From the North Country

小型犬の吠えその1 2004年08月28日(土)

  小型犬の吠えについての質問が増加している。
楽しく心休まるペットライフを夢見て購入された方々の多くがこの問題に悩まされているようだが、その原因と対策について数回に渡りお話しよう。

原因1.特性
チワワ・Mダックス・Mシュナウザーが現在の吠えやすい犬種のトップスリーだろうか。
元々吠えやすい犬種特性というものがあるが、そもそも小型犬というのは余程用心深くしないとカラスにでも襲われかねないから、虚勢を張ってでも強がって相手を寄せ付けない態度を示しがちである。

原因2.育て方
愛らしく弱々しいその容姿や体型から、飼主はついつい甘やかし、小さな問題行動に目をつぶり、箱入り状態を作り、膝犬に育て、身の程を知らず分をわきまえない犬にしている。
甘噛みすること・飛びつくこと・室内を駆け回ること・椅子やテーブルに上ること、これらは室内小型犬では結構大目に見られるが、大型犬ならそうはいかない。同じ犬としての振る舞いをしていることに変わりはないはずなのに。

原因3.社会経験
これは小型・大型犬の両方に言えることだが、社会性・社会経験の不足。別な言い方をすれば世間知らずで、世の中に怖いと思うものを持ちすぎていること。

原因4.繁殖
これが恐らくは最大の原因といえる。
攻撃性や警戒心は後に訓練で植え付けることもできるが、そのほとんどは遺伝である。
吠えやすい犬種であったとしても、ほとんど吠えることなく愛想がよく寛大で大らかな犬はたくさんいるものだ。
ペットショップで仔犬を購入する人のほとんどはそのような犬を求めているはずで、それはショップもブリーダーもわかっているはずである。にもかかわらず、普段から警戒心で吠えているブリーダーの愛犬に、さらに吠えているオス犬をかけて子供を産ませ、苦労する愛犬家を増殖させている罪は重い。
普通警戒心による吠えは生後6ヶ月前後から始まるから、購入時に素人が判断するのは至難のことである。

原因はこの他にも過去の恐怖体験や中途半端に厳しすぎる接し方など様々あるだろうが、なにせこの欄も後半になると酒の勢いが勝ってしまうのでいい加減な内容になることをご容赦願いたい。(つづく)
 

忘れえぬケンピー 2004年08月27日(金)

  カフェ周辺には数週間前からススキの穂が目立っていたが、風にそよぎ、まもなくフルムーンを迎える月夜に照らされたススキのシルエットは秋の風情を充分に伝えてくれる。
こんな夜は一杯の焼酎でも心を落ち着かせてくれるものだ。

ケンピーは8歳の時完全失明した。
ケンピーは49キロもある超大型のゴールデンでその見事な被毛は見る者のため息を誘った。
そしてケンピーは私のパートナーKのかけがいのない愛犬だった。
光覚もない世界と衝突への恐怖から歩くことを拒否し、最低限のトイレの移動だけをKに頼って行っていた。
しかし、見えないという状況はKとケンピーとの間に言葉によるコミュニケーションを徐々に確立していったように思う。私が会った頃には歩行に必要な言葉、例えば、右とか左は勿論、階段上るよ・下るよ・溝をまたぐよなどの言葉は理解していたし、日常用語は恐らく何でも分かっていたはずだ。
欠けていたのは歩く喜びだった。
そんな時、私と再びめぐり合うことになった。
私の専門は犬ともうひとつ視覚障害リハビリテーションである。
見えないという恐怖を取り除き、見えなくてもどうすれば日常生活や歩行が支障なく行えるかというのも専門の一つだった。

何度か歩くうちにケンピーは完全なる信頼を私に寄せるようになった。
この人の言葉を聞いていれば絶対にぶつからない・つまずかない・周囲の状況がわかると思ってくれたのだろう。
徐々に行動範囲は広がり、広場では駆け回り、川に入って水遊びをするようになり、私に会った時には10メートルも手前から突進して喜びを体中で表現してくれていた。
車に乗って知らない場所へ出かけることもケンピーの楽しみになり、心配するKをなだめてはドライブに出掛け歩いた。

ケンピーの思い出については、近々Kに書いてもらおうと思っている。
今夜こんなことを書いたのは月明かりに揺れるススキを見て、9月4日のケンピーの命日が近づいたことを思い出したからである。
 

平均台完成! 2004年08月24日(火)

