From the North Country

ふとしたことから 2005年01月15日(土)

  快晴の天気が昨日から続いている。
気温は低いが陽光は心地よく最高のカフェ日和だった。
夜半に入りお泊り日本犬ミックスのヒメとガーデンに出てみると、夜空には星が輝き放射冷却で世界は凍っていた。
「ハァー!」アルコールを多量に含んだ息を吐き出すと、まるでゴジラのように白い炎に変わった。
ヒメは初め天空の白い現象にたじろいだが、次の瞬間私に飛びかかり「もう一度やってくれ」と要求した。
そして再び私が放射した息に向かいヒメは天に飛び上がった。

思えば私の犬の原点は日本犬の雑種である。
『ムク』。この名前を何年ぶりに口にしたことだろう。
『おてんば盲導犬モア』という今泉耕介著の本があるが、彼がこの本の取材のため私のところへ訪ねてきて以来ではないかと思う。
『ムク』。すべては小学生の時出会ったこの犬との関わりから私の人生は決まっていたのだと今になって思う。

「犬を題材にした本を書きたいと思っています。」
「盲導犬についてですね?」
「ええ、でも盲導犬に限らず犬に関わるすべての人間模様です。」
今泉さんはそう言って、私に様々な犬との関わりを話すように仕向け、ポータブルのレコーダーを来る日も来る日も回していた。

何度かお話をするうちに、彼は私が駆け出し訓練士の頃に関わったモアと子供時代にめぐり合ったムクのことに焦点を当て始めたようだ。
思い出すままに語りつづけた事柄が、先程紹介した『おてんば…』の本になった。
カフェにも置いてあるが、年に一度くらいしか読み返すことはない私にとって切ない思い出である。

この欄でムクの話をするつもりはないし、仮に始めたとしたら長い連載物になってしまうだろうから相応しいとも思わない。
ただ、こんなことを書いたのは今夜お泊りのヒメが私に見せた仕草と夜空が遠い昔を思い出させたからだけのことである。
 

油断 2005年01月14日(金)

  ちょっとした油断から大きな失敗をしてしまった。
おととい一泊の予定でお泊りだったPちゃんに対してだ。

その日のお泊りはPちゃんだけだった。
カフェには何度もおいでいただいているが、お泊りは初めてのこと。
家族と別れたあと他の多くのワンちゃんたちがそうであるように、Pちゃんもガーデンのフェンス越しに家族を捜し求めて、不安と寂しさを示していた。

「普段は食欲があるのですが、こんな時は食べないかもしれません。でも一泊だけだから気にしないで下さい。」
飼主はそう言われながらも、いつもよりご馳走だというPちゃんの食事を託されていった。
しかしと言うか案の定と言うか、Pちゃんは夕食には一切見向きもせず敷物の上で寂しそうに静かに寝そべっていた。

定休日の前夜ということもあり私は夜更かしをして3時頃床についた。
いつもなら初めてのお泊り犬の初日は、寝室でリードに繋ぐかケージに入れるのだが、他にわんこもいないし落ち込んでおとなしくしていたPちゃんを見て、私はベッドの下にそのままPちゃんと敷物を移動し蒲団に潜り込んだ。
居間との間の引き戸が5センチほど開いていて、給湯コントローラーのデジタル表示がやけに眩しく感じたのが気になったが私はすぐに眠りに落ちた。

ベッドの上をモソモソと動く気配で一度目が覚めたものの、「やっぱり寂しくてベッドに上ってきたな」とまた眠った。

定休日を木曜にしたのは間違いだったといつも後悔する。
ごみ収集日で、しかも木曜は一番に収集車が回ってくるのでKは7時に起きてごみを集め始めた。
その気配で起きた私も居間でごみをまとめようとしたが、何か雑然としている。
私の座布団の上を見ると小さな茶色い塊。
「しまった!ウンチ?!」
だが、ウンチならまだ良かったことにすぐ気付かされた。

