From the North Country

ぎっくり腰 2006年07月08日(土)

  椎間板ヘルニアで入院されたAさんの愛犬を預かっている私がぎっくり腰を起こしてしまったようだ。

昨日ガーデンの草刈に励み、夜には我が家の愛犬アモをKとふたりで2階まで運び上げたのが腰に負担をかけていたのだろうか?
今日の午前中そんなに重くない古い絨毯を運び、下ろしたときに鈍い痛みが走り、以後やばい状態になってしまった。

すぐにシップをしコルセットを腰に巻いて応急処置をした。
カフェの閉店後にはお泊り犬の散歩を済ませ、ゆっくりと風呂に浸かってシップを取替え、痛み止めのアルコールをしこたま処方して自然治癒力を高め(阻害?し)ている。

おかげで今夜もアモをKとふたりで2階まで運ぶことができた。
それにしても椎間板ヘルニアで入院し3週間近く経った今でも、まだ数メートルしか歩けないAさんの辛さの一端を身をもって感じとり『弱気にならないで!長い人生の辛抱の時間だよ』と声をかけたくなった。

人って不思議な一面を持っている。
先日、ラブラドールの仔犬を飼ったご夫婦が困り果ててカフェに来られた話を紹介し、私は“秘伝の書”をお貸ししたことをこの欄でも書いたが、数日前礼状が届いていた。
“秘伝の書”の通りやったら、とてもうまくいった!
という内容ではなく、カフェで皆さんが話してくれた『ラブの仔を育てるということは、かくも大変なことなのです』という言葉に安堵したというのだった。

知らないでラブの仔を飼った飼い主は『うちの子はどこか異常で、悪魔の子を授かったのではなかろうか』と不安を抱くものである。
それが“悪魔の子”でもなく“自分たちの育て方の誤り”でもないことを知らされ、まずは心底安堵したのだろう。

愛犬は正常で自分たちにも罪がないことを知った飼い主には、その仔犬と正対してぶつかり合いながら子育てができるようになる。

さてAさん。
自分の意思に関わらず、身体を動かせば悲鳴を上げたくなるような激痛にあなたも私も襲われています。
この痛みに対抗などできるはずもないことを今味わわされています。
がんばるのしばらく止めませんか?
努力で治る痛みではないようですよ。
私たちの頑張りが足りないわけではないようですよ。

いつか必ず笑えるときが来る。
このパソコンから離れトイレに立ち上がる私の腰に激痛が走ることは間違いないけど、それはいつまでも続かないこと。
『そんなもんだ』と分かったら、しばらく続くこの時間を受け入れ、周囲に依存しよう。
明日の私は使い物にならない気がする。
それも受け入れよう。
支えてくれる人がいるから…
 

アモの退院とその先に願うこと 2006年07月06日(木)

  トリミング室の窓の外に足場が組まれている。
南風が強く吹く雨の日に、窓の上部から垂れてくる雨漏りの改修工事をおこなうための足場だ。
築3年だから勿論無料。
壁ごとはずして修理するそうで、個人的に信頼している施工業者なので任せているが、悪いところは補償期間がある10年の内に出てきて欲しいものだ。

人間のやることだから当初の思惑通りにはいかないこともあって当然である。
だから私は仕事の中で『完璧』を唱える人間より『万が一』のケアとフォローを考える人のほうを信頼している。
ただ原発などのように『万一のフォロー』すらほとんど意味をなさない事業には反対の立場であるが。

おかげさまで今日アモの退院を迎えることができた。
見事に痛々しい毛刈り状態ではあるけれど、二度目の入院ということもあってアモは冷静に受け入れてくれたようだ。
「アモちゃん、なんか、とてもいい子でした」
世話をしてくれたであろう学生がポツリと名残惜しそうに発した一言がうれしかった。

帰宅したアモにKと私は定休日の今日一日を至福の時間として過ごすことができた。
「今朝は食べないし、ウンチもしないんです。帰ることが分かってるんでしょうか?」という先生の言葉通り、アモは帰宅してからしっかり食べた。
帰宅を予感して興奮したためか、大学病院の敷地では良好便のあとに下痢便をしたが、自宅に戻って精神が安定した夜には良好便に戻っていた。

