From the North Country

バースデイカレンダーに加えておこう 2014年12月01日(月)

  騒音の配慮にもいろいろあって、自衛隊の砲撃演習は7時ピッタリに、近隣の土木建築関連は早くても8時頃から工事が始まる。
しかるに早朝散歩のわんこの吠え声は6時頃と今の時期ならまだ外が暗いうちだ。

これから冬の除排雪作業の音は『夜中にご苦労様』と思えるが、わんこの吠え声は住宅街で飼われるおんどりの雄叫びに似て分が悪い。
どうやら犬の早朝散歩にはそんなところにも配慮が求められそうだ。

そんな書き出しで数日前に『Q4.散歩中の吠えについて』をアップしたつもりの長文が、酔って何をしたのか分からぬうちにおかしなボタンをクリックしどこかへ消してしまった。

だから、Q4とQ5(拾い食い…)について書くのはもうやめた。(戦意喪失)
過去に何度も書いたことだし、結局のところ犬の異常ではなく飼い主さんの意識の持ち方ということだから。

で代わりに…と別のテーマを持ち合わせているわけでもない。
んで困ったときはカフェの宣伝をし、併せてカフェはまだ頑張って営業…

あ"!!!
今日は12月1日だ!!
すっかり忘れてた、うちの店ドッグカフェナガサキの開店記念日だった!

もし今夜この欄を書こうとしなければ、思い出すこともなかったぞい。
如何にぬるくて緩い生活をしていることか改めて感じ入る。

23時20分、慌てて叫ぶと「あ"!!」とKも私と同じ反応。

ってなわけでドッグカフェナガサキは2003年12月1日開業以来まる11年を無事に過ごし、今日から12年目を迎えることになりました。
日頃から物忘れがひどくなったとお互いに笑い飛ばしながら生活している私とKであります。
お恥ずかしい限りですが、今夜思い出せなければ数日後かいつか思い出した時に二人でもっと大笑いしていたことでしょう。

順序がどうにもおかしくなって失礼しましたが、皆様へのお礼です。

いろんな方々とわんこの“おかげさま”でドッグカフェナガサキは今日から12年目を迎えることができました。心より御礼申し上げますとともに、ドジというより穏やかに齢を重ねる私どもにこれからも応援よろしくお願い申し上げます。

カフェのバースデイカレンダーにはわんこ達の名前が書かれてるけど、カフェの開店記念日も書いておこうっと。
 

今夜はQ3、要求吠えについて 2014年11月23日(日)

  日頃から要求吠えをするわんこと、それを無視したり吠えること自体の異常に慣れてしまっている飼い主は、本人たちが問題意識を持っていないかも知れないが、必ずと言っていいほど他に問題を抱えていると私は思う。

散歩の時、あっちへちょろちょろこっちへちょろちょろ
人が食べてる時に膝に手をかけたり、床に落ちたものをすかさず拾い食いしたり
カフェでテーブルに足をかけたり、ホテルでは他人の迷惑も顧みず吠える犬に無視を決め込む飼い主であったり…

インターホンに反射的に吠えるのとは違い、要求吠えは『ヒトをどう動かすかという』意図を持った吠えである。
だから一つ間違えばたちが悪い。

愛犬雑誌には
・とにかく無視しましょう
・吠えなかったらご褒美を上げましょう
・吠える状況を見えなくしましょう
とか書いてある。

私の場合は、まず頭で確認する。
・トイレは大丈夫か
・何か忘れていないか?
つまり飼い主として果たすべきことを果たしているか?与えるべきものをちゃんと与えているか?という確認である。
大方がたわいない要求だと最初から分かっていても、やはりまずは頭を巡らす。

そして、しつけを行う。
前述のとおり要求吠えにはイヌの意図が明確にある。
だから『人を顎で使うような吠えは絶対許さん!』となる。
これから先も共に暮らすうえでの大事なしつけを“無視”することで流そうなんて実にもったいないことだと思っているから。

よくあるのがわんこの食事を作っている時の“鼻鳴らし”とエスカレートした“吠え”だろう。
日に2回の楽しみだから『早くちょうだい!』という気持ちが分からないわけではない。
だが、必ず毎日貰っているのだし、普通の家庭犬ならその他におやつだって与えられているだろう。

