From the North Country

惜しい! 2006年02月11日(土)

  カフェに遊びに来るワンちゃん、お泊まりのワンちゃんは基本的にいい子が多く、その点は特にありがたく思っている。

今日のようにどデカイグレートデンがやってくると最初緊張するけど、ほのぼのとした性格であることが分かればとても愛しく思われるし、その犬が我らが愛犬ジェニーの荒くれ者時代の同僚であると聞けば、尚更憎めない奴に見えてくるのが不思議だ。

レッスンで週末にやってくる黒ラブのマールは、飼主の手を焼かせているからレッスンを受けているのだろうが、私にとってはとてもいい子である。
マールは犬だから自分のやりたい行動をとろうとするのは当然で、その良し悪しをどう評価するのかがリードを持つ人間に委ねられているはずだ。
そのリードを持って「えらいねぇ」といえば思うように動いてくれる優れもので、歩くのがとても楽しく2回目のレッスンとは思えない親近感がある。

お泊まり犬のシェーン君は癒し系の生後11ヶ月のゴールデンでとても愛らしい仕草と性格を見せてくれるし、今夜からお泊まりのスピッツもいいキャラをしている。

しかしどの犬も暮らしやすさに直結するあと一つが教えられていないのがとても残念である。
「それはダメ」
「引っ張らないの」
「吠えて要求しちゃダメ」
「マテ」
「妙な興奮はしないで」
以上が主な課題であろう。

それぞれは犬だから、放任すればそのような行動をとるのが当たり前。
それに対してちゃんと教えるのが飼主の役目で、それを成し遂げたときどんなにすばらしい暮らしが待っているかを信じて育てていただきたいと思う。

お預かりする私たちは一緒に暮らす時間をできれば楽しくしたいから我が家のマナーを犬たちに教えるが、お泊まり期間という短い日数にも関わらず、彼らは2日目からそれに反応をみせてくれる。
だから自宅でできないわけはないはずなのだが、愛犬の愛らしさに心奪われ「ま、いいか」と妥協してしまう気持ちが分からないわけではない。

皆さん惜しいところまで来ているのに、あと一歩のところを踏み出せていないのがもったいないと感じる昨今である。
 

アモ君の減量と私の思惑 2006年02月10日(金)

  昨日、動物病院でアモ君の体重測定をしてきた。
我が家にやって来てちょうど4週間で、2週ごとに体重をチェックして減量がうまくいっているかを確認することにしている。
やってきたときの体重は40.4キロだった。

最初の2週で2キロも落ちてしまったので、その後はちょっとトッピングとフードを増やした結果、今回は1キロ減量の37.5キロと順調にダイエットが進んでいた。
先生に言わせれば30台前半が適正なのであろうが、私たちは35キロを目標にしている。
Kいわく「それ以下だとキャラが変わってしまいそう」だからである。

太さと大らかさというのはどこか因果関係がありそうに思うのは私だけだろうか?
太っている人は大らかな傾向にあり、神経質だから痩せぎみというのは勝手なイメージなのだろうか?
その逆に、太めに育てれば犬はそうでないより大らかになる傾向は否定されるのだろうか?

肥満傾向が健康を損ねるという前提はこの際置いといて、性格だけに及ぼす影響というのは恐らく科学されているとは思うのだが…

なにもアモ君の減量に疑問を感じ、擁護しようと思っているわけではない。
後肢に負担がかかり、歩行に差し障りがあるわけだからその負担を取り除き次の処置を考えるのは私たちの責任で今後もしっかりやっていこうと思っている。

ただひょっとしたら、肥満による思わぬ好結果について考えるうち、喫煙や飲酒による弊害の総攻撃を受けている私に何かしら水鉄砲くらいの反撃できる小さな小さな光明が見えてこないかともがいてみただけのことである。
「ダメ、ダメ」流しでKは全否定している。
 

多頭飼いの傾向とプロセス 2006年02月07日(火)

  これまで何度か犬の多頭飼いによる弊害というか難しさというか傾向を書いて注意を促してきた。

一言で言えば、元来犬は群れを形成する動物だから、数が増えれば順位付けの本能がより顕在化し、グループ外の犬に対して初期行動が排他的になる傾向がありますよ、ということだった。

