From the North Country

アモの退院。しばらく辛いけど頑張ろう! 2006年03月10日(金)

  開店前の準備をスタッフに任せ、Kと私はアモを引き取りに行った。
月曜日に入院して4日ぶりの対面となるから、アモは大喜びするだろう。手術したばかりの膝に負担をかけるような接し方は厳禁なので二人とも淡々と振る舞いアモを迎えた。
やはりアモの左体側の1/3は剃毛され、手術痕よりも痛々しく感じられた。
エリザベスカラーのつなぎ部分は粘着テープで止められ、ホックが容易にはずれないようになっている。
「とにかく安静に」と先生に言われたが、車に乗せる段階でカラーで足元が見えないアモをつまづかせてしまったのはミスだった。

カフェに着き、カラーをはずして車から降ろした。
術後とはいえ看板犬のアモは仕事に励もうとするので、やむなく事務所で勾留した。
患部を気にする素振りを見せないのはアモらしいが油断はできない。
数日で痒みが出てくるだろうし、目を離すときや夜間はカラーは必要だ。(勿論先生からは絶対はずさないように言われているが、幸い我々はいつもアモと一緒にいるから必要に応じて対処している)

ただ、やはり自宅では人の動きに合わせてアモが立ち上がる場面もあり、アモも「どうしてフリーにしてくれないの?」という目をしているのが辛い。
術部の早期回復を考えれば入院を続けて安静を保つのが最良。しかし、そのことを犬に言い聞かせることもできないし、結果的に過剰なストレスが問題行動を引き起こしたり治りを遅くするかもしれない。
だから精神が安定する自宅で療養するのだが、もし本当に絶対安静が必要なら先生は退院を許可するはずがないから、ちょっとだけ余分に歩くことがあっても『先生の想定の範囲内』などと勝手に解釈している。

夜になっても私たちは2階ではなく1階のカフェにいる。
サマーベッドの上で寝袋に包まったKが「キャンプみたいでたまにはいいね」と隣りで寝ているアモをさすりながら言った。
ともあれ我が家にアモが戻ってきた。
 

酔っ払いだって考えることもあるのだ 2006年03月08日(水)

  誰もが主人公になる『自分史』というのがある。

文字として書き上げたものでなくとも、現実に存在し歩んできた道は誰にも確かに存在するはずだ。
もし、死ぬ前に人生のひとコマひとコマを積み上げてきた過去をダイジェストででも見ることができればそれは最後の贈り物として最高(人によっては最低)のものになるだろう。
楽しい思い出や悲しい出来事、ひょっとしたら自分では気づいていない視線や、知らないうちに他人に影響を与えてその人の行動を変えてしまった事だってあるかもしれない。
第三者的に映しだされた映像にはそのようなことまでも描かれているし、隅っこには貝殻が映っていることもあれば、遠くの土手を犬が駆けていることだってあるだろう。

このように脳には生まれた時点で死の瞬間に対応するプログラムが内蔵されているという説がある。

無信教で映画好きな私からすれば『それも面白そう』と思うのは不道徳だろうか。

何故こんなことを書いたかといえば、酔ってしまったのが最大理由で、次に続くのが最近の卑劣な犯罪と宗教が主因の世界の紛争殺人に異議があるからだ。

議論を展開すれば、この時間にはいつも酔っ払いである人間に分がないのは分かっているからそれは回避するけれど、せめて創造主の神がいるなら、殺人を犯す人間に、殺した相手が死ぬ瞬間に脳裏に流れる『これまでの映像』を共有するプログラムを組むべきであったと抗議したい。
目を背けることなく『正当だった』とどう正当化できるのかを問うてみたい。
また、宗教が、その名の下に殺しあうなど犬も食わない愚劣で尊厳のないまやかしの道具とされていることに、それぞれの崇められる使者が嘆いているだろうと同情するしかない。

