From the North Country

リコールその3 2004年10月03日(日)

  『北海道日ハム』ナイスゲーム!よく頑張った!
楽しませてくれてありがとう。来期はもっと上を目指そう!

さて、昨日のつづき
2.リコールに対する動機付けが出来ている場合
猟犬やアジリティーをやっている犬たちの場合は、比較的リコール(呼び戻し)は容易に行える。
指示によって戻った後に、報酬ともいえる『次の行動』が待ち受けていることを理解させやすいからである。

つまり『リコールに応じるだけの動機』が存在しているわけであり、このことは愛犬家が普段から心に留め置く必要がある。
リコールの練習を行う際、やみ雲に「おいで!こい!Come!」を連発しても初期の段階においては動機付けがないと、結果的に犬に対して『命令を無視する』訓練を行っているに過ぎないことを覚えておこう。

ただ、動機付けだけでリコールに応じる犬の場合は、日常生活の中で例えば普段の散歩などでリコールが出来ないことも多い。見返りがないことを知ると、平然と自分の興味あることに夢中になってしまうからだ。
いずれにせよ、リコールを導入する段階においては、ロングリードで無理やり引き寄せるなどの負の強化ではなく、従うことによって得られる報酬や愛撫などの快による正の強化が基本である。

3.犬自身が飼主に強く執着しているか、あるいは周囲に大した興味をもってないか、逆に周囲に強い不安を持っている場合
呼び戻しがきくというより飼主から離れることを心地よしとしない犬の場合、リコールの問題はたいして深刻ではない。
我が家の愛犬スーはこの部類かもしれない。彼女は周囲に興味を示すより飼主とのコミュニケーションに満足しており、ノーリードで散歩していても冷静で、とても犬とは思えない感覚を我々に持たせる。まるで人間三人で歩いている感じである。
しかしスーがまだ若い頃、リコールにも応じず、車が行き交う国道に走って行ったことがある。真っ青になったKがスーをとっ捕まえて事なきを得た際には、普段はとてもおしとやかなKが安堵の後の怒りのためにブチ切れて、スーを散々叱り飛ばした。それ以来、現在のスーがある。
恐らくこの時、二人の間に不文律とも言うべき取り決めがなされたのだろう。
単に犬が寄り添っていたいというだけではなく、「これだけは絶対なんだ」という経験をスーが過去にしているから私たちは絶対的に安心なのだ。
 

リコールその2 2004年10月02日(土)

  海の向こうでイチローがシーズン最多安打記録を達成した熱い日に、カフェではストーブが焚かれ、我が『北海道日本ハムファイターズ』はプレーオフ第1ステージで逆王手をかけた。
本当はこの話で今日は進めたいのだが、例のリコールのテーマが重くのしかかっている。

さて、リコール(呼び戻し)の定義を何処に置くかで話は変わってしまうが、ここでは『犬にとってやや強めの誘惑があろうとも、指示により戻ってくる』という大まかな表現にする。

1.犬と人の信頼関係が出来ている場合
長年連れ添っていると犬は言葉を理解し、主人に対して深い愛着を示すようになる。フランスの絵画には戦闘で倒れたご主人の傍からいつまでも離れようとしない愛犬の姿を描いたものもある。恐らくこの犬は激しい砲撃の中でも、主人の指示を聞き分け行動していたに違いない。

それではこの犬は、主人に対する深い信頼関係だけで指示どおり行動していたのだろうか?
否、そうではあるまい。
それまでの生活の中で、座ること・行儀よくすること・待つこと・呼ばれたら戻ることを繰り返し教えられ経験していたはずだ。しかも日々変化する環境の中で緊張感をもって主人の言動を注視していただろう。

日々変化のない弛緩した生活を送っている現在の我々に当てはめると、信頼関係だけではリコールが自然発生的に形成されるとは思われ難い。
だから次のようなプロセスを意識的に行う必要性がある。

自宅で呼べば来るようになる・誰もいない空き地や草原をノーリードで歩く・その間に呼び戻さなければならない状況が現れ、時に強く時に緊張感を持ってリコールを試み、犬にもその気持ちが伝わるという経験がある・ノーリードの環境がいくつも変化し、時には人や犬にも出会うことがあり、愛犬がリコールに従わない場合の決着がそこで付けられ、飼主は愛犬のリコールに対する限度を徐々に広げていく努力をする。

