From the North Country

お泊り犬・我が家のルール 2004年12月07日(火)

  初めてのお泊り犬を預かるときは、最初の夜、自宅の居間で繋留ししばらくの間その動向を観察することが多い。
いたずらをしたり、室内を駆け回って我が物顔で食卓の物に手をかけることがないよう事前防御しているのだ。

繋がれた事に不満を示し、吠えたり鼻を鳴らしたりあるいは壁やドアを掻き毟ろうとする犬はこの時制御され、我が家のルールその1が教え込まれる。
すなわち、私たちと同じ部屋で暮らし、食事や給水それに散歩もトイレも済ませているのだから、私たちの平穏な生活を乱すようなことをしてはならない、というルールだ。
殆どの犬は新しい環境で戸惑っているため、のっけから自己主張をすることはなく大人しく受け入れてくれる。

私がトイレや別室に行ったりすることで、それとなく一人でいる時間を犬に与え、不安を持つ前にまた犬たちの傍に戻りパソコンにでも向かっていれば次第に落ち着き、この環境が満更ではないことを自覚するようになる。
もし僅かなこの時間に騒ぐようであれば、『注意を与え』次に『警告し』最後に『手厳しく叱る』だろう。
中途半端な話し掛けだけで、騒ぐ犬を放置することは決してない。「うちの犬はいくら叱っても止めない」という話を聞くが、そんなことは本当に滅多にあることではないのだ。

犬種や年齢・性格・室内での動きを見てトイレに出すから、我慢させることもないし失敗も極めて少ない。

さらに次のルールがあるが、それはまた明日。(たぶん)

愛犬と室内生活をしている方で
1.ごみ箱をいたずらしたり、物を咥えて離さない
2.室内を駆け回りうるさくてしょうがない
3.ストーカーのように付きまとい、一人で待つことができない
など、困って相談される方が多いが、大きなことを見落としているのではないかと思う。
これらの方は最初から犬を室内でフリーにしている場合が多いということだ。
愛犬の性格や性癖をよく知り、きちんとしたルールは初めに教えておくことが必要で、そのうえで愛犬と戯れ、コミュニケートし共に生活できるようになればよい。

貴方の愛犬は繋留しても受け入れてくれますか?
貴方は繋留した愛犬が以後騒がないように制御できますか?
そのうえでフリーにすると後々が楽ですよ。
 

幸せな時間 2004年12月06日(月)

  うつらうつらしていたら、地震で目が覚めた。
最近、2階の自宅で寝るよりも、カフェで寝るのが好きになった我が家の愛犬スーが「地震だ地震だ!」と、珍しく元気な声で知らせてくれた。
先日、明け方3時過ぎの地震の時は、飲んだくれて気付かなかった私を知ってのことだろうとうれしくなる。
カフェに下りると「気付いてくれましたか」とニコニコしながら尾を振って、テーブル下のスー蒲団から出てきてくれた。

ガーデンの灯りをつけ外に出ると、そこはため息が出るほど美しい世界だ。
白いフェンスに囲まれたガーデンは、昼間犬たちが踏み固めた真っ白い雪で覆われ、同じく雪衣装をまとったニセアカシアと白樺の木が光と影の幻想的な陰影を醸しだしていた。
ブルブルっと身震いしながらカフェに戻ったが、こんな夜は薄明かりのカフェでカクテルパーティーでもしたら最高だなと思った。

思えば幸せな時間を過ごさせて頂いている。
若い頃のように飲み歩いて外へ出ることの興味は無くなった。代わりにまったりとした時間を過ごすことが喜びになり、昼間は元気な犬たちから老化防止の適度な刺激を頂いている。
昔から「年の割には落ち着いた性格だね」と言われてきたが、仕事のことで私を知っている人は「熱い性格なんだ」とも言う。
実際はその両方なのだろうが、とにかく息抜きのための外出は無くなり、生活そのものが楽しく感じられるようになってきた。

