From the North Country

ニコッとする雪だ 2004年11月29日(月)

  この冬2度目の本格的な積雪となった。
週間予報では週末に雨が降るため、15センチ程積もりなお降り続ける雪もすぐに解けてしまうのか、それともいつもの習慣予報になるのだろうか?

生まれてはじめての積雪を体験するチワワのルルちゃんは、トイレのためにガーデンに出すと一歩も動けずにいる。
不安なのか冷たくて固まってしまうのか、恐らくその両方なのだろうが、これから雪に慣れて動けるようになる過程を楽しみにしている。ただ新雪の量によっては丸ごと埋まってしまうのだからルルちゃんも命懸けだろう。

思わず微笑みたくなるような防寒着を身に付けている小型犬とは対照的に、ゴールデンなどの大型犬は目を輝かせ一面の銀世界を駆け回り、その冷たさや雲のような柔らかさをに背中を擦りつけて天からの恵みを楽しんでいる。

北国の愛犬家や我がカフェにおいては、この時期となっての根雪は歓迎である。
犬が泥で汚れず、汚れをカフェに持ち込むことも無いからだ。
雪球に困ってしまう犬種もあるが泥んこよりはずっと救われる。だから明日の晴天でもせっかくの雪が解けないことを密かに願っているのだ。

散歩の途中で立ち寄る公園の芝生の上で、ゴロンゴロンと背中を擦りつけることを楽しみにしている我が家の愛犬スーは、夕方になって初めて外の雪景色に気付き、ウッドデッキのあった場所で転げまわって喜んでいた。
降りしきる雪の中での散歩は中止となり、今夜はガーデンでの戯れとなった。

さあ、明日は早起きをして除雪機ガロアラシ号に活躍してもらおう!
 

寒い日に 2004年11月28日(日)

  冬の乾燥した空気が、ガーデンの表面から水分を取り去ったように白く乾いていた。
身を切るような風が身体に凍みる。雪が積もっていたらこんなに寒い思いをしなくてもよかったはずなのに。まるで京都の冬のように寒い一日だった。

朝のレッスンを終えてカフェに戻った頃からボチボチと賑わい始めていた。
最近のカフェはやけに大型犬が目立つようになっている。
そういえば、昨年12月のオープン以来初夏を迎えるまでは8割方が大型犬だったのが、夏になると小型犬が主体となり、10月も半ばを過ぎた頃から小型犬の姿が少なくなり始めている。

それぞれの話を聞いてみるとこれらの結果になるほどと思えるようになった。
大型犬の飼主は北海道の最高の季節にアウトドアを楽しみ、一所にじっとせず、夏短しとばかりにキャンプやペンション・湖でのカヌーや水泳を満喫しているようだ。

一方、小型犬たちは暖かな日々を飼主同士のコミュニケーションが楽しめるカフェなどで過ごすことが多く、寒くなると暖かな我が家に引きこもりがちになるらしい。

私自身はどうだろうかと考えてみた。
日々変わらぬことに生活面で安心し、精神面で不満がつのる。
生活が保障されていれば、非日常ということに胸ときめかせ、生きることに躍起であるなら非日常に警戒するかチャンスの到来であるかを嗅ぎ分けようとするだろう。

夜が長くなると要らぬ事を人は考えてしまうものだ。
さてさて、貴方は犬の飼主として、はたまた人間としてどんな生き方をしようとしているのでしょう?
 