先日も書いたように、外科的手術の成功が報告されたわけだから、今日をもってアモのケアについてのバトンは私たちに渡されたと考えている。
実際は医療とケアの相互協力の時期であることも認識している。
ともあれ、アモが我が家に生還し先生は『手術の成功』を告げてくださったことに間違いはない。
心配してくださった皆さん。本当にありがとうございました。

家の補償期間が10年だから、犬の…
そんな風には全く考えていない。
例えアモが年老いて“雨漏り”が起こったとしても、私たちは過去に囚われず必要なら医療を選ぶし、ひょっとしたら別の道を選ぶだろう。
家の雨漏りなんかどうでもいいのだ。
私たちのアモとせめてこれから先5年の月日を思う存分好き勝手に過ごさせて欲しいだけ。
そんなささやかな願いでも明日の七夕の短冊に書けばその願いは叶うのだろうか?
 

トンネルの向こう 2006年07月03日(月)

  「前回の手術の時に右後肢の検査もしてありましたので、予定を一日繰り上げて今日の午後TPLOによる手術をしたいと思います。」
「えっ?それって退院が一日早くなるということですか?」と私は喜んだ。
しかし先生は先にアメを私に与えた後で
「でも毛刈りは前回と同様に広範囲になります」とシビアな話をしてきた。

実は先週の通院時に「必要最小限の範囲だけ毛を刈ってください」という私に「これでも抑えているほうです。アメリカでは背骨の辺りから刈っています」と先生。
『アメリカのことはどうでもかまいません』という言葉を飲み込んで「普通の開業医ならあそこまで刈りませんよ」と言うと「普通の動物病院では刈り方が少なすぎるのです」と先生。
『でもそんな動物病院でも毛刈りの範囲が狭すぎたから感染症になったとか、予後が悪くなったという話は聞きませんし、どんなに毛刈りをしても感染の可能性を否定できないからそれに見合った投薬をしているのではありませんか?』という言葉も飲み込み先生の顔を立てて黙り込んでいたのだ。

だから今日毛刈りの話しが出た時『手術の重大性を考えたら毛刈りのことなど些細な問題なのに、先生はちゃんと気にかけてくれていたのだな』と思うとそれで『まあ、いいや』とすんなり引き下がっていた。
しかし昨日までの私は「毛刈りしていい範囲をマジックで線引きしておこう!」と叫んでいた。
そして刈られる部分に“お願げぇしますダお代官様。どうかひとつここまでということで見逃してくだしゃいませ”と寄せ書きする計画を立てていたことを告白しておこう。

ともあれ我が家の愛犬アモの手術が無事成功したとの連絡が夕方届き、心底私は安堵した。
そして今、今日一日絶食であることも、術後の痛みについても処置が施されているから心配はしていない。
ただ点滴によって補給される水分で尿意をもたらしているアモが、動けず導尿もされず屈辱の失禁をする場面などが想像されて切なさは尽きない。

順調なら木曜日に朝一で引き取りに行く。
バトンはその時私たちに引き継がれるのだ。
まもなく午前1時になるが私とKの心はアモと共にある。
これを乗り越えればまだ5歳になったばかりのアモは外出好きな私たちと思いっきり時間を共有できる。
 

スペシャルサービス 2006年07月02日(日)

  ずいぶんと安易に対応してしまったものだ。

以前に一度電話で飼育相談をされた方が今日犬なしでカフェにやってこられた。
普通なら遠回りな話からじっくり時間をかけて状況を伺うのだが、今日のカフェがあまりにもヒマだったのと、わざわざ岩見沢から夫婦でやって来られたのと、前の犬が暮らしやすいシーズーだったにもかかわらず、今回の犬は生後50日のラブラドールであることについ同情心を抱いてしまって対応してしまったのだ。

ご主人の腕は傷だらけ。
トイレのしつけはさっぱりの様子。
早朝からベッドに駆け上ってご主人の頭をかきむしる。
それでいて犬は室内でノーリード。
「ラブを飼うという事は家の中にハリケーンが停滞すること」と私が話すと、奥さんはただただ大きく頷いている。

居たたまれなくなった私は事務所に戻って、未完成の“秘伝の書”のコピーを持ってきた。
「必ず返してくださいよ」
ラブラドールの育て方を綿密に書いた下書き原稿をそう言ってお貸しした。

