From the North Country

ガロ社長 2004年07月04日(日)

  午後からは久しぶりに長袖に腕を通すほどの心地よい気候だった。私のカフェにはクーラーがなく自然の涼風を窓から取り入れているだけなので、今日のように晴天でありながら肌寒いほどに涼しいのはとてもありがたい。
あと1ヶ月が北海道の夏本番だから、このまま無事営業できることを今夜も祈る。

「長崎さん、これから伺ってもいいですか?」
昨年12月のオープンを心から祝福してくれたガロ社長の娘さんから電話があった。社長は私より10歳年上で、飲むほどに親しみやすく、酔うほどに弁舌が冴えるレオナルド熊に似た優しい方だった。オッチという愛犬を子供のようにこよなく愛し、家族であり社員として過ごしておられた。オッチの最期を迎える前から自宅に伺って、ケアについてのアドバイスをしたこともあり家族ぐるみのお付き合いをさせていただいた。
オッチが亡くなった後も、飲み屋で思い出話が登場する度、オッチは幸せな奴だなとつくづく思ったものだ。

その社長がカフェをオ−プンして間もなく、家族と共にお店に除雪機を届けてくれた。特製カレーを美味しい美味しいと言って食べてくれた。
数日後、不慮の事故で社長が死んだと聞かされた時、私はこれまでに無い、初めてとも言えるショックと悲しみを感じ自分でも信じられないほどの涙が流れ続けた。

「悔しくて悔しくて。どうしてもこの大きな穴を埋めれない」と嘆いていた奥さんと娘さんが7ヶ月の時を経て、ようやくカフェを訪ねてくれるまでになったことを私は喜び、大の犬好きであるお二人にお泊り犬のゴン太を手渡してささやかな幸せの時間を共有した。
二人とも人気のパスタではなく思い出の特製カレーを食べていたのがちょっと切なかったが…

「長崎さん、これお願いします」と、白い布を渡された。千人針のように一針縫って下さいということだった。
納骨を決意されたと聞き、惜別の思いを込めて3針縫った。
私なりの思い入れは現在車庫で休んでいる除雪機に、社長の愛称である『ガロアラシ号』と刻んであることだ。
冬が来るたび、優しい眼差しの社長を思い出し、犬たちにも優しくすることができるとこの夏に思った。
 

続7月 2004年07月03日(土)

  途中、薬局で消毒薬とテラマイシン(これしかなかった)を購入し、行きつけの居酒屋の氷で傷口を冷やしながら酒を酌み交わし体の内部からも消毒した。ジェリーは傍に繋いでいたがとても愛想がよく人気者となっていた。

翌日から軽い訓練を行い、服従心と楽しみを教え始めた。
とても冷たい言い方になるが『病的に人を噛むような犬は深く関わる前に処分したほうがよい』というのが私の考え方である。せっかく善意と希望・喜びをもって犬と暮らし始めたのに、そのままでは自分だけではなく子供までが犬恐怖症になってしまうからだ。
動物管理センターでいわれもなく殺される犬を引き取り、共に暮らすほうが余程よいのではないかと思う。

しかし、目の前の花、水を与えた花は他の花とは違うものである。Tさんもそう考える一人だった。
そこで、ジェリーには悪かったが、彼の命を守るためそれに家族の安全のため外飼いを勧め、Tさんもそれを望んだ。

あれから2年が経ち、先日久しぶりのSOSがTさんから届いた。
「去年もそうでしたが7月になると、おかしくなるのです」
花火の音などが引き金となり、そのうち様々な音に過敏になって、ついには家族を見ると凶暴になるらしい。
物欲やわがまま、あるいは図に乗って噛むのではなく、何かでスイッチが入ると突然人格が変わり凶暴になってしまうようだ。
そのような時でも私が姿を見せると大喜びして従順になり狂喜乱舞することからみて、私は不安の裏返しではないかと思った。
つまり、強く不安に思うことがあった時、通常、誰か頼れる存在が傍にいれば、その不安を乗り切ることができるものだが、そう感じないジェリーの場合、身近な弱いものに対して我を忘れるような行動を起こすことで、不安から逃避あるいは転嫁しているのではないかと思えるのである。

相談に行った獣医は精神安定剤を投与した。しかし私はもっと他に目を向けなければならないところがあると思っている。
深く関わるには重苦しく、できるなら忘れてしまいたいことだが、目の前の花、水を与えた花と思っているのは、どうやらTさんだけではないことが辛い。
 

