From the North Country

仕方がない。今夜は飲むか! 2004年11月16日(火)

  朝から薄く銀世界が広がっていた。
そして、ガーデンが雪化粧したことを私は内心喜び、ロードヒーティングをオンにしカフェへの通路を確保したうえで、私は待っていた。

駐車場へ続く斜路を上ってきた車から降りてきたのは、ニューファンドランド・アイリッシュウルフハウンド・ブリアードの超大型犬3頭と小型犬ポメラニアンであった。

今日からのお泊りワンコ達で、カフェの許容量を知る上で貴重な資料となる軍団である。
好き好んでの状況設定ではなく、止むに止まれぬ事情あってのことで、断るに断りきれないチャレンジである。

オープン間もないガーデンに彼らを解放した。
積もった雪が汚れから体を守り、身体を擦りつける快感を与えていた。
壮観であり、訪れた方々からは感嘆の声が漏れていた。

カフェから自宅へ通じる階段を上ることができないため、この軍団は事務所に敷いた布団と持参のバリケンで寝ることになっている。
そこで今夜から3日間、管理の都合で私も事務所に簡易ベッドを持ち込み付き合うことにした。
久しぶりのアウトドア気分に少しワクワクしている。

寄り添うことで、多少なりとも不安を感じている彼らの気持ちを和らげることができればと願い、いつもの家庭を演出するためにはどうすればよいかと頭を悩ませた。
「そうだ!」と予め考えていた答えに膝を打ち、「酒を食らって大イビキをかけば臨場感溢れる家庭が演出できる!」と私にとって最も好都合な屁理屈を導き出した。

チト早いが『彼らのために』大イビキをかくためには、グビリのピッチを上げなくてはならぬ。
望むところではないがペットボトルを抱えて事務所へ降りていくことにしよう。
 

我が家のお泊りワンコたち 2004年11月15日(月)

  今夜のこの欄を担当するのはK。
「シメシメ」と既にNは飲んだくれている。

カフェでは、預かりワンコのサービスもしている。
いわゆる、「ペットホテル」と言われるシステムだけれど基本的に我が家の愛犬スーと同じ待遇で過ごすことになる。
カフェ2階の住宅でお預かりするのでホテルのようにたくさんのワンコを預かることはできない。
カフェを始めておよそ1年が経ち、当初はごく限られたお得意様のワンコを預かるだけだったのが、今はお得意様も増えリピーターも多い。

毎月ご利用頂いているWさんのシーズーごん太は、昼間はカフェの看板犬を自ら買って出て、カフェ終了と見ると散歩散歩と大騒ぎして肩で風を切って歩き、居間で食事を終えるとNのベッドでさっさと寝支度に入り、あくまで自分のペースを崩さない。

カフェを立ち上げる前から訓練を頼まれ、お付き合いの長いHさんのレオンベルガー・ジェニーは夜Nが寝転ぶと覆いかぶさってありったけの愛情を注ぐ。傍で見ていると圧巻で迫力満点だ。

鈴をつけないと踏んでしまいそうに小さいヨークシャーテリアのチョコちゃんは、ためらうことなく私のベッドに飛び乗っては眠り、外で物音がすると勇ましく吠えたて無謀にも番犬の役を買って出てくれる。寝ぼけ眼の私は首根っこを摘まんでベッドに引き込む。

ご近所のMさんちのラブ・ももちゃんは結構なお年なのにとっても元気で若く見え、したがって油断も隙もないからゴミ箱と食べ物には気をつけることにしている。
可憐で見つめられると何でも許してしまいたくなるKさんのマルチーズ・レオンも、身体に似合わず食事時間3秒を切るというお泊りワンコナンバー1の早食い最速記録を持つ。
レオンも私のベッドで安らかに眠ってくれるが、大抵はまくらを取られ首が曲がった状態で私は朝を迎える。

AさんのMダックス、リズ嬢は私のストーカーだ。Nに言わせると『使える奴』をいち早く見つけてるだけとか。なるほどね・・・。
Kさんのボロニーズ、トキオ君はカフェ1番のもてもてワンコ。でも言い寄ってくるのはオスが多い。トキオ君は去勢済みワンコなのに・・・。可愛くて誰とでも遊べてフレンドリーだから?Kさんの作る特製手作りヘルシーフードのせい?

