From the North Country

終わりはいつも始まり 2004年09月05日(日)

  この日が来ることは初めから分かっていた。
吹っ切らなければいけないと自分に言い聞かせてもいただろう。
「頑張れよ!元気でな」と声をかけ、笑顔で送り出そうと心に決めていた筈だ。
しかし、頭で分かっていてもどうにも抑えきれない感情が込み上げ、とめどなく流れる彼らの涙は、見る者の心を打たずにはおかれない。

今日、北海道盲導犬協会でパピーウォーカー(PW)の委託終了式が行われた。
数年前までPWを担当し、その司会を進行していた私には、それぞれの家族の想いが痛いほど分かった。同時に泣きじゃくる子供たちに言い聞かせるように慰めていた両親が言葉に詰まり、ただ抱きしめるしかない光景を見て「何とすばらしい時間をこの家族は持てたのだろう!」と誇らしく思ったものだ。

一方、犬たちはというと、PWの気持ちを知ってか知らずか職員にリードを委ねられた後、振り返ることもなく尾を振りながら犬舎へと入っていくことが多かった。
「アイルが『絶対行かない!』って踏ん張ってたんだから」。ベテランPWの人妻Mから得意げなメールが今日届いていた。
「これで今夜からアイルも静かな場所で暮らせるね」と私はタメ口をきいたが、思いは察するに余りある。

今夜は遠吠えをする犬もいれば、すすり泣くような声を出す犬もいる。大イビキをかいてぐっすり寝た後、朝になったら「よし!帰る!」と言いだす犬もいる。
出されたご飯をペロリと平らげる犬もいれば、4〜5日は断食を始める犬もいる。
職員は犬舎の通路に簡易ベッドを置き、しばらくは24時間体制で精神的に不安定な犬たちを気遣い、観察し、評価する。

ケージがあった居間のスペースや家族の心にポッカリと空いた大きな穴がいつ埋められるか私は知らない。
2〜3週間後適性検査の結果が電話で通知されるのだが、その応答が面白い。
「合格しました」との連絡に「ヤッター!」という家庭もあれば「そんな子に育てた覚えはありません!」というのもあった。
「残念ながら」を伝えるために憂鬱な気持ちでダイヤルすると「ヤッター!」との応答は職員の申し訳なさを払拭した後、複雑な思いを抱かせることにもなる。

『すべては視覚障害者のために』
多くの人たちの愛情に支えられ、その想いを全身に受けて育った犬たちの物語は今日始まった。
 

忘れえぬケンピーその3 2004年09月04日(土)

  あれから1年、ケンピーの命日にあたる今日、この欄はパートナーのKに譲る。

目が見えなくなってからのケンピーに大きな変化があったとすれば、それは散歩だった。
失明前なら私の代わりに家人が行ってもそれなりに楽しんで帰ってきたが、失明後は私以外とは行かなくなった。
散歩というよりは排便のための歩行とトリミングだけがケンピーの外出になり、それがすむとくるっと回れ右をして家に帰るそぶりをし、無理に歩かせようとしても頑として動かなくなった。
そういう日々が当たり前になり時が過ぎて行った。

盲導犬の繁殖犬のスーはケンピーが6歳の時やってきた。
するとケンピーはこの小さな女の子を守る剣士になった。
自分のご飯をスーが食べようとしても何も言わない。とても食いしん坊のくせに。
スーが大きくなって外で遊ぶようになり、公園でたくさんの犬たちと遊ぶ時もケンピーはちゃんとスーを見ていて、意地悪されたりすると猛然と怒ってスーを守った。自分自身はシェパードに襲われた時でさえ無抵抗だったのに。

スーはというと、彼女はこの大きなりっぱな兄ちゃんが大好きで頼り切っていた。ケンピーが眠っている時もスーはお構いなしにじゃれつくので、ケンピーはスーが盲導犬協会にいったりすると正直ほっとした様子だったけれど、反対にケンピーだけ外出するとスーはふんふんと得意の鼻ならしをはじめたものだ。