サービス業を営む中で、政治と宗教の話はタブーとされている。
「なあに、のめり込んじゃいない。今感じたことを書いたまでだ」
救いを求めたいのはこちとらの方である。

「ふぅーん、それでその先は?」
Kが私に尋ねた。
『この先をまだ書けというのか!』
酩酊寸前の私は「つづく」と答えるしかなかったが、この話はこれでおしまい。
 

専門家と人の心 2006年03月07日(火)

  「手術は無事終わりました。早めの退院をご希望されているようですが、予定通りの金曜日にしてください。来週の火曜日に抜糸を予定しています」
執刀された教授は電話の向こうで淡々と話しておられた。
『自分が手がけた結果がかくも明確に現れ、確信的な言動ができる仕事もいいなぁ』と思いながら私は話を聞いていた。

オリンピックで言えば点差やタイム・距離・高さなど得点が明確に現れて勝者が決まるのがスッキリしていて分かりやすい。
外科的手術や産婦人科の分娩などもそんな部類だろうか。

フィギュアスケートの採点のように、究極的には審判団の主観によって判定されたり、犬の訓練のように科学的な手法を用いても、結果がその先に表れる仕事に携わっている者にはちょっと羨ましく思えるのではなかろうか。
内科や精神科・心療内科の先生もそんな気持ちがかすめることもあるのだろうと勝手に考えたりもする。

お泊まり犬の『凶暴だった柴犬海斗君』が、“現在カフェに来る柴犬の中で最も安全で信頼できる柴犬らしい柴犬”と私が宣言できるまで5ヶ月もかかってしまった。
結果的に私の訓練とアドバイスは正しかったのだが、その方法しかなかったわけでもなく、遺伝的要素や環境が海斗君を立ち直らせたのかもしれない。
また、『そもそも海斗君には将来的な問題など存在しなかったのだ』と言われれば『そうなのかも知れない』といわざるを得ない。

盲導犬の訓練は科学してきたが、一般犬の訓練にそれが及ぶ面もあればそうでない部分もある。
例えば犬の学習能力はおおむね共通でも、寮生活と通学生の違いは人間にもあることだから、それぞれに即した対応が求められるだろう。

データを積み上げて『家庭犬の訓練はこうあるべし』と主張する意欲は今の私には無い。
これまでの経験と知識に基づいて対処するのみである。
私の前に現れた犬だけが私の対象であり、普遍的なことは私には分かっているつもりでもそれは後の検証に任せよう。

今の仕事は、こんな大酒飲みの私でも依頼主が信用するかしないか、仮に信用された私がその気になるかどうかに左右されている。
つまり、極めて心情的・情緒的あり、もしアモに今、異常事態が起これば酒を飲んでいても車を飛ばして自分の考えに従った行動を起こすということでもある。

アモよ。辛いだろうけどしっかりがんばれ!
 

アモの入院 2006年03月06日(月)

  私たちの心配は手術の成否よりも、どちらかと言えば妙な環境の中にアモ君が置かれ、忍耐強い彼ですら気持ちが滅入ってしまわないかということと、室内では決して排泄しない犬に適切な待遇が用意されているかということである。

今日アモが大学病院に入院した。

「元のように戻らないなら手術は勧めません」
自信を持って担当教授は言われたというから、私たちはそれを信じるだけである。
二度の手術を経験している私は、教授の言葉の裏に含まれる『悪くとも、まあ、それなりに』という部分すら受け入れているつもりだ。

だが、待合室で吠え立てるたくさんの患犬を見てKは唖然とし、アモは「凄げぇなぁ!」という顔をしていたらしいから、どんな環境の中で暮らすことになるのかが気になったのだ。
まるでパピーウォーカーが協会に犬を戻すときの心配の一部だろう。

盲導犬協会では寂しい思いをする犬たちに少しでも安心を与え、且つ冷静に犬を評価するため少なくとも1週間は犬舎の通路に簡易ベッドを置いて24時間私たちが付き添い、トイレも頻繁に出すようにしていた。
騒がしい犬は記録し制御も行うが、BGMが流れる犬舎で徐々に落ち着いていったものだ。