7月 2004年07月02日(金)

  頂き物の芋焼酎が身体の中で燃焼し始めたのか、西側を除く三方向の窓を開け放したにもかかわらず今夜は暑い夜となっている。

その話は2年前の7月にさかのぼる。
協会を退職し4月から車上生活をしながら全国を巡り、札幌に戻ってきて間もない頃、1件の相談が舞い込んできた。
オスのウェルッシュコーギーが突然狂ったような目になり家族を噛んでしまうというのだ。
恐らく甘やかしてしまった結果、いい気になっているのだろうと思いつつ、Tさん宅を訪ねてみた。

奥さんの顔が暗い。中学生の娘さんの顎から下唇にかけて痛々しい傷跡。いつもどおりの問診を行うが「この人は実情を理解し、私の訴えを真剣に考えてくれるだろうか?」とTさんの眼は不安気である。
ほぼ半日犬と歩き生活を共にしてみたが異常はない。Tさん宅の居間に上がって「恐らくこの子は」と説明を始めて間もなく、犬の目が変わったことに気付いた。

制御するには既に手遅れである。私との距離は1m20しかなく、私は床にどっかと座っている姿勢だった。
「この状態ですね」
「ええ、そうです」奥さんは柱に隠れるようにして答え、子供たちは部屋へ逃げていった。
じわじわとにじり寄って来るが、自ら飛び掛る素振りはなく、私の動きを完全に封じ込めるのが狙いらしい。牛を制御するコーギーの務めであるかのように。

膠着状態の中で妙なことに気付いた。柱にしがみつくように隠れていた奥さんに僅かながら余裕がでたように感じたのだ。「今まで近所の犬好きな方や獣医さんにも相談したけど誰も現実を理解してくれず、『対応が甘いのでは?』という程度の反応だった。長崎さんはこれで分かってくれますよね。」と確かな理解者を得た思いからの僅かな余裕だったと思う。
そこで「タオルを用意してください」。身動きできない私は覚悟を決めてTさんに指示した。

左手を噛ませて右手で首を押さえ込む作戦はあっけなく終わり、犬は急に大人しくなり素直にリードに繋がれた。
私の左手は肉が裂けて出血がひどかった。
思春期の娘さんが二人いる家に、このまま犬を残しておくことはできず、左手にタオルを巻き、すっかり冷静になった犬、ジェリーを車に乗せて私は約束のあった飲み屋へ急いだ。

今夜で完結させようと思ったが、そろそろ酔いが回ってきたので(つづく)
 

YさんとJクン 2004年06月30日(水)

  「今日は雨だしどうせ暇なんだから、ノンちゃんに頭のトリミングでもしてもらったら?」とKが言った。
「えぇっ?」
「だってお母さんの髪も切ってあげてるらしいわよ」
「明日、床屋さんに行くよ。だって髪切って爪きりして肛門絞りまでされたらタマラン!」

バカな会話をしている頃、YさんとJクンがやってきてくれた。先週の小旅行の写真を届けてくれたのである。さすがプロ。ナイスショットの連続である。
Yさんの専門が私には何やらよく分からないが、プランナーでありデザイナーであり写真家でもあるらしい。ただ、はっきりしていることは彼女のすばらしいキャラクターと素人の私にでも分かる才能を世の会社は軽んじており、つまりは今日に限って言えばプータローというもったいない状況にあるということである。明るくニコニコとそんな話をしてくれる彼女だから、そのうち「見る目のある会社と契約したよ」と報告してくれるに違いないと思っている。

そんな彼女から今日はJクンのことをゆっくり聞かせてもらった。Jクン、Gレトリーバーの確かまだ5歳だったと思うが、人畜無害、大人しく置物のような、見るだけでこちらの顔がほころぶとてもいい奴である。
ところが、生後4ヶ月から暮らし始めた頃は手に負えない凶暴者で、初めて犬と暮らしたYさんは困り果てた末、翌月から訓練所に3ヶ月預けて訓練をしてもらったらしい。だから、可愛い時期のJクンをゆっくり見たことがなく、次に出会ったときにはその身体は巨大な成犬になっており、JクンにはYさんが飼主であることも分からなかったという。