ちゃぶ台の上にはたくさんの足跡。
そこに積み重ねた書類の下に置いてあったサイパンのお土産だったマカダミアナッツの入ったチョコレートがすっかり無くなっていた。
確か6〜8個残っていたはずだった。
満腹になって座布団に食べ残したのか、それとも食べてる最中にKの気配を感じたPちゃんが慌てて私のベッドに駈け戻ったのかは分からないが、とにかく食べてしまっていたのだ。

チョコレート、特にブラックチョコレートは犬にとって毒物であると聞いていたので、どうしたものかと考えた。
ボールや靴下等なら過酸化水素水を飲ませて吐かせることもできるが、チョコレートとなると妙な反応をされても困る。
ラブやゴールデンクラスなら量的にも心配なかったかもしれないけれど、小型犬ではそうも言ってられない。
結局、開院前のS先生のところへ連れて行き吐かせていただいたが、その量たるや「病院に連れてきて良かった」と思わせるに充分なものだった。

お昼前に飼主の方が引き取りに来られ、事情を説明して病院で頂いたお薬を渡した。
飼主と子供さんたちはニコニコしておられたが、私は謝り「何か様子が変わったところがあればカフェにも電話を下さい」と申し添えた。

小型犬を甘く見、『犬の振り』に騙された私の油断だったと反省していた時、
「えぇ!なんで犬がそんなことするの?信じられない!」とKは相変わらずであったのが嬉しかった。
 

シフォンに見た暮らしやすさの要素 2005年01月12日(水)

  シフォンを無事お返しすることができた。
「少し肉付きがよくなったかな」と飼主のH夫妻の第一印象。
苦手だった他犬や人にも友好的に反応する姿に目を細めておられた。

確かに暮らしやすく一緒にいて楽しい犬になったが、そう感じさせる要素について今夜は少し考えてみようと思う。

1.先ずはトイレの問題
「時々失敗があるんですよね」と事前に言われていたので、シフォンの一日の排泄リズムを観察した。小型犬は排尿間隔が大型犬に比して短いのでこまめに出してみたが、シフォンは結構長く溜め込んでいた。
それよりも、「シーシー」とか「ウンチ」という排泄を指示する言葉を教えられていないのが問題だった。
犬に排泄習慣をつけさせるためには、排泄行為は無防備な状態であり犬は神経質になりがちであることを理解し、適切な環境でお経のように無の境地に入るような静かで無感動の「シッコシッコシーシーシーシ」などの言葉がけを行い、もしできたときにはみんなで拍手をして、『褒めるよりも喜ぶ』態度を示せば2〜3日で言葉を覚えるものである。シフォンはすぐにそれができた。

2.「おいで」を覚えてくれた
初日は「シフォン!」と呼んだり「おいで!」というと、人を小ばかにしたように無視したり逃げる態度を見せた。
「これは捨て置けぬ」と感じた私は、人から見れば荒療治に見えるが犬にしてみればとても分かりやすい方法で、『おいで』を教えた。
一日に数回しか必要としない命令だったが、これでグンと暮らしが楽になった。

3.叱られ上手だった
シフォンにとって初めての環境だから、数回のトイレの失敗もあれば眼鏡のツルをかじろうとするようなこともあった。
しかし、シフォンは叱られるのがとても上手だった。
抱き寄せられて強く叱られる時は、「あたしゃもうダメだ」とばかりに全身の力を抜き、だらんとうなだれていて反抗の意思など欠片もなく悲しそうに叱られているのである。あとは『何故叱られているか』理解しているかを観察すればよいだけだった。
このような態度を示せる犬は血統的なものか、溺愛ではない愛情をもって育てられた場合に多い。