アモもパピーウォーキングを経ているから、犬舎やケージに入ること、一人の長い時間を過ごすことには十分対応できるが、トイレをペットショップの犬のようにケージ内でさせられることだけは受け入れることはできない。
「大丈夫、ちゃんと面倒を見ますから」
学生という手はたくさんあるので、心配はいらないらしい。
その言葉を信じたいし、今の時代はそこそこの扱いはされているはずで、“そこそこ”ならアモには御の字である。

30年近く前、ある大学病院で犬の解剖実習を見せてもらった。
麻酔はかけられており実習も無事終わった後、手術台が犬の頭が低くなる方に傾けられ、下にバケツが置かれたかと思うと犬の頚動脈が切断され絶命した。
『ふぅーん、最後はこうするものなのか』と見ていたが、その行為を学生たちが別の話題で盛り上がり笑いながら行っていたことに違和感と憤りがあった。

血を見て吐いたり卒倒するような学生もいるというから、柔な話をするつもりはないし、昔の先生には野武士的な人材が揃っていてそれなりに楽しかった。
当時、協会では去勢手術は局所麻酔で行い、もがき悲鳴を上げる犬を押さえていた私が
「先生!、麻酔…効いてんでしょうねぇ」と叫ぶと
「ちょっと早かったかなぁ。でも大丈夫だぁ。終わるまでには効くべ。しっかり押さえてろ!あとでタマタマ焼いて食わしてやっから!うめぇぞぉ」
こんな会話が成立していた時代である。
押さえ込んでいた私に犬たちは歯を立てることがなかったことを今思えば、済まない気持ちと何故あの痛みの中で歯を立てなかったのかを考えてしまう。

アモ!
あの時代から見れば大丈夫だ、絶対確実!。
手術は明日(7日)に行われる。
 

海斗君のお泊まり 2006年03月05日(日)

  夕べの訂正。
“わんこ大好き”じゃなくて“ペット大好き!”という番組だそうです。
私にとってペットは、わんこだけだからどっちでもいいのだけど、情報は正確にしないと思わぬ批判を受けかねない時代である。
誤りを伝えてくれた方は大笑いしながら、私の“らしさ”を理解してくれていたが今後注意しよう。
ただ改めて断っておくが、この欄は学術欄ではなく酔っ払いが御託を並べる生活欄であるからして、割り引いてご覧になることを忘れないように。

さて、以前に紹介したことのある柴犬の海斗君が今日から5日間のお泊まりである。
生後3ヵ月半で家族にマジ噛みして私を驚かせた海斗君も8ヶ月になり、レッスンの甲斐もあって今では安全パイのわんこだ。
とはいえ8ヶ月の日本犬が初めて家族から離れるわけだから、相当な負担があるのは想像できる。

案の定、午後を過ぎると海斗君は駐車場を向いたまま座り込んで飼主のお迎えを待つようになった。
気分転換を図ったり、指示的態度を示して環境が変わったことを受け入れるよう試してみたが、閉店するまで落ち着きは戻らなかった。

19時を過ぎた頃から疲れが出たのだろう。ようやく居間でうとうとし始めたので、今度は熟睡させないように生活音を出して、私の就寝時間までそこそこに過ごすようにしているところだ。
いずれにせよ今夜は何度か起こされることになるだろう。
 

穏やかだと、つい気が緩む 2006年03月04日(土)

  ゴールデンのレオンとノエル君にテレビ局の取材があり、休日のひとときをカフェで過ごす場面を撮影するためにカメラが入った。

天気も良く他に大型犬がたくさんいたけれど、いつものように穏やかな雰囲気の中で撮影もすんなり終わった。
来週の土曜日お昼頃の“わんこ大好き”という番組でローカル放送されると伺っている。

「明日一泊お願いできないでしょうか?」
昨日の夜9時を過ぎてから、Kがガーデンで犬たちと遊んでいたら女性が声をかけてきたそうだ。
私を呼ぶ声にカフェに下りていったが、既に私は酔っており何を話したかよく覚えていないままお泊まりを引き受けた。

