From the North Country

まだ戸惑っている 2006年08月13日(日)

  まるで昨日の涼しい秋風が合図でもあったかのように今日のガーデンにはたくさんのトンボが飛び交っていた。

残念ながらお盆入りしたカフェで混み合っていたのはトンボくらいで、ガーデンは32度を超える真夏に戻ったにもかかわらず、営業的には秋風が吹いていた。
それでも何とか食べていけるものだから、私たち初老夫婦にとっては今日のような一日はとてもありがたく感じられた。

実はこの二日間、ホームページ再開の準備などで睡眠時間が不足しており、とりわけ夕食後の習慣となっていた“惰眠”(だみん)がなかったことに、私とKの身体は不満を持っているようなのだ。
勿論、パソコンをいじっていたのはIさんで私たちはただ付き合っていただけなのだが、起きていたことに変わりはなく、自分たちの身体に寝不足の正当性を説明できるわけではない。

今夕はお泊り犬もなく、いたって“じょんのび”気分で快適である。
が、しかし、夕食後には「寝るぞ!」と宣言したものの二人とも頭が冴えてしまって眠れないでいた。
パソコンと同じように、人の心も複雑なようだ。

しばらくこの欄と『最新情報』の欄が迷走してしまうことをお許しいただきたい。

私とKの頭の整理がパソコンのスピードに追いつかないから仕方ないのである。

お盆という時期に重なったのがせめてもの救いで、この間にKと私が現在の設定に違和感を感じなくなるよう努力したいと思っている。
仏の心でご容赦を…。
 

Coming Soon! 2006年08月12日(土)

  大変お待たせいたしました。

HPと『北の国から』の再開準備がほぼ整いました。
さっきまでの準備作業に全面的に関わっていただいた“影の管理者”Iさんご夫妻にはお礼の言葉もありません。
ただただ感謝です。

お願いとお知らせ

1.カフェまたは私個人へのメールアドレスを登録されている方はnagasaki@sapporo-dogscafe.com にアドレス変更してください。今月末をもってこれまでのアカウントは使用できなくなります。

2.『北の国から』は、私のこだわりもあってブログ形式ではなく、写真の貼り付けや文字装飾など一切できないこれまでどおりのCGI形式とさせていただきます。

3.その代わりといってはナンですが『最新情報』のコーナーをブログ形式にし、映像などでお伝えしたい事柄や、臨時休業・ガーデンの様子などを発信するようにしました。(リアクションはお受けできない設定にしましたが…)
そしてこのコーナーはKが担当しますので、新鮮な息吹を感じることができるのではないかと私自身も大いに楽しみにしています。
残念ながらスタートからつまずき、現在のところ“Coming Soon"つまり工事中すなわち「まだできとらん!」状態です。

ところで、『北の国から』の失われた過去の記事は小樽市のSさんや釧路市のIさんがプリントやデータで保存していてくれてました。
現在、これらを用いて修復作業中です。
「SさんIさん本当にありがとうございました」
心からのメッセージです。

今後修復できなかった過去ログについての情報を皆さんに求めることもあるかと思います。
その節はよろしくお願い申し上げます。

「北の国からを休んでる間に、書きたいことが溜まってきたんじゃないの?」とK。
「なぁもだ」と答える私だけれど、空白期間の出来事や穴埋めの話題は、それなりのものもあるかもしれない。
いずれ振り返ってみたい。

ともあれ今日の日を迎えることができた。

『感謝の気持ちをどうすれば伝えることができるのか?』
この一ヶ月はそんな日々だったように思う。

今はただ、「ありがとう!」としか言えない。
“失ったからこそ得られるものがある”ことをこの歳になって改めて知った。
 

北の国から 2006年07月18日(火)

  2年と2ヶ月、590話前後書き綴ってきた『北の国から』が14日夜突如消えた。
当然酔っ払っていたし、「また何かやっちまったか!」と自分のキー操作をチェックしたが、どう間違えてもすべてのログを消去するようなボタンは最初から存在していない。

全身から血の気が引くのを感じ、それと共にとても冷静になっていく自分に少なからず驚いた。
「死ぬって云うのはこういうことなんだ」
すべてが消去されたことをKに伝えた後、そう私はつぶやいていた。
『死』とは勿論肉体の死ではなく『社会的な死』である。
『北の国から』には私の半生で得た経験・知識・感性それらに基づく主張そして心に残る出会いなどをちりばめてきたつもりである。
その中には私自身も読み返すことで記憶によみがえる事柄が多々あったし、いつか誰かに読まれることで共感が得られ記憶のリレーができると期待した思いもあった。
それらがすべて消えたときを『社会的な死』と感じることに異議は無かろう。

