From the North Country

テーマ1 2004年07月20日(火)

  今日、長年の友人である人妻Mの話を聞きながら、盲導犬を受け入れる側(社会)と使用する側(視覚障害者)それに貸与する側(盲導犬協会)三者それぞれに実際にあった出来事について考えてみた。

テーマ1.受け入れる側
ハンセン病の元患者受け入れ拒否問題で矢面に立たされたアイレディースが、一方的な悪者扱いされたことに対して、怒りの意思表示とも受け取れるホテル閉鎖を決めたことは私にも考えさせられることが多かった。
「国や県が事前に充分な情報を与えていなかったではないか!他の宿泊客や社会的な面を考慮して、だからひとまずはご遠慮願いたい」とホテル側が考えたのには公共的私企業として一理あると思ったからだ。

異議を唱える方も多いだろう。ならば問いたい。
プラットホームに電車が入ってきたとしよう。杖をついた視覚障害者が電車に向かって歩き始めた。しかし、その先にドアは無く、車両の壁に杖がぶつかる状態だった。
あなたはひょっとしたら「危ない!」と言うかも知れないし、勇気を出してその方を電車のドアまで誘導するかも知れない。
しかし現実は、その視覚障害者は見えない電車のドアへと向かって歩き出したのではなく、とりあえず、電車のボディーを杖で探せば、あとはボディー伝いに左右どちらかへ歩けばドアが分かると訓練を受けていたのである。

『知らない』とはそういうことである。一方は拒否したが一方は余計なおせっかいをしたことになる。
拒否すると社会的制裁を受けるから、無知でも過剰なおせっかいをしたほうがマシだったのだろうか。
盲導犬の事例を紹介しよう。

「盲導犬と一緒ですが泊めてもらえますか?」
「勿論です!外に犬を繋ぐところはたくさんありますから」

「盲導犬と一緒ですが泊めてもらえますか?」
「勿論です!でも当ホテルでは盲導犬のためのお部屋は用意していないので、ご一緒の部屋でよろしいでしょうか?」

「盲導犬と一緒ですが泊めてもらえますか?」
「勿論です!何処でもご自由にお使いください。でも一つだけお願いがあります。お風呂にだけは盲導犬と一緒に入らないで下さい」

この三つの冗談とも取れる現実がお分かりだろうか?
酔っ払った私には何が言いたいか分からなくなってしまった。社会の理解を得るにはそれなりの行動と時間が必要だ。
テーマ2と3についてはまた明日。
 

杞憂 2004年07月19日(月)

  今日の午後カフェに来ていただいた方は、「随分繁盛している店だな」と思われたかも知れないが、朝から来られていたシベリアンハスキー・チェス君のご両親は「このままではチェスの社交場はいつまで持つか分からない」と心配されていたと思う。
正直、開けてみなければどうなるか分からないというのがオープン8ヶ月を前にしての実感である。
午前中は閑古鳥、午後は一時的にインターネット状態。
その心は、ドットコムなんて洒落てる場合ではないか。

暇な午前中の隙間を埋めてくれたのが、先程のチェス君とお泊りのMダックスのリズだ。別名『ストーカーのリズ』。飼主と一緒の時は「あなたこそ私のすべてだ」なんて振る舞うくせに、お泊りになるともっとも使えそうな人間をすばやく見つけ出し、まとわりつき、我が身の安定を最優先するように膝に上り、人のベッドに潜り込む。その餌食になるのが優しきパートナーKだ。
「だって、もし明日リズが死んだとしたら、ああ、あの時もっと優しくしとけばよかった、なんて後悔したくないでしょ」と彼女は言う。なるほど、と思わぬことも無いが、どこか引っかかる。
「明後日も再来年も10年後も、もしリズが生きていたら、君はずっと明日のことを憂いながらリズのシモベになるのか?」
そう言うとKは悔し紛れに一言で片付けた。
「ケッ!」

天が落ちてくるかもしれないと毎日毎日心配しながら生活していた中国杞の国の人々。杞憂の由来である。

カフェの先行きやリズの明日は確かに天が落ちる以上の現実味はあるが、それを憂いながら日々へこへこするのはご免こうむりたい。
 

道北のユーザーたちその3 2004年07月18日(日)