盲導犬をイメージしてラブを飼う方が結構多い。
それはそれで結構なことなのだが、前述のようにラブの仔犬は台風そのものである確立が高いということを広く一般に知らしめる必要もあろう。
そしてそれを経験し乗り越えてきた人々には格別の喜びがもたらされる事もちょっとだけ付け加えておきたい。

未完成ではあるが私の“秘伝の書”は4年前に幻冬舎という最近台頭してきた会社から出版される手はずになっていた。
私の頑固さゆえにどうしても最後の折り合いがつかず、出版は日の目を見なかったけれど、極意に近い内容をしたためたものである。
手直ししなければならない箇所がいくつかあるのに、そのまま私のパソコンに眠っているのがもったいなくて、時々『困った人たち』に貸し出ししている。

それを今日は初対面の方にしてしまったのだから安請け合いどころか無料奉仕そのものである。
「アモ君の治療費をなんとしても稼ぎ出そう」という意気込みにどこかしら反してしまっているけれど、この夫婦のラブが健康に育ち、将来この子育てが結果的に両親にとってかけがえのない時間であったことに気づかれる瞬間を心から楽しみにしている。
 

悶々としている 2006年07月01日(土)

  不愉快な気持ちと、もやもやした心が抜けきらずにいる。
入院を明後日に控えた我が家の愛犬アモを、今夜私はこっぴどく叱りつけたのだ。

アモが我が家にやってきて半年になろうとしているが、ひとつだけ決まり事が守れないというか教え切れていないことがあった。
それは、アモの心に強い誘惑が起こった時の『マテ』である。

平時の『マテ』がどんなに優秀にこなせても、有事の『マテ』ができなければそれは何ら意味を成さないと日頃から考えている私には、すなわち『マテ』は絶対的な命令である。
然るにアモはこれまで3度ほど、重要な場面で絶対的であるはずの『マテ』を無視することがあり、私はどこかでしっかり教えておく必要性を強く感じていた。

今夜、Kが外出し、アモはKの帰宅を心待ちにしていた。
私には聞こえないKの帰宅の小さな音を感知したアモが階段までやって来たとき、私は隣の部屋から大声で『マテ』を命じた。
後肢の靭帯断裂状態のアモが階段から転落でもしたら大変なことになるとの思いからだった。

しかしKへの熱い思いからアモは私の命令を無視し、階段を駆け下りてしまった。
その僅かな時間に私は『マテ』を何度も大声で叫び、恐らく階段の横にある窓が開放されていたから、近隣の人たちにもその声は届いていたことだろう。

『ここぞ!』という思いが私の中に巻き起こり、マテの命令を無視したアモに『マテ』の何たるかを教える機会が訪れると同時に、正直に告白すれば『可愛さあまって憎さ百倍』の心理が働き、揺れ動きながら自制しようともがく自分がいた。

階下に降りたアモに対し、近くにあった食器をぶつからないようアモに投げつけて事の重大性を認識させ、駆け下りた私は自分の膝の痛みも忘れて36キロ近いアモを抱き上げ2階に運び上げてから、アモの無事に反比例するかのように叱り付けたのだった。

アモはしょぼんとしている。
が、私は『これでよかったのだ』と振り返っている。
ただ、訓練の過程とはいえ心のもやが晴れないのが辛いし、何も入院前の今日であって欲しくなかった。

夜の最後のトイレタイム。
折り合いをつけるように私に鼻を摺り寄せてくれたアモを見てKは姿を隠し、私とアモの時間を演出してくれた。
何が正しくて何が間違いなのだろう?
 