どういうことかというと、ブリーダーや愛好家などワンワン集団と暮らし、犬の生態や習性を理解している方は別にして、ごく普通に愛犬を家族の一員に迎え入れ、近所の犬や人ともお付き合いし、たまには公園やドッグラン・カフェなどで楽しみたいと考えていた方が複数の犬を安易に迎え入れると、とりわけ後から来た若い犬は育てやすかったけど対外的に問題がある犬になりやすいということだ。

そして私は現在、その傾向に至る貴重なプロセスを我が家の愛犬アモと居候犬ウィンピーから見出すことができている。

アモは4月で5歳になる見た目も精神的にもどっしりした犬である。
居候して4週目に入るウィンピーは1歳数ヶ月の元気で明るく荒っぽい遊びが好きで人懐っこい性格の犬だが、性格は形成途上ともいえる。

この3週間、私は特に意識することもなくこの2頭の散歩を一緒に行い、ガーデンではとりわけウィンピーがアモに遊ぼう攻撃を仕掛け、アモは迷惑なときもあったがそれに付き合っていた。
遊びがアモの大好きな引っ張り合いに及ぶとアモは力強さを見せ、威嚇ではなく場を高揚させる唸り声も出して盛り上がっていたが、最後に口から放すのは決まってウィンピーだった。

他犬とウィンピーの遊びがエスカレートすると、何をするわけでもなさそうな態度でアモが間に割って入るという行動も確認していた。
引っ張り合いの遊びの中で、ウィンピーにも唸るという反応が出始めていた。

4週目に入って、それまで他犬に対しやや緊張しながらも基本的に『遊ぼう!』というウィンピーの心情に変化が見られ始めた。
しつこく一方的に臭いをかぐ犬や、お互いをよく知らない段階で“遊ぼう攻撃”を仕掛けてくる犬に『無礼は許しませんぞ!』という態度を示し始めたのである。

今夜、散歩に変化をつけてウィンピーの行動を観察してみた。
そこにはアモのことをすっかり慕い、頼り、距離を引き離されたりすると動揺するウィンピーの姿があった。
散歩なのに臭い取りやオシッコひとつせず、離れたアモとKの姿を追い求め、それでもリードを引っ張ってはいけないことを知っているから、遠慮がちに切ない声を出し続ける群れの弱者としての態度があった。

2頭目以降の犬は先住犬が相手をしてくれるし、後輩犬は様々なルールを先住犬を観察して覚えるから飼う側にとってはとても楽に思える。
しかしそこに落とし穴があることを私たちは忘れてはならない。
最初の犬に対して人は手をかけ苦労しながら様々なことを教えてきたプロセスこそが大切であったこと、犬にしてみれば飼主と共に壁を乗り越えてきたうえに成り立つ信頼関係ができたこと、そして2頭以上の犬と暮らすと群れの一員としての本能が芽生える傾向にあることを。

ペットロス予防など一般家庭での多頭飼いの利点も大いにあることを承知しているが、せめて散歩は別個に行い、群れ意識を薄め個人との付き合いを見せておくことが今流の家庭犬に必要なことだと思い、また普通の人ではどうしようもない状況も想定に入れる覚悟も必要であろう。
 

犬の代弁者にはなれるけど 2006年02月06日(月)

  ほぼ一ヶ月ぶりに里塚温泉で疲れを癒してきた。
いつも年配の方ばかりの温泉なのに、本日はさらに『シルバーデー』と銘打っているものだから、とてものどかでまったりとした時間を過ごすことができた。
久しぶりに晴れた札幌だったが、除雪疲れかカフェの客足は遠のいていた。

最近の犬たちを見ていると、ペットブームが去ったのか落ち着きを取り戻したのかあるいは定着したのかはっきり分からないが、ブリーダーに本来の良心が戻って数よりも質を高めようとする意識が見え始めている。
吠えるダックスやチワワはいても凶暴でどうしようもない犬たちは減少しているように感じるからだ。

問題を抱えた犬たちの行動を見ていると、犬の問題ではなく明らかに飼主がそのような仕草を引き起こすような態度を良心的で無意識なのだろうが取っているのが分かる。
何故他犬に対し、むやみに吠え掛かる愛犬を抱き上げるのだろうか?
それは気弱な犬が、依存する飼主を後ろ盾に吠え掛かるという行動を肯定するだけでなく、合体してより強い自分になったとの意識を芽生えさせ、吠え立てる行動を強化していることに他ならないことを知能ある人間として理解すべき事柄であるはずなのに。