  オホーツクに近い小さな町で治療院を営むKさん夫妻の傍にいるだけで、心和み優しくなれた。実にほがらかな夫婦である。
全盲夫婦で生活するだけでも大変なことがあっただろうに、子育てはお互い助け合いながら行い、実に楽しそうだった。しつけは今時の親の手本になるような見事さである。

弱視だった一人っ子の健吾くんが盲導人として両親を誘導していたが、小学校に入ってからは「友達と遊ぶ時間はいずれ見えなくなる健吾にとって大切な経験」とKさんは考え、奥さんが盲導犬を持って買い物などの用事が済ませるようにした。
天才的な能力を持つご主人は、杖で何処へでも出掛けられるが、見えない上に難聴がある奥さんは、買い物のために国道を渡るには盲導犬の目が必要だった。
犬は主人に似ると言うが、盲導犬のメリーさんもだんだんとKさんのように大らかでおっとりした犬になり、歩いている時の二人の姿はとても微笑ましかった。

そんな両親のもとで健吾くんはとても素直に育ってゆく。
色付きの豆電球の明かりを両手で包むようにして中を覗き込み「ねえねえ綺麗でしょ!」と言う。私も札幌でいろんな電球を集めて健吾くんに持って行った。赤・黄色・紫…彼の頭の中に様々な色が焼き付けられた筈だ。
中学生になると友人とバンドを組みドラムを叩いた。
両親は地下室を作ってそこを稽古場にした。音楽というものが彼の身体の中ではっきり育っただろう。
高等盲学校を卒業する頃には彼の視力は無くなり、会話にも不自由するほどの難聴になっていた。

しかし彼は今、隣町と言えども親元から離れ、一人で治療院を営んでいる。
一昨年、旅の途中で彼の治療院に立ち寄ってみた。出迎えてくれた彼は、すっかり大人になりお父さんそっくりな話し方で応対してくれた。帰り際には「あ、ちょっと待って!」と言って冷蔵庫の中から缶コーヒーを持ってきて「車の中ででも飲んでください」とお母さんそっくりな配慮を見せてくれたのである。

『子は育てたように育つものだ」と実感した。
将来見えなくなり聞こえなくなるかもしれない我が子が、社会的にも人間的にもしっかりした個人であるようにとKさん夫婦は考えていたに違いない。そのために必要な経験と基礎知識それに社会性を、障害を持つ自らの経験を通して教えていたのだと思う。
3頭目の盲導犬と暮らし、今なお、自分たちの生き様を示すことで健吾くんにエールを送っているのだとも思う。

障害を持つ夫婦が子供を産む状況になった時、生まれた子供に自分たちと同じ障害が出るかも知れないことを当然考える。その時、生まないことを考えたならば自分の人生をあるいは存在すらも否定することになるだろう。答えは明白である。健吾くんは他の誰でもないKさん夫妻が立派に育てた子供である。尊敬こそすれ気の毒だと思ったことはこれっぽっちも無い。私の人生の中で関われたことを誇りに思う。
 

道北のユーザーたちその2 2004年07月17日(土)

  「オーラン、オーラン、オーラン。」
横断歩道に誘導しろという意味の『オーダン』という命令語もこの人にかかるとオーランになってしまう。
身長150にも満たない小さな身体で、大きな盲導犬を連れて跳ねるように津別の町を疾走していたSさんの思い出である。
その顔には、深いシワが彼の人生を物語るように刻まれていた。

Sさんは津別の農家に生まれたが、先天的に目が見えず、昔の多くの田舎でそうであったように、ほとんど家に閉じ込められたまま育った。成長してからは農耕用の牛や馬の世話をしていたという。
私の予測でしかないが恐らく、世間体を気にする両親が亡くなった後、弟夫婦と暮らし始めてから彼の人生が動き始めたのだろう。