できれば避けたい真剣勝負 2004年11月27日(土)

  自分が極悪非道の罪人に思え「本当にこれでいいのか?これしか方法は無いのか?」と自問を繰り返していた。

「私なりに精一杯やっているのですが、どうしてもうまくいかず、ついに転ばされてしまいました。このままでは雪道の散歩が心配でなりません」
飼主のこの言葉にこれまで腰が重かった私も「レッスンを受けてみますか?」と口を滑らせてしまった。
相手はやんちゃ盛りのラブラドールのハルちゃん。小柄な体型だが自己主張において強靭な精神力を持っている様子だ。

イエストレーニングの導入を簡単に済ませ、リードをつけて外に出てみた。
強い風に枯葉が塊となって舞ってきた途端、ハルはまるでもぐら叩きを始めるようにあちこちの枯葉を手や口で抑え始めた。一万円札が天から降ってきたとしても、あれほど我を忘れた行動を人は普通しないだろう。

最初のショックをかけたとき「ヤバイ相手だ!」と感じた。
プロの私がかけた相当なショックであったはずなのにビクとも反応しないどころか、なお夢中になって枯葉に目が点となっていた。
数度繰り返してみたが、私は全く無視されて引きずられそうになっていた。

「今夜にも雪は積もりそうだ。このままでは飼主が怪我をすることになるし、ハルは『ただの犬』の世界に引き込まれてしまう」と瞬間の内に考えた私は、意を決して立ち向かった。
静かな住宅街とはいえ、車が来るかも知れず、人が見ているかも知れない道路の真中で、まるで襲い掛かってきた熊を撃退するかのような迫力で私はハルをなぎ倒した。

低く唸るような声で「俺を相手に自分勝手なことをいつまでもやりたいなら命がけでやれよ。」ヤクザのような言葉を吐きながら、息と血圧は上がり冒頭に書いた極悪非道な自分を冷静に感じていた。

『叱るのであって怒るのではない』
この術を知っている私はハルの変化に気付き、何事も無かったように歩き始めた。
心配した怯えはなく、世間話に尾を振って応え、褒め言葉に頭を出して撫でさせていた。
その後も頻繁に枯葉が飛び回っていたが、反応するたび警告すると「そうか。こうするとダメなんだ」と解ったらしく、木枯らし吹く枯葉の道を指先にリードをかけただけで歩けるようになっていた。

『ただの犬』の世界から『人と暮らす犬』の世界にハルを導くきっかけはできただろうが、子育ての段階で対応できた項目であろうにとも思った。
生まれながらに話せば解る犬もいるが、こうやって決着と折り合いをつけてこそ言葉に意味があることを理解する犬もいる。
相手を理解し、対応するツールを豊富にそろえ、適切な対処をするという原則ができたのかどうかは今後のハルが教えてくれるだろうが、今日の場合は緊急手術であったことは否めない。
 

もう一年近い日に 2004年11月26日(金)

  ヤフーでホームページを検索すると私のカフェが正確に表示されないのが面白い。
明日閉鎖されることになる和歌山のドッグパークのサーバーを使っているから、そこからの情報が掲載され、画像や『北の国から』は見ることができない。
だから今これをお読みの方は正確なURLから訪問して頂いていることになる。

ご自分の名前で検索されたことはありますか?
意外なところで紹介されていることがありますので是非試してみてください。

さて、25日の給料日後のカフェはいつもヒマを持て余している。
そういう法則がいつの間にか出来上がっているので、今日の午前中は経理や雑用を済ませた。
外は冷たい空気が支配し、遅い根雪を受け入れる決意はできているのに夕方からは雪ならぬ雨となった。
犬たちが汚れることを考えれば早く雪になって欲しい。

午後のカフェは常連の愛犬がガーデンで遊び、寒さをこらえながら飼主の方々がそれに付き合っていた。
犬を見るたび吠え掛かっていたチワワは、周囲に犬たちがいることを受け入れている。
入店時は噛み付かんばかりのMダックスが周囲の方に愛想を振り、すっかり溶け込んでいた。

もうすぐ12月。おかげさまでいろんな犬たちを知り、多くの方々に支えられてきて1年が経つ。
どんなことがあったのかスタッフとゆっくり思い出してみたい。
 

お互い様 2004年11月24日(水)

  明日は定休日。
先週の定休日は超大型犬3頭のシャンプーが入って、実質的な営業日になってしまったので、久々の休養ができる。
お泊り犬も常連レオンベルガーとチワワのデコボココンビなのでさほど神経は使わないどころか楽しむこともできるようになっている。

