From the North Country

コロちゃんの相談 2004年10月08日(金)

  生後4ヶ月の柴犬のコロちゃんのことで相談メールを頂いた。

〔質問内容〕
1.外に出してもオシッコをせず、自宅のシートに慌てて戻るようにして排尿する。
2.散歩があまり好きではなく帰りたがる。
3.家族が帰宅するとケージの中で立ち上がってオシッコをしてしまう。

相談内容は3項目だか、原因は一つのことから発しており、今後の対応で問題なく解決できるはずだ。

〔原因〕
生後4ヶ月といえば、乳歯が抜け変わり始めるまだ幼少の時期である。外敵から身を守るために保護を受けなければならないし、本能的にも用心深いのは柴犬なら尚更である。おまけに排泄の姿勢は無防備な体勢になるから、安全で安心できる場所でないと出るものも出なくなってしまう。
散歩についても、不安だらけの世界に出されるよりは、安心できる自宅のほうがよいから帰りたがる。
家族が帰宅した時には、犬自身が安堵し喜び、押さえきれない服従心とちょっとした緊張感が入り乱れてオシッコを漏らしてしまう。

〔考え方〕
上記の理由を知った上で
「ああ、可愛そうに。もっと大きくなるまでお母さんがしっかり守ってあげる」と考えた方は今後も苦労するだろう。
「そうか、もっと安心できるような配慮をしながら、この子を逞しく自信の持てるワンちゃんに育てたい」と考えるほうが家庭犬としては正解だと思う。

〔対策〕
1.外でのオシッコは、朝一番などまず間違いなくしたい時にリードつけて連れ出し、静かに念仏を唱え催眠術にかけるがごとくの無感動で静かでそれでいて優しさを感じる言葉(例えば「よ〜しよぉ〜しそうそうそうそう、なんまいだぁ、なんまいだぁ〜」という感じ?)をかけて、犬を安心させながらトイレを促すのがよい。時間は10分くらいかかるかもしれない。
もしオシッコをしたら「えらいえらい!」と言いながら拍手をすること。犬を撫ぜるのではなく自分が大喜びすることが効果的。
2.散歩に連れ出す時は抱っこしたまま町内を歩き回ること。その際、犬を触っているあらゆる指で優しく犬の体を掻き続けることで、緊張感から開放できる。
もし、静かな場所で犬が歩きたがるようなら、少しだけ歩かせてもよいが基本的には抱っこで散歩をする。
いずれ犬が自分から歩きたがるようになるから心配しなくてよい。
3.柴犬は警戒心が強く家族以外に馴染まないこともあるから、今のうちにいろんな方に抱っこしてもらったり、知り合いの家に出掛けて遊んでもらうこと。
ただし、キャッキャと騒いだり、「おいで、おすわり、お手」など命令ばかりするような人は避けること。
4.家族の帰宅直後は、犬を見たり声をかけたりせず、犬が騒いでも反応せず、服を着替えたり荷物を置いたりしながら、犬が落ち着くまで2〜5分の時間をかけること。
また、生後4ヶ月の犬を留守番させ、オシッコを我慢させることが出来るのは日中でせいぜい3〜4時間であるのを知っておくこと。我慢させるから家族が近づくともらしやすくなる一面もある。

犬にとって様々な刺激ある人間社会を「大丈夫、なんでもないんだよ。」とうまく体験させることが出来るかどうか、そのための時間を焦らずじっくりとっていけるかがポイントとなる。

本の原稿として私が書いたものにはもっと分かりやすいものがあるけれど、まだ出版もされていないので、このアドバイスが中途半端になって誤解を招かないかと心配だ。
 

騙しのテクニック 2004年10月06日(水)

  新聞のテレビ欄を見て、今夜のサッカーアジアユースの日韓戦を楽しみにしていた。
お泊りわんこ(Gシェパード4ヶ月)のレッドのトイレも済ませ、タバコに焼酎と準備万端整えていた。

スポーツという、万人が自国を応援したがる心理につけ込んで、妙な愛国心を持たされる風潮にやや警戒心を抱いているが、中国で行われたワールドカップアジア予選の観客のマナーや最近の流れから「中国にだけは負けたくない。出来れば韓国には互角の上をいければ胸がすく」などと思いながら試合を待った。

いよいよ放送が始まり、画面の右上には衛生中継という文字が躍っている。
開始早々から韓国のスピードと正確なパスワークが際立ち、日本のトラップ技術の粗さ・ボールをどう繋ぎたいのかという意思の希薄さが目立っていた矢先、韓国が絵に描いたような見事なパスワークで余裕の先制点を挙げた。