盲導犬を申し込めたのは奇跡に近いことだったと思うし、実際に貸与されたことは驚愕に値する。
何故なら、普通、生まれながらに見ることを知らず専門教育も受けずに育ったなら、交差点とか道路を渡るとか車道や歩道の正しい意味すら理解できない筈だ。その点において自宅牢のような所で生活した彼が、訓練を受ける中で世の中の仕組みを理解していったことは、奇跡の人ヘレンケラーに値すると私は思っている。

1頭目の盲導犬ゴローと暮らし、町を歩くうちに、彼は世の中を把握していたようだ。地図を理解していたし、社会情勢はテレビラジオを通じて学んでいた。
素朴な面もあり、訓練中に入浴した時、職員に生まれて初めて背中を流してもらったことを、一生の語り草にしていた。お酒のワンカップはワンコップで通し、オーダンはいつまでたってもオーランだった。

3頭目の盲導犬ライトと歩く頃には時代の先端を走っていた。
当時の人気アイドルだった堀ちえみの大ファンで
「新曲出たらしいよ」と言うと
「大丈夫、ちゃんとレコード屋で押さえてるある」と深いシワにさらに笑みを浮かべられた時には、返す言葉もなかった。「押さえてある」という表現が可愛かった。
そして町に1軒しかないレコード屋に飛ぶように歩いて行くのだった。

出張した時、鍵のかかっていないSさんの家を訪ね、大好きだった一升ビンを供えてから札幌に戻った。
数日後、チップ工場での仕事を終えて戻ったSさんの義妹から手紙が届いていた。
「長崎さんでしょ。お酒供えてくれたのは。義兄の仏壇のロウソクの火が嬉しそうに踊っていましたよ」と書かれていた。
 

道北のユーザーたち 2004年07月16日(金)

  Mさんは昨年の6月に4頭目の盲導犬グースを手放した。31年間にも及んだ盲導犬との生活に終止符を打ち、自らも古里美幌を離れて盲老人ホームで暮らす道を選んだのだ。
そのMさんとグースを引き取った元パピーウォーカーのWさん、同じく引退した盲導犬ティファニーを引き取ったKさんが、愛犬と共にカフェを訪ねてくれた。

2年ぶりに会ったMさんはすっかり小さくなり、年老いてしまっていた。
私が北見方面へ出張した時は、実家に帰省する息子のように必ずMさんの家に帰り、彼女もお袋のように迎えてくれた。落ち着くまもなく、いろんな出来事や思い出話を私に語りかけるのだが、長旅で疲れた私は横になったままそれを聞きながらウトウトしてしまったものだ。
今日のMさんもあの頃と同じように話し始めていた。
すると忘れかけていた思い出が私の頭の中で少しずつ動き始めるのを感じた。

Mさんの仲間だった北見のSさんはベーチェット病で失明した。
「あの頃アッチ(私)なんか死ぬことばっか考えとった。もう悔しいやら悲しいやら情けないやらで、毎日泣き暮らしてばっかり」
まだ私が駆け出し訓練士だった頃、陽気でパワー溢れるSさんが視覚障害だけでなく人間としての生き様を見せてくれたことなどが鮮明に思い出されてくる。
「うちの父ちゃんはどうせ浮気でもしとるんだろうし、あのバカ息子は外で悪いことばっかりしよる」
傍でご主人は片目を閉じて酒を注いでくれた。が息子の方は子供を作り、結局育てきれずに子供は未婚の姉が引き取って面倒を見ることになる。

孫を背中に背負ってSさんは盲導犬ニーナと散歩に出るのが日課になった。
出張で彼女の家に立ち寄った時、私は思わず吹き出してしまったことがある。
いつものように孫を背負ったSさんが盲導犬と歩き出そうとした時、「ニーナOK!まっすぐ!まっすぐ!」。命令を始めたのはなんと背中の孫だったのである。ニーナが素直に従い、Sさんが得意そうな顔をしていたのが余計おかしかった。

その後、息子は罪を犯し警察の世話になった。
裁判の席上「裁判長様!お願いします!うちの息子を懲らしめてやってください!」息子の更生を心から願うSさんは涙ながらにそう訴えたという。
事が事だけに大きなニュースにはならなかったが、恐らく日本で最初に裁判所に入廷が許された盲導犬がニーナであったはずだ。

