From the North Country

団塊の世代へ 2005年11月15日(火)

  札幌における11月の太陽は昼時であっても危ういほど南に傾き申し訳なさそうな陽光をみせているが、凛として冷たく冴え渡る今夜の月は、おぼろであるにもかかわらず天高くガーデンを神秘的に照らしている。

2007年問題というのがある。
これまで戦後社会を支えてきたいわゆる団塊の世代が定年を迎え、国内企業のなかで熟練・匠の技術を持った人々が一線から離れてしまうことに関わる憂いである。

“一人の人間がいなくなったから困るような組織であってはならない”というのが経営の鉄則であり“俺がいるから組織は機能している”と思えるのが働くものの誇りである。
そして現実は経営する側も働く側も、例えばそれぞれの個人に突発的な死があったとしても組織が必要とされていれば徐々に形態を変えつつではあろうが継続するもので、本人が思っていたほど己の存在と絶対性というのははかないものであると気づく。

組織が小さければ小さいほど細部にわたる経営上の人間関係は深まり、理解ある経営者に恵まれれば勤労意欲が使命感に昇華することもある。

個人事業を営むものが政治的宗教的思想的な発言を慎まなければ経営に深刻な影響を与えることぐらいは承知したうえでちょっと書いてみようと思う。

流れ伝え聞くニュースのなかで「ん?」と素直に受け入れられない事柄がないだろうか?
「ふぅん」と思いながらもどこか引っかかることがないだろうか?

MファンドやIT関連のニュースが多い。
停滞した経済を打開し既得権益にしがみつく亡者の足元を揺るがすような行動には庶民として『してやったり』と胸のすく思いもありちょっとした可能性を感じることもあるが、ヒトとして肉体的な労働やプロジェクトX的な苦悩の果てに勝ち得た結果ではなく、頭脳と法の網をかいくぐって得る巨万の富による力の行使には素直に受け入れられない不快感を感じるのは私だけだろうか。

昔、T商事による不法な商取引の結果、会長が無残な刺殺を受ける事件があったが、若きIT関連の人々をニュースで見るたび懸念される。

鉄道に関わる運転士が運転席に我が子を入れて4分間運転したことが通報されて懲戒解雇。
運転席からの風景を撮影していた運転手もしかり。
これらは私にとってJRの脱線事故による過剰反応と思われて仕方がない。

このことに異論(正論)がありそれらに反論できないことがたくさんあるのだが、それでも人として心に引っかかる部分があるのは何故だろうか?

理屈や言葉では分かっていても、すぐには受け入れられず引っかかる部分を現代人は分析し大切に自分なりに考えて欲しいと思う。

そして、まさにそのことを若き日に感じ、行動に移してきたのが団塊の世代の人々ではなかっただろうか?
あなた方はその後の人生の中で快適さと引き換えに当時の魂を売り渡してはいませんか?
団塊の世代の人々よ、引退したからといって今流の個人・快楽主義に走ることなかれ!
余裕という力を持ってあの頃感じた人間回帰を訴えて欲しいと願う。

北国の冬にも満月は清々と真上で輝いていることを今夜は伝えたい。
 

ああ柴犬 2005年11月14日(月)

  これまでにも何度か柴犬のことについて書いてきたが、このままではイギリスのピットブルのように、いずれ日本で柴犬の飼育禁止令がでてしまうのではないかと思われるほど噛み付かれる飼主が多く、従って相談も多くなっている。

この問題について改めて私の思うところを述べておきたい。
まず、柴犬の名誉のために書くが彼らは最近になって闘争的・反抗的になったわけではなく、元来日本犬の傾向として西洋犬のように、わけもなく他人に愛想よく従順であることを潔しとせず、武士は食わねど高楊枝というような凛とした気高さがあり、この精神を侮辱する者や力ずくで屈服させようとするものに対してはその身を賭してでも尊厳を貫く魂を持っている。
にもかかわらず、ペットブームの中で西洋の愛玩犬や家庭犬のような犬との暮らし方を望んでいる方が犬種特性も見極めず柴犬を買い求め、用もないのにどうでもいい命令に従わせようとしたり、忠実なことをしたわけでもないのに目が合っただけで「よしよし」と頭を撫ぜたり、一人横になって自分の世界にいる犬をまるで猫やぬいぐるみのように触ったりすることで、日々イラつかせ柴犬の精神を陵辱していることに無頓着でいる。
もしこの国でかの時代のサムライ魂を見たければ私なら迷わず「日本犬を見よ!」と答えるほど彼らは切ないほどに自我を持っているというのに。