  先日から製作に取り掛かっていたワンちゃん用の平均台が夕方完成した。
上出来とはいえないが、まず使用に耐えるものができたと思っている。

幅は30センチでアプローチの傾斜は23度ほどだが、ゴールデンクラスになると、結構肝試しの遊具になる。
斜路には足掛け用の木が渡してあるとはいえ、表面は滑りやすく不安を煽るようにしておいた。
経験のない犬ならクリアするのに多少時間がかかるかもしれない。犬に恐怖心を抱かせるような方法で渡らせようとしたら断固拒否するはずである。
うまくできた時の達成感を人犬ともに楽しんでくれたら嬉しい。

完成後の渡り初めは、我が家の愛犬スーであった。最近の彼女は寝たきり状態だったので、少し刺激を与えたかったのだ。
「何ですかぁ、これ?」
怪訝な顔をしたが、誘導してやると重い体をよっこらしょと登り始めた。さすがに滑るらしく、指を大きく広げ爪を立てていたものの、私を信頼してくれて見事渡り終えた。

その後はミックスのチロル、ゴールデンのトム・ベルナ・海・空・ムーン、コッカーのチャーミーが次々にチャレンジした。
中でもみんなの笑いを誘ったのがベルナだった。
緊張し、途中で落下しそうになるのを支えられながら最後のスロープを下り終えると大きな拍手が起こった。途端にベルナは走り出し、自らスタート地点に行ってまた駆け上ったのである。黙っていれば何度でもやりそうな勢いに飼主のTさんは「ベルナ!みんなの邪魔するんじゃない。もう止めなさい」とたしなめていたが、その顔は笑顔で誇らしげだった。

夜、スーのトイレのため外に出ると札幌では珍しく濃い霧が立ち込めていた。
明日は所用、明後日は定休日でこの欄はお休みします。
 

チョークチェーンとハーネス 2004年08月23日(月)

  使い方を習ったわけでもないのにペットショップで勧められてチョークチェーンを使用している方が多い。
犬の負担が大きすぎると獣医さんに言われてハーネスを使用している方も多い。
どちらもしつけという面において、よい結果をもたらす可能性は低いといえる。

中型犬以上の犬種の場合、引っ張られることで散歩の際に相当な負担が飼主にかかってしまう。
『犬が引っ張ると首が絞まり、苦しさのあまり引っ張らなくなる』という説明を受けて、大いに期待してチョークチェーンを購入された方は多いだろう。
しかしその結果、犬は引っ張らなくなるどころか、ゼーゼー言いながら以前と同じかそれ以上の力で引くようになり、咳き込み、首の周囲の毛は擦り切れてしまっていることだろう。

訓練士にとってチョークチェーンはとても使いやすく、役に立つ道具である。しかし使い方を誤ればこのように首を痛め、気管や食道を圧迫する虐待用具であることを知っておかなければならない。
カフェではその使用法を知っている方、あるいは学んだ方以外には販売しないようにしているが、それでも中途半端に使用しておられる方が多い。
薬で言えば要指示薬場合によっては劇薬扱いしてもよいくらい注意が必要な代物だと思う。

次に小型犬に多く見られるハーネスであるが、首輪をして歩くとやはり引っ張りが強く、他犬を見たらヒィーヒィー言いながら引っ張り吠え付いてしまう。
その結果チョークチェーンと同じような症状が現れ、獣医さんに相談するとハーネスを勧められ、確かに症状は改善される。
しかしこれは、散歩の際の犬にかかっていた負担をすべて飼主が肩代わりしているだけで、『犬を育てる』という観点からすれば、何の効果も得られないばかりか、ハーネスでは全く訓練不能の状態になっていることを知るべきであろう。今後も犬は負担なく引っ張り、吠え続け、飼主がそれをカバーするという情けない状態が続くことを覚悟しておいたほうがよい。
どちらにも必要なことはコントロールテクニックであるのだが、「そういうことは私にはできない」という方は、せめてチョークチェーンの使用(虐待)は止め、対人傷害と対物損害保険に加入することを本気でお奨めしたい。
 

祝優勝!駒大苫小牧 2004年08月22日(日)

  今日は駒大苫小牧高校が北海道勢として初の決勝そして甲子園優勝をかけた大一番の日である。
朝から札幌は爽やかに晴れ渡り、開店間もない頃からワンちゃんたちが集まってくれた。
この時点で、カフェのお客は二つに分かれていた。
午前中をのんびりとカフェで過ごし、適度な疲れを犬たちに与えておいて、午後から自宅でじっくり野球観戦を予定しておられる方々。
もう一方は最初から今日一日をカフェで過ごすと決めておられる方々である。