4.犬との接し方が実に見事だった
シフォンは犬が苦手だったが、相手の犬が臭いを嗅ぎに来ても走って逃げず、嫌な顔をせず、興味をそそらせたり苛立たせる態度を全く見せなかった。たまに荒っぽい犬がシフォンを転がしてしまっても、叱られる時と同じようにだらんと全身の力を抜いて、相手の興味を失わせていた。
しばらくして犬に慣れてくると、自分から近づいて行くようになったが、その時の近づき方・視線の向け方・相手の反応に合わせた緩急をつけた振る舞いなど、その見事さに驚かされた。
カフェでそのような振る舞いができる犬は他にもいるし、訓練された犬も同様にできるが、シフォンは生得的に身に付けているようで、あれなら何処へでも連れて行くことができる。

その他にも過度に神経質ではないしハイパーでもなく怖がり屋さんでもない。『マテ』の命令にも冷静に反応することを覚えてくれたが、恐らくこれらの総合に加え犬としての愛らしさと振る舞いを身に付けていたのが暮らしやすさの要素だったように思う。
 

ちょっと無理ある温故知新 2005年01月11日(火)

  昨夜は数年ぶりにマージャンを打ってきた。
カフェの閉店後、人使いも荒くJクンのYさんに車で送ってもらった。

場末の居酒屋の定休日にマスターと昔の飲み仲間が集まってワイワイ騒ぐお祭りのような大会である。
トン汁とおにぎりを頬張り、悪態をつき相手を惑わしながら手を固める昔ながらのマージャンで結果的に親交が深まるようになっている。
参加者の人数分だけ景品が用意されていて、1等から3等辺りまでは結構良い品が揃っていたが、優勝者が1等ではないところが面白い。
優勝者は景品につけられた番号のクジを最初に引く権利を与えられるだけで、何等が当たるかは運次第である。
結局、『残り物に福あり』の私は3等の景品を手にすることができた。

日付も変わった頃、帰宅した私は酔いの世界を行きつ戻りつしながらも目撃した。
お泊り犬のシフォンがKとベッドでまったりしていたのだ!
「食事はドライフードだけをそのままあげてます。寝るときはハウスに入れて一人で寝かせています」
そのように飼主の方から言われて預かったのだが、5日も家にいると家族の一員になり、「おいで」の訓練をしてから言葉が通じるいい子になったものだからつい待遇が良くなってしまったようだ。

明日、お別れすることになるがシフォンのためには問題ある接し方を私たちはやってしまったようだ。
「あまり食べないんですよね」という飼主の言葉と、痩せ過ぎとも思えたシフォンのウェストを見て、私たちはフードに缶詰と煮干の副食それに牛乳を入れて毎日完食させていた。
そしてついにはベッドでKとスヤスヤと眠る状況まで与えてしまったのだから。

言い訳になるが、すべての犬をこのように扱うわけではない。期間が長かったせいもあるが、シフォンが預かった数日後には心を開き人の心に飛び込んでくれたのと、言葉を理解してくれる犬になったから家族の待遇を当たり前に私たちは行っただけなのだ。
「シフォンのことをよろしくお願いします」
明日、お迎えに来られる飼主の方にKはそう言うかもしれない。
 

受け継がれる血 2005年01月09日(日)

  愛犬スーが逝ってから初めてKと一緒に散歩に出かけた。

スーの死後、Kはひとりでお泊り犬を連れて散歩に出かけることはあったが、帰ってくると大概シクシク泣いていた。
「ついこの間、あの公園のお山に登ってスーがニコニコしてた姿を思い出したら急に悲しくなった」とか
「あの木陰に隠れたあなたを探す時のスーの子供のような顔が浮かんできて」など、散歩するたびにスーとの思い出が蘇ってくるというのだ。
まだ、2週間と少ししか経っていないのだから当然だろうと思う。
犬たちとの死別に慣れている私と言えども、我が子の場合はやはり切ないほどに辛い。
過去の経験からしても2年くらいは辛いものだ。

ただ、最も辛い時期に深く落ち込まないでいられるのは、毎日カフェにやってくる犬たちとお泊り犬のおかげだと思っている。
今夜はシフォン/Mダックスとビーズ/ラブ・ゴールデンのF1が粉雪が舞う中、散歩に付き合ってくれた。
「気持ちいいネ」とKが言った。
スーとの思い出の場所では、人には恥ずかしくて言えないが、『スーのテーマ』になっているオリジナルのフレーズを二人で口ずさみながら歩いた。
心の中ではすぐそこからスーが飛び出してくれればどんなにか嬉しいことだろうという想いがあった。