一息入れ、気持ちを落ち着かせようとパソコンを立ち上げて私は驚いた。
そこには日本がPK戦の末、韓国に負けた記事が既に掲載されているではないか!
「すわ、未来新聞か?」と、一瞬頭をよぎったが、すぐに騙されたことに気付いた。

テレビの画面には『衛生中継』の文字が躍り、新聞のテレビ欄には『最大延長1:40』とあれば、普通なら衛生生中継と思ってしまうだろう。
それが最近のメディアの策略であるのは知っていたが、朝日までが…!と悲しくなった。

確かに何処を見ても『生中継』とか『Live』の文字は見当たらないが、もし誠実なメディアとしての良心があるのなら、画面右上の『衛生中継』の文字を躍らせるな!
テレビ欄の最後に『衛生録画』と書け!

私の心は中国や韓国に対してではなく我がニッポンに向けられていた。
これでは「このあとすぐ!」と言いながら視聴者を釘付けにし、貴重な時間を搾取するメディアと、「オレオレ」は根本的には大して違いはないではないか・・・。

子供の頃、祭りの夜店でやたら口上が上手い爺さんがいた。
赤い毛氈を敷いた先にはタマゴが一個置かれていて、ナントそのタマゴがこちらに歩いてくると言うのだ!
まだ小学校に入る前の私は、固唾を飲んで見守っていた。
すると、やおら爺さんがタマゴを手に取って言った。
「タマゴが勝手に歩くはずはない。きっとこのタマゴに仕掛けがしてあると思っているだろう?」
そう言って、単眼鏡のような黒い筒を取り出し
「これで覗けば中身が見える。」と言って子供たちに覗かせた。
私は驚いた!
タマゴの中身が見えるだけでなく、自分の手のひらを見ればまるでレントゲンのように骨が透けて見えるのである。

これにはちょっとした仕掛けがあるのだが、当時の私たち子供はすっかり夢中になり、『黒い筒』を争って買い求めて親に報告したものだ。

「それでそのタマゴは歩いたの?」
親は野暮な質問をした。
そんなことはすっかり忘れていた私は「こんな凄い物が目の前にあるのに、大人は何故驚かないのか?」と驚いたものだ。

昔の騙しには風情があった。
今、売り出しても儲かるに違いない。
騙されてもあの爺さんには40年以上の時を経て感謝している。
 

軽い話題を2題 2004年10月05日(火)

  連日、頭を悩ませるテーマが続いたので今夜は軽い話題で早寝をしたい。

その1.
私たちが育てようとしている犬は、訓練競技会で活躍する犬や盲導犬などではない。ごく普通の家庭犬だ。それを象徴する言い回しとして「札幌駅からススキノまで愛犬とのんびり歩けて、途中大通り公園辺りでアイスクリームを食べれればいいね」というのがある。
あのような騒音の中でもうろたえることなく、人ごみの雑踏の中でも取り乱さず、それどころか人も犬ものんびり優雅に歩けて、粗相の心配もなく、人がアイスを食べてる時は犬は心地よさそうに芝生の上に寝っ転がり、時折声をかける人に軽い愛想を振り、またウィンドウショッピングを楽しみながら歩くという他愛無いものである。

「スーとなら簡単だね」散歩の途中、私がKに言った。
「絶対無理!」とK。
「だって、そんな距離スーが歩けるわけないじゃん」
地下鉄2駅、約1.3キロの往復となると確かにスーなら面倒臭がるだろうと妙な納得をした。

その2.
今日、ホワイトジャーマンシェパードのパンチ君を訓練していた時の話。
50メートルも向こうから、おばさんがニコニコしながら近づいてきた。
数メートル手前で急に立ち止まり、引きつった顔で
「ヤギが散歩しているのかと思った」、だと。
 

リコール問題最終回 2004年10月04日(月)

  カフェには毎日のように初めてのワンちゃんと飼主の方が訪れてくださる。
その殆どの方が、カフェの評判を口コミで聞き、それぞれの問題を抱えてのご来店である。
折に触れてこれからも多くの方々が抱える困り事への対処方法を紹介していきたいが、今夜はまだ例の問題の最終回が残っているのでチャレンジしてみたい。