さて、明日はボケ防止に向け、久しぶりに熱く室内犬のトレーニングについて書くことにするか。
 

さあ!北海道。 2004年12月05日(日)

  2004年12月05日(日)

夜明け前から降りだした雪は一度も止むことなく夜中になっても降り続いている。
おかげでガーデンを駈ける犬たちは汚れることなく嬉々として遊び、疲れると雪の上に這いつくばって体温を下げていたが、せっかくの日曜日の客足は遠のいた。

除雪で忙しいし、道路はそろばんの上を走るようにガタガタになるためハンドルどおりに車は動いてくれず、そこここに事故車が転がっていたらしいから、今日はカフェどころではなかったのだろう。
そんな中、悪戦苦闘しながらわざわざ足を運んでくださった皆さんに感謝です。

二日間お泊りだったMダックスのプー助とライムの飼主であるAさん夫妻は、ご主人のお父さんの葬儀のあとお迎えに来られた。
「無理しないで下さい」という私に
「なんだか寂しくて。これから迎えに行きます」と雪の降る中、普段なら高速を使って30〜40分の道のりに、1時間半をかけて来られたのだ。
帰宅時間は夜の11時をまわっていただろう。
気疲れや睡眠不足、何より心の痛みもあり、ゆっくりと休むべき時を愛犬と共に過ごすことを選ばれたAさんとわんこ達にほのぼのしたものを感じた。

さあ、明日は早起きして除雪作業だ!ここは北海道!
 

人を見て犬は育つ 2004年12月04日(土)

  せっかくの土曜日なのにガーデンは予報どおりの暖気でぬかるんでしまった。
結局、今年の冬は遅くなり暖冬になった。
こんな年は来春に大雪が降り、年間降雪量の帳尻を合わせる事になるのが常だ。

泥んこを覚悟で遊びに来られた方、カフェを楽しむために来られた方、トリミング目的など今日は飼主の方の明確な意思が見られた日だった。

大型犬が目立つ中でお泊り犬のMダックスのプー助とライムは、水溜りを気にしながらそれぞれの好奇心をガーデンで満たしていたのに対し、トイプードルのジャンプとハッピーは思考を持たないゼンマイ仕掛けのブリキ玩具のように目にも止まらぬスピードでガーデンを駆け回っていた。

ジャンプとハッピーは我を忘れた行動を減らし、自分勝手ではなく周囲をおもんばかる分別ある経験をさせることがお泊り理由の一つであった。
どちらも去勢を済ませたオスであるが、ハッピーにはまだ無分別なオスとしての行動が見られ、ジャンプは感受性豊かなのに分をわきまえぬ行動が目立っていた。

2泊目の今夜、ちゃぶ台の食卓を囲む中で、夕べの無礼な振る舞いの決着をつけようと思っていたのだが、Mダックスのプー助とライムそれにトイプードルのジャンプとハッピーは、開戦前から食卓の食べ物には目もくれず戦いを放棄し、ソファーやクッションなどそれぞれのお気に入りの場所で深い眠りについていた。

気まぐれでなく一時でもいいから真剣に犬たちと立ち向かい、それを犬と暮らす喜びの一つと考えれば犬たちははっきり答えを出してくれるものだ。
 

龍君の死 2004年12月03日(金)

  昨日2日の早朝、愛媛でおきた火事で6歳になる龍君が焼死したというニュースを読み、胸が痛くなった。

一度は家族で外に逃げることができたのに「犬がまだ残っている」と、龍君はまた戻って行ったという。
彼の部屋には可愛がっていた犬が3匹ケージに取り残されていたのだ。

逃げ出した家族は火傷を負っていたというから、煙だけでなく火の手もかなり上がっていたと思われる。
6歳の龍君にとってためらいも恐怖もあっただろうが、それは瞬間に過ぎず、彼は短い言葉を残し、体は突き動かされるように駈け戻ったに違いない。そうでなければ、誰かが彼を止めることができていたであろうから。
ひょっとしたら騒然とした現場の中で、龍君の耳には犬たちの声が聞こえていたのかもしれぬ。

