From the North Country

帳簿データ復元したぞ 2005年08月23日(火)

  涼しく爽やかで時に肌寒い最高の一日だった。

暇な平日を利用して私はパソコンの復活に時間を割いていた。
昨日、壊れたパソコンのハードディスクから帳簿のデータを復元することに成功し大きな峠を越えることができた。
ノースランでお世話になったIさんのアドバイスが役に立ったのだが、帳簿のプロパティを精査して消えたデータがどこにあるかを突き止め、あとは山勘でいじくっているうちに復元できたというのが実態であり、もう一度やれといわれたらできるかどうかわからない。

その勢いで今日は住所録を復元した。
元々以前のソフトは借り物だったので苦労したが、コンパチするソフトが内蔵されていることに感謝した。
あとはメールのアドレス帳であるが、これはどうやらおかしなことになって復元できそうもない。
諦めずに努力してみるが、一旦過去を清算し今後メールをいただいた方を順次登録していくしかないと思っている。

そんなことに時間を費やしていても、カフェでは午前中は小型犬、午後からは大型犬たちが楽しい時間を過ごしてくれた。
パソコンで頭は混乱し、昨夜のフィットネス・体質改善体操で身体は疲労していても、犬たちが私の緊張をほぐしてくれるのがありがたかった。
 

良貨が悪貨を感化する 2005年08月22日(月)

  夕べの雨は一気に秋をもたらしてくれたのだろうか。
エアコンの効いた室内より外の風が爽やかに感じられる一日だった。
何より食事が美味しく感じられ、朝食からおかわりをしてしまった。
今度の満月が中秋の名月だから本当に秋はすぐそこまで来ているのがうれしい。

昨日からお泊りのMシュナウザーのシュウ君は結構ハイパーな印象があったのだが、一緒に暮らしてみるととてもいい子で私のシュナウザー感を変えてくれる気がする。
いや、シュナウザー感というより犬種に限らず小さい時からカフェに通っている犬はある意味で脳が開化されるのではないかと考えている。
チワワのルルやチビもそうだし、Mダックス・ラブ・ゴールデンなど子供の時から通い続けてくれている犬に暮らしづらい犬はいないことに気づく。

異論があることは知っているが、私の基本的な考えはこうだ。
人と暮らしやすい犬を育てるには、子犬の脳が活動を開始する(つまりニューロンとシナプスの結合が行われる)前(およそ生後50日以前)に人と暮らすことであり、且つ、人と暮らすという基点の上で様々な動物と触れ合うことを含めた社会経験を積ませることがより有利な育て方であると考えている。
勿論、血統的な問題もあるからすべての問題を未然に防ぐ方法ではないが、『氏より育ち』を際立たせる可能性が高い。

散歩中に見かけるMシュナウザーはむやみに吠え、リードの長さが許す範囲で勝手に動き回っている犬が多いように思う。
シュウ君もそのような一面を持っているが、数回の制御で要求されていることに気づき振る舞いを修正しているのが凄いと感じた。

『悪貨が良貨を駆逐する』世の中だが『良貨が悪貨を感化する』ことがカフェ内で行われているように思えてならない。
『錆が錆を呼ぶ』のは経験済みだから、私はカフェを錆びさせないように努力したいし、通い続ける犬と飼い主を失望させないようにじっくりと良貨を育てたい。
 

2005年8月20日前後のこと 2005年08月21日(日)

  ここ数日楽しいことが続き、この欄から離れてしまった。
夜遅くまで飲んだのが直接の原因だが、いつも夜遅くまで飲んでるのだから言い訳にもならないかもしれない。
思い出しながら報告しておこう。

その前に2つほど。
駒大苫小牧全国二連覇おめでとう!
君たちと共に私たちも最高だ!
林裕也君、君はイチロー2世か野球界の中田英寿になるだろうと将来を楽しみにしている。

もうひとつ札幌の夏は終わりに近づいたようだ。
お盆を過ぎ、結局今年の夏は湿気が多かったものの気温は許せる範疇にあったというのが総括で、数日あるかもしれない残暑を楽しもう。

さて、“盲導犬チャリティ・ドッグカフェの集い”は参加された方々を十二分に楽しませてくれたものと確信している。
山田修さんの指笛は徐々に冴え渡り、聴く者の心を揺さぶってくれた。
当初、人妻Mのギター伴奏だけの予定だったが、彼女に当日電話をかけた運の悪い奴がいて「暇だったらマンドリンもってカフェにおいで」とそそのかされた“飛んで火にいる夏のオヤジ”とW子の3人が伴奏を担当した。
悲しい酒・浜辺の唄・北の国から・戦争を知らない子供たち…三人の伴奏を抑えすぎないように控えめな音量で指笛を奏でる修さんはトークも冴え渡り、参加者の気持ちをひとつに束ねてくれた。
取材に訪れた記者は盲導犬のことも音楽のことも無知だったが、次第に引き込まれていくのがわかりその様子が楽しくおかしかった。