数年が経ち、彼女の盲導犬はバディに変わり、息子は立ち直って代行業の仕事を始めた。Sさんが懇親会の余興で、大爆笑を誘うほどの化粧をしてフラダンスを披露したのもその頃だったと記憶している。見えなくなってからもっとも心安らぐ時代ではなかったろうか。

入院生活に入ってから何度かお見舞いに行ったが、自分のことより息子と孫、それに息子の子供を引き取った娘のことばかり心配しておられた。
Sさんが息を引き取ってもう何年になるだろう?
優しかったご主人からは今も年賀状が届く。(つづく)
 

初めてのトラブル 2004年07月15日(木)

  私にとってはいろんな言い訳もあるが、今日のカフェの出来事に対する苦情のメールとその回答を掲載することにしよう。

『今日はじめて利用させていただきましたトイプードルの**です。ノーリードで遊べる場所をと思いドッグランに出ましたが、今日のような事があると犬もその後離れなくなってしまいますし、安心して遊ばせることも出来ませんでした。**のあんな声は初めて聞きましたので、娘は二度とドッグランには連れて行きたくないようです。ドッグランではこのような事は仕方のないことなのでしょうか?』

『○○様

本日はカフェをご利用いただきありがとうございました。

初めての犬同士でも、徐々に親しみ楽しく遊べることが、私のカフェの自慢でもありました。
しかし、あのような一方的で攻撃的な行動があったのは当カフェでは初めてのことで、私自身も驚き、大変申し訳なく思っております。

昨日、お店を訪ねてくれた相手の※※君は大変楽しそうに他の犬とも遊び、飼主の方も喜んでお帰りになりました。
そこて今日もお友達を誘って来られたそうですが、後から話を伺うと「理由はよく分からないのですが、トイプードルを見ると唸ったりすることがあるんです」と言われ、「本当に申し訳ないことをしました」と言っておられました。

普通そのような不安がある場合、予め申し出てくださるのでこちらとしても対応の仕方があるのですが、残念ながら今回はそれがなく、事前に対応できなかったことを申し訳なく本当に残念に思っております。

とりわけ、**が初めてのお店で恐怖体験をしてしまったことで、今後他の犬たちに不安を抱きつづけないかということを案じております。

以下にお話することは○○様の気に障る内容になるかも知れませんが、これまでの経験をもとにアドバイスすることをお許しください。

あのような恐怖を体験したにも関わらず、トラブル後の**の態度は冷静さを取り戻そうとしっかりしていたと思います。表情や身体の緊張度それに尾の角度がそれを表していました。
確かにご家族から離れようとはしませんでしたが、普通のトイプードルならもっとすごいパニックに陥っていたと思われます。
ただ、今日の体験が心の中に残っていることも間違いありません。
現在の不安な気持ちを、『他犬がいても何事もなく大丈夫だ』から、さらに『楽しい』へと移り変わるよう徐々によい経験を積ませることが望まれます。

しかし、一般的に管理者のいないドッグランや犬が集まる公園などでは先住犬がデビュー犬を駆逐するなど何が起こるか予測がつかないものです。
そのようなことがないようにとオープンしたカフェですので、開店以来のアクシデントに娘さんのショックは十分理解できますが、**のためにもいずれまたご来店いただき、不安を払拭できるようになることを心より望んでおります。

最後になりましたが、率直なお気持ちを伝えていただいたことに感謝申し上げます。』

というものであった。今日のお客様は初めての方ばかりだったので人物は特定できないよう配慮したつもりだ。

私にとってはオープン以来7ヶ月分の1の出来事であるが、**ちゃんとその飼主にとっては今日がすべてである。
これからも、このことを肝に銘じてしかも萎縮することなく、社会と人と犬の関係について発信していきたいと思う。
 

災害の都度思うこと 2004年07月13日(火)

  涼しくカラッとした晴天がやっと訪れたと思ったら、新潟や福島で大変な豪雨が続いており、多くの方が被害に遭われているらしい。
地震や災害が発生するたび、その地域で暮らす盲導犬ユーザーに電話を入れて、安否を確認したり支援できることはないかと心配したものだ。しかし地震などの場合、その日のうちに電話が繋がることが少ないのがより心配を増幅させていた。