食事を作っている最中に鼻を鳴らし・吠えてまで要求することを放置するのは、『以後あなたの要求に応えます』と宣言するに等しく、わんこは『それが普通』という感覚を持つようになる。
そしていろんな時に込み上げる感情に任せ、吠えるわんこになる。

『別にいいじゃん、わんこなんだから』という飼い主さん、『別にいいじゃん』と私も思います。
ただし、あなたの家庭内だけのことにしていただければと願う。

せっかくわんこと泊まれる宿で楽しいひと時を過ごしている夜に隣の部屋で吠え続けるわんこがいる。
寝不足で疲れ、いずれこの宿は『わんこお断り』になるのでは、との懸念がよぎる。

要求吠えを無視することで治そうとしている飼い主さん、その効果が完成してから宿に行きましょう。(はたしていつになるのか私にはわかりませんが)

繰り返しましょう。
愛情があるのは当然として、飼い主として果たすことを果たし・与えるべきものを与えてますか?
そのうえでの要求と思われる鼻鳴らしや吠えに対しては『それは無し!』との振る舞いが求められるです。

優しい飼い主としては難しいですよね。
でも実際困ってますよね。

困ってる優しい飼い主に、『無視するだけならやれるかも』と、優しい投げかけをして購読数を増やしているのが最近の雑誌です。
その類いの手法でうまくいかないほとんどの飼い主さん、あなたが本気ならカフェは応援してますよ。

要求吠えというのが人とわんこの関係をみる最高のバロメーターという意味を考えてみてください。
もうひとつ、変わるのはわんこじゃなく、実はあなたの方なのです、と私が伝えたい理由も。
 

今夜はQ2 2014年11月15日(土)

  今夜はQ2.引っ張るんです、について

この問題は、仔犬育ての段階から将来引っ張るわんこにならないよう散歩の時に教えておかなければならない項目なのに、これに困っている飼い主からの相談は多く、そして当然ながらそれらの飼い主のほとんどがその他多くの問題を抱えている。

散歩に出かける時や車から降りた時の一時的興奮で引っ張るのは、まあそれなりに理解はできるけど、散歩中ずっと引っ張りながら歩くのを許容していたり無頓着でいる飼い主には『将来の危険信号を見落としていますよ』と言うしかない。

ここで言う“引っ張る”とはリードがピンと伸びてさらにわんこの力が加わってる状態であり、“抑え切れる”とかの人間の体力やわんこの大きさによる力加減の話ではない。
つまり小型犬でも引っ張っていれば大型犬の飼い主の必死さと同様ですよということだ。

『ダメ!ゆっくり』と声をかけて飼い主は教えたがる。

そんな日本語が犬に通じるなら日本中のわんこは皆お利口さんなはずでしょ!と私は嘆く。

もっともっと動物的になりましょうよ。

例えば、わんこが引っ張って歩いたら、わんこの首輪も引っ張られますでしょ。
したら、わんこの首にそれなりの力が加わりますよね。
次の瞬間、リードショックがあるとなれば、わんこも考えるようになると思いませんか?
なにより分かりやすい!
私たちだって知らない言葉で言われるより、行動の中で矯正された方が理解しやすいし、わんこも同様に考える動物です。

引っ張る⇒首が締まる⇒リードショックが来る
オートマチックにこれが繰り返されれば、引っ張って首が締まった途端、わんこは歩調を緩めるようになる。
その反応が出た頃から『ゆっくり』という日本語を上乗せすればリードコントロールが不要になり、日本語での指示が可能となる。

『そうそう、それでいいんだよ』との励ましと飼い主とのコミュニケーションがあればすべてはうまくいく。

引っ張るのはわんこの自然な行動。
それにちゃんと対処できるのがこれからの飼い主。
 

ゴミ箱は上に上げるな 2014年11月14日(金)