柴犬に代表されるような日本犬と暮らすには、礼をわきまえ、共に汗を流し、敬われるほど一途であり、情に厚く心配りができるような自己研鑽が求められる。
配達途中の雪山で遭難した郵便局員を飼い犬の柴が助けたり、亡くなった主人の傍にいつまでも寄り添う日本犬の話は数多くあるが、きっと彼らの主人は愛犬に対して前記のような敬愛を受ける暮らしをしていたのだろうと思う。

別に抽象的・情緒的なことを書いているのではない。
柴犬と暮らす場合は、礼をわきまえ=柴の特徴を知った上で正当に求めるべき礼儀を教え、共に汗を流し=生活の中に犬がいることを当然と受け止め、犬にも人の生活をしっかり見せ、共に散歩し遊びちょっと苦労する冒険のような体験を重ね、敬われる=命令魔になるのではなく自分の生活を愛犬と共に行うには絶対指示に従わせねばならぬ時があり、その意義がお互いに通じ合うほど場数を踏み、情に厚く=共有しあえた時間と多少のミスはあったかもしれないが、うまく達成できたことに対して「よくやった」の心からの言葉をさりげなく伝えれる情感、そして心配り=愛犬に対してのブラッシングや手足の手入れもあろうが、周囲に対して『我が犬は最高なれど、それは主人である私に対してであり、我が犬はあくまでも凛とした日本犬であるから慣れ慣れしくするのもされるのも潔しとはしない』ということを自覚し配慮しておくことである。

気がつくと夜中の1時半をとうに過ぎてしまっている。
すでに問題を抱えてしまった柴犬の対策を書きたかったがこの続きはいずれ。
 

冬を楽しもう! 2005年11月13日(日)

  夕べは『あずましいカフェをめざす』などと書いておきながら、今日の午後のカフェはあずましくない状況になってしまい申し訳ありませんでした。
暖かい時期はガーデンがオープンカフェとして活用できたが、こう寒くなるとたとえわんこたちは楽しそうに駆け回っていても、季節の変わり目で温度計よりも体感温度ははるかに低く感じる中、長い間外で耐えていただいた飼主の皆様には心から感謝いたします。

『じゃぁ今後改善の見通しはあるのか』と問われれば「ない」としか言えない現状であり、可能性としてはイグルーかパオ、いやワカサギ釣り用のテントがいいところではないかと思っている。
つまり最も現実的で効果的な方法は皆様の自主防衛であり『土日祝日のカフェはたまーに込み合っていることがあるから、外にほっぽりだされてもいいように完全防寒の装備を車に積んで行こう』という周到さと気合である!と頭を下げたい。

勿論、混雑している=あずましくないというわけではないから、今後とも様々なニーズにできるだけ対応させていただけるようご利用をお願いします。

外はどうしても苦手という飼主やわんちゃんには平日がお勧め。
情けない話だがとりわけ午前中は閑散としており、あずましいですぞ。(注、北海道では普通あずましいという表現は使用せず、あずましくないという用い方が一般的)

まもなく本格的な冬を迎えるが、雪と寒さをどう楽しむかが北海道の醍醐味でもある。
 

あずましいカフェをめざして 2005年11月12日(土)

  お泊まりわんこがそれぞれの家庭に引き取られたとなるや、私とKは里塚温泉へ一直線!