慣れとは恐ろしいもである。
1.ひと時の気も許さず、カフェでは目を閉じることもなく、小さな物音にも飛び上がって眼で確認をしていたレオンベルガーが、今ではグーグーと私が動き回っても知らん顔を決め込んで居間で眠りこけている。

2.カフェのスタッフがレジで打ち間違いをして、とんでもない請求をしたり、品物を渡し忘れたりなど、人間らしいミスをすることもある。

3.お泊り経験のあるワンコが私とKの隙を見ては2階に駆け上り、食べ残しのフードをせしめさせてしまう失態を演じることもある。

ミスのない店を作ろうなどとは思ってもいない。
人間のやることだから失敗はあるに決まっている。
その都度確認を取りながら注意すべきこと・笑い飛ばせること・犬って凄いなと思えることなど感じながら成長しているつもりでいる。
それでもスタッフからは「姑みたいに細かいことに目を光らせるな!」と無言の注意を受けることがうれしい。
私が気付かぬことの何倍ものことを日々カバーしてくれているからである。

『お互い様』の気持ちと『慣れに対する戒め』をこれからも大切にしていきたいと思う。
 

何を伝えたいかが分からない 2004年11月23日(火)

  アドバイスすることの難しさがある。

様々な『困った!』に適切なアドバイスをしたいとは思っている。
しかし、飼主の考え方や性格・愛犬の背景・現在の環境などによってその答えは千差万別であるはずなのに、来店してまもなく性急なアドバイスを求められるがため付け焼刃的な方法を話し、犬はもちろん私自身が混乱してしまうことがある。

経験則によって飼主と飼い犬を即時に判断し、その時は良かれと思ってアドバイスしていたら、きっとそのうち自分自身がしっぺ返しを受けることになるだろう。
なのに相談を受けるからと、きちんとした評価もせず、アドバイスをしてしまっているのが現状だ。

正しい方法は有料になってしまうが、きちんとしたレッスンを受けることとカフェに通うことなのだ。
私のレッスンは初めの2回くらいは犬と飼主の評価が主題になる。
その中で、わたしの持てる技術から最適なトレーニングと指導を導き出すのだ。

気分と体調それに飼主の人間性と熱意によって、訓練を引き受けるか引き受けないかが決まる、極めて身勝手なやり方であるから申し訳なく思うが、私はそれなりに自信を持っている。
その裏づけになるのがこれまでの積み上げであり、それに固執しない柔軟性であると思っている。

今夜のお泊りはMダックスの2頭。
ちゃぶ台に出された人の夕食に両手をかけた途端、私の鉄拳が飛び「えへっ!ダメ?」ってな顔をしている。
悪気のない犬たちに人の世の生き方を示してあげるのも時には私の使命になる。
Kはといえば、まったりとしたダックス2頭が身体を委ねて眠りこけている姿に「こんな幸せな時間ってある?」とうっとりしたように今日一日の疲れを癒しているようだ。

何か様々な状態が混在している。
苦痛ではなく楽しい時間がそこにはある。
犬と暮らすということが凝縮されているように思った。
 

なんちゃない 2004年11月22日(月)

  11月も22日になって小春日和の暖かな一日があるとは思いもよらなかった。
休日に挟まれた今日は、朝からヒマでのんびりと店番をすることができた。
若い頃はじっとしていることができず、何かをするしないに関わらず家を飛び出していたものだが、ここ数年は家にいて何もしないことも至極のひと時になっている。

「年老いたなぁ」と思い「この生活も悪くないな」と思うようになった。
若いとは羨ましいもので、「こんな天気の良い日に働くのはもったいない」とばかりに仮病だか急用だかを仕立て上げて、ちゃっかり愛犬と一日を過ごし4連休にしたしたたかな女性もいた。

