From the North Country

優しい心 2004年08月01日(日)

  昨日の早朝、近所に住む柴犬のしずくの飼主の方が慌てた様子でカフェを訪ねられた。
「実は昨夜、脱走したしずくが車に跳ねられてしまいました。顔面から血を流しながらも、自分で立ち上がり何処かへ走り去って行ったそうです。一晩中捜し歩いているのですが、こんな時どうすればよいのでしょうか?」
暑い日だったので傷口が化膿し、どこかで辛く苦しい時間を過ごしているのではないかと心配され、「死んでいたとしても何とか見つけて葬ってあげたいのです」と付け加えられた。横では女の子が心配そうに話を聞いていた。

動物管理センターの電話番号を教え、交番と近所のタクシー会社にも連絡するようお話した。
土曜日でもあり管理センターに通報があったとしても対応は月曜になるのが気がかりだった。

カフェのオープンまで時間があったので私も近所を探してみた。
車の通りから離れた民家の庭先や、草が生い茂った空き地を中心に血痕がないか確かめ、途中、犬と散歩をしている方にも声をかけたが見つからなかった。

昼前だったろうか、ガーデンに飼主の方が現れ「見つかりました!これから引き取りに行きます!」と先程とは打って変わった明るい声で答えてくれた。
交番に問い合わせたのが正解だったようだ。
昨夜の内に、傷ついたしずくを保護された方がいて、動物病院で手当てを施し、交番に連絡の上、自宅で一晩看病していてくれたのだという。
そこのお宅にも柴犬がいて、飼主が現れなかったら自分たちで面倒を見るつもりだったと伺った。
しずくの命に別状がなかったのも幸いだが、心優しい方がきちんと対応して下さったのが何よりも傷ついたしずくの心を癒してくれただろう。

いつのニュースだったか忘れたが、都会で傷ついた犬を何人もの人が取り囲み、そのうちの一人が「私は病院に連れて行く時間がある」というと、周りの人たちがポケットマネーで「これを治療費の一部に」とカンパしてくれたという話を聞いた。
人々の優しさは変わってはいない。素直に表現する機会が個人主義の中では見つけられないのだろう。
犬たちはこんなところでも人間の心を支えてくれているのだと感じた。
 

天よ! 2004年07月31日(土)

  冗談じゃない!北海道民を殺す気か!
と叫びたくなるほど、うだるような暑い一日だった。
昨年は確か真夏日はゼロだったのに、今年は既に7日にも達しているという。99年に札幌で36度を記録したと伺ったが、今年はそれを上回るかも知れない。
直射日光の当たるガーデンの温度計が40度を示していたし、雲がかかった時でも34度までしか下がらなかった。激しい夕立もあり「本州みたいだね」の一言に一同うなづいた。

連日の暑さで気付いたこともある。
いつもなら大型犬が主体のカフェにラブ・ゴールデンクラスの来店がない。ハスキーのチェス君だけが皆勤を続けてくれたが、他は皆、小型犬ばかりであった。
北海道で暮らす大型犬は絶対的に暑さに弱く、こんな日は落ち着く場所でじっとしているのが一番である。

レオンベルガーのジェニーが朝から大量の嘔吐をするという電話を頂いた。水を飲んでも吐いてしまうらしいが便は出ているのでどうやら閉塞ではない。元気もある。
そうなると今日の暑さも考慮に入れなければならないと思い、涼しい所においてポカリのような飲み物を少量ずつ20分くらいの間隔で与えるよう話をした。
本来なら、この暑さで胃腸が弱っているし脱水を防ぐためにも動物病院(AH)で点滴を受けたほうがよいのだが、ジェニーが黙って点滴など受け入れるはずがない。
以前受診したAHでは診察室にも入れてくれず、外で放り投げるように薬を飲まされたというから、S先生を紹介したのだが、今回は明日まで素人療法で様子を見ることにした。
人の生態能力に近く、被毛に覆われた大型犬は我々以上に大きなダメージをこの暑さで受けているのだろう。
ふがいない等と責めないで頂きたい。彼らはマイナス20度でも平然と暮らす身体機能を備えているのだから。

