From the North Country

消えたボール 2005年02月14日(月)

  レオンベルガーのジェニーは昨年の夏頃、何度か柔らかいボールを飲み込むことがあった。
2週間ほどすると嘔吐するので、これまで事なきを得ていたが、最後に飲んだ『みかんちゃん』という台座付きのボールが出てこないという。
冬になってお泊りをしたとき、嘔吐物と便の中からゴム様の大きな物体が出てきたので、これで安心と私は思っていたのだが、以後も時々吐くことがあり気になっていた。

ジェニーが成長したのか飼主のHさんが注意を払うようになったのか、もうボールを飲むことはないと判断し、胃袋の中身を検査して、もし異物があれば開腹してでも取り出しておこう、ということになり先週造影剤を飲ませてレントゲンを撮った。
胃袋の出口辺りに相当大きな横長の異物がはっきり写っていた。
「やはりあったか。これで嘔吐の原因がはっきりした」と私は思った。
「大学病院に行けば開腹しなくても内視鏡で取り出せるかもしれません」
S先生はそう言って病院に照会し、予約を取り付けてくださった。

「内視鏡で異物が取り出せ、ジェニーが無事生還しますように」との皆さんの祈りに送られ、今日、大学病院で処置を受けた。
数時間後、カフェで気をもんでいた私にHさんから電話があった。
「どうでしたか?」
「それが…何も無かったみたいなんです。」
「はあぁ?」
「とても綺麗な胃だったそうで、腸にも異常はないようです。」
喜びとも拍子抜けともいえる声が返ってきた。

あの異物は何処へ行ったのだろう?
バリウムに固められて排出されたのだろうか?

カフェに戻ってきたジェニーは多少ふらついていたが、まもなく元気になった。
遊び相手のベルナもやってきて両者ともやる気満々の表情になっていたけれど、今日だけは遊ばせるわけにはいかない。
明日以降、嘔吐が無ければよいが…
 

勇気に応えたい 2005年02月13日(日)

  雪祭りが閉幕を迎えた今日も、札幌は寒い一日だった。
曇っている時の空気の冷たさは身を切るように感じられたが、晴れ間に差し込む陽光は何かじりじりする暖かさを放ち、私は早くも今年の夏に不安を感じてしまった。

賑わいを見せたカフェが落ち着き始めた夕方、低学年の子供さん二人を含む4人家族とMダックスのシェリーちゃんが訪ねてくれた。
入店直後カフェにゴロゴロいる大型犬を見た途端、奥さんの体はすくみ「私…ダメなんです」と一言。
ただ、そこには「イヤーン、怖い!」という甘ったるい雰囲気はなく、どちらかと言えばそれでも『意を決した』空気があった。
ヘビが嫌いで怖くてどうしようもない私にはその時の奥さんの気持ちが確かに伝わった。

「何か問題を抱えていそうだな」と思いつつ、ガーデンに放されたシェリーちゃんを見ていると、案の定「相談したいことがあるそうです」とKが知らせてくれた。

奥さんから手短に相談内容を伺った後も、ご主人と娘さんがシェリーと遊ぶガーデンに目をやり、しばらくその様子を観察していた。
そして次第に「何とかなりそうだ」と思えるようになっていた。

1.子供を学校に送って帰ってきたら、留守番の腹いせと思えるようにウンチを辺り一面に擦りつけている。
2.来客の際、帰るまで吠え続けている。
というのが主訴だったが、このような犬の場合、引っ張り・興奮・わがまま・いたずら等が当然セットになっていることだろう。

しかし観察していると
1.他犬の中で緊張しているが、無謀に吠えついたりせず飼主を楯にするように、さりげなく逃げ回っている。
つまり、積極的な攻撃性はなく、パニックになって我を忘れる狭量さがないことがわかる。
2.ご主人がガーデンを移動すると尾を振ってついてまわる。
つまり、不安に対していつまでも尾を引くことなく、本来は明るい性格をした犬で、家族も優しく接していることがわかる。
3.小さな娘さんはシェリーが嫌がっているにも関わらず追いまわし抱きかかえているが、シェリーはお父さんを目で追っている。
つまり、まだ生後7ヶ月の犬なのに家族を信頼し、寛大さを持ち合わせている。
4.家族に抱かれた時、他人が手を出すと噛もうとした。
家族のもとでは強気になるのか、あるいは逃げ場のない状況では防御的攻撃性があるのか今後見極めなければならない。