話が分かるワンコは楽しい。愚痴を黙って聞いてくれたり、たまにため息ついたり。
1週間ほどお預かりしたパピヨンのみみちゃんは、我が家の愛犬スーとはまた違った話の分かり方をする。小さな愛らしい外見と相まって何とも幸せな時間をくれた。
人はそれぞれ違う。犬もまた同じ。それぞれ違う子達が我が家で飼い主さんのいない寂しさを少しでも忘れてくれて、そして家に帰った時少しお利口さんになってくれたら嬉しい。
お利口さんの理由はモチロン専門家Nの家庭犬としての一貫した躾によるものだと私は思っている。
 

心地よい休日 2004年11月14日(日)

  サロマから送られてきたという牡蠣を、人妻Mがわんさと届けてくれた。
取れたての殻付き牡蠣はそのまま電子レンジで5分ほどチンすればとても簡単に美味しく頂くことができる。
今夜はその牡蠣だけでKと私はお腹一杯になり、とりわけ私は久々に調理をしながら酒をグビリとやる、まるでアウトドアでやるようなことを快適空間で過ごすことができた。

午前中の静けさがウソのように、午後になってからのカフェは賑わいを見せた。
あまりにも天気予報が外れ、秋晴れの暖かな一日だったものだから、みんなが示し合わせたかのようにガーデンに集い始めたのだろう。

『犬たちの相性はどうか?』を確かめるまでもなく、小さいのから大きいのまで陽気な仲間が、狭いガーデンの中でそれぞれにスペースを確保しながら、それは楽しく遊んでいたので、気が付くと私は昼食も取らずに夕方を迎えていた。
お泊り犬ゴンタはトリミングをした後、お迎えがあり嬉々として帰っていった。
Mシュナウザーのニーナも牡蠣を肴に焼酎を浴び終えた頃にお迎えがあった。
残ったMダックスのソラは、一日昼寝もせずに遊んでいたのと、気遣う相手がいなくなったのでソファの上で豪快に寝ている。

冬を意識しなければならない時期にオアシスのような心地よさを与えてくれた今日一日に感謝したい。
 

すばらしきセター・ヌプリ 2004年11月13日(土)

  今日はとても素敵な光景を目撃した。

遊び好きなハスキーが初対面のイングリッシュセターとその門下生のゴールデンとガーデンで一緒になった。
ハスキーはセターには目もくれず、日頃遊び慣れた犬種であるゴールデンに挨拶抜きで挑発を開始した。
ところがゴールデンのほうは遊ぶどころか、突然の状況に戸惑いしばらくは我慢していたが、あまりのしつこさについに怒り出してしまった。

数メートルほど牙をむきながらハスキーを追いまわしていたが、ハスキーにとっては「しめた!乗ってくれた!」と大喜びだったようである。

次の瞬間、ゴールデンとハスキーの間に割って入ったのがセターであった。
牙をむく門下生のゴールデンをクールダウンさせるかのようにたしなめ、ハスキーに対しては「家のもんが迷惑をかけたようで、スマンことです。何なら私があなたの相手を務めさせていただきましょう。」とはっきり申し出ていた。

任侠映画ならセターがハスキーを羽交い絞めにして「恐れ入りやした」と言わしめるのだろうが、このセターは違っていた。
自ら相手となりハスキーの遊び心を満足させつつ要所要所ではさらりとかわしながら、門下生のゴールデンに世渡りの処し方を身をもって教えているようであった。

