From the North Country

突然の訪問者 2004年12月18日(土)

  夜も8時を過ぎた頃、呼び鈴が鳴った。
宅配便かと思ってインターホンの画像に返事をすると
「お休みのところ申し訳ありません。犬を預かっていただけると伺ったのですが…」と女性が話し掛けてきた。
「はい、今行きます」と返事をしたものの、Kは電話中だし私だって飲酒中だったので一瞬あたふたし
「酒臭くないか?」とKに息を吹きかけた。
「この時間なら飲んでてもおかしくないよ」Kは受話器を手で抑えて答えた。

「夜遅くにすみません。実は来客があったのですがこの子が食べ物に執着してうるさくてどうにもならないのです。2時間ばかり預かっていただけないでしょうか?」
フレキシブルリードの先には尻尾を小刻みに振るビーグルがいた。
「はあ、はい」と私は答え、連絡先とモモカという名前をメモして預かった。

ガーデンに放すとモモカは夢中で臭いを嗅ぎまわった。
10分ほどもそうしていただろうか?ふと我に返ると「ここは何処?あなたは誰?」とキョトンとして私を見つめた。
自宅に招き入れると再びそこここの臭いを嗅ぎまわり落ち着かない。
おやつを一つ与えると少し落ち着いたので「オスワリできる?」と声をかけてみた。
モモカはちょこんとオスワリをして見せた。
「凄いね!」と大袈裟に拍手をし「お迎えがくるまでずっとそうしてるんだぞ!」と声をかけた。
「そんなこと出来るんだったら、誰もこんな時間に預けに来ないでしょ」Kがシビアな答えを吐いた。

それからのモモカは予想に反して割とおりこうな訪問者だった。
安心して眠ることはなかったが平穏な私たちの生活を乱すこともなく、10時にお迎えがきた。
「近くにこんなお店があって本当に助かります」飼主の方はそう言って喜んで帰られた。
2時間の間に私の顔はすっかり赤くなっていたに違いないが、喜んでいただけたことをうれしく思った。
 

除雪機のトラブルとガロ社長 2004年12月17日(金)

  昨日20数センチ降った雪は定休日でもありそのままにしておいた。
今朝7時からいざ除雪開始とばかりにガロアラシ号が活躍を始めたのだが、8時半頃突如シャフトのピンが折れてダウンしてしまった。
ガーデンと駐車場の除雪がまだ済んでおらず、慌てて超大型ホームセンターへ部品の代用になるものを調達に行った。純正部品だと取り寄せに5日もかかるというからだ。

早速その部品を使って修理し、駐車場を除雪し始めてまもなく再び同じ個所がダウンしてしまった。
除雪機には安全装置の代わりとして、石などの硬いものを巻き込んだときにシャーボルトというボルトが折れることでそれ以上巻き込まなくなるよう設計されている。
ところが、今日折れたピンは最終段階で折れるピンであり、その前に折れるべきボルトはすべて健在であった。
まさか!と思いながら再びホームセンターへ車を走らせ、今度は予備を含めて5つの代用品をまとめ買いした。

いざ取り替えようと思ったら本来飛ばされているはずのピンの残骸が穴をふさぎ、どうにもこうにもならなくなっていたのだ。
それから1時間、私はついに自分での修理を諦め札幌に一つしかないH除雪機正規代理店に救いを求めた。
結果は残念!この大雪でサービスマンは出払っており、いつ伺えるかわからないということだった。

こうなると後は飲み仲間に頼る他はない。
H社製品も扱っているG社に電話を入れるとSがすぐ来てくれると言ってくれた。
最新のハイブリッド機種でもある型式を告げて、私は再び修理を始めた。すると、うまくツボにはまったらしく穴をふさいでいたピンの残骸がようやく抜けたのである。
忙しい中、会社を出発したばかりのSに「ピンが抜けた。自分で治せる。スマン!」と電話を入れ、私は分解した除雪機の組立てに入った。

すべてが完了した頃、Sがやってきた。
「どうした?」と聞く私に
「折れたピンはここですか?」とSが逆に尋ねた。
「うん」と私が答えると
「このピンは欠陥があってリコールがでてるんです。なんか気になって来ちゃいました。」

