From the North Country

日本シリーズの歴史的抗議から 2004年10月16日(土)

  プロ野球日本シリーズの49分に及ぶ試合中断を野次馬根性で見ているうちに酒にもゲームにもすっかり酔ってしまった。
両チーム監督と審判団の三者三様の立場があり、その攻防には見ごたえがあった。
中日落合監督は冷静に理路整然と抗議をし、すんなり審判のジャッジミスを認めさせた。
一方の西武伊東監督はミスジャッジもジャッジの内だと食い下がっていたのだろう。
審判団はといえばゲームをコントロールするために威厳を保たなければという考えが根底にあることは否めない。しかしジャッジミスを理解し認めた以上、再びジャッジを翻すことはできず、伊東監督の立場も考え審判団のミスであったことを公式に認め謝罪したうえで試合再開にこぎつけた。

何故このことに興味を持ったかというと、カフェに寄せられる愛犬相談とどこか共通するものを感じていたからである。
飼主がいて愛犬がいて私がいる。
三者の立場や性格があり、それに焦点となる問題行動の内容がある。
例えば、家族の姿が見えなくなるとパニックになり吠えるなどの行動が尋常ではない、という問題行動があったとしよう。
犬の気質や育て方の問題あるいは家族の対応や過去に遡る特殊体験などどこかに原因はあるのだろうが、「だから仕方ない」で済ませる問題でもない。現に困り果てて相談に来られているわけである。
そこで、「どうすれば解決できるか?」という前提で飼主と愛犬をジャッジすることになる。
1.飼主
このような問題行動がある場合、飼主の育て方というか対応に問題があったことは否めない。

失礼、酔いが回って正気を保つ限界が近い。このつづきは・・・
 

吠える犬もいる 2004年10月15日(金)

  カフェに来店されたワンちゃんが、人や他犬を見て吠えることがある。
取り立ててとんでもないことではないし、当たり前のことでもないし、放置しておけることでもないと思う。
「じゃあ、一体何なんだ?どうすればいいの?」

1.吠えるのはとんでもないことではない
@ワンちゃんによっては、吠えることがあっても何ら不思議ではなく、その声の発し方でワンちゃんの性格やそのときの心境がわかる場合が多い。
A最初の一声二声は警戒心で吠えているが、その後は身の程を知らずいい気になって強がって吠えてることが多いから、これは止めさせることが出来る。
B吠えやすいワンちゃんをトレーニングしている過程であり、まだ大目に見なければならない段階かもしれない。

2.吠えるのは当たり前のことでもない
@友好的で吠えることのないワンちゃんはたくさんいるし、吠えてはいけないことを教えられたワンちゃんや、吠える必要性がないことを学習したワンちゃんもいる。
A犬は吠えて当たり前で、本能だから認めるべきと考えている方は、人間社会での生活を捨て犬社会で暮らしたほうがよい。
B「吠えるのは直らない」と思い込んでいませんか?「ダメ!」と叱って、その後半分以上あきらめていませんか?

3.吠えるのは放置しておけることでもない
@他人の迷惑を顧みず、吠えている愛犬を前にして平然と話に夢中になったり、何ら制御もしない飼主にならないよう自分を戒めよう。
A制御しようと思うあまり「ダメ!いけない!ノー!」と叱ってる皆さん!もしその方法が正しければ、とっくに吠えるのを止めていると思いませんか?あなたの声は「頑張れ!ひるむな!私がついている!」と犬には聞こえているのです。試しに黙って愛犬を他人に渡して、見えなくなってご覧んなさい。愛犬は吠える勇気を貰えずにあなたを捜し求めるでしょう。頑張る気持ちは充分人間にはわかるけれど、口先だけではダメなのです。
B愛犬の気持ちや言い分を考えてあげるのは楽しいことだが、『吠えること・引っ張ること・家族が困るいたずらをすること・家族に逆切れして噛むこと』など絶対にしてはいけないことを、犬にわかる方法で伝えよう。犬社会は決して民主的ではなく、宇宙語で語りかけても理解できないあなたと同じ社会にいるのですよ。犬に理解できるようにするためには、まず愛犬を上ずった状態からいつもの冷静な状態に戻し、こちらの意思を受け入れることができる『いつもの表情』をしたわんこに導くことが基本なのだ。

