From the North Country

ご褒美は人にも必要 2005年10月12日(水)

  気が抜けたような脱力感とその隙間を埋めるように疲れがどっと出てきた。
しばらく続いていたお泊まり犬たちを今夜無事お返しすることができたからだ。
お預かりしているわけだから、どんなに親しいわんこたちでもやはり気を使う。

気を許すあまりの逃亡は織り込み済みだけれど、最もあり得る危険である。
室内で開放している分、予期せぬいたずらや排泄の失敗予防に目を光らせなければならない。
美味しいと思わせる食事を与えたいが、肥満度やウンチの状態アレルギーの有無に配慮が必要だ。
日中は看板犬を努めてもらっているが、訪ねてくる犬によっては危険もあるから即座に相性を見極めて対処しなければならない。

ただ当たり前と言えば当たり前、不思議と言えば不思議なことで、お泊まり犬同士のトラブルは皆無と言っていい。
ある種のコミュニティーが出来上がり、他人といえども仲間なのだろう。
つまり、同じ釜の飯を食う犬たちは犬種や経歴は違えども、私を中心にそれぞれを認め合うことになっている。

ここで注意すべきは『犬って凄いな』と思うことではなく、コミュニティー以外の犬たちに対してより排他的になる生き物だから、それは私の望むことではないということを犬たちに毅然と伝えることであり、その兆候を発見したときに対処しなければならないことも、お泊まり犬を受け入れる際に神経を使うことなのである。

まあ、そんなこんなのお泊まり犬から開放され、今夜はどっと疲れがでて且つ自由な夜となった。
誰しもそうであるように個人的な心配事も背負っているから、奔放とまではいかないけれど、今夜と明日の定休日はKと私にいろんなご褒美が許されるはずだ。

私たちにとってのご褒美は里塚温泉で充分である。
明日は天気もよさそうだからそれにドライブでもプラスすれば最高の休日になるだろう。
 

飲み会の前に 2005年10月11日(火)

  今日ひょっこりと秋田の力がカフェに現れた。
いろいろ事情があったようだが私に会うのも大きな目的で、今夜一緒に飲むことになり、その前に慌ててこの欄を書いている。

さて、力を案内してきたのがパピーウォーカーのM氏と人妻MでM氏は黒ラブのごんたを伴い、人妻Mはウィンピーを連れていた。
彼女は盲導犬の適性にはずれキャリアチェンジとなったウィンピーを引き取り、再教育して姉妹の家で暮らしせるようにしたいらしい。

1ヶ月以上の盲導犬協会での生活がウィンピーには負担だったようで、一目見てその緊張感とストレスによる表情の変わりように驚かされた。
しばらく様子を見て、刺激を与えたり散歩に連れ出してみた私なりの結論は、「出所した人間ならしばらくは旨いものと温泉にでも入って休養したいと感じるだろう」というもので、実際のところ1ヶ月のストレスを受けたのなら最低2ヶ月は回復に必要だろうと思った。
警戒心と緊張感が強い犬は盲導犬には不適格だから、次の生活を考えたならもう少し早く結論を出してあげればよかったのにと感じる。

カフェでのウィンピーはいつものようなリラックスはできず、絶えず人妻Mの傍から離れたくない様子だった。
時間を費やすというか時の流れが今は必要だから、気楽にのんびり多少は羽目をはずすことも受け入れるしかないだろう。

もう一頭のごんた君は生後4ヶ月というラブの元気さを発散していた。
カフェをやって気づいたことは、盲導犬のパピーのほうが一般のラブよりも活発で制御が大変なことである。
すさまじい動きに全く悪気は無いのだが、他犬には大いに迷惑となる。
この活動性は将来頭の良い犬になる前に引き起こされる脳内の化学変化による爆発だろうと私は思っている。

時間となった。
酒による脳内の大爆発を力と共に起こしてこよう。
 

悲しいけれど愛情だけでは… 2005年10月09日(日)

