From the North Country

年輪・少年時代から 2006年03月18日(土)

  確か36年前の今日が中学校の卒業式だったように記憶している。
その数ヶ月前、自分の人生を左右することになる決断をいとも簡単に行っていたことを思い出し、『あの頃とちっとも変わってないな。もう一度あの頃に戻れたとしても同じ道を選んだろうな』と苦笑いしてしまう。

その決断とは言わずもがなの進学高校の選択であり、私は将来のことなど考えず、担任と親の反対を押し切りあの時の生きがいだった吹奏楽を選んで高校を決めたのだ。

以後も進路を決めるにあたって私が重視したのは、あるかどうかも分からない将来ではなく、今を賭けることができる物事に対してであったように思う。

しかし、今を賭けたいと思ったことに対しては努力は惜しまなかった。
札幌(現北海道)盲導犬協会で働くと決めた時も、採用もされていないのに、親には「就職が決まった」と嘘をついてひとり旅立ち、親からもらった10万円を手に札幌で一人暮らしを始めていた。
2ヵ月後、「息子さんはおられますか?面接することにしました」と協会から親元に連絡が入ったときの両親の戸惑いは如何ほどだったろうかと今になれば分かる気がする。

自分ひとりで生きてきたような顔をして飼主に対してもそのように振る舞う犬がおり、その言い分を認めることはないにしても、我が子の進路選択には偉そうなことは言えない前歴を持っているのが恥ずかしい。
子供たちの前途に幸多かれと祈るばかりである。

時は流れ様々な変遷を遂げてきた私が今夜ソプラノサックスを手にして“コーカサスの風景”を奏で、あの分岐点だった頃を思い出している。
好きでもなかった音楽にひょんなことから足を踏み入れて人生が動き始め、数十年を経てまたその時代を楽しんでいる。

年輪を重ねるとはそういうことかも知れないとふと思った。
 

一歩ずつ春のガーデン 2006年03月17日(金)

  春の陽気に誘われてガーデンの整備を定休日の昨日から始めた。
ドッグフードの配送で毎月汗を流してくれる松岡満(マツオカマン)というローカルな運送業者のドライバーとはすっかり顔なじみで、一生懸命な仕事ぶりに感謝している。
その運転手のトラックがカフェ前に駐車しているのを、外出中の私がたまたま通りかかったときに見つけた。

届けてくれたのは800キロのゼオライトでガーデンの泥沼をカバーする素材であるが、カフェへの坂道を一人で運ぶには重労働である。
急いでUターンした私は運び上げるのを手伝いながら、ふと喜びを感じていた。

あれほど自分の身体に自信を無くしていた私の足腰が動いてくれるのである。
去年の今頃は、痛い痛いと怖がって、尻込みしていた私であるが、Kが勧めてくれたヨガと体質改善の教室に通ったおかげで、私の身体は結構使える状態になったようだ。
 
そして今日、600キロのゼオライトを投入してガーデンの外見はそこそこ出来上がった。
ただ、見てくれは立派でも、実際は殆どが泥沼の土に白いゼオライトのカバーがあるだけのまやかしという現実には変わりはない。
大切なことは、改善しようとした私たちの意志と努力であリ、案の定今日の営業時間中に荒れてしまったガーデンを優しく見つめ、明日はまた今日よリもよい状態にしようと思う気持ちであると勝手に納得している。

もう泥沼状態のガーデンではない。
決してきれいなドッグガーデンともいえないけれど、まるで犬育てのように、この時期にしてはそこそこ30%の状態まで育てることができた。

残念ながら、明後日の日曜日は結構な量の雨予報。
せっかくうまく育てても、犬をダメにするのと同じようにガーデンをダメにするのも簡単である。

『雨降って地固まる』
ガーデン育てと犬育てが共通するなら私は決して諦めはしないが、心配なのは私の気力と体力ではなく、なけなしの支出を迫られる懐具合ではないかと気を揉んでいる。
 

警鐘 2006年03月14日(火)

  「部位が膝だから一週間での抜糸はどうかな?きっと術後の経過を見るのが最大目的で、何本か抜糸して残りはまた数日後ってなことになるんじゃない?」

そんな話をしながら大学病院にいくと、予約時間を45分過ぎてようやく診察室に呼ばれ、「今日は検査なしで抜糸だけです」と、リードを持つ手もおぼつかない学生がアモを連れて行った。