4.リコールの訓練を行った場合
ここでいう訓練とは訓練士に依頼しての特別なものを指すのではなく、飼主の方が将来を見据えて愛犬とつき合っていく(育て、しつける)プロセスである。
つまり、トイレのしつけに始まり、いたずらや噛み付き遊びの制御、散歩や外出を通じての社会経験・社会性の醸成、座ること伏せること待つことというような基礎的な積み重ねの最後にノーリードによる歩行やリコールが成立するということを理解しておかなければならないと思う。
要するにこれまでに紹介してきた1〜3を総合したものがリコールに繋がるということだ。

1.仔犬の頃から犬を溺愛し、まるで召使いのような従属的な接し方をした人や、その反対に厳しさを強調しすぎた人、あるいは犬ッコロ扱いして気まぐれな命令を繰り返してきた人たちに犬たちは絶対的な信頼など寄せるはずがない。
前者に対しては犬は自分の情動に応じて都合の良いように飼主を利用するだけだし、中者では本人以外の家族に反抗的になったり、肝心の時のリコールができず犬はここぞとばかりに羽を伸ばすであろう。後者においては、鼻から聞く耳を持たず、飼主もバカ犬呼ばわりをするに違いない。
信頼を得るということは、普通の母親が我が子の将来を見据え、愛情と思いやり、時に厳しさを持って忍耐強く導き・見守ることだと思っている。

2.言葉の通じない犬に対しては、猟やアジリティーあるいは水族館のアシカに対するように、心理学に基づいた刺激と反応・正の強化・オペラント学習などを導入の足がかりにするのは効果的である。
ただし、これによってリコールが出来たからといってそこで満足するのは犬を冒涜していると思う。
彼らは『考える動物』である。
心に訴え、考えさせ、結果として両者が心から喜びを分かち合えるようにできることを忘れないで欲しい。

3.犬の信頼を得て、単語の意味を犬が理解しはじめたなら、誰もいない野原や湖畔を思いっきり駆け巡ればよい。
徐々に環境を変え、いずれ思い切って都会に出るのもいいだろう。
そして、どのように振る舞えばよいのか愛犬に教えてあげよう。
小さな失敗は望むところである。修正しながら経験を積むことだ。
愛犬が4〜5歳になる頃、マナーとちょっとの配慮を持ちながら、絆という見えないリードで結ばれて街を公園を野原を草原を歩けたらすばらしいと思う。

犬は人間ほどの可能性を持ってはいない。
宇宙飛行士にもなれないし花屋さんにもトラックの運転手にもなれない。
ならばせめて、良き家庭犬になるように将来を見据えて育てることは、親ばかでも教育ママでもないはずだ。
犬を育てるうちに実は自分たちが育っていることに気付いたとしたら、これほど素敵なことはないと思う。
 

リコールその3 2004年10月03日(日)

  『北海道日ハム』ナイスゲーム!よく頑張った!
楽しませてくれてありがとう。来期はもっと上を目指そう!

さて、昨日のつづき
2.リコールに対する動機付けが出来ている場合
猟犬やアジリティーをやっている犬たちの場合は、比較的リコール(呼び戻し)は容易に行える。
指示によって戻った後に、報酬ともいえる『次の行動』が待ち受けていることを理解させやすいからである。

つまり『リコールに応じるだけの動機』が存在しているわけであり、このことは愛犬家が普段から心に留め置く必要がある。
リコールの練習を行う際、やみ雲に「おいで!こい!Come!」を連発しても初期の段階においては動機付けがないと、結果的に犬に対して『命令を無視する』訓練を行っているに過ぎないことを覚えておこう。

ただ、動機付けだけでリコールに応じる犬の場合は、日常生活の中で例えば普段の散歩などでリコールが出来ないことも多い。見返りがないことを知ると、平然と自分の興味あることに夢中になってしまうからだ。
いずれにせよ、リコールを導入する段階においては、ロングリードで無理やり引き寄せるなどの負の強化ではなく、従うことによって得られる報酬や愛撫などの快による正の強化が基本である。