今夜は箇条書き 2006年06月30日(金)

  ・今日で今年の半分も終わりだから、あっという間に人生が過ぎていくのも頷ける。
たわわに咲き誇ったニセアカシアの花房が、“冷やし天ぷらソーメン”の具になる前にそよそよと散り始めているは残念だった。
半袖が心地よい一日だったがクーラーを入れるにはチト早すぎる北海道らしい最適な気候がやって来たようだ。

・一昨日の夜、久しぶりに里塚温泉に行ってきた。ボイラー交換と新たな泉源を削掘するため7月3日から12日まで臨時休業するらしく、休業の埋め合わせとして500円で入館できるサービスをやっていた。
温まった湯の中で私はヨガのポーズをとって痛めていた左半身をほぐし、誕生日のプレゼントにとKが振舞ってくれた上生寿司その他諸々で楽しませてもらった。

・昨日の定休日はお泊り犬たちとカフェで留守番。
コルクを薄く切ってソプラノサックスのチューニングを昔を思い出しながら我流でやったらバッチリOK。
音程が定まり気分よく演奏してたらゴールデンの宙(そら)が興奮して楽器をペロペロ舐めてきた。
その他の犬は遠く離れて、冷めた目で私を見上げている。

・明日からタバコの値上げ。
ささやかな防衛策として6カートンを買ったが、今月中旬までのもがきに過ぎないことがはっきりしていて寂しい。

・7月のパスタは“プッタネスカ”とか言うとりました。
ナポリの名物で「娼婦のパスタ」の異名を持つらしい。
忙しい娼婦が昼ごはん時に、海のものも畑のものもごちゃ混ぜにしてバスタにして食べたというお話に由来しているとのこと。
カフェの常連マダムには是非味わっていただきたい娼婦の味。
アンチョビに、トマトソース、ケッパー、黒コショウなどが入っていてビミョーにイタリアンだった。

そろそろ小さなプールの準備も始めなければならない本格的な夏を迎える。
暑さには滅法弱い私にとって試練の2ヶ月だが、何とか工夫しながら皆さんと楽しみたい。
 

親心 2006年06月26日(月)

  昨日今日と好天に恵まれ、ここ里塚緑ヶ丘にもようやく初夏が訪れたようだ。
ガーデンに垂れたアカシアの花が甘い香りを漂わせ、虫たちが集まり、さらにそれを狙ったスズメが朝夕賑やかにさえずっている。
毎日やってくるヒヨドリはどうやら相方を見つけた様子。
この鳥はいろんな鳴き方をするけど、状況だけでなく時間帯によっても使い分けているような気がして、今度じっくり観察してみたい。

今朝は我が家の愛犬アモの予約診療で大学病院に行ってきた。
入院されていた主治医の先生が退院し、アモの手術日が来週の火曜日と正式に決まった。
月曜日に入院し金曜日の退院というスケジュールだ。

今日の診察でもリードを学生さんに渡すや否や「父ちゃーん!助けてけれ!」と目をむいてアモは三本足でもがいていたが、恐らく先生はその瞬間に3月に手術した左後肢は順調に回復していると感じていたはずだ。
飼い主の私は気恥ずかしい思いと、あの冷静で温厚なアモがそれほどまでにもがく理由が気になってしまったけれど。

「どんな環境で入院するのですか?」という私の問いに、先生は誠実に説明してくれた。
畳1畳程度の広さで両サイドが壁で、正面が格子になった犬舎だそうである。日に5〜6回はトイレに出してくれるとも。

盲導犬協会で最後の数年私はパピーウォーキングを担当していたが、最終講習会では犬を協会に引き渡すパピーウォーカーの心情を察し、『あなた方が育てた犬は視覚障害者の生活を支える』という意義を再確認してもらうため目隠しをしての障害体験を行い、さらに協会に戻った犬たちの生活環境と一日のスケジュールを実際の犬舎に案内して説明していた。
そして今日、アモの入院環境を知りたがる自分に『親馬鹿なパピーウォーカーの心情』が重なり合っているのを感じてクスリと笑えた。

前回の手術後、補液で尿意をもたらしたアモは動けない状況で止む無く舎内で排尿したと聞いた。
アモにとっては屈辱だったろうと思う。
診察室でもがくのはその記憶のせいかもしれない。
今回、また5日間の入院・手術でアモには辛い思いをさせることになる。

でも私たちはその間、できれば日がな温泉に浸かってのんびりする休日を持ちたいと思っている。
アモの心配をしたってしょうがないし、何より獣医学を学ぶ学生は盲導犬協会のように犬舎に泊り込んででも、術後の犬たちの経過を観察し、今後の役に立てたいと頑張っているはずだからである。
善意の行為に野暮なことは言うまい。
アモのキャラが学生を動かし面倒見をよくさせることだってあり得るだろう。

私たちの仕事は退院してからのケアとリハビリである。
「左後肢はこれまでの例にないほど順調に回復しています」という先生の言葉は『私たちの管理がしっかりできている』というお褒めの言葉と受け止めて、右後肢についてもKと協力して早期回復を目指そうと誓っている。

アモよ!父さん母さんを信じて頑張れ!
 