今となっては『その時』に戻ることもできず、彼の気持ちも想像するしかない。
龍君にとって愛犬を無くすことは受け入れられなかったのだろうが、肉親にとっても龍君の死は今も受け入れられないはずだ。
そして伝え聞く者にどこかやるせなさを感じさせて悲しい。
 

ツボとコツ 2004年12月01日(水)

  2年目のスタートは鍼灸治療院での膝と腰の治療から始まった。
超過敏、痛がりでくすぐったがり屋の私は、数度の鍼治療でSさんに鍼を断念させ按摩マッサージ治療の道を選ばせた。
もう20年くらいになるのだろうか、Sさんに身体を診てもらうようになって。

しかし、ここ数ヶ月は真剣に本格的に診てもらっており、中心となるのは按摩マッサージである。
「痛い!痛たたっ!殺せ!ダメっ!マイッタ!」
どんなに痛くても膝の中に鍼を打たれてグリグリされる痛みよりはマシであり、私は日々の生活ができるように毎週この治療を受けている。

「やめろ!痛っ!ハハハハくすぐったい!」
1時間の治療を終えて玄関の鏡に映る顔は、出産直後の母親のような苦痛の跡が残っていて、そのまま外を歩いたとしたら誰かが「救急車を呼びましょうか?」と声をかけるような状況だろう。

温泉旅館などの慰安マッサージもよいけれど、治療のためのそれはツボを得た痛みと戦って得られる快方感がじわじわと得られて感謝している。
それにしても1時間も治療するSさんの力は何処から生まれどんなコツがあるのだろう。
Kの腰や背中を5分も揉むと指先は疲れ、気力は萎えてしまうというのに…

平日に初めて来店された『愛犬とのアウトドアの達人』Yさんが「犬を叱ってる時も冷静な自分を持ってるんですよね?」と尋ねられた。
「勿論です。叱られることを受け入れているかを観察しなければならないから」と私は答えたが、自分には当たり前のように思ってできる事柄にプロとしての経験があるのだなと感じ、Sさんの治療の技もそこにあると密かに考えていた。
ただ、いつもその辺りのコツを探ろうとはしているのだが「痛ててて!人でなし!やめろ!ウゥー!」と、それどころではないのである。
 

一周年を辛口で 2004年11月30日(火)

  昨年12月1日にカフェをオープンしてから、今日で丸1年を無事終えることができた。
カフェを支えてくださったすべての方々に心からの感謝を捧げたい。

このカフェは私と私を信じてくれたKにとって大きな冒険であった。
私が盲導犬協会の指導部長をしていた頃、ドッグカフェやドッグランには極めて批判的な立場をとっていた。

人間社会での飼育者としてのマナーも知らず、犬の制御もきちんとできない人たちが、『犬が喜ぶから』『運動になるから』『愛犬談義ができるから』とせっかくの日頃のしつけを台無しにするような空間に連れて行って、歪んだ愛犬家になる恐れを感じていたからだ。

例えば、人が飲食する場所で犬たちにご馳走を振る舞ってどんなマナーを教えようというのだろう?
よだれを垂らして得意の演技をしながらおねだりする姿や要求で吠えることで、犬は本当に社会に受け入れられるだろうか?
盲導犬がカフェで大人しいのは、訓練されたからではなく、人が飲食している時には自分に何も与えられないことを経験的に知っているからであり、自分の食事となれば大騒ぎすることだってあるのだ。

次に、呼び戻しができない犬をランで放してしまえば緊急事態に対処できず、恐怖体験や怪我だけでなく命を奪ったり落としたりする話を聞くこともあるし、「おいで!」と言って来ないことを繰り返す、すなわち命令を無視する訓練を続けることにもなるだろう。
ドッグランやカフェの利用価値はあるのだがその活用法やマナーが利用者にも管理者にも理解されていないことに問題がある。