今日のお昼頃、コーギー君はやって来た。
愛想がよくそこそこ取り扱いも楽で私はホッとした。
カフェに一度も来ていない犬は原則としてお預かりしないのに、夕べは酔っていたため預かりを引き受け、今日は忙しさにかまけて住所を聞くのも忘れてしまった。

こんなことをしていたら、いずれ手痛い思いをしかねないから、ボーっとしがちな春に向けて気を引き締めてかかろうと思う。
 

尽きないカフェの楽しみ 2006年03月03日(金)

  今月のパスタは“自家製ミートボールの煮込みパスタ”だそうな。
試食の段階では“ソーセージときのこのデミグラスソース煮込み”だったはずだが、今朝になってKにお告げがあったらしく、カフェはオープンしてるのに「ちょっと材料買って来っから」と生協に出かけていった。

「主婦の底力は凄いものがある」といつもながら感心させられる。
あっという間に新作を完成させていた。
さらに、重く感じる方のためにあっさり系の“たらこスパゲッティ”まで準備しているのはさすがである。

さて、一昨日降った雪を排雪せずガーデンの中央に集めたら鍋蓋程度の塊ができ、犬たちは大いに喜んでくれた。
そんな中、ラブラドールのももちゃん(10歳)の変化が楽しい。
ペットロスの緩衝対策として飼主のMさんはラブの仔犬を新たに迎え入れたのだが、ももはしつこい犬が大の苦手である。
ラブの仔犬といえば、しつこい・めげないの典型だから、高齢のももちゃんはさぞ苦労が多く一気に老け込んでしまうのではないかと皆心配していた。

カフェに来たももは私に甘えるようなしぐさを見せ、窮状を訴えるように身体を摺り寄せてはいたが、暮らし始めて5日目のさくらがガーデンに出ようとしたら、心配そうに付き添っていた。
自身はカフェで羽を伸ばしながらも、この小さな生き物に母性が芽生え始めているのかも知れないと思ったら、クスッと笑えた。

Mさんの家はカフェから100メートルも離れてはいない。
「ここがあるから、安心して仔犬を飼うことができました」
Mさんの告白はあながち外交辞令でもなさそうだ。
ももは9歳になっても落ち着きがなく、昨年まで「まだ子供ですか?」と聞かれる有様だったのが、この一年ですっかり落ちつたいい子に変貌したのだから。

これからももちゃんがさくらをどのように受け入れていくのか、さくらはどう成長していくのか、そして毎月のパスタはどう進化していくのか、カフェの楽しみは尽きることはない。
 

もう我が子 2006年03月01日(水)

  我が家の愛犬アモ君の手術が決まった。

恩人であり友人であったN先生が亡くなり、私が先生に紹介して共に暮らし愛されていた愛犬アモ君を我が家に引き取って6週になる。

先生のお母さんが“可愛がり方の変容(誤解・思い込み)”として美味しい食べ物をふんだんに与え続けた為か、アモ君の体重は40数キロになっていた。
医者といえども高齢の母が、たとえ間違った愛情のかけ方ではあると分かっていても、アモ君のためを思って頭を働かせ身体を動かすことが結果的に母親の健康の維持に繋がっている現実を目の当たりにして、注意はするものの完全に止めさせることはできなかった。

『だからせめてもの』との思いで忙しい診療を終えた夜、ダイエットのために先生は遅くまでアモ君とグラウンドでボール遊びをされていた。
それは先生にとっても、疲れた体と疲れた頭を癒すかけがえのない楽しい時間でもあったようだ。

だが、アモ君の太りすぎた身体にはたとえ楽しい遊びではあったとしても負担がかかりすぎていた。
アモ君の後肢には異変が起きていた。

我が家にやって来た時には、既に左後肢を引きずっていたから前十字靭帯はほぼ切れかかっていたと思われる。
外科が専門でも犬を知らないN先生はそれをヒトにおける内科的手法で抑えておられたのだろう。