理由は明らかだ。
“実の我が子とは違い、巣立たない我が子”という位置づけで、つまり永遠にわが子であり、守らなければ壊れてしまいそうな愛しい我が子と感じているからである。

断っておくがそのような接し方を私は決して排除しないし多様な接し方として楽しんでもいる。
同様に“良かれと思い、これが自分流の愛情だ”とのオーラが出ている人には余程の迷惑を被らない限り口出しもしない。
ただ、それに起因する問題行動について相談されるとため息をついてしまう。
『いいとこ取りは虫が良すぎませんか?』と。

私たちが頑張った報酬は一ヶ月ぶりの温泉でとても満足しているけど、日々奔放に生きてきた結果ではなく、ちょっとの我慢のうえに成り立っていることを知っているつもりだ。
犬だけが表示した意思をいつも満たされていいとは思わない。
 

男の家事 2006年02月05日(日)

  腰が痛てぇ、腕が痛い!
13馬力の除雪機を使っていても、その重みをコントロールしなければならない場面はしばしば訪れるから大雪の後はやはり疲れる。
おまけに風が強いと飛ばした雪が全身に降りかかり、動く雪像が出来上がって笑われる。
明日から札幌雪祭りが開催されるが、こんな姿で出かければきっと評判を呼んで仮装大賞…には選ばれず鼻つまみ者として扱われるだろう。
何故なら犬のオシッコ臭いから。

町内ではこのところ日曜日は除雪作業というパターンが続いていて、夫婦で頑張っている姿・奥さんだけが働いている姿・父親と子供で作業する姿などを眺めていると、つい家庭環境を想像することもある。

因みに我が家では通路・駐車場・階段・車庫前・ガーデン・屋根などすべて私が除雪を担当している。
あの作業はちっちゃいKには絶対無理であるのと、私ができる数少ない家事の一つだと思っているからだ。

散歩の時の排便処理も多くの場合私の担当だ。
Kは手が小さいうえに汚いものを一気に取ろうとするから、地面や草むらに汚物を擦り付けて痕跡を残す傾向があり、その辺にこだわりがある私が
「こうやって、ひとつひとつ優しくつまんで…」と実演しながら講釈を垂れはじめると
「よっ!ウンチ取り名人!匠の技!」と茶化して話にならないから私が取るようになった。
その私も雪の上のウンチには手こずることが多い。
ウンチの温度で雪を融かしてしまうから、多めにすくったつもりでも痕跡を残して「しくじった!」と悔やむことしきりだ。

この他、洗面所のパイプの掃除・掃除機のごみパックの取替え・Kがまとめたゴミと私がまとめる犬のウンチのゴミ出し・回覧板届け・切れた電球の取替え・鍋料理の時の電気鍋の設置・トーストのマーガリン塗りなど、大体このくらいが私の家事といえば家事で、日付が変わり、こうしてくだらない話を大酒を飲みながら書いている間もKは特製カレーを仕込んでいる。
男の馬鹿さ加減と女の逞しさを思い、感謝の念が込み上げてきた。
 

大雪に負けない気持ちは犬育てに通じる 2006年02月04日(土)

  荒天は今日も一日中続いたが、カフェはそれなりに営業を続けることが出来た。
吹雪の影響で今日引き取り予定のシンゴ君の飼主は東京で足止めとなって一泊延長。
日中預かりのジェニーは嬉しいことに高速道路が通行止めとなってお泊まりとなり、今夜の我が家は犬密度が高く、左右・後ろに犬がはべり、私のベッドにはゴン太が大の字で寝ている。

閉店後の散歩の時、私の両手は鵜匠のごとぐ犬たちのリードが絡み合い、降りしきる雪の中除雪作業に励む人々にひと時の安らぎと微笑をもたらす貢献をしていたと思う。

除雪機ガロアラシ号を動かすのも人が見るほど楽ではなく結構な力が必要で、詰まるところ今日は疲れたというのが正直な気持ちである。
ただ、今日初めて来店した黒ラブには社会性も経験もなく、吹雪の天候に加えてカフェに嵐をもたらした勢いがあったが、それとなく観察した結果気質に問題はなく、ショートレッスンとそれ以上の時間をサービスレッスンに費やして、『この子にはこれだけのすばらしい稟性があり、私が今見せているこの犬の従順さを実現できるかどうかは飼主の資質に関わっているのだ!』というパフォーマンスを示して溜飲を下げた。