言葉で容易に伝えきれないもどかしさが私に残り、何を言いたいのか理解できないもどかしさが読者に残る。
私も読者も犬もすぐには理解できないのだ。
だからまずは愛することから始めよう。
愛し方が分からないから、また吠える犬が生まれてくるのであろうが、愛されていない犬の吠えを止めさせることは出来ない。少なくとも犬を愛し、なお、苦悩している方々と共によりよい接点が見つけられればすばらしいと思う。
 

北海道盲導犬ユーザーの会 2004年10月13日(水)

  いよいよパソコンの文字も見えなくなってきた。
老眼が進み『離せば分かる』年頃から、そろそろ眼鏡が必要な世代に入ってしまうようだ。
手元にはダイソーの百円眼鏡しかないのだが、実は左右の視力が違うために、それを使うと疲れてしまう。左がプラス1.5右がプラス1という眼鏡を販売してくれるとありがたいが、当面は2種類の眼鏡を買ってレンズを入れ替えてみようと思っている。

「目明きは不便だな」
盲導犬ユーザーにも時々言われるが、車のキーが見当たらない時や暗くなって帰宅した際にはたまにそう思うこともある。
見えなければ何処に何がある(置く)かわかるように習慣付けるし、暗い部屋でももっとスマートに移動できるだろう。
だが、アルチューハイマーで物忘れがひどくなってきた私から視力を取り上げると身動きも出来ない状況になるだろうから、見えることはありがたい。などと書いていたらふと気付くことがある。
少なくとも盲導犬を使用する視覚障害者は高齢であってもボケてない。中には若いのに天然ボケ(先天ボー?)もいるが、それは生活に潤いをもたらすボケだ。
恐らく何処かの研究でも明らかにされているとは思うが、ボケるどころか視覚障害者の頭は澄み渡っているようにさえ思えることがある。
見えないということが脳にそのような刺激を与えているのかもしれない。

秋田からSさんがやってきたのは、北海道盲導犬ユーザーの会30周年記念式典に参加するためだった。
この会は北海道の協会を卒業したユーザーが自主的に運営する組織で、10年前の20周年の時には旭川から札幌までの140キロを盲導犬と共にたすきリレーで歩き、『ありがとう盲導犬』というユーザー体験談の本まで出版している行動的な団体である。
30周年の今年も素敵なことをやってくれた。
映画『盲導犬クイール』で主役を演じた、『安全地帯』の玉置浩二が作曲した「ひかり」という曲をこれから数ヶ月後に耳にすることがあるかもしれない。
実はこのバラードは北海道盲導犬ユーザーの会のために作られた曲で、『どうぶつ奇想天外』で12月に流される予定だ。
というのも、この番組のKディレクターとの長いかかわりがあるのだが、その話はまたいずれ。

脈絡のない話になってしまったが、ワールドカップ1次予選の対オマーン戦が『ライブ』で始まったので今夜はおしまい。
 

Sさんとの再会 2004年10月12日(火)

  夕べは久々?に飲んだくれて、とっとと爆睡してしまった。
数年ぶりに気の置けない友人Sが秋田から訪ねてきてくれたからである。おまけに人妻M家族と私の体を20数年管理して頂いてるS会長夫妻が加われば、宴は常にハイテンションで進行する。ビールは旨いし極上タラバに手作り料理が思い出話をとことん盛り上げてくれた。

Sさんとはもう10年来の付き合いだ。
市の職員だった彼が失明し配置転換で現職についた頃、盲導犬の訓練で4週間を共にし、秋田での現地指導を私が担当したのが深入りのきっかけとなった。

職場の上司は犬が苦手なのに、盲導犬を置く場所はどう見てもその上司の机の横しかない。市の職員たるものがそれを拒むわけにもいかないジレンマが彼の表情に切実に表れていて、私は誠実に対応しながらも可笑しかったのを覚えている。
気を使うSさんと気をもむ上司を見ながら、冬のフォローの頃にはどんな関係が出来ているか楽しみでもあった。

通勤にはバスを使った。
面影橋という哀愁溢れるバス停が私の記憶に残っているが、車内では人々がとても暖かく迎え入れてくれたのが特に印象的であった。
20数年前、S会長が札幌で盲導犬を使って通勤を始めた当初は、事前に乗車する時刻をバス会社に伝えなければならなかったし、おまけにそのバスには盲導犬を監視する職員までが同乗していたのであるから隔世の感があった。

