From the North Country

ああ! 2005年08月30日(火)

  何度目の失敗だろうか?
今日のこの欄は久しぶりに訓練の極意について熱意と時間をかけて書き続けた。
出来もよかったから私は自信を持ってKに読んで聞かせ「凄いね、今日のはとてもわかりやすく凄いよかった」とのお墨付きももらった。
なのに、私は三度四度目の書き込みの失敗をしてしまった。

しばらく立ち直れそうもない。
さようなら。
 

元気なじじい 2005年08月29日(月)

  元気なじじいになりたいな。元気なじじいで暮らしたい。うんことシッコは、自分でしたい。
元気なじじいになりたいな。元気なじじいで暮らしたい。月に一度は女と過ごしたい。

元気なじじいになりたいな。元気なじーさんと呼ばれたい。盆と正月ロックを歌いたい。
元気なじじい、元気なじじい、
元気なじじい、元気なじじい。
ババアは、元気に決まってる。

元気なじじい、元気なじじい、
元気なじじい、元気なじじい。
ババアに負けるな、じじい。

元気なじじい、元気なじじい、
元気なじじい、元気なじじい。
じじいは、死んでも歌ってる。

昨日紹介したジャマーバンドの『元気なじじい』の歌詞だ。
後半に期待を持たせながら、前半ほどの“深み”が欠けている歌詞だがメロディーラインとあわせて聴けば初期の歌としては及第点でマイフェイバリットである。

以前にも紹介したがこの曲を歌っている金司は大学の後輩で、私は彼の下宿を自分の部屋のようにして1年を過ごした。例のルバング島から帰還した小野田少尉の甥っ子でもあったが、いろんな変遷を遂げながらも和歌山に根付き一本筋が通った面白い奴だ。

ともあれ、この国で元気なのが若者たちではなくじじいとババアであるのに多少の不安はあるが、元気な姿を示し続けることでその姿を見てきた若者の将来の奮起を期待したい。
今夜はこんなところで失礼。
 

仲間に感謝 2005年08月28日(日)

  8月最後の日曜日に犬たちのためのプールを準備した。
お盆以来必要なかったのに今朝の暑さは結構なものだったからだ。
ところが悲しいことに利用するわんこたちがいない。

そんなヒマな午前中だったがこれが幸いすることだってあるのだ。
数少ないお客さんの中に、パソコンが趣味というSさんがいてくれた。
先日もアドバイスをいただいたが、パソコンがよう分からん私にはチンプンカンプンな話ばかりで、ならばと丁重に小汚い事務所にお招きしてちょちょいと私のパソコンをいじってもらった。

お見事!
焼酎をぶっかぶり命果てた旧パソコンから取り出したハードディスクがSさんのゴッドハンドで新パソコンにアドレス帳を蘇らせたのである。
そうなると私の欲望は尽きない。
「もしかして、前のパソコンにインストールしたアプリケーションも移せるんじゃ?」
「それはダメです」
あっさりと却下されたが、私は過去のほとんどを取り戻すことができ、より快適な環境でパソコンを利用できるようになった。
何より“使える仲間”をまた増やすことができて心強いばかりである。

若い頃は何でも自分でやらないと安心できない性格だったから無理をしたけれど、盲導犬協会を退職してからはすっかり生き方が変わってきた。
・人に甘え、立ってるものは親でも使え
・甘い汁は美味しく吸ってやるのが礼儀だ
・人のふんどしもたまにはいい

見渡すと私の周りには実にたくさんの仲間がいる。
ひとつの町ができ、ひょっとしたら自給自足の小さな独立共和国ができるくらい人材が豊富である。
一昨年死んだガロ社長が生きていたら初代大統領になってじじいとおばばの“じじばば共和国”建国に奔走してくれただろうと妙なことを思い出した。
国歌は私の後輩がやってるロックグループ・ジャマーバンドの『元気なじじい』でその歌詞にはこうある。
「元気なじじい(3回リフレイン)ばばあは〜元気に決まってる!」
この歌詞は明日にでも全部を紹介したいし、ご希望ならCDがあるのでカフェでガンガンお聴きかせすることもできる。

何を書いているのだろう。
アルコールが脳に妙な刺激を与えてしまったようだ。

ところで、今日のカフェは午後から開店以来かもしれないほどのわんこたちで賑わい、3時頃までは小型犬で溢れ以降は大型犬のオンパレードとなって私が準備したプールは湘南の海水浴場を思わせる混雑振り(5頭で満杯)だった。
 

