From the North Country

アモと共にがんばる 2006年06月16日(金)

  何と言えばよいのか我が家の愛犬アモにとって受難の一年となってしまいそうだ。
3月に手術した左後肢の骨の接合が順調に進み、筋肉も9割がた回復して、いよいよ楽しい夏を迎えることができると思った矢先、心配していた右後肢の前十字靭帯までもが断裂してしまった。

3月の段階で両足とも危険な状態であるといわれていたので、ちょうど1週間前右後肢の状態を大学病院で確認してもらったばかりだった。
「心配ありません」という先生の診断もむなしく「キャン」という小さな声を出した後アモの右後肢は地面に着けなくなってしまった。
術後の左足をかばい続けてきた負担で、ついに限界を迎えたのだろうか。

担当医の教授が入院中のため、左後肢と同じTPLO方式による手術は7月に入ってからになるという。

改めて靭帯断裂の手術方法について尋ねてみた。
1.ワイヤーを使って修復し、そのワイヤーに絡みつくように筋肉ができるという方法は、いずれワイヤーが吸収され筋肉だけでは走るような運動に対応できなくなるらしい。
2.人間のような靭帯移植は、絶対安静の期間が長すぎて精神的負担が多く、犬には不向きであるらしい。
3.したがってスネの骨を一旦切断し、角度を調整してインプラントで固定するTPLOという方法がベストであり、術後3日ほどで足をつけるようになって回復時には元のように走り回ることができるという説明だった。

・手術までの3週間、ようやく治ってきた左後肢だけで歩かねばならず、悪化しないかが心配である。
・入院中の5日間、アモには辛い思いをさせることになる。
・術後3ヶ月は特に制限を加えなければならないし、その後4ヶ月も注意が必要となる。
・両足の手術で軽自動車が買えるほどの経済的負担も痛い。

考えれば辛いことだらけであるが、ここは前向きでありたい。
・右後肢が駄目になる前に左後肢がある程度使えるようになっていたのは幸いである。
・先月ニセコで楽しい時間を過ごすこともできた。
・足に負担のかかる冬までには回復が見込める。
・アモのためにしっかり働いて稼ごうという意欲が出てきた。

我慢の夏になりそうだが、状況を受け入れなお私たちに見せるアモの優しい笑顔が救いである。
 

日本代表初戦;対オージー 2006年06月12日(月)

  ワールドカップ日本代表VSオーストラリア戦を4時間後に控えた午後6時から私はスタンバイしている。
昨日の午後、ガーデンのベンチを片付ける際に痛めた左肩と腕、左腰と臀部はしばらく続きそうな炎症を抱えているが、日本代表の怪我を代わりに背負っているつもりで引き受ける覚悟だ。

これからバブを入れた風呂に浸かって身体をほぐし、Kが買ってきてくれた“ワールドハップ”なるシップ薬を全身に貼り、夕食を済ませ、我らが阪神タイガースの法被を着て、コンサドーレのマフラータオルを首に巻き、両チームのメガホンを叩きながら応援の準備を整える予定だ。

今夜のこの欄は、カフェ始まって以来の長期戦になり、何度かに分散させながら書き込んでいこうと思っている。
傍にいるお泊り犬たちには悪いが、眠れぬ夜がまもなく始まろうとしている。(18時30分)

先発メンバーが発表され、今ピッチに入ってきた。
最低目標1勝1敗1引き分けの1勝をまずは手に入れて欲しい。
速く正確なパス、吸い付くようなトラップとドリブル、枠を捉えたシュート、落ち着いたディフェンス、俊輔の鮮やかなフリーキック、アイデア豊かな中盤からのスルーパス等等、楽しみは尽きない。

期待はどこまでも高いけど、私たちはひたすらベンチと選手に声援を送り続け、勝利の女神と仲良くしよう。
がんばれ日本!(21時30分)