サーバーのトラブルが原因だったようだ。
「残念ですが復元の見込みはありません。(…中略)残念ですが規約にもある通りバックアップをとっておくのは当然利用者の責任です。」

喪失感とショックそれに年代的に理解不能な専門用語とIT技術のことで説明されても戸惑うばかりでしばらくは立ち直れそうもない。
今夜この欄がアップされるかどうかすらわからないけど、「北の国からはどうなった?」というお問い合わせが多いので、まずはこういう形でご報告させていただきます。

身体は何とか生きているしカフェの営業も続けているので、少しでも元気が出てきたらサーバーやプロバイダーを替えて再出発という方向がいいのだろうが、現在のところ踏み出す気力と知識が乏しく、ネット上ではしばらくお別れになりそうだ。

今日までご愛読いただきありがとうございました。
今はこのご挨拶が精一杯である。
 

ははは、ごめんなさいで済めば警察はいらない 2006年07月11日(火)

  腰にはコルセット、両膝にはサポーターそれに数年前整形外科にかかった時に貰った炎症止め・筋肉をほぐす薬・胃薬の三点セットを飲んで今日に臨んだ。

そしてチョコラブ/ブランのレッスンは人ごみを求めて車で生協付近に出かけた。

知り合いを発見した時や声をかけてくれる人に興奮して飛びつくというブランだが、私と歩く時はまるで盲導犬協会の老犬ホームの犬たちと散歩しているように、のんびりゆったり歩いてしまうから訓練にならず、より多くの人と出会う場面を求めたのである。
結果はいつもと同じおりこうさんだったが、ブランの興奮は思わぬところで表れた。

カフェに戻ると今月からトリマーとして働いているY(20代女性)に大いなる興奮を示し飛び跳ねているのだった。
Kからその事態を伝えられた私はすぐに制御してブランを平常に戻したが、その時の状況ははっきりと焼きついている。

飼い主は「あらら、やめなさい。ごめんなさい。」
飛びつかれているトリマーは客商売ゆえの遠慮もあるのか制御することもなく「あらら、どうしたの。そんなに…ハハハ」
と、両者共にブランの興奮に結果的に同調するかのような態度しかとれていなかった。

そしてそれはとても普通の光景だと思った。

しかし、そこが訓練士の感性と違うところでもある。
人に興奮して飛びつくのを、心底困った問題と捉えているなら、トリマーに飛びつかせておきながら相手に自分の犬の欠点を説明しながら謝るような余裕など持ってはいけないのだ。

例えば交通量の多い通学路の歩道を散歩していたとしよう。
犬好きな子供がブランに声をかけ、喜んだブランがその子供に飛びついたはずみに車道に倒れこんだとしたら大変なことになってしまうはずだ。
「あらら、やめなさい。ごめんなさい」では済まないはずである。

飼い主はブランがそんなことをしないように訓練をお願いしているのかもしれないが、私の考えは違うところにある。
4ヶ月間毎日訓練すれば確実に直すことができるけれど、そんなに時間とお金をかけるより、自らが制御できれば明日からでもちゃんと歩けるのである。

イメージしてください。
室内で犬がいたずらをしていたとしよう。
もしその犬が電気コードをかじっていたら、「あらら、やめなさい。ダメですよ」と悠長なことを言うだろうか?
普通なら「ひゃー!ダメ!止めろ!危ない!」と鬼気迫る対処をするはずで、それでそんな問題行動は一発で解消されるはずである。
現に私の元に「電気コードをかじるから毎日感電してしまって困っています」という相談などひとつも舞い込まない。

犬をしつけるときに「叩いていいんですか?どこを叩けばいいんですか?顔ですか?お尻ですか?どのくらいの力ですか?」と問う人もいるけど、犬と暮らすということはそんなレベルではないことに思いを馳せて欲しい。
 

さあ今夜は寝るぞ! 2006年07月10日(月)

  フランスが圧倒的に押していたのに最後はPK戦でイタリアが優勝し幕を閉じたワールドカップ。
ファールを受けてもアピールせず何事もなかったように次のプレーへ立ち上がり、華麗なステップとパスワークで駆け回る選手たちの姿を見てそのレベルの違いは素人にも十分伝わった。
ともあれ今夜からはゆっくり眠ることができる。

ゆっくり眠れるのを喜んでいるのはお泊り犬のほうかも知れない。
日中はカフェで看板犬を勤めて、閉店後の散歩と夕食を済ませるや倒れこむように眠りに落ちているのに、夜中にゴソッと私が起きだしてサッカー中継を見ながら騒ぐものだから慢性的な睡眠不足になってうんざりしていたようだ。