ケンピーの目が見えないことをスーが理解することは最後までなかった。
家の中で寝そべっているスーを、見えないケンピーが踏んでしまうことがしばしばあり、その度にスーは「なんで?」という怪訝な顔をケンピーに向けるのだが、何回踏まれても避けることはしなかった。

事情があり、私はケンピーとスーを連れて実家に住むことになった。
私が仕事で遅くなり、母や妹がケンピーを散歩に連れ出そうとしたことがあったけれど、ケンピーは絶対に行かず私を待っていた。
ケンピーは実家で「頑固ジジイ」と呼ばれるようになった。

実家はN公園の近くにあり、私はケンピーとスーを連れてよくそこへ散歩に出かけた。ケンピーは色々な人に声をかけられるのが大好きなので、喜んで人の多い公園に散歩に出るようになったけれど、気の乗らないときは以前のように排便が終わると「帰る!」と言い張った。
見えないケンピーとスーの歩調は当然合わず、別々に散歩に連れ出すとケンピーはさらに歩くのを拒んだ。
不安なのだ。

そんな時、盲導犬協会でお世話になっていた長崎が協会を退職し、空いた時間をみてはケンピーの散歩に付き合ってくれるようになった。
「どうせ、また帰るって言うんだろうな・・」と思っていた私は、最初から度肝を抜かれることになる。
ケンピーがどこまでも歩くのである!それも、とてもとても嬉しそうに。

彼は盲導犬だけではなく視覚障害の専門家でもあったのだ。
そしていつのまにかケンピーは長崎の車の音を毎日待つようになった。

「長崎マジック」は次回に続く…
 

9月の夜に 2004年09月03日(金)

  この夏、土日を利用して愛犬とのキャンプ・ペンションめぐりをされる方が多い。
家族水入らずで出かける事もあれば、気の合う愛犬家同士での旅も楽しい。
また、旅先で出会った人たちとの交流も犬がいれば自然と進むようだ。
犬たちが喜ぶ草原や湖それに川遊びができる場所が人気のスポットである。
北海道ならそんなロケーションはいくらでもあるのだが、札幌からそう遠くない地域で行き当たりバッタリではなく、安心して泊まれるところとなると限られてしまうようだ。

キャンプ場ならペットOKのところを探さなければならないし、出来れば車が横付けできて、水辺があり、自由に放して遊べるところがいい。さらに、となりのテントとの距離が分譲住宅のようではつまらないから、広くなくてはならない。

ペットOKのペンションも増えてはいるが、犬種の制限があったり、排泄のしつけさえできていない犬がいたりで、結局はその日その日で当たり外れが大きいようだ。

しかしながら、天気もよく犬たちが自由に駈け回り、美味しい食事にありつけ、楽しい会話が出来たならそれは何とすばらしい日であろうかと思う。
カフェではそんな話題と情報交換が盛んに行われている。

愛犬家としてのマナーとしつけをわきまえたうえで、ちょっと羽目をはずしたとしても許容される、そんなフィールドがあればいいなと思う。
支笏湖周辺位の広さで、犬を自由に放すことができ、ボートに乗ったり泳ぐこともでき、カフェやレストランもあり、ウンチの処理場を備え、空気と星空が綺麗なキャンプ場なら1万円でも数泊してみたいと思う人はたくさんいるようである。
冬はロッジと雪遊びも楽しいだろう・・・

9月の夜に小さなカフェで大きな夢を追ってみた。
 

忘れえぬケンピーその2 2004年09月01日(水)

  今日のこの欄はパートナーKが担当する。

目が見えない朝はどんなだろう。
昨日までぼんやりながら見えていた世界が突然なくなってしまう恐怖は人間も犬も同じなのだろうか。

夕方、動物病院の駐車場でケンピーは車を降りて動かなくなった。何が起こったかわからずリードを引いて歩くように言う私の目に映ったのは、はじめて見るケンピーの姿だった。
まるでそこだけ大地震が起きたかのようにガクガクと大きく揺れているのである。
ケンピーが震えている。
おおよそ弱虫とは程遠く、何が起こっても悠然として、どんなに怒られても次の瞬間にはその毛量豊かなりっぱなしっぽをふっさふっさと振り、あれよあれよと言う間に勝手に細いつり橋を渡ってしまう天真爛漫、天衣無縫なケンピーはそこにはいなかった。