歩行の際の指示には的確に従ったが、帰宅してからの日常生活は、身体が大きくなった分、以前以上に凄まじいものがあった。逃げ場のないマンションの通路では体当たりを受けてもんどりうつし、ご飯の時には唸り、それを止めさせようとするとした時には、血が流れるほど足に噛み付かれたというのだ。
訓練所に連絡すると「飼主が学ばなければ犬は変わりませんよ」とあっさり言われらしいが、それからYさんは訓練というものを身に付けていった。

今のJクンを見れば、結果的に良かったのだろうが、私にはあの3ヶ月がもったいない気がしてならない。初めからJクンではなくYさんが学んでいれば、成長の過程を楽しみながら、また一味違った関係を築けたかもしれないからだ。
「あの頃、こんなカフェがあったらなぁ」Yさんがふと漏らしてくれた。

愛犬のことで困っている方。あなたの対応で犬はビックリするほど変わってくれますよ。まずはあなたが学ぶことをYさんとJクンは教えてくれています。
 

可愛い子犬とボランティア 2004年06月29日(火)

  我家の愛犬スーの子供で同じく盲導犬の繁殖犬となったハナちゃんが今月一日に2回目の出産をし、4週令の今が見頃?だという連絡を頂いたので、カフェの閉店後に手指消毒を念入りに行い、和絵&スーの三人でいそいそと出掛けた。

Yさんの家に到着するなりスーそっくりのハナちゃんがニコニコしながら出迎えてくれ、ひとしきりの歓迎のあいさつをした後「ねぇ、見て見て」とばかりに仔犬たちのところへ案内してくれた。
離乳食を食べ終え、眠りについたばかりの7匹の可愛い天使たちは、サークルの中の思い思いの場所でこれまた思い思いの姿態をさらけ出し私たちは大喜びである。
Hさんが仔犬を抱き上げて和絵に渡すと、スーで4度の出産子育てを経験している彼女はもう有頂天で「可愛い!」を連発していた。

もっこりとした口吻、寝ぼけマナコ、乳臭い身体、もこもこしたお尻と可愛い手足は確かに癒し効果抜群で母性本能をくすぐるに充分である。
協会時代の気質が抜けきらない私は、抱き上げた時の犬の反応や力のいれよう等を観察し、仔犬たちの将来予想を頭の中で楽しんでいたが、Yさんと和絵は「朝起きたらウンチ取り競争だよね」「最後の1週間は本当にてんてこ舞いよね」「ウンチする時、うっうんって可愛い声出しながらするよね」と会話が途切れることはない。

ハナちゃんの子供は6匹だが、帝王切開をし術後の経過が良くない別の繁殖犬の子供を1匹乳母として預かっているそうである。
夜11時に最後の離乳食を与え、4時に起こされて1日が始まるという。
盲導犬事業を支えている大切なボランティアの家庭だ。
生後4週令だからまだ多少の余裕もあるが、日増しに積極的に動き回り、容赦なくYさんを困らせるこれからが正念場だ。

車に戻り、手に残った子犬の臭いをスーに嗅がせると、「あら、子育てやってんだ。そりゃ大変ね。さあ帰りましょ」とさらりとかわされた。
健康に注意して頑張れYさん!
 

誕生日に 2004年06月28日(月)

  人生50年。今日がその日になってしまった。
子供の頃、鉄腕アトムの夢想の世界に引き込まれながらも、21世紀すなわち46歳になる自分はありえない存在だと思っていたのを思い出す。その私が50の声を聞いてしまったのだから世の中何が起こるかわからないものだ。周囲の者は冷やかすし、自身でもこの先怖いものはないような気がしてしまうから不思議だ。
まあ、おまけの人生だと思って精一杯生きてみたいと思う。

奈良で育った私は、中学までは捨てられた犬たちを保護して、貰い手を探したり一人で生きていける野良犬を育てていた。夏の今頃はザリガニやセミを捕まえて犬たちの食料にしていたが、14匹の犬を育てるには苦労も多かった。自分の食べ残しや近所の若い奥さんが差し入れてくれた残飯を、隠れ家に運んでは犬たちに与えていたが「これじゃ足りないよ」と2匹の子供を連れた母犬はどこからか獲物を咥えてくることもあった。
初めて親の許可を得て暮らし始めた犬は天使のように可愛く私には最高の伴侶であったが手紙や新聞をひきちぎり、他人に吠えつく問題児だった。いつの間にか生まれた仔犬も育てたかったが、家庭の状況はそれを許さないことが子供心にも分かり、ダンボールに入れて川に沈め殺してしまったことが今でも心を悩ましている。犬を知らず、しつけも知らず結局は飼い犬までもなくしてしまった自分を責め、その後10年は犬から離れて音楽に没頭した。
その私が以後25年盲導犬を育成したのは、ある意味あの頃への罪滅ぼしだったのかもしれない。