「倒れてきた食器棚とテーブルの隙間でメグがガタガタ震えてたんだよ。でも怪我もないし私も大丈夫です」北海道南西沖地震での函館に住むユーザーの話だ。
釧路沖地震の時は「俺はもうダメかと思ったが、チーナは平然としていたよ。もしかしたら気絶してたのかな、ガッハッハ」と悠然と話してくれたユーザーもいた。

幸いなことに、北海道の協会が担当する地域ではこれまで大怪我をしたり家屋が倒壊したユーザーはいない。しかし、阪神淡路大震災の教訓が生かされているわけでもなく、万が一の時には近所の方々がどれだけ援助してくれるかにかかっているのが現状だ。
いざと言う時にお年寄りや障害者など、地域で確認・支援体制が取られることを願わずにはいられない。
もし、ユーザーだけでなく盲導犬をも助けられる状況であれば、この二人を引き離さないで欲しい。救急車や避難場所にも家族の一員として受け入れて欲しいと思う。

長岡市・新井市など新潟の町に北海道の卒業生が住んでおられる。盲導犬使用者のFさんは長岡市で市会議員を務めているから、今後高齢者や障害者のバックアップ態勢についても取り組んでくれるだろう。
ただ、今は彼らの無事を祈るばかりだ。
 

盲導犬の訓練時間その2 2004年07月12日(月)

  国際基準である80時間の訓練は単純に計算すると、毎日1時間で週5時間、月に20時間として4ヶ月あれば可能である。しかし、実際4ヶ月で訓練を完了している学校は、私の知る限り世界で2校しかない。そして両校に共通しているのはスパルタ教育である。ほとんどの学校がその2倍から3倍の訓練期間を設定し、80時間以上の訓練を行っている。

実は盲導犬の国際基準を定める会議で、様々な話し合いがもたれた。盲導犬の適性はどうあるべきかとか、必須の訓練項目にエスカレータの訓練は入れるべきか(イギリスでは当時、爪を挟む可能性があるので動物虐待の観点から、エスカレータに乗る時は、盲導犬といえども抱っこして乗らなければならなかった)訓練時間についても意見は分かれたが、現に4ヶ月で訓練を仕上げている学校があったので、あくまでも『最低基準』ということで80時間ということになった。

犬に限らず生き物が物事を理解し覚えていくには、段階を踏むことはもちろん、休憩と言うか間合いが必要である。毎日8時間訓練すれば10日で盲導犬が出来上がるというわけではない。逆に訓練時間が短いとしても、盲導犬学校の犬舎で生活しているのだから、日常の生活態度やトイレットトレーニングなど訓練を覚えるというより生活習慣を体得する期間が長いと、そこそこにおりこうさんになる。
じゃぁ、と長い期間をかけて訓練すれば確かに性能は上がるが、盲導犬として働ける期間は短くなり、育成能率が下がりコストもあわなくなってしまう。

7ヶ月程度の訓練期間が両者の長所を取り入れた合理的なものと私は思っていた。そして若手の訓練士には100時間以上の訓練を行うよう指示した。
ところが、北海道の協会のように訓練以外の業務もこなさなければならない場合、この100時間の訓練時間を確保するのがどれほど大変だったか、訓練報告を見ながら私は唖然としたことがある。訓練以外に割かれる時間がそれほど多かったのだ。若い訓練士にはハッパをかけ続け彼らに頑張ってもらったものだ。

イギリスのように教えられたことを教えられた通りに、犬に対しても教えるような訓練士は残念ながらまだ今の日本には必要ない。トータルに盲導犬の育成を学び、「自分に何が足りないか」「訓練犬に何が必要か」「使用者から何が求められているか」など自らが考え、最低基準である80時間の重みを感じながら、今の訓練士には努力してもらいたいと願っている。
 

盲導犬の訓練時間 2004年07月11日(日)

  意外と知られていないことだが、盲導犬を一人前にするための訓練時間は、国際基準で80時間以上と定められている。個々の判断にもよろうが、「そんなに早く訓練できるの?」との印象を持たれるだろう。
日本では盲導犬を何か特別な犬として扱う象徴のように『長く厳しい訓練』という曖昧な表現が一人歩きしてしまっているから、ちょっと肩透かしを食らった気分になるようだ。

