From the North Country

お宅の犬は? 2005年11月07日(月)

  夜半からの激しい雨が続き、朝起きてみるとガーデンは水没していた。
犬たちをトイレに出さないわけにもいかないから、濡れながら駐車場に連れ出しオシッコだけでもさせようとしたが、Mダックスのソラだけは「冗談じゃありません。この雨ですよ。」とオシッコの素振りも見せず戻りたがった。

お泊まり犬がいるとそんなことはしょっちゅうある。
しかし「そうだよなぁ、濡れちゃうもんな」と同情して室内に戻した途端にシッコやウンチをしてしまう犬たちがいることもまた想定しておかなければならないから、犬に申し訳なく飼主には失礼なのだが、十分理解していないお泊まり犬に対しては基本的に疑ってかかるようにしている。
失敗して叱られて、お互い不愉快になるよりその方がスッキリするだろう。

ソラには室内でフリーにすることを許さず、リードの範囲内で動けるようにしてそこにペットシーツを敷いておいた。
去勢もしてあり人や犬に対してとても友好的なわんこだから信用してもよかったはずである。
でもだからこそたった2泊の中で好印象を持っていたソラのイメージを壊したくなかった私はそのようにした。

その後も何度かトイレに誘ったがソラは拒否していた。
昨夜は遅くにトイレに出していたから大丈夫だろうとも思っていたが、大型犬ならともかく小型犬は傾向的にトイレが近いからやはり信用しきれないでいた。
結局私の疑念は杞憂に終わり、なんてことはない、1時間もしないで雨が上がって青空のもとでソラは満足そうに用を足していた。

“オシッコやウンチをしたくなったら自分でトイレに行って用を足す”というのもトイレのしつけかもしれないけれど、私にとってのトイレのしつけは“そろそろ用を足したくなるかもしれないからと連れ出したご主人の指示でどこでもさっさと用を足すことができる”ことでそのような犬の方が何かと暮らしやすい。
ソラの場合、“雨だ!だから嫌だというのではなく、さっさと用を足して戻ってこよう”と思ってくれたら最高である。
 

ご霊前 2005年11月06日(日)

  夕べもパソコンの前に座りこの欄を書こうとしていた。
書き込めなかった理由は、お泊まり犬サリーちゃんの睡眠妨害作業で忙しくなったからだ。
サリー(ビーグル)は今夜通夜が営まれたN先生の愛犬だ。
亡くなられた一昨日の夜から一緒に暮らしている。

その夜は、サリーは見知らぬ場所の緊張感と自宅のように好き勝手にさせてはくれない不満も重なり、殆ど私を眠らせてくれなかった。
ところが一夜明けて昼寝の時間もないカフェの看板犬を務めた昨日は、夕食が終わるといびきをかいて寝始めていた。
『このままだと、私の就寝時間がくる頃にはスッキリ目覚め復活していしまう』と危惧を抱いた私は、サリーの睡眠妨害作業を始めたのだ。
うとうとし始めたら突然大声を出したり咳払いをしたり床を叩いたりとそれはそれで頻繁に行わなければならず大変な作業だった。
パソコンのキーボードを叩き始めると数秒のうちに寝息が聞こえるので、結局夕べはこの欄を書くのを止めて睡眠妨害に集中していた。

おかげで夕べはぐっすり眠ることができ、今朝は犬たちよりも先に眼が覚めた。

「通夜の準備に入る前にもう一度犬たちを父に会わせてあげたいのですが」
先生の息子さんから今朝の10時過ぎに電話があった。
「じゃあすぐに行きましょう」
私は開店したばかりのカフェをKに任せ、サリーとアモ(ラブ×ゴールデン)を車に乗せて先生のもとへ走った。

沈み返っていた室内が明るくなり、遺族の方々にも微笑みとひと時の安らぎが表れ、よどんだ空気が動き始めN先生が喜びそうな風が吹いた。
しかし、アモは一昨日と同じように先生の枕元まで行くとさりげなく何度か眼をやったあと『もう、分かっています』と部屋を出て行き、サリーもあの時と同様に『ウソだ!父さんじゃない。』と近寄るのを拒んだ。