  Q1.ゴミ箱を漁るんです
Q2.引っ張るんです
Q3.不満というか要求があれば吠えるんです
Q4.散歩中に吠えるんです
Q5.盗み食い・拾い食いするんです

様々な相談が愛犬雑誌に寄せられているようだ。

受けたメディアは特集を組み、例えばQ1.についてゴミ箱を漁って誤食でもしたら大変なことになりかねません。ゴミ箱はわんこが届かないよう高い所に置きましょう。なんて結論を導き出している。

それに対する私の見解と対処法を数回にわたって述べようと思う。

今回はそのQ1について

わんこを室内に迎え入れたら様々な問題行動をとるのは当たり前のことですね。
Q1のようなゴミ箱のいたずらなんてその筆頭でもあります。
わんことしてゴミ箱を見た時に湧き起こる衝動の一つとして当然のことだと思われます。

『つまり』というか『だから』というか、人と暮らすうえで『それは許されないよ』という“ダメ”を教える第一歩であるはずのせっかくの“ゴミ箱荒し”に対して、ゴミ箱を高い所に上げて未然に防ごうという発想に私は大きな疑問がある。

ゴミ箱に鼻を突っ込むわんこに『おい!それは絶対許さんぞ!』と毅然とした態度を示しただけで、以後のしつけの80%の主導権を確保したことになるのに、そのチャンスを無駄にして『言いなりになる』態度を示す飼い主は多い。

つまりゴミ箱は高い所に上げるのではなくて、日常通りの場所に置き、わんこをフリーにしたうえで、悪戯しそうになった時に『こらー!それは絶対許さんぞ!』というこの社会での洗礼を浴びせるのがわんこに分かり易い付き合い方である。

もちろんその後に、わんこは数回のチャレンジを行う。それを“折り込み済み”の上で対処できるのが理解を深めた飼い主である。
 

田舎暮らしのクロウ 2014年11月10日(月)

  遅くなってしまいましたが、ファーガス基金10月分のご報告です。

カフェ募金;9,411円(内お札は6000円)でした。
これまで寄せられた募金は837,409円となり、目標額150万円まであと662591円となりました。
また、これまで食費や治療費などで引き出した額は335000円で、通帳残高は502409円となっています。

これからも皆様のご協力をお願い申し上げます。
特にカフェから遠く離れた皆様は、口座へのお振り込みで応援よろしくお願いいたします。
振込先
※ゆうちょ銀行(郵便局・郵便口座)からは
記号;19050 番号;33999621
※他金融機関からは
【店名】九〇八(読み キュウゼロハチ)
【店番】908
【種目】普通預金
【口座番号】3399962
名義は郵貯銀行の規定上、『介助犬ファーガス』で開設できないため、ナガサキフミアキとなってしまいますが間違いなくファーガス基金として管理いたしております。
また、ファーガス基金の通帳はカフェにありますのでいつでも開示いたしております。

さて、11月も10日を過ぎたが雪がないだけじゃなく、まだ暖かい日があったりとありがたい日々が続いている。
おかげでレッスンや夕方の散歩も膝や腰の痛みを感じることなく続けられている。

今日は雨と曇りの一日でおヒマな中、洞爺湖から友ちゃん夫妻が、迎え入れたばかりのブリタニースパニエルのクロウを連れてやってきてくれた。
もうすぐ6か月のクロウは生まれも育ちも田舎だから、たまに街に出ては社会勉強を積んでいる。

歩いてみるとなかなかの度胸で動じるものはほとんどない。
興味を惹かれるのは人間のようで『へぇー、人ってこんなにいるんだ!』という顔をして、それぞれの人が仕事をしたり買い物したり車をいじっている姿をじっと見ていた。

ガーデンでも興奮して走り回ることなく、周りをじっくり観察して『ふーん』という顔をしている。
誰かに似ているなっと思い出したのが、友ちゃんちの長男だったので、ちとおかしくなった。

もともと田舎暮らしが似合いそうなおっとりタイプの友ちゃんが田舎に嫁ぎ、穏やかで優しい旦那との間に3人の子供をもうけ、今度はわんこを迎え入れた。
みんな似てくるさな、と納得した。
そんなはずはないけど苦労はなさそうだ、で〆。
 

11月4日 2014年11月04日(火)