日々修行 2005年08月27日(土)

  昨日とはうって変わり、残暑厳しい夕方の暑さだった。
風の街から風が消えたため日中の暑さが室内に篭もっているのだろう。
夜9時を過ぎてガーデンに出てみると、ひんやりとした空気であるのに驚かされた。
老眼となった私の眼にさえ美しい星空が映し出され二重の喜びを感じることができた。

「家では暴れて爪を切らせてくれないんです。以前に失敗して血を出したことがあったから」
「カットは勿論シャンプーの時も動き回って…」
そんな状況だからということでカフェの美容室をご利用していただいてる方が結構おられ、それはそれで大変ありがたいところである。
ところがガラス越しに見えるトリミング室で愛犬が大人しく爪を切らせている様子を見て、
「何であんなに大人しいんだろう?」と思われるようだ。
動物病院の診察台の上でも普段とは違った観念した態度を見せている場合が多い。

何故だろう?
1.未知あるいは不慣れな環境の中で、『どう対処すればよいのか戸惑っており、妙に暴れるとどうなるのかわからない状況にひとまずは静観を決め込んでいるものと思われる。
2.ちょっとはもがいて見せるのだが、保定(動かないように犬を支える技術)の巧みさで諦めている。
3.甘く優しい飼い主に対し拘束されることに駄々をこねていた犬が、慣れていない人の前では我に返るだけでなく何をされるか理解した上でマジモードに入っている。
ことなどが考えられる。
中には思いっきり暴れる犬もいるから、仕方なく私が保定することもあるがその率はきわめて低い。

1ヶ月ほど前から週1回レッスンを行っているJラッセルの岳クンと今日歩いてみて、トリミング室のそんな犬たちのことを考えた。

まだ数回の訓練しか行ってないのに上達が早く、私にとっては扱いやすいワンちゃんだ。
ただ、どう振舞えばよいのかちゃんと理解し楽しんでいるのに、飼い主との歩行だと自分の欲求を素直に表現するというか甘えが出てハチャメチャになる時があるようだ。

カフェの駐車場に着いた時、岳クンの興奮は最高に達しリードを思いっきり引っ張って入り口に向かおうとする。
飼い主の方は私がやるような制御を試みているのだが一向に我に返る素振りはない。
無言でリードを預かり、飼い主と同じような制御をちょっと私が行うだけで岳クンは大人しく落ち着きを見せるようになる。
自慢をしているのではなくて“その違いは何処にあり、どうすれば数回のうちに飼い主に理解してもらえるのか”真剣に苦悩しているのである。

数ヶ月に渡って日々訓練すれば、誰が持っても歩きやすく暮らしやすい犬にすることはできるが、それでは経費が飼い主に掛かり過ぎるから、私が目指しているのは数回の訓練で犬をその気にさせ飼い主自身がそれを成し遂げ、次の犬と暮らし始めた時も順調に育てる技術と知識を会得することであり、さらにおこがましいけれどマナーと常識をわきまえていただくことである。
つまり私は訓練士的な飼い主を養成しようとしているのだろう。

この欄を書きながら自分の心の底にある想いをまとめようとするのは筋違いではあるが、犬の飼い主がある程度の訓練士的要素を身に着けていたら事は簡単であるはずだ。
だとすれば話は簡単であり、私は盲導犬訓練士を養成するGuide Dog Tutorという資格と経歴を持っている。

1.短期のうちに訓練士は養成できない
2.多くの犬を見ることが必要である
3.講義を受ける必要がある
4.失敗しながらも訓練経験を学ぶ必要がある
5.自分が行ったことに対するフィードバックを受ける必要がある

これらの一部はカフェに通い続ければクリアできる事柄であるが私の苦悩は続くだろう。
何故なら飼い主を短期的にそこそこの飼い主(訓練士)に育てる術があるとしたらそれをまだ会得していないからだ。

今夜私が感じた素敵な空気と星空の二重の喜びのような気持ちを愛犬と暮らす方々にも味わえていただけるよう今後も修行を積み重ねたいと思う。
 

中長期的視野にたって頑張ろう 2005年08月26日(金)

