From the North Country

雪の土曜日に 2005年01月08日(土)

  朝から断続的に雪が降り続いた土曜日。積雪量はたいしたことはなかったが除雪の繰り返しに少々うんざり。
人が最もダメージを受ける労働は、穴を掘っては埋め、また掘っては埋め戻すという全く意味のない作業の繰り返しだと聞いたことがある。
今日のような除雪作業はそれと似たところがあるが、エンドレスでもないし犬たちの遊び場が確保されるという意義があるのがよい。
春までに何度も繰り返される雪国での日常だ。

その作業を見ながら大喜びする連中がいる。犬たちだ。
人の高さ以上に積み上げられた雪山に登ってお山の大将を気取る犬もいれば、ミニュチュアの雪洞トンネルをまるでワープするように駆け抜けながらおっかけっこをする犬もいる。

数日前からお泊りのシフォンは生後10ヶ月なのに妙にクールで遊び心のないMダックスだと思っていたら、私が除雪スコップを持つと急にガーデンを走り回り、「スコップですくった雪を自分に投げつけて。それをかわしながら逃げるのが私大好きなの」と挑発しすばやい動きで誘うようになった。
食が細く与えたフードを随分残してしまうシフォンだったが、この遊びをするようになってから食欲が出てきた。
日中は看板犬としてお昼寝のヒマもなく、今日のように雪が降れば外を駆け回り、閉店後は長い散歩をしたあとフードと缶詰それに牛乳をかけた食事を平らげると、ソファの上で死んだように眠りこけている。60センチはあろうかという細長い胴体を仰向けにし、前足と後ろ足を背もたれに伸ばしている様は、生後10ヶ月の愛らしさを充分私たちに示してくれている。

朝7時過ぎから除雪を繰り返し、疲れた私が焼酎をあおってベッドで大の字になったとしても、あの可愛さは出せない!ただキモイ!
 

黒ラブレオ君 2005年01月07日(金)

  その黒ラブは3歳頃までぞんざいな扱いを受けていたらしい。
外飼いで繋がれっ放しの生活だったようだ。

ちょうどその頃、愛犬のハスキーを亡くしたKさんに、見かねた知人から「黒ラブなんだが、引き取ってやらないか」という話がきた。
引き取ることにしたKさんの気持ちはとてもよく分かるし、元飼主はさっさと手離したというから黒ラブ君にとっても千載一遇の転機になっただろう。

大学で体育を教えていたKさんは定年後の時間を持て余し気味だったようだが、昨年の4月から黒ラブ君と暮らし始めて生活に潤いが出てきた。
レオと命名された黒ラブ君は、Kさんの下でもそれまで通り外飼いの生活を続けたが、散歩は勿論Kさんと共に様々な場所へ車ででも出かけるようになっていった。

7月に初めてカフェを訪ねてくださったのだが、精悍な黒ラブの外見からの印象とはかけ離れ、レオ君はKさんの分身のように紳士的で穏やかな性格をしていた。
すっかりカフェを気に入ってくれたKさんは、以後週に何度も来店される常連の仲間入りをされ数ヶ月が過ぎた。

今ではセラピー犬として施設訪問を行うまでになった。
しかし、秋頃からレオ君に変化が出始めた。
去勢してないレオ君だったがそれまで他犬意識は低く、先に書いたように紳士的な振る舞いをしていた。
ところが様々な犬たちと出会うようになって男心に火がつき始めたのだ。

去勢の話と室内飼いの話題にはほとんど反応を示さなかったKさんが、11月の下旬に1週間姿を見せなくなった。
ひょっこり現れたと思ったらレオ君のシンボルだった大きな袋がなくなっていた。
「去勢しました。おまけにその日から居間で暮らしています。」
照れくさそうにKさんは話してくれた。

効果はてき面だった。
レオ君は以前のように穏やかになり、ガーデンでも他犬よりKさんと戯れるのが一番の楽しみになっている。
外飼いとは完全におさらばし、居間どころかKさんの蒲団で横たわっている。
遠く市外からではあるが、カフェにも毎日のように顔を出してくれている。
みんなうまくいって、めでたしめでたし。
 