Iさん夫妻が主催した“第2回ノースラン”はドッグカフェの集いで幕を閉じ、19日に北海道盲導犬協会を訪ねその収益を寄付してこられた。
ノースラン2005事務局の収益は77048円
イベントを行った稚内の募金は60323円
ドッグカフェでの収益は51008円
合計で18万8379円を届けることができたことをここにご報告し、ご協力くださったすべての方々にお礼を申し上げたい。

さてさて、盲導犬協会では昨日からユーザー研修会が行われているが、その前日の一昨日秋田から三人のユーザーが来札し、仲間と共に10数人でジンギスカンの食べ飲み放題で旧交を温めた。
飲むほどに思い出話に花が咲き、結構破天荒だった当時の私の仕事ぶりに改めて間違いはなかったことに安堵させられた。

研修会の初日は犬たちの慰霊祭から始まる。
スーを亡くしたKも参列し、事前にジャーマンポインター/ヴォーノの父さんにお願いして植え込みしてもらった白いアジサイに囲まれた慰霊碑の前でスーの冥福を改めて祈ってくれた。
Kはお盆が過ぎた日に封印を解き、スーの写真をカフェに飾るようになっていた。

慰霊祭を終えた夜、ノースランでしばらくカフェに停泊していたI夫妻が私たちをトレーラーでの夕食に招待してくれた。
Iさんが知人から預かったというブランデー“グラッパ”にグラスを傾けるうち夜は更けていき、徐々に私は連日連夜の酔っ払いに戻って行ったのである。

明日からは真っ当に生きていこうと思っているが、今夜はお泊り犬のいびきがうるさくて一杯引っ掛けないと眠れそうにない。
外は激しい雨が降っている。
 

“集い”の最終案内 2005年08月17日(水)

  いよいよ明日“盲導犬チャリティー・ドッグカフェの集い”が開催されます。

カフェは定休日ですので通常の営業は行わず、ノースラン2005が主催するこのイベントに協賛し、会場提供と準備および運営のお手伝いをさせていただきます。

1.これまでカフェに寄せられた募金と明日のイベントで集まる募金およびドリンク類売り上げの5割、それに今月6日に稚内で行われたイベントの募金を合わせた金額を、明後日19日にノースラン事務局の猪瀬夫妻が北海道盲導犬協会に寄付することになっており、その結果についてはこの欄で後日報告いたします。

2.“集い”は午後3時からですが、カフェでは1時から当日の募金を受け付けさせていただきます。
また、明日はワンドリンクすべて500円とさせていただきます。

3.盲導犬についてのこと、使用者個人のこと、お互いの関係などを深く学べる機会が提供できたらいいなと思っています。

皆様のご協力とご寄付をお待ちしております。
 

今日の風 2005年08月16日(火)

  今日の風を感じましたか?
日差しの強さは真夏のそれだっただろうが、風は明らかに秋を思い起こさせていたはずだ。

お泊り犬の引取りが思ったよりも早く、Kと私は目を合わせ『今夜は温泉だ!』と瞬時に疎通した。
車で3分の里塚温泉で私たちは数週間ぶりに疲れを癒し、飲んで食べた。
露天風呂では吹く風の冷たさに、思わず首までどっぷりと浸かり、ふと夜空を見上げるとそこには7分の月と幾つかの星があったのが印象的だった。

今日のカフェにはお盆休みを各地で過ごされた方が舞い戻り、武勇談やら様々なエピソードが持ち込まれて私たちを楽しませてくれたが、実は開店前にちょっとした出来事があった。

朝の8時頃に『昨夜から放浪しているGレトリーバーを保護した』との電話が入った。
その方の話によると、「居たたまれなくなって保護したまではよいが、隣人が警察に電話して今パトカーが来ている。このまま引き渡せば犬の運命は風前の灯になって可愛そうだ。何とかならないだろうか?」という相談だった。
『何故カフェに電話を?』と尋ねたら、知人である“犬と泊まれるニセコのペンション”のオーナーに電話をしたところ私の店に相談するよう言われたとのことだった。