お昼を過ぎた頃には、第1グループの方々が、そそくさと帰り支度を始められ、第2グループの方は余裕で腹ごしらえに取り掛かる。
そして、そこに午後からの第3グループの方々が加わり、カフェでの応援態勢は整った。
この頃からドッグカフェがスポーツカフェに変わった。

先制され、追い上げると突き放される。同点に追いつき、ついに逆転するも、さらに逆転されまた突き放される。
もはやこれまでかと思う間もなく、道産子たちは再び追い上げ、怒涛のような攻撃で再々逆転した。
カフェには大きな拍手と歓声が沸き起こり、犬たちは何事かと起き上がる。楽しいことがあったのだと分かると、膝に上ってきて顔を舐めまわしてくれた。
この時ガーデンでは遊ぶ犬たちの面倒をハスキーのチェス君のお母さんがひとりで見てくれていた。
野球に興味がなく自発的に番兵をしてくれていたものと思っていたら「あら?もう終わってしまったの?いつも私はこうなんだから」と悔しがっておられた。

いつもは静かなカフェで、人間たちが大騒ぎをする様子とその迫力を見て犬たちは思ったに違いない。
「ああ、この人たちにはかなわない!」と。

興奮冷め遣らぬガーデンで犬たちと遊んでいたら、第4グループとも言える来客があった。
「やいや、やいや、よかった、よかった」
サンダル履きのMダックスしじみの父さんが涼しい顔をしていた。
熱く、のどかな夏の終わりの一日だった。
 

再会 2004年08月21日(土)

  北海道盲導犬協会では今日から3日間の日程で、ユーザー研修会が開かれる。
協会を卒業した北海道・青森・秋田・岩手のユーザーが研修と親睦を兼ねて毎年今の時期に開催される30年以上の歴史があるセミナーである。
今年は38人のユーザーが盲導犬と共に参加すると伺った。

そのうちのお二人、秋田県大曲市のFさんと湯沢市のKさんが盲導犬を伴って、開店前のカフェにやってきてくれた。
秋田での仕事も多かった私には懐かしい秋田訛りが心地よく、お土産に頂いた稲庭うどんといぶりがっこ横手の銘酒出羽鶴は私にとって最高の品々であった。

「先生の元気を貰いに来ました」とFさん。
「私のことまだ見捨ててないでしょうね。」とKさん。
お二人とも努力家で、その意気込みに打たれて私も精一杯の熱意を持って仕事をさせてもらった。
以前にもこの欄で紹介したが、Fさんは通勤途中に散歩中の盲導犬ユーザーと話し込み、その間にそれぞれの盲導犬が入れ替わってしまったというエピソードの持ち主である。
Kさんは自分の目が不自由であることを知らず、他のみんなも自分のような見え方をしていると信じ込み、そのうえで自分だけがどぶに落ちたり、道に迷ったりするのは自分がドン臭いからだと長い間思い込んでいた女性だった。
視覚障害であると告知された時、人生が開放され気持ちが楽になったという変り種である。『どうぶつ奇想天外』でも登場した、盲導犬の奇跡を体験した方でもある。

二人のことを書けば何冊もの本が書けるくらい、波乱万丈の人生があった。長いお付き合いの中で何度かじっくり話し込んだこともあった。
専門職である私の話は彼女たちの人生に影響を与えたであろうし、奈落の底を見てきた彼女たちの体験は未熟者の私を育ててくれた。
時を隔てて今日、そのきっかけを作ってくれた盲導犬を足元にはべらせながら久しぶりの対面をし、屈託なく笑うお二人にまた元気を貰ったように思う。

カフェを開業した私の頭をかすめるようにいつも存在するものがある。
私が関わったユーザーみんなを取材し、その人生の軌跡を書き止めておきたいという願望である。
10年は今の仕事を頑張るしかないが、いずれ部分的にも着手したいと思っている。
それまでみんな死ぬなよ。と言ったら本気で笑われるだろうか?
 