『おてんば盲導犬モア』という本にそれまでのことが書かれているが、今日またカフェを営む私のところへ、犬に関わる仕事を題材に取材を進めておられる作家の井上こみちさんが訪ねてくれた。
節目となる誕生日に『今なぜどんな思いでこの仕事をしているか』を話すことができたので、いずれ彼女の本の一節に紹介されることだろう。
自分では決して出来ない人生の記録が他者を通して出来るかもしれないことに感謝し、この日の思い出として残したい。
 

気を使うカフェの衛生 2004年06月27日(日)

  6月だというのに暑い日が続いている。
今日は北寄りの風が吹いていたにもかかわらず冷たさは感じられなかった。いつもならカフェの中は風通しが良く涼しいのに、北風を受け入れる窓がないため、より暑く感じられたようだ。したがって午後からはカフェはガランとなり、日陰で風通しの良いガーデンに人と犬が集まる時間帯が多かった。

ドッグカフェのようにたくさんの犬たちが集まる場所では消毒と消臭に気を使う。特に夏場は雑菌の繁殖も旺盛になり衛生面には気を使い過ぎるということはないだろう。
カフェでたまにマーキングなどをしてしまった時には、飲んでも安全どころか身体にも良いのではないかと評判の水溶液を使っているが、万能ではないのと高価なのが欠点だ。そこで排尿便が頻繁に行われるガーデンでは、基本的には太陽の紫外線と土中のバクテリアに活躍してもらっているのだが、フェンスの基礎部分にあるブロックや玄関それにカフェの床などバクテリアが活躍できない個所、あるいはバクテリアでは対応できない菌やウィルスが存在しやすい場所を考えると定期的に薬品を使わざるを得ない。
搾乳前の牛の乳房や器具を消毒する際に用いられる程度に希釈することで、生体に悪影響がないと聞かされているが、やはり慎重になる。盲導犬協会に務めていた頃からこの薬品を使い、正しく使えば消毒の効果と安全性には信頼もしている。しかし、消毒液であるからガーデンには使えない。せっかくのバクテリアを一度死滅させてしまうとこの先延々と薬品を散布しつづけなければならないからだ。土地さえも死んでしまうだろう。ここら辺りが難しい。
1.カフェの衛生に関しては徹底する
2.犬たちの健康に影響があってはならない
3.ガーデンを汚染することなく土と草花を守る
4.経費にも配慮しなければならない
こんなことを考えながら、まずは初めての夏のカフェを過ごしてみたいと思っている。
難しいのだろうけれど「ドッグカフェだから仕方ないよね」という言い訳は、犬の毛だけで済ませれたらと願う。
もちろん、食品衛生に関しては営業の根幹であるから、家庭を守る主婦の感覚と食品衛生責任者の知識を合わせて万全を期したい。
 

小旅行の後に 2004年06月26日(土)

  定休日を利用して5人と5頭で小旅行に出掛けてきた。普通、小旅行といえば「よかったね、楽しかったね」に少し色がつく程度の心地よさで語られるものだが、今回のそれは修学旅行のような趣きがあって、帰宅してから疲れがどっと出てしまった。「あんなこと、こんなこと」楽しい思い出は一杯あったが、まずは寝て疲れを取らないと思い出し笑いをするにも顔が引きつってしまいそうだった。
そんなわけで夕べは9時にダウンしてしまったけれど、ご同行いただいた皆さん、良い思い出をありがとう、そしてお疲れ様でした。おかげさまで今年初めての休肝日を取ることが出来ました。

一夜明けた今日はたくさんの方にご来店いただいたこともあり、午後にはすっかり元気を取り戻した。
入店前から勇ましく吠え立てていたチワワのジュリちゃんと対面する頃にはベストコンディションで、ジュリちゃんには迷惑だったかもしれないが、コントロールの仕方を一杯飼主のご夫婦にアドバイスしてしまった。段階を踏まずにやってしまったことを後悔しているが、お店では静かに出来る時間が持てて、少しは冷静に他の犬たちと周囲の状況を観察できるようになったと思っている。自宅に戻ったら数時間で元に戻るのが普通で、もし依頼があれば数回のレッスンでレベルアップできるだろう。
もちろん血統的な問題もあるから、すべての犬を訓練できるわけではないが、盲導犬から家庭犬を見るようになって2年近くが経ち私自身も勉強と経験を重ねておりそれなりに対応できる分野が増えたことも確かである。