かかりつけの獣医さんの診断は「ぶどう膜炎」。治る見込みはないとのことだった。

人も犬も大好きで「世界中のみんなが僕を好き!」と思っているケンピーは注射でさえ喜んで受ける。でもその時、震え怯えるケンピーを前に私はこれ以上色々な検査をあちこちで受けることはやめようと思った。
人と犬が違うとすれば、犬は今の自分の現状をいち早く受け入れその中で自分が心地よくいられる状況をなんとしても作ろうとすることだ。
私ならどうするだろう。おそらく100%自分の不運を嘆き、周りの人の温かい言葉に深く傷つき、あれもできないこれもできないと落ち込み続けるに違いない。
ケンピーはそんな無駄は時間を過ごすことはなかった。大好きなおやつにありつき損ねないように終始耳をそばだて、家族の会話の中に知ってる言葉を見つけては嬉しそうに空を見つめながら尻尾を振った。
大好きな来客もすぐに誰だかあてた。耳も鼻も見えている時とは比べ物にならないくらいよく利くようになった。
私は家の中の家具を勝手に動かすことを禁止し、いつもケンピーがいるところでは自分の存在をしらせてくれるよう家族にも来客にも頼んだ。咳払いでも、鼻歌でもなんでもいい。ケンピーが不安にならないように。

今こうしてケンピーのことを長崎に言われて、しぶしぶ書き始めているうちに、どんどんケンピーとの思い出が蘇ってきて・・止まらなくなりそうだ。涙といっしょに。
もうすぐケンピーの命日。
そしてそれは私の誕生日。忘れるわけがない・・・。
 

小型犬の吠えその4 2004年08月31日(火)

  8月最後の日。台風が台風のまま北海道にやってくるのは珍しい。いつもなら途中で温帯低気圧に変わってしまうからだ。生暖かい強風がガーデンのニセアカシアを猛烈に揺らし、風に乗った雨が時折激しく窓を叩いた。
我をなくした自然と対峙する時は人間が冷静でなければならないと感じた。

ステップ3:犬は3度チャレンジする
3度目辺りのリードショックで吠えるのを止め、飼主を振り返った(我にかえった)時に「大丈夫!静かにしなさい」と冷静に声をかける。
犬が吠えているのは不安だからであり、叱ることは次の三つの理由で逆効果になる。
1.飼主の声に勇気付けられ、より吠える。
2.リードショックなどのコントロールに対してビビるようになってしまう。
3.「アイツに吠えたら叱られた」と、対象になった人や犬をいつまでも良く思わないようになる。

もう一度言おう。ショックは叱ることではなく我に返すことである。

さて、吠えるのを止めた犬も、数秒するとまた吠えるということを覚えておこう。
適切なコントロールを行った場合ですら、犬は3度チャレンジするということを事前に知っていれば、第2波第3波の吠えを取り乱すことなくすぐにコントロールすることができる。

ステップ4:強化
リードショックを行い、我にかえった時犬は振り向くと書いた。
犬は飼主の眼を見て真意を探ろうとしているのだ。
その飼主が涼しい顔をして「大丈夫」というのだから、犬は眼前の相手に集中して吠えることができる。
すると途端にショックがかかり、また飼主を振り返る。その時は1度目より冷静に飼主を見ている。
3度目のショックがかかった時、犬は飼主の真意を感じ取ることになる。
「大丈夫だと言ってるだろ。吠えるのはよせ!」と。

ここまでがうまくいけば犬は飼主に一目置くようになっている。だから「ああ、えらいね」などとへりくだった態度はとらないほうがよい。のだが、ここは演技で「ああ、えらいね」と言ってあげて、愛犬を大いに油断させよう。
犬は飼主がいつもの『使える奴』に戻ったと勘違いして、次の通行人や犬を見かけたら、また激しく吠えてくれるだろう。絶好の訓練チャンスがまた訪れたのである。