悔しさで肩が震えてしまうが、キーを叩く私の頭は冷静である。
前半を終了しハーフタイムに入ったところで、私とKはお泊り犬をガーデンに出し、熱くなった身体を冷やすようにトイレタイムを取った。
犬たちには勝利の前祝いのジャーキーを与え、後半のさらなる怒涛の攻撃を期待していた。

ところがハーフタイムのジーコ監督の選手への指示を聞いて愕然とした。
「リードした時の闘い方を確認した」というではないか。
違う!違う!それでは過去から学んでいないじゃないか。
守りに入って何度悔し涙を流してきたのか?
“ドーハの悲劇”は一体なんだったのか。

守りきるということは絶対的に強いものが行う戦法である。
互角か僅差のチームでは、守りに入った相手のスタンスを見たとき、劣勢だったはずの相手はどんなに疲れていても奮い立ち、心理的に優位に立つことができる。
すると底力が沸き起こり、いわゆる120%のプレーをするのは当然である。

日本はこれまで強豪チームに先制され、もてあそばれるような相手の守備を経験している。
その悔しさを弱いチームに対して守備的に楽しむことで溜飲を下げる気持ちは分かるが、ワールドカップでやってはいけない。

ハーフタイムの選手への助言は私なら次のように言っただろう。
「君たちの、国の宝でもある柴犬を知ってるか!柴犬はあの小さな身体で熊にでも立ち向かっていくのだ。われわれは今、手負いの熊を前にしているのだぞ!絶対に気迫で負けず攻め抜いて相手を確実に仕留めるのだ!」
そして宮本らディフェンス人を集め「君たちはさっきの話は忘れてとにかく冷静になり、したたかに守れ」と。

今夜は日本中に私のような好き勝手なことを言う船頭が誕生したことだろう。

大きな敗戦であることは否めないし、3点目の失点が悔やまれることになるかもしれない。
だが、このワールドカップに出場するために日本は何度も“修羅場”を潜り抜けてきた。
先制して守り抜く限界も知ったはずだ。
“砂漠のネズミ”になれ!
トイプードルのようにすばやく動いて動いて動きまくり、シーズーのような笑顔を見せて相手を油断させ、ラブラドールのようなボールに対する執着心を持ち、ダックスのように狭いスペースを潜り抜け、セッターやポインターのように一途に駆け抜け、ボーダーのようにアクロバティックに、シェルティーやパピヨンのように軽やかに、コーギーのように逞しく、チワワのように苛立たず、ゴールデンのようにおちゃらけず、ハスキーのように自分の世界を追い求めず、超大型犬のような大らかさはこの際忘れ、正に日本犬の秘めたる闘争心を打ち出して欲しい。

どんなことになろうとも私はサポーターであり続ける。
 

流れる時の中で 2006年06月11日(日)

  今日からお泊りのラブラドール/マックス君をみて、ずいぶん変わったなと感じている。

もう1年以上のお付き合いになるが、当初は他犬に毛を立てて威嚇的に振舞うことが多く、新たな犬と交わるときには私も結構気を使っていた。
その面が全くなくなったというわけではないのだろうが、少なくとも挑発的な態度が消え、どちらかといえば地味に控えめに遠慮がちにみえるのである。

「後肢を少し痛めてるようで、サプリメントを与えています」
飼い主のOさんはそう仰っていた。
確かに右後肢に微妙な違和感があるようで、あれほど好きだったボール遊びも自制しているようだ。

でもそれ以上に、角が取れて丸くなった印象を私は強く持った。
ラブラドールのはっちゃきさが徐々に影を潜め、性格が丸くなると次にやってくるのは飼い主との精神的な絆の更なる深まりである。
いい段階に入ってきているのかも知れないとうれしく思った。

このところカフェには“初めてのワンちゃん”が顔を出してくれている。
今日も20センチほどのビーグルの赤ちゃんが訪ねてくれた。
その容姿や動作からてっきり生後2ヶ月ほどだと思って飼い主の方と話していたら、すでに4ヶ月ということで驚かされた。