  カフェを訪ねてくださる飼主の、愛犬に対する思いには人としての優しさを感じさせてくれることが少なくない。
その思いに愛犬が応え、羨ましいほどの繋がりをみせてくれる時、心はほのぼのとし温かくなる。
しかし、飼主の愛情が如何に優れていてもそれに反する態度を示す犬は意外と多く、どうやら飼主の優しさだけが愛犬との楽しい生活を保証するものではないようだ。

いいわんことめぐり合えた時は、愛情だけでうまくいくことも大いにあり得るが、そんな曖昧なことで自分たちの生活を賭けるわけにもいくまい。

今日のカフェにも優しいご夫婦が困った犬を伴って来店されていた。
「前犬のポメラニアンには手を焼いていたのですが、この子は大人しかったものだから、いい子に育つと思ってました。それが…」
物腰が優しいだけに気の毒だったが、せめて前犬の失敗を活かしておけばよかったのにと残念に思った。

小型室内犬であるがために仔犬の頃はか弱そうに見えて必要以上に寵愛され、世間を知らないまま成長を続け、家族の懐や膝の上が安住の場所となる。
自宅内が自分の(安全な)世界と認識し、来客などの侵入者を排除しようとの意識が芽生えるのは自然な流れだろう。

仔犬の頃の感染症にはそれなりの配慮も必要だが、飼主の役目は犬体の安全にのみ向けられるべきではなく、人と暮らす上での基本ルールを並行して早期のうちから学ばせるという意識が一般的に認められるようになって欲しい。
微力ではあるけれど、その一助となりたい。
 

自力と他力の使い分け 2005年10月08日(土)

  「あんなこと書いて大丈夫ですか?読むほうは面白かったけど」
前回のこの欄に書いたことを心配して何人かの方が忠告してくださった。
「じょぶじょぶ、大丈夫」
私はニコッとしてそう答える。

夕べからの雨とスッキリしない空模様で3連休初日の来客は少なかった。
「ガーデンのコンディションも悪いし、今日は暇でありますように」と経営者にあるまじき言葉を朝から口にしていた。
『今日はお泊り犬で日銭は稼げる』という将来を見据えない甘い生き方がその根底にあり、一方でこのカフェの将来を危ぶむ気持ちもあった。

でもその祈りが通じたおかげで、勇ましく吠え立てながらやって来た初来店の黒ラブに、せっかくの休日の午後を楽しんでいた時間がぶち壊される被害を受けた方も少なくてすんだ。

そのラブはハルティ(ジェントルリーダーも原理は同じ)という牛馬に用いられる鼻先?制御の原理を用いた他力本願の口輪をしていた。
紐が接触する鼻の頭は禿げてしまっており、マズルコントロールが必然的になされるから、引っ張ることは無かったけれどメンタル面までは制御できないから吠えまくっていた。
そもそも引っ張り防止や無駄吠え防止などの創作道具はいろいろあるけれど、飼主がきちんと対処しないと根源的な問題は解決しない場合が多い。
一つの問題行動を解決しようとしてその部分にだけ有効な小道具を使っても、結局は他の面にポコンと膨らみ(新たな問題行動)が生まれるだけだろう。

この勇ましいラブのリードをハルティから首輪に付け替え、ちょこちょこっと私が制御した途端、まるで石炭がダイヤモンドに変わったような輝きを見せ始め、私自身いや驚いた驚いた。
いつも書いているように私の制御というのは叱るのではなく我に返すということであるから、このラブもキョトンとしていたが、そのうち『頑張らなくてよい』気楽さが気に入ったようにとてもリラックスするようになった。

初対面の印象が悪い分、『いい子だ』と思うにはギャップがあるが、それを乗り越えて私に『いい子だ』と思わせたのだからいい子なのだろう。
「問題は飼主にある」と言ったら、また皆さんを心配させることになるので、「飼主の方がちょっと学べばもっともっといい子になる」と言い換えておこう。

「凄い!うちの犬じゃないみたい」と感心してくれるのはありがたいけど、飼主にそうなる方法を分かりやすく伝授する話術と技術を身に付けていないのが悔しいし、犬に教えるより人に教えるほうがずっと難しいと感じる。

