From the North Country

緑化計画 2004年06月23日(水)

  ガーデンの緑地作戦を展開して2ヶ月が過ぎた。ラティスで囲った第1エリアを開放し第2エリアに移ってちょうど1週間。ホワイトクローバーの双葉が一面に顔を出し、オーチャードも新芽を見せ始めた。スズメの群れが毎日のように種をついばんでいたが、よくぞ芽を出してくれたと愛しく思う。

第1エリアでの失敗はきちんと耕さず追肥をするように種を蒔いたため、ムラができてしまったことである。今回はスズメ攻撃を予期していなかったので果たしてどんなエリアが出来上がるか楽しみである。
第2エリアの一角にはカモマイルの苗をヴォーノの父さんから頂いたので試しに植えてある。こちらももうすぐ花をつけそうで、種が自然と弾けて周辺に広がれば犬のオシッコや踏まれ強いエリアとなるだろう。

開放した第1エリアは犬たちの排尿便スポットと化したが枯れることなく、土中ではバクテリアが活動しているはずだ。
かくして緑化3カ年計画は順調にその2ヶ月を終えた。
予算1万円でスタートした私の道楽ともいえるこの計画も今となっては馬鹿にするスタッフはいない。緑化というのはご老公様の印籠に匹敵する力を持っているらしい。
そういえばガーデンが一時的に狭くなっても、犬たちは勿論、常連さんも嫌味一つなく見守っていてくださるのは、緑の力なのかもしれない。

「どうせ、すぐに犬たちに踏み荒らされるのに」
これが共通の憂いではあるのだが、「そうなればまた種を蒔けばいい」とみんなが思っているはずだ。
 

信任投票 2004年06月22日(火)

  『飼い犬に手を噛まれる』ことほど屈辱的なことはない。
最近はそのような話を聞くことが増えてきたように思う。「近頃の犬の飼主は」などと説教を垂れるには飲み足りないからご安心を。

ひと昔前は主に日本犬かその雑種を外で飼うことが多かった。日本犬は見知らぬ人や動物・侵入者に対して攻撃的になることがあっても飼主やその家族には忠実である場合が多い。しかし、その日本犬といえども理不尽と感じたことに対しては猛然と抗議の意思を表すのが最近の風潮ではないのだろうか。

その原因は室内飼いにあると思う。
人間社会でもそうだが、戦時中のようにお上が決めたことに対しては、たとえ不平不満があろうとも庶民は物申したり噛み付くことは余程のことがない限りしなかった。支配者と庶民の間にある、隔絶された制度が庶民をして「きっとお偉い方が決められたことじゃから、わしら庶民には分からんちゃんとした理由があるんじゃろ」と言わしめたのだろうし、処罰統制もきつかった。
しかし戦後民主主義が普及するにつれ、お偉い方の傲慢さや不正不徳が明らかになり、さらに物事が決められる手順に国民が関与できるようになると、人々は公然と主張を始めるようになった。
犬で言えば外飼いから室内飼いへの移行に当たると考えればおもしろいと思う。

食物の供給や自由時間を与えてくれた絶対的であり畏敬畏怖の念を感じ神のような存在だと信じていた主人は、いざ室内で間近にその暮らしぶりや本性を見てみると、曖昧模糊、不実不正、優柔不断、…。
長くは言うまい、押して知るべしである。

さて、あなたは昔のような社会に戻して、犬たちから祀(まつ)り上げられるような偶像を望みますか?
それとも、自分をさらけ出した上で自らを磨き、次の選挙でも愛犬から信任を受けられる飼主を目指しますか?

私ならその両方を折衷して使い分ける。家族の一員として誠実に付き合いたいし、決して民主的ではない犬たちと暮らすにはお互いそれが一番だと思うからだ。
答えはない。我々が誠実考えるべきことである。
何故ならどんな方針を選んだとしても彼らは主人を信任するに違いないのだから。
 

3人のユーザー 2004年06月21日(月)

  夜9時を過ぎても室内は蒸し暑い。ガーデンの温度計は22度を指していた。照明を入れるとクリーム色の花房をたわわに抱えたニセアカシアの木々が波打つように揺れ、まるで高千穂の能舞台を演出するような神秘的な雰囲気を醸していた。