3.犬自身が飼主に強く執着しているか、あるいは周囲に大した興味をもってないか、逆に周囲に強い不安を持っている場合
呼び戻しがきくというより飼主から離れることを心地よしとしない犬の場合、リコールの問題はたいして深刻ではない。
我が家の愛犬スーはこの部類かもしれない。彼女は周囲に興味を示すより飼主とのコミュニケーションに満足しており、ノーリードで散歩していても冷静で、とても犬とは思えない感覚を我々に持たせる。まるで人間三人で歩いている感じである。
しかしスーがまだ若い頃、リコールにも応じず、車が行き交う国道に走って行ったことがある。真っ青になったKがスーをとっ捕まえて事なきを得た際には、普段はとてもおしとやかなKが安堵の後の怒りのためにブチ切れて、スーを散々叱り飛ばした。それ以来、現在のスーがある。
恐らくこの時、二人の間に不文律とも言うべき取り決めがなされたのだろう。
単に犬が寄り添っていたいというだけではなく、「これだけは絶対なんだ」という経験をスーが過去にしているから私たちは絶対的に安心なのだ。
 

リコールその2 2004年10月02日(土)

  海の向こうでイチローがシーズン最多安打記録を達成した熱い日に、カフェではストーブが焚かれ、我が『北海道日本ハムファイターズ』はプレーオフ第1ステージで逆王手をかけた。
本当はこの話で今日は進めたいのだが、例のリコールのテーマが重くのしかかっている。

さて、リコール(呼び戻し)の定義を何処に置くかで話は変わってしまうが、ここでは『犬にとってやや強めの誘惑があろうとも、指示により戻ってくる』という大まかな表現にする。

1.犬と人の信頼関係が出来ている場合
長年連れ添っていると犬は言葉を理解し、主人に対して深い愛着を示すようになる。フランスの絵画には戦闘で倒れたご主人の傍からいつまでも離れようとしない愛犬の姿を描いたものもある。恐らくこの犬は激しい砲撃の中でも、主人の指示を聞き分け行動していたに違いない。

それではこの犬は、主人に対する深い信頼関係だけで指示どおり行動していたのだろうか?
否、そうではあるまい。
それまでの生活の中で、座ること・行儀よくすること・待つこと・呼ばれたら戻ることを繰り返し教えられ経験していたはずだ。しかも日々変化する環境の中で緊張感をもって主人の言動を注視していただろう。

日々変化のない弛緩した生活を送っている現在の我々に当てはめると、信頼関係だけではリコールが自然発生的に形成されるとは思われ難い。
だから次のようなプロセスを意識的に行う必要性がある。

自宅で呼べば来るようになる・誰もいない空き地や草原をノーリードで歩く・その間に呼び戻さなければならない状況が現れ、時に強く時に緊張感を持ってリコールを試み、犬にもその気持ちが伝わるという経験がある・ノーリードの環境がいくつも変化し、時には人や犬にも出会うことがあり、愛犬がリコールに従わない場合の決着がそこで付けられ、飼主は愛犬のリコールに対する限度を徐々に広げていく努力をする。

信頼関係だけでリコールが成立する確率はきわめて低いし、信じていた犬がリコールに従わなかったからといって落ち込むことはない。
「おいで・こい・COME!」の言葉の中に、はっきりとした意思を込め、その意思を犬にも理解させる努力と経験が足りないだけである。
リコールとは犬が別方向へ行きたいと思っている時にでさえ、戻らなければならない命令である。
だからこそ私は普段からめったにどうでもよい時に「おいで」という言葉を口にしない。
ノーと同じで絶対的な言葉だから、使う場面を選ぶのである。
犬との間に信頼関係とリコールの意思疎通ができていれば、犬が「行っていい?」という顔で一度振り向いてくれることがあるのだが、その瞬間が私は好きだ。
 

書きたくなかったリコールについて 2004年10月01日(金)

  「いざという時、呼んでも来ないんですよね」
普段は呼べばすぐにやって来るし、呼ばなくてもまとわりついている愛犬が、外で自由にした時や何かを見つけて走り出した時、あるいは物音などに驚いてしまった時には呼び戻しがきかないという相談を受けることがある。

「そりゃ、そうだろう。訓練していないのだから…」と思いつつも、招呼(リコール)の難しさについて考えることが多い。

テレビや映画では小声での命令や口笛一つで犬が主の下に駆け寄ってくるが、それは編集されたり、スクリーンに映らないところに訓練士がいることを忘れてはいけない。
あたかもあの姿が万犬の自然な能力と考えるには無理がある。
確かに、飼主の指示に見事に反応し、その繋がりに嫉妬したくなるようなカップルを見かけることもたまにあるが、怒鳴りつけるような指示でようやく従う犬や、フリーになったことをいいことにこれ見よがしに逃げ回る犬は頻繁に見かけるだろう。
おそらく、このリコールほど人と犬の関係を如実に物語るものはないし、そこには犬に対してそれを受け入れたらしめた長いプロセスや出来事が存在したはずである。

「やばいテーマに手を出したな」
途中まで書きながら、私は大いに後悔している。
酔った頭であれこれ書いても、抜け落ちたところが後からゾロゾロ出てきていつも後悔ばかりしているのに、今夜も深みに入りかけてしまった。
リコール問題は大きすぎる。
かの財閥、三菱だって触れようとはしなかったではないか!