預かりやすい犬たち 2004年08月20日(金)

  台風が通過した今日、1週間のお泊りだったパピヨンのミミちゃんのお迎えがあった。
一緒にいて楽しく暮らしやすい子だった。

そこで今日は預かる側から見た暮らしやすさについて考えてみた。
1.トイレの心配がないこと。
小型犬のオスの場合、特に室内での排尿が問題となる。
理想なのは室内で排尿便をする意識が全くないことで、次が「オシッコ」と教えてくれる犬、その次がペットシーツでする犬と言えるだろう。
元々、オシッコを我慢させているわけでもなく、余裕を持ってトイレに連れ出しているのだから、室内で排尿する緊急性はないはずだ。
ペットシーツですれば問題ないと思われがちだが、それはあくまでも緊急避難であって、室内でオシッコをする習慣と臭いが残るようなことは避けたいものだ。その意味でも去勢されているかどうかで暮らしやすさは格段に違う。
一概には言えないが小型犬ほどトイレの間隔は短く、さらに若いほど短い場合が多いから、個体の生理に合わせて私たちはトイレに出している。

2.話がわかること(生活習慣を身に付けていること)
人と暮らす生活習慣が身についていると、おりこうに振る舞えるかどうかは別にしても話がわかるはずである。その意味では室内で飼育されている犬が暮らしやすい。
いつも人の動きを注視するのではなく、人はトイレに行ったりお風呂にも入るし、食卓を囲むこともあれば夜になったら電気を消して寝るものだ、ということを知ってる犬は、慣れない環境であっても私たちが言葉をかけていれば冷静に行動してくれる。

3.無邪気であること
吠えたり、いたずらをする犬はこちらが注意して教えれば済むことだからたいした問題ではないが、一緒に生活をしているわけだから素直で遊び心があれば楽しめるというものである。散歩に出ても無邪気なわんこには楽しく散歩のルールや呼び戻しを教えることができる。

この他にも抜け毛や臭いが少ないなど日頃の犬体管理がきちんと行われているか、また興奮度や小型・大型犬の違いもあるのだが、私たちと一緒に暮らした中で気付いたことは率直に飼主の方にお話し、より良い暮らしのアドバイスができるようにしている。

我が家でお泊りを経験したワンちゃんたちが、カフェから自宅の2階に通じるドアのところへ来るのを見て、飼主の方が笑顔を見せてくれるのが私たちの楽しみになっている。
 

残り少ない日々 2004年08月18日(水)

  先日パピーウォーカーのKさんご夫妻が愛犬シェリーを伴ってカフェを訪ねてくださった。
4〜5年ぶりの再会だったと思う。
初めてパピーをされた時に、ご夫婦とも熱心に講習会に参加されておられたから、忘れっぽい私でもすぐに思い出すことができた。
1頭目のパルはややハイパーでKさんは相当苦労されていたが、穏やかなKさんの家庭で育てられたことで感受性の高い優しい犬に育った。

去年から預かっているシェリーはそのパルの子供だと伺った。
「全く手のかからない子で、とても育てやすかったんですよ。」と仰っていたがパルを育てた経験がそこに反映されていることは間違いないだろう。
一度でも自ら学び育てた経験をもつと、次に生かされるものだし、しかもパピーウォーカーを経験していると性格の違いによる接し方なども講習会など他の犬を見ることで知らず知らずの内に学ぶことができただろうから。

「この子は弱いほどに気が優しいから、たぶん合格しないと思います」とKさん。
確かにガーデンでの行動を見ていると、やや引き気味であった。でもその動作には穏やかさと思慮深がさがあり、とても暮らしやすそうでもあった。
適性検査に合格して訓練に入ったとしても、性格が弱い犬の場合、例えば駅の自動改札口などに不安を示し、ご主人の後ろに隠れて「あなたから先にどうぞ」などと盲導犬らしからぬ態度を示してしまうことがある。
シェリーがそうかは全く分からない。犬たちは日々成長し変化を受け入れ対応していく動物である。

「落ちたら引き取ろうと思っています」
北海道の50軒近いパピーウォーカーが、Kさんと同様に心を揺らし始める時期が迫ってきた。
来月の5日が犬たちとの別れの日である。
あと3週間を切ってしまった中で、それぞれの家庭ではいろんな思い出作りと心の準備が急ピッチであるいはしんみりと進められているはずだ。
Kさんはその一コマにとカフェを訪ねてくれたのだろう。

検査の結果を私が予見させることはできない。
「この子となら誰が暮らしても楽しいでしょう」
無難で正直なひとことを言うのが精一杯だった。
 

元気で、蜜柑! 2004年08月17日(火)