それは、これまで飼主と様々な場所に出かけ様々な犬と出会った中から、「揉め事は嫌だよ」と飼主がセターに求め続けていた事柄を忠実に実行する中での集大成のようにも見えた。

そのうちゴールデンのほうも気持ちを切り替えることができたのだろう。
気を許すような仕草を見せながらセターを見習い始めていた。

「うーん」と感心しながら私はその光景を眺め、犬たちの心の奥深さを感じ喜びで胸が一杯になった。
 

吹き替えその1 2004年11月12日(金)

  犬と散歩する時に自分の真横を歩かせたがる人がいるが、私は賛成できない。
理由は一つ、コミュニケーションを取るために必要な相手の心が分かりづらいということだ。

訓練競技会なら脚側歩行が求められるのだろうが、日常、犬と付き合うときには彼らが何を見てどう反応し、今何を考えているかを知りながら歩くのはとても楽しいものである。そして、それらを知るためには犬は少なくとも自分の4〜50センチ先を歩いていなければならない。
やや後方上部から犬を見れば、彼らの視線とその先にあるものが分かるし、凝視の度合い・耳の動き・眉間のシワで何を感じ何を考えさらに次の行動を予測することができるだろう。

例えば前方から犬が歩いてきたとしよう。
1.チラリと目をやり、その後も時折見てはいるが、見ぬフリをしながら他に何か用事でもあるような態度を示す犬は、その場を何事もなく通り過ぎたいと願う愛すべき心優しい犬であろう。

2.チラリチラリと見ながらリードを曳くでもなく、かと言って他にやることがあるような素振りも見せず、しかも身体に緊張を僅かに漂わせている犬は曲者で、通りすがりにワーッと駆け寄ることがある。

3.数十メートルも手前から、視点をロックし耳を直立させ眉間にしわを寄せている犬は分かりやすい。じきにリードを強く曳くようになるし、怖いもの知らずか好奇心か、ただ図に乗っているのか分からないが、いずれにせよ我を忘れ吠え立てることもある。

4.同様に視線はロックされても、耳を後ろに引き、眉間にシワを作ったり伸ばしたりを頻繁に繰り返し、おまけに尾まで振っている犬は、憎めないお人好しである。やはり我を忘れてにじり寄って行こうとするだろう。

5.前方の犬を見つけ、相手の動きや視線からどのような意志をもっているのかを認知するまでの間、耳が軽く立ったり元に戻ったりして、必要なら次の行動に備えるという利口で大人の犬もいる。

盲導犬の訓練をしていた頃は、これら心の動きがアイマスクをしていてもハーネスから伝わってきた。恐らくその頃の経験が私の役に立っているのだろうが、とにかく、犬の視線と耳・眉間や尾・筋肉の動きで犬の気持ちを『吹き替え』ているうちに、必ず犬の心が読めるようになる。
何故なら、『吹き替え』結果の正否は直後に犬たちが教えてくれるであろうから。
 

飼い犬の噛み 2004年11月09日(火)

  まだ生後4ヶ月のMダックス・チョコちゃんのトリミングが入った。
トリマーのノンちゃんがテーブルの上でチョコちゃんを保定し、爪切りを始めようとしただけで「キャンキャーン」と悲鳴をあげている。
私が応援に行って保定しても、しばらくは仰々しく悲鳴をあげたり、時には噛み付こうとさえしていた。
「トリミングの形跡がありますねぇ」
「爪きりの時、痛い目に合わされたのかも知れないね」
そんな話をしながらチョコちゃんの緊張を和らげるように言葉をかけ身体を掻いてやった。
次第に目から鋭さが消え、体を預けるようになって力も抜け、4ヶ月の愛らしいダックスに戻っていった。