『うちの子はこうなんです』という愚痴はやめ、『うちの子はこうなんです』という自慢の犬に育てよう!
犬は育てたようにしか育たないものである。
育つに任せて楽しむ方法もあるが、普通の人はそれを後悔することになる。
人の子の話ではない。
愛犬のことである。
手をかけ「こうあれ!」と働きかけねばならない。
「こうあれ」!が「どうあれ」かを知らねば「こうあれ!」を教えることはできない。
だから私はいつも言う。
「犬との付き合いは真剣勝負であり、犬を育てていたつもりが実は自分を育てていたことに通じる」のだと。

今夜の大雪は只者ではなさそうだ。
このまま続けば、恐らく明日の気象情報の中で“記録的な”という冠が着くかもしれない。
『せっかくの稼ぎ時の日曜日がフイになってしまった』などとヤワな話しではなく、マジで明日の生活を無事続けることができるかを心配するような大雪だ。
まるで新しい犬と暮らし始めるときの気構えを自問する時に似ていて、真剣で且つ尊い夜半である。
どうなるか分からないけど私は明日も諦めずに黙々と除雪を繰り返すだろう。
 

問題意識を持って頑張ろう 2006年02月03日(金)

  おお寒い!
夕方の4時でマイナス11度。
30年前の札幌に戻った気分だ。

寒い冬になるとカフェを訪ねてくださる方は常連さんが主体になるということが分かってきたが、それでも新たなお客さんが無いわけではない。
愛犬のお困り事やしつけが必要と飼主が切羽詰るのは季節や寒さは関係ないから、その相談にやってこられる方も結構おられる。
特にラブクラスの大きさで、冬道の散歩が大変となって、身の危険を感じて散歩を控えると、犬のストレスが室内で爆発するパターンが多い。

今年の冬は日中も寒いから、スケートリンクのような路面はまだ少ないけど、除雪が入った後など滑りやすくなっている。
そういえば日々の散歩を欠かすことが出来ないパピーウォーカーでも、この時期に愛犬に転ばされて、骨折したり捻挫される方が毎年1件はあったように思う。

生後5ヶ月頃までの、仔犬がとても可愛い時期に、ただ可愛いと接しているだけで、以後成犬になっても『いい子』に育つ確率はどれほどのものだろうか?
『いい子』の定義によってその数字は大きく変動するだろうが、例えば『冬道の散歩が安全に出来、他犬や人と出会っても興奮することなく普通に歩ける』と定義したら、多くの場合何かしらの問題を抱える方は意外と多いものだと思う。

我が家の愛犬となって3週間のアモ君も、まだ教育段階だから時に大変なこともあるが、そのことに問題意識を常に感じて接しているからいずれ『いい子』になるのは間違いない。
冬道だから問題を感じているというのではなく夏道であっても『これなら少々引っ張られても転ばないから、歩きの訓練は先送りにしよう』などと思わず、私たちが楽しく散歩する上で必要なことを教え、不都合なことは何であるかを知らせることが、普段の散歩の大きな目的のひとつであると思っている。
そしてその先にあるのが、安心して何処へでも連れて行ける家族の一員となることで、そうなれば海やペンションなどへも気兼ねなく行くことができ、その経験の積み重ねが一層『いい子』になるという好循環が生まれるのである。

問題意識を持ってそれに対処することを諦めてはいけない。
友人のわんこウィンピーをしばらく預かっているが、繋ぐとあれほど鼻を鳴らしたり、来客に吠えていた犬が今では「そういう時期もあったね」と思わせるほどになっている。
アモ君育ても始まって僅か3週間である。
彼のいいところ気に入ってるところを伸ばし、問題を感じた部分は放置せずしっかり教えていこうと思う。

犬の散歩を、彼らの自由で開放的な放牧?の時間とさせてあげたいと思う飼主の気持ちもよーく分かるが、そればかりを行っていると後悔することになりますよ。
問題を抱えている方は諦めず適切な方法を学び、日々将来の目標を持って頑張りましょう。

【追記】
外に出てぶったまげた!
ロードヒーティングの上に大雪が積もっており、6時間も無駄な燃料を使っていたようだ。
ガーデンはそれ以上に冬の猛威が吹き荒れている。
明日のカフェに辿りつける人がいるとは到底思えない状況である。
 