Sさんの職場は秋田市の八橋球場の近くにあり、通勤途中にはテニスコートがあった。
そこで私たちは驚くべき状況に困惑してしまった。Sさんの盲導犬がテニスボールに対してパピー時代の遊びを彷彿させたのだろうか、狂ったように興味を示し、盲導犬としての仕事を放棄してしまうほどだったのだ。
厳しいコントロールを用いたり、予めテニスコート付近でボールを咥えさせたりするなどの奇術を試行しているうちにこの問題は解決していった。

「毎晩、一升瓶がなくなるなんて凄いね」
夜の反省会をいいことに私が飲んでいたそうである。
Sさんの奥さんが楽しそうに話していたということを、昨夜初めて聞いた。
私は品行方正な指導員ではなかったが、魂と魂がぶつかり合える人間であったと今でも思っているし、そういう生き方しか出来ない人間でもある。
だから、「アホ!」と思う奴もいるし、遠くから会いに来てくれる友もいる。

今夜もまた飲み過ぎてしまったようだから続きはまた明日。
 

マイクの相談メールから 2004年10月10日(日)

  今夜も相談メールから

〔内容要約〕
1.家には5歳になる娘がいて、その子とマイク(7ヶ月のMダックス)は今の所大きな問題も無く過せている。
2.娘の友達は犬と接した事の無い子供達が多く家に遊びに来てもらう時マイクとどう接したら良いのか悩んでいる。
3.ケージの中に入れていても姿が見えると泣いてしまう子供もいるので、可哀想だと思いながらもお風呂場でケージごと待っていてもらったのですが、ずっと吠えつづけていた。
4.マイクもみんなの中に入って遊びたいので子供達の姿を見る度に吠えている。
5.あるHPで相談した所、「ハウス」の練習を…と言われたが、留守番、夜寝る時などは泣く事もなくできているのでどのような方法で「ハウス」をさせたらいいのか悩んでいる。

〔私の考え〕
私のHPにも掲示板を備えていれば、読者の方々の考えも伺えるのだが、管理が正直面倒なので独断でのアドバイスとさせていただく。

大型犬の7ヶ月の仔犬なら5歳の子供相手にも忍耐強く寛大に接してくれる場合もあるが、Mダックスと5歳の子供仲間では、犬は飛びつき遊び噛みをするし吠え立てることもあるだろう。子供たちはキャッキャキャッキャと騒ぎ立てたり、都合のいい時だけからかったりと、結局はどちらも理不尽な接し方をする場合が多い。
だから、どちらも管理下に置く必要がある。

マイクにはリードをつけOさん(飼主)が制御し、子供たちの遊ぶ部屋で子供の様子を見ながら、マイクと遊ぶなりご褒美を使ったしつけ遊びなどをするとよい。
もし、Oさんが「自分は他に仕事もあるし、子供も犬も勝手に上手く遊んでくれなければ困る」というのであれば、他人の子供を家に招き入れることを止めるか、保険に入っておくべきだろう。

マイクの姿を見るだけで泣き出してしまう子には、相手の親に変わってOさんがしつけるしかない。
「あんたねぇ、世の中そう自分の思うようにはいかないんだよ!見たくないものがあるからと言って、泣き出せば解決できるとでも思ってるの?!しっかりしなさい!」
感情的にはこのように怒鳴ってやりたいのだが、そうもいかないだろう。Oさんがマイクをきちんと制御し、楽しそうにしつけ遊びなどをしていると、泣く子も黙って興味を示し始めるようになるはずだ。
リードは着けたまま、子供たちとマイクの反応を伺いながら、緩めたり伸ばしたりしながら結果的に安全に遊びの仲間入りができるように工夫してみては如何だろう。
経験からしか犬も子供も学習しない。
結果的に楽しくなるようにマネージメントすることで、子供も犬も成長していくはずだから、それをOさんの喜びに変えることも出来ると思う。

マイクを制御する方法にリードショックの技術が必要だが、それは以前から何度も書いているので、それを用いるとよい。

ある程度マイクが疲れてきたら、『ハウス』に入れるのも良い。与えるべき楽しい時間を与えたのだから、ちょっとの間ハウスに入っていることを認めさせることも必要だ。
お風呂場に一人で監禁されるよりはずっと理にかなっているし、何よりOさんの『言い分』ができあがり、「マイク!一杯遊んだでしょ!ちょっとはお母さんも休ませて!うるさく言うとお風呂だよ!」とスッキリ怒鳴ることが出来るだろう。

こんなにうまくいく筈がないことは分かっている。
でも、子育ても愛犬教育も愛情と誠意それに厳しさをもったうえでの試行錯誤であり、結果よりも『何をし、何をしなかったか』が後に問われることだと思う。
Oさん!子供たちにもマイクにも、どちらのためにもなる方法がきっと見つかるはずだ。
片方を隅に追いやってはいけない。
 