昨日3人の盲導犬ユーザー(使用者)がカフェを訪ねてくれた。3年ぶりの再会である。
Yさんとは1頭目の盲導犬クリ号を担当して以来20年近いお付き合いで、年齢が近いことや肌が合うというのか二人とも無類の酒好きなため意気投合することが多く、個人的な付き合いも長い。「家の主人は糖尿病なんだからあまり飲ませないでくださいよ。」知り合って間もない頃、奥さんから怒られたこともあったが、その顔には「こんなに楽しく生き生きした亭主を見るのは失明して以来初めてですよ」と書かれてあった。それから20年以上元気で歩いてるんだからやっぱり酒は百薬の長だと思いたい。

Hさんはまだ私が大学生の頃、協会のボランティアとして札幌にやってきた時、既に盲導犬を使用されていた大ベテランである。視覚障害リハビリテーションが日本で始まった頃の優秀な生徒であり、現在わが国を代表する視覚障害教育者のS先生をして「俺な、まだ若くて未熟な頃、視覚障害者の誘導の仕方を生徒のHに習ったんだよ」と言わしめている。聡明で空間認知力や記憶力・応用力に優れ、私はある種天才であると思っている。
もうひとつ彼女を見続けて感じていることがある。『老けるというのは周囲の人々が老いるのを見ることによって、自らもそれなりに風貌の変化を起こす、あるいはそれを加速するのではないか』ということである。幼くして見えなくなった彼女は、老いの状況を視覚的に脳に刺激しないからなのか、私より少し年上にもかかわらず20以上は若く見えるし、実際気持ちも若くあり続けているのだ。

Kさんは私とめぐり合って本当に良かったと私自身が密かに思える人だ。とてもおこがましく生意気ではあるが、視覚障害リハビリテーションの知識と技術を習得した円熟期に彼女と出会えたことによって、私は彼女に将来の方向性・可能性・情報・知識を紹介できたと思っている。彼女自身は生来の楽天家ではあったが、二人暮しのお姉さんは彼女の将来をとても案じておられ熱心に話を聞いてくれた。たぶんあの日からお二人の人生は動き出したと思う。勿論私はちょっと背中を押しただけであることに変わりはないのだが、私にはあの頃の自分を刻んだ喜びでもある。チューハイが好きで「一緒に飲もうよ!」と誘われていたが、糖尿病による人工透析を週に3日受けていたこともあり実現できなかった。その後お姉さんの腎臓を移植して「オシッコがでるようになった」と喜んでいたからちょっとはつき合ってもいいなと思っている。

それぞれに思い出のある方たちが訪ねてくれたのだが、日曜日で店内は混みあっており、ゆっくり話す時間がなかったのが残念でならない。
「今日は雨、雨が降ります。台風が近づいています」またも天気予報が誤報とも言える情報を流し、晴れ間も見えた今日訪ねてくれたら、心ゆくまで話が出来たのにとヤケ酒を飲みながら考えた。
 

問題意識 2004年06月20日(日)

  台風6号が梅雨前線を北に押し上げたため今日の札幌は本州並みのじめじめした一日だった。幸い予報された雨は、一時パラついた程度で、ガーデンを駈ける犬たちに影響はなかった。満開のニセアカシアには雨も似合うが、その風情は願わくば夜の間に楽しめればと勝手なことを思ってしまう。

昨日ラブラドールを伴った4家族が遊びに来てくれた。それぞれに明るく素直なワンちゃんたちで、午前中のガーデンは賑やかだった。ラブの活発さにご配慮いただいたのか、愛犬はガーデンに残して飼主の方々だけがカフェでお茶を飲み始められた。すると、それまで庭を駆け回り大好きなボール遊びをしていた犬たちは心を一つにしたかのようにドアの前にきて「僕たちも中に入れてください!どんなにボール遊びが楽しくても、どんなに自由に駆け回れても、それはあなたが私と共にいてくれてこそ楽しめるんです。どうか中へ入れるか外に出てきてください」と主張し始めた。
ラブとは確かに活動的で陽気だが、主人に対する思い入れと信頼感はすばらしく、その結びつきは時に回りの者を嫉妬させる程である。
中に入れてもらえないことが分かると、そのうちの1頭はウッドデッキの窓の下に座り、網戸を通して聞こえてくるご主人の声に耳を傾け、静かにいつまでも待つ態勢に入った。ボールを見せても微塵の興味も示さず、かといって寂しさや不安を感じている様子はない。ただ、待ちつづけるだけである。
「いい関係が出来てるのだな」とうれしくなった。