夜、生協に買い物に行ったKが、「ずいぶん空いてたよ」と驚いていた。
暇だったのはカフェだけではなかったようでホッとした。
 

心の叫び 2005年10月05日(水)

  今日は数日来の疲れもあり落ち込みのひどい一日だった。
秋晴れの爽やかな日でもあったので、私はガーデンの草刈に励み、数少ない常連の方と午前中はとてもリラックスしていた。

午後に入ると、問題犬チワワの茶々丸クンがやってきた。
気に食わないと飼主まで血に染めさせてしまうワンちゃんなのだが、飼主の方は本気で“茶々丸改造計画”の拠点としてカフェを選ばれたようだ。
血統的な要素が茶々丸の攻撃的・反抗的な性格を形成しているので、改造にはかなりの時間がかかることを初回来店時にお話しておいた。
ここでめげてしまう飼主が大半なので、以後来店は無いかと思っていたら週に何回も来店され私自身驚くと共にその本気度を感じ始めている。

そんな時間も束の間、次にやってきたのは生後3ヵ月半の柴犬だった。
1時間ほどガーデンでの様子を見ていたら、飼主から「本気で噛んでくるんです。どうすればいいでしょうか」という相談。
『さもありなん』と思わせるほどの闘魂溢れたガイである。
レッスン依頼をしぶしぶ受け、『たかが3ヶ月半』と大いに油断し、噛まれることの事前の準備もしていた私を奴は本気で噛んできおった。
右手に負傷を負いつつ手篭めにすると、近隣諸国に届きそうなくらいの悲鳴を上げ、その声だけは『か弱い僕に何をする!動物虐待で訴えてやるぞ!』と叫んでいた。

ショートレッスンを行いながら、この犬の将来の危険に思いを馳せた。
柴犬のブリーディングを行っている君たち。
家庭犬としての柴犬を繁殖させるなら、親犬の稟性の中に、人に対する一点の攻撃性も無い犬しか繁殖に用いるな!
もし、柴犬保存会(ありそうな会ですな)のように、日本古来の勇猛果敢な柴犬を継承したいと考えているならその子孫を、愛玩犬として暮らそうと考えて購入する善意の一般人に及ばないよう専門的な人々で受け継ぐ配慮をしろ!
そんな怒りが沸々と湧き起こっていた。

気を沈めカフェに戻った私は飼主に告げた。
「このままほうっておくと大変なことになりますよ!」
カフェではこのパロディに笑いが起きたが、恐らくこのままだと家族は勿論、他人や他犬に大怪我をさせる犬になってしまうだろう。
そうなればこの柴犬の命すら危うくなり、それなりに付き合うのときちんと対処することのどっちが動物愛護に繋がるのか、法律の適用基準を明確にしてもらわねばならないと思った。

行政は『訓練が行き過ぎている』という通報を受ければ訓練した人間を処罰し、『噛まれた時点で報告してもらえればその犬を殺処分できたのに』と訓練者に同情するだろう。
『こんな犬でも運命でめぐり合った犬だから何とかしてあげたい』という飼主の思い入れと『ならばできるだけのことで何とかしてみよう』という訓練者の葛藤は、二の次とされてしまうに違いない。

『余計なかかわりは持たないほうがいいと』半分思っていたら次の来客。(今日の話は長くなりそう)

遠慮がちに申し訳なさそうに、「5ヶ月前に駐車場に捨てられていた犬を飼いました。獣医さんに聞くと柴犬と北海道犬の雑種ということですが、とても困っています」
(最悪!…)私の憂鬱は頂点に達した。

連れてきた犬は恐怖におののき、地面に這いつくばって抵抗していた。
胃がきりきりしながらも私は作り笑顔を浮かべ、ガーデンに招き入れた。
捨てられた過去の経験、その間にあった恐怖体験、空腹と絶望、今となっては想像の域を超えることはできないけれど、決して消えることの無い記憶に支配された犬がそこにいた。