これらはすべて人間社会で暮らす愛犬を前提にしてる。つまり、犬属のための犬の習性を楽しむような飼主は対象ではないのだ。言い換えればどんなに性格が弱くても、犬属のルールを知らない犬にでも、その犬を愛する飼主がいるということで、その犬たちも人間社会でのしつけと飼主のマナーができていれば安全に楽しむ権利があると言うことだ。

野性的な犬・犬種や、繁殖・ショーを目的に去勢していないがため、犬としての本性を持ち合わせているオス犬や、それを受け入れている飼主は一般愛犬家社会とは一線を画すべきである。
極論ではあるがこのような犬や飼主は普通のカフェやランに配慮無しに行くことを放棄するべきなのだ。
以前にもこの欄で書いたことがある。
家族の一員として犬と暮らすのか、犬の世界を楽しむために暮らすのか?先ずはっきりすべきだろう。

誤解が無いように補足するが、私は犬の習性を持った社会は好きであるしテレビ『野生の王国」は大好きであり、逆に『愛玩犬』というような範疇でマナーやしつけを無視した犬と飼主は大嫌いである。

こんなあからさまな批判と目標を掲げたカフェが1周年を迎えられたことを改めて感謝いたします。
今後も犬の『生体販売』などという身の毛もよだつような制度を批判し、『家族の一員』を求める方々を応援していきたいと思っている。
 

ニコッとする雪だ 2004年11月29日(月)

  この冬2度目の本格的な積雪となった。
週間予報では週末に雨が降るため、15センチ程積もりなお降り続ける雪もすぐに解けてしまうのか、それともいつもの習慣予報になるのだろうか?

生まれてはじめての積雪を体験するチワワのルルちゃんは、トイレのためにガーデンに出すと一歩も動けずにいる。
不安なのか冷たくて固まってしまうのか、恐らくその両方なのだろうが、これから雪に慣れて動けるようになる過程を楽しみにしている。ただ新雪の量によっては丸ごと埋まってしまうのだからルルちゃんも命懸けだろう。

思わず微笑みたくなるような防寒着を身に付けている小型犬とは対照的に、ゴールデンなどの大型犬は目を輝かせ一面の銀世界を駆け回り、その冷たさや雲のような柔らかさをに背中を擦りつけて天からの恵みを楽しんでいる。

北国の愛犬家や我がカフェにおいては、この時期となっての根雪は歓迎である。
犬が泥で汚れず、汚れをカフェに持ち込むことも無いからだ。
雪球に困ってしまう犬種もあるが泥んこよりはずっと救われる。だから明日の晴天でもせっかくの雪が解けないことを密かに願っているのだ。

散歩の途中で立ち寄る公園の芝生の上で、ゴロンゴロンと背中を擦りつけることを楽しみにしている我が家の愛犬スーは、夕方になって初めて外の雪景色に気付き、ウッドデッキのあった場所で転げまわって喜んでいた。
降りしきる雪の中での散歩は中止となり、今夜はガーデンでの戯れとなった。

さあ、明日は早起きをして除雪機ガロアラシ号に活躍してもらおう!
 

寒い日に 2004年11月28日(日)

  冬の乾燥した空気が、ガーデンの表面から水分を取り去ったように白く乾いていた。
身を切るような風が身体に凍みる。雪が積もっていたらこんなに寒い思いをしなくてもよかったはずなのに。まるで京都の冬のように寒い一日だった。

朝のレッスンを終えてカフェに戻った頃からボチボチと賑わい始めていた。
最近のカフェはやけに大型犬が目立つようになっている。
そういえば、昨年12月のオープン以来初夏を迎えるまでは8割方が大型犬だったのが、夏になると小型犬が主体となり、10月も半ばを過ぎた頃から小型犬の姿が少なくなり始めている。