そんなことに知識のない私はこの6週で3キロ以上の減量となったアモ君が、身軽になって軽やかに歩けるようになったことを喜んでいた。
そしてその結果が僅かに繋がっていた最後の靭帯繊維を断裂させてしまうことになったらしい。

確定診断を望んだ私は主治医のS先生の助言と紹介を受けて大学病院で検査を受けさせた。
結果はS先生の「恐らく」という診断通りの前十字靭帯断裂であった。

「手術で治ります」という教授の話に私は喜んでいる。
「22例中2例が術後、骨肉種になっています」という教授の説明にKは涙している。

来週月曜日に入院し、火曜日にTPLO方式による手術とのこと。
退院は金曜日で手術費用は25万円との試算。
恐らく抜糸は2週間ほど先で、さらに金具を抜く手術があるという。

1年前にスーを亡くしたKはネガティブな気持ちが拭い去れずに涙を流し、多くの犬たちの生死や手術を見てきた私は『人間のような内視鏡手術や、術後の飼主のQOL(生活の質)に配慮した術部の悌毛がいつになったら配慮されるのか』に思いを馳せ、さらに2階で暮らしながらアモ君のダメージにならない方法を模索している。

アモ君。しばらくはとても辛いだろうけど、雪解けの汚い時期は安静にして、ゴールデンウィークを過ぎたら三人でどこか楽しいとこに行こうよ!
それまでは、禁止にしてた引っ張り合いの遊びを解禁して身体を動かさずに楽しむゲームに付き合ってあげるからね。
 

今夜はサッカー談義 2006年02月28日(火)

  「今日のゲームでまた新たな課題が見つかったので、これから修正していかなければならないと思います」
サッカーの国際試合などでよく耳にする選手のコメントである。

なかなか前向きな発言で、ここ数年その言葉を信じ期待を寄せて次の試合の流れを見守っていた。
だが、その後の試合結果はともかく、修正すべき点が殆ど修正されていないことに落胆を隠せないのは私だけだろうか。

具体的な修正点を私なりに分析してみた。

その1.パスを受けトラップした時にボールを吸い付ける技術がなく、ボールが身体から離れたところを相手に奪われている。(トラップの技術と直後の動きを練習せよ)

その2.味方にパスするボールに勢い(スピード)がないから、相手に奪われたり対処の時間を与えてしまっている。(シュートかと思わせるようなパスを普段から用いよ)

その3.プレスをかけられた時、相手の技術より劣るのに個人技で対応しようとしてボールを奪われたり、苦し紛れのパスを出している。(ワンタッチパスやワントラップパスを普段から基本にしていれば、次に起こすべき行動を予測しイマジネーションとスピード感溢れる試合ができるはずで、プレスのない時に体力の温存と冒険的なプレーを図ればいいと思う。)

その4.個人技や体力・スピード・高さに劣る日本にとって組織力としてのサイド攻撃が生命線であるのは理解できるが、時折訪れるチャンスには「切り込め!パスするな!とことんやって自分で決めろ!」と叫んでしまう。その際、「とにかく枠の中に撃て!枠の外では可能性すらないのだぞ!」と叱咤してしまう。

高校で一つ後輩の明石家さんまがサッカーをしている頃とはルールも技術も大きく違っているのは確かだ。
門外漢の私には分からない内情もあるのだろう。
だが、経済界で流行の社外取締役の意義は十分に理解できると思っている。

対外的な形ばかりの社外取締役なぞ何の意味もなさないはずである。
それは犬への訓練にも共通するはずで、多様性のある犬と人との関わりにおいて私が私の訓練を断定した時、私は終わってしまうのであり、厳しい意見と新たな発想があってもおかしくはないと思う。

それらの変化に対して柔軟に対応することと、どんな矢を放たれても微動だにしない自分がいることを今日のサッカー試合を観戦しながら考えた。
 

犬を見るということ 2006年02月27日(月)