私なら、どんなに困っていてもヘビがうごめいている場所には行けない。
でも奥さんは勇気を出してカフェに足を運んでくれた。
次週、レッスンを行うことにしたが何とかその気持ちに応えられればと願っている。
そして、暑さが予想される7月の1歳の誕生日には、この冬のレッスンが懐かしく思えるような状況になっていて欲しい。
 

思い出はいつから思い出なのだろう? 2005年02月11日(金)

  早朝からの除雪作業で今日が始まった。

雪祭りになるとせっかくの雪像が融けだしてしまうような年が増え、地球温暖化の影響を心配していたが今日は寒い寒い。
「雪もたっぷりだしいい冬だ」などと本気で言えなくなってきた。
かろうじて残っている空き地にガロアラシ号は雪を飛ばしているのだが、その空き地の雪もガーデンのフェンスを圧迫し始めている。

大喜びなのは犬たちで、狭いガーデンのど真ん中にある雪山を駆け上がり、そこに掘られた雪洞に潜って追いまわす犬からワープし逃れる遊びが流行っている。

昨日午後の猛吹雪とは一転し、少し高くなった雪山に登ったイングリッシュセターの背景には息を呑むような青い空とニセアカシアが見事な美しさを描き出していた。
そのセターが大きく足を上げて排尿しているマタグラにフレンチブルが頭を突っ込み、まともにソレを浴びつつなお心地よさそうに臭いを嗅いでいたのが今朝のカフェの始まりだった。

午後に入ると休日には珍しい方々が顔を出してくれると思ったら、もともと今日金曜日の常連の皆さんだった。
こういう日は新たな出会いがあって面白い。
土日祝祭日にしか来られない方といつも金曜日に来られる方。
スタッフにとってはどちらも充分過ぎるほど存じ上げているのだが、皆さんには初対面であり、ましてや気の合いそうなワンコと飼主が新たに出会えればまた楽しい繋がりができてくるというものだ。

夕方になって初めてのダックスも加わると、吠えながらビクビクしていたその子と飼主が、カフェの雰囲気の中で徐々に変わっていく姿を楽しむことができ、私にはそのダックスの近未来の姿が想像されたので、おせっかいとも思えるようなアドバイスをしていた。

そして、お泊り犬もいない今夜、Kと外で食事をした時にふと私がこぼした思い出話に、Kは亡き愛犬を思い出し涙してしまった。
何が現実で何が思い出なのか?
思い出はいつから思い出なのか?
今日のことを振り返りながら、私たちはまた一つ思い出に近づけるよう時を重ねたのだろうか。
 

子供たち 2005年02月09日(水)

  数ヶ月ぶりに我が子二人と対面し、夕食を共にした。
そして、対北朝鮮戦のサッカー最終予選をテレビ観戦しているうちに人も犬と同じように『血は受け継がれる』ことを再確認した。

私がこれまでの国際試合をテレビ観戦している時に垂れるうん蓄を、熱の入った娘が輪をかけた勢いでタレルのである。
その考え方もさることながら、言い回しや熱中度合いが瓜二つだとKは笑っていた。
多少違うことがあるとすれば反応のスピードである。
やはり若いモンには敵わない。
今、正に私が言おうとしていることを娘は既に言葉にし始めているものだから、私は「うん、うん」と頷くばかりなのだ。

年寄りが我が子を前にして好々爺であるような反応をせざるを得ない状況はこうして作られることが良く分かった。
その後は娘と意気投合。
ボソボソと喋る息子は、合いの手を入れるのが精一杯なのだが、的を得ているのが面白く心配性の私を安心させてくれた。

その子供たちが友達のパピヨンを5日間ほど預かったという話になった。
「めっちゃ可愛かったさ。吠えないし愛嬌たっぷりで」
「もしかしてオシッコとかしなかった?」
「しまくり!だから私の部屋のもの全部出して新聞を敷き詰めた」
「外へは出した?」
「公園に散歩に行ったら小さな子供たちに囲まれて、嫌で仕方がないのにじっと我慢して触らせてた。可愛そうになって抱きしめながら家まで連れて帰った」
「夜寝る時は?」
「私の蒲団で一緒に寝ようとしたんだけど、蒲団に入った途端部屋中走り回って大騒ぎしてた。朝起きた時にはちゃんと蒲団の中にいたけどね」
「それでその後どうなった?」
「友達が引き取りに来ても私から離れようとしなかったんだ。それを見て友達は悔しかったのかちゃんとしつけして今はとてもいい子でいるらしいよ。ビスコなら最高のわんこだね」
私にとって不満な所もあるが、子供たちが犬好きに育ってくれたことが嬉しかった。