お母さんに話を伺うと、「普段から気に食わないことがあると本気で噛んでくるのです。」といって差し出した手には痛々しい穴がいくつもあいていた。
4ヶ月のあま噛みとは明らかに違う傷跡に「叱ってでも止めさせたいですか?」と思わず私は尋ねていた。
真剣な顔で頷かれたので、私は滅多なことでは人には教えない叱り方を話し始めた。

「約束ですよ。いい加減な気持ちで叱らないで下さいね」
私は念を押した。

犬を叱ることは本当に難しいことである。
愛らしく小さく、人を頼らないと生きてはいけない天使のようないじらしさを見せる愛犬を叱る時、人は自分が凶悪な罪人に思え自己嫌悪に陥るのである。
だが、だからと言って飼い犬に本気で噛まれることを受け入れるわけにはいかない。
いつも言うように『医学的に犬に問題はないか』『生育環境や接し方に問題はないか』を検証した上で、必要があれば動物同士の決着をつけねばならない時もあるのだ。

身体に痛いところがあったり、精神的・性格的に問題がある犬を叱って直そうとしてもこれは無茶だ。
命令魔の人は犬にシカト(無視)されるか噛まれるのが関の山である。
決着をつけれる人というのは、愛犬の心の動きを感じ取れる人であり、他愛無い動きに愛犬の意図を推し量ることができ、犬と会話を始めて且つその会話がある程度成立するような人ではないかと思っている。

犬を擬人化してはならないが、是非皆さんに普段から習慣化して欲しいことがある。
『吹き替え』である。
これについては次回かそれ以降に。
 

今日のカフェ今年のカフェ 2004年11月08日(月)

  晴天は今日も続き、カフェは小型犬で賑わった。

午前中はMダックスななちゃんのショートレッスン。
人や犬を見ては散歩中でも吠えまくるという相談だった。
吠える犬は必ず他にも問題点を抱えているというのが私の考えだ。訊いてみると引っ張りやフラフラ好き勝手な歩きをしていることがわかった。
これを制御すれば吠えもコントロールできるのだから話は簡単だった。
ショートレッスンは歩行訓練を行い、姿勢の保持や犬が何を考えているかの推察の仕方、他犬や人に出会ったときの対応の仕方を実践しながらすすめた。
たぶん数日は魔法が利いているはずだから、その間に飼主の方が正しい方法を身に付けてくれたらありがたい。うまくはいかないと思ってはいるが…
一回の指導でうまくいくなら飼主にはありがたいだろうが、私の商売下手ということにも繋がる。

その商売下手が現実になったトイプードルのロビンも今日トリミングに来てくれた。
共働きで、朝出勤しようとすると激しく吠え立てるようになったので、近所の苦情もありマンションに住めなくなるかも知れないという切実な相談を受けていたわんこだ。
一泊のお預かりレッスンを引き受け、その時に私が感じた対処法をアドバイスしてお返ししておいた。
「その後どうですか?」
「驚きです!どんな魔法を使われたのですか?全く吠えなくなりました。」
「それはよかった」と答えた私はやはり商売下手であることを悟った。
「ロビンよ。もう一度吠えてくれ!」

他にも初来店のテディベアカットのジャンプ君は入店直後、激しく吠えていたようだが、「お困りですか?制御してもいいですか?」との私の申し出に飼主さんが「是非お願いします」と受けてくれたので、帰る頃にはとてもいい子になったと喜んでおられた。

飼主の方が傲慢で命令魔ではなく、本当に犬を愛し、何とかしたいとの思いが私に伝われば私たちはできるだけのことをする。短時間で解決できることもあれば、多少時間のかかることもあるだろう。
願わくば時間をかけてでもカフェに通い、飼主自らが楽しみながら変わっていってくれれば、よりよい愛犬との暮らし方を体感できると思っている。

レッスンにおいて商売下手なのは職人気質だから仕方がない。だが、本当に満足していただいた方は、カフェのことを信頼し、私たちが勧めるドッグフードやサプリメントを購入していただけるし、トリミングやその他のメニューも利用していただいて経営を支えてくださっている。
オープンして1年にも満たない私たちに必要なのは、利用者の信頼と信用を得ることであるはずだから、私のこの1年の対応はミスもあったが誤りではなかったと思っている。
 