  日付が変わって4日になった夜半、外は湿った雪がしんしんと降っている。
朝までには消えてくれるとうれしいけど、どうかなぁ…

11月4日は我が家の愛犬アモの2番目の飼い主、つまり盲導犬候補からキャリアチェンジした後の飼い主である外科医N先生の命日だ。
あれからもう9年か…

先生、この世での先生の歳を私はとっくに超えてしまいました。
それとアモも歳を取り、階段をのぼることが難しくなってきましたが、歳のおかげか侵された病気の進行は遅く、今日まで元気に暮らしています。

『階段をのぼれなくなったら下で一緒に暮らそうね』とKが言ってたから、私もそのつもりでいたのですが、アモはどうしても『2階に上がる』と言い張るので、ふたりで32キロのアモを毎日数回抱え上げる生活です。

Kは別件でひざを痛め、私は膝と腰に不安を抱えながらも注意深くアモを担ぎ上げています。
それでも生きてる32キロと死んだ32キロの違いを知ってる私にはアモの身体は軽く感じられ、ありがたいです。
きっとアモも頑張ってくれているのだと思います。
先生、その時が来たらぽっくりそちらに行けるようお力添えをお願いしますね。
アモだけじゃなく…ね。

さて、4日といえばゴールデンの金時も生後7か月だ。
土曜日(1日)に避妊手術を受け、1泊入院だからこの3連休は久しぶりにカフェは静かな日を刻んだ。
手術には飼い主Nさんの次男が立ち会い、インターンとして縫合の実技をやらせてもらったらしい。

その金時は生後6か月の先月、大人への転換期を迎えていた。
普段吠えることは許していないが、夜中に尿意を催した時は遠慮深く吠えて知らせる金時だから、Nさんも当然それを受け入れていた。
が、金時は僅か数ヶ月の人間観察の末、気付いたようだ。
『吠えれば夜中にでも来てもらえる』と。

その結果、Nさんは金時が声を出すたび夜中に起きてトイレに出した。
でも6か月を過ぎた金時は夜中に尿意を感じず、出るものもなかった。
なのにNさんはそれに気づかず、夜中に起こされ、2階から下に降りるより最初からそばで寝ようと寝袋で過ごしだした。

『金時ね。ちゃんと私の腕枕で寝るんですよ』とは、当時のNさんの弁。

1週間を過ぎた頃Nさんは気付いた。
これがいつまで続くのだろう、と。

Nさんから相談を受けた時『あんたねぇー』と私は嘆息した。
『ウソを覚えたんですよ』と私。
『え!じゃぁこれからどうすればいいんですか?』とNさん。
トイレのはずはないと思ったら、2階から段ボールの空箱でも投げて『うるさい!静かに!』と言ってやりなさい、と私はアドバイスした。

翌日、ニコニコしながらNさんがカフェに来た。
『ピタッと止まりました。ゆっくり眠れました』
『うまくいった?』と私。

だが、その方法は恐るべきものであった。
『だってね、吠えてからじゃ結局夜中に起こされるでしょ。それに2階から箱投げるにしても踊り場もあるし、うまく当てられないでしょ。だから寝る時にあらかじめ箱をぶん投げて、うるさく言ったら容赦しないからね!って宣言したの。そしたら凄い!一晩中静かだったの』

ワイルドだろ。
ハイ。温故知新です。今時のしつけ本だったら一晩中おやつを与えながら添い寝でもするのかな?
 

君が昨日行った苫小牧に今日はアモも行ったばかりだったのに。 2014年10月31日(金)

  12歳6か月。
カフェで一番大きかったゴールデンのトム君が今日逝きました。

『えっ!ウソでしょ?』と思われる方がほとんどでしょう。
が、飼い主のKさんも私も『すごいね、立派だったね、楽しかったね。』と、突然の死を受け止めています。

トム君を知っている方は『何故?どうして?』と思われるでしょうね。
私も一瞬えらく驚きました。

死因は分かりませんが、Kさんも私どもも、わんこと暮らし始めた時から“その時”があることを受け入れたうえで、毎日毎日を愛犬と暮らしていたし…、そしてこのところトム君の老いというものを感じていたからというほかありません。

分かる方には分かっていただけると思います。

今夜はそのご報告とさせていただきます。
(3か月前に亡くなった)母親のムーンちゃんのもとへ行ったトム君、ありがとう。
愛犬二人がいなくなったKさん。
私はなんて言えばいいかな。

心落ち着いたら会いましょう。
 

わんこは飼育ではなく育てるもの 2014年10月28日(火)

  わんこが吠える・引っ張る・拾い食いをする・枯葉を追い回す・飛びつく…

これって異常ですか?