この欄ではもうあまり触れたくなかったスーのことを今夜書いたのには訳がある。

「ごっちゃま!」
あっという間に食事を平らげたお泊り犬ビーズは、実は盲導犬になれなかったわんこで、しかも彼女が生まれた時からパピー時代の1年間私が担当していた奴だった。
初めてカフェにやって来た時、顔を見てすぐに「協会の犬ですね?」と飼主に尋ねた。飼主はビーズのパピーウォーカーではなく別の方が引き取っていたので私の質問に大変驚かれた。
「分かるんですか?」
「ええ、勿論!Bから始まる名前ですよね?」
「ビーズです」

スーの姪っ子だったのだ。

今夜、テレビ『どうぶつ奇想天外』で北海道の盲導犬が紹介されていた。
帝王切開で産まれたモカがKさんの2頭目の盲導犬になるまでの話だったが、その番組を見ながらKはまた涙していた。
しかし、その涙にはスーの面影を喜ぶ表情が含まれていた。
モカもまたスーの姪っ子だったからだ。

パールバックの『大地』ではないが、血は脈々と受け継がれていくものなのだとしみじみ思った。
 

雪の土曜日に 2005年01月08日(土)

  朝から断続的に雪が降り続いた土曜日。積雪量はたいしたことはなかったが除雪の繰り返しに少々うんざり。
人が最もダメージを受ける労働は、穴を掘っては埋め、また掘っては埋め戻すという全く意味のない作業の繰り返しだと聞いたことがある。
今日のような除雪作業はそれと似たところがあるが、エンドレスでもないし犬たちの遊び場が確保されるという意義があるのがよい。
春までに何度も繰り返される雪国での日常だ。

その作業を見ながら大喜びする連中がいる。犬たちだ。
人の高さ以上に積み上げられた雪山に登ってお山の大将を気取る犬もいれば、ミニュチュアの雪洞トンネルをまるでワープするように駆け抜けながらおっかけっこをする犬もいる。

数日前からお泊りのシフォンは生後10ヶ月なのに妙にクールで遊び心のないMダックスだと思っていたら、私が除雪スコップを持つと急にガーデンを走り回り、「スコップですくった雪を自分に投げつけて。それをかわしながら逃げるのが私大好きなの」と挑発しすばやい動きで誘うようになった。
食が細く与えたフードを随分残してしまうシフォンだったが、この遊びをするようになってから食欲が出てきた。
日中は看板犬としてお昼寝のヒマもなく、今日のように雪が降れば外を駆け回り、閉店後は長い散歩をしたあとフードと缶詰それに牛乳をかけた食事を平らげると、ソファの上で死んだように眠りこけている。60センチはあろうかという細長い胴体を仰向けにし、前足と後ろ足を背もたれに伸ばしている様は、生後10ヶ月の愛らしさを充分私たちに示してくれている。

朝7時過ぎから除雪を繰り返し、疲れた私が焼酎をあおってベッドで大の字になったとしても、あの可愛さは出せない!ただキモイ!
 

黒ラブレオ君 2005年01月07日(金)

  その黒ラブは3歳頃までぞんざいな扱いを受けていたらしい。
外飼いで繋がれっ放しの生活だったようだ。

ちょうどその頃、愛犬のハスキーを亡くしたKさんに、見かねた知人から「黒ラブなんだが、引き取ってやらないか」という話がきた。
引き取ることにしたKさんの気持ちはとてもよく分かるし、元飼主はさっさと手離したというから黒ラブ君にとっても千載一遇の転機になっただろう。

大学で体育を教えていたKさんは定年後の時間を持て余し気味だったようだが、昨年の4月から黒ラブ君と暮らし始めて生活に潤いが出てきた。
レオと命名された黒ラブ君は、Kさんの下でもそれまで通り外飼いの生活を続けたが、散歩は勿論Kさんと共に様々な場所へ車ででも出かけるようになっていった。