ガロアラシ号 2004年11月07日(日)

  久しぶりの晴天に恵まれた一日だったが、吹く風はとても冷たく体感温度というものを身をもって感じた。

駐車場を挟んだカフェの南側ではワンルームマンション、東側では個人住宅の工事が進み、木立の中にあったカフェのイメージから随分と雰囲気が変わってきた。
今は工事の音で犬たちの吠え声も気にならないが、完成したら『住宅街のカフェ』をあらためて意識し、近隣への心配りを怠らないようにしなければならない。
いずれ来店される方にも協力を求めることになるだろうと思っている。
現在のところカフェよりも周辺に住むわんこ達の吠え声のほうが相当上回っているので心強い限りなのだが…。

道路に面した以外の三方がこれまで空き地だったから、冬の除雪も大して苦にならなかったが、これからはそれも考えなければならない。
北海道の家庭では除雪に7つ位のやり方がある。
1.プラスコップやママさんダンプと呼ばれる道具を使い人力で除雪し雪を積み上げる
2.除雪機で雪をやや離れた空き地などに飛ばしたり積み上げたりする
3.ショベルローダーなどで一気にすくい取り一ヶ所に積み上げる
4.流雪溝が整備されていれば、そこに流し込む
5.融雪機を庭に埋め込んだり、移動式のものを使ってそこに雪を入れて溶かす
6.敷地にロードヒーティングを敷設する
7.地域ごとに業者に除排雪を委託する
東北や北陸では地下水をパイプを通して流す方法もあるが、北海道ではそれだとスケートリンクになってしまう。

カフェでは除雪機とロードヒーティングを使っているが、これからは除雪機で飛ばすのに苦労するだろう。
一見楽しそうに見える除雪機での作業だが、飛ばす方向から強い風が吹いてくると頭から雪をかぶることになる。
カフェではその雪の中に犬たちのオシッコがわんさか混じっているのだ。タマランぞ!
東側に個人住宅ができるため、そちらには飛ばせなくなる。風がないときは北側の空き地に飛ばせるが、吹雪いていたらどうするか?
今からあれこれと算段している。

相棒の除雪機は、飲み仲間で気の置けない友人だった我路産業の社長がカフェのオープンに合わせて届けてくれた代物だ。
その数日後彼は事故で亡くなってしまった。
『ガロアラシ号』と名づけた除雪機を使うことは、私にとって来月一周忌を迎える社長との再会でもある。
「バーヤロ、バーヤロ!ヘタクソめが!最新鋭の除雪機だぞ!しっかり飛ばせー!」減らず口を叩きながら応援してくれるに違いない。
 

ひと家族への講習 2004年11月06日(土)

  熟年のご夫婦が生後4ヶ月のMダックス・チョコちゃんと来店された。
「犬を飼うのは初めてなんです」
入店前の外の様子を見ていた私は
「この子はそのうち来客や呼び鈴で吠えるようになります。恐らく親犬たちも吠えていたのでしょう。」と、のっけから不安を煽るような話をしてしまったが
「実はそのことを含めて困っているのです」と奥さん。

普通4ヶ月では警戒心で吠えることはない。それが出てくるのは5ヶ月中旬以降6ヶ月頃からである。にもかかわらず警戒心があるのは『親からの遺伝』と考えるのが妥当で、そのような犬を繁殖に使った人に責任がある。
が、しかし「暮らし始めた以上、最小限に抑える対応はあります。」と私は続け、いつもの話を始めた。