正規代理店に電話をした際、型式と破損個所の特定もしたのに担当者は何も言ってくれなかったのが悔しい。
Sはもう一箇所のリコール対象の部品も取り替えて帰っていった。
既に2時を過ぎていた。
苛立ちと感謝が交錯する中、閉店1時間前にすべての除雪が終了した。

ちょうど1年前、除雪機ガロアラシ号を届けてくれた飲み仲間のガロ社長が、3日後の12月10日に事故で死んだ。
先週、奥さんに電話をして「近いうちに線香あげに行くから」と言ったきり1週間が過ぎてしまっていた。
業を煮やした社長があの世から「バーヤロ!早よ来んかい!」と、ちょっかいをかけた今回のトラブルだったと私は思っている。
 

ちょっと放電 2004年12月15日(水)

  定休日前日の仕事を終えるとさすがにホッとするようになってきた。

盲導犬協会で働いていた25年はほとんど休みがなかったのに対し、カフェを始める前の19ヶ月は旅をしたり腕が鈍らぬ程度に家庭犬のトレーニングをしたりと気ままな生活を送っていた。そしてその間は、またいつかガムシャラに働く覚悟をもっていたのに、現実に一年働くとやはり多少の休みが恋しくなってしまうのだ。

19ヶ月の自由時間というと一般的に羨ましいという言葉と共に『充電期間』であると捉えられがちだが、実は『放電期間』であることを知らない人が多い。
事実、精神的にも経済的にも放電以外の何物でもなかった。
そのことはカフェを立ち上げる時特に感じた。
放電してしまったものだから誰かのバッテリーを借りないと最初にスターターを回すのに苦労する。
頭では解っているのに体の反応が鈍いのである。

気ままな車中生活からまっとうな社会生活に戻ったのだから、期日限定のことにもきちんと対応しなければならなかった。
2年前なら厳格に当たり前にできていたことが「まあ、いいじゃん」と思ってしまう自分をドキッとして見つめることもあった。

しかし、その19ヶ月を健康に体が動き心から楽しめる時期に持てたことを素直によかったなと思う。
人生の中でもう一度そんな放電時間をKと持てるようしばらくは充電のために働くことになるだろうが、今日は久しぶりの休みを前に安らぎを感じていたい。
 

心開く 2004年12月14日(火)

  お泊り犬もそれぞれ帰宅し夕べから静かな夜となった。

『教育とは教えられたことをすべて忘れたとしてもなお残るもの』
Mダックスのチョコちゃんは、犬嫌いで人も苦手な6ヶ月のわんこだ。
生後4ヶ月の時から来店していたが、すでに他犬に対して唸ることがあった。遺伝である。
飼主の方は、チョコが何とか少しでも馴染めるようになり、人から愛されるわんこになって欲しいと何度かカフェを訪ねてくださっている。
今回たまたまチョコを預けなければならない事情があって3泊していったが、チョコにとってはいい時期に貴重な体験をすることができたと思う。

同時にお泊りしたキャバリアのコロンは積極的に犬に関わることをあまり好まなかったが、だからと言って怒るというようなことはなく、さりげなく身を引くタイプのわんこだった。

初めチョコはそんなコロンすら怖がっていたが、カフェで同じ敷物に寝ざるを得ないように繋留し時間を共有させることで、2日目に入ると徐々に興味を示すようになった。
勇気を出して近づくチョコにコロンは引き気味に無視したのが幸いし、チョコの好奇心はさらにくすぐられた。
3日目にはガーデンでコロンを追い回すように駈けていたが、そこには慕う気持ちが見て取れた。コロンも適度に挑発し楽しみを分けていた。
今思えば、二人の心が徐々に開かれていく瞬間だったのだろう。

神経質で警戒感を遺伝的に持ち、心閉ざしていたチョコが、コロンという他犬に対して心開くようになった時、次に私が行ったことは、同じくお泊り犬のゴールデン2頭を室内でフリーにしたことだった。
チョコには不安が走り、再び心閉ざす危険性もあったが、慣れてしまえば多少不安はあってもコロンを慕う思いから、そのような状況下でも遊び始める可能性もあった。
そしてもし、遊べるようになったとしたらチョコはさらに成長したと考えてよいはずだ。
結果は一歩前進であったが、そこでお泊りは終了し帰宅していった。