こんな感じのカフェ 2006年06月24日(土)

  昨日の夜、久しぶりにラーメンが食べたくなってKとラーメン屋に行った。
Kは広東麺、私はジャー麺と小チャーハンそれに餃子を注文したが、食べ始めてまもなく
「あっ!8時にヒカルが来るんだ!」Kがそう叫んだ。
お泊りのわんこである。
「ウヒャー!ヤベェー!」と私。
時計は7時40分。
お店の人に『そんなに不味かった?』という誤解を与えないように慌てて言い訳をし、ほとんど食べ残してカフェに戻った。

7時50分頃に着いたが、既にヒカルは到着していて「5分ほど待ってました」ということだった。
それにしてもKはよくぞ思い出してくれたもので感謝である。

犬のしつけと飼い主のマナーのことで手厳しいことを日頃から私は言ってるが、結構いい加減な中で生活している。

昨夜も紹介したお泊り犬コーギーの風ちゃんの食事にしてもそうだ。
飼い主のAさんは、わざわざ計量カップを預け「このちょうど半分が一回量です」と言われていたのに、「風ちゃんは痩せ過ぎだ!こんな量じゃ可哀想だ!」と私は勝手に判断して、昨日あたりからその倍の量を与え、トッピングも豊富にして肉付けようと頑張っているのである。

これまでにも、お預かりした犬が太りすぎているとフードを減らしたり、普段食べてるドッグフードが体質に合っていないと判断するや、カフェの良質なフードに替えたりと独自の判断をすることがあった。
でも大幅に増量するのは珍しい。

Aさん。悪いけど風ちゃん少し太らせるね。
だってなんとなく忍びないから…
毎日我が家の愛犬アモを見ていると、どれもこれも痩せて見えるんだよね。
文句あるならさっさと病気を治して引き取りに来るんだよ。
 

人為的な雷恐怖症もある 2006年06月23日(金)

  花房をつけ始めたニセアカシアが、連日の雨で重そうに垂れている。
札幌はまるで梅雨模様。

「雷と大砲の音でパニックを起こします」
お泊り犬コーギーの風ちゃんの飼い主Aさんが仰っていたが、演習場の大砲の音は日中しかやってないし、雷なんて何年も聞いてないから意に介していなかった。
ところが水曜夜の雷はすさまじかった。

ソファで横になって酒を飲みながらテレビを見ていた私は、遮光カーテンの隙間から昼間のような一瞬の明るさを見た。
途端にドーン、バリバリ、ゴロゴロと大きな音が轟いたが、私は何食わぬ顔でテレビのボリュームを上げ、そのまま酒を飲む。

「なに!なに!雷でしょ!」
うろたえるように風ちゃんは立ち上がりきょろきょろしはじめた。
何度も何度も私の顔を見て、正気とパニックの境目に居るようだった。
が、私は相変わらず横になったまま動じる仕草もしなければ、風ちゃんに声をかけることもせずテレビを見ていた。
勿論、風ちゃんと目が合わないように彼女の行動は観察していた。

すると風ちゃんは聞き耳を立てていたし身体がちょっとは震えてもいたが、そのうち壁にもたれかかるように横になった。
その後、雷が収まるまでの1時間以上風ちゃんは取り乱すことなくじっとしていた。

怯えた犬に対し「大丈夫よ、よしよし、大丈夫」と声をかけ抱きしめるようにする人がいるけど、犬に対しては「やっぱり大変なことが起きてるんだ!」と不安あるいはその予兆を与えているに他ならない。