信頼関係だけでリコールが成立する確率はきわめて低いし、信じていた犬がリコールに従わなかったからといって落ち込むことはない。
「おいで・こい・COME!」の言葉の中に、はっきりとした意思を込め、その意思を犬にも理解させる努力と経験が足りないだけである。
リコールとは犬が別方向へ行きたいと思っている時にでさえ、戻らなければならない命令である。
だからこそ私は普段からめったにどうでもよい時に「おいで」という言葉を口にしない。
ノーと同じで絶対的な言葉だから、使う場面を選ぶのである。
犬との間に信頼関係とリコールの意思疎通ができていれば、犬が「行っていい?」という顔で一度振り向いてくれることがあるのだが、その瞬間が私は好きだ。
 

書きたくなかったリコールについて 2004年10月01日(金)

  「いざという時、呼んでも来ないんですよね」
普段は呼べばすぐにやって来るし、呼ばなくてもまとわりついている愛犬が、外で自由にした時や何かを見つけて走り出した時、あるいは物音などに驚いてしまった時には呼び戻しがきかないという相談を受けることがある。

「そりゃ、そうだろう。訓練していないのだから…」と思いつつも、招呼(リコール)の難しさについて考えることが多い。

テレビや映画では小声での命令や口笛一つで犬が主の下に駆け寄ってくるが、それは編集されたり、スクリーンに映らないところに訓練士がいることを忘れてはいけない。
あたかもあの姿が万犬の自然な能力と考えるには無理がある。
確かに、飼主の指示に見事に反応し、その繋がりに嫉妬したくなるようなカップルを見かけることもたまにあるが、怒鳴りつけるような指示でようやく従う犬や、フリーになったことをいいことにこれ見よがしに逃げ回る犬は頻繁に見かけるだろう。
おそらく、このリコールほど人と犬の関係を如実に物語るものはないし、そこには犬に対してそれを受け入れたらしめた長いプロセスや出来事が存在したはずである。

「やばいテーマに手を出したな」
途中まで書きながら、私は大いに後悔している。
酔った頭であれこれ書いても、抜け落ちたところが後からゾロゾロ出てきていつも後悔ばかりしているのに、今夜も深みに入りかけてしまった。
リコール問題は大きすぎる。
かの財閥、三菱だって触れようとはしなかったではないか!

とはいえ、既に夜中の2時。ここまで書いたものを消すわけにも行かず、上っ面だけでも数回触れてみるしかないようだ。それをまずはご承知あれ。

犬がリコールに従うあるいは従わない要素は様々だ。
1.犬と人の信頼関係が出来上がっている場合
2.リコールに対する動機付けが出来ている場合
3.犬自身が飼主に強く執着しているか、あるいは周囲に大した興味をもってないか、逆に周囲に強い不安を持っている場合
4.リコールの訓練を受けた場合

今日は限界。また明日。
 

年輪ー再会から 2004年09月06日(月)

  「わたし、高校の時の順子。今、千歳に来てんねん。ドッグカフェ行くのにどうしたらええの?」
30年ぶりに高校の同窓生から電話がかかってきた。
数年前、故里の奈良に帰省した時にも会ったのだが、その時は他の仲間たちも一緒だったので、ゆっくり話をすることはなかった。

中学に入学後、私は自分の意志とは全く関係なく吹奏楽部に入部させられた。
1年目は如何にズル休みをするかに腐心していたのだが、いつの間にか音楽にのめり込み、その後大学を卒業するまでの10年間を吹奏楽を中心とした生活にすべてを捧げていた。
そんな中間地点の仲間だったから、30年のブランクも感じることなく突然の電話にも普通に対応できた。