言葉で伝えることのできない犬たちに対する私の教育とは、こうすればこうなるであろうと仮説を立て、そうなるための状況設定に配慮し、よい結果が出れば次にマイナスの刺激を与え、さらに配慮しながらプラスの結果が出るよう工夫し、これによって強化することの繰り返しであると思う。
果たしてチョコは、教えられたことをすべて忘れたとしても他犬に対し少しは心を開いてくれるだろうか。
 

楽観的 2004年12月13日(月)

  残り少なくなった焼酎を見て「まだこれだけある」と思うか「もうこれしかない」と思うかで楽観論者か悲観論者かを分ける方法があるらしい。
となると、私はどうやら悲観論者に分類されそうだ。
楽観的に捉えて結果が悪かった時に落胆するよりも、悲観的に捉えておけばダメでもともと、うまくいったときに大喜びできると考える傾向があると思う。

一方、楽観論者に言わせると、「結果が出るまでの時間を暗い気持ちで悲観的に捉えて何が面白いというのだ。『えい!ままよ!』とばかりにポジティブに考えたほうが明るい気持ちでいられるし、その後のことでよい結果が現れるかもしれないではないか。そもそも結果が悪かったとしても楽観論者は落胆などしないものだ。『よし!次行ってみよう』となるのだ」と勇ましい。

どうやら多少は楽観論者のほうに分があるように思えるのが悲観論者らしいところだ。

だが犬の訓練あるいは育て方となると話は別だ。
・食べてる時に近づくと唸るかもしれない
・ひとりにすると吠える、いたずらする、自傷するかもしれない
・散歩の時引っ張られるかもしれない
・人や犬を噛むかもしれないetc.
これらは悲観的ではあるが事前に容易に想像でき、しかもそこそこ確率の高い問題点となっている。

『不注意・無頓着に育てれば懸念すべき問題点が起こる』
これを悲観論と言うには無理もあるが、悪い結果を先に予想することは時に必要だと考えている。
ただ、その後の対応が大切なのだ。
「うちの犬が反抗した。もしかしたらこれからもっとひどい事が起きるかも知れない。無事暮らしていけるだろうか?」と悲観的に考える人には悲観的な結果が待っているであろう。
犬に接し、教育していく上で悲観的な部分を相手に悟らせてはうまくいくことはない。
楽観論者が口にする『ポジティブに』という要素は何より必要であると思う。

つまり私は、悲観的に物事を捉え、そうならないためにポジティブな対応をすれば結果的にうまくいくに違いないと思い込んでる楽天家かもしれない。
 

バロン、1年のときを経て 2004年12月11日(土)

  去年の9月、カフェの建築が始まり基礎ができて大工さんが柱を立てた頃からその様子を覗きに来ていたわんこがいる。
アイリッシュセターのバロン君は不遇なめぐり合わせの中、現在の飼主であるAさんに救われた犬であった。
ところがその恩も知らず建築現場に現れる姿はAさんを引きずりまわし、我が物顔で近隣を闊歩するいわゆる駄犬そのものであった。

しかし、いい気になって飼主を振り回していたバロンの駄犬生活はカフェのオープンと共に終わり、制御される中での新たな身の振り方の選択を余儀なくされた。
もともと気弱であるのに、飼主が軟弱であったために頑張ることを求められていると勘違いしていたバロンは戸惑ったに違いない。
去勢されていなかったこともあって、マーキングは彼の内から込み上げる責務のように感じてもいただろう。
7歳になっていたが去勢を行い、数度のレッスンを行った。

1年を経てそのバロン君が昨日今日と顔を見せてくれた。
その頃のバロンを知っている近所の方が、「えぇ!これが、あのバロン?」と驚きの言葉を発していた。
アイリッシュセターの優雅さと泰然とした落ち着きを見せバロンは気品を漂わせてカフェにハベッテいたのだ。

愚痴をこぼされ続けていたあの頃と、褒め言葉を理解しているに違いない今を、もし比較することができるのならバロンはなんと答えてくれるのだろう?
「どちらも僕だよ。君はどっちの僕と暮らしたかったの?」
きっと私たちにとって重い言葉を残すことだろう。
 

変わる・変える 2004年12月10日(金)

  「そんな小さい犬種の子を抱っこしてる長崎さんって随分イメージ違いますよね」
これでも最近は少しサマになってきたと思っていたのだが、昔の私を知っている人から見れば滑稽に見えるのだろう。
ラブ・ゴールデンクラスの犬しか扱ったことがなかった私でも、1年やれば学習するから取り扱いや教え方もマシになっているはずである。
慣れてくると自然な姿にも見えるはずなのに、小型犬はやはり少々不似合いなのだろうか?