このようなことを繰り返すうちに、人も犬も制御というものを学ぶようになる。

しかし、数日前にも書いたが、このようなコントロールは本来不要である。
いい犬にめぐり会えさえすれば、どんな人でも神経が参るほどに吠える犬と暮らすことはないのだ。
犬種のスタンダードを守るためのドッグショーはそれはそれで重要な役割を果たしているのだろうが、そのチャンピオンが人と暮らしやすい犬であるとは限らないことを知っておこう。
暮らしやすい犬を前面に打ち出したドッグショーがあってもよいと思うし、ブリーダーは望まれているクォリティー高めて欲しい。
 

小型犬の吠えその3 2004年08月30日(月)

  犬との暮らし方は様々なタイプがあってよいが、窓を開け放した中で吠え続けさせたり、キャンプ場で無駄吠えを放置するのは誠にハタ迷惑であり、飼主の人間性が問われても仕方がない。頑張って治そうとした時期もあるのだろうが恐らく頑張り方が間違っていたのだと思う。

ステップ1:声をかけない
特に小型犬の場合、自宅は勿論飼主が傍にいたり、抱っこしていたり、あるいはリードを持っている時に吠える。
試しに吠えかかる相手にリードを持ってもらい、飼主が2メートルほど離れれば、威勢のよさは影を潜め、不安になって飼主のほうへ救いを求めるように駆け寄ろうとするだろう。
つまり、飼主の下で強気になり、いい気になり、あるいはそれが自分の使命とばかりに吠え立てているのだ。
その飼主が「ダメ!ノー!いけない!」と叫んだところで、犬の耳には「ほれ!頑張れ!私がついてるぞ!もっとやれ!」と聞こえているに違いない。
愛犬が可愛いのはよく分かるが、吠える時、犬は真剣で興奮し全霊を懸けていることを忘れてはいけない。飼主の声に勇気付けられ奮い立ち、いつもの我が子ではなくなっているのだ。
やることはただ一つ、全霊を懸けて我に返すことである。

ステップ2:叱らないこととリードショック
吠え立てる興奮の度合いによって力加減は当然変わるが、3度目のショックで犬が吠えるのを止め、飼主を振り向くようなリードショックを無言でかける。1度で吠えるのを止めたら、それはショックが強すぎたから。5度やっても振り向かなかったり吠えていたら、そのリードショックは弱すぎるということである。
リードショックとはショックをかけた直後にリードが弛んでいる状態であり、引っ張ることとは全く違うもので、これは我流でやるよりもレッスンで直々学んだほうがよい。
最初の段階ではショックをかけるとき決して叱ってはいけない。叱って止めさせるのが目的ではなく、あくまでも我に返すこと、いつもの愛犬の表情に戻すことが主眼である。
相当力を必要とするので、息が上がり血圧も上昇するだろうが決して叱ってはいけない。
室内で吠える場合には、レッスン段階では予め首輪に短いリードをつけておくとよい。

ステップ3:犬は3度チャレンジする(オリンピック観戦疲れのため、たぶん明日につづく)
 

小型犬の吠えその2 2004年08月29日(日)

  強い南西の風が体感温度を下げ、寒い寒い一日だった。ガーデンでは長袖が必需品となり、カフェ内の暖かさがありがたく感じられた。

そんな中、人懐っこいヨーキーとパピヨンがやってきた。
どちらも初めてのご来店だったが、ヨーキー二人組みは他犬に対しても友好的だったのに対し、パピヨンの方は犬が大の苦手で勇ましく吠え立てるシーンがあった。

独断と偏見で言うならシーズー・キャバリア・狆あたりは吠えにおいて問題が少なく、ヨーキー・パピヨン・ウェスティーなどが五分五分、チワワ・トイプー・Mダックス・Mシュナウザーは吠える傾向が高いといえるだろうか。
最近は少なくなってきたマルチーズやポメラニアンも吠える傾向が強いし、もう少し大きめの犬ではビーグル・シェルティーは吠えの代表犬である。
ただしこれらは警戒心による吠えの傾向であって、例えばトリマーの立場からすれば、噛まないウェスティーやビションフリーゼは殆どいないらしい。
犬を飼いたいけれどマンション暮らしなどで吠えの問題を重視しなければならない方は参考にしていただきたい。