生と死において神は平等であり不条理である。
生を考えるなら安楽を求めて富と名誉を追求するし、死を感じるなら後悔無き生を追及するだろう。
そして死は突然にあるいは意図してあるいは病や老いと共にやってくる。
そんなことを考えることもない犬たちはといえば、その時その時を平然と生き、精一杯でもなくたじろぐでもなく、ただ『対応』し受け入れているように見える。
日々の糧が保障されているからのようにも思えるが、仮にそうでなくても犬たちはそうするのではないだろうか。

「なんちゃない」
生があるならば、したたかにたじろがず生きるのも悪くはないと思い、人は意識しないとそれができないのだなと犬たちを見て感じた。
 

コロちゃんの相談その2 2004年11月21日(日)

  来月で生後6ヶ月になる奈良県在住柴犬コロちゃんの相談から。

『今こちらは とっても暖かく気候がよいので、日中はコロを外で放して、私が帰宅してから夕方の散歩のあと家の中に入れてます。
ところが・・・
だんだん知恵がついてゲージの中へ入りたがらなくなりました。
おやつで釣って中に入れるんですが、頭だけ入って足は必死で踏ん張ってなかなか入らないのです。かわいそうに思って家の中で自由にさせていると・・・・
家じゅう走り回ってイタズラし放題・・・叱ったら私にだけ噛むのです。
他のものには噛まないのに・・・私がいつも甘やかすからでしょうか?
食事の時もワンワン鳴き続けるので 可哀想だけど仕方なく外へ出してます。
まだ子犬だから 仕方ないのですか?それともイヌにも人間の子のように反抗期があるのかしら??』

という相談内容だ。

アドバイスの前に、ケージをゲージと言うのはやめよう!ケージはcageでカゴやオリという意味で、ゲージはgaugeすなわち寸法や規格・尺度を表す言葉であるはず。
一般には他にもドッグをドックと言ったりベッドをベットと言って慣用化されているが、ケージはやはりケージ/ケイジであろうと思う。

さて、コロちゃん。
生後5ヶ月頃は犬たちに大きな変化が訪れる時期だ。自己を主張し始めたり、呼び鈴や来客に意図的に警戒を持って吠え始めてもおかしくない。これを反抗期と呼ぶのか自我の芽生えというのかは知らないけれど、飼主が試される時期であるのは間違いない。

一日お留守番をして家族が帰ってきたときはとてもうれしいものであり、家族にとっては「ごめんね。長い時間一人にして」との後ろめたさもあるだろう。
だから、先ずはトイレを済ませ散歩に出かけるのはよいことだ。
しかし、本当に犬が求めているのは家族とのふれあいでありコミュニケーションである。ところが現実は散歩に出た犬はリードを引っ張りあちこちの臭いをかぎ排尿便をする。飼主のほうも犬が生理的欲求を満たし肉体疲労を感じるように散歩に付き合いながら今夜の献立を考えている状況だろう。
だから、不足した精神的な接触を求めて帰宅後、犬は我侭を貫き、欲求を満たし、飼主の注目を集めようと振る舞うようになる。

この相談の根は深い。
散歩を楽しいコミュニケーションにし、生理的・肉体的欲求の他に精神的な充足感を与えることが必要だと思う。
次に、室内でもリードで居間等家族と共にいる場所に繋留する(される)習慣をつけることが、室内でフリーにする前の前提条件となる。
繋がれた犬は当然吠えたりリードの長さにある物をいたずらしようとするだろう。
「冗談じゃない!いい加減にしろ!何様のつもりだ!」と犬があっけに取られ反撃の意欲も失せるような態度を示せるかに、今後の犬との長い生活をお互いが楽しく暮らすことがかかっていると言えよう。
毎日留守番をさせて申し訳ない気持ちは分かるが、それとこれは別物だ。

犬の我侭に困るフリをして実は満更ではないものを感じている飼主は多いものだ。
私のアドバイスは犬に与えるべきものを与え、そのうえで本当に困って何とかしたいと考えている人に対して行っている。
日本語で犬と話し合うことは確かに可能である。
そのような犬とめぐり合えるか、そのような技術/能力を持った飼主であれば訳はないし、実際数多く知ってもいる。

しかし、日本語を理解しない犬に対しては最初は犬に分かる対応をしなければならない。
ケージに入れると吠える?
そんなのすぐに直せますよ。
叱ると噛んでくる?
もしも本気なら冗談じゃない!