ジェニーとベルナ 2005年01月05日(水)

  夕べのKさん。無事帰宅した証に今日もカフェに来店してくださった。
その手にはバースデーケーキ。

今日はカフェ誕生時からの看板娘というか粗大ゴミ(ヤバ!)というか、いずれにしても名物娘であるレオンベルガー/ジェニー(Hさんの愛犬)の2歳の誕生日ということでお祝いを兼ねて来られたようだ。
この欄に何度も登場してきたジェニーは少なくともカフェにおいて随分成長し、暮らしやすく一緒にいて楽しい犬に変わっていった。
粗大ゴミという失礼な表現も1年前なら考えられない『褒め言葉』だと私は思っている。今では大きな体をデンと床に横たえているからそう呼べるのだが、1年前ならとにかく動き回って、気を休めることも伏せることも目を閉じることもなかった。
先日のお泊りのときなどは、ドタンと伏せた後は私が家の中を歩き回っていても知らん顔して寝たままであったし、退屈まぎれにジェニーに覆い被さっても軽くいなされ、立ち上がったかと思うと「ごめんなさい。私お先に休ませて頂きます」とさっさと寝室に消えていったものだ。

日中はまだまだ盛んなジェニーのやんちゃ振りも、「今を遊べ!」と余裕をもって眺められるようになった。
ジェニーおめでとう。これが2歳の評価だよ。
「ジェニーおめでとう」と書かれたホワイトチョコをHさんがカリッと齧っていた。

午後に入って同じくカフェ育ちのゴールデン/ベルナがやってきた。
「何にも分からないんです、犬のこと。よろしくお願いします」
1年前、とにかく謙虚に素直に犬の話に耳を傾けては頷いておられたTさん夫妻は今、すっかりどっぷりwith dog生活にはまり込んでいる。
週末ともなればニセコのペンション暮らしが定番になり、マナーやしつけはそんじょそこらの愛犬家よりハイレベルだ。いや、マナーしつけという問題ではなく人と犬が暮らす上での基本を無意識に理解されているのだ。
当たり前といえば当たり前、何も知らない白紙状態の人が素直に謙虚に私から学んでくれたのだから。

「ペンションで会った犬、テーブルに手をかけたり、人の食事をおねだりするんですよ。信じられない!」
「夜のトイレの時、ベランダのドアを少し開けて、ベルナシッコしておいでと言えば、さっさと済ませて戻ってくるのに、他のワンちゃんは雪原を駆け回って捕まえられなくなってる姿を見て、ああ、ベルナはいい子に育ってるんだと嬉しくなりました」

最近ではカフェを訪れるやんちゃな犬の飼主にアドバイスしながら、「偉そうにネ!デヘッ!」と笑う姿を楽しく拝見している。

一期生たちのそれぞれの1年が過ぎた。
 

ちょっとKさんのこと 2005年01月04日(火)

  夜半に入り猛吹雪が吹き荒れている。
『災』が昨年を表す文字だったようだが、静かだった年末年始を過ぎて自然の猛威が再び災いをもたらさないかと心配させるほどの荒れようだ。

個人的には自然がもたらす状況については自然らしくあって欲しいと思うのだが、つい先程までイタリアンレストランで飲み食いしていた5人の内のKさんが無事帰宅できたが心配でならない。
何しろ、住居表示を見ただけで何処か人里離れた地区に住んでいるのが明らかな名称になっているからだ。

北海道の吹雪は道路と路外の区別を識別することができない状況になる。特に夜ともなると車のライトを遠目にすると吹雪しか見えないためライトは必ず近めにし、前を走る車のテールランプか道路端に設置された高さ5メートルほどの光る標識のテッペンを見ながらの走行となる。
今夜の吹雪はそれを確認するのも難しいかもしれない。