とはいえ、既に夜中の2時。ここまで書いたものを消すわけにも行かず、上っ面だけでも数回触れてみるしかないようだ。それをまずはご承知あれ。

犬がリコールに従うあるいは従わない要素は様々だ。
1.犬と人の信頼関係が出来上がっている場合
2.リコールに対する動機付けが出来ている場合
3.犬自身が飼主に強く執着しているか、あるいは周囲に大した興味をもってないか、逆に周囲に強い不安を持っている場合
4.リコールの訓練を受けた場合

今日は限界。また明日。
 

年輪ー再会から 2004年09月06日(月)

  「わたし、高校の時の順子。今、千歳に来てんねん。ドッグカフェ行くのにどうしたらええの?」
30年ぶりに高校の同窓生から電話がかかってきた。
数年前、故里の奈良に帰省した時にも会ったのだが、その時は他の仲間たちも一緒だったので、ゆっくり話をすることはなかった。

中学に入学後、私は自分の意志とは全く関係なく吹奏楽部に入部させられた。
1年目は如何にズル休みをするかに腐心していたのだが、いつの間にか音楽にのめり込み、その後大学を卒業するまでの10年間を吹奏楽を中心とした生活にすべてを捧げていた。
そんな中間地点の仲間だったから、30年のブランクも感じることなく突然の電話にも普通に対応できた。

80前後と思われる母親と彼女がカフェにやってきてからは、話題は過去のことより犬たちのことになった。
「私、犬、嫌いやねんけど、庭にいる犬と飼主さんは何しにここに来てんの?」
「・・・ええっと・・それは・・・」
「犬って引っ張るやろ?それに吠えるやんか。やっぱ、小さい犬のほうが飼い易いんかな?」と彼女は追い討ちをかけるように質問を続けた。
「一つ聞きたいけど、犬もニワトリとかウサギみたいな生き物と同じと考えてる?」
「違うン?」という表情を彼女はした。
「言葉の理解度は2〜3歳の子供並に優れている。感情は人間と同じだけど発想が人とは違う」と私が説明するが、ため息交じりで話す言葉にあまり力はなかった。
「この人、何をおかしなことを言っているのだろう」とお互いが思っていたに違いない。

さっきまで庭を眺め、昔、紀州犬を飼っていたという母親が
「あの木は何というのですか?」と私に尋ねた。
「見事でしょう?ニセアカシアです」と答えると
「ああ、ハリシンジュですね」と応えてくれた。
「耳遠いねん」と順子。そしてすぐに気付いたかのように「母は俳句をやってるから」と付け加えてくれた。
ハリシンジュ、別名がニセアカシアである。

イチイもオンコもアララギも同じ樹木であるのだが、興味ある人には心に残り、そうでない人の心は通り過ぎる。
犬も世の中もまたしかり。
順子の母はそのことをさらりと私たちに言ってのけたのだろう。
 

終わりはいつも始まり 2004年09月05日(日)

  この日が来ることは初めから分かっていた。
吹っ切らなければいけないと自分に言い聞かせてもいただろう。
「頑張れよ!元気でな」と声をかけ、笑顔で送り出そうと心に決めていた筈だ。
しかし、頭で分かっていてもどうにも抑えきれない感情が込み上げ、とめどなく流れる彼らの涙は、見る者の心を打たずにはおかれない。

今日、北海道盲導犬協会でパピーウォーカー(PW)の委託終了式が行われた。
数年前までPWを担当し、その司会を進行していた私には、それぞれの家族の想いが痛いほど分かった。同時に泣きじゃくる子供たちに言い聞かせるように慰めていた両親が言葉に詰まり、ただ抱きしめるしかない光景を見て「何とすばらしい時間をこの家族は持てたのだろう!」と誇らしく思ったものだ。

一方、犬たちはというと、PWの気持ちを知ってか知らずか職員にリードを委ねられた後、振り返ることもなく尾を振りながら犬舎へと入っていくことが多かった。
「アイルが『絶対行かない!』って踏ん張ってたんだから」。ベテランPWの人妻Mから得意げなメールが今日届いていた。
「これで今夜からアイルも静かな場所で暮らせるね」と私はタメ口をきいたが、思いは察するに余りある。