偽妊娠 2004年10月09日(土)

  我が家の愛犬スーの様子がおかしい。
昨日から朝ご飯は食べないし、夜にはフーンフーン鼻を鳴らしている。
食欲を除けば元気もあるし排泄状況も問題はない。
もしやと思ってKが前回のシーズン時期を確認してみると、そろそろ2ヶ月が経つのに気が付いた。

さすが盲導犬の繁殖犬である。
これまでに4回の出産を経験しているために、シーズン後には妊娠して出産を迎えると思い込んでいるようだ。
前回のシーズンの時も交配はしなかったのに、オッパイは膨らみ、ついにはザクロ状に破れてしまった経験があった。
どうやら今回も偽妊娠(想像妊娠)の可能性が高い。
夕食の時、明かりをつけていない私の部屋でタオルケットをしきりに丸めようとしていたので、スーを呼んでオッパイを搾ってみた。
案の定、乳白色の液体がほとばしり出た。

動物の生態反応は凄いなと感心せざるを得ない。
言葉の理解度も高く、生活習慣も我々に近いものであるスーが犬としての反応を示しているのだ。
まるで去勢してないオス犬と同じように、体は反応しているのである。
ただ、精神状態は安定しており、会話はいつものように成立しているから、我々もスーの状況を冷静に観察し、彼女も私たちの話し掛けによって気を紛らわせているようだ。

動物による地震予知は可能だと、今回改めて思うようになった。
あれほどまでに人間的なスーがこれまでの経験によって明らかな行動の変容を示しているのである。
何かを彼女は感じているに違いない。
人間がその変化を冷静に受け止めさえすれば、何かを感じ取ることが出来るのではないだろうか?
 

コロちゃんの相談 2004年10月08日(金)

  生後4ヶ月の柴犬のコロちゃんのことで相談メールを頂いた。

〔質問内容〕
1.外に出してもオシッコをせず、自宅のシートに慌てて戻るようにして排尿する。
2.散歩があまり好きではなく帰りたがる。
3.家族が帰宅するとケージの中で立ち上がってオシッコをしてしまう。

相談内容は3項目だか、原因は一つのことから発しており、今後の対応で問題なく解決できるはずだ。

〔原因〕
生後4ヶ月といえば、乳歯が抜け変わり始めるまだ幼少の時期である。外敵から身を守るために保護を受けなければならないし、本能的にも用心深いのは柴犬なら尚更である。おまけに排泄の姿勢は無防備な体勢になるから、安全で安心できる場所でないと出るものも出なくなってしまう。
散歩についても、不安だらけの世界に出されるよりは、安心できる自宅のほうがよいから帰りたがる。
家族が帰宅した時には、犬自身が安堵し喜び、押さえきれない服従心とちょっとした緊張感が入り乱れてオシッコを漏らしてしまう。

〔考え方〕
上記の理由を知った上で
「ああ、可愛そうに。もっと大きくなるまでお母さんがしっかり守ってあげる」と考えた方は今後も苦労するだろう。
「そうか、もっと安心できるような配慮をしながら、この子を逞しく自信の持てるワンちゃんに育てたい」と考えるほうが家庭犬としては正解だと思う。

〔対策〕
1.外でのオシッコは、朝一番などまず間違いなくしたい時にリードつけて連れ出し、静かに念仏を唱え催眠術にかけるがごとくの無感動で静かでそれでいて優しさを感じる言葉(例えば「よ〜しよぉ〜しそうそうそうそう、なんまいだぁ、なんまいだぁ〜」という感じ?)をかけて、犬を安心させながらトイレを促すのがよい。時間は10分くらいかかるかもしれない。
もしオシッコをしたら「えらいえらい!」と言いながら拍手をすること。犬を撫ぜるのではなく自分が大喜びすることが効果的。
2.散歩に連れ出す時は抱っこしたまま町内を歩き回ること。その際、犬を触っているあらゆる指で優しく犬の体を掻き続けることで、緊張感から開放できる。
もし、静かな場所で犬が歩きたがるようなら、少しだけ歩かせてもよいが基本的には抱っこで散歩をする。
いずれ犬が自分から歩きたがるようになるから心配しなくてよい。
3.柴犬は警戒心が強く家族以外に馴染まないこともあるから、今のうちにいろんな方に抱っこしてもらったり、知り合いの家に出掛けて遊んでもらうこと。
ただし、キャッキャと騒いだり、「おいで、おすわり、お手」など命令ばかりするような人は避けること。
4.家族の帰宅直後は、犬を見たり声をかけたりせず、犬が騒いでも反応せず、服を着替えたり荷物を置いたりしながら、犬が落ち着くまで2〜5分の時間をかけること。
また、生後4ヶ月の犬を留守番させ、オシッコを我慢させることが出来るのは日中でせいぜい3〜4時間であるのを知っておくこと。我慢させるから家族が近づくともらしやすくなる一面もある。