ゴールデンの宙子(そら)海子(うみ)とウェルッシュコーギーの風子(ふう)の三頭にはそれぞれのこだわりがあって面白い。

そらは散歩の時、私の左側を歩かないと落ち着かない。
三頭で歩くのだから状況によってはそらだけを右側に持って歩く場面も出てくるのだが、潜り込むように左側にやってきて「これが私の定位置です」と主張する。

うみは水のがぶ飲みが好きなようだ。
日中いつでも飲めるように水は置いてあるのに、それは必要最小限に抑え、食後一気に食器一杯近くを飲み干す。
満腹感を生み出す工夫なのか、風呂上りのビールの旨さを引き出すのと同じように我慢をしているのだろうか?

コーギーのふうは身体や足を拭かれる時に「ウゥーウゥー」と唸り声を出す。
怒っているのかといえばそうでもなさそうで、前足を拭き終えると「ウゥーウゥー」と言いながら自ら後ろ足を上げてくれる。
あの短い足をひょいと上げるものだから可笑しくて可愛くて仕方がない。

足拭きといえばそらは拭く順番にもこだわりがあるようで、迂闊に私が両前足から先に拭こうとするとつんのめることがある。
「違うでしょ!右前を拭いたら次は右後ろ。それからくるっとまわって左前足で最後に左後ろが我が家のやり方です」と普段通りのやり方を教えてくれる。

日付が変わってしまった。
背中を下に股を開いてスヤスヤ寝ているふうの安眠を妨げないよう今夜は早めに寝ることにしよう。
 

あれから4年目のワールドカップファイナル 2006年07月09日(日)

  寝不足の1ヶ月も今夜が最後。
ワールドカップもいよいよ大詰めを迎えた。

それにしても今のように気ままに生活リズムが選べることの喜びは、申し訳ないほど贅沢で、ありがたく思っている。
協会で働いていた頃の7月といえば、ほとんど毎年十二指腸潰瘍で左腹部にキリキリとした痛みを覚えていて、8月下旬の僅かな休みに検査・治療を受けるまでそれを我慢していた。
特に私が神経質な性格だったせいかもしれないが、先輩指導員からきめ細かな対応を22歳の頃から叩き込まれた影響が強いと感じている。

5月から8月というのは、手塩にかけて訓練した犬たちを視覚障害者に貸与するための“共同訓練”と呼ばれる期間である。
札幌の訓練所で行うこともあれば、利用者の地元に数週間出かけて訓練することもある。
限られた時間の中で教えるべきことを確実に身につけてもらうには、様々な配慮・的確な評価・瞬時の決断が不可欠で、さらに細かいことを言えば、十分な知識・観察力・応用力・信頼関係構築能力・指導力なども当たり前に要求される。
そして根底にあるのは、視覚障害に対する理解と個々の訓練生の悩みを共感し、解決の糸口を導き出そうとする努力で、真剣にのめり込んだら体重は落ちるし胃に穴が開くこと請け合いである。

それだけに自由に歩く姿を目の当たりにした時の達成感は強く、直接的な“感謝”という報酬を受けた喜びは何物にも替えがたかった。(ただ、私の胃が悪くなったのは、共同訓練の時に訓練生と意気投合して毎晩大酒を飲んでいたせいである、という説もあり今となっては真偽のほどは定かではない)

退職して4年。
相変わらず膝や腰を痛めてはいるが、胃が病むことはなくなった。
気にかかる事といえば、毎月の支払いや生活費のこと位で、それさえも『人間、滅多なことでは死にはしない』という境地に立てばなんでもないことである。

協会の現場で働く諸君、「先にリタイアして悪いな。でも今やってる努力は必ず自分の力となって返ってきて、この先きっといいことがあるから精一杯頑張れ!」と伝えておこう。

なんてたって明日を気にすることなく犬たちに囲まれてワールドカップの決勝戦を見る事ができるのだじょ。
 

ぎっくり腰 2006年07月08日(土)

  椎間板ヘルニアで入院されたAさんの愛犬を預かっている私がぎっくり腰を起こしてしまったようだ。

昨日ガーデンの草刈に励み、夜には我が家の愛犬アモをKとふたりで2階まで運び上げたのが腰に負担をかけていたのだろうか?
今日の午前中そんなに重くない古い絨毯を運び、下ろしたときに鈍い痛みが走り、以後やばい状態になってしまった。