1歳2ヶ月の若いラブの飼主が私に相談を持ちかけられた。「仲間のワンちゃんたちと公園で遊んでいる姿は本当に楽しそうで私もうれしくなります。けれどこの子は他の犬を見ると駆け出してしまい、呼び戻しが出来ないのです。今、問題になっている犬の公園などへの立ち入りを禁止する流れはとても残念なのですが、自分とこの子がその原因を作っている張本人だと思うと、申し訳なく悲しく恥ずかしく何とかしたいと心から思っています。何とかならないでしょうか?」という内容だった。
この二人はいずれいろんな場所で安心して遊べる関係になると直感した。周囲のことを意に介さず傍若無人な飼主がいる中で、社会の迷惑と我が子の成長に板ばさみを感じながらも良い方法を模索しておられるからだ。

愛犬と戯れる中で子供でも犬との信頼関係やきちんとしたしつけができる野原や空き地がなくなっている。いきなり社会デビューとなれば様々な問題に直面するのは当たり前である。しかしそれが今の時代であるならば問題意識を持って対処せざるを得ないだろう。
私のカフェでもショートレッスンで個別対応しているが、同じような悩みを持つ多くの方々に知識と技術を提供できる実現可能な方法はないか、しばらくは頭を悩ませてみたいと思う。
 

さよならHさん、またね 2004年06月19日(土)

  Hさんはその後次の盲導犬を持つことはなかったが、歩くことを諦めた訳でもなかった。ケイとの生活の中で知り合った人々に支えられながら、自分の人生を短歌に綴り、また講演活動を通じて視覚障害者への理解と盲導犬のすばらしさを訴え続けておられた。

「私が歩かなくなってしまったら、天国のお父さんやケイちゃんが死んでも死にきれないって言ってくるの分かってるから、頑張って歩いてるのよ。二人のおかげでこの町の地図も頭に入っているから大丈夫。」と強がっておられたが、私に送られてきた手紙には、夢の中に度々ケイちゃんが現れてきて「何でお母さんあそこで迷ったの?あそこは左じゃなくて右だっていつも私が教えてあげたでしょ!」とケイちゃんに怒られたというようなことがまことしやかに書かれており、私は二人の繋がりを神秘的な思いで苦笑するしかなかった。

地元の高校で講演する際の資料作りが最後のお手伝いとなった。後にその講演を録音したテープと新聞記事が送られてきたが、誠実な話し振りに心から感嘆すると共に、あの可愛らしい口調は昔とちっとも変わらないなと心地よく思ったものである。

20年におよぶ手紙と電話のやり取りはHさんの高齢化と私の人生の転機が重なり、2年程前に中断してしまった。
そして去年、今後の生き方に方向性が見え始めてきたのでHさんに報告しようとダイヤルした私は、しばらくは受話器を置くことが出来ず、脳裏には様々な思いが浮かんでは消えた。無常にも「おかけになった電話は現在…」とのアナウンスが流れるだけであった。

先日、北海道新聞の記者からの手紙でHさんが今年1月16日に亡くなられた事を知った。享年80歳。一人暮らしの自宅には4千首あまりの短歌が残されていたという。
 

続Hさん 2004年06月18日(金)

  ケイのパピーウォーカーは羊が丘の農業試験場に勤務されていたSさんだった。謙虚で知的で穏やかで笑顔が絶えないご夫婦であり、すべての生き物を包み込むような優しさを備えておられた。生活の中心にケイがいて、溢れんばかりの愛情をケイに注いで下さった。協会に勤めて3年ほどでまだ十分な経験もなかった私はSさんとケイを担当しながらスーパーバイザーとしての知識と経験を身に付けていったようなものである。育てられたのはケイだけではなく私自身も同じである。

絞りたての牛乳をこぼさないように自宅まで咥えて運び、ご褒美としてそれを飲んでいたケイ。試験場の丘や野原を自由に駆け回りながら、多くの同僚の方にも可愛がられていた。ラブラドールとしては長毛の優しい手触りの犬だった。
あっという間の1年が過ぎ、さらに1年が過ぎてケイは盲導犬となりHさんとめぐり合うことになる。