犬にとって様々な刺激ある人間社会を「大丈夫、なんでもないんだよ。」とうまく体験させることが出来るかどうか、そのための時間を焦らずじっくりとっていけるかがポイントとなる。

本の原稿として私が書いたものにはもっと分かりやすいものがあるけれど、まだ出版もされていないので、このアドバイスが中途半端になって誤解を招かないかと心配だ。
 

騙しのテクニック 2004年10月06日(水)

  新聞のテレビ欄を見て、今夜のサッカーアジアユースの日韓戦を楽しみにしていた。
お泊りわんこ(Gシェパード4ヶ月)のレッドのトイレも済ませ、タバコに焼酎と準備万端整えていた。

スポーツという、万人が自国を応援したがる心理につけ込んで、妙な愛国心を持たされる風潮にやや警戒心を抱いているが、中国で行われたワールドカップアジア予選の観客のマナーや最近の流れから「中国にだけは負けたくない。出来れば韓国には互角の上をいければ胸がすく」などと思いながら試合を待った。

いよいよ放送が始まり、画面の右上には衛生中継という文字が躍っている。
開始早々から韓国のスピードと正確なパスワークが際立ち、日本のトラップ技術の粗さ・ボールをどう繋ぎたいのかという意思の希薄さが目立っていた矢先、韓国が絵に描いたような見事なパスワークで余裕の先制点を挙げた。

一息入れ、気持ちを落ち着かせようとパソコンを立ち上げて私は驚いた。
そこには日本がPK戦の末、韓国に負けた記事が既に掲載されているではないか!
「すわ、未来新聞か?」と、一瞬頭をよぎったが、すぐに騙されたことに気付いた。

テレビの画面には『衛生中継』の文字が躍り、新聞のテレビ欄には『最大延長1:40』とあれば、普通なら衛生生中継と思ってしまうだろう。
それが最近のメディアの策略であるのは知っていたが、朝日までが…!と悲しくなった。

確かに何処を見ても『生中継』とか『Live』の文字は見当たらないが、もし誠実なメディアとしての良心があるのなら、画面右上の『衛生中継』の文字を躍らせるな!
テレビ欄の最後に『衛生録画』と書け!

私の心は中国や韓国に対してではなく我がニッポンに向けられていた。
これでは「このあとすぐ!」と言いながら視聴者を釘付けにし、貴重な時間を搾取するメディアと、「オレオレ」は根本的には大して違いはないではないか・・・。

子供の頃、祭りの夜店でやたら口上が上手い爺さんがいた。
赤い毛氈を敷いた先にはタマゴが一個置かれていて、ナントそのタマゴがこちらに歩いてくると言うのだ!
まだ小学校に入る前の私は、固唾を飲んで見守っていた。
すると、やおら爺さんがタマゴを手に取って言った。
「タマゴが勝手に歩くはずはない。きっとこのタマゴに仕掛けがしてあると思っているだろう?」
そう言って、単眼鏡のような黒い筒を取り出し
「これで覗けば中身が見える。」と言って子供たちに覗かせた。
私は驚いた!
タマゴの中身が見えるだけでなく、自分の手のひらを見ればまるでレントゲンのように骨が透けて見えるのである。

これにはちょっとした仕掛けがあるのだが、当時の私たち子供はすっかり夢中になり、『黒い筒』を争って買い求めて親に報告したものだ。

「それでそのタマゴは歩いたの?」
親は野暮な質問をした。
そんなことはすっかり忘れていた私は「こんな凄い物が目の前にあるのに、大人は何故驚かないのか?」と驚いたものだ。

昔の騙しには風情があった。
今、売り出しても儲かるに違いない。
騙されてもあの爺さんには40年以上の時を経て感謝している。
 

軽い話題を2題 2004年10月05日(火)