  定休日を挟みニセコで二泊ののんびり楽しい時間を過ごしてきた。
しばらく休みがなかったので気分転換には最高だったが、身体を休めるまではいかず今朝10時過ぎにカフェに戻り雑務と通常の仕事を終えて夜のヨガ教室に参加してきたら、さすがに疲れが出てきた。
心地よい疲れで、酔いの回り具合もけだるくとろけるような甘い脱力感を覚えさせるものだ。

「季節は2週間ごとに変わっていきます。自律神経もそれに合わせて変化を開始します。今日のように長袖が必要な寒い日は身体も2週間後の秋に向けて確実に変化しているのです。」
ヨガの先生はそう言って、全身を無理せず伸ばしながら秋から冬を迎える身体の調子を整える指導をしてくれた。
初めの頃はうめき声を上げてもできないことが多かったけれど、『体質改善』と『ヨガ』教室に参加する度に身体の軋みがなくなり、通い始めて2ヶ月経つと私の体重は3キロ落ち、ジーンズのベルトはひとつ詰まるようになった。
それでもまだ目算で私は腹にだけ4〜5キロの余分な脂肪が残っているので、Kの励ましを受け今夜も教室に通ってきたのだ。

「平岡地区の皆さんは最高です!夜の8時ですよ、夜の8時過ぎに私が『はい!肛門を絞めて!』と言うと皆さん一斉にギュッと絞めてるんですよ!これほど健康志向の強い人々が住む地域は日本中にありませんよ!」
体質改善の先生は面白おかしく私たちの気分を乗せてくれる。

何だか愛犬のレッスンにも通じる話しであり、このような中長期的なレッスンは、継続することで徐々に効果が現れ『半年前と比べてみるとこうも違っている』ということが多く見られる。
今ではカフェの常連となったSさんの愛犬は、今年の正月頃は実家に帰ると厄介者であったのが、今では「どこか具合でも悪いのかい?」と心配させるほど大人しく聞き分けのよい子になったと先日うかがった。

カフェでの中長期的レッスンには初期訓練を除き原則としてレッスン料はかかっていない。
しかし飼い主としてはせめて週一回1年は通い続ける必要があり、その都度何らかのアピールをして腰の重い私をその気にさせる本気度がいるかもしれない。
飼い主のそんな気持ちこそが現在の愛犬をゆっくり変えていく原動力となり、私のアドバイスで飼い主が愛犬を育てそして自らが育っていくことに繋がっているのだと感じている。

カフェ育ちの飼い主は次に暮らした犬をうまく育てることができる飼い主になる。
 

帳簿データ復元したぞ 2005年08月23日(火)

  涼しく爽やかで時に肌寒い最高の一日だった。

暇な平日を利用して私はパソコンの復活に時間を割いていた。
昨日、壊れたパソコンのハードディスクから帳簿のデータを復元することに成功し大きな峠を越えることができた。
ノースランでお世話になったIさんのアドバイスが役に立ったのだが、帳簿のプロパティを精査して消えたデータがどこにあるかを突き止め、あとは山勘でいじくっているうちに復元できたというのが実態であり、もう一度やれといわれたらできるかどうかわからない。

その勢いで今日は住所録を復元した。
元々以前のソフトは借り物だったので苦労したが、コンパチするソフトが内蔵されていることに感謝した。
あとはメールのアドレス帳であるが、これはどうやらおかしなことになって復元できそうもない。
諦めずに努力してみるが、一旦過去を清算し今後メールをいただいた方を順次登録していくしかないと思っている。

そんなことに時間を費やしていても、カフェでは午前中は小型犬、午後からは大型犬たちが楽しい時間を過ごしてくれた。
パソコンで頭は混乱し、昨夜のフィットネス・体質改善体操で身体は疲労していても、犬たちが私の緊張をほぐしてくれるのがありがたかった。
 

良貨が悪貨を感化する 2005年08月22日(月)

  夕べの雨は一気に秋をもたらしてくれたのだろうか。
エアコンの効いた室内より外の風が爽やかに感じられる一日だった。
何より食事が美味しく感じられ、朝食からおかわりをしてしまった。
今度の満月が中秋の名月だから本当に秋はすぐそこまで来ているのがうれしい。

昨日からお泊りのMシュナウザーのシュウ君は結構ハイパーな印象があったのだが、一緒に暮らしてみるととてもいい子で私のシュナウザー感を変えてくれる気がする。
いや、シュナウザー感というより犬種に限らず小さい時からカフェに通っている犬はある意味で脳が開化されるのではないかと考えている。
チワワのルルやチビもそうだし、Mダックス・ラブ・ゴールデンなど子供の時から通い続けてくれている犬に暮らしづらい犬はいないことに気づく。