カフェのようにいろんな犬がやって来る場所では、失礼ながら“得体の知れぬ”犬を預かるわけにはいかない。
かといって、この話を放置するのは人間として許せるものではなかった。
私は保護されたOさんにしばらく預かるよう話し、警察にもその後の連絡が取れるようにお願いし、すぐにOさんの家を訪ね犬を見せてもらった。

その犬は大人しく状況を受け入れていた。
外飼いかもしれないと思わせるほど手入れは行き届いていなかったが、しつけはきちんとなされており『飼い主はきっと探している』と私には思えた。
保護した後の排便はいつものドッグフードを食べたと思われる良好便で、放浪してからそれほど時間は経っていないことも想像できた。性別もわかり年齢も推定できた。
私はデジカメで写真を撮り、Oさんには動物管理センターに保護している旨の連絡をするようお願いしてカフェに戻った。

『保護しています』という写真入りのポスターを印刷して、Oさんの家にそれを届けた時、ちょうどOさんはカフェに電話を入れていた。
「今、飼い主の方が引き取りに来ました」と。

犬がいなくなった飼い主は、まず自分であちこちを探し回っていたのだろう。
その後、途方に暮れすがる思いで警察に出かけたら、保護している情報があったと思われる。
事件は無事解決した。

不可解なのはその犬はすぐ近くの町内で飼われており、昨夜から放浪していたにもかかわらず、帰巣していなかったことである。
『アホなのでは?』
『家出したのでは?』
『何度か自宅に戻っていたのに飼い主が気づかなかったのでは?』
様々な憶測が飛び交ったが、私は『非日常的な行動に新鮮さを感じ、アバンチュールを楽しんでいた』つまりローマの休日のような時間を過ごしていてのではないかと密かに思った。
 

続報 “ドッグカフェの集い” 2005年08月15日(月)

  60回目の終戦記念日を迎えた今日も午後に入るまでは暑く、午後からは強風が吹き荒れていた。
今週木曜日に計画している“盲導犬チャリティ・ドッグカフェの集い”にはもう少し涼しく爽やかな風が吹いてくれればありがたい。

「当日は来れないので」と事前に募金をお預けになる方がおられるため、カフェでは協会から預かった中型の募金箱を早めに設置することにした。
そしたら今日お盆休みのスタッフの肩代わりを引き受けてくれたゴールデンのムーンとトムの飼い主であるKさんが、自宅で貯めていたビニール袋に一杯の小銭を持ってきてくださった。
「お札が入っているのに、私のは小銭ばっかり。恥ずかしい!」とKさん。
何をおっしゃる、善意の集まりが結集しているからこそ運営費の80%以上を寄付に頼る協会は30年以上も盲導犬を作出し続けているのですぞ。
事前にお預かりした現金・封筒に入った寄付金は、確かに募金箱の底に入れておきました。

さて、当日のメインイベントが決まったのでお知らせを。
昨年、体調を崩してしまったため皆さんにお聞かせ出来なかった盲導犬ユーザー山田修さんの指笛とトークがどうやら今年は実現できそうな状況だ。
彼の音楽に対する才能と思い入れは聴く者を圧倒する得体の知れない力強さがある。
マンドリンオーケストラをバックにつければその輝きは一層引き立つのだが、そんなことをしたら狭いカフェにはお客は誰も入れなくなってしまうだろう。

そこで伴奏は人妻Mが引き受けてくれた。
つまり、糖尿病で体調が安定しない山田さんの指笛の伴奏を、今年5月に大手術を終えたばかりの人妻Mが担当するという、いわば『病み上がりコンサート』というサブタイトルがふさわしいイベントになりそうだ。
是非楽しみにしてご来店いただきたい。

ただひとつ私に不安があるとすれば、週間天気予報が当日晴れの予想を示していることである。
 

転ばぬ先に杖はあるか? 2005年08月13日(土)

  お盆に入ったカフェ周辺の道路は霊園に通じるためかなり渋滞していた。
「2時間もかかってしまいました」
そう言ってカフェを訪ねてくださった方もおられ、ありがたい気持ちで一杯である。

開店時からワンちゃんたちがやってきて、私もレッスンをひとつ行ったが、頭の中は買ったばかりのパソコンのことで一杯だった。
実は、古いデータはフロッピーに保存してあったが、昨年あたりからのものは油断してバックアップをしておかなかったのだ。
しかもイケナイことだが7年前のアプリケーションは借り物が多く、データだけあっても今度のパソコンでは使えないものがある。
住所録やメールのアドレスそれにカフェの帳簿のデータも失われた。