帰り際、子供たちがアモとサリーの毛を「棺に入れてあげる」とティッシュに包んだ。
アリー・アビー・ジョンといつも先生のもとには盲導犬からキャリアチェンジになった犬たちがいた。
今頃先生は先に逝った彼らを従え大好きな釣りに出かけているだろうか。
残されたご家族にはこれからアモとサリーが力になってくれるだろう。

さて、そのサリーちゃん。
今夜は大声を出しても揺すっても目を開けた次の瞬間にはいびきをかいて「断固寝ます!」とアモのお腹にくっついている。
もし今夜私の安眠を妨害をしなければ明日からは夕食後の睡眠を私も妨害しないと約束してあげよう。
「先生、まあそんなとこですよ」
 

N先生安らかに 2005年11月04日(金)

  「長崎さん、犬たちを今夜から預かってください」
夜7時に入った電話の向こうの声は取り乱し、泣いていた。
N先生が今日の午後3時に急死されたというのだ。
絶句した私の頭には先生の豪快な生き方が駆け巡っていた。

N先生のお父さんは日本海に面する小さな町で大きな病院を経営されていた。
もう25年近く前から盲導犬協会に多額の寄付を続けられていたが60代半ばで亡くなられ、その意思は息子のN先生に受け継がれた。
その頃から私とのお付き合いが始まり、釣り大会の誘いを受けたり犬好きな先生に盲導犬のキャリアチェンジになった犬を紹介したりした。

地元の人々の信望も厚く、細かい手作業が大好きで趣味の延長が外科手術であったとも言えなくはないほど手先が器用で繊細な感覚を持っていた先生だった。
漁師さんが届けてくれたというアワビやウニを私に食べさせるのを楽しみにしてくれた。

5〜6年前の48歳頃、動脈瘤の破裂があったものの奇跡的な生還をされた。
その時、生死の境をさまよっている中で北極海に沈み行く自分に必死で声をかけ続けてくれた犬がいたというのだ。
先生のお気に入りでその時既に亡くなっていた愛犬ジョンだった。
盲導犬の元繁殖犬で引退後に私が紹介した犬だった。

それからの先生は大好きな釣りをやめ、愛用の釣り道具を私に託し、自らは愛犬たちとの暮らしを楽しむようになった。
ただ、その暮らし方は犬第一で私から見れば溺愛であり、わがままさせ放題であった。
驚くほど犬たちは太り、美食家になっていったがどこか憎めず、その先を見るのが楽しみにもなっていた。

そんな矢先の急逝だったのだ。
53歳という若さで突然自宅で倒れ、愛犬が寄り添う中先生は逝ってしまった。
今夜私はわがまま放題に育てられたビーグルと、キャリアチェンジした元盲導犬候補生を従えて眠ることになる。
彼らには先生の亡骸をしっかり見せておいた。
今夜はただただご冥福をお祈りし、人生というものを改めてゆっくり考えてみたいと思う。
 

自分にゲキ 2005年11月03日(木)

  木曜日の今日が定休日であるにも拘らず、祝日であるから営業していることをご存知な方々がカフェを訪ねてくださった。
ちょっとした会員制クラブの様相を呈していて、こんなシステムもありかな?などと考えてしまったが、すぐにそれは保守化・老化への道を歩む警鐘と受け止めるべきと悪魔の誘いを振り払った。

カフェの創業精神はHPのショップコンセプトに明記されている。
本来なら新たな犬と飼主を次々に受け入れ、一頭でも多くの“困った犬”を“素敵な相棒”に育てるお手伝いをしなければならないのだが、既に仲間となってしまった飼主の方々とカフェで過ごす時間は楽しく心休まるものだから、相当なエネルギーを要する問題犬の受け入れには腰がさらに重くなっている現実を自分なりにどう処理しようとしているのか分からなくなるときがある。