異論があることは知っているが、私の基本的な考えはこうだ。
人と暮らしやすい犬を育てるには、子犬の脳が活動を開始する(つまりニューロンとシナプスの結合が行われる)前(およそ生後50日以前)に人と暮らすことであり、且つ、人と暮らすという基点の上で様々な動物と触れ合うことを含めた社会経験を積ませることがより有利な育て方であると考えている。
勿論、血統的な問題もあるからすべての問題を未然に防ぐ方法ではないが、『氏より育ち』を際立たせる可能性が高い。

散歩中に見かけるMシュナウザーはむやみに吠え、リードの長さが許す範囲で勝手に動き回っている犬が多いように思う。
シュウ君もそのような一面を持っているが、数回の制御で要求されていることに気づき振る舞いを修正しているのが凄いと感じた。

『悪貨が良貨を駆逐する』世の中だが『良貨が悪貨を感化する』ことがカフェ内で行われているように思えてならない。
『錆が錆を呼ぶ』のは経験済みだから、私はカフェを錆びさせないように努力したいし、通い続ける犬と飼い主を失望させないようにじっくりと良貨を育てたい。
 

2005年8月20日前後のこと 2005年08月21日(日)

  ここ数日楽しいことが続き、この欄から離れてしまった。
夜遅くまで飲んだのが直接の原因だが、いつも夜遅くまで飲んでるのだから言い訳にもならないかもしれない。
思い出しながら報告しておこう。

その前に2つほど。
駒大苫小牧全国二連覇おめでとう!
君たちと共に私たちも最高だ!
林裕也君、君はイチロー2世か野球界の中田英寿になるだろうと将来を楽しみにしている。

もうひとつ札幌の夏は終わりに近づいたようだ。
お盆を過ぎ、結局今年の夏は湿気が多かったものの気温は許せる範疇にあったというのが総括で、数日あるかもしれない残暑を楽しもう。

さて、“盲導犬チャリティ・ドッグカフェの集い”は参加された方々を十二分に楽しませてくれたものと確信している。
山田修さんの指笛は徐々に冴え渡り、聴く者の心を揺さぶってくれた。
当初、人妻Mのギター伴奏だけの予定だったが、彼女に当日電話をかけた運の悪い奴がいて「暇だったらマンドリンもってカフェにおいで」とそそのかされた“飛んで火にいる夏のオヤジ”とW子の3人が伴奏を担当した。
悲しい酒・浜辺の唄・北の国から・戦争を知らない子供たち…三人の伴奏を抑えすぎないように控えめな音量で指笛を奏でる修さんはトークも冴え渡り、参加者の気持ちをひとつに束ねてくれた。
取材に訪れた記者は盲導犬のことも音楽のことも無知だったが、次第に引き込まれていくのがわかりその様子が楽しくおかしかった。

Iさん夫妻が主催した“第2回ノースラン”はドッグカフェの集いで幕を閉じ、19日に北海道盲導犬協会を訪ねその収益を寄付してこられた。
ノースラン2005事務局の収益は77048円
イベントを行った稚内の募金は60323円
ドッグカフェでの収益は51008円
合計で18万8379円を届けることができたことをここにご報告し、ご協力くださったすべての方々にお礼を申し上げたい。

さてさて、盲導犬協会では昨日からユーザー研修会が行われているが、その前日の一昨日秋田から三人のユーザーが来札し、仲間と共に10数人でジンギスカンの食べ飲み放題で旧交を温めた。
飲むほどに思い出話に花が咲き、結構破天荒だった当時の私の仕事ぶりに改めて間違いはなかったことに安堵させられた。

研修会の初日は犬たちの慰霊祭から始まる。
スーを亡くしたKも参列し、事前にジャーマンポインター/ヴォーノの父さんにお願いして植え込みしてもらった白いアジサイに囲まれた慰霊碑の前でスーの冥福を改めて祈ってくれた。
Kはお盆が過ぎた日に封印を解き、スーの写真をカフェに飾るようになっていた。

慰霊祭を終えた夜、ノースランでしばらくカフェに停泊していたI夫妻が私たちをトレーラーでの夕食に招待してくれた。
Iさんが知人から預かったというブランデー“グラッパ”にグラスを傾けるうち夜は更けていき、徐々に私は連日連夜の酔っ払いに戻って行ったのである。