Kさんは昨年ふいにカフェに現れた。
ムーンちゃんというゴールデンを伴っていて「実はもう一頭いるんだけど、とんでもない奴でこんなとこには連れて来れないんだ」と、つっけんどんで女性らしからぬ話し方が親しみを呼び印象的だった。

その頃も私は訓練を引き受けることに消極的な生活をしていた。
訓練をするためには膨大なエネルギーを必要とするのだが、かなりの放電生活をしていたから余程のことがないと意欲が湧かなかったのだろうと今になれば思う。

しかし、Kさんはそんな私の状況などお構いなしで訓練スケジュールを立て、犬を見れば吠え立て攻撃的になるトム君の訓練を依頼してきた。
エネルギーの再充電を余儀なくされた私は、尻を叩かれるようにトム君のレッスンを行い、道筋をつけた。らしいことを忘れていた私にKさんは話してくれた。

そのトム君は今ではカフェの顔となり、親しみやすい性格から誰からも愛されるゴールデンになった。

ごめんなさい。焼酎の酔いが急に回ってきた。
もう1時半。Kさんは無事帰宅したと信じて寝る。
明日は7時から本格的な除雪をしなければならないから。
 

2005始まり始まり 2005年01月03日(月)

  いよいよ2005年カフェがオープンした。
僅か4日の休みだったがやってくる犬たちは新鮮に見える。それもそのはず羽織袴のチビちゃんに腰帯もきらびやかな和服姿のルルちゃんがお正月気分をぐっと盛り上げてくれていた。

一方、私たちはというとやつれ顔を皆さんにお見せし、お泊り犬を少しずつお返しすることて、やっと気持ちが落ち着いてきた。
物欲が強くて歯をむき出していたブルーちゃんは家族の方に対処法をアドバイスしたので、しばらくはよい結果が得られると思う。
モモちゃんは9歳という年齢の割にはラブのハッチャキぶりをしっかり発揮してくれていたので、しばらくは家で死んだように眠りこけると思う。
ラッセルは愛想疲れはあるだろうけど、家族のためにもう一頑張りをして場の雰囲気を盛り上げ、明かりが消えた途端爆睡モードに入ることだろう。

もう一泊するサモエドのラブちゃんは子供と大人の世界のちょうど真中辺りの年齢で、揺れ動く気持ちが素直に現れていて可愛い。優しく接していつまでも子供の世界にひき留めたい思いも理解できるが、ここは子離れを意識したほうがよさそうだ。大人になったサモエドもとても可愛いし、ラブはとても良い性格をもっていて将来が楽しみだ。

なんだか今夜やっと新年が始まった安らぎを感じることができた。
 

私たちの年末年始 2005年01月02日(日)

  明けましておめでとうございます。

「早くカフェをオープンして普通の生活に戻りたい!」というのが本音である。
30日からお正月休みに入ったのはよかったが、カフェの大掃除の後は事務所の片付け・大晦日から元旦にかけてたっぷり降った雪の除雪作業・たまり続けた書類の整理・自宅の掃除など、休むヒマなくやることが出てきた。
普段なら「後でね、そのうちね」と言えるのだが、年末となればそうもいかない。除雪作業だけは手を抜いたが部品が壊れてその修復にやはり時間を取られてしまった。万が一ガロアラシ号が使えなくなれば、冬のカフェはやっていけなくなる。

それぞれの仕事自体が面倒で大変だったが、それ以上に気を使ったのがお預り犬の管理だった。
自宅で暮らせるのはせいぜい4〜5頭と予約を受けていたが、休みに入った途端「お願いできないでしょうか?」と頼まれ、限度を超えた6頭目を預かるとあとは勢いと諦めがついて結局今日は一時的に9頭のお預りとなった。

