From the North Country

フレンチブルの武蔵君 2005年06月11日(土)

  蒸し暑い一日だった。
カフェではエアコンを今年になって初めて稼動させたが、深夜になった今も上半身裸でパソコンに向かう蒸し様だ。

休みの日には頻繁にカフェを訪ねてくれるフレンチブルの武蔵君だが、今朝はお相手に恵まれすぎたのか気合が入ってしまった。
そのお相手とは盲導犬のパピーウォーキング中の元気なラブ君2頭で、体力の差は歴然としていた。
にもかかわらず武蔵君は果敢に後ろ足で立ち上がり、前足というより正に両手を駆使して対等に渡り合おうと頑張って時に相手をひるませる局面も見られていたのだが、冷静な飼主はレフェリーストップをかけた。

「やってやったぜ!」
1ラウンドを終えて肩で風を切るようにカフェに戻ってきた武蔵君だったが、その息遣いは荒くブーブーと音がしていた。
「この間、平岡公園を散歩していたら仔ブタと間違えられました。」
飼主は笑いながらそう話してくれたが、あと2〜3度温度が高ければ呼吸困難に陥りそうな気配である。

「去年の夏の暑さで札幌で5頭ほどのフレンチブルが亡くなったそうですよ。だから今年は我が家もエアコンをつけました。」
そんな話を横目に武蔵君は第2ラウンドに突入し、再びレフェリーストップで戻されたものの、その闘志は衰えることは無くただ呼吸音だけが私達を心配させていた。

「エアコンの次は高濃度酸素室が必要ですね」
その後にやってきた犬たちは走り回った後、水を浴びるように飲むことで冷却していたが、鼻ペシャのわんこ達にとっては暑さと興奮による呼吸調整は死活問題であることを改めて知らされた。

第3ラウンドにはとっておきの秘策も考えていたのかもしれないが、果たせぬまま飼主と共に引き上げて行く武蔵君の後ろ姿からは「今日のところはこのへんにしといたろか!」という勇ましさが感じられクスッと笑えた。
 

一つの区切り 2005年06月10日(金)

  ほぼ半年の時間を経て、昨日我が家の愛犬スーを納骨してきた。
盲導犬協会にある『霊犬安眠』と彫られた慰霊碑の前に到着した時には、老犬担当のTさんが慰霊のための準備をしてくれていた。

「スーの写真持っていく?」
「うん。でも気に入ったのある?」
「無いよねぇ。一面は捉えてるんだけど、これって言うのが無いよねぇ」
実はお気に入りのショットがあるのだが、うしろ姿だから儀式の場には相応しくなく、結局仔犬の頃の写真とカフェの常連さんが撮ってくれた額入りの写真を持参した。
Tさんが準備してくれた慰霊碑にはリンゴやおやつそれに花が飾られていたが、持参したスーの写真はしっかりマッチしていた。

毎年8月の慰霊祭では私自身、100頭以上の盲導犬や繁殖犬を納骨・追悼してきて、慰霊碑の後ろにある納骨場所には懐かしい犬たちの骨が山のようになっていた。
「スーは控えめだから」
Kの言葉に私は隅っこを選んで骨箱から骨を撒いた。
両手を合わせたKと私はそれぞれの想いを送りスーの冥福を祈った。

一つの区切りがついたのだと思う。
一日経って私は、「うしろ姿のスーの写真を拡大して額縁に収めよう」と決め、Kは「慰霊碑の周りを綺麗にして花を植えようかな」とつぶやいた。

夜、9時前にカフェの常連の方から電話があり
「これからガーデンでちょっと遊ばせてもいいですか?」としばらくしてやってきた。
爽やかな夜風に吹かれながら、ニセアカシアの木を見渡すと、枯れ木のようだった枝に新緑の若葉が照らし出され新たな息吹を鮮やかに見せてくれた。
 

ドイツへの道が開かれた 2005年06月08日(水)

  サッカー日本代表のドイツへの道が開かれた実況中継を見終えたままの勢いでこの欄に突入してしまい、何のテーマも思い浮かばない状況だ。

ヤッターヤッター!!
前半のフラストレーションが吹き飛んだ気分であるが、内心では『前半の内にやれただろ!』という不満がないわけではない。
まるで我が子の成長を見ているようなもどかしさがあって、勝った喜びもさることながら安堵感で一杯というのが正直なところである。