でもなんか違う。

カフェの後片付けをして夜の7時前に着いて夕食を済ませ、温泉で入念に身体を洗い、恥ずかしげもなくヨガのポーズをとってほぐしてみたものの、湯上りのあとわずか30分ほどで「帰ろうか?」と二人の意見は一致して家でのんびりすることになった。

あずましくないのだ。
土曜日の夜とあって温泉はそこそこ混んでおり、いつもなら平日の昼前に行って夜遅くまでの時間を、思い思いにうだうだと過ごし、飲み食いし、本を読んではうたた寝して過ごし、思い出したようにまた温泉に入るという快適パターンでやってきたのに今夜は勝手が違いあずましくない、つまり標準語でくつろいでのんびりできる状況ではなかったのだ。

そうとなれば間違いなく快適でうだうだ過ごせる場所は今の私とKにとっては自宅となる。

ところで、女にとってはどうか知らないけれど、多くの男は自宅がとてもくつろげる場所とは言えないのではないだろうか?
若い頃は外に興味や楽しみがあるものだし、3、40代になって仕事が大変になると家は単なる休養のための中継地点となり、定年間近になっていそいそと帰宅しても明らかに自分の存在そのものに違和感というかもっとはっきり言えば“迷惑”を訴える家族の空気を感じさせられる羽目になる。
つまり男にとっての自宅とは、ゆっくりのんびりできるという幻想を抱く空間であり、そうしたいと思うようになった頃には遠のいていき、強引に貫けば弾き飛ばされるか壊れてしまう、まるで虹のようなシャボン玉のようなものと定義することができる。
そして恐らく女にとっての自宅とは“亭主のいない快適空間”…なんて書いたら批判と快哉のどちらが多いだろう?

おかげさまで我が家では自宅が二人にとっての快適空間となっていることが嬉しく、その快適さのお裾分けがカフェの営業である、なんて一度言ってみたかったが勿論お裾分けをいただき、『おかげさまで』成り立っているのがカフェである。

私たちが平日の温泉で享受しているような快適さを、カフェを訪ねてくださる方にもワンちゃんを介して提供できたらいいなと思う。
 

カフェデビューの適齢期 2005年11月11日(金)

  『そろそろお引取り願えませんか?』と丁重な冬将軍の先兵の申し出に対し、腰が重く居座り続けていた暖かい秋に先兵が業を煮やしせめぎあいを繰り広げているような昨今の気候だ。

そんな不順な天候の中、初めてカフェを訪ねてくれた生後5ヶ月と6ヶ月のポメラニアンとMダックスがいた。
ポメの方は人に対して愛想が良いけれど他犬には吠えや唸りが見受けられ、Mダックスはお母さんと自分の世界に引きこもっているようだ。

「いい時期に来られましたね」
その意味が何処まで飼主の方に通じたかは分からないけど、私はそう話した。

ポメにせよMダックスにせよ、可愛い二人のわんこには将来の懸念が私にははっきり見て取れた。
今後の成長の中で、室内犬として暮らすうち身の程を忘れ分をわきまえることもなく、それでも愛され可愛がられることでそれぞれの犬たちは片や吠えるだけでなく他犬に対して立ち向かうほどの虚勢を張るだろうし、片や家族以外との接触にバリアを張ってしまうだろうと思えたのである。

いい時期にカフェに来られたことで最初は緊張していたものの時間の経過と共に慣れ始め、少なくとも大型犬に対して眼が慣れ今後の展開に良い刺激となったはずだ。

大人になり問題が顕在化してから対処するよりこの時期から適度の刺激を与えながら楽しく育てるほうが人も犬も楽しく学べる。
 

長い目と短期決戦 2005年11月09日(水)

  遅い初雪なのだから一気に根雪になって欲しかったが、それはそれはしょぼいものだった。
つまりは雪解けのべちゃべちゃ道をしばらくは覚悟しなければならないということで、北海道道民にとって憂鬱な日々が続く。

子供を育てるうえで大切な要素として“長い目で見る”ということがある。
おねしょ・いたずら・汚す等など成長の過程として誰しもが当たり前に行う行動がそれに当てはまる。
ところが、夜泣き・うそ・反抗などが繰り返されれば親はイラつきしつけなければと短期決着を求めたがる傾向もある。