また、2ヶ月のトイプードルと暮らし始めたばかりという親子がドッグフードを求めに来店されたが、その話しぶりが実に初々しく、仔犬を初めて飼った“あの頃”を思い出させるような懐かしさがあった。
娘さんがやや興奮気味に主導権を取って品定めをし、お母さんに時折アドバイスを求めている。
そして生き生きとしている娘の姿を寡黙な父親がうれしそうに見つめている、そんな光景だった。

私が勧めた粉末のゴートミルクはやめてドッグフードを買っていかれたが、しばらくしてそのミルクを買いに戻られた時は、あの後の親子の会話が想像されて楽しかった。

日々流れる時の中で、マックス君のように成長と変化に気づける長い時間を共有できることもあれば、単なる出会いで終わってしまうこともあろう。
できればたくさんの犬と人の“時の流れ”を見てみたいものである。
 

不敗神話 2006年06月09日(金)

  まるで梅雨のような曇天・雨天が続いているが、我らが阪神タイガースの札幌での成績も2連敗と芳しくなかった。
危機感を抱いた私は、定休日の昨日札幌ドームへ駆けつけた。
実は私が応援に行った試合はタイガースもコンサドーレも負けないというジンクスがずっと続いているのだ。(嫌なことはすぐに忘れてしまう性格だから、ひょっとしたら間違っているかもしれないけど…)
その実績たるやワールドカップ日本代表応援のためドイツに渡ったMダックスのロンメル君以上で、私に残っている負けた記憶は20年以上前の円山球場での広島戦という優れものである。

勿論、その間タイガースやコンサドーレは何度も負けているのだが、仕事の都合で滅多に観戦することができなかった私には幸いにも勝ち試合とスケジュールが一致していたのである。

おかげさまで昨日も勝ち試合を観ることができた。
内心、戦ってほしくない日本ハムとの対戦だったけど、小笠原のホームランや稲葉のファインプレーと打撃には周りの道産子タイガースファンからも温かいヤジが飛んでいた。
日ハムの2勝1敗だったが阪神も首位に立ったので、まあよしとしよう。

さて、今夜からはFIFAワールドカップの開幕だ!
4年前の日韓大会の時は全国を放浪していたことを懐かしく思い出す。
カメルーンの中津江村、フランスの指宿などキャンプ地を気ままに旅していた。
あの頃は想像すらしていなかったドッグカフェを営みながら、まずはこの2週間の一次リーグをしっかり応援していきたい。
実力があるから日本はドイツの地にいるのだ、という揺ぎ無いプライドを持って声援を送ろう!
 

術後3ヶ月 2006年06月07日(水)

  左後肢前十字靭帯断裂の手術から3ヶ月が経ち、我が家の愛犬アモの定期検診に行ってきた。

一般的に折れた骨が引っ付くのは3ヶ月程度と聞いていた。
アモの場合は骨折ではなく、靭帯断裂に対応するTPLOという手術で、人工的に骨を切断してインプラントで固定したものだからもっと早くきれいに接合すると思っていたが、レントゲンにはまだ接合部がくっきり写っていた。

「順調ですよ。インプラントにも全く問題はありません」
私の心配をよそに先生はそのように言われたので、「まあ、そんなものか」と安心することにした。

が、家に帰る車の中で「あの時先生に聞いておけばよかった」という疑問が沸いてきた。

犬の年齢を人に換算すれば、例えば最初の1年が18歳程度、2年目で24〜5歳で以後1年ごとに4歳をプラスするのが一般的である。
これは永久歯への生え変わりや生理的・肉体的な発育あるいは老化をもとに換算したものである。
また雌犬の避妊手術後の回復の度合いなどを見ると、細胞分裂がヒトよりも早いのか治りが著しく早いように思う。

だとすれば、アモの骨の接合は人間以上に早いはずであると思われる。
然るに、アモよりも2ヶ月遅れでしかも人工的な切断ではない骨折をしたニューヨークヤンキーズの松井選手が順調に回復しているように感じられるのはなぜだろうか?

