控えめに遠慮がちにみえるのである。

「後肢を少し痛めてるようで、サプリメントを与えています」
飼い主のOさんはそう仰っていた。
確かに右後肢に微妙な違和感があるようで、あれほど好きだったボール遊びも自制しているようだ。

でもそれ以上に、角が取れて丸くなった印象を私は強く持った。
ラブラドールのはっちゃきさが徐々に影を潜め、性格が丸くなると次にやってくるのは飼い主との精神的な絆の更なる深まりである。
いい段階に入ってきているのかも知れないとうれしく思った。

このところカフェには“初めてのワンちゃん”が顔を出してくれている。
今日も20センチほどのビーグルの赤ちゃんが訪ねてくれた。
その容姿や動作からてっきり生後2ヶ月ほどだと思って飼い主の方と話していたら、すでに4ヶ月ということで驚かされた。

また、2ヶ月のトイプードルと暮らし始めたばかりという親子がドッグフードを求めに来店されたが、その話しぶりが実に初々しく、仔犬を初めて飼った“あの頃”を思い出させるような懐かしさがあった。
娘さんがやや興奮気味に主導権を取って品定めをし、お母さんに時折アドバイスを求めている。
そして生き生きとしている娘の姿を寡黙な父親がうれしそうに見つめている、そんな光景だった。

私が勧めた粉末のゴートミルクはやめてドッグフードを買っていかれたが、しばらくしてそのミルクを買いに戻られた時は、あの後の親子の会話が想像されて楽しかった。

日々流れる時の中で、マックス君のように成長と変化に気づける長い時間を共有できることもあれば、単なる出会いで終わってしまうこともあろう。
できればたくさんの犬と人の“時の流れ”を見てみたいものである。
 

不敗神話 2006年06月09日(金)

  まるで梅雨のような曇天・雨天が続いているが、我らが阪神タイガースの札幌での成績も2連敗と芳しくなかった。
危機感を抱いた私は、定休日の昨日札幌ドームへ駆けつけた。
実は私が応援に行った試合はタイガースもコンサドーレも負けないというジンクスがずっと続いているのだ。(嫌なことはすぐに忘れてしまう性格だから、ひょっとしたら間違っているかもしれないけど…)
その実績たるやワールドカップ日本代表応援のためドイツに渡ったMダックスのロンメル君以上で、私に残っている負けた記憶は20年以上前の円山球場での広島戦という優れものである。

勿論、その間タイガースやコンサドーレは何度も負けているのだが、仕事の都合で滅多に観戦することができなかった私には幸いにも勝ち試合とスケジュールが一致していたのである。

おかげさまで昨日も勝ち試合を観ることができた。
内心、戦ってほしくない日本ハムとの対戦だったけど、小笠原のホームランや稲葉のファインプレーと打撃には周りの道産子タイガースファンからも温かいヤジが飛んでいた。
日ハムの2勝1敗だったが阪神も首位に立ったので、まあよしとしよう。

さて、今夜からはFIFAワールドカップの開幕だ!
4年前の日韓大会の時は全国を放浪していたことを懐かしく思い出す。
カメルーンの中津江村、フランスの指宿などキャンプ地を気ままに旅していた。
あの頃は想像すらしていなかったドッグカフェを営みながら、まずはこの2週間の一次リーグをしっかり応援していきたい。
実力があるから日本はドイツの地にいるのだ、という揺ぎ無いプライドを持って声援を送ろう!
 