盲導犬の候補犬はご存知のように1年間パピーウォーカーの下で育てられるが、この時盲導犬の訓練を行うことはあまりなく、盲導犬となるために必要な社会性と経験それに人間に対する信頼感を身に付けるのが主な目的だ。

適性検査に合格した後、訓練に入るわけだが、この80時間以上の訓練を行うために、国際的に見ても4ヶ月から12ヶ月という風に、学校によってその期間が異なっているのは特筆すべきことである。
その理由のひとつに、専門職と『何でも屋』の違いがあげられる。つまり、訓練士として職務に専念できる態勢が取られている学校と、犬の給餌や管理などケネルスタッフを兼務しさらに募金や広報活動も行う何でも屋では、訓練できる時間が当然変わってくるのだ。

イギリス盲導犬協会の繁殖システムを確立した今は亡きフリーマン氏の家に泊めてもらった時、私の仕事が多岐にわたっていることを話したら、彼の娘たちが
「Jack!」と叫んだ。ジャック、何でも屋である。皮肉なことにイギリスのことわざにJack of all trades and master of none.というのがある。多芸は無芸という意味で当時私は少なからず恥ずかしさを覚えたものだ。

しかし、数年後、かの国の訓練士たちと話をした際「私たちは盲導犬を訓練することしか学んでおらず、あなたのようにトータルで盲導犬の育成を考えることができないのが恥ずかしい」と言われ、北海道で専門職化を進めていた私は目から鱗が落ちる思いだった。(つづく)
 

スーの下痢 2004年07月10日(土)

  昨日の明け方3時頃からスーがお腹をこわしてしまった。例によって「ふゅ**ん」の一言でKを起こし、「トイレ」と催促した。雨降りのガーデンに出ると激しい下痢を数回した。
原因は分からないが思い当たることはあった。前日、Kの実家で3時間ほどスーを預かってもらっていたのだが、恐らくその時に食べたものがスーのお腹に合わなかったのかもしれない。
普段食べ慣れないものを与えられると、お腹がビックリして対応できないことが犬の場合多い。ドッグーフードを別銘柄に切り替える際、混ぜながら数日かけるのはその為である。スーのように7歳にもなると少々のことではお腹はこわさないから、余程のご馳走を頂いたのだろうか。

このような時、すぐに病院に連れて行く方が多いようだが、下痢をすることなど生きていれば当たり前に起こるものだ。我が家ではほかに大きな症状がない限り、家庭療法で対応するのがまずは筋だ。
スーの朝食を抜き、胃腸の負担をやわらげた。通常の下痢ならゲンノウショウコを煎じて食パンに含ませると食べてくれるのだが、今回は食べようとはしなかった。「手強そうだな」と感じていたら、嘔吐が始まった。異物は混じっていない。
夕方になって下痢の回数と量が減り、多少血が混じるようになった。出すものがなくなったのと、腸に負担がかかっていたからだろう。まだ、嘔吐があったので夕食も抜くことにした。その後、夜中に一度吐いたが今朝の顔は辛そうではなかった。念のため朝食を抜きビタミン剤を与えて様子を見ることにした。
「午後までに治らなければ病院だな」と思っていたら、昼前から顔色がよくなってきた。K特製のおかゆを少量与えるとペロリと食べ、「もっと」と催促したらしいが、30分は嘔吐がないかを観察してもらい、その後数回に分けて食事を与えた。
一旦よい方向へ向かい始めた時の犬の回復力にはいつもながら驚かされる。夜にはすっかり元気になり、お泊りのジェニーが持参した大きなガムに興味を示していた。
明日のウンチが良好であればOKである。

スーには出来るだけ薬を使いたくないと思っている。長生きをして欲しいからだ。人より確実に早く年を取り、いずれ病に犯されるだろうが、その時、普段から安易に薬を使っていないと必要な時に投与した薬が効果的に作用すると考えているからだ。
 


- Web Diary ver 1.26 -