先月アモは5歳になったばかりだから人間の肉体年齢に換算すれば36歳前である。
術後の回復が人間より早いことに対し、アモのほうが松井選手より少し年上で、彼がプロのスポーツマンであることを相殺しても、彼より2ヶ月早くアモの復帰が先行すべきであろう。

レントゲンの接合部は松井選手のそれと比較できないけど、まあ、アモは1時間以上散歩に出られるし湖で泳ぐのも奨励されたのだからほぼ完治していると信じよう。
インプラントを取り出す9月までの3ヶ月間を無理せず大いに楽しみたい。
 

超えてはいけない一線 2006年06月05日(月)

  昨年11月のこの欄で『頭脳と法の網をかいくぐるやり方で儲けて、社会に影響力を行使している会社があるが、なぜかすっきりとは受け入れがたい」とMファンドのことを書いたが、その代表が逮捕されてしまった。

法のギリギリの線を歩き続けていると、わずかなミスは必ず起こす。
「プロ中のプロ」を自認していればなおさらのことだ。

普通のプロなら、間違っても法の一線を越えないように、例えば線から1メートル離れた道で仕事をするが、『プロ中のプロ』という自惚れがあれば僅か10センチのところを歩き続け、その危うさに慣れてしまい踏み外す。

今回の逮捕劇は法の網目を意図的にかなり細かくしたという検察のずるさはあるが、誰も文句は言ってないようだ。
「あなた方は私が儲けているから私が嫌いなのです。確かに短期間で大儲けしましたけど」というMさんの分析は一面で正しいのかもしれない。
“やっかみ”という小心さは誰しも持っているから、成金の失敗はある種庶民の溜飲を下げる効果がある。

しかし、私が昨年「なぜかすっきりとは受け入れがたい」と書いたのは別のところにある。
Mさんが大儲けして豪邸を建てたり自家用ジェットを持って豪遊しようとそれは私にとってどうでもいいことだ。
問題はその金で他人の家や心に土足で入り込む品のなさである。
「お金がすべてでしょう」
「金儲けのためには何をやってもいいのですか」
「違法ですか?儲けることが私の仕事です」

人々がお互い平穏に生活するために長い間培ってきた不文律が、「違法ではない」という一言で掻き乱されてしまうことに対する反発がある。

それでも昨年までは東京の大企業相手に勝手にやってたから私にはどうでもいいことだった。
しかし最近になって“我らが阪神タイガース”にまで土足で入ってきたのだからこれは捨て置けない。

「阪神には株価以上の資産価値があるのにそれを高めて株主価値を上げていない」などと再び金に結びつける発想で、40年以上“バカ息子”を愛し続けている虎キチの琴線に触れてしまったのである。

金になるけど金にしない粋さ、無用を受け入れる寛大さは例えば社風のようになって働く者や応援する者の心を掴むものである。
完璧な金儲けに人生と情熱をかける人もいるだろうが、社会に迷惑をかけないようにやってほしい。

恐らく検察の中に熱狂的な虎キチがいたのかもしれないと密かに思った。
 

犬が育つ・犬を育てる 2006年06月03日(土)

  「ずいぶん変わったね」
「えっ?」
「ナポちゃん」
先週の日曜日にこの欄で紹介したTプードルだが、今日2回目のレッスンを行って、その後にKが私に言った言葉だ。

最近、物忘れのひどい私はどんなワンコだったか覚えておらず『そういえば泥酔状態の中、この欄でちょっとだけ書いたような気がした』ので今しがた検索してみて驚いた。
しっかり分析した記録が残っているではないか!