術後3ヶ月 2006年06月07日(水)

  左後肢前十字靭帯断裂の手術から3ヶ月が経ち、我が家の愛犬アモの定期検診に行ってきた。

一般的に折れた骨が引っ付くのは3ヶ月程度と聞いていた。
アモの場合は骨折ではなく、靭帯断裂に対応するTPLOという手術で、人工的に骨を切断してインプラントで固定したものだからもっと早くきれいに接合すると思っていたが、レントゲンにはまだ接合部がくっきり写っていた。

「順調ですよ。インプラントにも全く問題はありません」
私の心配をよそに先生はそのように言われたので、「まあ、そんなものか」と安心することにした。

が、家に帰る車の中で「あの時先生に聞いておけばよかった」という疑問が沸いてきた。

犬の年齢を人に換算すれば、例えば最初の1年が18歳程度、2年目で24〜5歳で以後1年ごとに4歳をプラスするのが一般的である。
これは永久歯への生え変わりや生理的・肉体的な発育あるいは老化をもとに換算したものである。
また雌犬の避妊手術後の回復の度合いなどを見ると、細胞分裂がヒトよりも早いのか治りが著しく早いように思う。

だとすれば、アモの骨の接合は人間以上に早いはずであると思われる。
然るに、アモよりも2ヶ月遅れでしかも人工的な切断ではない骨折をしたニューヨークヤンキーズの松井選手が順調に回復しているように感じられるのはなぜだろうか?

先月アモは5歳になったばかりだから人間の肉体年齢に換算すれば36歳前である。
術後の回復が人間より早いことに対し、アモのほうが松井選手より少し年上で、彼がプロのスポーツマンであることを相殺しても、彼より2ヶ月早くアモの復帰が先行すべきであろう。

レントゲンの接合部は松井選手のそれと比較できないけど、まあ、アモは1時間以上散歩に出られるし湖で泳ぐのも奨励されたのだからほぼ完治していると信じよう。
インプラントを取り出す9月までの3ヶ月間を無理せず大いに楽しみたい。
 

超えてはいけない一線 2006年06月05日(月)

  昨年11月のこの欄で『頭脳と法の網をかいくぐるやり方で儲けて、社会に影響力を行使している会社があるが、なぜかすっきりとは受け入れがたい」とMファンドのことを書いたが、その代表が逮捕されてしまった。

法のギリギリの線を歩き続けていると、わずかなミスは必ず起こす。
「プロ中のプロ」を自認していればなおさらのことだ。

普通のプロなら、間違っても法の一線を越えないように、例えば線から1メートル離れた道で仕事をするが、『プロ中のプロ』という自惚れがあれば僅か10センチのところを歩き続け、その危うさに慣れてしまい踏み外す。

今回の逮捕劇は法の網目を意図的にかなり細かくしたという検察のずるさはあるが、誰も文句は言ってないようだ。
「あなた方は私が儲けているから私が嫌いなのです。確かに短期間で大儲けしましたけど」というMさんの分析は一面で正しいのかもしれない。
“やっかみ”という小心さは誰しも持っているから、成金の失敗はある種庶民の溜飲を下げる効果がある。

しかし、私が昨年「なぜかすっきりとは受け入れがたい」と書いたのは別のところにある。
Mさんが大儲けして豪邸を建てたり自家用ジェットを持って豪遊しようとそれは私にとってどうでもいいことだ。
問題はその金で他人の家や心に土足で入り込む品のなさである。
「お金がすべてでしょう」
「金儲けのためには何をやってもいいのですか」
「違法ですか?儲けることが私の仕事です」

人々がお互い平穏に生活するために長い間培ってきた不文律が、「違法ではない」という一言で掻き乱されてしまうことに対する反発がある。

それでも昨年までは東京の大企業相手に勝手にやってたから私にはどうでもいいことだった。
しかし最近になって“我らが阪神タイガース”にまで土足で入ってきたのだからこれは捨て置けない。

「阪神には株価以上の資産価値があるのにそれを高めて株主価値を上げていない」などと再び金に結びつける発想で、40年以上“バカ息子”を愛し続けている虎キチの琴線に触れてしまったのである。

金になるけど金にしない粋さ、無用を受け入れる寛大さは例えば社風のようになって働く者や応援する者の心を掴むものである。
完璧な金儲けに人生と情熱をかける人もいるだろうが、社会に迷惑をかけないようにやってほしい。

恐らく検察の中に熱狂的な虎キチがいたのかもしれないと密かに思った。
 


- Web Diary ver 1.26 -