いろんな問題を抱えた犬たちが、訓練のために必要な私の道具箱の中身を増やしてくれているならば、もっとたくさんの犬たちに出会いたいと体調が良い時は思う。
 

緑化計画 2004年06月23日(水)

  ガーデンの緑地作戦を展開して2ヶ月が過ぎた。ラティスで囲った第1エリアを開放し第2エリアに移ってちょうど1週間。ホワイトクローバーの双葉が一面に顔を出し、オーチャードも新芽を見せ始めた。スズメの群れが毎日のように種をついばんでいたが、よくぞ芽を出してくれたと愛しく思う。

第1エリアでの失敗はきちんと耕さず追肥をするように種を蒔いたため、ムラができてしまったことである。今回はスズメ攻撃を予期していなかったので果たしてどんなエリアが出来上がるか楽しみである。
第2エリアの一角にはカモマイルの苗をヴォーノの父さんから頂いたので試しに植えてある。こちらももうすぐ花をつけそうで、種が自然と弾けて周辺に広がれば犬のオシッコや踏まれ強いエリアとなるだろう。

開放した第1エリアは犬たちの排尿便スポットと化したが枯れることなく、土中ではバクテリアが活動しているはずだ。
かくして緑化3カ年計画は順調にその2ヶ月を終えた。
予算1万円でスタートした私の道楽ともいえるこの計画も今となっては馬鹿にするスタッフはいない。緑化というのはご老公様の印籠に匹敵する力を持っているらしい。
そういえばガーデンが一時的に狭くなっても、犬たちは勿論、常連さんも嫌味一つなく見守っていてくださるのは、緑の力なのかもしれない。

「どうせ、すぐに犬たちに踏み荒らされるのに」
これが共通の憂いではあるのだが、「そうなればまた種を蒔けばいい」とみんなが思っているはずだ。
 

信任投票 2004年06月22日(火)

  『飼い犬に手を噛まれる』ことほど屈辱的なことはない。
最近はそのような話を聞くことが増えてきたように思う。「近頃の犬の飼主は」などと説教を垂れるには飲み足りないからご安心を。

ひと昔前は主に日本犬かその雑種を外で飼うことが多かった。日本犬は見知らぬ人や動物・侵入者に対して攻撃的になることがあっても飼主やその家族には忠実である場合が多い。しかし、その日本犬といえども理不尽と感じたことに対しては猛然と抗議の意思を表すのが最近の風潮ではないのだろうか。

その原因は室内飼いにあると思う。
人間社会でもそうだが、戦時中のようにお上が決めたことに対しては、たとえ不平不満があろうとも庶民は物申したり噛み付くことは余程のことがない限りしなかった。支配者と庶民の間にある、隔絶された制度が庶民をして「きっとお偉い方が決められたことじゃから、わしら庶民には分からんちゃんとした理由があるんじゃろ」と言わしめたのだろうし、処罰統制もきつかった。
しかし戦後民主主義が普及するにつれ、お偉い方の傲慢さや不正不徳が明らかになり、さらに物事が決められる手順に国民が関与できるようになると、人々は公然と主張を始めるようになった。
犬で言えば外飼いから室内飼いへの移行に当たると考えればおもしろいと思う。

食物の供給や自由時間を与えてくれた絶対的であり畏敬畏怖の念を感じ神のような存在だと信じていた主人は、いざ室内で間近にその暮らしぶりや本性を見てみると、曖昧模糊、不実不正、優柔不断、…。
長くは言うまい、押して知るべしである。

さて、あなたは昔のような社会に戻して、犬たちから祀(まつ)り上げられるような偶像を望みますか?
それとも、自分をさらけ出した上で自らを磨き、次の選挙でも愛犬から信任を受けられる飼主を目指しますか?

私ならその両方を折衷して使い分ける。家族の一員として誠実に付き合いたいし、決して民主的ではない犬たちと暮らすにはお互いそれが一番だと思うからだ。
答えはない。我々が誠実考えるべきことである。
何故ならどんな方針を選んだとしても彼らは主人を信任するに違いないのだから。
 


- Web Diary ver 1.26 -