確かに考えてみればジーンズにワークシャツという姿格好は昔のままだから、久しぶりに会った方は犬だけが違っていることに違和感を感じるのはしょうがないことだ。
だが、間違いなく私は変わったと思っている。
犬がカフェでフセの状態でいなくても気にならなくなっているし、小型犬の学習回路が自己防衛を抜きにしては成り立ちづらいことも経験し、対応の仕方に変化が生じてもいるからだ。

今夜のお泊り犬はゴールデン2頭とキャバリアそれにMダックス。
ゴールデンには他犬に対し大人の対応を求めたかったから、朝から夜までのカフェであるいは散歩の時に少々コントロールをきつくした。
数日前からお泊りのキャバリアはすでに我が家でのマナーを心得ている。
生後4ヶ月の時既に警戒心を持って吠えていたダックスには、「仰々しく自己防衛ばかり考えず、現実を見、良心的に物事を受け止めよ」とばかりに体が緊張し現実逃避を図ろうとした時に我に返し続けている。

そして初対面の4頭は居間にそれぞれの場所を見つけ、お互い干渉することなく眠っている。
タバコの煙に私が咳払いをしたり、ゴールデンが寝返りを打ってもダックスは飛び上がって驚くことも少なくなったような気がする。
 

織り込み済み 2004年12月08日(水)

  昨日から1週間お泊りのキャバリアKCスパニエルのコロンちゃん。お預りする時に「食卓の物を何度叱っても平然と盗みます。」と言われていたし、いたずらもひどいと聞かされていた。

昨日紹介したように、夕べはリードで繋ぎ私のすぐ傍で暮らしていた。
私がいなくなるとすぐに吠え立て、ドアを掻き毟った。
私にしては織り込み済みであるから驚くことなくすぐに対処できる。
犬を預かる時に織り込み済みなことは
1.吠える
2.飛びつく
3.唸る
4.噛もうとする
5.引っ掻く
6.駆け回る
7.落ち着かない
8.咥える
9.いたずらする
10.人の食べ物に当然のように興味を示す
11.排尿便のしつけができてない
12.臭いを嗅ぎまわる
13.叱ると反抗的になる
14.物欲が強い
15.つきまとう
16.敷物を齧る
17.夜寝るときに騒ぐetc.
ザッと思いついただけでもこれだけはあるから、要は滅多なことでは驚かず・見過ごさず対処する準備ができているということだ。

そして大切なことは『これら一つ一つにそれぞれ対処しなければならないわけではない』ということである。
これらの内一つか二つの対処がきちんとできていれば、その他の問題は起こらないか、起こりそうになっても「これ!コロン!」と言えば済む問題なのである。

吠えてドアを掻いたコロンは、夕べ私に叱られた。
今夜は全くフリーの状態の彼女は、夕食の献立がちゃぶ台に並べられると、案の定鼻先をちゃぶ台に向けた。
そんなことは織り込み済みで、ちゃぶ台の傍に張り付いていた私は無言でコロンをぶっ飛ばした。驚くコロンに私はさりげなく「どうした?」と声をかけ、彼女の緊張をほぐすように愛撫を与えた。
するとコロンはまたちゃぶ台に鼻を寄せる。
すかさずぶっ飛ばし「どうした?」と声をかける。
その後彼女は学習し、ちゃぶ台に鼻を寄せることはなくなった。

以後、今日から残りの5日間、小さなことで注意を与えることはあるだろうが、大筋で私はコロンと快適な生活を送る準備ができたと思っている。
夕べはケージで寝かせたが、そのうち飼主のところと同じように私のベッドで寝かせても良いときが来るだろう。

私は犬との関係を次のように考えているのかもしれない。
与えるべきものは与える。しかし守ってもらわねばならないことは絶対に守らせるし、そうでない場合の結果を必要ならば犬に示すことに私は何ら躊躇することはない。
そしてそんなことは短期間の間に提示し決着し、残りの長〜い時間をお互いの楽しい時間に割り当てたいと思っている。
さらにその後の生活の中で必要に応じ念を押すことを忘れず、いずれは愛犬の人格を同等かそれ以上に受け入れ、終いには愛犬の理不尽さを受け止め、精一杯のわがままを聞き入れる飼主でありたいと思っているのだろう。