犬を満たし、犬を愛し、犬の情動を感じ取りながらも一線は引く。そのうえで犬にのめり込んでいけたらいい。

具体的な方法をアドバイスできなくて申し訳ない。
人には簡単に伝えきれないこと・言葉で伝えればきっと過ちを生むから伝えられないことがあるのを理解して欲しい。ただ、今回の質問は飼主の寛容さ・忍耐で対応すべきものではないと思う。
 

無事お返しする 2004年11月19日(金)

  3日間の寝袋生活が終わった。
今朝は7時前まで眠ることができ、ようやくこの生活にも慣れた頃だったのに…
超大型犬3頭とポメラニアンの1家族4頭のお迎えが夕方あった。
すっかりカフェにも馴染み、多くの人を楽しませてくれた犬たちだったが、飼主が現れると大喜びで「お世話様。カフェにはもう未練はありません」とばかりにそそくさと車に乗り込んでいた。
この瞬間がうれしく安堵するひと時である。
無事お返しすることができて肩の荷が下りると私はゆっくり風呂に入りたくなる。

『無事お返しできる』といっても何事もなかったということではない。
先日『無事お返し』したダックスにはこんなこともあった。
夜の10時頃、Kの部屋にそのダックスは入っていった。
私は他のお泊りワンコのトイレを済ませてからその子をトイレに出す算段でいた。

赤く目を泣き腫らしたKがガーデンに降りてきて、そのいきさつを聞いた時私は愕然とした。
ダックスは部屋に入るなり、シーツもカバーも取り替えたばかりのKの布団に排尿をはじめたというのだ。
私が愕然としたのは「何故すぐに叱って、すべてのものを出す前に止めさせなかったのか」に対してであったが、Kは室内犬が布団の上で排尿すること自体に愕然としていたらしい。
「ウソでしょ?なんてことを!信じられない!どうして?と考えていたら悲しくなり、叱るよりも涙がでて止まらなくなった」というのだ。

女は複雑である。だから良い犬を育てることができるのかもしれない。
ともあれ、そのダックスは無事お返しできた。
 

大型犬はいいもんだ 2004年11月17日(水)

  大イビキをかいたのは私ではなく犬たちの方であった。
おまけに寝言・寝返りの連続攻撃で、アルコール漬けだった私も夜中の2時前にはしらふに戻され、彼らを起こしてトイレに連れ出した。
それでもまた6時前には起こされ、結局夕べはあまり寝ることができなかった。

ガーデンが雨と雪解けでコンディションが悪く、トイレに出すたびに体全体を拭かなければならないという大変さはあったが、ニューファン・Iウルフハウンド・ブリアードの超大型犬トリオはおっとりして見ていて楽しく暮らしやすい愛すべきワンコ達である。

ワンコ達の散歩に出かけるときも、Kがニューファンを片手にのんびり歩いている。その横で私がIウルフハウンドとブリアードを操りながらつかず離れずで歩けるのである。
「幸せな散歩だね」とKも満足な様子。

明日は定休日なのだが、このトリオのトリミングが予定されている。ノンちゃんと同じくスタッフでトリマーのSが休日出勤すると張り切っていた。
いい子たちであるが、シャンプーとなればまた別のハプニングが待っているに違いない。
二人がどう奮闘するのかこっそり覗いてみようと思っている。

今夜も事務所での添い寝になるが、明日が休みだからイビキで酔いを覚まされてもまた飲み直すことができるのがうれしい。
 


- Web Diary ver 1.26 -