すぐにシップをしコルセットを腰に巻いて応急処置をした。
カフェの閉店後にはお泊り犬の散歩を済ませ、ゆっくりと風呂に浸かってシップを取替え、痛み止めのアルコールをしこたま処方して自然治癒力を高め(阻害?し)ている。

おかげで今夜もアモをKとふたりで2階まで運ぶことができた。
それにしても椎間板ヘルニアで入院し3週間近く経った今でも、まだ数メートルしか歩けないAさんの辛さの一端を身をもって感じとり『弱気にならないで!長い人生の辛抱の時間だよ』と声をかけたくなった。

人って不思議な一面を持っている。
先日、ラブラドールの仔犬を飼ったご夫婦が困り果ててカフェに来られた話を紹介し、私は“秘伝の書”をお貸ししたことをこの欄でも書いたが、数日前礼状が届いていた。
“秘伝の書”の通りやったら、とてもうまくいった!
という内容ではなく、カフェで皆さんが話してくれた『ラブの仔を育てるということは、かくも大変なことなのです』という言葉に安堵したというのだった。

知らないでラブの仔を飼った飼い主は『うちの子はどこか異常で、悪魔の子を授かったのではなかろうか』と不安を抱くものである。
それが“悪魔の子”でもなく“自分たちの育て方の誤り”でもないことを知らされ、まずは心底安堵したのだろう。

愛犬は正常で自分たちにも罪がないことを知った飼い主には、その仔犬と正対してぶつかり合いながら子育てができるようになる。

さてAさん。
自分の意思に関わらず、身体を動かせば悲鳴を上げたくなるような激痛にあなたも私も襲われています。
この痛みに対抗などできるはずもないことを今味わわされています。
がんばるのしばらく止めませんか?
努力で治る痛みではないようですよ。
私たちの頑張りが足りないわけではないようですよ。

いつか必ず笑えるときが来る。
このパソコンから離れトイレに立ち上がる私の腰に激痛が走ることは間違いないけど、それはいつまでも続かないこと。
『そんなもんだ』と分かったら、しばらく続くこの時間を受け入れ、周囲に依存しよう。
明日の私は使い物にならない気がする。
それも受け入れよう。
支えてくれる人がいるから…
 

アモの退院とその先に願うこと 2006年07月06日(木)

  トリミング室の窓の外に足場が組まれている。
南風が強く吹く雨の日に、窓の上部から垂れてくる雨漏りの改修工事をおこなうための足場だ。
築3年だから勿論無料。
壁ごとはずして修理するそうで、個人的に信頼している施工業者なので任せているが、悪いところは補償期間がある10年の内に出てきて欲しいものだ。

人間のやることだから当初の思惑通りにはいかないこともあって当然である。
だから私は仕事の中で『完璧』を唱える人間より『万が一』のケアとフォローを考える人のほうを信頼している。
ただ原発などのように『万一のフォロー』すらほとんど意味をなさない事業には反対の立場であるが。

おかげさまで今日アモの退院を迎えることができた。
見事に痛々しい毛刈り状態ではあるけれど、二度目の入院ということもあってアモは冷静に受け入れてくれたようだ。
「アモちゃん、なんか、とてもいい子でした」
世話をしてくれたであろう学生がポツリと名残惜しそうに発した一言がうれしかった。

帰宅したアモにKと私は定休日の今日一日を至福の時間として過ごすことができた。
「今朝は食べないし、ウンチもしないんです。帰ることが分かってるんでしょうか?」という先生の言葉通り、アモは帰宅してからしっかり食べた。
帰宅を予感して興奮したためか、大学病院の敷地では良好便のあとに下痢便をしたが、自宅に戻って精神が安定した夜には良好便に戻っていた。

先日も書いたように、外科的手術の成功が報告されたわけだから、今日をもってアモのケアについてのバトンは私たちに渡されたと考えている。
実際は医療とケアの相互協力の時期であることも認識している。
ともあれ、アモが我が家に生還し先生は『手術の成功』を告げてくださったことに間違いはない。
心配してくださった皆さん。本当にありがとうございました。

家の補償期間が10年だから、犬の…
そんな風には全く考えていない。
例えアモが年老いて“雨漏り”が起こったとしても、私たちは過去に囚われず必要なら医療を選ぶし、ひょっとしたら別の道を選ぶだろう。
家の雨漏りなんかどうでもいいのだ。
私たちのアモとせめてこれから先5年の月日を思う存分好き勝手に過ごさせて欲しいだけ。
そんなささやかな願いでも明日の七夕の短冊に書けばその願いは叶うのだろうか?
 