以前なら相談があれば「わかりました。数回のレッスンを行いましょう」と言えたものだが、今は正直、『カフェに通い続ければ、私も勿論お手伝いするけど、他のお客さんやそのわんこたちが正しい方向性を示してくれますよ』状態になっている。
それほどカフェの意思を理解してくださっている方々に囲まれており一種のコミュニティが形成されている。

小難しいレッスンよりも同じ愛犬家として『うちもそうだったよ。でもカフェで教わってこうしたらこうなったよ』という教材となる犬を前にしての会話のほうが説得力もあるし飼主のモチベーションを高めることができるだろう。
より理解と認識を深めるための理論や私の考え方それにちょっとした技術を提供することで実学的な道場ともなりうる。

「どうしたらそんなにおりこうになれるんですか?」
レトリーバーなのにハーネスとロングリードを着けて制御不能に陥っている飼主から、散歩中そう尋ねられたSさんは
「それをはずして首輪とリードにすれば解決の糸口になりますよ」と答えられたと伺った。
我が意を得たり!である。

犬が引っ張るからロングリード、引っ張ると首に負担になるからと獣医に言われてハーネス。
それで物事が解決するはずはなく、終いには散歩中、前から人や犬が来たら道を曲がるとか犬を抱きかかえるとか、およそ進歩のないドツボにはまる暮らし方をする飼主が溢れている。

何故、犬をそこまで無能な存在と見ることができるのだろうか?
何故、彼らの知性と理性を信じないでイヌと扱うのだろうか?
私にはそれが悔しい。
無能と見られる犬は無能になり、イヌと見られた犬はイヌになる。
犬は飼主に似るというのはそのことも含めての話であろう。
人も犬も変化することができるのだから、チャレンジを忘れてはいけない。

今夜は自分にも言い聞かせている。
 

♪やっぱ牛乳でしょ♪ 2005年11月01日(火)

  久々に銭湯へ行って戻ってきたら寒気がする。
身体が『あれは温泉じゃない!』と叫んでいるようだ。
そういえば風呂上りにタバコを吸うと味が変だった。
湯冷めするような不摂生をしたわけでもないのに、こんなに早く風邪なんてひくものだろうか?
今日も一日体調は悪くなかったし、カフェには咳き込むお客さんもいなかった。

ともあれ湯上りのビールのあとに感じた寒気から身体を温めるため、取って置きのお酒“菊水ふなぐち”を飲み始めたらしばらくは持ち直していたのに、焼酎に代えると今度は喉が痛くなっている。
ウィルスが入り込んでしまったのだろうか?

今週は定休日の木曜日が文化の日で祝日だからカフェは通常の営業となる。
そのためにも適切な処置をせねばならず、焼酎のあとは15年物のローヤルを仕方なく飲むしかないと決めている。

ところで、このように私にとって元気の源になるのが各種アルコールだが、犬にとってのそれは何になるかと問われたら私は迷わず『牛乳』と答える。
にも拘らず、最近の愛犬家は犬に牛乳すら飲ませたことがない方が多い。
『下痢をする・アレルギーになる』と教えられ思い込んでいる方があまりにも多い。

ラブラドールなんかが10頭以上も仔犬を産んだり、未熟児でおっぱいも吸えない仔犬がいたり、血液型不適合の母子間では人工哺乳を行わなければならないが、そんな時昔から使われていたのは牛乳である。
牛と犬の必要栄養素の違いで、牛乳に卵黄と蜂蜜を暖めながら調合するのだが、それで彼らは見事に乳児期を健康に育っていったものだ。
ウンチが硬すぎると蜂蜜を増量し、柔らかいときは減量した。
今ではエスビラックなどの粉ミルクもあるが、元々犬たちには牛乳が適合している。
犬用と称する牛乳などでなく普通の牛乳である。

あれだけの栄養素を含んだ飲料を犬に与えることに何を躊躇することがあろう?
何も急性アル中症状を起こさせるほどドカンと飲ませよと言っているのではない。
中にはごく稀に体質に合わない話を聞くこともある。
しかし、たくさんの方が思っているような牛乳アレルギーや下痢など犬にはない。