でも、柴犬と北海道犬のミックス?
いい加減なことを言う獣医もいるもんだ。
純粋な雑種で洋犬の血も入っており、混じった犬種を特定するなんて不可能、少なくとも柴と北海道犬の混血ではないじゃないか。

レッスンを行いアセスメントの結果を私は告げた。
「この犬は何とかなりそうです。しばらく通えますか?」
「はい!」という飼主の声を掻き消すように「えぇー!いいなぁ!」という声が先の柴犬の飼主から聞こえてきた。
『まだいたのか!』
商売人として禁句の言葉が口から出そうになった。

両者ともカフェを気に入ってくれたようで、しばらくは通われるらしい。
満更でもないが、そんな犬ばかりじゃ嫌ですからね。
うちは駆け込み寺じゃなくドッグカフェですぞ!
たまたま今日は空いていたから受けただけですぞ!
心の中でそう叫んでいた。
 

結末 2005年10月04日(火)

  今朝というのか昨夜というのかルイ君は3時10分から騒ぎ出した。
寝室から遠くで聞こえるルイ君の声は、連夜傍で聞かされていた私にとっては騒がしいものではなかったが、Kにとっては寝るに寝れないものだったようだ。

「ジェニー!ほれ、騒いでるよ!」
私は暗い部屋から声を出し、ジェニーが階下へ降りていく足音がないか聞き耳を立てた。
しかし聞こえるのはルイ君の吠え声だけである。
もしやと思いベッドの右下に手を伸ばすと、そこに寝ている柔らかなジェニーの手触りを感じた。
「ジェニー行っといで」という私に
「嫌ですよ。まだ起きる時間じゃありませんから…」
というように深いため息のあと寝返りを打ってしまった。

私も遠くの声がいつしか気にならなくなり眠りに落ちた。
5時頃ジェニーが部屋を出て行き、その時になってルイ君の声がしてないことに気づいた私はしばらく聞き耳を立てた。
うつらうつらとしながら『まさか、心臓発作でも起こしてうっ死んじまったわけじゃないよな』などと気になり始めた私は結局寝ぼけた身体を起こし、ふらふらと階段のところまで行ってそこでため息をついた。
下からはつぶらな瞳を輝かせたルイ君がこちらを見上げていたのだ。

その後私は8時まで眠った。
起きてみると昨日までは「お疲れ様。大変だったでしょ」と気遣ってくれていたKの機嫌が悪い。
3時10分から1時間ルイ君は騒いでいたらしく、今朝は彼女が寝不足になっていたのだ。

夕方、ルイ君にお迎えが来た。
ご主人に尋ねてみると、毎日朝4時過ぎから散歩をしているとのことだった。
くわばらくわばら。勘弁してよぉ!
 

ルイ君は眠らない 2005年10月03日(月)

  今朝は3時に起こされ、私の予想は見事にはずれ返り討ちに遭ってしまった。
とにかく眠らないルイ君だ。
日中はカフェで休む暇もなかったはずなのに、夜中になるとしっかり起きて騒ぎ出す。
「うるさい!」
ルイ君を叱る自分の声で私もすっかり目覚めてしまい、そのうち“何を要求しているのか”はっきりと知りたくなった。

寝室から居間に移しソファに腰掛けてタバコを吸いながら、ルイ君が何をしたいのかを観察した。
オシッコでものどが渇いたのでもなさそうだ。
明かりをつけた居間のベッドに伏せてすやすやと眠り始めた。

11歳のルイ君には精神的にも老化が始まっているのだろうと思った。
盲導犬協会で勤務していた頃、週に何回かの宿直があって犬舎の詰所で眠るのだが、そこには老犬が何頭かいて状態が悪い犬のケアをすることがしばしばあった。
点滴をする犬、昼夜が逆転した犬、数時間おきに寝返りを打たせる犬、夜食や下の始末が必要な犬。
その犬たちの子供時代からを知っている私には、犬の一生の短さを辛く思い知らされたものである。
その犬たちの中で、静寂に心を乱し暗い部屋に不安を感じるようになる老犬が何頭かいた。
だから私が宿直のときはラジオをかけ部屋の灯りはつけたままで眠るようにしていた。