天よ、数日の内に本来の北海道に戻してください。せめて、一日の安息日を与えてください。
でなければ、北海道人の勤労意欲は萎え、犬たちの生活環境は危機的な状態になってしまいます。
 

北と南 蜜柑に思う 2004年07月30日(金)

  近年の北海道はやはりどこかおかしい。気温は高いし空気は湿っている。私とスタッフM1がこの暑さに耐え切れず、ついに先日エアコンをカフェにつけてしまった。
どうやらこの暑さは大都市札幌だけではなく、涼しいはずの道東でも同様で、釧路市ではなんと今年に入って6台ものエアコンが売れたという記録的な出来事があったらしい。

そんな中、暑いとはいえ本州のそれに比べればまだマシと言える札幌から、来月お盆の頃に大阪へ転勤となる常連さんがいる。Mさんとその愛犬シバ犬の蜜柑ちゃんである。
初めてその話を伺った時、頭をよぎった言葉の数々。
「うそぉ!、この暑い時に、お気の毒に、大変だね、大丈夫?、蜜柑ちゃんも?、左遷?」
本社かどうかは知らないが、大阪へ行くわけだから左遷であるはずがないのに、思わずそう考えてしまう自分が可笑しかった。私自身、福岡生まれの奈良育ちなのだが28年近く札幌暮らしが続いている。
住めば都と言うけれど、「北海道はいいなぁ」といつも思っている。
ゴキブリやムカデは見かけないし、居たと言う話でもせいぜい1センチくらい。ヘビやトカゲも滅多にお目にかかることはない。室内で蚊取り線香も必要ない。
今日みたいに暑いとボォーとするしやる気も起こらないが、それもせいぜい1週間。
寒ければ防寒着をきれば暖かくなるが、暑いのは裸になってもそれ以上は脱げない。

ついついそんな風に思ってしまうのだが、沖縄もとてもいいところだと聞いている。
お国自慢ならきっと決着はつかないだろうから、せめて黒シバの蜜柑が関西の夏に適応し、いつもの陽気で遊び心一杯でいてくれることを願う。
今夜Mさんは大阪の転居先の下見に出掛け、蜜柑は我が家でお泊りの夜を過ごしている。
 

ボール投げ 2004年07月28日(水)

  訓練には少なくとも三つのステージがある。
1.言葉の意味を分からせる
2.いろんな場所でも出来るようにする
3.命令はお願いではなく命令(絶対)だということを分からせる

家庭犬の場合、第2ステージまで出来れば上出来と考えてよい。しかし、まだ第1ステージの段階であるのに第3ステージのような命令を最初からする人が多いことは少々気にかかる。

例えば、ボールを投げて「もっといで!」という。
犬が喜んで咥えてくると、すぐに「出せ!頂戴!アウト!」と命令していることがそれに当てはまる。

動くもの逃げていくものを追跡し、捕獲することは多くの犬の習性であり喜びだろう。だから投げたものを咥えて持ってくる行動を教えたいなら、すぐに出させる命令などせずに咥えてきた行為を飼主も喜んであげることから始めると、犬はいずれ「もう一回投げて」とばかりに飼主に近寄ってくるものだ。
しかし、手順を踏まないで取り上げようとするから、持ってこなかったり、咥えたまま離さない犬が生まれる。
「戻れば取り上げられる」という思いを犬に抱かせていることになる。
最初のステップにおいて「出せ、頂戴、アウト」の意味は「さあ、もう一回やるよ!」と同義語でなければならない。つまり「離すことで次のゲームが始まる」と理解させ共に楽しめるようにすることから始めるとよい。

あとは切り上げ時を考え、興味のピークが過ぎた頃に止めるようにすることで、犬にとってはゲームであったことが徐々に従うことの喜びを感じるようになる。
 

To シフォン 2004年07月27日(火)