ごく少量からはじめても犬たちは喜んでフードを食べるようになる。
これは犬にやってはいけないことだが、良質のドライフードに砂糖と牛乳をかけると歯ごたえのあるコーンフレークのようで美味しかったですぞ。

♪山は富士なら酒は白雪♪
♪人は酒なら犬は牛乳♪
♪もっともっと牛乳♪
♪やっぱ牛乳でしょ♪
一部ちょっとローカルなコマーシャルソングを入れてみた。
産地消費を促進しよう!
北海道はいずれ独立するのだぞ!
北海道・沖縄開発庁なぞもうないのです!
『モナリザに会いたければフランスへ来い』
『美味しい牛乳を飲みたければ北海道へ来い。北海道では犬もたらふく飲んどりますぞ』

身体の中では風邪とアルコールが戦っているが、意識は既に酒が勝利して朦朧となっているようなのでお開きとしよう。
開きといえば、ホッケの・・・
 

深まる秋 2005年10月31日(月)

  昨日の早朝、ガーデンにお泊まり犬を出していると、北側の家の向こうで賑やかな鳥の声が聞こえる。
この辺では聞きなれない声に、カモメがこんなところまでやってきているのかと思いながらふと上空に眼をやった私は「おぉ!」と声を上げた。
数十羽のオオハクチョウの一群が見事なV字編隊を組みながら南へ飛行していたのだ。
正確にはV字の先端に3〜4羽の群れの幹部と思しき鳥たちがいた。
苫小牧のウトナイ湖で羽を休めるのか、それとも一気に大沼まで飛んでいくのだろうか?
『冬はもうすぐ傍まで来ているよ』と白鳥に教えてもらった気分だった。

ただ、去年の今頃は既に雪が降っていたが、カフェ周辺では初氷もまだない。
もちろん、ストーブは焚いているけど冬の気配というより、モミジとナナカマドの燃えるような真っ赤な葉と白樺やニセアカシアの黄色い葉がガーデンに舞い降りる深い秋色をしている。

明けて11月となった夜中、Kとガーデンに出て「おぉ!」と再び声を上げた。
満天の星空がそこにあった。
オリオンの中に細かい星が見えている。
小熊座が視力の衰えた私の眼にくっきりと映し出され、さらに眼が慣れてくると宝石をちりばめたようなきらきらした輝きが次々に広がっていき、とどめを刺すように流星が消えていった。

今夜はもう一枚薄掛けを羽織って寝ることにしよう。
 

耳毛抜き 2005年10月30日(日)

  ここんところ私の散髪はJラッセルのケイトの父さんの店でやっていただいている。
1ヵ月半か2ヶ月と一般的にはちょっと長めの間隔なのだろうが、協会で働いていた頃は年に4回だったからそれから比べると最近は頻繁にカットしているほうだ。

ところが3週間もすると耳毛が伸びて外にはみ出すようになる。
自分で気付いていても「ま、いいか」と思っているのだが、「みっともない」と言われ仕方なくシェーバーで奮闘するが一向にうまく剃れない。
するとKが毛抜きを持ってやってきてこれまでに2回耳の毛を引っこ抜かれた経験がある。

「イテッ!痛い!」
マジに痛い瞬間が何度もある。
ケイトの父さんなら剃刀でガシガシと気持ちよく剃ってくれるのに…

そんな痛みを知っている私に今日トリマーのノンちゃんが応援を求めた。
「耳掃除をするのでちょっと手伝ってください」
相手のわんこはMシュナウザーのモカちゃんだった。
ノンちゃんの手にはコッフェルがあり、それで耳毛をむしりとるというのだ。

シュナウザーの場合、耳毛がどんどん伸びて放置しておくと耳が遠くなるほど詰まってしまうのだという。
これまで毛抜きを何度か経験済みのモカは、抑える私の手の中でじっとしている。
「イテッ!ウゥッ!」
モカの代わりに私が声を出していたが、やはり何度か痛い時もあるようでピクンと動こうとした。
見ると身体に生えている黒く長い毛と同じものが耳の中から何本か引き出されているのだ。