それぞれの話を聞いてみるとこれらの結果になるほどと思えるようになった。
大型犬の飼主は北海道の最高の季節にアウトドアを楽しみ、一所にじっとせず、夏短しとばかりにキャンプやペンション・湖でのカヌーや水泳を満喫しているようだ。

一方、小型犬たちは暖かな日々を飼主同士のコミュニケーションが楽しめるカフェなどで過ごすことが多く、寒くなると暖かな我が家に引きこもりがちになるらしい。

私自身はどうだろうかと考えてみた。
日々変わらぬことに生活面で安心し、精神面で不満がつのる。
生活が保障されていれば、非日常ということに胸ときめかせ、生きることに躍起であるなら非日常に警戒するかチャンスの到来であるかを嗅ぎ分けようとするだろう。

夜が長くなると要らぬ事を人は考えてしまうものだ。
さてさて、貴方は犬の飼主として、はたまた人間としてどんな生き方をしようとしているのでしょう?
 

できれば避けたい真剣勝負 2004年11月27日(土)

  自分が極悪非道の罪人に思え「本当にこれでいいのか?これしか方法は無いのか?」と自問を繰り返していた。

「私なりに精一杯やっているのですが、どうしてもうまくいかず、ついに転ばされてしまいました。このままでは雪道の散歩が心配でなりません」
飼主のこの言葉にこれまで腰が重かった私も「レッスンを受けてみますか?」と口を滑らせてしまった。
相手はやんちゃ盛りのラブラドールのハルちゃん。小柄な体型だが自己主張において強靭な精神力を持っている様子だ。

イエストレーニングの導入を簡単に済ませ、リードをつけて外に出てみた。
強い風に枯葉が塊となって舞ってきた途端、ハルはまるでもぐら叩きを始めるようにあちこちの枯葉を手や口で抑え始めた。一万円札が天から降ってきたとしても、あれほど我を忘れた行動を人は普通しないだろう。

最初のショックをかけたとき「ヤバイ相手だ!」と感じた。
プロの私がかけた相当なショックであったはずなのにビクとも反応しないどころか、なお夢中になって枯葉に目が点となっていた。
数度繰り返してみたが、私は全く無視されて引きずられそうになっていた。

「今夜にも雪は積もりそうだ。このままでは飼主が怪我をすることになるし、ハルは『ただの犬』の世界に引き込まれてしまう」と瞬間の内に考えた私は、意を決して立ち向かった。
静かな住宅街とはいえ、車が来るかも知れず、人が見ているかも知れない道路の真中で、まるで襲い掛かってきた熊を撃退するかのような迫力で私はハルをなぎ倒した。

低く唸るような声で「俺を相手に自分勝手なことをいつまでもやりたいなら命がけでやれよ。」ヤクザのような言葉を吐きながら、息と血圧は上がり冒頭に書いた極悪非道な自分を冷静に感じていた。

『叱るのであって怒るのではない』
この術を知っている私はハルの変化に気付き、何事も無かったように歩き始めた。
心配した怯えはなく、世間話に尾を振って応え、褒め言葉に頭を出して撫でさせていた。
その後も頻繁に枯葉が飛び回っていたが、反応するたび警告すると「そうか。こうするとダメなんだ」と解ったらしく、木枯らし吹く枯葉の道を指先にリードをかけただけで歩けるようになっていた。

『ただの犬』の世界から『人と暮らす犬』の世界にハルを導くきっかけはできただろうが、子育ての段階で対応できた項目であろうにとも思った。
生まれながらに話せば解る犬もいるが、こうやって決着と折り合いをつけてこそ言葉に意味があることを理解する犬もいる。
相手を理解し、対応するツールを豊富にそろえ、適切な対処をするという原則ができたのかどうかは今後のハルが教えてくれるだろうが、今日の場合は緊急手術であったことは否めない。
 


- Web Diary ver 1.26 -