「あの制御すれば火に油の逆切れ犬か」と夜になって思い出した。

ならば今日のナポは確かにKの言うとおり表面上は良い方向に変化していると言えるだろう。
逆切れの素振りは全くなかったし、大型犬など他犬がいる中でも問題なく楽しんでいたから。
普通ならずいぶん良くなったと評価できるのだろうが、レッスンを行った私には明らかに問題と感じる部分が少なくとも二つあったと今日は感じている。

カフェではおりこうそうになっても、歩行コースでは出くわす様々な環境の変化を不安というベールで覆い隠して逃避し、自らがその一員であることと変化を受け入れようとすることができない未熟さがそのひとつ。
もうひとつは、自立心がもてる性格をしているのに、お母さんに対して過剰な依存行動をすることである。

前者についてはひたすら散歩と外出による社会経験それに私のレッスンで対応できるのだが、そこに飼い主が魔法にかかりやすい行動をナポが見せることに今日気づいた。

歩行中、不安な気持ちになるとナポはつぶらな瞳で私を見つめるのである。
『不安なんだな。来た道を戻り飼い主の元に帰りたいのだろうが、それはできない。ここは頑張って冷静に現実を学ぶしかないよ。』と私は考え、取り乱す動きには制御を行い、不安を和らげ楽しさを演出する努力を行う。

しかし、普通の飼い主なら愛犬がアイコンタクトを取ったことを喜び、その瞳が訴える言葉を理解できたことに深い繋がりを感じ、愛犬を抱き上げてしまうことだろう。
それが愛犬の自立を妨げ、依存心を助長し、ひいては社会的な存在であることの自覚をなくした問題犬であり続けてしまう魔法であり落とし穴であることを知らずに。

愛犬と目で意思の疎通ができるのはすこぶる楽しく、その喜びこそが犬と暮らす至福をもたらしているのかもしれない。
だけどそれは育て上げた上での喜びであり、多くの方は問題を抱えたまま犬にとって都合の良い物分りのいい飼い主になろうとしてはいないだろうか。

愛犬は人をだまそうとしてつぶらな瞳を向けているのではなく、純粋に想いを語っているのは百も承知している。
ただ、残念ながら彼らはこれからどんな暮らしを飼い主が考えているのかを知らない。
将来を見越して必要なことを教えておくのは飼い主の役目でもあるが、そこんとこをひとつ間違えればナポの二つ目の問題である飼い主への過剰な依存行動に繋がってしまう。
 

穴場めっけ 2006年06月02日(金)

  カフェから直線距離で100mも離れていないところに大曲川が流れ、北広島市との境界となっている。
その川に沿った北寄りの500m程のところまでさらに北から続く東部緑地の遊歩道が完成しているが、ここが実にすばらしい環境で、「こんな近くに凄い所があるね」と私たちは大満足である。

鳥のさえずリや草木が信じられないほど一気に現れ、自然の中にあっという間に浸たることができるのだ。
おまけに夕方の散歩中、これまでに出会った人はひとりだけというノーリードにはもってこいの知られざる遊歩道でもある。
途中には木々や草花・鳥類や虫たちを紹介する案内板もあリ、それはそれは秘密の穴場となっている。

今日、ゴールデン/シェーンのレッスン時、空気中を綿毛のようなものがそこここに舞っていた。
もしこの遊歩道を散策しなければ、今でもあればポプラだと思っていただろう。
が、あれはバッコヤナギもしくはエゾバッコヤナギだということが今日分かった。
遊歩道の両端にはその綿毛が絨毯のように敷き詰められてアモはくしゃみをしながらもはしゃいでいた。

ようやく晴れ間が見えた札幌。
明日からは晴天が続き平年並みに暖かくなるというから、アフターファイブもしばらく楽しめそうだ。
 

心苦しいげど… 2006年05月31日(水)

  夕べのダヴィンチコードの話。
『一度観て理解できた』と書いたら、『二度観ても分からない難しい映画』と言ってたYさんから『英語力の差でしょうか?』とKにメールがあったらしい。

Yさん、そんなおこがましいものではありません…
きっとKから原文の内容を予め聞いていたのと…
会場がガラガラで観やすい席に座れたから…
いや、二人で時々確認しあいながら観ていたからかもしれません。
Yさんも彼氏と二人で…あれ?いなかったっけ?
いや、傷つける気は毛頭あリませんぞ…