担当教授の診察日ではないから詳しい経過の説明がないのは仕方ないにしても、抜糸するのにさらに20分以上待たされたのには少々うんざリした。
ただ、開業医ではないから臨床実習や最新の研究として適切な指導の下、有効に活用してもらっているなら喜んで納得しよう。

あリがたいことにすべて抜糸されていた。
退院後のアモは一言注意すればエリザベスカラーなしでも術部を舐めることはなかったし、若い上に安静状態をある程度保たせて回復を図ったのも良かったのだろうか。

カフェに戻り、今度は私の仕事が評価される時間である。
ご利用される方々すべてに満足を与えることはできないから、それぞれに評価はまちまちだろう。
『組織の中の一人とは違って開店準備から接客・空調・仕入れ・渉外・メンテナンス・経理等々ほとんどを行わなければならない』などと言い訳には事欠かない材料を持ち合わせているが、今日の夕方は2年前カフェをオープンした頃のように、ゆったリとした時間の中で“愛犬のしつけ方”について二組の飼主にお話をすることができ、初心を思い起こしていた。

相談者に対してお答えするということは、私の知識(日々更新)や経験(日々更新)から導き出される事柄を話すことなのだが、そのことで私の頭の中はさらに 整理され、もしその場に犬がいれば正に臨床の現場として実証あるいは修正することも可能なのである。

因みに今日の相談は、室内でもストーカーのように飼主にまとわリつき、姿が見えなくなると吠えたりケージに入れても同様になる犬と、車内で吠えまくる犬の相談だった。

物腰が柔らかく『犬は褒めてしつけましょう』とか言う最近流行の訓練士や、獣医資格を持ち、時に薬物を併用しながらの行動療法に盲従する魔術師は、とにかく時間をかけるし相談された問題行動が解決したように見せかけること長けている。
時間をかけられたのでは、マンションから苦情が出て退去を迫られている飼主には手放すか薬物使用しか方法はないように強迫しているのと同じであるにもかかわらず。

恐らく相談者の数パーセントの犬はそれでも解決が図られるし、数十パーセントの犬も”その問題行動に限って”解決したことになるであろう。
しかし、”解決された犬”を含めた相当数(曖昧だが80いや90%以上)の飼主が今後、別の問題を自覚するようになるはずだ。(例えば引っ張り・他犬への吠え・飛びつき・自傷行為・トイレの失敗・マーキング・逆切れ…枚挙にいとまはないし何が起きても不思議ではない。
ハァーハァーと車酔いをしている犬を叱っても治るはずはないし、『食事の前にダラダラよだれをこぼすな!』とぼやいても仕方がないことだから、医療を併用することも妥協することも必要である。
また、犬と暮らす適性に欠けている人が犬と暮らしている場合も多いから、誤魔化しの対処の仕方が必要なこともあろう。
だが、せめて後者の人々には犬と暮らし始めて、自分が・世界が・生き方が変わったと自覚できるチャンスを正直に与えるべきであると思う。
“犬を育て犬と育つ"
つまり、犬を育てていたつもりが実は自分が育てられていた、という誰にでも味わえる現在にも存在する数少ないアドベンチャーに真正面から立ち向かうことを示すのも、私たち犬を知るプロフェッショナルの務めであると思う。
ケースバイケースのテーマであるが、傾向として“自ら手をかけず、深部に踏み込まず、綺麗ごとで包み込む"風潮とそれに加担するまことしやかなシステムがあることに警鐘を打ち鳴らしたい。
 

最高の北海道の春は最悪な状況から始まる 2006年03月12日(日)

  ガーデンは使える状態ではないと昨日告白しておいたが、“それを知らずに"あるいは「何するものぞ!」というわんこと飼主が集まって駆け回ったものだから、いつでも田植えができるまでに掘り起こされ融けた雪が水分を補給し、それはそれは大変な状況になってしまった。

去年より1ヶ月も早い春の訪れにみんな半信半疑で、明日の真冬日予報も受け入れているが、知りたいのは今後まだ大雪があるかどうかで、それによって準備作業が変わってくるのである。

しかし、天気のことだから『確かなこと』はなく、今後も一喜一憂しながら過ごすことになる。
まるで犬たちと暮らし始めた頃と同じではないか!
天気予報の不確実さは、犬と暮らし始めた頃の予想だにもしない出来事に驚かされ続けた『あの頃』を私たちに思い出させる。
そして苦労に苦労を重ねた末に得た信頼感を知った犬の飼主だけが、『この気象予報士はどんな根拠があって曖昧な予報を自信ありげにしているのだ』と憤ってしまうようだ。