80前後と思われる母親と彼女がカフェにやってきてからは、話題は過去のことより犬たちのことになった。
「私、犬、嫌いやねんけど、庭にいる犬と飼主さんは何しにここに来てんの?」
「・・・ええっと・・それは・・・」
「犬って引っ張るやろ?それに吠えるやんか。やっぱ、小さい犬のほうが飼い易いんかな?」と彼女は追い討ちをかけるように質問を続けた。
「一つ聞きたいけど、犬もニワトリとかウサギみたいな生き物と同じと考えてる?」
「違うン?」という表情を彼女はした。
「言葉の理解度は2〜3歳の子供並に優れている。感情は人間と同じだけど発想が人とは違う」と私が説明するが、ため息交じりで話す言葉にあまり力はなかった。
「この人、何をおかしなことを言っているのだろう」とお互いが思っていたに違いない。

さっきまで庭を眺め、昔、紀州犬を飼っていたという母親が
「あの木は何というのですか?」と私に尋ねた。
「見事でしょう?ニセアカシアです」と答えると
「ああ、ハリシンジュですね」と応えてくれた。
「耳遠いねん」と順子。そしてすぐに気付いたかのように「母は俳句をやってるから」と付け加えてくれた。
ハリシンジュ、別名がニセアカシアである。

イチイもオンコもアララギも同じ樹木であるのだが、興味ある人には心に残り、そうでない人の心は通り過ぎる。
犬も世の中もまたしかり。
順子の母はそのことをさらりと私たちに言ってのけたのだろう。
 

終わりはいつも始まり 2004年09月05日(日)

  この日が来ることは初めから分かっていた。
吹っ切らなければいけないと自分に言い聞かせてもいただろう。
「頑張れよ!元気でな」と声をかけ、笑顔で送り出そうと心に決めていた筈だ。
しかし、頭で分かっていてもどうにも抑えきれない感情が込み上げ、とめどなく流れる彼らの涙は、見る者の心を打たずにはおかれない。

今日、北海道盲導犬協会でパピーウォーカー(PW)の委託終了式が行われた。
数年前までPWを担当し、その司会を進行していた私には、それぞれの家族の想いが痛いほど分かった。同時に泣きじゃくる子供たちに言い聞かせるように慰めていた両親が言葉に詰まり、ただ抱きしめるしかない光景を見て「何とすばらしい時間をこの家族は持てたのだろう!」と誇らしく思ったものだ。

一方、犬たちはというと、PWの気持ちを知ってか知らずか職員にリードを委ねられた後、振り返ることもなく尾を振りながら犬舎へと入っていくことが多かった。
「アイルが『絶対行かない!』って踏ん張ってたんだから」。ベテランPWの人妻Mから得意げなメールが今日届いていた。
「これで今夜からアイルも静かな場所で暮らせるね」と私はタメ口をきいたが、思いは察するに余りある。

今夜は遠吠えをする犬もいれば、すすり泣くような声を出す犬もいる。大イビキをかいてぐっすり寝た後、朝になったら「よし!帰る!」と言いだす犬もいる。
出されたご飯をペロリと平らげる犬もいれば、4〜5日は断食を始める犬もいる。
職員は犬舎の通路に簡易ベッドを置き、しばらくは24時間体制で精神的に不安定な犬たちを気遣い、観察し、評価する。

ケージがあった居間のスペースや家族の心にポッカリと空いた大きな穴がいつ埋められるか私は知らない。
2〜3週間後適性検査の結果が電話で通知されるのだが、その応答が面白い。
「合格しました」との連絡に「ヤッター!」という家庭もあれば「そんな子に育てた覚えはありません!」というのもあった。
「残念ながら」を伝えるために憂鬱な気持ちでダイヤルすると「ヤッター!」との応答は職員の申し訳なさを払拭した後、複雑な思いを抱かせることにもなる。

『すべては視覚障害者のために』
多くの人たちの愛情に支えられ、その想いを全身に受けて育った犬たちの物語は今日始まった。
 

忘れえぬケンピーその3 2004年09月04日(土)

  あれから1年、ケンピーの命日にあたる今日、この欄はパートナーのKに譲る。

目が見えなくなってからのケンピーに大きな変化があったとすれば、それは散歩だった。
失明前なら私の代わりに家人が行ってもそれなりに楽しんで帰ってきたが、失明後は私以外とは行かなくなった。
散歩というよりは排便のための歩行とトリミングだけがケンピーの外出になり、それがすむとくるっと回れ右をして家に帰るそぶりをし、無理に歩かせようとしても頑として動かなくなった。
そういう日々が当たり前になり時が過ぎて行った。