  柴犬の蜜柑が大阪に引っ越してからちょうど1週間が経った。先週の火曜日に「明日引っ越します」とご両親と共に最後にカフェを訪ねてくれた。

今年の3月に、生後9ヶ月の蜜柑がやってきた頃はガーデンにかまくらがあり、寒さ知らずの犬たちが所狭しと駆け回っていた。激しい体当たりもあり、一つ間違えば知らない犬同士の場合、トラブルも予想された。
そこに『売られた喧嘩は買いやすい』柴犬が登場したので、私は注意深く他犬との相性を確かめた。
それがとりこし苦労だということはすぐに知らされた。
蜜柑は大型犬の中でも臆することなく駆け回り、注意深くはあったが共に楽しむことを是として、果敢にしかも相手を怒らせることなく遊びを誘いながら、ガーデンの一員となっていたのである。

当初は甲高い声をあげ、興奮を伴うとあま噛みをする子供っぽさが残っており、Mさんにしょっちゅう叱られていた。そんなことにめげる様子は一度も見せず、蜜柑は様々なタイプの犬を知り、遊べる犬・距離を置く犬・からかえる犬を見分けて対処するようになった。

カフェには最近、オールマイティーに遊べる犬が少なく、「私、そんな激しい遊びはあまり好きじゃないの」という犬が多くなっている。
「わぁ!面白そう!遊ぼ!遊ぼ!」というようなワンちゃんが現れた時、蜜柑はとても役に立ってくれた。
Mさんもカフェが気に入ってくれたようで、毎週のように時には連日ご主人やお友達を誘って訪ねてくれていた。
だから、蜜柑の引越しは看板犬と顧客の両方を失う痛手であった。

北海道では夜になるともうストーブを焚いてる地方も出てきたよ。
クーラーはもう付けて貰ったかい?大阪の住み心地はどうだい?
元気で暮らすんだよ、蜜柑!
 

それぞれの時期 2004年08月16日(月)

  夏の疲れを払拭すべく、昨夜は9時に寝て7時に起きたら、今朝はすこぶる快調である。やはり生物はどこかで帳尻を合わせるようにできているらしい。そのような休息が自分の意志でいつでもできる環境にあることが嬉しい。

お盆が過ぎて自分たちの自由な時間を気ままに過ごそうと思われる人が多かったのか、午後遅くになって初めての来店の方や久しぶりにカフェを訪ねてくださる方たちと楽しい時間が過ごせた。

ラブのダイヤちゃんはお母さんが心配しているほどやんちゃではない。子供を産ませたいらしいが、それに相応しい母犬になれると思う。ただ、生まれた仔犬の行き先を全く考えておられないのが難点だ。
「ペットショップで引き取ってくれるんでしょうか?」との問いかけに、Kは
「自分の子供がどうなるか心配じゃないのですか?」と気色ばんで問い返していた。
ペットショップで陳列され、誰もいない夜を狭いケージで送り、トイレも無念の思いでケージ内でせざるを得ず、売れ残れば管理センターに持ち込まれて処分される現実を、我が家の愛犬スーの仔犬たちのことのように置き換えて考えてしまったのだろう。

Aコッカーのココちゃんは5ヶ月の仔犬らしく元気一杯であった。ご主人一直線で他人や他犬を無視し、時に傷つけてしまうコッカーの話をよく聞くが、今のココちゃんは社交性豊かで邪気のない素直さが漂っていた。
トイプードルのマロンちゃんもしつけのことで心配されていたが、まだ7ヶ月のプードルが何でも分かったような犬だと面白くも何ともないはずだ。
どちらも今は、人に寛大で信頼感を持ち、世の中の多くの物事を良心的に見て学ぶ時期である。
その結果しつけや訓練が多少遅れたとしても、暮らしやすさや以後の伸びが違うことを分かっていただきたいと思った。

黒ラブのジャックは、社会経験の時期を無事終え、そろそろしつけに入るべき年齢であり、その素質もすばらしいものがあるように思えるのだが、仔犬時代のおチャラケた気持ちをデカくなった図体の今も引き継ぎ、飼主に大いに甘えながら小バカにしているところがあった。
大きな事故に結びつかなければと願う。

それぞれの成長に合わせ、小さなことには目をつぶる時期もあれば、大目玉を食らわすこともある。
身体の健康と共に心の健全さに配慮し、人間社会で暮らす素敵な愛犬を育てて欲しい。
アドバイスを求められればできる限りの対応をしたいと思っている。
その為に心と身体のバランスに必要な帳尻合わせのような休養が人間にも求められているのだ。
 


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