日中はカフェで仕事をしながら犬たちと暮らし、食事は朝と夜しか取れない日々。
小型犬は思った以上に人に纏わりつき、『オシッコが近い!』。
ちゃんとペットシートの上でしてくれるのだが、私にしてみればいくらシートの上といえども室内でされるのは嫌だから、こまめにガーデンで排尿便をさせているのだ。にもかかわらず見ていると、1時間ほどでシートを汚している。まるで小鳥並だ。
そのうえ、足元にいつも纏わりつくから踏みそうになって疲れる疲れる。

大型犬はというと、トイレの心配はしなくていいが「遊ぼうよ!遊ぼう!」と誘うのがとにかく上手い!
私も嫌いなほうではないから適当に付き合っていると、仕事ができないほど延々と要求され、落ち着いた頃には「メシだ!メシ!」とみんなからせかされ、あっという間に一日は終わってしまうのだ。

タバコの空き箱を咥えて走り回るブルーちゃん。
ヨーキーの陽気な男の子。
「そんな時、取り上げようとすると本気で噛んでくるんですよね」
お預りの時、ご主人は私に生々しい傷を見せながら困った顔をしていた。
預かりの最中にそのような場面があったので手を出してみると、ブルーは形相を変え唸り声を上げ噛もうとしている。
「アホか!お前。」とぶっ飛ばしたら瞬間にすべては解決し、ちょっとしたフォローをした後はブルーは私の膝の上でタバコの箱で遊び、私にもっとちょっかいを出せと楽しんでいる。

甘えん坊で要求が多く、吠えることで意思表示をするので困っているサモエドのラブちゃんは今日からお泊り。
どんなことになるのやら楽しみだが、いつのまにか休みは終わり明日から営業を始める時間になってしまった。

Kが作ってくれた家庭料理とお正月料理。
とかく飽食になる年末年始に、犬たちと同じように食事にありつけたことに喜びを感じ、あっという間に過ぎた4日間だった。
 

よいお年を 2004年12月31日(金)

  大晦日の夜は犬たちに囲まれた中で迎えている。

今年の元旦はカフェを開け、こんな日にドッグカフェに来店される方がいるものなのかKとふたりで店を守った。
さすがに午前中の来客はなくKと二人でカフェでダンス?を楽しんだ。
私はリズム感が全くないのですべてKの手ほどきだったのだが、ダンスはそのうちストレッチへと変わり、相当しごかれた思い出が今年の始まりであった。

それから忘れられない出来事がたくさんあったが、年が明けようとした今は「この1年本当にありがとうございました。」と締めくくるしかない。
何しろテレビではカウントダウンが始まっているではないか!
よいお年を!
 

今年の営業終了日に 2004年12月29日(水)

  カフェは無事この一年の営業を終えることができた。
ご利用いただいたすべての方とワンちゃんたちに「ありがとう」です。

天には月が輝き、凍てつく鋭い寒さがすっぽりと大地を覆っている。柔らかな雪の冬模様ではなく、まるで十勝のような内陸型の寒さだ。

32年前、幼なじみで親友のFが「俺は北海道に行く。できれば向こうで酪農をやりたい」と言って帯広の大学へ進んだ。
法隆寺の隣町に住んでいた私は、殆どこの小さな町から出ることはなく、町内にはめっぽう詳しかったが北海道などは南極/北極の範疇でしかなかったので相当に驚いた。

その年の冬、私は帯広の彼の下宿を訪ね仲間と5万円で買ったというオンボロ車に乗って愛国駅と幸福駅を案内してもらった。
その頃から私には北指向が芽生えたのだが、数年後Fは「俺はアメリカに行く。そこで大規模農業を学びたい」と渡米してしまった。

私が札幌に住むようになり、彼が帰国してからの1年間が二人で北海道を共有した時間だった。
厚田村の農場を牧柵で囲う仕事をした後、Fは一旦奈良へ戻り両親の説得を試みながら家業を手伝っていた。
しかし、Fの父親の死と共に彼の夢が叶うことはなく兄弟でお寺と保育園を継ぐことになったのだが、Fのおかげで世界を広げられた私はこうして今もなお北海道での生活を続けている。