盲導犬の繁殖犬のスーはケンピーが6歳の時やってきた。
するとケンピーはこの小さな女の子を守る剣士になった。
自分のご飯をスーが食べようとしても何も言わない。とても食いしん坊のくせに。
スーが大きくなって外で遊ぶようになり、公園でたくさんの犬たちと遊ぶ時もケンピーはちゃんとスーを見ていて、意地悪されたりすると猛然と怒ってスーを守った。自分自身はシェパードに襲われた時でさえ無抵抗だったのに。

スーはというと、彼女はこの大きなりっぱな兄ちゃんが大好きで頼り切っていた。ケンピーが眠っている時もスーはお構いなしにじゃれつくので、ケンピーはスーが盲導犬協会にいったりすると正直ほっとした様子だったけれど、反対にケンピーだけ外出するとスーはふんふんと得意の鼻ならしをはじめたものだ。

ケンピーの目が見えないことをスーが理解することは最後までなかった。
家の中で寝そべっているスーを、見えないケンピーが踏んでしまうことがしばしばあり、その度にスーは「なんで?」という怪訝な顔をケンピーに向けるのだが、何回踏まれても避けることはしなかった。

事情があり、私はケンピーとスーを連れて実家に住むことになった。
私が仕事で遅くなり、母や妹がケンピーを散歩に連れ出そうとしたことがあったけれど、ケンピーは絶対に行かず私を待っていた。
ケンピーは実家で「頑固ジジイ」と呼ばれるようになった。

実家はN公園の近くにあり、私はケンピーとスーを連れてよくそこへ散歩に出かけた。ケンピーは色々な人に声をかけられるのが大好きなので、喜んで人の多い公園に散歩に出るようになったけれど、気の乗らないときは以前のように排便が終わると「帰る!」と言い張った。
見えないケンピーとスーの歩調は当然合わず、別々に散歩に連れ出すとケンピーはさらに歩くのを拒んだ。
不安なのだ。

そんな時、盲導犬協会でお世話になっていた長崎が協会を退職し、空いた時間をみてはケンピーの散歩に付き合ってくれるようになった。
「どうせ、また帰るって言うんだろうな・・」と思っていた私は、最初から度肝を抜かれることになる。
ケンピーがどこまでも歩くのである!それも、とてもとても嬉しそうに。

彼は盲導犬だけではなく視覚障害の専門家でもあったのだ。
そしていつのまにかケンピーは長崎の車の音を毎日待つようになった。

「長崎マジック」は次回に続く…
 

9月の夜に 2004年09月03日(金)

  この夏、土日を利用して愛犬とのキャンプ・ペンションめぐりをされる方が多い。
家族水入らずで出かける事もあれば、気の合う愛犬家同士での旅も楽しい。
また、旅先で出会った人たちとの交流も犬がいれば自然と進むようだ。
犬たちが喜ぶ草原や湖それに川遊びができる場所が人気のスポットである。
北海道ならそんなロケーションはいくらでもあるのだが、札幌からそう遠くない地域で行き当たりバッタリではなく、安心して泊まれるところとなると限られてしまうようだ。

キャンプ場ならペットOKのところを探さなければならないし、出来れば車が横付けできて、水辺があり、自由に放して遊べるところがいい。さらに、となりのテントとの距離が分譲住宅のようではつまらないから、広くなくてはならない。

ペットOKのペンションも増えてはいるが、犬種の制限があったり、排泄のしつけさえできていない犬がいたりで、結局はその日その日で当たり外れが大きいようだ。

しかしながら、天気もよく犬たちが自由に駈け回り、美味しい食事にありつけ、楽しい会話が出来たならそれは何とすばらしい日であろうかと思う。
カフェではそんな話題と情報交換が盛んに行われている。