  「お聞きしたいことがあります。
シフォンとじゃれあっている時、手や指などあま噛みする時があります。
近所には小さい子供もいて、あやまって傷つけないかと心配です。なにか良いしつけ方ありますでしょうか。」

メールで問い合わせを頂いていたのに返事が遅くなってしまった。この欄でお答えしよう。

シフォン、Mダックスの5ヶ月になるメスである。
どちらかと言えば内向的で他人や他犬との関わりを持ちたがらない性格に見えた。
5ヶ月といえば何でもかじりたい盛りであり、小型室内犬の場合はまだトイレの失敗などがあって叱られることも多い。だからなんでもかんでもしつけようとすれば、思いとは裏腹にいじけたり陰でこそこそする犬になってしまう。

乳歯が完全に生え変わり生後7ヶ月を過ぎる頃にはほとんどの犬は噛まなくなるものだ。ただ、人も一緒になってあま噛みをゲームにしたり、タオルやデンタルコットンなどで唸るまでの引っ張り合いをするとさらに長引くようになるので注意が必要。

ダックスは内弁慶で怖がり屋さんだから、自宅や飼主のもとでは強がって吠えたり威嚇することがある。
だから仔犬の内からいろんな人と関わりを持たせ、様々な環境に馴染ませるだけでなく、それぞれが楽しい経験となるように配慮が必要だ。

生後6ヶ月辺りを境に吠えるようになることが多いので、コントロールの仕方も身に付けておいたほうがよい。
散歩の時引っ張ったりオスワリやフセそれにマテをしないからと言って叱る人がいるがこれは間違い。
しっかり教えられていないのに叱られても困ってしまうのは犬のほうだ。例えばスワヒリ語で何やら話し掛けられて、意味がわからないままコツンと頭をぶたれるようなものだ。
叱るのは図に乗っていつまでも吠えたり、人や犬を威嚇したり、逆切れして飼主に反抗した時などに徹底的にやればよい。

近所の子供たちを傷つけるかもしれないという心配があるのなら、子供の親がいる場所で遊ばせればよいと思う。
神経質な親なら子供を引き離すだろうし、多くの常識的な親なら「なあも、なあも気にせんでいい。5ヶ月のダックスに泣かされても兄弟喧嘩みたいなもの。こうやって子供は犬のこと学んでいくべ」今はそうはいかないのかなあ?

盲導犬でいえばパピーウォーキングの時期だから、とにかく人間社会に馴染ませ、人を信頼するよう大らかな気持ちで育てよう!
 

テーマ3 2004年07月26日(月)

  「こんな経験は生まれて初めてだ!」この年になってそう思えることがまだあるから人生めったなことでは止められない。
それほど今夜の雷雨には凄さまじいものがあった。40分以上の間、数秒おきに閃光が夜空を焦がし稲妻が走った。
部屋の電気を消し、すべてのカーテンを開放した。窓の外に繰り広げられる自然の脅威を目の当たりにし、直撃の恐怖を感じながら、日々の営みの小ささを思った。
私たちから少し離れた場所では愛犬スーがすやすやと寝息を立てていた。

テーマ3.盲導犬を貸与する側
初めての国産盲導犬が日本に誕生したのが1957年。現在のように各地に盲導犬協会が設立され活動を開始したのは1970年代のことである。
盲導犬というものが国内で認知されるために、当初は社会的地位のある優秀な視覚障害者だけがその使用を認められた。まるで乗用車や三種の神器と呼ばれた家電が、一部の裕福な人々のステータスシンボルであったように。

そして30年以上が過ぎた今、自家用車や家電はもとより、パソコンですら我々は当たり前のように手に入れて商業的社会活動に貢献し恩恵も受けている。その結果交通事故死は現在は減少傾向にあるとはいえ年間1万人近くになり、ネット犯罪はとんでもない増加傾向を示している。

さて、話を戻そう。盲導犬を使用できる人にどのような制限を設けるべきだろうか?
犬を虐待する人、薬物を使用している人は除くとしても、それ以外の『盲導犬と自由に歩きたい』という願う人々を我々は排除できるのだろうか?
唐突な問いかけだと思われるかも知れないが、ご自分と周囲の人に当てはめて考えていただきたい。