7月に初めてカフェを訪ねてくださったのだが、精悍な黒ラブの外見からの印象とはかけ離れ、レオ君はKさんの分身のように紳士的で穏やかな性格をしていた。
すっかりカフェを気に入ってくれたKさんは、以後週に何度も来店される常連の仲間入りをされ数ヶ月が過ぎた。

今ではセラピー犬として施設訪問を行うまでになった。
しかし、秋頃からレオ君に変化が出始めた。
去勢してないレオ君だったがそれまで他犬意識は低く、先に書いたように紳士的な振る舞いをしていた。
ところが様々な犬たちと出会うようになって男心に火がつき始めたのだ。

去勢の話と室内飼いの話題にはほとんど反応を示さなかったKさんが、11月の下旬に1週間姿を見せなくなった。
ひょっこり現れたと思ったらレオ君のシンボルだった大きな袋がなくなっていた。
「去勢しました。おまけにその日から居間で暮らしています。」
照れくさそうにKさんは話してくれた。

効果はてき面だった。
レオ君は以前のように穏やかになり、ガーデンでも他犬よりKさんと戯れるのが一番の楽しみになっている。
外飼いとは完全におさらばし、居間どころかKさんの蒲団で横たわっている。
遠く市外からではあるが、カフェにも毎日のように顔を出してくれている。
みんなうまくいって、めでたしめでたし。
 

ジェニーとベルナ 2005年01月05日(水)

  夕べのKさん。無事帰宅した証に今日もカフェに来店してくださった。
その手にはバースデーケーキ。

今日はカフェ誕生時からの看板娘というか粗大ゴミ(ヤバ!)というか、いずれにしても名物娘であるレオンベルガー/ジェニー(Hさんの愛犬)の2歳の誕生日ということでお祝いを兼ねて来られたようだ。
この欄に何度も登場してきたジェニーは少なくともカフェにおいて随分成長し、暮らしやすく一緒にいて楽しい犬に変わっていった。
粗大ゴミという失礼な表現も1年前なら考えられない『褒め言葉』だと私は思っている。今では大きな体をデンと床に横たえているからそう呼べるのだが、1年前ならとにかく動き回って、気を休めることも伏せることも目を閉じることもなかった。
先日のお泊りのときなどは、ドタンと伏せた後は私が家の中を歩き回っていても知らん顔して寝たままであったし、退屈まぎれにジェニーに覆い被さっても軽くいなされ、立ち上がったかと思うと「ごめんなさい。私お先に休ませて頂きます」とさっさと寝室に消えていったものだ。

日中はまだまだ盛んなジェニーのやんちゃ振りも、「今を遊べ!」と余裕をもって眺められるようになった。
ジェニーおめでとう。これが2歳の評価だよ。
「ジェニーおめでとう」と書かれたホワイトチョコをHさんがカリッと齧っていた。

午後に入って同じくカフェ育ちのゴールデン/ベルナがやってきた。
「何にも分からないんです、犬のこと。よろしくお願いします」
1年前、とにかく謙虚に素直に犬の話に耳を傾けては頷いておられたTさん夫妻は今、すっかりどっぷりwith dog生活にはまり込んでいる。
週末ともなればニセコのペンション暮らしが定番になり、マナーやしつけはそんじょそこらの愛犬家よりハイレベルだ。いや、マナーしつけという問題ではなく人と犬が暮らす上での基本を無意識に理解されているのだ。
当たり前といえば当たり前、何も知らない白紙状態の人が素直に謙虚に私から学んでくれたのだから。

「ペンションで会った犬、テーブルに手をかけたり、人の食事をおねだりするんですよ。信じられない!」
「夜のトイレの時、ベランダのドアを少し開けて、ベルナシッコしておいでと言えば、さっさと済ませて戻ってくるのに、他のワンちゃんは雪原を駆け回って捕まえられなくなってる姿を見て、ああ、ベルナはいい子に育ってるんだと嬉しくなりました」