愛犬家としてのマナーとしつけをわきまえたうえで、ちょっと羽目をはずしたとしても許容される、そんなフィールドがあればいいなと思う。
支笏湖周辺位の広さで、犬を自由に放すことができ、ボートに乗ったり泳ぐこともでき、カフェやレストランもあり、ウンチの処理場を備え、空気と星空が綺麗なキャンプ場なら1万円でも数泊してみたいと思う人はたくさんいるようである。
冬はロッジと雪遊びも楽しいだろう・・・

9月の夜に小さなカフェで大きな夢を追ってみた。
 

忘れえぬケンピーその2 2004年09月01日(水)

  今日のこの欄はパートナーKが担当する。

目が見えない朝はどんなだろう。
昨日までぼんやりながら見えていた世界が突然なくなってしまう恐怖は人間も犬も同じなのだろうか。

夕方、動物病院の駐車場でケンピーは車を降りて動かなくなった。何が起こったかわからずリードを引いて歩くように言う私の目に映ったのは、はじめて見るケンピーの姿だった。
まるでそこだけ大地震が起きたかのようにガクガクと大きく揺れているのである。
ケンピーが震えている。
おおよそ弱虫とは程遠く、何が起こっても悠然として、どんなに怒られても次の瞬間にはその毛量豊かなりっぱなしっぽをふっさふっさと振り、あれよあれよと言う間に勝手に細いつり橋を渡ってしまう天真爛漫、天衣無縫なケンピーはそこにはいなかった。

かかりつけの獣医さんの診断は「ぶどう膜炎」。治る見込みはないとのことだった。

人も犬も大好きで「世界中のみんなが僕を好き!」と思っているケンピーは注射でさえ喜んで受ける。でもその時、震え怯えるケンピーを前に私はこれ以上色々な検査をあちこちで受けることはやめようと思った。
人と犬が違うとすれば、犬は今の自分の現状をいち早く受け入れその中で自分が心地よくいられる状況をなんとしても作ろうとすることだ。
私ならどうするだろう。おそらく100%自分の不運を嘆き、周りの人の温かい言葉に深く傷つき、あれもできないこれもできないと落ち込み続けるに違いない。
ケンピーはそんな無駄は時間を過ごすことはなかった。大好きなおやつにありつき損ねないように終始耳をそばだて、家族の会話の中に知ってる言葉を見つけては嬉しそうに空を見つめながら尻尾を振った。
大好きな来客もすぐに誰だかあてた。耳も鼻も見えている時とは比べ物にならないくらいよく利くようになった。
私は家の中の家具を勝手に動かすことを禁止し、いつもケンピーがいるところでは自分の存在をしらせてくれるよう家族にも来客にも頼んだ。咳払いでも、鼻歌でもなんでもいい。ケンピーが不安にならないように。

今こうしてケンピーのことを長崎に言われて、しぶしぶ書き始めているうちに、どんどんケンピーとの思い出が蘇ってきて・・止まらなくなりそうだ。涙といっしょに。
もうすぐケンピーの命日。
そしてそれは私の誕生日。忘れるわけがない・・・。
 

小型犬の吠えその4 2004年08月31日(火)

  8月最後の日。台風が台風のまま北海道にやってくるのは珍しい。いつもなら途中で温帯低気圧に変わってしまうからだ。生暖かい強風がガーデンのニセアカシアを猛烈に揺らし、風に乗った雨が時折激しく窓を叩いた。
我をなくした自然と対峙する時は人間が冷静でなければならないと感じた。

ステップ3:犬は3度チャレンジする
3度目辺りのリードショックで吠えるのを止め、飼主を振り返った(我にかえった)時に「大丈夫!静かにしなさい」と冷静に声をかける。
犬が吠えているのは不安だからであり、叱ることは次の三つの理由で逆効果になる。
1.飼主の声に勇気付けられ、より吠える。
2.リードショックなどのコントロールに対してビビるようになってしまう。
3.「アイツに吠えたら叱られた」と、対象になった人や犬をいつまでも良く思わないようになる。

もう一度言おう。ショックは叱ることではなく我に返すことである。

さて、吠えるのを止めた犬も、数秒するとまた吠えるということを覚えておこう。
適切なコントロールを行った場合ですら、犬は3度チャレンジするということを事前に知っていれば、第2波第3波の吠えを取り乱すことなくすぐにコントロールすることができる。