「鼻毛カッターみたいなもので代用できないのかなぁ?」
耳毛を引っこ抜くノンちゃんもちょっと可愛そうと思ったのか「今度試してみます」と言ってくれた。

それにしても気の毒な犬種であると思ったら、私の耳毛がまた伸びていた。
 

堕落論 2005年10月29日(土)

  まずはお知らせから。
来月11月29日(火)30日(水)を臨時休業とし、翌日の12月1日(木)の定休日と合わせ3連休とさせていただきます。

先月あたりから定休日にもお泊まり犬をお預かりする週が続いてゆっくりする時間がとれなかった。
年末年始のお泊まりも決まっているので、どこかで休養できる時間が欲しいと思っていたら、
「休ませろぉ!年寄りを働かせるなぁ!」とKが朝からシュプレヒコールをあげはじめたので、慌てて調整した臨時休業ですがご容赦を。

さて、今夜は体に良かったことの報告をいくつか。
予め断っておくが、私は怪しげな食品や勧誘には懐疑的であり、悪徳業者からすればそんな人間ほど騙しやすいという傾向があるということに留意願いたい。

昨年のいつ頃だったろうか、私の膝は悲鳴を上げ、歩くこともままならなかった。
病院では棚障害と診断され手術を勧められたが、カフェを始めたばかりで休むわけにはいかない私は按摩治療を続け何とか凌いでいた。
そんな時友人から勧められたグルコサミンとコンドロイチンの健康食品が良いというので飲んでみたら、数日ですぐに痛みがなくなり現在に至っている。
ただ、膝の中の状態は回復したとは思っていない。
力いっぱい蹴ることはできないし、立ち上がるとき痛みこそないけれど違和感と『あの時の痛み』への不安感はある。
痛みを軽減し、スポーツができるとまではいかないが日常生活に支障なく生活できるようになっている、という点でよかったと今のところ感じている。

次に水。
活性水素水というのがある。
ただのアルカリ水とはパワーがちと違うようで、鉄が錆びるように身体も酸化して老化するらしいが、この酸化を阻止する役割を活性水素が多少なりとも担ってくれるらしい。
本当かどうかはわからなかったが騙されたつもりでウン十万円の器械を昨年の今頃カフェに導入した。
Kは犬の毛アレルギーが改善され、私は何年も前から頭皮にあった大きなイボが消え、スタッフの月に2回癲癇を起こしていた犬から発作が消え、他にも排泄臭が消えたとか報告を受けているし、来店の度その水だけを好んで飲む犬もいる。
まるで科学的根拠のない誇大広告の片棒を担いでいるようで心苦しいが少なくともカフェで体験したことである。

最後にヨガ。
車をバックさせる時、後ろを振り向くだけで心筋梗塞かと思うような苦しさと胸の攣るような痛みが私の身体を襲っていた。
按摩の時、太ももやお尻の筋を揉んでもらうと痛かったり気持ちよかったりした。
それがヨガをやるようになってとても楽になった。
要はストレッチなのだが、呼吸法と組み合わせ心身のバランスを整えることで効果はさらに上がるようだ。
特に自重を利用したポーズがツボにはまると、揉んでもらっていた筋がなんと心地よく伸ばせるものかと癖になっている。
勿論膝を支える周辺の筋肉も楽になってきた。

大酒を飲みタバコも吸う私だから身体のあちこちは大変である。
せめてその償いと補修のためにいろいろ試していることを報告させていただいた。
キーワードは“楽にできること”だから当てにはならないだろうが。

補足になるが温泉は絶対捨てがたい。
身も心も癒される。
少なくとも月に2回それぞれ6時間以上はその場所で過ごし、飲み食いし、本を読み、うたた寝したい。
そしてKと私の次なる目標は電動マッサージ器の購入であり、その情報集めをしている。

働きながら人生を休み楽しめることが今はうれしい。
 

総合学習で来店する子供たちに 2005年10月26日(水)

  カフェの近くにある中学校の生徒たち数人が明日の定休日にカフェを訪ねることになっている。
総合学習の一環として盲導犬について学びたいのだという。
担任の先生から依頼の電話があったときは、直接協会を訪ねるよう話したが都合があわなかったようだ。