15年以上前の話になるが、保育園で歯科検診を受けた時「大変綺麗です」と言われたのに、「綺麗なのにどうして大変なんだ?」と泣き出してしまった息子。
トイレの練習を始めた頃、「いいかい、出たら出たって言うんだよ」という言葉に送り出されてトイレに入った娘は数分後、「出たら出たぁ!出たら出たぁ!」と叫んでいたのを思い出す。

いやはや、何とも楽しく懐かしい一夜だった。
 

在宅訓練という方法もあるけれど… 2005年02月07日(月)

  先日来の『多頭飼い』に多くの反響があり驚いている。
特に誰彼の犬というのではなく、あくまで全体的な傾向を観察し自分なりに分析した私見であったが、多くの方から共感を得たことにその問題の深さを知らされた。

今後、多頭飼いを考えておられる方には参考になったかもしれないが、ing(現在進行中)の方には具体的な提示ができずじまいで心苦しい。
『何故そのような傾向になるか』の一部は示したので、対策はそれぞれで考えていただきたいし、折に触れてこの欄で書くことがあるかもしれない。
ただ、一ついえることは、「それなりに意識して対応していれば下の子が遅くとも6〜7歳になる頃には、現在の悩みが懐かしく思い出されますよ」ということである。

カフェではショートレッスン・フルレッスン・お泊りレッスンなど幾つかのオプションを準備してタマに行っているが、飼主との1週間の合宿訓練なんかがあれば面白いだろうなと思う。それ以上に現地訓練というのはより効果的だろう。
犬がリラックスしている中で、実際に家族が困っている現状と家族の対処を把握できるし、その環境で「私ならこうする」という暮らし方を家族全員に紹介することができる、ひょっとしたら究極のレッスンではなかろうか。

これは盲導犬をやってた頃、視覚障害者との共同訓練の後に必ず行っていたフォローアップで、使用者が住む現地での必須訓練科目だった。
訓練所でできても現地でできなければそれは何の意味もなさない。という考え方からだ。

今は、目が見える人を対象にしているから理解されやすいだろうと思い、短期的で安上がりな方法はないかを考えていたが、最近それが通用しないこともあると気付いた。
訓練された犬を視覚障害者に貸与する難しさと、訓練されていない犬との暮らし方を目明きの飼主に伝える労力に変わりはないことが分かりつつあるからだ。

まあ仮にそんな在宅訓練をしても「お前みたいな酒飲みでヘビースモーカー、しかも手荒なマネを我が子にするような男はイラン!」と放り出されるのが落ちではあるのだが…
 

母子の注意点 2005年02月06日(日)

  雪祭りを前日に控えた今日も午後から雪が降り続いた。
せっかくの土日もこれでは商売あがったりだと思っていたら、ちゃんと皆さん集まってくださった。

一昨日の多頭飼いの続きを少し。

最も配慮が必要な多頭飼いは、母子の関係だと思う。
産まれてからずっと母親の下で育てられれば、仔犬は絶対的に母犬に依存し、母犬は仔犬を命を賭して守ろうとする。
そのため、人間社会での社会化のためには多くの人が介在することが必要条件になる。

生後まもなく子育てを放棄した母犬に代わり、仔犬を育てたことがことがあるが、これらはとても良い盲導犬になっていることを考えれば、極論として犬にも鳥のような『刷り込み』が行われ、純粋な信頼を寄せるようになるものと思われる。
このように人に育てられた犬には他犬と遊べる環境を作ってやらなければならなっかたし、犬に育てられているなら飼主以外の人と関わる時間を相当多くしなければならないということだ。

母子の美しい関係に水を差したくないし、ややこしくうっとうしい話にもしたくないのだが、犬が人間社会で人や犬と平穏に関わるためには成さねば成らぬこともあるのだ。

ほとんどの愛犬家は、決して野生の王国で犬の生態を楽しんでいるわけではないのだから。
 

吹雪の夜のトイレ 2005年02月05日(土)

  北の大地に似つかわしい冬の嵐が今夜も続いている。
ガーデンには吹き溜まりができ、南側の40センチ雪表に出ていたフェンス基礎のブロックが完全に姿を消してしまった。
ロードヒーティングのボイラーは昨日から燃えつづけ、排気口付近は地表を覗かせる深い落とし穴になっている。