「先生、私ね、結婚してから今までずぅっとお父さんのお世話になって生きてきたでしょ。何処へ行くにも手を引いてくれたし、何も出来なくても文句一つ言われなかった。そのお父さんが病気になってケイちゃんが来てくれた。だから私毎日病院に行って、今日はケイちゃんと何処そこへ行けた、今日はケイちゃんとこんなことしたって報告してるの。そしたらお父さん退院して家に帰るのが楽しみだって喜んでくれるの」。
パピーウォーカーSさんから受け継いだ愛情はケイを通じてHさんに届いていた。

道北の冬は時に激しい猛吹雪を呼ぶ。外出先から戻る頃、雪はHさんが通い慣れた道を閉ざしていた。何処に足を踏み入れても膝まで雪に埋もれてしまったという。
どれほど彷徨ったか分からないがHさんは「ケイちゃん、お家帰るよ、ドア探してよ」と言い続けた。ケイがぴたりと止まったのは、やはり深い雪の中だった。既に腰の辺りまで埋まっており「もうダメか」とHさんは思ったらしいが、手を出した先に何かがあり、それが自宅の玄関であることが分かった時からHさんはケイを絶対的に信じることにしたと教えてくれた。

それから12年、老犬となり協会に戻ったケイはパピーウォーカーのSさん夫婦が見守る中、静かに息を引き取った。
『瞳(め)となりて支えてくれたるケイ号の形残れる手のひらのうち』Hさんの短歌である。長年ケイと歩くうちにしっかり握り締めたハーネスが自分の手のひらの形を作っただけでなく、ケイと共に歩んだ様々な思い出を刻んでいるという惜別と感謝を込めた歌である。
しかし私にはケイの死を告げた時、静かに聞いてくれたHさんが受話器を置いた後ひとり号泣し、己が人生を振り返りながら「目が見えず、支えてくれた主人にも先立たれ、その私をさらに支えてくれたケイが何故私より先立たねばならないのか!」という慟哭の末に、静かに悟りを開いた天使の歌声のように聞こえるのである。
 

Hヨシエさん 2004年06月16日(水)

  「Hさんのことで是非お話を伺いたい」という内容の丁寧な手紙が今日届いていた。差出人は北海道新聞社の道北にある小さな町の支局長さんからであった。

Hさんとはその町に住んでおられた盲目の女性である。話し方がとてもチャーミングで少女のような響きがあり、そのことを褒めると「先生、いやだぁ。恥ずかしい!」と照れに照れ、その姿がまた素敵だった。

その明るい声が何処から発せられるのか、彼女の生きざまを知った人は誰しも自分の人生を振り返るに違いない。
20数年前彼女と出会った私もその一人だった。
記憶が確かかどうかは時の流れのためで、今日はアルコールとは関係ない。はずだ。

20代の頃、彼女は動員された工場で空襲に遭い、視力を失った。後のご主人と出会ったことで彼女は生きる力と、世間の偏見に耐えつつも冷静に正義を見る心を培った。血の滲むような生活の中で3人の子供を立派に育てあげたに違いない。
そして夫婦だけの暮らしが再び始まった時、「盲導犬を使ってひとりでこの町を歩きたい。」と協会に連絡してきた。
しかし本当の目的は別のところにあったと後年彼女が教えてくれた。
「先生、本当はね、お父さんに手作りのお弁当を作って持って行ってあげたかったの。だから訓練中、もう足が動かなくなってトイレにさえ這って行く状態だったのに誰にも内緒で必死で頑張ったんだぁ。それと私一生忘れないけど、あの時先生がこう言ってくれたからやりとおせたんだよね。」
その時私が何を言ったのか記憶にはなく、今となっては全く思い出すことも出来ないが、帰宅してから彼女がご主人のために作ったお弁当には確か卵焼きとウインナーが入っていたはずだ。
ご主人はガンに犯され入院生活を送っていた。それまで彼女の歩行と人生を介助してくれたご主人に美味しい手作り弁当を届けるため、盲導犬ケイ号が毎日の病院への道のりをサポートするようになった。