来年の6月9日、カフェがどうなっているかはわからないけど、日本代表はドイツの地に立っていることが嬉しい。

私が盲導犬協会を退職し、日本全国気ままな旅をしていた時、カメルーン代表が中津江村にすったもんだの挙句到着したことを思い出し、鹿児島の指宿ではフランス代表がキャンプを張っていて、ちょうどその投宿先付近にいた頃を懐かしく思い出す。
時の流れを抜きにして変化や成長を語ることはできまい。

これまでカフェを訪ねて、愛犬の成長に変化を求められた方はたくさんおられる。
数回の来店で見切りをつけられた方には「どうしてもうしばらく通って来られなかったのか」と残念に思うこともあれば、頑張って来店を続けてくださる方もおられる。

「おりこうですね。まだ若いのにそんなに大人しくできるなんて!」
他の飼主から今日、そう評価された犬の飼主と思わず目を合わせて、クスッと笑顔を交わすことができた。
その飼主は「問題児でどうにもなりません。気軽な気持ちでカフェに通えるような犬にしたいのです」と数ヶ月前にカフェを訪ねてくださっていた。

今すぐに結果を求められては私も犬もたまったものではない。
ただ私はその犬を評価し、将来を見据えた展望を説明しなければならないし、飼主の方はせめて半年のスパンで愛犬の変化を求めて欲しいと願う。

そして、そんな気持ちでサッカー日本代表を見ているかというと、実はそうでもない自分を感じてしまうのも正直なところである。
「やっぱ、人間との付き合いは難しい」との声が犬たちから聞こえてきそうで、もっと冷静に全体を見る習慣をつけたいと思った。
 

チワワだってたいしたもんだ 2005年06月07日(火)

  今更こんなことを書いたら、いつもカフェをご利用いただいているたくさんのチワワの飼主に怒られるかも知れないけど、正直言ってチワワとの暮らしがラブやゴールデンなどの大型犬と同じような感覚のものであるとは思っていなかった。

チワワなど小型犬の場合、室内トイレでの排泄習慣をつけられているから、室内でフリーにすると結構頻繁に排泄する場面が観察される。
小型であるため室内での動きにもそれなりの運動量があり、血液の循環も盛んになって排尿回数が増えるという生理的なサイクルが要因で、仕方のないものだと思っていた。

また、小型犬の中では大胆な性格であると聞いてはいたが、深く知ってみると大らかさと寛大さそれに遊び心といたわる心を併せ持った感性には驚かされる。

子供の頃からカフェに通い続けて、その成長に大きな影響を受けているチワワのルルとチビを見たり、お泊りで暮らしたりしていると、大型犬と暮らし慣れている私達にさえ全く違和感を感じさせないでいてくれる。

1日に5〜6回、時間を見て外で排泄させるのが当たり前に思っている私達にきちんと合わせてくれ、「シーシー」と言えばすぐにオシッコをし、「ベンベン、ウンチは?」と言えばいそいそと動いて済ませてくれる。

彼らなりに一生懸命頭を働かせて言葉の意味も覚えるし、そのことを褒められた時の動きは仰々しくても、大型犬のように人を押し倒したりテーブルの上の物を尻尾でぶっ飛ばしたりはしない。

夜、私がパソコンの前に座っている時はその辺で寝ているし、一服し始めるとご機嫌を伺いにも来る。
焼酎のボトルの口の辺りに興味を示すので
「飲むか?」と頂き物の“土佐の金時芋焼酎よさこい”を指につけると旨そうにいつまでも舐め、下戸のKの代わりに私の相手を務めてくれる。
犬種は違えどやはり犬は犬だ。
暮らし方でちゃんと人の心と生活様式を理解し、受け入れ、それにあわせて自分達も楽しんでいる。

いろんな事情があっていっときカフェに来れなくなったNさんも2匹のチワワと暮らしておられるが、自宅ではふたりのわんこの心遣いに癒される日々を送っておられることだろう。
「なんちゃない。無理せず頑張らず気軽に生きていいんだよ、私達みたいに。」と小さな姿から教えてくれているはずだ。
ただし、犬に酒を飲ませてはいけませんぞ。
 

どうか、ひとつ 2005年06月05日(日)

  数日前からチワワのルルちゃんが我が家にお泊りしている。
日頃から飼主のHさんはルルに可愛らしい服を買ってあげたり、お正月には晴れ着まで準備してくれた。
仲良しのチビが羽織袴を着てルルの晴れ着とのツーショットはそれはそれは可愛らしく永久保存物であった。