帯広の銭湯に入った後、下宿に帰るまでの僅かな時間にタオルと髪の毛はバリバリに凍っていたよなぁ。
今夜、シバレたガーデンに出てなぜか『あの頃』を思い出した。
 

シャンプーの思い出 2004年12月28日(火)

  世間では仕事納めでいよいよ今年も押し迫ってきた。
カフェは明日29日まで営業し、新年は3日からの営業となります。

ここ数日、トリマーのノンちゃんは大忙しだ。
朝は7時半頃にやってきて、8時〜19時頃まで昼食も摂れないほどトリミングとシャンプーに追われる日もあった。
頭数は(営業上)たいしたことはないのだが、丁寧な仕事をするものだから時間がかかる。
時々、暴れる犬などがいると私が呼ばれ保定するのだが、その時にノンちゃんの仕事振りを見ることができ、トリミングの流れや方法を学びつつ、ふと昔を思い出すことがある…

盲導犬を訓練していた頃、年末になると担当犬をお風呂に入れるのだが、私にはそれが結構苦痛だった。
5〜6頭のラブ・F1をシャンプーすると腰は痛くなるは面倒臭いは眠くなるはで、毎日犬たちのブラッシングを担当してくれたパートの人を言いくるめて洗ってもらうこともあり、他のスタッフから白い目で見られた。

そこで思いついたのがパピーウォーカー(PW)のことだった。
PWは協会に犬を返した後、その犬には以後会えないというのが原則である。
しかし、年末といえば訓練を始めてから既に3ヶ月が経っており、そこそこ出来上がってもいる。
一方、PWは我が子に会える何かよい機会はないかと策略を練り、団体での犬舎見学に紛れ込んだりして密かにビデオを遠くから回し、我が子を撮影することもあった。

私は悪知恵と怠け心それに屁理屈を混ぜ合わせて、『訓練犬の進度を評価するため、PWにシャンプーをしてもらう』ことにした。
PWは大喜びし、私は腰の痛みを味わうことなく両者めでたしめでたしだったのだが、下心を見透かしたスタッフからはやはり冷たい目で見られてしまった。

盲導犬協会のスタッフにもドジはいる。
暖かな日に犬を洗いバスタオルで綺麗に拭いた後で、手入れ台と呼ばれる手作りの木製の台の上に犬を乗せ、リードを台の脚に繋留して乾かせていたのだが、何かの拍子に犬が台から降りてしまった。
その時、リードで繋がれた手入れ台が動いたことに驚いた犬は、協会の敷地を逃げるように駈けはじめた。
逃げても逃げても凄い音を立てて追いかけてくる手入れ台に、犬はパニックになってさらに走り回り、数台の車が傷つけられた。

そんな私の大嫌いなシャンプーをノンちゃんは日がなやってくれている。感謝感謝。
ノンちゃんは荼毘に付す前のスーの手入れもきちんとしてくれた。ありがとう感謝です。

感謝といえば、スーの母さんジャスミンからも綺麗な花が今日届きました。
主治医のS先生も休憩時間を使ってカフェに花束を届けて下さいました。
どちらも「とても残念だけど、いい終わり方だったのがせめてもの慰め」と天使になったスーに語りかけてくださっていた。
 

ちょっと無理した受容 2004年12月25日(土)

  今夜は決してサボって短くなったわけではありません。

夜になってKと二人になるといろんな思いが心めぐり、忘れそうになっていたスーとの出来事を語り合っては、思い出を深めてしまうのです。

ポッカリと空いた隙間がより明確になって切なくなるのですが、私たちの心は確実に受容に向かっています。

「こんな時にかけられる言葉には空しさや、時に反発すら覚えることもあるのに、本当に慰められ安らぐんだよね。みんな犬と暮らしているからなのかなぁ」
私が一番心配していたKの心は皆様に救われています。
本当にありがとうございました。

明日の日曜日をもってカフェそしてこの欄でのスーの追悼はひとまず区切りをつけれれば思っています。
 


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