しかし、現実に吠える犬と暮らしている方、あるいは吠える傾向が高いけど、その犬種が気に入っている方は、諦めずに接すればそこそこ大きな問題にはならずに育てることができると信じてチャレンジして欲しい。

『警戒心の吠え』
これを止めさせることは殆ど不可能と考えたほうがよい。
大声を小声の吠えに留めるのが関の山だ。
ただし、呼び鈴で吠えて困っている・窓の外を見て吠えている・散歩の時に前から来る犬や人を見て吠えるという三大症状をみてみると、確かに最初の二声三声は警戒の吠えであるが、それ以降は犬が図に乗りいい気になって感情の赴くがままに吠え続けている場合が殆どであり、これらはほぼ完全に止めさせることができる。(ヒント:人と犬の関係は決して民主的ではなく、飼主が思っているほど日本語を理解していない)
来客の際、玄関先で話もできないほどに吠える、などはこの典型であり、結局これらは飼主が許可し、あるいは日々奨励しているに過ぎないことを思い知るべきだと思う。そんなことはあり得ないのだ。(ヒント:犬は生半可な気持ちで吠えているのではなく全霊を懸けており、普段の精神状態ではない)

『自分の手を煩わせず、吠えるのを止めさせたい』
スイッチをひねれば(古い!押せば触れば)テレビが映り、洗濯が終わる。そんな時代だから楽を求める気持ちは分からないでもない。
声帯除去手術はそんな解決策の一つかもしれないが、余程のことがないとこの方法を選ばない飼主が多いのはまだ救いがある。
後ろめたさを感じながらも電圧ショックやスプレーが噴射される道具を使う人もいるが、これが役立たずであることを後に実感する。
訓練所に依頼しても数週間か数日で元に戻ってしまうだろう。
もし諦めないとしたら、結局は自分でやるしかないのだと気付いて欲しい。感情と理性を備えた生き物と暮らすことを望んだのだから、感情と理性それに知性を持って立ち向かってもらいたいと願う。
 

小型犬の吠えその1 2004年08月28日(土)

  小型犬の吠えについての質問が増加している。
楽しく心休まるペットライフを夢見て購入された方々の多くがこの問題に悩まされているようだが、その原因と対策について数回に渡りお話しよう。

原因1.特性
チワワ・Mダックス・Mシュナウザーが現在の吠えやすい犬種のトップスリーだろうか。
元々吠えやすい犬種特性というものがあるが、そもそも小型犬というのは余程用心深くしないとカラスにでも襲われかねないから、虚勢を張ってでも強がって相手を寄せ付けない態度を示しがちである。

原因2.育て方
愛らしく弱々しいその容姿や体型から、飼主はついつい甘やかし、小さな問題行動に目をつぶり、箱入り状態を作り、膝犬に育て、身の程を知らず分をわきまえない犬にしている。
甘噛みすること・飛びつくこと・室内を駆け回ること・椅子やテーブルに上ること、これらは室内小型犬では結構大目に見られるが、大型犬ならそうはいかない。同じ犬としての振る舞いをしていることに変わりはないはずなのに。

原因3.社会経験
これは小型・大型犬の両方に言えることだが、社会性・社会経験の不足。別な言い方をすれば世間知らずで、世の中に怖いと思うものを持ちすぎていること。

原因4.繁殖
これが恐らくは最大の原因といえる。
攻撃性や警戒心は後に訓練で植え付けることもできるが、そのほとんどは遺伝である。
吠えやすい犬種であったとしても、ほとんど吠えることなく愛想がよく寛大で大らかな犬はたくさんいるものだ。
ペットショップで仔犬を購入する人のほとんどはそのような犬を求めているはずで、それはショップもブリーダーもわかっているはずである。にもかかわらず、普段から警戒心で吠えているブリーダーの愛犬に、さらに吠えているオス犬をかけて子供を産ませ、苦労する愛犬家を増殖させている罪は重い。
普通警戒心による吠えは生後6ヶ月前後から始まるから、購入時に素人が判断するのは至難のことである。