カフェの内幕 2006年02月01日(水)

  今日から2月。
今月のパスタは“ほうれん草とくるみのクリームチーズパスタ”とか言っていた。
まことに申し訳ありませんが「今月のパスタセットは1050円です」とこれまたカフェがオープンしてから聞いた。
見ると、ちゃんとメニューも書き換えられていて準備の良さに感心させられた。

「5人目のお客様辺りから味が決まって美味しくできるようになったよ」とKは得意顔。
「ほお、それはすばらしい!いつもなら数日かかるのに」
4人目までのお客様、貴重なご意見ありがとうございました。

業務用の冷凍製品を使ってお食事を提供するのは簡単なことだが、カフェのスタッフは手作りにこだわっている。
まるで自分たちが楽しんでいるようだ。
特製カレーはひと口めに甘さとまろやかさを感じさせるが、次第にその辛さとコクの深さにはまり、いつもカレーばかり注文されるファンができている。
女性が食パンを2枚食べることは滅多にないが、刺激的なパニーニ(イタリア風ホットサンド)に姿を変えるとぺろりと食べることができる。
ニョッキなるジャガイモ団子の料理は、カフェをやらなければ私など永遠に知らなかったであろう。

ケーキやぜんざいもスタッフMが丹精込めて作ってくれたもので、本音はどうか分からないけど評判は良いようで、先日など母息子であんこメニューを総なめにしていってくださった方もいた。

私だって怠けてばかりはおられないので、最近はレッスンを積極的に行うようになっている。
40キロ以上もあるゴールデンのノエル君に引っ転ばされそうになりながらも、逆にその体重に支えられて転ばずに済むこともあり、お互い様の状況での訓練が楽しい。
その後に歩く同じくゴールデンのカノンちゃんの体重は20キロ前後だろうか、危なっかしくてしようがない。
私が滑れば一緒に宙に舞い上がりそうで、二人とも訓練のことより自分の足元を気にしながら、端から見れば独立独歩の世界にいるようで滑稽ではないかと恥ずかしくなる。
でも相手に出来るだけ迷惑を及ぼすことなく、気遣いながら歩くことは立派な訓練であると私は思っている。
どちらの飼主も本気で付き合っていただけそうなので、私もじっくり基礎から積み上げていきたいと思っている。

組織ではなく人と人が人生のひとコマひとコマを綴っているのが現在のカフェだから、ご利用の際は過大な期待をせず寛大なお心でお付き合いくださいますよう今後ともよろしくお願いいたします。
 

運転マナーと犬を飼う資質は共通する 2006年01月31日(火)

  2日連続降雪のない、つまり除雪作業なしの穏やかな日を過ごさせてもらい体調は復活した。
今夜もお泊まり犬と我が家の愛犬の散歩を2回にわけ歩いたが身体のどこにも痛みを感じることはなかった。

ただ今日の散歩でここ数年感じていた北海道のドライバーの運転マナーの悪さというか非常識さというか配慮に欠ける無頓着さを何度も味わった。

道路交通法では右左折する場合、その30メートル手前から指示器(ウィンカー)を出すようになっているはずだが、ほとんど9割以上のドライバーは先にブレーキを踏みその後曲がる直前にウィンカーを出すことが常態化し、何のための指示器であるかさえ理解していないようだ。

ウィンカーを出す行為は、前方・後方のドライバーあるいは通行人に自分の車が次にどういう行動を起こそうとしているかを予め伝えることで、お互いが安全に、また無配慮な迷惑をかけないようにする事前通告であるはずだ。
なのに次のようなことは少なくとも札幌では毎日のように何度も経験するのが信じられない。

例1.次の交差点で右折する意思を30メートル手前から伝えてれば、直進したい後続車は車線を予め変えることができるのに、それを直前までしないものだからその真後ろについてしまい苛立ちを感じてしまう。

例2.直線道路を運転中に携帯電話でもかけているかのように他車よりスピードを落としてとろとろ走り、直前になって指示器を出してわき道に曲がってしまう車や、指示器すらも出さずに曲がる車に遭遇する。

例3.雪道で狭くなった道路を愛犬と散歩している時、やって来た車が指示器も出していないので、慌てて道路端に避難していると、いつの間にかわき道を曲がって行って取り越し苦労になったこと。