最近ではカフェを訪れるやんちゃな犬の飼主にアドバイスしながら、「偉そうにネ!デヘッ!」と笑う姿を楽しく拝見している。

一期生たちのそれぞれの1年が過ぎた。
 

ちょっとKさんのこと 2005年01月04日(火)

  夜半に入り猛吹雪が吹き荒れている。
『災』が昨年を表す文字だったようだが、静かだった年末年始を過ぎて自然の猛威が再び災いをもたらさないかと心配させるほどの荒れようだ。

個人的には自然がもたらす状況については自然らしくあって欲しいと思うのだが、つい先程までイタリアンレストランで飲み食いしていた5人の内のKさんが無事帰宅できたが心配でならない。
何しろ、住居表示を見ただけで何処か人里離れた地区に住んでいるのが明らかな名称になっているからだ。

北海道の吹雪は道路と路外の区別を識別することができない状況になる。特に夜ともなると車のライトを遠目にすると吹雪しか見えないためライトは必ず近めにし、前を走る車のテールランプか道路端に設置された高さ5メートルほどの光る標識のテッペンを見ながらの走行となる。
今夜の吹雪はそれを確認するのも難しいかもしれない。

Kさんは昨年ふいにカフェに現れた。
ムーンちゃんというゴールデンを伴っていて「実はもう一頭いるんだけど、とんでもない奴でこんなとこには連れて来れないんだ」と、つっけんどんで女性らしからぬ話し方が親しみを呼び印象的だった。

その頃も私は訓練を引き受けることに消極的な生活をしていた。
訓練をするためには膨大なエネルギーを必要とするのだが、かなりの放電生活をしていたから余程のことがないと意欲が湧かなかったのだろうと今になれば思う。

しかし、Kさんはそんな私の状況などお構いなしで訓練スケジュールを立て、犬を見れば吠え立て攻撃的になるトム君の訓練を依頼してきた。
エネルギーの再充電を余儀なくされた私は、尻を叩かれるようにトム君のレッスンを行い、道筋をつけた。らしいことを忘れていた私にKさんは話してくれた。

そのトム君は今ではカフェの顔となり、親しみやすい性格から誰からも愛されるゴールデンになった。

ごめんなさい。焼酎の酔いが急に回ってきた。
もう1時半。Kさんは無事帰宅したと信じて寝る。
明日は7時から本格的な除雪をしなければならないから。
 

2005始まり始まり 2005年01月03日(月)

  いよいよ2005年カフェがオープンした。
僅か4日の休みだったがやってくる犬たちは新鮮に見える。それもそのはず羽織袴のチビちゃんに腰帯もきらびやかな和服姿のルルちゃんがお正月気分をぐっと盛り上げてくれていた。

一方、私たちはというとやつれ顔を皆さんにお見せし、お泊り犬を少しずつお返しすることて、やっと気持ちが落ち着いてきた。
物欲が強くて歯をむき出していたブルーちゃんは家族の方に対処法をアドバイスしたので、しばらくはよい結果が得られると思う。
モモちゃんは9歳という年齢の割にはラブのハッチャキぶりをしっかり発揮してくれていたので、しばらくは家で死んだように眠りこけると思う。
ラッセルは愛想疲れはあるだろうけど、家族のためにもう一頑張りをして場の雰囲気を盛り上げ、明かりが消えた途端爆睡モードに入ることだろう。

もう一泊するサモエドのラブちゃんは子供と大人の世界のちょうど真中辺りの年齢で、揺れ動く気持ちが素直に現れていて可愛い。優しく接していつまでも子供の世界にひき留めたい思いも理解できるが、ここは子離れを意識したほうがよさそうだ。大人になったサモエドもとても可愛いし、ラブはとても良い性格をもっていて将来が楽しみだ。

なんだか今夜やっと新年が始まった安らぎを感じることができた。
 


- Web Diary ver 1.26 -