『犬はしつけられるからそんなことを言えるが、天気はそうはいかない』と予報士は言うだろうし、『犬だって多様な刺激に対して多用な反応をするから、それを見抜く目は気象予報士も犬の飼主も同じで、予報士には犬の飼主ほどの切実感が足りないのではないのか』と犬の飼主は主張するだろう。

この季節に『そんなことどうでもいい』と私は意に介さず黙々とガーデンの水を排水し、荒れた地盤を均すのを日課にしている。

北海道の春の走りに快適な状況は望み得ない時代であるから。
 

ガーデン・アモ・ソニア 2006年03月11日(土)

  ガーデンのコンディションは最悪。
事実上の立ち入り禁止で、せっかくの週末もわんこたちを歓迎できる状況ではないことを正直に伝えておこう。
しばらくは純ドッグカフェとしてご利用くださるか、ムツゴロウのいる有明海で遊ぶつもりでご来店ください。
なお、タライ船は用意しておりませんのであしからず。

アモが傷跡を気にする素振りを見せたので、患部をガーゼで覆い包帯を巻きその上からKさんが仕立ててくれた服を着せることにした。
勿論、数十分でも目を離すときはカラーをしている。
足の状態は昨日と変わらず、術前と同じように左後肢を着いたり上げたりしているが、痛みを訴えることはこれも術前と同じくない。
つまり昨日今日の段階では、術前術後に変化は見られないという状況だが、焦らずしっかり養生して回復を待ちたい。

カフェには時々ユニークなワンちゃんがやってくるが、先日来訪ねてくれるのが黒ラブのソニア。
黒ラブといっても現在は白ラブ。
奥さんの話によると、ご主人思いだったソニアのご主人が亡くなってから僅かの間にみるみる白くなってしまったという。
テレビで紹介されていたという話は聞いていたが、実物を見ると本当に白く、最近になってやや黒が戻り始めたという一部にそのような変化が見える。
感受性豊かな側面も垣間見えたので機会があれば改めて紹介することもあるだろう。
昨日、彼女の話が書かれた本“SONIA”を一冊寄贈していただいた。
売り上げの一部は北海道盲導犬協会に寄付されるので、書店でお見かけの節はよろしく。
 

アモの退院。しばらく辛いけど頑張ろう! 2006年03月10日(金)

  開店前の準備をスタッフに任せ、Kと私はアモを引き取りに行った。
月曜日に入院して4日ぶりの対面となるから、アモは大喜びするだろう。手術したばかりの膝に負担をかけるような接し方は厳禁なので二人とも淡々と振る舞いアモを迎えた。
やはりアモの左体側の1/3は剃毛され、手術痕よりも痛々しく感じられた。
エリザベスカラーのつなぎ部分は粘着テープで止められ、ホックが容易にはずれないようになっている。
「とにかく安静に」と先生に言われたが、車に乗せる段階でカラーで足元が見えないアモをつまづかせてしまったのはミスだった。

カフェに着き、カラーをはずして車から降ろした。
術後とはいえ看板犬のアモは仕事に励もうとするので、やむなく事務所で勾留した。
患部を気にする素振りを見せないのはアモらしいが油断はできない。
数日で痒みが出てくるだろうし、目を離すときや夜間はカラーは必要だ。(勿論先生からは絶対はずさないように言われているが、幸い我々はいつもアモと一緒にいるから必要に応じて対処している)

ただ、やはり自宅では人の動きに合わせてアモが立ち上がる場面もあり、アモも「どうしてフリーにしてくれないの?」という目をしているのが辛い。
術部の早期回復を考えれば入院を続けて安静を保つのが最良。しかし、そのことを犬に言い聞かせることもできないし、結果的に過剰なストレスが問題行動を引き起こしたり治りを遅くするかもしれない。
だから精神が安定する自宅で療養するのだが、もし本当に絶対安静が必要なら先生は退院を許可するはずがないから、ちょっとだけ余分に歩くことがあっても『先生の想定の範囲内』などと勝手に解釈している。

夜になっても私たちは2階ではなく1階のカフェにいる。
サマーベッドの上で寝袋に包まったKが「キャンプみたいでたまにはいいね」と隣りで寝ているアモをさすりながら言った。
ともあれ我が家にアモが戻ってきた。
 

酔っ払いだって考えることもあるのだ 2006年03月08日(水)