ゴミ箱を漁る・食卓の食べ物を盗み食いする・ついには家族に噛みつく。

これらも異常ですか?

わんこが口から火を噴くようなら異常かもしれないが、上記のことはイヌとして当然予想される範疇の行為だと思いませんか?

気持ちは分かりますよ。
善意をもって迎え入れたわんこは、可愛がりさえすればイメージ通りの天使となり、家族に笑顔とやすらぎそれに共通の喜びと話題も提供し、かけがえのない仲間いや家族の一員になる、という夢と理想、それに過去の経験をお持ちの方もおられるだろうから。

結果的にそれでうまく暮らせているのなら問題はないけれど、そうじゃないわんこと巡り合った方が困った末に相談に来られる。

巡り合ったわんこの性格によって人生が振り回されるのではなく、皆さんが“思い描いていたわんことの暮らし”を高い確率で実現するには、ウサギや亀を飼育する感覚ではなく“育てるという意識が大切なのです”よと私は説いている。

飼育と育てるの違いは、飼育が“受け入れる”のに対し、育てるは“先を予想し、多様な機会を与え、伸ばしたり是正したり”と積極的な関わりをもつことではないかと思う。
もちろん人間においては妙な表現になるが、飼育つまり個性を受け入れつつ多様な機会を容認することで天才や秀才が育つが、わんこ育てと種が違うことを認識すべきである。

憩室炎の治療が終わり、つい飲み過ぎてしまったから適当なことを書いてどうまとめればいいのか困惑しているけど、つまり、たぶん、わんこと暮らすにあたっては飼い主であるあなたがイニシアティブを持って、わんこの個性にも配慮しつつ、導きなさいと伝えたかったのだと思う。
それがなきゃ、込み上げて来る思いのままの振る舞いを決定づける野性をも持ったわんこたちでもある。
 

自分のカルテ 2014年10月27日(月)

  残しておいた薬でうまく回避できたかと思ったがやはり甘かった…憩室炎。
気になって記録を調べてみると、もう10年来のつきあいである。

今夜はこの欄を私の持病のひとつである憩室症の『メモ帳』代わりに使わせていただきます。

2004年4月、過去数カ月で何度かあった血便が気になってS病院に行き、初めて憩室(大腸にあるくぼみ)という言葉を知った。
「心配ない」と言われ、飲み薬をもらって帰宅。

2006年9月、連日の大量下血で同じくS病院で大腸検査を受けたが、内視鏡検査の痛みにのた打ち回り、途中から麻酔となった。
意識は戻ったものの、まだ覚めやらぬうちに看護師から説明があったのだが私の記憶には残らなかった。
確か『数日後に結果が分かるから…』というような話をしていたようだが、もうその病院には行かなくなった。
以後、血便は今日までない。

それからの5年は『憩室症』という言葉を忘れさせる良き年月であった。(ひざ痛・腰痛・骨折といろいろあったにせよ)

2011年10月、発熱。
休日だったのでその日の担当病院に出向き「風邪みたいです」と申し出て診察をお願いした。
若い当番医は私の言葉を鵜呑みにせず血液検査をした。
そして、「虫垂炎になったことはありますか?」と尋ねた。(憩室炎と虫垂炎は検査での判別が難しいらしい)
「はい、20代の頃手術で取りました」と私。
「そうですか、では今、お腹のどこかに痛みはありませんか?」
「そういえば右の下腹部が少し痛みます」
「長崎さん、憩室炎ってご存知ですか?」と聞かれ5年ぶりにそれを思い出した私だったが、私の中で“憩室炎”というのは“血便”と同義語でもあったから全くそれとは結びつかなかった。