子供たちに盲導犬のことを話し、使用者の体験談やパピーウォーキングのことを知ってもらうということは、将来に対する“種蒔き”である。
それは、いずれ協会への寄付に反映されるだろうし、パピーウォーカーの拡大や優秀な盲導犬歩行指導員の育成にも繋がるかもしれない。
何より視覚障害者と盲導犬の社会参加に対する理解に大きな影響を及ぼすと期待してのことである。

山に木を植えるような遠大なプロジェクトのように思えるが、私のように25年も盲導犬に携わっていると、木が育つより早く結果が出ることも知っている。
10歳のときに盲導犬の授業を受けた子供はすでに35歳を過ぎているのだから。

「私の姉は盲導犬を使用していたんですよ」
お泊まりの相談で今日初めてカフェを訪ねられた女性が唐突に話された。
「ずうっと昔。協会ができて間もない頃です」
何故か私にはピンときた。
「Sさんですか?」
その女性は驚いたように「そうです」と答えられた。

Sさんは北海道に盲導犬協会ができて間もない昭和40年代の終わり頃盲導犬を取得された。
妹さんの話によると「姉はとても明るくなり行動的になりました」ということだった。
しかし、交差点を横断している時、彼女の横断を待っていた車の後ろから追い越しをかけてきたタクシーにはねられてしまった。
幸い大きな怪我にはならなかったが、彼女のショックは大きく以後盲導犬と歩くことはなかった。
その後彼女の盲導犬は帯広の点字図書館で働く男性の元で働いた。

私が現役の頃、“盲導犬に関する事故”について調査したことがあり、彼女の事故についても調べていたから今日の話にピンときたのだろう。

思えばいろんな経験と知識を私は未だに持っている。
明日カフェを訪ねてくる子供たちには短い時間であろうが多くのことを伝えてあげよう。
 

暖かでのどかな秋に 2005年10月24日(月)

  10月の札幌は暖かな日が続いた。
1週間ほど前からカフェでは暖房を入れることが多くなっているが、エアコン暖房で十分間に合っている。
灯油高騰のおり大助かりだ。
おまけに今日はお昼過ぎまで暖房不要の暖かさで、ガーデンにいるだけで幸せな気持ちになれた。

そんな暖かさに誘われたのか、いつもなら車で来店されるNさんとSさんがゴールデン・Mダックス3頭それにチワワを伴い歩いてカフェに向かわれたようだ。
ところが車で走る道路ではなく公園や住宅街の生活道路を散歩しながら歩いているうち道に迷ってしまったらしい。
『のろしを上げよ』との連絡がカフェに入り大笑いしていると、しばらくしてぞろぞろとやって来られた。

知人からしばらく預かっているというNさんのゴールデンは、前回来店のとき他犬の接近に対してガウガウと威嚇的な態度をとり、3回ほど私のパンチを食らっていた。
「ようやく歩きやすくなったんですよ」とNさんは話され、ガーデンでの様子を見ていても他犬に対して表情が温和になっていたのに驚いた。
前回パンチを見舞ったとき私の右手の指の付け根がみるみる腫れ上がった。
「へぇ、そこまで思いっきりぶん殴るんだ?」とケロッと言われたが、そんなことしてたら私の手はもちません。当たり所が悪かっただけのことであるのでお間違いなく。

のどかでゆったりとした時間をしばらく過ごされたあと、お二人は帰り支度を始めた。
「あっ!?財布忘れた!」
あまりの天気の良さにお散歩気分で家を出たNさんとSさんは二人とも財布を持ってこなかった。
カフェは再び大笑いとなり、「車で自宅まで送りますよ」という私の申し出を振り切って、二人と5頭はニコニコしながら暖かな外へと消えていった。

チワワとダックスそれにゴールデンの歩幅の違いに二人の人間が混ざり合って歩く姿にKと私は思わず顔を見合わせ
「大丈夫かぁ?」と笑った。

明日は10度も気温が下がるという。
最後かもしれない今年の暖かな秋の一日だった。
 


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