数百頭の犬と暮らしてきた中での四捨五入的な考えであり、中にはこの考えが全く通用しない犬や、最初から人間的に付き合える犬もいることも私には織り込み済みであるのだが。
 

お泊り犬・我が家のルール 2004年12月07日(火)

  初めてのお泊り犬を預かるときは、最初の夜、自宅の居間で繋留ししばらくの間その動向を観察することが多い。
いたずらをしたり、室内を駆け回って我が物顔で食卓の物に手をかけることがないよう事前防御しているのだ。

繋がれた事に不満を示し、吠えたり鼻を鳴らしたりあるいは壁やドアを掻き毟ろうとする犬はこの時制御され、我が家のルールその1が教え込まれる。
すなわち、私たちと同じ部屋で暮らし、食事や給水それに散歩もトイレも済ませているのだから、私たちの平穏な生活を乱すようなことをしてはならない、というルールだ。
殆どの犬は新しい環境で戸惑っているため、のっけから自己主張をすることはなく大人しく受け入れてくれる。

私がトイレや別室に行ったりすることで、それとなく一人でいる時間を犬に与え、不安を持つ前にまた犬たちの傍に戻りパソコンにでも向かっていれば次第に落ち着き、この環境が満更ではないことを自覚するようになる。
もし僅かなこの時間に騒ぐようであれば、『注意を与え』次に『警告し』最後に『手厳しく叱る』だろう。
中途半端な話し掛けだけで、騒ぐ犬を放置することは決してない。「うちの犬はいくら叱っても止めない」という話を聞くが、そんなことは本当に滅多にあることではないのだ。

犬種や年齢・性格・室内での動きを見てトイレに出すから、我慢させることもないし失敗も極めて少ない。

さらに次のルールがあるが、それはまた明日。(たぶん)

愛犬と室内生活をしている方で
1.ごみ箱をいたずらしたり、物を咥えて離さない
2.室内を駆け回りうるさくてしょうがない
3.ストーカーのように付きまとい、一人で待つことができない
など、困って相談される方が多いが、大きなことを見落としているのではないかと思う。
これらの方は最初から犬を室内でフリーにしている場合が多いということだ。
愛犬の性格や性癖をよく知り、きちんとしたルールは初めに教えておくことが必要で、そのうえで愛犬と戯れ、コミュニケートし共に生活できるようになればよい。

貴方の愛犬は繋留しても受け入れてくれますか?
貴方は繋留した愛犬が以後騒がないように制御できますか?
そのうえでフリーにすると後々が楽ですよ。
 

幸せな時間 2004年12月06日(月)

  うつらうつらしていたら、地震で目が覚めた。
最近、2階の自宅で寝るよりも、カフェで寝るのが好きになった我が家の愛犬スーが「地震だ地震だ!」と、珍しく元気な声で知らせてくれた。
先日、明け方3時過ぎの地震の時は、飲んだくれて気付かなかった私を知ってのことだろうとうれしくなる。
カフェに下りると「気付いてくれましたか」とニコニコしながら尾を振って、テーブル下のスー蒲団から出てきてくれた。

ガーデンの灯りをつけ外に出ると、そこはため息が出るほど美しい世界だ。
白いフェンスに囲まれたガーデンは、昼間犬たちが踏み固めた真っ白い雪で覆われ、同じく雪衣装をまとったニセアカシアと白樺の木が光と影の幻想的な陰影を醸しだしていた。
ブルブルっと身震いしながらカフェに戻ったが、こんな夜は薄明かりのカフェでカクテルパーティーでもしたら最高だなと思った。

思えば幸せな時間を過ごさせて頂いている。
若い頃のように飲み歩いて外へ出ることの興味は無くなった。代わりにまったりとした時間を過ごすことが喜びになり、昼間は元気な犬たちから老化防止の適度な刺激を頂いている。
昔から「年の割には落ち着いた性格だね」と言われてきたが、仕事のことで私を知っている人は「熱い性格なんだ」とも言う。
実際はその両方なのだろうが、とにかく息抜きのための外出は無くなり、生活そのものが楽しく感じられるようになってきた。

さて、明日はボケ防止に向け、久しぶりに熱く室内犬のトレーニングについて書くことにするか。
 


- Web Diary ver 1.26 -