そんなHさんも最近ではルルのしつけと健康管理にはシビアで逞しさを感じることさえある。
以前なら、好き勝手に飼主を無視するルルを見て「こんな時はどうすればいいんでしょう」とためらいがちに尋ねていたが、今では自発的に制御するようになった。
ただ、カフェでの時間を過ごして、いざ帰ろうとする時、何やら遊びのような追いかけっこをすることがある。

「楽しそうだね」
私とKは言葉を交わして微笑んでいたものだが、実はHさん、仕事の時間になって帰ろうとしてもルルがつかまらず本気で焦っていたりしたこともあったのだ。
「ルル、マテ」と言って私がルルを抱っこしてHさんに渡すと、悔しそうな顔をされていた。

ルルの動きに異変を感じては動物病院でチェックを受け、健康を維持するためのサプリメントも怠りない。
甘えん坊のルルだが、自宅では自分のハウスで寝るようにもしつけてあった。

それが今夜、ルルの姿がちょっと見えないと思ってKの部屋に行ってみると、なんとKのベッドではしゃいでいるではないか!
「ダメだよ!Hさんはちゃんとしつけているんだから」と私。
「だって、“どうか、ひとつ”って言うし、ベッドの真中じゃなくて、ほんの片隅で申し訳なさそうに遊んでるんだよ」とK。

ため息をついてその場を離れた数分後、「助けて!見て見て!ルルちゃんが凶暴になってます!」とまたまたK。
見ると、ベッドの上を奔放に駆け回りKの手を目掛けて“遊ぼう攻撃”に夢中になってるルルがいた。

厳しめの私に対して、甘あまのK。
犬の気持ちを誇張して代弁するKと、“鬼の訓練士”と異名を馳せた私のコンビであるが、視覚障害者の命を預かる犬と家庭犬での対応では、いつの間にか私のほうが軟化するようになってしまっている。

ルルの父さん、ごめんなさい。
我が家でルルのしつけの一部が台無しになるかも知れません。
「どうか、ひとつ」という態度や言葉にまやかされる私達を“どうかひとつ”お許しください。
 

Shall We Dance?な気分 2005年06月04日(土)

  夜9時を過ぎて、やや強い雨が降っている。
昨夜の寝不足に今夜のアルコールが加わり、気だるく心地よい疲れが漂い始めた。

部屋ではゴールデンのアリーが私の横に寝そべり、チワワのルルがソファで丸くなっている。
もう一頭のゴールデンララは何故か1階の事務所がお気に入りで、アリーに誘われて2階に上がってくるのだが、すぐに事務所に戻って一人寝を楽しんでいる。
一緒に暮らすアリーとララは、たまのお泊りの時にはそれぞれ自分の時間を楽しもうと相互不干渉の約束でもできているのだろうか。

三頭とも昨夜は3時半まで私のサッカー観戦につきあわされ、ゆっくり寝ることもできなかったし、今日は一日カフェで働いていたから
『もう限界です』とばかりにぐっすり寝ている。

室内生活を大人しく暮らすように教えるには、思い悩むより寝不足になるほど日中に遊ばせるのが手っ取り早いようだ。
寝顔はみんな純真な天使である。

今日初めてやってきたコーギーちゃんもMシュナウザーも今夜は自宅で妙におりこうになっていたのではないだろうか。
そして、高校生の時生まれて初めてパチンコをした私がその夜夢を見たように、彼らも今頃カフェの夢に尾を振り、時にうなされ、ガーデンを駈けるように手足をバタバタさせているかもしれない。

新しい世界を知り、変化を受け入れることができるのは成長の過程にある証で、可能性を秘めた若さの表れでもある。
私も負けてはいられない。
以前からず〜っとKに誘われていた、ヨーガ・ストレッチ・腹回り集中なんたらコースのどれかにこの夏は挑戦してみよう。

ただ挫折する原因がいつもその入口にあることを今思い出した。
短パン?スパッツ?シューズ?
想像しただけで恥ずかしくなり、犬たちのように普段着で参加できないものかと不平を述べてはこれまで先送りにしてきていた。
しかし、今回のKはどうやら本気のようである。

初めて講座に参加したその夜、私はベッドの中で夢を見て、手足をばたつかせたり悲鳴に近い声を上げるようなパチンコ以来の新鮮な経験をすることができるのだろうか?それとも体を無くして爆睡するだけなのだろうか?