そうだ!私たちのように老人割引?で入場できるような人生の終末が近い人間には理解できるけど、Yさん!あなたのような若くてピチピチした女性にはチト難しいのかもしれません!
そうだ、そうだ。
エロ親爺のシーズーのゴンタだって40以上の女性には目もくれないけど、若い女性には色目を使ってるでしょ。
あれと同じですよ。

なんか訳が分からなくなってきたのでYさんへのメッセージはこの辺で…。

早いもので5月も今日でおしまい。
後半は雨模様でカフェの経営も大変だった。
でも、おかげさまで来月も営業できそうだ。
昨日までお泊りだった柴犬のハナちゃんが遊びに来て、以前よりずっと他犬に対して寛容だったし、秋田犬のももちやんは自我が芽生えて生後6ケ月の反抗期に入りはじめたものの仔犬の愛らしさをまだ楽しませてくれている。
出産を控えた女性が両親と共に、逆切れするMダックスの飼育相談にも来てくれたから、赤ちゃんの安全のためにも来月からも頑張らなくてはいけない。

そうそう6月といえば、カフェで大人気の”ラーメンサラダ”が始まる月でもある。
「来月からセットメニューは1050円にします!」
キョトンとしている私に、200円値上げの理由をKは明快に付け加えた。
「このカフェはまだ潰してはいけません!必要としている方々がいますから。それに安全で美味しい北海道の食材を使って地域の営農を支える努力もしているのですよ。おまけにセットには地味に評判なプチケーキを添えることにします」と。

Indeed! I agree.
そうだそうだその通り!
と私も同意した。

というわけで、昔様にはご負担をおかけしますがどうかご理解をお願いいたします。

ダヴィンチコードにせよ私のカフェにせよ、“よかれ”と思ってやっていることであり、評価は皆さんにお任せするしかない。
 

ダヴィンチコード 2006年05月30日(火)

  雨が続いてのんびりとした営業となっている。
先日来お泊りの柴犬ハナちゃんは、結局飼い主さんが心配されるような問題は一切なく、今日の最終日を迎えた。
雨の中、毎日のようにお友達の柴犬などの日本犬とその飼い主の方が面会?
慰問?お見舞い?に訪れてくださった。
飼い主同士の絆も日本犬と同様に強いものであることを感じることができた。

夜7時の引き取り予定だったのが夕方の5時前に繰り上げられ、予想外の夜の自由時間ができたので私たちは顔を見合わせた。
「里塚温泉?」と私。
「ダヴィンチコード!」とK。
ふたりとも『ヨガ教室』のことはのっけから考えていないのが現状である。

「2回観だけど、よくわかんない。字幕を追うのに懸命で映像はあんまり覚えていない。」
カフェの常連Yさんからダヴィンチコードは難しい映画であるとの情は得ていた。
しかし、Kは原作を読んでいたからどんな映画に仕上がっているのか興味津々である。

というわけで、二人で2000円の老人割引?を利用し、留守番は我が家の愛犬アモ君に任せてじっくり鑑賞してきた。

私ですらほぼ理解できたし、原作を読んでいたKは「本より分かリ易くて、疑問だったところまで説明してくれてよかった。」との評である。

映画の内容とは少し異なるのか真髄なのか知らないが、様々な宗教が世界に存在する中、宗教の名の下に戦争や殺戮が行われている現実があり、その泥臭さの原因のひとつを見せられた思いがある。
そして、その泥臭さを醸し出しているのはどれも組織の枢軸を含めた人間であるのは当然で、天の声は人をもって語らしむから、そこに歪曲や新たな解釈がある可能性を否定することはできないはずであろう。

深く入り込めば入り込むほど人間の原点を軽んじる傾向があることをわれわれ庶民は忘れないでおこう。

映画の後、遅い夕食を済ませて帰宅し、身体中で喜びを表現するアモを軽くいなしてすっかリ落ち着いた頃に「ただいまぁ!」と改めて声をかけスキンシップをとった。
思いがけなく自分たちの時間が取れた雨の今日だった。
 


- Web Diary ver 1.26 -