  誰もが主人公になる『自分史』というのがある。

文字として書き上げたものでなくとも、現実に存在し歩んできた道は誰にも確かに存在するはずだ。
もし、死ぬ前に人生のひとコマひとコマを積み上げてきた過去をダイジェストででも見ることができればそれは最後の贈り物として最高(人によっては最低)のものになるだろう。
楽しい思い出や悲しい出来事、ひょっとしたら自分では気づいていない視線や、知らないうちに他人に影響を与えてその人の行動を変えてしまった事だってあるかもしれない。
第三者的に映しだされた映像にはそのようなことまでも描かれているし、隅っこには貝殻が映っていることもあれば、遠くの土手を犬が駆けていることだってあるだろう。

このように脳には生まれた時点で死の瞬間に対応するプログラムが内蔵されているという説がある。

無信教で映画好きな私からすれば『それも面白そう』と思うのは不道徳だろうか。

何故こんなことを書いたかといえば、酔ってしまったのが最大理由で、次に続くのが最近の卑劣な犯罪と宗教が主因の世界の紛争殺人に異議があるからだ。

議論を展開すれば、この時間にはいつも酔っ払いである人間に分がないのは分かっているからそれは回避するけれど、せめて創造主の神がいるなら、殺人を犯す人間に、殺した相手が死ぬ瞬間に脳裏に流れる『これまでの映像』を共有するプログラムを組むべきであったと抗議したい。
目を背けることなく『正当だった』とどう正当化できるのかを問うてみたい。
また、宗教が、その名の下に殺しあうなど犬も食わない愚劣で尊厳のないまやかしの道具とされていることに、それぞれの崇められる使者が嘆いているだろうと同情するしかない。

サービス業を営む中で、政治と宗教の話はタブーとされている。
「なあに、のめり込んじゃいない。今感じたことを書いたまでだ」
救いを求めたいのはこちとらの方である。

「ふぅーん、それでその先は?」
Kが私に尋ねた。
『この先をまだ書けというのか!』
酩酊寸前の私は「つづく」と答えるしかなかったが、この話はこれでおしまい。
 

専門家と人の心 2006年03月07日(火)

  「手術は無事終わりました。早めの退院をご希望されているようですが、予定通りの金曜日にしてください。来週の火曜日に抜糸を予定しています」
執刀された教授は電話の向こうで淡々と話しておられた。
『自分が手がけた結果がかくも明確に現れ、確信的な言動ができる仕事もいいなぁ』と思いながら私は話を聞いていた。

オリンピックで言えば点差やタイム・距離・高さなど得点が明確に現れて勝者が決まるのがスッキリしていて分かりやすい。
外科的手術や産婦人科の分娩などもそんな部類だろうか。

フィギュアスケートの採点のように、究極的には審判団の主観によって判定されたり、犬の訓練のように科学的な手法を用いても、結果がその先に表れる仕事に携わっている者にはちょっと羨ましく思えるのではなかろうか。
内科や精神科・心療内科の先生もそんな気持ちがかすめることもあるのだろうと勝手に考えたりもする。

お泊まり犬の『凶暴だった柴犬海斗君』が、“現在カフェに来る柴犬の中で最も安全で信頼できる柴犬らしい柴犬”と私が宣言できるまで5ヶ月もかかってしまった。
結果的に私の訓練とアドバイスは正しかったのだが、その方法しかなかったわけでもなく、遺伝的要素や環境が海斗君を立ち直らせたのかもしれない。
また、『そもそも海斗君には将来的な問題など存在しなかったのだ』と言われれば『そうなのかも知れない』といわざるを得ない。

盲導犬の訓練は科学してきたが、一般犬の訓練にそれが及ぶ面もあればそうでない部分もある。
例えば犬の学習能力はおおむね共通でも、寮生活と通学生の違いは人間にもあることだから、それぞれに即した対応が求められるだろう。

データを積み上げて『家庭犬の訓練はこうあるべし』と主張する意欲は今の私には無い。
これまでの経験と知識に基づいて対処するのみである。
私の前に現れた犬だけが私の対象であり、普遍的なことは私には分かっているつもりでもそれは後の検証に任せよう。

今の仕事は、こんな大酒飲みの私でも依頼主が信用するかしないか、仮に信用された私がその気になるかどうかに左右されている。
つまり、極めて心情的・情緒的あり、もしアモに今、異常事態が起これば酒を飲んでいても車を飛ばして自分の考えに従った行動を起こすということでもある。

アモよ。辛いだろうけどしっかりがんばれ!
 