その年ご主人が亡くなってから、彼女は思いを託した短歌を添えて毎月私に点字の手紙を送り続け、私も始めは点字で返信していた。「先生、返事は要らないよ。私のボケ防止のために書いてるんだから読み飛ばしてくださいね。」と優しい心遣いをいただいて以降、返事は電話での会話となり、それは一昨年まで続いた。(明後日頃につづく)
 

基礎から学ぼう 2004年06月15日(火)

  いつの間にかガーデンのニセアカシアには白い花房が咲き始め、折からの強い風に揺られていた。天気は良かったが真夏日の昨日と打って変わって寒い一日だった。

午前中には二組の夫婦がそれぞれ別々に来店された。おひと方は1年前にゴールデンを亡くされ、犬恋しさにカフェを訪ねてくれた。もうおひと方は引き気味なゴールデンとハイパーな黒ラブと過ごされているため、この店に連れてきても良いものかと、とりあえず下見に来られたご夫婦であった。それぞれにある種の決心をして来られたのだと思うと、ついつい声をかけてお話を伺いたくなり、あっという間に時間が過ぎていった。お泊り犬のラッセルやトリミングを終えたシーズー、スタッフのアメリカンコッカーが会話の隙間を立派に埋めてくれていた。

午後には初見参の生後6ヶ月のチワワちっちちゃんの飼主の方からお話を伺ったが、小型犬と大型犬のスタートラインからの違いを考えさせられた。
相談の内容はトイレのしつけであった。普通6ヶ月といえばトイレのしつけは完璧なはずである。と思うのは大型犬の飼主であって、小型室内犬の場合はそうでもないことが多い。実際このちっちちゃんはそのほとんどが失敗の連続であるというのだ。
大型犬の場合、たとえ仔犬といえどもオシッコの量は「わぁっ」と思わせるものであるから、最初のしつけはトイレットトレーニングになる。しかし小型室内犬を飼われた場合はどうやらそうではないらしく、小鳥やハムスターを飼われたような感覚になり、犬はペットシーツでしてくれる分、楽に暮らせるという発想が生まれる。だからケージの外に出して遊んでいても、「そろそろオシッコに連れ出さなければ」という考えが浮かばないようだ。
そのうえペットショップでも家庭での暮らしを想定せず、ショップでのシートの上にしかオシッコが出来ない状況を作り出し、単にそれだけで『トイレのしつけ済み』などと宣伝して売りつけているから、家庭に入ったとき問題が生じる。

トイレのしつけとは、人が指示した場所でかけられた言葉に従って用を足すことであり、その時間以外にもよおした時には、何らかの方法で人に伝えることが出来るようにすることである。そして人は犬が我慢する前にその要求を満たしてあげなければならないのだ。
失敗を叱りつづけると、犬は「この人の前では出来ない」とさらに排尿便に神経質になり悪循環が始まる。
どんな時にするのか、時間的な間隔はどうなのか、犬の動きで分からないのか、その時どうすればよいのか等などが分かっていれば、簡単にしつけられることである。

犬がトイレをする時は無防備な状態であるから特に神経質になる。そのために人がどう振舞えばよいのかも決まってくるのだ。そして何より、このしつけによって犬が只者ではないことを飼主は知り、犬は知能を働かせシンキングアニマルへと変貌するのだと思う。

犬のことが分からずに暮らし始めた方々、これから暮らしたいと考えている諸氏。まずはカフェを訪ねて基礎知識を身に付けることをお奨めする。
犬無しでのご来店も大歓迎である。時間が空いていればゆっくりお話もできるだろう。
悪意を持って犬と暮らそうと考えている人などまずいないのだから、きっと楽しい時間が共有できると思っているし、互いの勉強になりこの輪が広がることを心から願っている。
 

ラッセル君 2004年06月14日(月)

  今日札幌は真夏日を記録したらしい。
とはいえ此処里塚緑ヶ丘は何と言ってもテレビ塔とほぼ同じ高さにあるため、風通しがよく爽やかな一日だった。

暑さを感じるのは、急遽昨日からお泊りのゴールデンのラッセル君が傍に来た時だ。とにかく身体を密着させて人を恋しがる。おまけに発火点が低く、「ああ、よしよし」なんて声をかけようものならすぐに着火し、尻尾と腰を同時に振ってのた打ち回りながら興奮の嵐を巻き起こす。普通に接していれば、居るか居ないか分からないほど大人しいので、この対照的な反応は一見の価値はある、が夏はむさくるしい。
たぶん散歩の時など奥さんは前方を見据え、誰か知ってる人が現れないか戦々恐々であろう。
「おおーい!ラッセルゥ!」などと声をかけられたら
「呼ばないでぇ〜!」と言い終わる間もなく、バターンズルズルズルと引きずられるかも知れない。