ところが、知識があるというのはやはり凄いことなのだ。
昨日この欄でお助けマンとして紹介したIさんは奇抜なアイデアを教えてくれた。
前のパソコンが壊れたとしても、情報を記録してあるハードディスクは健在なはずであり、それを取り出して新しいパソコンに取り込めばいくつかのデータは簡単に復元できることと、そのための周辺機器が安価であることを進言してくれたのである。

ハードディスクを持ってHDDケースなる物を買い求め、近いうちに試してみようと思うがたぶんまたつまずいてしまうだろう。
それよりも今日はパソコンの不要なアプリケーションを削除し、ウィルス対策ソフトをインストールして快適で安心な環境を作るだけで時間は過ぎていった。

私がパソコンを始めたときはデータはカセットテープに記録していたし、コンピュータの言語といえばベーシックというものだった。
MSDosというものに代わってから、私の頭は進化をやめてしまったようだ。
以後は、テレビのようにスイッチを入れチャンネルを合わせれば動く家電製品と同じ位置づけになった。

そういう意味において、現在のパソコンは進化の途中であることは否めない。
そのことが今の私に象徴されているのである。

ともかく、私がこれまでに築き上げた文書やデータは現在一時的にであるかもしれないが失われている。
『生あるものは滅び、形あるものは壊れる』
この言葉の意味を噛み締め人は生きていかなければならないと思うが、今生きている私にとっては失われたデータの復活に躍起になる努力が生きていることの証でもある。
一方で、『アイタ ピアピア』『ケ セラ セラ』『What will be will be』つまりは、『なるようになる』『じょんのび、じょんのび』『なんちゃない』ということも受け入れている。
 

壊れたパソコンに哀悼の意を 2005年08月12日(金)

  ああ、何ということか!
7年間愛用したノートパソコンを壊してしまった。
その壊れ方がなんとも私にふさわしい最期だった。

一昨日の夜、この欄を書き上げ最後の一杯をグラスに注いで部屋の灯りを消した。
飲み残しのグラスをカウンターに置いたつもりが…、そこはそれ酔っ払いのやること…後はご想像のとおり。

翌朝パソコンの電源を入れたが立ち上がらない。
よく見るとキーボードから浸透した甘く芳しい液体がパソコンの底に溜まっていたのである。

修理を考えたが何しろ7年前の代物で、ウィンドウズ98、しかも最近はメモリー不足でスピードが遅く複数のアプリケーションを使うと固まってしまうことが多くなっていた。
それでも愛着はあるし、褒めたり励ましたりしながら日々使っており、ちょっとおかしくなっても対処法も心得ていたが、ここは諦めざるを得なかった。

すぐにパソコンを買いに走り、店員に使用目的を話すと手頃なのを選んでくれた。
7年前ならカタログを取り寄せ、見比べ、ウンウンと唸りながら決断したのに、
「今の時代のパソコンは家電製品を買うような感覚で大丈夫ですよ」と店員。
『人の懐具合も知らないで』と口に出そうになったが、使い方が簡単という意味なのだろうと飲み込んで持ち帰った。

昔のようなパソコン自体のセットアップが無くなっているのに驚きを隠しきれなかったが、いざ無線RANの設定を始めるとつまずいてしまった。
いいところまでいくのだが繋がらないのである。
「どうしたものか?」と困り果てていた頃カフェを覗くと“こぐはや”のIさん夫妻が来られていたのである。
地獄で仏、鬼に金棒、渡りに船とばかりに事情を説明すると快く引き受けてくださった。

「何をどうしたから良くなったかはわからない」とIさんは謙遜されたが、とにかく無事開通した。
感謝感謝である。
ジェラートを振舞っただけでお食事代はしっかり頂いたところにカフェのしたたかさがあった。
持つべきものは良き客である!

さて、パソコンは使えるようになったが、それからに問題があった。
この続きはまた明日。
 

あと10年も若ければ? 2005年08月10日(水)

  先週の定休日は“とっても冷たいたぬき稲庭うどん”をKが作ってくれたのでガーデンのテーブルで食べ、その後サマーベッドに横たわって午後を過ごした。
信じられないくらい素敵な環境での贅沢な時間だった。
『この時間を得るためにならまた1週間働ける』とその時は思っていたが、年には勝てないのか昨日あたりから鏡に映る顔が疲れた表情になっていた。

それでも今日は楽しい犬たちに囲まれて心はとてもリラックスしていた。
思えば周囲の状況に私はコントロールされ、楽しんだり緊張したり気を使ったり羽目をはずしたりしているのが分かり、正にそれは犬と同じであるようだ。