まだ何も決まってないのに先走りした夢と不安ばかりがイメージされ、宝くじを買った後の気分になってしまう。
Kよ、本当に講座に行こうと考えているのですか?
 

カフェの色 2005年04月20日(水)

  カフェをオープンして16ヶ月が経ち、「カフェの空気に色がついてきたな」とふと感じることがある。
伝統の始まりというのだろうか、“このカフェはこのような方たちにこのようにご利用されこんな雰囲気のカフェです”と、まだ多少は曖昧ではあるが、そんなことを言葉に表すことが許されるようになったと感じている。

曖昧と表現したのはまだ許容量に幅があると思うからであり、色についても明確ではなく漠としたところがあるからだろうが、どんな色なのかカフェの顧客を通じて今夜ちょっと考えてみたくなった。

・まず、私達のカフェには犬を愛し、共によく暮らしたいと願う方々が集う。
・その意思は継続的であり、単に一時の楽しみを求める娯楽やオフ会などの集会の場としては相応しくないように思う。
・様々な問題を抱えていたり暮らしやすい犬かどうかは大きな問題ではなく、それをどう捉えているか今後どうしたいと考えているのかが本質であり、さらに言うなら“種としてのイヌと暮らしたいのか、家族としての犬と暮らしたいのか”カフェの利用価値を左右することになる。
・愛犬に対して早急な変化や結果を求めず、一見無駄と思える時間の積み重ねの中で愛犬と自らが変化し、同じ感性を持つ仲間との触れ合いを楽しむゆとりを持った方が利用されるカフェであるようだ。
・初めて来店される方に優しい眼差しを持ち、良心的に話し掛けられる顧客の姿は、無給のスタッフとしてカフェを支えてくださり、新たな繋がりを無限に広げてくれている。

さて、皆さんにカフェの色が見えただろうか。
そして、これからどんな色にカフェは変化していくのだろう。
 

キャリアチェンジしたヒカル君との再会 2005年04月19日(火)

  このところ盲導犬のパピーや現役を引退した老犬、それに適性検査でリジェクトされた犬がカフェを訪ねてくれることが多い。
せっかく1年間、盲導犬候補犬を育ててもそのうちの4割近くは盲導犬になれず一般家庭に引き取られることになる。
それらの犬を当初は“不適格犬”と言っていたが、それでも一般家庭犬から見れば優れた能力を持つ犬が多く、“不適格”という表現方法が不適切と感じていたため、盲導犬学校の国際連盟でも用いられていた“リジェクト犬”という表現に変えた経緯がある。
ところがそのうち、国際的に見てもこの“リジェクト”(排除する)という表現が不適切と認知されるに至り、現在では“キャリアチェンジ”(用途変更)と、よりソフトな表現になっているのは理解できるところである。

この4日間、4年前にキャリアチェンジして一般家庭に引き取られたヒカル君のお泊りがあり、私はある種の感慨にふけっていた。

生後2ヶ月に満たないヒカル君をパピーウォーカーのNさんの懐に優しく渡し、その後の成長のアドバイスを当時私は盲導犬協会のスーパーバイザーとして行っていた。
N家のお父さんは咽頭部の病気のため発語に障害があり、ヒカルとのコミュニケーションは不十分であったが、いつも優しくヒカルを見守りヒカルもお父さんが大好きだった。
月に一度の定期訪問でヒカルの成長ぶりと歩行状態をチェックしていた私は、将来立派な盲導犬になると信じていた。

ところがある日、帰宅後再び部活に出かけたお姉ちゃんの後を追い、道路に飛び出したヒカルは車に跳ねられ大怪我をしてしまった。
ヒカルが後を追ってるとも知らず、急ブレーキの音に振り返ったお姉ちゃんのショックもとても大きなものだった。
しばらくは血尿が続いたヒカルだったが無事回復し、お姉ちゃんもようやく自責の念から徐々に開放された。

その後ヒカルは適性検査に合格して訓練に入った。
その能力はとてもすばらしく、当時の訓練犬の中でもトップを維持していたに違いなかった。
しかし、呼び鈴に対して吠えてしまうという欠点が最後まで矯正されず、結局キャリアチェンジとなり現在の飼主に引き取られたのである。