幼児教育に深入りする知識はないから、これらを犬に当てはめて考えてみたい。

排泄の失敗・いたずら・噛みつきは普通どの子にもあるのだから、別な言い方をすれば長い目で見ていれば成長と共に消滅するのかといえばその確率は人の子供より相当低いと思われる。
その理由の多くは人の子供ほど飼主は犬にかかわらないのと、種の違いから生じる言語の不疎通、成長スピードの速さから相手に一歩先を行かれる戸惑いなどが考えられる。

では“長い目で見る”ということは犬に対して適切な対応ではないのだろうか。
思うに、長い目で見ていられるほど犬は悠長に成長してくれないから短期決戦が必要であるが、その対応の失敗による心の傷やそれに基づく性格形成は人の子供と同様に行われ、結果は人の子以上のスピードで表れ、さらには犬種や親からの遺伝による傾向が明確になる場合が多いようだ。

例えば、テンペラメンタル(ここでは心理的)な感受性が高い犬が飼主の無配慮の結果、排泄の失敗をした時、短期決戦とばかりに叱られたとしたら、以後その人の前では排泄をするのが恐怖と感じるようになってもおかしくない。
一方で、同じく排泄の失敗をした犬に対しネチネチ憂さを晴らしているうち、相手が唸り始めたので『この辺で止めとこう』と対処したらどうなるかは複雑な問題が入り組んでしまうだろう。
排泄などは種や月齢などによる傾向を知り適切に対処する知識が求められる。

トイレのしつけは生後5ヶ月位、いたずらは半年から2歳、噛み付きは7ヶ月から1歳、歩きの問題は10ヶ月から2歳など大まかな目安を提示することはできるが、性格形成と心のつながりは長い目で見て3歳〜5歳くらいまでかかってもおかしくはないと思う。

子供を育て犬を育てるということはちょうど今の北海道の気候で暮らす我々に似ていると思う。
愛情とは別にべちゃべちゃで憂鬱に思えることがあるけれど、『そんなもんだ』と受け入れ、雪かきスコップを準備し、生活空間を暖かく整え、自然の驚異に唖然とさせられながらも生活を維持するために立ち向かい、そんな中でも冬を楽しみ、やがてやってくる春に心膨らませる。

長い目で見ることと短期決着の取捨選択ほど難しいことはなく、答えも決して一つではない。
共に快適になるために“今をどうするか”自らと相手を考えてチャレンジすることは人生そのものでもあるように思える。
 

これもひとつの結末 2005年11月08日(火)

  老夫婦の心中事件が報道された。
その状況と事情が明らかにされるうち、凄惨で壮絶であると表現されるべき事件が、あってはいけないことだし慎むべきことなのだろうが私の中ではほのぼのと温かい出来事のように感じられるようになってしまった。

最近の心中事件は借金などによる生活苦や、己や身内の病・障害を過剰に絶望感を感じたり、不憫に思うあまり連れ合いや家族に残された様々な可能性に思い至ることなく犯す殺人であったり、あるいは『赤信号みんなで渡れば怖くない』式の集団自殺であったりする。

そんな中、お互いの将来も残り少なく、明るい展望を持てない老老介護や、重度で長期に渡る親の介護に疲れた善意の人たちによる心中事件は、とりわけ身近で経験している人間に何とも言いようのない共感を与えることがあり、だからこそ戒めとなって考えさせられる。

報道された今回の事件の概要は以下のとおり。

夫婦に子供はなく、子供のように犬を可愛がり菊を大切に育てていた。
いつの頃からか詳報は報道されていないが、82歳になっていた妻には痴呆があり、下の世話から食事洗濯まで80歳の夫が行うようになっていた。
「今まで俺のために尽くしてきてくれた妻に今度は俺ができるだけのことをしてやる番だ」
夫は近所の人にそう言いながら誰の助けも求めず献身的に介護をしながら暮らしていたという。
近所の人々も「奥さんをとっても大事にしていた」と口をそろえる。
しかし、夫の体調に異変が現れ、自らの入院つまり妻との別離が現実味を増してきた。
結果、30年も前から使われていなかった火葬場の焼却炉に薪と炭を持ち込み、灯油かガソリンをかけて妻と共にその人生を終えたというのだ。
近くに止めてあった車には、家を出て心中に至るまでの行動計画が記されてあり、通報で駆けつけた警察官が白骨した二人を発見した頃、役所に『財産は市に寄贈する』旨の遺言が届いたという。