日付が変わる頃、吹雪の中お泊り犬Mダックス2頭を最後のトイレに連れ出すと、足の短い彼らはたちまち雪に埋まり、白いマントを被った。
それでもすぐに用を足してくれたから、私たちも寒い思いをいつまでもせずにすんだ。

何気ない北国の生活の一場面だが、犬と暮らすとはこういうことだろうと思う。
寒かろうが吹雪こうが寝る前に自分がそうするであろうことを犬たちにもさせる。
それが例え小型犬であっても、犬たちは自然の摂理で排泄を済ませ、次の日はトイレを我慢することもなくゆっくり寝ている。

生活にリズムができると犬の粗相を心配することなく時が過ごせるし、犬たちも少々の時間のずれがあっても平然としている。

多くの家庭で日中は犬だけになるという現実があるが、だからと言って帰宅後まで『犬は勝手にペットシーツで用を足すもの』と思い込んでいる方が多いのに驚かされる。
犬が生活に慣れるまでは、朝起きたら先ずトイレ。
帰宅したら先ずトイレ。
寝る前には必ずトイレ。

当然の生理現象を正当に満たし、生活のリズムを作ることはとても大切なこと。
カフェのお泊り犬はまずそこからスタートしている。
 

多頭飼いの難しさ 2005年02月04日(金)

  「2頭目は楽ですよ。それに一頭じゃ寂しくて可愛そうじゃありませんか」
ペットショップでこんな言葉を鵜呑みにし、結果的に騙されて犬を飼ってしまった人は少なくないだろう。

騙すという言葉はチト失礼かもしれない。
ペットショップで騙しを自覚している事柄は他にたくさんあるだろうけど、2頭目を勧める時は(結果的な)騙しよりも無知のほうが先行しており、どちらかと言えば店員は純粋な気持ちで誤ったことを言うから、なお性質が悪いと私は思っている。

昨年、全国の温泉に激震が走ったが、いずれ犬の売買を行っているペットショップにも白羽の矢が立てられる日が来るかも知れない。

今夜はどこか虫の居所が悪いのか、過激な表現がここまで続いてしまった。

結論から言えば、2頭目以降には充分な注意と配慮が必要で、社会生活を愛犬と営む上では問題点が多く潜んでいることを承知しておいたほうが良いということだ。

ショップ店員の言う「2頭目は楽ですよ」という言葉はあながちウソではない。
先住犬が遊び相手になってくれるから、仔犬の頃のアマ噛みで人が被害に遭うことは少ないし、トイレのしつけや、それなりの家庭内のルールも驚くほど早く覚えてくれるだろう。

そこに落とし穴がある。

1頭目の時はすべてのことに人が関わり、犬のために時間を費やし、苦労しながら教え・社会と関わりながら育ててきた。
だからこそ犬は人を信じ、人間社会で暮らす犬として健全に育ってきたのだと思う。
しかし、2頭目は確かに家庭内では楽に育っただろうが、それは犬に育てられ・閉鎖的な群れの一員となり・依存的で排他的なイヌになってしまう割合が高いのだ。おまけに子供の頃には不安な散歩も、群れで行動するから自己処理能力に欠け人間社会での社会性が低くなってしまう。
その結果、一歩外に出ると他犬や人に吠え立て・来客に排他的に振る舞い・先住犬や飼主にベッタリで、社会的には問題児となることが多く、そのことを全く改善しようとせず「いいもん。僕には父ちゃんと母ちゃんがいるもん。他の世界なんか無くてもいいもん。」という態度をとってしまいがちなのだ。

多頭飼いの面白さは犬好きにはたまらないものがあり、性格や犬そのものの発見があって日々退屈することはない。
だからこそ複数頭の犬と人間社会で暮らしたいとお考えなら、2頭目以降の愛犬には意図的に手をかけることを厭わないで欲しい。
せめて散歩は二人で出かけるように。
 

カフェへの医療相談から 2005年02月02日(水)

  さて、どうしたものか?
カフェには愛犬のしつけ相談以外にも、健康相談や医療相談が寄せられることが多い。

1.日々の健康のための食事に関する相談
2.時代を反映したサプリメントに関する相談
3.小さな傷や下痢・嘔吐など生きていれば当たり前に見られる症状に対する相談
4.ボールなど異物を飲み込んだりした際の応急処置
5.去勢や避妊に関する相談
6.アレルギーに関する相談
7.良い動物病院を紹介して欲しい等々