明日からは真っ当に生きていこうと思っているが、今夜はお泊り犬のいびきがうるさくて一杯引っ掛けないと眠れそうにない。
外は激しい雨が降っている。
 

“集い”の最終案内 2005年08月17日(水)

  いよいよ明日“盲導犬チャリティー・ドッグカフェの集い”が開催されます。

カフェは定休日ですので通常の営業は行わず、ノースラン2005が主催するこのイベントに協賛し、会場提供と準備および運営のお手伝いをさせていただきます。

1.これまでカフェに寄せられた募金と明日のイベントで集まる募金およびドリンク類売り上げの5割、それに今月6日に稚内で行われたイベントの募金を合わせた金額を、明後日19日にノースラン事務局の猪瀬夫妻が北海道盲導犬協会に寄付することになっており、その結果についてはこの欄で後日報告いたします。

2.“集い”は午後3時からですが、カフェでは1時から当日の募金を受け付けさせていただきます。
また、明日はワンドリンクすべて500円とさせていただきます。

3.盲導犬についてのこと、使用者個人のこと、お互いの関係などを深く学べる機会が提供できたらいいなと思っています。

皆様のご協力とご寄付をお待ちしております。
 

今日の風 2005年08月16日(火)

  今日の風を感じましたか?
日差しの強さは真夏のそれだっただろうが、風は明らかに秋を思い起こさせていたはずだ。

お泊り犬の引取りが思ったよりも早く、Kと私は目を合わせ『今夜は温泉だ!』と瞬時に疎通した。
車で3分の里塚温泉で私たちは数週間ぶりに疲れを癒し、飲んで食べた。
露天風呂では吹く風の冷たさに、思わず首までどっぷりと浸かり、ふと夜空を見上げるとそこには7分の月と幾つかの星があったのが印象的だった。

今日のカフェにはお盆休みを各地で過ごされた方が舞い戻り、武勇談やら様々なエピソードが持ち込まれて私たちを楽しませてくれたが、実は開店前にちょっとした出来事があった。

朝の8時頃に『昨夜から放浪しているGレトリーバーを保護した』との電話が入った。
その方の話によると、「居たたまれなくなって保護したまではよいが、隣人が警察に電話して今パトカーが来ている。このまま引き渡せば犬の運命は風前の灯になって可愛そうだ。何とかならないだろうか?」という相談だった。
『何故カフェに電話を?』と尋ねたら、知人である“犬と泊まれるニセコのペンション”のオーナーに電話をしたところ私の店に相談するよう言われたとのことだった。

カフェのようにいろんな犬がやって来る場所では、失礼ながら“得体の知れぬ”犬を預かるわけにはいかない。
かといって、この話を放置するのは人間として許せるものではなかった。
私は保護されたOさんにしばらく預かるよう話し、警察にもその後の連絡が取れるようにお願いし、すぐにOさんの家を訪ね犬を見せてもらった。

その犬は大人しく状況を受け入れていた。
外飼いかもしれないと思わせるほど手入れは行き届いていなかったが、しつけはきちんとなされており『飼い主はきっと探している』と私には思えた。
保護した後の排便はいつものドッグフードを食べたと思われる良好便で、放浪してからそれほど時間は経っていないことも想像できた。性別もわかり年齢も推定できた。
私はデジカメで写真を撮り、Oさんには動物管理センターに保護している旨の連絡をするようお願いしてカフェに戻った。

『保護しています』という写真入りのポスターを印刷して、Oさんの家にそれを届けた時、ちょうどOさんはカフェに電話を入れていた。
「今、飼い主の方が引き取りに来ました」と。

犬がいなくなった飼い主は、まず自分であちこちを探し回っていたのだろう。
その後、途方に暮れすがる思いで警察に出かけたら、保護している情報があったと思われる。
事件は無事解決した。

不可解なのはその犬はすぐ近くの町内で飼われており、昨夜から放浪していたにもかかわらず、帰巣していなかったことである。
『アホなのでは?』
『家出したのでは?』
『何度か自宅に戻っていたのに飼い主が気づかなかったのでは?』
様々な憶測が飛び交ったが、私は『非日常的な行動に新鮮さを感じ、アバンチュールを楽しんでいた』つまりローマの休日のような時間を過ごしていてのではないかと密かに思った。
 


- Web Diary ver 1.26 -