アモの入院 2006年03月06日(月)

  私たちの心配は手術の成否よりも、どちらかと言えば妙な環境の中にアモ君が置かれ、忍耐強い彼ですら気持ちが滅入ってしまわないかということと、室内では決して排泄しない犬に適切な待遇が用意されているかということである。

今日アモが大学病院に入院した。

「元のように戻らないなら手術は勧めません」
自信を持って担当教授は言われたというから、私たちはそれを信じるだけである。
二度の手術を経験している私は、教授の言葉の裏に含まれる『悪くとも、まあ、それなりに』という部分すら受け入れているつもりだ。

だが、待合室で吠え立てるたくさんの患犬を見てKは唖然とし、アモは「凄げぇなぁ!」という顔をしていたらしいから、どんな環境の中で暮らすことになるのかが気になったのだ。
まるでパピーウォーカーが協会に犬を戻すときの心配の一部だろう。

盲導犬協会では寂しい思いをする犬たちに少しでも安心を与え、且つ冷静に犬を評価するため少なくとも1週間は犬舎の通路に簡易ベッドを置いて24時間私たちが付き添い、トイレも頻繁に出すようにしていた。
騒がしい犬は記録し制御も行うが、BGMが流れる犬舎で徐々に落ち着いていったものだ。

アモもパピーウォーキングを経ているから、犬舎やケージに入ること、一人の長い時間を過ごすことには十分対応できるが、トイレをペットショップの犬のようにケージ内でさせられることだけは受け入れることはできない。
「大丈夫、ちゃんと面倒を見ますから」
学生という手はたくさんあるので、心配はいらないらしい。
その言葉を信じたいし、今の時代はそこそこの扱いはされているはずで、“そこそこ”ならアモには御の字である。

30年近く前、ある大学病院で犬の解剖実習を見せてもらった。
麻酔はかけられており実習も無事終わった後、手術台が犬の頭が低くなる方に傾けられ、下にバケツが置かれたかと思うと犬の頚動脈が切断され絶命した。
『ふぅーん、最後はこうするものなのか』と見ていたが、その行為を学生たちが別の話題で盛り上がり笑いながら行っていたことに違和感と憤りがあった。

血を見て吐いたり卒倒するような学生もいるというから、柔な話をするつもりはないし、昔の先生には野武士的な人材が揃っていてそれなりに楽しかった。
当時、協会では去勢手術は局所麻酔で行い、もがき悲鳴を上げる犬を押さえていた私が
「先生!、麻酔…効いてんでしょうねぇ」と叫ぶと
「ちょっと早かったかなぁ。でも大丈夫だぁ。終わるまでには効くべ。しっかり押さえてろ!あとでタマタマ焼いて食わしてやっから!うめぇぞぉ」
こんな会話が成立していた時代である。
押さえ込んでいた私に犬たちは歯を立てることがなかったことを今思えば、済まない気持ちと何故あの痛みの中で歯を立てなかったのかを考えてしまう。

アモ!
あの時代から見れば大丈夫だ、絶対確実!。
手術は明日(7日)に行われる。
 

海斗君のお泊まり 2006年03月05日(日)

  夕べの訂正。
“わんこ大好き”じゃなくて“ペット大好き!”という番組だそうです。
私にとってペットは、わんこだけだからどっちでもいいのだけど、情報は正確にしないと思わぬ批判を受けかねない時代である。
誤りを伝えてくれた方は大笑いしながら、私の“らしさ”を理解してくれていたが今後注意しよう。
ただ改めて断っておくが、この欄は学術欄ではなく酔っ払いが御託を並べる生活欄であるからして、割り引いてご覧になることを忘れないように。

さて、以前に紹介したことのある柴犬の海斗君が今日から5日間のお泊まりである。
生後3ヵ月半で家族にマジ噛みして私を驚かせた海斗君も8ヶ月になり、レッスンの甲斐もあって今では安全パイのわんこだ。
とはいえ8ヶ月の日本犬が初めて家族から離れるわけだから、相当な負担があるのは想像できる。

案の定、午後を過ぎると海斗君は駐車場を向いたまま座り込んで飼主のお迎えを待つようになった。
気分転換を図ったり、指示的態度を示して環境が変わったことを受け入れるよう試してみたが、閉店するまで落ち着きは戻らなかった。

19時を過ぎた頃から疲れが出たのだろう。ようやく居間でうとうとし始めたので、今度は熟睡させないように生活音を出して、私の就寝時間までそこそこに過ごすようにしているところだ。
いずれにせよ今夜は何度か起こされることになるだろう。
 


- Web Diary ver 1.26 -