繁殖から子犬の飼育、やんちゃ盛りのレトリーバーの育成、青年期の訓練、壮年期・熟年期・老犬となって死に至る様々なステージをこれまで確かに見てきたから、それなりの経験や家庭医療に関する考え方は持っているが、あくまで素人である。
ただ、長年の言い伝えによる家庭医療の良さや、プロにすべてを任せる無駄は誰しも感じているところであり、例えばドッグフードを盗み食いした結果による一過性の下痢や嘔吐に関しては、ひとまず家庭医療で対応して経過を観察したうえで判断すればよいことであろうと思っている。

そんな今日、チワワのルルの父さんから電話がかかってきた。
1.普段入ることのないテレビの後ろで震えている。
2.夕べ食欲はなかったが今朝は普通に食べた。
3.ウンチや排尿は良好である
4.いつもより妙におすわり姿勢をとって動こうとしない。
5.病院に連れて行ったが原因ははっきりしないと言われた。

日頃のルルの状態を見ていた私には思い当たることがあったが、とにかく原因を確かめないことには対処の仕様がない。
どんな病気であれ『確かな診断』が先ずは必要だと考え、先生を紹介して診てもらうことにした。

結果はやはり椎間板ヘルニアだった。
小さなルルはしょっちゅう人に飛びついていたし、飛び乗ろうとする動作が多かった。
内臓系はしっかりしているようだが、おすわりしたまま動こうとしないのは疼痛姿勢で、症状によってはあるいは重症の場合、四肢で立ったまま腰のあたりを丸めていることが多いから、ルルの場合はまだ軽度のものと思われた。
ルル父さんの観察と相談してくれた判断が適切だったことが嬉しかった。

「先生から3週間は安静だと言われました。カフェにはしばらく行けません」
電話でルル父さんが報告してくれた。
「原因だけでもわかってよかったですね。そうですか。分かりました。お大事に」
即座に私はそう答えたが、考えてみれば電話による相談に答えた結果、3週間カフェは一人の客を失うことになってしまった。

あのルルが3週間も自宅で安静にしているわけがないし、あの父さんがそれをコントロールできるはずもない。
ルルにとってもカフェに来ることがまだマシな安静になるのに、先生はそれを知らずに自宅安静を命じたところが私の予想とチト違っていた。
ヘルニアには良くても、他の問題が生じてこないか心配している。

さあ、ルル父さん!試練だぞ。
えぇい!この際カフェはどうでもいい!
先生の指示に従えるよう、ルルの制御にも尽力することが結果的にルルを助けることになるのですゾ!
 

三日離れて 2005年02月01日(火)

  ご無沙汰でした。
3日も書かなかったら、うずうずするかと期待してたらチョー快適で困ったものだ。

昨夜帰宅したらお泊り犬レオンベルガーのジェニーが体当たりで迎えてくれた。彼女の歓迎は嬉しかったが、犬種の割に小柄とはいえ40キロ超の体当たりはまともには受けられない。
心で喜びつつジェニーの挑発に乗らぬよう上手くかわしながら、コートとジャケットを脱ぎポケットの中味とバッグの洗濯物を片付け、さあ、歓迎を受けようと思った頃にはジェニーはすっかり落ち着いてしまっていた。

あらためて「ジェニー!ただいま!」と煽るように声をかけると、ソファーに腰掛けた私の肩に両手をかけ、一通りの挨拶をしてくれたのも束の間、あとは穏やかな動きを見せそのうち寝室でドタンと横になってしまった。

私はそんな犬との暮らし方が好きだ。
毎日一緒に暮らしているのに、帰宅のたびに飛びつかせたり顔中を舐めさせ、室内をストーカーのように付きまとわれるのは少々疲れる。
穏やかな状態の犬と穏やかに、時に茶化し、戯れながら時間を共有しているととても幸せになる。
そういう犬に恵まれるということもあるが、そうなるように日々接しているから犬たちもそう育ってくれるのだろうと思った。

今日カフェに5ヶ月のEコッカースパニエルが遊びに来てくれた。飼主の方はどんな犬になることを求めておられるか詳しくは聞けなかったが、柔らかい楽しい性格の犬で、生後5ヶ月だからの大変さもあるものの将来がとても楽しみなワンちゃんだった。
いい親から生まれたのだろうと思う。
これまで上手く育ててこられたのだろうと思う。
そしてこれからの苦労の結果が『何物にも代え難い結びつきを育む』スタートラインに立たれていることを少々羨ましく思った。

犬のいる生活は3日も離れればその良さが再認識される。
うまく育った犬なら尚更だし、そうでない犬にもまた親心が…
 


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