・私のカフェに来たのは正解です。まず、他のお客さんを含めたいろんな人に抱っこしてもらいましょう。いろんな人といっても次から次へということではない。一人に少なくとも10分位でチョコが不安から安心へと変わるまでの時間ということだ。
世の中とは人間社会のことであって、見知らぬ人でも自分に危害を加えるどころか『結構いい感じ』というのを体験させておくのは必須課題である。
・4ヶ月の仔犬が眼から耳からスキンシップから社会を体験するには2回や3回という回数ではなく、『特別な状況と感じたことが、日常的と感じるまで繰り返し経験させること』が重要である。
・その際注意することは決して恐怖体験をさせないよう見守ること。

そんな話をしていたら質問は次々に出てきた。
「齧られて困っています」
「トイレの失敗ばかりで…」
「外に出しても歩かないのですが…」
「家の中でソファからソファへジャンプしているのですが腰に悪いと聞きました」
立て板に水のように私もそれぞれの問題に答えていった。

こんなことは最近では滅多にあることではない。同じ質問に溺れそうになっている私は、ため息をついてはぐらかすことが増えているからだ。

犬たちの成長に応じた問題行動は多くの点で共通している。飼主から見れば問題行動というが、犬にとっては恐らくその状況の中での正常な反応だと私は思うのだが。
いつか、多くの飼主が納得できて実践できる一日がかりの講習会を企画してみようと頭では考えているが腰が重いのが今の私である。
 

自己責任 2004年11月05日(金)

  被災地に残されたペットのことを考える。
ペットと言っても私には犬のことしかわからないので、ここでは犬を指す。

人が生きるか死ぬかと言う時なのだから、まずは家族と自分を含めた人の安全が最優先されてしかるべきであろう。
子供の頃の道徳の時間に「母親と好きな人(例えば奥さん)が同時に助けを求めたとしたなら、あなたはどちらを優先するか?」などという問いかけをされたことを覚えているが、今になって『不謹慎極まりない世紀の愚問』だと分かった。
考える余裕などないはずだ。瞬時の刺激に対して身体がただ反応することを人は行うだけで、後悔はいずれの場合も後からついてくるのではないだろうか。

さて、生命を脅かす非常時間帯が去り、家族の安全も確認された避難所での生活が始まった時、犬と暮らしていた人たちは大きな問題にぶち当たっている。
・犬嫌いな人やアレルギーの人がいるから犬はダメ
・吠えたり粗相をするから犬はダメ
と、避難所での受け入れは拒否されることが多い。
自宅に残された愛犬を救出しようとすると
・万が一のことがあったら、貴方を探すために救援隊を出すなどみんなに迷惑がかかるからダメ
・他のみんなも我慢し絶えているのだから、勝手なまねはするな
などと非難されている。

難しい話を今夜はするつもりはない。
・毎年のように冬山登山で死傷者が出ているではないか!
・南極探検や気球・ヨットで冒険し、遭難者がいるではないか!
・瀕死の鯨やイルカを予算を投入して助けているではないか!
・爆弾を身体に巻いて自爆しに行くのではない。愛犬を助けに行くのだ。
屁理屈ならいくらでもでるが、それが理解されないことも分かっている。
しかし、私なら愛犬が生きている確信があれば、例え病気で余命が限られていたとしても、誰が何と言おうとできる限りの装備をして、自分の安全を確保しながら探しに行く。
自己責任という概念と権利があるならそれを貫く。

誤解されたくないし予め断っておくが、このくだりは無念の思いで愛犬を残している新潟の方々に対して書いているのではなく、安全地帯に住む人間が自分に問うているということである。

やはり助けに行くし、普段から人に迷惑を及ぼすような犬にも育てていない。
ドッグフードなどの支援物資が届くことを期待しているし、生活再建の支えにもなってくれる。
雨風寒さを凌ぎ、トイレと救援物資が近くにあって家族で足を伸ばして眠れる場所があれば、しばらくは耐えることができる。

非難アリ!のようなことを書いてしまったが、今夜はちょっとだけ我と無知を通したかった。
 


- Web Diary ver 1.26 -