この時代になると、お金や社会的地位はないけど自由に歩きたいと願う人に対して盲導犬を貸与することに、ほとんどの方は依存ないだろうが、事前の調査では容易に分からなかった以下のような使用状況があることも知っていただきたい。

1.見えなくなったことに絶望し、死を選びたいのだが投身する橋梁や轢死する踏み切りに行くことが出来ない人(結果的にそうなった人はいない。盲導犬が踏み止まらせたのだろう)
2.偏屈な人間で、地域からも嫌われている人が盲導犬を持ってさらに活動的になり自己主張を展開するようになった。
3.統合失調症の方が、通院のために盲導犬を使用すること。
4.見えてる人から見れば、危なっかしい状態であるが、振り返ってみれば数年も事故なく安全に通勤している

歩くという行為、移動するという手段はそれぞれの目的や人間性に関わらず基本的人権に含まれていると私は思うのだが、盲導犬の普及という言葉を社会はどう判断しているのだろう?
いろんな人がいての社会だが、社会は何を何処まで受け入れるのだろう?
 

サッカー代表4対1のあとに 2004年07月24日(土)

  メールの中身を本人の了承もなく、他人に見せるなどもってのほかである。しかもインターネット上で不特定多数の方に公開するなど許されることではない。
しかし、今夜のサッカー日本代表とタイとの試合が終わったのは夜11時半ではなかったか。既にありったけの焼酎を飲み干し、台所にあった2リットル980円の料理用の日本酒に手をつけ始めた私に、これ以上どうしろと言うのか?
というわけで、昨夜のコラムに寄せられた盲導犬使用者からのメールを一部修正のうえ転載することにした。
きっと彼女も許してくれるに違いない。

『ときどき先生のHP「北の国から」を読ませていただいています。
久しぶりに先ほど読んで感動しました。
盲導犬と一緒にマラソンや登山をするユーザーがいる・・・というページです。
これについて、先生の見解に思わず両手をぱちぱちです。
私もシェルという盲導犬と歩く自由を取り戻すことができました。
一つが可能になると、失明とともにすっかり自信をなくしていたことがいつの間にか前向きに明るく生きて行ける自信のようなものが掴めていたのです。
○○さんたちと一緒に富士登山ができたのも、その一つです。
私たちのパーティーに出会った静岡県のある主婦が
「のびそうになって苦しんでいるときに、盲導犬と登ってくる視覚障害者とそれをサポートする人たちの様子に励まされ、リタイヤせずに山頂へたどり着けた」という投書が朝日新聞に寄せられたのです。
パーティーの人から「この投書に応えて欲しい」と言われ、その役を私が引き受けました。
先生のHPページを読んで、まさにこのときの残念な反響を思い出したのです。

それには
「訓練され、主人に忠実を強いられている盲導犬を富士山に連れていくのは動物虐待に等しいです。見えない人のエゴの固まりです。」などと書かれた手紙とペットの犬や猫、鳥などが、動物虐待で殺された切り抜きがいくつも同封されていたのです。
読んでくれた人も最後まで読めないほど惨い記事でした。
このことがあって、しばらくは私の自信どころか、生き方さえ見失いそうで悩んでしまいました。
このとき、私を救ってくれたのはシェルでした。
シェルとの絆が深まった手応えがはっきりつかめたのです。
あの富士登山以来、私は山登りを続けています。
500メーター以内の山はターシャ(注、二頭目の盲導犬)も一緒ですが、下山するときはハーネスが低くなるので腰に負担がかかります。
悔しいかな、それは加齢とともにつらくなるので、今では知人宅にあずけることが多いです。

夫の飲み会をいいことにして思いつくまま一気に書いてしまいました。
本当に先生のHPに感動し、懐かしさがこみあげてしまいました。
(漢字変換の誤字などありますことをご容赦くださいませ)
そうそう、くれぐれも「飲み過ぎないように」お願いします!』