原因はこの他にも過去の恐怖体験や中途半端に厳しすぎる接し方など様々あるだろうが、なにせこの欄も後半になると酒の勢いが勝ってしまうのでいい加減な内容になることをご容赦願いたい。(つづく)
 

忘れえぬケンピー 2004年08月27日(金)

  カフェ周辺には数週間前からススキの穂が目立っていたが、風にそよぎ、まもなくフルムーンを迎える月夜に照らされたススキのシルエットは秋の風情を充分に伝えてくれる。
こんな夜は一杯の焼酎でも心を落ち着かせてくれるものだ。

ケンピーは8歳の時完全失明した。
ケンピーは49キロもある超大型のゴールデンでその見事な被毛は見る者のため息を誘った。
そしてケンピーは私のパートナーKのかけがいのない愛犬だった。
光覚もない世界と衝突への恐怖から歩くことを拒否し、最低限のトイレの移動だけをKに頼って行っていた。
しかし、見えないという状況はKとケンピーとの間に言葉によるコミュニケーションを徐々に確立していったように思う。私が会った頃には歩行に必要な言葉、例えば、右とか左は勿論、階段上るよ・下るよ・溝をまたぐよなどの言葉は理解していたし、日常用語は恐らく何でも分かっていたはずだ。
欠けていたのは歩く喜びだった。
そんな時、私と再びめぐり合うことになった。
私の専門は犬ともうひとつ視覚障害リハビリテーションである。
見えないという恐怖を取り除き、見えなくてもどうすれば日常生活や歩行が支障なく行えるかというのも専門の一つだった。

何度か歩くうちにケンピーは完全なる信頼を私に寄せるようになった。
この人の言葉を聞いていれば絶対にぶつからない・つまずかない・周囲の状況がわかると思ってくれたのだろう。
徐々に行動範囲は広がり、広場では駆け回り、川に入って水遊びをするようになり、私に会った時には10メートルも手前から突進して喜びを体中で表現してくれていた。
車に乗って知らない場所へ出かけることもケンピーの楽しみになり、心配するKをなだめてはドライブに出掛け歩いた。

ケンピーの思い出については、近々Kに書いてもらおうと思っている。
今夜こんなことを書いたのは月明かりに揺れるススキを見て、9月4日のケンピーの命日が近づいたことを思い出したからである。
 

平均台完成! 2004年08月24日(火)

  先日から製作に取り掛かっていたワンちゃん用の平均台が夕方完成した。
上出来とはいえないが、まず使用に耐えるものができたと思っている。

幅は30センチでアプローチの傾斜は23度ほどだが、ゴールデンクラスになると、結構肝試しの遊具になる。
斜路には足掛け用の木が渡してあるとはいえ、表面は滑りやすく不安を煽るようにしておいた。
経験のない犬ならクリアするのに多少時間がかかるかもしれない。犬に恐怖心を抱かせるような方法で渡らせようとしたら断固拒否するはずである。
うまくできた時の達成感を人犬ともに楽しんでくれたら嬉しい。

完成後の渡り初めは、我が家の愛犬スーであった。最近の彼女は寝たきり状態だったので、少し刺激を与えたかったのだ。
「何ですかぁ、これ?」
怪訝な顔をしたが、誘導してやると重い体をよっこらしょと登り始めた。さすがに滑るらしく、指を大きく広げ爪を立てていたものの、私を信頼してくれて見事渡り終えた。

その後はミックスのチロル、ゴールデンのトム・ベルナ・海・空・ムーン、コッカーのチャーミーが次々にチャレンジした。
中でもみんなの笑いを誘ったのがベルナだった。
緊張し、途中で落下しそうになるのを支えられながら最後のスロープを下り終えると大きな拍手が起こった。途端にベルナは走り出し、自らスタート地点に行ってまた駆け上ったのである。黙っていれば何度でもやりそうな勢いに飼主のTさんは「ベルナ!みんなの邪魔するんじゃない。もう止めなさい」とたしなめていたが、その顔は笑顔で誇らしげだった。

夜、スーのトイレのため外に出ると札幌では珍しく濃い霧が立ち込めていた。
明日は所用、明後日は定休日でこの欄はお休みします。
 


- Web Diary ver 1.26 -