慌てず騒がずドーンと構えていれば、少なくとも飼い主の反応を見て『雷恐怖症』になる犬を減らすことができるだろう。

後からWさんから聞いた話によると、11歳になるシーズーのゴンタは雷の音にあたふたしていたらしいが、そのうち静かになったので気にも留めずにWさんは寝てしまった。
翌朝、どこにも姿のないゴンタを大声で呼ぶと、浴室からのこのこ出てきたというのだ。
不安でたまらない時にグーグー寝て何の役にも立たないご主人に見切りをつけ、ゴンタは冷静に自分で安全と思えた場所に身を寄せているうちに寝てしまったのだろう。
私たちは大笑いしたが、それでいいのである。
年をとれば弱気になって大きな音に敏感になってしまう犬は多いけれど、ゴンタはパニックを起こさず今度も風呂場で寝ることだろう。
 

“優しさ”について 2006年06月20日(火)

  カフェ前の道路に10日ほど前から停められている軽自動車があり、その中に2匹の猫がいる。
道外ナンバーだったので、最初は今流行リのマンションに引っ越してきた知人宅を訪ねた人がいて、数日でいなくなるのだろうと思っていたが一向にその気配はない。

朝から晩まで直射日光がまともに当たる道路に駐車して、車内にはキャットフードが置かれ、窓が3センチほど開けられた状態だ。
幸いにも札幌は6月に入って雨天曇天が続き、気温も低い状態である。
しかし先週の水曜日は日差しが強く、恐らく車内は30度は優に超えていたと思われ、持ち主も定かではなかったため、思い余った私は交番に通報した。

2時間ほどしてやってきたパトカーがスピーカで車の持ち主を呼び出すと、マンションから20歳前後の女性が誰かと携帯電話で話しながら面倒臭そう(私にはそう見えた)に出てきた。

警察官とのやり取りの後、彼女は車を出し30分ほどで戻ってきた。
見ると、車の西側の窓にアルミ製の日除けが張ってあったが、どうみても炎天下に置かれた車の室温には何の影響も与えない対策に思えた。

そして今日、札幌は2日目の好天を迎え、車内は40度近くになっていたかもしれない。

さて、今夜のテーマは『優しさ』についてである。

恥を忍んで私のこの一週間の気持ちの変化を告白すると
・猫たちは無事なのだろうか?
・一体飼い主は自分の猫のことをどう思っているんだ!
・なんてひどいことをする奴がいるもんだ!子供を車内に放置してパチンコやってる親と同じじゃないか。自分が車内で1時間でも居られる温度とでも思っているのか!それとも、今時の若い娘は本当に無知無頓着なのか?
・(警察官とのやリ取りの後)アルミを張っても炎天下に車を停めてちゃ何にもならんだろう!どっか日陰に停めりゃいいだろう!どんな神経してんだ!警察も警察だ。動物虐待ほう助じゃないか!

数日前カフェの閉店後、馴染みのお客さんと焼肉をしながら飲み会をやり、その席でこの話をしながら私は「でも相手にしてみりゃいろんな事情があって、頭ごなしに言うよリ話を聞いてあげた方が実際の解決になるんだよな。ただ腹の虫が収まらなくてね…」と言うと、Hさんが「どうしたの?って聞いてあげることから始めるのが大事ですね」と言った。

そして今日、猫の飼い主が車に来たのを見つけたHさんがしばらく彼女と話し込んでカフェに戻ってきた。
「どうしたの?」を実践してきたのである。

・彼と二人で暮らし始めたが、ここも彼の実家も猫が飼えないマンションであるということ。
・一匹の猫は貰い手が見つかったが、もう一匹はまだであるということ。
をHさんは話してくれた。

『それで彼女は誠実そうだったの?』と私は尋ねたかったが、Hさんはそれ以上に驚く話をした。
「日中は車内が暑くて猫が可哀想だし危険だから、私がいつでも預かってあげますよ。」そう言って携帯の連絡先を教えてきたのだという。

私は恥ずかしくなった。
「熱中症にしてなぶり殺すくらいなら、いっそのことひとおもいに死なせてやりゃいいだろ!そして自分のやったことを一生後悔しろ!」などと本気で思っていたからである。
今日がなければ一生後悔するのは私の方だった。

若い飼い主に合点がいかぬことは山ほどある。
しかしどれを問うても、猫を助ける解決にはならず、人を責め、己が正当性を口走り、溜飲を下げようとすることに他ならない。
Hさんの実践を見て、改めて人の優しさについて思い知らされ、必要な厳しさとの境目がどこにあるのかを考えなければならないと思った。
 


- Web Diary ver 1.26 -