「かなりの炎症反応が出ています。本当に大丈夫ですか?救急病院に連絡を入れておきました。今すぐ行けますか?それとも…」
“救急車を呼びますか”の言葉を想像した私は「自分で行けます」と答えて運転し、T病院で即入院となった。

翌2012年12月。再び炎症。
具合が悪くなるのはいつも夕方以降か土日祝祭日だから、T病院しか診てくれるところはない。
ありがたい。でも、行けば待ち時間と検査で一日がかり。
おまけに入院を勧められ、何とか薬にして様子見を受け入れてもらう。

2013年3月。再び祝日だからT病院へ。
検査の結果CRPという炎症反応を示す数値が6近くあった(通常は0.3以内)が、以前入院した時のせいぜい3分の1位だから私は入院を拒み、投薬だけで済ませるようお願いした。
入院しなくても何とかなった、と内心喜ぶ。

2013年9月。3年連続で『憩室炎』を発症すると、さすがに前兆というか初期症状が自分で分かるようになった。
当初は“下血”が憩室炎を想起させていたのだが、今は“発熱と下腹部の痛み”となっている。

2014年10月、って今月じゃん。
振り返れば、これまでの憩室炎は夜や土日祝祭日に発症したから、いつもT病院のお世話になり、一日がかりの治療になったり入院になっていた。

それが今回はちと違っていた。
先日の金曜日定休日の朝のこと。熱が出ていつもの右下腹部が痛み出した。

このところ検査体制や先進治療が整っている大きな病院より、日頃から自分の身体のことを知ってもらい、すぐ診てもらえて、手に負えないときには紹介先に問い合わせることができる昔ながらのかかりつけの医院を探していたので、平日の朝に痛み出したものだからそのチャンスを得たと感じた。
つまり、これまでの私のデータをたくさん保有している大きな病院を選ばなかったということだ。

これまで一日がかりだった検査・診断・治療方針を決めた大病院での私の治療が、近所のクリニックでは問診・検査・点滴を含む治療で30分で終わったのだ。

私は初めて受診したクリニックの問診で話した。
・私は憩室症を持っています。
・盲腸の手術を20代で受けました。
・今朝から熱があって右の下腹部が痛みます。
・いろいろ疑いはあるかもしれませんが、経験上憩室炎ではないかと思います。

わんこと違って物言える人間の勝手な判断であろうが、それはそれでいいんでないかい?

4年連続5度目の憩室炎、しかも3月と9・10月に発症している。
来年の心構えができるから、まあいいか。
 

人を見る 2014年10月20日(月)

  「ちょっとおいで」
私が呼ぶとわんこがやってくる。

「これっ!」
私が注意するとわんこは振る舞いをただす。

「あらっ!えらいねぇー」
私が感動するとニマーっとほくそえんで尾を振る。

飼い主の指示を無視し、吠え続けるわんこに私が制御を行うと、反抗もせず叱られることを受け入れ、じっと許しを請うわんこの姿を見るにつけ、“ぐぅっとくる”。

だが、人はそれを『人を見てんだねぇ』の一言で片づけることがある。

『人を見る』というのが、北海道特有の言い回しなのか全国共通の認識のひとつなのかは分からないけど、長いものには巻かれろ的な、あきらめ・ずるさ・巧みさを含んだ意味合いとなる場合がある。辞書にはない。

わんことの暮らしは、ホイッスルと手の合図でジャンプしたりヒレを手のようにして拍手する動物の“調教”とは違い、生活全般と社会との関わりを総合的に育む“教育”であると思う。

『人を見て』わんこは育つ。
ある意味で人の子供よりも純粋に育つと思う。
むろんその人の性別・外見や肩書および社会的背景に関係はない。

ごめんなさい。
もう少し話を展開したかったけど、久々の深酒でこれ以上頭が回らない。
最後に、おこがましいのは重々承知のうえで一言。

わんこに『見られる』飼い主、否、せめて『見られてもいい』飼い主になりませんか。
 


- Web Diary ver 1.26 -