11歳にしては早すぎるルイ君だが、恐らく後肢の弱体化に比例するように精神的に寂しく依存的になってしまったのだろう。

多くの飼主はこんな時のことまで考えて愛犬と接しておられるだろうか?
一人にしても不安にならないように気を使っているだろうか?
犬の満足を満たすことを“可愛がる”ことと勘違いしていると、これから先間違いなく訪れる病気と老化の時期に苦しむことになるだろう。
飼主が離れた途端に騒ぎ出し、戻ると喜びと興奮のあまり呼吸困難に陥るようなことが実際に起こるのだ。

幸いにもルイ君の興奮は少なく、ただ人恋しいだけである。
そして今夜頼もしい助っ人が現れた。
レオンベルガーのジェニーだ。
階段の昇降ができないルイ君を昨夜抱っこして降ろそうとしたら私は息切れし階段に座り込んでしまったので、今夜はカフェにタオルケットを敷いてルイ君のベッドを作った。
灯りはつけたままにしてあるが、たまに「フゥーン」という声が聞こえる。
すかさずジェニーが降りていってカフェで寝てくれているのだ。
人恋しく寂しがるルイ君にジェニーが代わりを努めれるものか楽しみにしている。
どんな結果になろうとも今夜が最後のお泊りだから、失敗しての寝不足もやぶさかではないと思っている。
 

重いで、お泊り犬ルイ君 2005年10月02日(日)

  昨日からお泊りのルイ君は11歳のラブラドール。
カフェでは一度も来店したことがない犬は預からないようにしているのだが、「11歳で去勢済みのラブならまあ、何とかなるか。他にお泊り犬もいないことだし…」と安易に電話だけで引き受けたワンちゃんだ。

やって来たルイ君を見て心配になった。
11歳の割には若々しい顔をしているのに後肢がふらふらと危ういのである。
「階段の上り下りはできるんでしょうか?」
「えっ?」
「2階の自宅で寝泊りすることになるので、階段の昇降ができないと…」
「今はエレベーターを使っているのですが、以前は自分でできてました」
心優しくルイ君に暖かなまなざしを向ける飼主さんはそう言われた。
内心私は『やはり事前に見せていただけばよかった』と思った。

やたら大きな声で吠えることは、私の制御とルイ君の環境への慣れで今日までにはだいぶ良くなった。
愛されて育てられたのだろう、性格は優しく温厚である。

しかし、やはり階段の上り下りが大変だった。
昨夜はリードで補助し、負担を軽減しながら自力で頑張ってもらったが、あまりにも気の毒で今日からは抱っこすることにした。
すると、今度は両膝と腰を痛めている私が切なくなった。
おまけに朝4時に起きる習慣がついているのだろうか、ピタリとその時間から騒がしくなり、1時にベッドに入った私にはとても辛いことだった。

ルイ君もここに慣れていないせいか、日中殆ど寝ておらず疲れているはずなのに、この欄を書いてる私が振り返ると、つぶらな瞳をパッチリさせて私を見ている。

いよいよ2日目の夜に突入だ。
普通なら今夜はお互いぐっすりと眠ることができ、明日も私が起き出すまで静かに眠っているのだが結果や如何に。
その前に最後のトイレに連れ出さなければならない。
膝の痛みはアルコールで麻痺しているが、抱きかかえたまま階段を転落しないように気をつけたい。
昨日のテーマではないが「私は酔っている。これから重い犬を持ち上げて階段を下りるぞ」と三回言葉に出してから行動することにしよう。

明後日には帰宅予定。
すぐに思い出になるだろう。
 

予め言葉に出すといいらしい 2005年10月01日(土)

  変わりやすい天気と紅葉に秋の深まりを感じ、カフェのパスタが新しくなったのを見て月が変わったことを知る。
今日から10月だ。
この夏人気だったラーメンサラダもいよいよ7食限定で明日までとなった。
10月といえば初雪の可能性もあり、冬への心構えもしておかなかければ風邪をひいてしまうことになる。