当然ながら真実も事の事情も今となっては想像するしかない。

まず注意すべきは、介護する側に“介護する喜び”や“自分がいなければどうにもならない”という心理が芽生え、さらにはつまり愛情が相乗効果をもたらし相手を不能で絶望と看做して私物化したり、自己完結を求められるような観念を抱いてしまっていなかったかということである。

だが、心通い合う老夫婦の一方がそういう結論を導いたからといって心理分析をしたり、責めたりすることが適当といえるだろうか?
例えば、気さくな仲間たちと老老介護ができるようなグループホームを事前に作っておくこともできたはずであるが、そのようなことは健康であるからこそできることであり、老いるということは建設的ではなくこれまで積み上げてきた結果の中で自らの今後を模索するものであり、青春時代のように一途な生き方をするものではなかろうか?
一途な愛と、最低限に迷惑を抑えた周到な幕引きに心揺すられる。

この事件を聞いた感想を冒頭に書いたが、何故そう感じたかを知りたくて今夜は綴ってみた。
 

お宅の犬は? 2005年11月07日(月)

  夜半からの激しい雨が続き、朝起きてみるとガーデンは水没していた。
犬たちをトイレに出さないわけにもいかないから、濡れながら駐車場に連れ出しオシッコだけでもさせようとしたが、Mダックスのソラだけは「冗談じゃありません。この雨ですよ。」とオシッコの素振りも見せず戻りたがった。

お泊まり犬がいるとそんなことはしょっちゅうある。
しかし「そうだよなぁ、濡れちゃうもんな」と同情して室内に戻した途端にシッコやウンチをしてしまう犬たちがいることもまた想定しておかなければならないから、犬に申し訳なく飼主には失礼なのだが、十分理解していないお泊まり犬に対しては基本的に疑ってかかるようにしている。
失敗して叱られて、お互い不愉快になるよりその方がスッキリするだろう。

ソラには室内でフリーにすることを許さず、リードの範囲内で動けるようにしてそこにペットシーツを敷いておいた。
去勢もしてあり人や犬に対してとても友好的なわんこだから信用してもよかったはずである。
でもだからこそたった2泊の中で好印象を持っていたソラのイメージを壊したくなかった私はそのようにした。

その後も何度かトイレに誘ったがソラは拒否していた。
昨夜は遅くにトイレに出していたから大丈夫だろうとも思っていたが、大型犬ならともかく小型犬は傾向的にトイレが近いからやはり信用しきれないでいた。
結局私の疑念は杞憂に終わり、なんてことはない、1時間もしないで雨が上がって青空のもとでソラは満足そうに用を足していた。

“オシッコやウンチをしたくなったら自分でトイレに行って用を足す”というのもトイレのしつけかもしれないけれど、私にとってのトイレのしつけは“そろそろ用を足したくなるかもしれないからと連れ出したご主人の指示でどこでもさっさと用を足すことができる”ことでそのような犬の方が何かと暮らしやすい。
ソラの場合、“雨だ!だから嫌だというのではなく、さっさと用を足して戻ってこよう”と思ってくれたら最高である。
 

ご霊前 2005年11月06日(日)

  夕べもパソコンの前に座りこの欄を書こうとしていた。
書き込めなかった理由は、お泊まり犬サリーちゃんの睡眠妨害作業で忙しくなったからだ。
サリー(ビーグル)は今夜通夜が営まれたN先生の愛犬だ。
亡くなられた一昨日の夜から一緒に暮らしている。

その夜は、サリーは見知らぬ場所の緊張感と自宅のように好き勝手にさせてはくれない不満も重なり、殆ど私を眠らせてくれなかった。
ところが一夜明けて昼寝の時間もないカフェの看板犬を務めた昨日は、夕食が終わるといびきをかいて寝始めていた。
『このままだと、私の就寝時間がくる頃にはスッキリ目覚め復活していしまう』と危惧を抱いた私は、サリーの睡眠妨害作業を始めたのだ。
うとうとし始めたら突然大声を出したり咳払いをしたり床を叩いたりとそれはそれで頻繁に行わなければならず大変な作業だった。
パソコンのキーボードを叩き始めると数秒のうちに寝息が聞こえるので、結局夕べはこの欄を書くのを止めて睡眠妨害に集中していた。