Nさんは不足している次の盲導犬を育てようという使命感で涙しながらヒカルを引き取らず、新たな仔犬を迎え入れてくれた。

キャリアチェンジとなりお泊りしたヒカルは幸せそうで賢い犬だった。
言葉が通じ、感性も豊かで一緒にいてとても楽しい犬でいてくれた。
散歩の時、盲導犬の訓練用語を私がささやくと、チラと私を振り返り「分かってますよ」と合図してくれた。
 

楽しかったよ、レオンとノエル 2005年04月17日(日)

  午前中は晴れていたものの、そのうちミゾレ交じりの強風が吹き荒れた一日だった。

「うちの子たちは元気にしてますか?予定通りの便で帰りますので明日の3時頃にはカフェに伺います」と電話があった。
バリ島が何県?にあるのかすら知らないけれど、長いお預りになったGレトリーバーのレオンとノエルはすっかり我が家で落ち着き、日中はカフェの看板犬を立派に務めてくれている。

そのノエルはお預り中に生後7ヶ月目に入った。
どんな犬とでもうまく遊べるようになり、ひとり遊びだってラッコやパンダと見まがうほどソックリにできる。
散歩も始めは引っ張ったりうろちょろしていたが、今では真っ直ぐ上手に歩けるようになっている。
とても素直に育って呼べばすぐ来るし、叱られる時は『ごめんなさい』という顔をして聞くようになった。

Gさんが持参したフードはノエルの体質に合っていない物で、私はウンチの状態が気に入らず、勝手にカフェのフードに変えてしまったが、これはきちんと請求しなければならない。
カフェの書籍ボックスと事務所の壁の縁を齧られてしまったから損害賠償も考えなければならないし、こんなにいい子になったのだから訓練費用を上乗せしても文句は言えまい。
そんな悪徳カフェになれたらスタッフに、もう少しマシな給料が払えるようになるだろうに…。

柱の傷は、ノエルと暮らした今とこれから成長する姿を見る度に楽しい思い出となることだろう。
ありがとう、レオンとノエル。
明日の3時までは看板犬の仕事をしてくれよ。
それから我が家は大掃除だ。
 

思い込み 2005年04月16日(土)

  一昨日からお泊りのMダックスサリーちゃんは、小柄で鼻の付け根から先端までがとても細く、まるでモグラのようでとても可愛い。

「他の犬に会わせないようにしてください」
前回のお泊りの時も同じことを言われた。
「怖がりで神経質だから下痢や嘔吐をしてしまいます。以前別のペットホテルに預けた時は、ホテル代よりその後の治療費の方が高くついてしまいました」

観察してみると、確かに怖がりで神経質な傾向はあるが、飼主の方がそう決め込むほど病的なものではない。
下痢や嘔吐をしたペットホテルでは、余程のストレスを与えられるような環境だったのだろう。だからといって『他の犬に会わせるとそうなる』との思い込みは、飼主の過剰反応のようにも思える。

実際、一緒にお泊りしているMダックスのロンとジュリアに尾を振りながら臭いをかいだりしているし、大型犬に囲まれてソファーの上でニコニコしている。
飼主の要望であるから、日中もカフェには出さず、夜も他犬と直接触れ合うことがないように配慮しているものの、せっかく他犬に慣れさせる機会を無駄にしているようで残念に思う。

「食物アレルギーがあるので持参のフード以外は与えないで下さい」
そう言って、アレルギーの検査結果を持ってこられる方もおられる。
確かにそのうちの幾つかにアレルギー反応が実際あるのだろうが、犬のアレルギー検査は行うたびに結果が変わることもしばしばだと聞いている。
病名や原因を伝えられると安心するような気持ちが人の心の中にはある。
しかしそのことで過剰反応や思い込みが強くならないように戒めた方が賢明な場合があることも知っておきたい。

私は私で、犬の食物アレルギーの原因は、人が食べることができない食材の産業廃棄物で作り出した粗悪なドッグフードや添加物に原因があり、○俣病や○永ミルク砒素中毒と同じ、公害や人災と思い込んでいる面もあったり、飼主の過剰な愛犬への介入が、犬の精神的発達を阻害していると思い込むところがある。

いずれにせよ思い込みが強くなると、自分は楽なのだが肝心な正しい判断や行動がとれなくなってしまう欠点があることに注意しなければならない。
余計な配慮が裏目に出て却って健康や精神的発達を損なわせることもあれば、化学物質過敏症や神経症など本当に配慮が必要な時に判断を誤ってしまうこともあるだろう。

『何事もほどほどにが肝要』ということだろうか。
タバコの煙に巻かれて大酒を飲みながら考えた。
 


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