  連日、頭を悩ませるテーマが続いたので今夜は軽い話題で早寝をしたい。

その1.
私たちが育てようとしている犬は、訓練競技会で活躍する犬や盲導犬などではない。ごく普通の家庭犬だ。それを象徴する言い回しとして「札幌駅からススキノまで愛犬とのんびり歩けて、途中大通り公園辺りでアイスクリームを食べれればいいね」というのがある。
あのような騒音の中でもうろたえることなく、人ごみの雑踏の中でも取り乱さず、それどころか人も犬ものんびり優雅に歩けて、粗相の心配もなく、人がアイスを食べてる時は犬は心地よさそうに芝生の上に寝っ転がり、時折声をかける人に軽い愛想を振り、またウィンドウショッピングを楽しみながら歩くという他愛無いものである。

「スーとなら簡単だね」散歩の途中、私がKに言った。
「絶対無理!」とK。
「だって、そんな距離スーが歩けるわけないじゃん」
地下鉄2駅、約1.3キロの往復となると確かにスーなら面倒臭がるだろうと妙な納得をした。

その2.
今日、ホワイトジャーマンシェパードのパンチ君を訓練していた時の話。
50メートルも向こうから、おばさんがニコニコしながら近づいてきた。
数メートル手前で急に立ち止まり、引きつった顔で
「ヤギが散歩しているのかと思った」、だと。
 

リコール問題最終回 2004年10月04日(月)

  カフェには毎日のように初めてのワンちゃんと飼主の方が訪れてくださる。
その殆どの方が、カフェの評判を口コミで聞き、それぞれの問題を抱えてのご来店である。
折に触れてこれからも多くの方々が抱える困り事への対処方法を紹介していきたいが、今夜はまだ例の問題の最終回が残っているのでチャレンジしてみたい。

4.リコールの訓練を行った場合
ここでいう訓練とは訓練士に依頼しての特別なものを指すのではなく、飼主の方が将来を見据えて愛犬とつき合っていく(育て、しつける)プロセスである。
つまり、トイレのしつけに始まり、いたずらや噛み付き遊びの制御、散歩や外出を通じての社会経験・社会性の醸成、座ること伏せること待つことというような基礎的な積み重ねの最後にノーリードによる歩行やリコールが成立するということを理解しておかなければならないと思う。
要するにこれまでに紹介してきた1〜3を総合したものがリコールに繋がるということだ。

1.仔犬の頃から犬を溺愛し、まるで召使いのような従属的な接し方をした人や、その反対に厳しさを強調しすぎた人、あるいは犬ッコロ扱いして気まぐれな命令を繰り返してきた人たちに犬たちは絶対的な信頼など寄せるはずがない。
前者に対しては犬は自分の情動に応じて都合の良いように飼主を利用するだけだし、中者では本人以外の家族に反抗的になったり、肝心の時のリコールができず犬はここぞとばかりに羽を伸ばすであろう。後者においては、鼻から聞く耳を持たず、飼主もバカ犬呼ばわりをするに違いない。
信頼を得るということは、普通の母親が我が子の将来を見据え、愛情と思いやり、時に厳しさを持って忍耐強く導き・見守ることだと思っている。

2.言葉の通じない犬に対しては、猟やアジリティーあるいは水族館のアシカに対するように、心理学に基づいた刺激と反応・正の強化・オペラント学習などを導入の足がかりにするのは効果的である。
ただし、これによってリコールが出来たからといってそこで満足するのは犬を冒涜していると思う。
彼らは『考える動物』である。
心に訴え、考えさせ、結果として両者が心から喜びを分かち合えるようにできることを忘れないで欲しい。

3.犬の信頼を得て、単語の意味を犬が理解しはじめたなら、誰もいない野原や湖畔を思いっきり駆け巡ればよい。
徐々に環境を変え、いずれ思い切って都会に出るのもいいだろう。
そして、どのように振る舞えばよいのか愛犬に教えてあげよう。
小さな失敗は望むところである。修正しながら経験を積むことだ。
愛犬が4〜5歳になる頃、マナーとちょっとの配慮を持ちながら、絆という見えないリードで結ばれて街を公園を野原を草原を歩けたらすばらしいと思う。

犬は人間ほどの可能性を持ってはいない。
宇宙飛行士にもなれないし花屋さんにもトラックの運転手にもなれない。
ならばせめて、良き家庭犬になるように将来を見据えて育てることは、親ばかでも教育ママでもないはずだ。
犬を育てるうちに実は自分たちが育っていることに気付いたとしたら、これほど素敵なことはないと思う。
 


- Web Diary ver 1.26 -