のんびりしたくなる秋の夜に、慌しくせっかちなことを書いているのにはちょっとしたわけがある。
自分の頭に刺激を与えているのだ。
カフェを始めてまもなく2年になるが、あまりにもお気楽で好き勝手にやっているのに加え、加齢による物忘れ・老眼による集中力の低下で、先の準備や心積りがおろそかになり、さらに危険なことにそれを楽しんでいる傾向がある。

Kやスタッフはといえば、ちゃんと今日からのパスタの味も決めてあったし、私の気がつかないうちにカフェのカレンダーも10月にしてある。
トリマーのノンちゃんは「12月は混み合いますからトリミングの予約はお早めに」とお客さんに告げているし、クリスマスと正月用のリボンをどうするか突然私に尋ねたりする。

「お正月休みは?」と聞かれて「うぅん、去年と同じ」と答えた私は『去年はどうだったっけ?』とちょっと考えて「30日から2日まで休みです」と言い直した。
ところがその後カレンダーを見てみると29日が木曜日つまり定休日であることに気づき、「29日から2日まで休みです」と訂正していた。
そういえば既に11月や年末のお泊りを予約されている方もおられる。
数ヶ月先の予定を考えているなんて凄いなと思う。

今朝トイレで回覧板に挟んであった町内会報を読んだ。
ぎっくり腰を予防する方法のひとつに『私はこれから重い物を持つ』と予め言葉にするのが良いという。
言葉にすることで、脳に腰への負担があることを知らせ、身体にそれなりの準備をするよう指令を出すことで予防の効果があるらしい。

「今日から10月だ。
正月まで3ヶ月・その前にクリスマスとスーの命日・長男の誕生日、11月はなんかあったっけ?10月といえば初雪、そうそう寒くなるから風邪ひかないようにしなければ」
一昨日の夕食も思い出せない私が、こう言葉にすることで年末に向けての準備が出来、風邪をひかずにいられたらありがたく思う。
 

号外! 2005年09月29日(木)

  おめでとう!阪神タイガース選手諸君、監督・コーチ・スタッフ、フロント、関係者。
ヤッターヤッターありがとう、ありがとう。
こんな時代がいつか来ると信じておりました。

昭和39年に優勝したあとだからほぼ40年前、私は自分たちで作った野球チームをタイガースと名づける程、愛着を感じて小学校のグラウンドで汗をかいていた。

高校に入学した頃だったか、タイガースは優勝を目前にしていた。
あと4試合ほど残し、そのうちのひとつを勝てば優勝したのに、なんと全敗して優勝を逃してしまったのだ。
あの時勝っていれば20数年も優勝から見放されることはなかったはずで、今も子供を見る親の気持ちのようにヒヤヒヤせずに済んだかもしれない。

30年前、大阪の大学に通っていた時でさえ、クラブのメンバーの半数は巨人ファンだった。
地元にいながら、団結してタイガースを応援できない悔しさを味わっていたものだ。
ある時、吹奏楽部に属していた私にタイガースから応援演奏の依頼があった。
カセットテープを聴きながら徹夜で“六甲おろし”を譜面に落とし、私は部員を引き連れて甲子園で六甲おろしを全力で演奏した。
その時も広島に見事に負けてしまった苦い思い出がある。

その後、私の次男が生まれた日にマジック1となり、翌々日の10月16日に21年ぶりの優勝を遂げてくれた時は死んでもいいと思うくらいの感動を覚えたものだ。

さらにそれから18年という長い年月が過ぎ、星野監督の手腕で大騒ぎの優勝を勝ち得たときも、神がかり的な優勝であるからこその翌年からの不安も感じていた。

しかし、今年の優勝はただの優勝ではない。
主力選手に37歳が3人いるけれど、確実にこれからを戦えるチームとして育っている。
来年からは敢えてこの欄でタイガースの優勝を定休日に報告しなくて良いほど、日常的な出来事になるものと信じている。

釧路市材木町のIさんからも喜びのメールが届いていた。
今夜の喜びを定休日の号外として発信したい。
 


- Web Diary ver 1.26 -