今夜は遠吠えをする犬もいれば、すすり泣くような声を出す犬もいる。大イビキをかいてぐっすり寝た後、朝になったら「よし!帰る!」と言いだす犬もいる。
出されたご飯をペロリと平らげる犬もいれば、4〜5日は断食を始める犬もいる。
職員は犬舎の通路に簡易ベッドを置き、しばらくは24時間体制で精神的に不安定な犬たちを気遣い、観察し、評価する。

ケージがあった居間のスペースや家族の心にポッカリと空いた大きな穴がいつ埋められるか私は知らない。
2〜3週間後適性検査の結果が電話で通知されるのだが、その応答が面白い。
「合格しました」との連絡に「ヤッター!」という家庭もあれば「そんな子に育てた覚えはありません!」というのもあった。
「残念ながら」を伝えるために憂鬱な気持ちでダイヤルすると「ヤッター!」との応答は職員の申し訳なさを払拭した後、複雑な思いを抱かせることにもなる。

『すべては視覚障害者のために』
多くの人たちの愛情に支えられ、その想いを全身に受けて育った犬たちの物語は今日始まった。
 

忘れえぬケンピーその3 2004年09月04日(土)

  あれから1年、ケンピーの命日にあたる今日、この欄はパートナーのKに譲る。

目が見えなくなってからのケンピーに大きな変化があったとすれば、それは散歩だった。
失明前なら私の代わりに家人が行ってもそれなりに楽しんで帰ってきたが、失明後は私以外とは行かなくなった。
散歩というよりは排便のための歩行とトリミングだけがケンピーの外出になり、それがすむとくるっと回れ右をして家に帰るそぶりをし、無理に歩かせようとしても頑として動かなくなった。
そういう日々が当たり前になり時が過ぎて行った。

盲導犬の繁殖犬のスーはケンピーが6歳の時やってきた。
するとケンピーはこの小さな女の子を守る剣士になった。
自分のご飯をスーが食べようとしても何も言わない。とても食いしん坊のくせに。
スーが大きくなって外で遊ぶようになり、公園でたくさんの犬たちと遊ぶ時もケンピーはちゃんとスーを見ていて、意地悪されたりすると猛然と怒ってスーを守った。自分自身はシェパードに襲われた時でさえ無抵抗だったのに。

スーはというと、彼女はこの大きなりっぱな兄ちゃんが大好きで頼り切っていた。ケンピーが眠っている時もスーはお構いなしにじゃれつくので、ケンピーはスーが盲導犬協会にいったりすると正直ほっとした様子だったけれど、反対にケンピーだけ外出するとスーはふんふんと得意の鼻ならしをはじめたものだ。

ケンピーの目が見えないことをスーが理解することは最後までなかった。
家の中で寝そべっているスーを、見えないケンピーが踏んでしまうことがしばしばあり、その度にスーは「なんで?」という怪訝な顔をケンピーに向けるのだが、何回踏まれても避けることはしなかった。

事情があり、私はケンピーとスーを連れて実家に住むことになった。
私が仕事で遅くなり、母や妹がケンピーを散歩に連れ出そうとしたことがあったけれど、ケンピーは絶対に行かず私を待っていた。
ケンピーは実家で「頑固ジジイ」と呼ばれるようになった。

実家はN公園の近くにあり、私はケンピーとスーを連れてよくそこへ散歩に出かけた。ケンピーは色々な人に声をかけられるのが大好きなので、喜んで人の多い公園に散歩に出るようになったけれど、気の乗らないときは以前のように排便が終わると「帰る!」と言い張った。
見えないケンピーとスーの歩調は当然合わず、別々に散歩に連れ出すとケンピーはさらに歩くのを拒んだ。
不安なのだ。

そんな時、盲導犬協会でお世話になっていた長崎が協会を退職し、空いた時間をみてはケンピーの散歩に付き合ってくれるようになった。
「どうせ、また帰るって言うんだろうな・・」と思っていた私は、最初から度肝を抜かれることになる。
ケンピーがどこまでも歩くのである!それも、とてもとても嬉しそうに。

彼は盲導犬だけではなく視覚障害の専門家でもあったのだ。
そしていつのまにかケンピーは長崎の車の音を毎日待つようになった。

「長崎マジック」は次回に続く…
 


- Web Diary ver 1.26 -