という内容だった。
送り主はKさん。彼女は天才であると私は信じている。
全盲の彼女がパソコンを操って私のコラムを読んでいるからではなく、誤字の少ないメールを私にくれるからでもない。彼女の短歌や詩に触れた方は誰もが黙り込んでしまうに違いないほど、その感性は研ぎ澄まされ洗練されているからだ。
「君死にたもうことなかれ」の与謝野晶子を彷彿させる、いや女史さえも超越した詩を書くことが出来る方である。

いつの日か彼女の才能に日本中の方が触れる時が来るだろう。
 

テーマ2 2004年07月23日(金)

  一旦流れが途切れると書き出すのに苦労する。
元々3日坊主で終わるはずが3ヶ月以上も書きつづけているのが不自然なのであって、その歪みがこの引っ込まないお腹に現れているのだ。
妙な八つ当たりをしても仕方がない。あと3日のつもりで頑張ろう。

テーマ2.盲導犬を使用する側
本州でのある事故がきっかけで盲導犬使用者が批判を受けたことがあった。マラソンの伴走をしていた若い盲導犬が、競技中だったかその後だったか忘れてしまったが、いずれにせよ走ったことが原因と思われる心臓疾患で亡くなってしまったのである。
「盲導犬を伴ってマラソンするなどもってのほかだ」
「富士山など、登山に盲導犬と一緒に行くなどと聞いたことがあるが動物虐待だ」などという批判が起こった。

私はその批判に一理あるなと思ったが、どこか引っかかるものを感じた。
そんな時は即答せずに一晩酒を飲みながら考えるのが私の流儀である。その時も然りだった。
そして翌朝には自分なりの結論を出していた。

確かに盲導犬は、視覚障害者の日常生活を支えるため、安全に誘導するものであって、マラソンや登山を当初の目的としていないのは明らかである。
一方、以前この欄の視覚障害リハビリテーションで述べたと思うが『失明による喪失』の中にはリクリエーション能力の喪失というのがあり、他人から見ればたいしたことないものであっても、自分の趣味を失うというのは相当な苦痛を伴うもので、失明後あれも出来なくなった、これも出来ないと悶々とした日々を送っていた方が、盲導犬と暮らすようになってから行動の自由を獲得し、生活に楽しみを感じ出しただけでなく自らの自信を回復した結果、失明と共に諦めていた以前からの趣味であるマラソンや登山あるいは海外旅行などが「この子とならば出来るかもしれない!」と思えるようになったとしたらそれはとてもすばらしいことであると思う。

走ることや悪路を登ることは犬の生態に合わないものではないしメディカルチェックも受けていた。
不幸な事故であったし、使用者の自責の念は相当であったと聞いた。
しかし私は彼女を責めることはない。盲導犬が視覚障害者の夢を膨らませチャレンジさせるという、長い歴史の中の記憶に留めるべき出来事の一つだと思えるからだ。
 

補足?蛇足? 2004年07月21日(水)

  問い合わせのメールをいただいたこともあり、今日のテーマに入る前に酔いつぶれてしまった昨日の補足をしなければならない。

1.プラットホームで視覚障害者を見かけた時のマナー

訓練を受けた視覚障害者は、電車が入ってきたら、白杖をスライドさせながら近づき、ボディーに杖が当たるのを確認する。続いて左右どちらかに曲がり、手で車両を伝いながら、切れ目となったドアを確認して乗車する。というのが手順である。
しかし、見えている我々からすれば、彼らがドアではないところに向かって歩き、電車にぶつかってしまうように見えて、思わず「あ!危ない!」叫んでしまいがちだ。
ただでさえ神経を研ぎ澄ませて不安な気持ちで歩いている時に、「危ない!」叫ばれたなら本人は心臓が止まらんばかりに驚き、取り乱してしまうかも知れない。
「じゃ、ほっとけばよいのですか?」
答えはちょっとイエスであり、ほとんどノーだ。