私が30年前盲導犬協会に採用されて厳しく教えられたことの一つに運転技術とマナーがあった。
それはイギリス盲導犬協会の訓練部長ケネス・クリーから厳しく指摘されたことの伝承でもあり、現在の協会でも若き訓練士に教え継がれていることでもあるが、
『乗車している視覚障害者に不安を感じさせるようなブレーキは決して踏んではならぬ。それはあなたの状況予測がなっていないから引き起こされるのであり、そんなあなたに犬を訓練する資格などない』
『他車や通行人に対して自らが原因となる無用な行動を起こさせてはならない。そのような配慮が出来ない人間に人を指導する資格などないのだ』というものだった。

私の身体にはその考えが今も染み付いている。
だから人一倍現在のドライバーのマナーの悪さが気に掛かるのかもしれない。
前車の若者がタバコの吸殻を路上に捨てた様を見て、それをわざわざ車から降りて拾わせたYさんなら理解してくれると思う。

ウィンカーは30メートル以上手前から出しなさい。
曲がる場所が特定できなくても、とりあえず先に指示器を出せば後続車にはその意思は伝わるはずで、ブレーキはその後に踏めばよいのだ。

もしあなたが愛犬との暮らしを適切にしたいと思っているなら、あなたの運転マナーが前述の項目に抵触していないか、あるいは他者の運転マナーに疑問を感じているかを検討してください。
 

500回目前の今夜に 2006年01月30日(月)

  ホームページを立ち上げて1年9ヶ月ほどなのに、この欄が499回となっていることを知りちょっと驚いた。
今夜は500回イブ・リーチ・王手・晦日・宵宮・前夜祭である。
パーッとやりたいところだが、今日もカフェは暇で3頭のレッスンを引き受ける余裕ができるほどだったから地味に喜ぼうと思う。

その中の一頭キャバリアの小豆(こまめ)ちゃんこと、こまちゃんが面白かった。
生後6ヶ月目に入ったばかりなのだが、外に連れ出してなかったから世間知らずの無法者。
他犬に対して3〜4ヶ月程度の幼稚な接し方をして「ワン!」と叱られたり、外ですんなりオシッコをすることも出来ないでいた。

レッスン依頼を受けたので歩いてみると、首輪とリードは気にするし、自分の足で外をちゃんと歩くのもおぼつかないでいる。
抱っこして社会を冷静に見せようとすると、鷹のように鋭く尖った爪が私のセーターに刺さり、はずすのに一苦労した。

でもお互い楽しいのだ。
『パピークラスのレッスンもいいものだな』と実感させてもらった。
“ひよっこクラブ”という名前が相応しいと私は感じ、そのつもりで30分の歩行を行ったが、まあなんといろんな行動や反応をするものだと目が離せなかった。
首輪抜け、立ち止まり、こま鼠動き、拾い喰い、臭い取り、飛びつき、きょとんと観察、不安な目、抱っこ抱っこ、その他諸々真っ白いキャンパスに自由に絵を描く子供そのもので犬のしつけの原点に立ち返る機会を与えてもらった。

生後5ヶ月の犬を室内でフリーにしておくことは犬種に限らず、テロリストを合法化するようなもので、多くの場合、善良で無垢な飼主が被害に遭い「こんなはずじゃなかった」と嘆き、叱ってばかりの自分を悪魔とダブらせる悲哀を招く結果になると私は警鐘を鳴らしている。

「じゃあ、どうやって育てればいいの?」
「仔犬を繋げばキャンキャン吠える」
「叱り方はどうすればいいの?」
「こんなに犬って齧るのですか?」
「トイレのしつけは?」
「ごはんは何をどれくらい?」
質問はどんどん膨らんでくるだろう。

もし、生後5ヶ月までの犬の育て方に悩んでおられたり興味がある方はメールをください。
そのニーズが最低催行人員(現在数不明)に達すれば、いつか定休日(木曜)にでも“ひよっこクラブ”の講習会など開催してもいいでしょう。
ただし参加費は相応の額になると予想しておいてください。
日頃のカフェのレッスンのような安売りはいたしません。

恐らくこの講習会は希望者少数で、開催されることはないだろうから気楽に書いているが、『北の国から』500回記念の花火として打ち上げ、散り際を楽しむ今夜の酒の肴にはなった。
 


- Web Diary ver 1.26 -