ステップ4:強化
リードショックを行い、我にかえった時犬は振り向くと書いた。
犬は飼主の眼を見て真意を探ろうとしているのだ。
その飼主が涼しい顔をして「大丈夫」というのだから、犬は眼前の相手に集中して吠えることができる。
すると途端にショックがかかり、また飼主を振り返る。その時は1度目より冷静に飼主を見ている。
3度目のショックがかかった時、犬は飼主の真意を感じ取ることになる。
「大丈夫だと言ってるだろ。吠えるのはよせ!」と。

ここまでがうまくいけば犬は飼主に一目置くようになっている。だから「ああ、えらいね」などとへりくだった態度はとらないほうがよい。のだが、ここは演技で「ああ、えらいね」と言ってあげて、愛犬を大いに油断させよう。
犬は飼主がいつもの『使える奴』に戻ったと勘違いして、次の通行人や犬を見かけたら、また激しく吠えてくれるだろう。絶好の訓練チャンスがまた訪れたのである。

このようなことを繰り返すうちに、人も犬も制御というものを学ぶようになる。

しかし、数日前にも書いたが、このようなコントロールは本来不要である。
いい犬にめぐり会えさえすれば、どんな人でも神経が参るほどに吠える犬と暮らすことはないのだ。
犬種のスタンダードを守るためのドッグショーはそれはそれで重要な役割を果たしているのだろうが、そのチャンピオンが人と暮らしやすい犬であるとは限らないことを知っておこう。
暮らしやすい犬を前面に打ち出したドッグショーがあってもよいと思うし、ブリーダーは望まれているクォリティー高めて欲しい。
 

小型犬の吠えその3 2004年08月30日(月)

  犬との暮らし方は様々なタイプがあってよいが、窓を開け放した中で吠え続けさせたり、キャンプ場で無駄吠えを放置するのは誠にハタ迷惑であり、飼主の人間性が問われても仕方がない。頑張って治そうとした時期もあるのだろうが恐らく頑張り方が間違っていたのだと思う。

ステップ1:声をかけない
特に小型犬の場合、自宅は勿論飼主が傍にいたり、抱っこしていたり、あるいはリードを持っている時に吠える。
試しに吠えかかる相手にリードを持ってもらい、飼主が2メートルほど離れれば、威勢のよさは影を潜め、不安になって飼主のほうへ救いを求めるように駆け寄ろうとするだろう。
つまり、飼主の下で強気になり、いい気になり、あるいはそれが自分の使命とばかりに吠え立てているのだ。
その飼主が「ダメ!ノー!いけない!」と叫んだところで、犬の耳には「ほれ!頑張れ!私がついてるぞ!もっとやれ!」と聞こえているに違いない。
愛犬が可愛いのはよく分かるが、吠える時、犬は真剣で興奮し全霊を懸けていることを忘れてはいけない。飼主の声に勇気付けられ奮い立ち、いつもの我が子ではなくなっているのだ。
やることはただ一つ、全霊を懸けて我に返すことである。

ステップ2:叱らないこととリードショック
吠え立てる興奮の度合いによって力加減は当然変わるが、3度目のショックで犬が吠えるのを止め、飼主を振り向くようなリードショックを無言でかける。1度で吠えるのを止めたら、それはショックが強すぎたから。5度やっても振り向かなかったり吠えていたら、そのリードショックは弱すぎるということである。
リードショックとはショックをかけた直後にリードが弛んでいる状態であり、引っ張ることとは全く違うもので、これは我流でやるよりもレッスンで直々学んだほうがよい。
最初の段階ではショックをかけるとき決して叱ってはいけない。叱って止めさせるのが目的ではなく、あくまでも我に返すこと、いつもの愛犬の表情に戻すことが主眼である。
相当力を必要とするので、息が上がり血圧も上昇するだろうが決して叱ってはいけない。
室内で吠える場合には、レッスン段階では予め首輪に短いリードをつけておくとよい。

ステップ3:犬は3度チャレンジする(オリンピック観戦疲れのため、たぶん明日につづく)
 


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