視覚障害者のプラットホームからの転落事故は毎年のように起きている。その原因の多くは次のようなものだ。
1.通い慣れた駅での油断
2.ホームに電車が入ってきたと思い込み、歩いて行ったら、電車が入ったのは実は向かい側のホームだった。
3.車両の切れ目をドアだと思い込み、確認もせず乗り込もうとしたら、そこは電車の連結部であった。
などである。

結論。
プラットホームで視覚障害者を見かけたら「○○行きの電車がきたら席まで案内しましょうか?」と勇気をもって声をかけるべきである。正しい誘導の仕方というのもあるのだが、そんなことを気にするより優先されるのは声かけである。しかし、中には弱視なりに見えている人(ほとんどの視覚障害者は何がしかの見え方をしている)もいれば、全盲でもへそ曲がりな奴、たまたまその日虫の居所が悪い人もいて、「結構です」と断られることもあるだろう。そんときゃ、腹を立てずに見守ってあげよう。我々より不自由な状態であることに変わりはないのだから。

ただ、杖で歩くということは、目印になる壁などを発見しそこからどっちに移動するかの手立てとしている場合が多いので、「あ!危ない!」などと叫んで相手を驚かすのではなく、例え転落寸前であっても「ちょっと待って」と冷静に・・・できっこないよね。

今日のテーマどころか、昨日の補足の半分も終わらぬうちに、奈良に住む幼なじみで親友でもあるFが送ってくれた25度の焼酎が、2時間の間に私をしどろもどろにし始めている。
明日は定休日。さあ、飲むぞ!
 

テーマ1 2004年07月20日(火)

  今日、長年の友人である人妻Mの話を聞きながら、盲導犬を受け入れる側(社会)と使用する側(視覚障害者)それに貸与する側(盲導犬協会)三者それぞれに実際にあった出来事について考えてみた。

テーマ1.受け入れる側
ハンセン病の元患者受け入れ拒否問題で矢面に立たされたアイレディースが、一方的な悪者扱いされたことに対して、怒りの意思表示とも受け取れるホテル閉鎖を決めたことは私にも考えさせられることが多かった。
「国や県が事前に充分な情報を与えていなかったではないか!他の宿泊客や社会的な面を考慮して、だからひとまずはご遠慮願いたい」とホテル側が考えたのには公共的私企業として一理あると思ったからだ。

異議を唱える方も多いだろう。ならば問いたい。
プラットホームに電車が入ってきたとしよう。杖をついた視覚障害者が電車に向かって歩き始めた。しかし、その先にドアは無く、車両の壁に杖がぶつかる状態だった。
あなたはひょっとしたら「危ない!」と言うかも知れないし、勇気を出してその方を電車のドアまで誘導するかも知れない。
しかし現実は、その視覚障害者は見えない電車のドアへと向かって歩き出したのではなく、とりあえず、電車のボディーを杖で探せば、あとはボディー伝いに左右どちらかへ歩けばドアが分かると訓練を受けていたのである。

『知らない』とはそういうことである。一方は拒否したが一方は余計なおせっかいをしたことになる。
拒否すると社会的制裁を受けるから、無知でも過剰なおせっかいをしたほうがマシだったのだろうか。
盲導犬の事例を紹介しよう。

「盲導犬と一緒ですが泊めてもらえますか?」
「勿論です!外に犬を繋ぐところはたくさんありますから」

「盲導犬と一緒ですが泊めてもらえますか?」
「勿論です!でも当ホテルでは盲導犬のためのお部屋は用意していないので、ご一緒の部屋でよろしいでしょうか?」

「盲導犬と一緒ですが泊めてもらえますか?」
「勿論です!何処でもご自由にお使いください。でも一つだけお願いがあります。お風呂にだけは盲導犬と一緒に入らないで下さい」

この三つの冗談とも取れる現実がお分かりだろうか?
酔っ払った私には何が言いたいか分からなくなってしまった。社会の理解を得るにはそれなりの行動と時間が必要だ。
テーマ2と3についてはまた明日。
 


- Web Diary ver 1.26 -