一般的な愛犬家の立場で見ると、我が愛犬を“楽しく、気の趣くまま時に羽目をはずすほど楽しませること”がよい飼主であるように思われがちだが、実は人と同じように“緊張し気を使わせる”ことが両者の生活の快適さを保つ上で必要であることを忘れていると思う。

もし私に“楽しく羽目をはずす時間”ばかり与えたなら、年老いた今は穏やかな振る舞いと睡眠を示すだろうが、あと10年若ければ周囲を困らせるような身勝手な発想を連発しているに違いない。
そして手のつけられないような(今よりも?)身勝手な男になり、現在の生活はなかったかもしれない。

『わずか十数年の短い命であり、人に依存しないと生きてはいけない犬たち』だからこそ、早い時期に言葉が分かり心通わせることが出来る存在に育てなければと私は思う。
単に年老いて大人しくなった犬に「こんな犬と暮らしたかったんだ」と感じる気持ちも分からないではないが、真正面から接すればもっと長い時間その子との楽しい時間を過ごせたのではないのだろうか。

『あと10年も若ければ、という90歳』
この川柳は、『年齢にとらわれずいくつになっても頑張れ』という励ましを微笑ましく与えてくれる一方、『その時はやれなかったのに、後になって強がる』という後悔の一面もある。
ここは良心的に受け止め、『さあ、諦めないで!』というメッセージとして愛犬家に贈ろう。

申し訳ない。酔いが回ってつじつまが合った文章になっているかさえ判断がつかなくなってしまった。
 

秋一番を感じた日に 2005年08月09日(火)

  朝ガーデンでわずかに流れた風に「もしや?」と感じたが、強い陽射しがそのことをすぐに忘れさせた。
温度計も9時過ぎには30度を超えていたし…

ところが、今年の夏を象徴するように11時頃の最高気温を過ぎると、朝「もしや」と感じた秋を思わせる爽やかな風がしっかりと吹き始め、夕方には最適の涼しさで散歩をすることが出来た。ふと見るとガーデン隣の空き地にはススキの穂が銀色に揺れていた。

勿論これが札幌の今日の季節を表しているわけではなく、私が住む“風の街”里塚緑ヶ丘の話である。
あと数日暑い日が戻ることもあるだろうが、秋はもう少しでこの街を訪れ、そうなれば爽快な季節を今年は長く楽しめるかもしれない。

秋風は秋風でも淋しいほどの秋風が一足速くカフェを吹き抜け、今日はとてもヒマな一日だった。
おかげで暑い夏の間にたまった疲れを癒し、訪ねてくれた方々や犬たちとまったりとした時間を過ごさせていただいた。
とりわけ嬉しかったのは今日からお泊りのアメリカンコッカー/クリンの元気な姿だった。

カフェを始める前の浪人生活の頃に訓練した犬であるが、数ヶ月前カフェにやって来た時はほぼ失明状態になっていた。
飼主のIさんは諦めの境地にあったが、私は犬の失明経緯を伺い、状態を確認したうえで眼科専門医の情報を与え
受診するよう勧めた。

しばらくして眼内レンズを装着し、すっかり見えるようになったクリンが元気な姿を見せてくれた時は本当に嬉しかった。
そのクリンと再会し彼も喜んでくれていることに安堵したが、夜になって彼の目を覗いた時に再び不安がよぎってしまった。
とりわけ左眼に硝子体混濁が見られるのである。
医療によってその進行を幾分制御することは出来るであろうが、いずれ再び失明する可能性は高いと言える。

まだ若いクリンが先天性の白内障であるとすれば、失明もやむを得ないだろう。
しかし、医療において少しでも彼に見える時間を与え続けることが出来るとすれば、彼の脳には眼から得た情報が蓄積され続け、仮に見えなくなったとしてもこの世界をイメージすることができ、彼の日常生活にとても役立つようになるのだ。

失明は死を意味するのではない。
確かに見えていた時代の終焉ではあるが、新たな生活の始まりでありその基礎知識はクリンの脳がしっかり記憶しており、あとは彼と暮らす人々が視覚障害を正しく認識し適切な対応、すなわち“未知の状態を既知の状態にする”技術である『ファミリアリゼーション』という概念と知識を理解して欲しいと望む。

ウォッカが私の体内を駆け巡ってしまったから難しい話になったかもしれないが、要するに目が見えなくなることは大変な事態であるけれど、“見える・見えない”がすべてではなく、物事は脳が見ているのであり、ケアする人が適切な知識と技術を身につけていればクリンはクリンとして生きていけることを伝えたいというだけなのだ。
 


- Web Diary ver 1.26 -