おかげで夕べはぐっすり眠ることができ、今朝は犬たちよりも先に眼が覚めた。

「通夜の準備に入る前にもう一度犬たちを父に会わせてあげたいのですが」
先生の息子さんから今朝の10時過ぎに電話があった。
「じゃあすぐに行きましょう」
私は開店したばかりのカフェをKに任せ、サリーとアモ(ラブ×ゴールデン)を車に乗せて先生のもとへ走った。

沈み返っていた室内が明るくなり、遺族の方々にも微笑みとひと時の安らぎが表れ、よどんだ空気が動き始めN先生が喜びそうな風が吹いた。
しかし、アモは一昨日と同じように先生の枕元まで行くとさりげなく何度か眼をやったあと『もう、分かっています』と部屋を出て行き、サリーもあの時と同様に『ウソだ!父さんじゃない。』と近寄るのを拒んだ。

帰り際、子供たちがアモとサリーの毛を「棺に入れてあげる」とティッシュに包んだ。
アリー・アビー・ジョンといつも先生のもとには盲導犬からキャリアチェンジになった犬たちがいた。
今頃先生は先に逝った彼らを従え大好きな釣りに出かけているだろうか。
残されたご家族にはこれからアモとサリーが力になってくれるだろう。

さて、そのサリーちゃん。
今夜は大声を出しても揺すっても目を開けた次の瞬間にはいびきをかいて「断固寝ます!」とアモのお腹にくっついている。
もし今夜私の安眠を妨害をしなければ明日からは夕食後の睡眠を私も妨害しないと約束してあげよう。
「先生、まあそんなとこですよ」
 

N先生安らかに 2005年11月04日(金)

  「長崎さん、犬たちを今夜から預かってください」
夜7時に入った電話の向こうの声は取り乱し、泣いていた。
N先生が今日の午後3時に急死されたというのだ。
絶句した私の頭には先生の豪快な生き方が駆け巡っていた。

N先生のお父さんは日本海に面する小さな町で大きな病院を経営されていた。
もう25年近く前から盲導犬協会に多額の寄付を続けられていたが60代半ばで亡くなられ、その意思は息子のN先生に受け継がれた。
その頃から私とのお付き合いが始まり、釣り大会の誘いを受けたり犬好きな先生に盲導犬のキャリアチェンジになった犬を紹介したりした。

地元の人々の信望も厚く、細かい手作業が大好きで趣味の延長が外科手術であったとも言えなくはないほど手先が器用で繊細な感覚を持っていた先生だった。
漁師さんが届けてくれたというアワビやウニを私に食べさせるのを楽しみにしてくれた。

5〜6年前の48歳頃、動脈瘤の破裂があったものの奇跡的な生還をされた。
その時、生死の境をさまよっている中で北極海に沈み行く自分に必死で声をかけ続けてくれた犬がいたというのだ。
先生のお気に入りでその時既に亡くなっていた愛犬ジョンだった。
盲導犬の元繁殖犬で引退後に私が紹介した犬だった。

それからの先生は大好きな釣りをやめ、愛用の釣り道具を私に託し、自らは愛犬たちとの暮らしを楽しむようになった。
ただ、その暮らし方は犬第一で私から見れば溺愛であり、わがままさせ放題であった。
驚くほど犬たちは太り、美食家になっていったがどこか憎めず、その先を見るのが楽しみにもなっていた。

そんな矢先の急逝だったのだ。
53歳という若さで突然自宅で倒れ、愛犬が寄り添う中先生は逝ってしまった。
今夜私はわがまま放題に育てられたビーグルと、キャリアチェンジした元盲導犬候補生を従えて眠ることになる。
彼らには先生の亡骸をしっかり見せておいた。
今夜はただただご冥福をお祈りし、人生というものを改めてゆっくり考えてみたいと思う。
 


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