トンネルの向こう 2006年07月03日(月)

  「前回の手術の時に右後肢の検査もしてありましたので、予定を一日繰り上げて今日の午後TPLOによる手術をしたいと思います。」
「えっ?それって退院が一日早くなるということですか?」と私は喜んだ。
しかし先生は先にアメを私に与えた後で
「でも毛刈りは前回と同様に広範囲になります」とシビアな話をしてきた。

実は先週の通院時に「必要最小限の範囲だけ毛を刈ってください」という私に「これでも抑えているほうです。アメリカでは背骨の辺りから刈っています」と先生。
『アメリカのことはどうでもかまいません』という言葉を飲み込んで「普通の開業医ならあそこまで刈りませんよ」と言うと「普通の動物病院では刈り方が少なすぎるのです」と先生。
『でもそんな動物病院でも毛刈りの範囲が狭すぎたから感染症になったとか、予後が悪くなったという話は聞きませんし、どんなに毛刈りをしても感染の可能性を否定できないからそれに見合った投薬をしているのではありませんか?』という言葉も飲み込み先生の顔を立てて黙り込んでいたのだ。

だから今日毛刈りの話しが出た時『手術の重大性を考えたら毛刈りのことなど些細な問題なのに、先生はちゃんと気にかけてくれていたのだな』と思うとそれで『まあ、いいや』とすんなり引き下がっていた。
しかし昨日までの私は「毛刈りしていい範囲をマジックで線引きしておこう!」と叫んでいた。
そして刈られる部分に“お願げぇしますダお代官様。どうかひとつここまでということで見逃してくだしゃいませ”と寄せ書きする計画を立てていたことを告白しておこう。

ともあれ我が家の愛犬アモの手術が無事成功したとの連絡が夕方届き、心底私は安堵した。
そして今、今日一日絶食であることも、術後の痛みについても処置が施されているから心配はしていない。
ただ点滴によって補給される水分で尿意をもたらしているアモが、動けず導尿もされず屈辱の失禁をする場面などが想像されて切なさは尽きない。

順調なら木曜日に朝一で引き取りに行く。
バトンはその時私たちに引き継がれるのだ。
まもなく午前1時になるが私とKの心はアモと共にある。
これを乗り越えればまだ5歳になったばかりのアモは外出好きな私たちと思いっきり時間を共有できる。
 

スペシャルサービス 2006年07月02日(日)

  ずいぶんと安易に対応してしまったものだ。

以前に一度電話で飼育相談をされた方が今日犬なしでカフェにやってこられた。
普通なら遠回りな話からじっくり時間をかけて状況を伺うのだが、今日のカフェがあまりにもヒマだったのと、わざわざ岩見沢から夫婦でやって来られたのと、前の犬が暮らしやすいシーズーだったにもかかわらず、今回の犬は生後50日のラブラドールであることについ同情心を抱いてしまって対応してしまったのだ。

ご主人の腕は傷だらけ。
トイレのしつけはさっぱりの様子。
早朝からベッドに駆け上ってご主人の頭をかきむしる。
それでいて犬は室内でノーリード。
「ラブを飼うという事は家の中にハリケーンが停滞すること」と私が話すと、奥さんはただただ大きく頷いている。

居たたまれなくなった私は事務所に戻って、未完成の“秘伝の書”のコピーを持ってきた。
「必ず返してくださいよ」
ラブラドールの育て方を綿密に書いた下書き原稿をそう言ってお貸しした。

盲導犬をイメージしてラブを飼う方が結構多い。
それはそれで結構なことなのだが、前述のようにラブの仔犬は台風そのものである確立が高いということを広く一般に知らしめる必要もあろう。
そしてそれを経験し乗り越えてきた人々には格別の喜びがもたらされる事もちょっとだけ付け加えておきたい。

未完成ではあるが私の“秘伝の書”は4年前に幻冬舎という最近台頭してきた会社から出版される手はずになっていた。
私の頑固さゆえにどうしても最後の折り合いがつかず、出版は日の目を見なかったけれど、極意に近い内容をしたためたものである。
手直ししなければならない箇所がいくつかあるのに、そのまま私のパソコンに眠っているのがもったいなくて、時々『困った人たち』に貸し出ししている。

それを今日は初対面の方にしてしまったのだから安請け合いどころか無料奉仕そのものである。
「アモ君の治療費をなんとしても稼ぎ出そう」という意気込みにどこかしら反してしまっているけれど、この夫婦のラブが健康に育ち、将来この子育てが結果的に両親にとってかけがえのない時間であったことに気づかれる瞬間を心から楽しみにしている。
 


- Web Diary ver 1.26 -