ところがこのラッセル君、今日の散歩では実におりこうに歩いてくれた。去勢したおかげでマーキングも全くなくなったし、臭い取りも要所要所で許可しておけば、後はゆったりである。一昨年の冬に何度かレッスンしたときから比べてずいぶん良くなっている。ちゃんと成長していたんだと思うとうれしくなった。
童顔でとても可愛らしく、コートは産毛のように柔らかいとなると、家族の方はついつい幼い子供のような接し方になってしまうのだろう。そのことが精神的な成長を少し遅らせることになっていたとしても、ラッセルはちゃんと成長していた。
あともう少しだ。一人にされた時、鼻から発する笛のようなピーピー音がなくなることを期待してる。

明日か明後日、お母さんがお迎えに来たら、その時は思いの丈甘えてお母さんの手を煩わせてやるといい。密着してずっと寄り添ってあげればいい。実のお父さんを亡くした悲しみを君なら誰よりも癒してあげられるかも知れないから。
 

カフェの声 2004年06月13日(日)

  初夏の陽気の中でたくさんの犬たちが遊んでくれた。今日はカフェを利用される飼主の方々の共通した言葉、ベストスリーを発表しよう。

第1位:「家の犬がこんなに上手に楽しそうに遊べるなんて思ってもみなかった。他所でだったらワンワン吠えてうるさいのに、此処だったらこんなに犬がいても声も出さずに遊んでるんだから」
これには私どもスタッフの緻密な配慮が隠されていることをお察しあれ。

第2位:「思えば最初の頃とはぜんぜん違うよね。初めの頃なら人にも犬にも警戒してたのに、今なんか遊ぼう遊ぼうだもんね。でも、家に帰るといつもと同じになっちゃうのよね。ちょっとだけ前より引っ張らなくなったし、吠えるのも少なくなったかもしれないな。」
学べるドッグカフェですので通うだけでも着実に変化しているはずです。今、大人気のショートレッスンをお申し込みになれば更なるステップアップが期待できますよ。

第3位:「此処にくるとウンチ出るよね。普段はこんな時間に絶対しないのに、1週間分の宿便すべて出してんじゃないかと思っちゃう。」
開放的になると犬って安心して出しちゃうんですよね。
これから夏場に向かい臭いや衛生面でも気を使うことが一杯あるが、ガーデンの土の下には備長炭が敷き詰められていて、そこにはたくさんのバクテリアが生息している。彼らはもっとたくさんの糞尿を要求しているのでご安心下さい。それから表面にある白い石のように見えるゼオライトだが、これも脱臭作用や水分調整それに下痢止めの働きがあるのでさらに効果的だ。

犬たちを中心に話題を進めているが実は我がカフェには更なる特徴がある。
ボルカンアスールというコーヒーが美味しいだけでなく、特製カレーは絶品だし、今月のパスタはまず間違いなく旨い!それに今月からはスタッフが勝手にアイデアを絞り、作り始めた『白たまクリームきなこ』とやらが大ブレイクしている。もちろん、ニセコルヒエルのジェラートは感激に値する。
他にも取り扱っているドッグフードには絶対的なこだわりがあるし、トリミングにはノンちゃんという手抜きを許さない職人がいる。

そうそう、トリミングと言えば15日から月末までの平日午前中爪切り無料サービスの張り紙をカフェの前に出したその日からトリミングの予約が入り始め、今日慌ててその張り紙をはずした。ところが、たった2日の張り紙でも近所の人はちゃんと見ておられた。
「ただで爪切ってもらえるんですよね」
「は、ハイ!でも予約が入ってまして」
「何時だったらいいの?」
「そ、それじゃ、10時ちょうどなら…」
「じゃ、ピッタリに行きますからね」
失敗した!あの張り紙にはこう書けばよかった。
爪切り無料!『出血』大サービス!と。
 


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