  本日のガーデン状況:不良。ぬかるみではなくスケートリンク状態で、四輪駆動の犬も転びまくり。

「秋田犬なのですが噛むんです。レッスンをお願いできないでしょうか」という電話に緊張が走った。
生後3ヶ月ということで安堵したが、日本犬の仔犬の場合、柴犬の海斗君のように甘噛みではなくマジ噛みのケースもあったので慎重に話を伺った。

30分後に連れてきてもらって評価を行ったら、結果はオーライである。
「家にいる時とはぜんぜん態度が違う。こんなにお利口にはしてません」
不服そうな顔をしておられたが、カフェで愛らしく伏せているこの姿も現実であることを知って欲しい。

私が初対面でリードを受け取ってから何を観察し、何をし・何をしなかったかを紹介しておこう。

1.犬にとって初めての場所で緊張気味ではあるが、取り乱していないことを確認し「名前は?」と尋ねた。犬を触ったり優しい言葉をかけたりせず、ただリードを受け取った。

2.リードを軽く引いてガーデンへ出るのを促したが、踏ん張ったのでそのまま軽く引きずるようにガーデンに出た。目的は二つ。そうされた時の犬の反応を見るためと、排泄をさせるため。

3.犬の反応は取り乱すことなくガーデンを歩き、しばらくして私の臭いを嗅ぎちらりと私の目を見た。そこで初めて「シーシーシーシー」と言葉をかけ、動き回ろうとする犬をリードの範囲内で動くよう軽く制御した。
まもなく排尿をしたので褒めてやったが、この犬は神経質でもなく猜疑心が強い犬でもないことが分かった。
ただ、その後、肛門からウンチが覗いて一粒落ちた時の顔の動き、そしてしっかりした踏ん張り姿勢を見せるまでやや時間がかかったこと、そしてウンチの色形の状態から、それなりの緊張を持つ普通の3ヶ月の仔犬であり、食糞癖のある犬だということも分かった。

4.カフェに戻り他犬との関わりを見ながら、その落ち着きぶりに『飼主がしっかりしないと信頼を勝ち得ないかも』と心配になった。その飼主は離れた所から「オスワリ!オスワリ!」と聞くはずもないどうでもいい命令を口にしていたので私は諌めた。

5.リードを着け外を歩いた。『ダメ!ノー!』というネガティブな言葉は一切使わず、妙な動きは黙って制御し、励ましの言葉をかけ、それでも不安の色が浮かんだときは抱き上げて歩いた。抱き上げられることに抵抗せず、外の環境を観察している姿からは堂々とした日本犬の凛々しさを感じた。歩きながら再び排尿も済ませ、仔犬であることと、肝っ玉の太さを実感した。

6.カフェに戻って水を与え、身体を掻いてやるとそのまま横になって満足そうにしていた。

さて、生後わずか3ヶ月の彼女がどんな性格で今日何を感じ学んだかを考えてみよう。

繰り返しになるが彼女は気高く凛とした日本犬の血を持っている。
だが決してアグレッシブ(攻撃的)ではなく、冷静に人や環境などすべてを観察している。
そんな犬をぬいぐるみのように可愛がったり撫ぜまわしたり、命令魔になることは堪忍袋の尾を切ることを促すようなものである。

彼女は私と接する中で、排泄や運動欲求それに喉の渇きに対する潤いと快適空間など、与えられるべきものを享受し、さらに制御する存在があることに安心感を覚え、励ましを受けたり抱き上げてくれることで冷静に社会を観察でき、カフェにいる犬たちの振る舞いを見て身の程を知り・分をわきまえ、結果的に私に一目を置くようになったのだと思う。
おまけに私は彼女に一切の命令もせず、ただ掻いてやったり座ることや伏せることを自然の流れの中で促しただけだから緊張感は解けていったはずである。

短いこの欄の中でまとめるには(酔いつぶれてしまうという)限界があるから今夜はこの程度にするが、結構重要なことがちりばめられているはずだ。
 


- Web Diary ver 1.26 -