From the North Country

今はこの時を 2004年05月22日(土)

  ガーデンのニセアカシアがようやく芽吹き始めた。と言っても我家の敷地ではなく、境界上にあるいわゆる借景の樹木である。カフェは狭い敷地であるが、三方が空き地に囲まれているおかげで、結構良い環境に見えるのがありがたい。樹木がある側に『売地』という看板が立てられて1ヶ月経っており、いつまでこの環境が続くか分からないが、今はこの時を楽しみたいと思う。

さて、最近カフェではあるいは私には徐々に油断が広がっていることを感じる。オープン当初は犬同士の接触時に大いなる注意を払い、トラブルが無いようこまやかな心配りをしていた。最近では常連とも言える方々が私たちに代わってそれを行ってくださるのだ。そして彼らの愛犬もまた心得ているように見え、他犬に対する接し方にソフトなスマートなさりげない動きを感じさせてくれる。
私の仕事は初めて来店される方とその愛犬への配慮だけですむようになっているし、その初めての方も結構気を使ってくださる。
今日の午後、レオンベルガー、イングリッシュセタ-3、ゴールデン2、シーズー2、柴、トイプードル、Mダックスが来店中、一通りの会話が途切れた時には既に犬たちはまどろみ、その隙間を埋めるようにカフェにはバッへルベルのカノンが流れ、静かな時間が私たちを満たしてくれていた。
今はこの時を大切にしたいと感じた。土曜の午後というだけでなく、人よりも数倍の速さで人生を駆け抜けていく愛犬たちにすばらしい時間をもらったし、与えることができたと思うからだ。

油断という言葉を先程書いた。が実はそうではないことを今になって思う。今日の午後のひと時は決して偶然ではなく、あそこにいた犬たちは、私たちのカフェに通うことで飼主と共にそのように育て上げたという自負もある。
犬たちにはそれぞれ問題があるものだ。その一つ一つを一緒に解決し一人でも多くの良心的な愛犬家に『今はこの時を』という時間を共有できたらと願う。
 

どう見るかで犬は変わる 2004年05月21日(金)

  夕食の時、私のパートナーがふと漏らした言葉から話が弾み、話し込むうちにお互いを妙に納得させられた。

「犬をどう見てるかで犬は変わるよね」
私は大きく頷きながら「本当にそうだなあ」と思った。

私のカフェでは滅多にいないが、犬を見て「おう、よしよしよし」と頭を撫ぜる人は多い。
恐らくその程度にしか犬を見てないのだろうと思う。
なんで、犬がいただけで「おう、よしよしよし」なんだ?こういう人に限って次は「はい、オスワリ!お手!よーしよしよし」と続く。
たぶん、その瞬間に犬は「ああ、こういう人なんだ」と思うかどうかは別にして、その人に合わせた犬としての反応を示すようになり、声をかけた人も満足すると思われる。

散歩から戻り、足を洗おうとすると犬は動いたり不都合な行動を取るものであるが、「ちょっと待って!次は右手でしょ!そうえらいね。はい、次は後ろ」という会話と毅然とした態度を示すことによって、犬は戸惑いながら、始めは無視しつづけながらも徐々に言葉には意味があることを知るようになる。

前者の飼主は、犬を生きた付属物のように取り扱い、「家の犬はおりこうで、たいしたもんだ」と可愛がるのに対し、後者の飼主は「まだ私が言ってることの意味がわからないの?そう、そうでしょ。えらいね」と、言葉の意味を教え続ける。そしてそれぞれの飼主の接し方によって、犬は今後の行動と頭の働かせ方を学ぶのだと思う。

前者の飼主に罪はなく犬をスポイル(台無し)にすることもないが、発展性もない。後者の飼主には、犬に対して言い聞かせることばかりして、意思の疎通の行き違いが発生したり、過度な要求をする危険性もあるが、犬のことを分かっている人には、お互いの疎通のためにコミュニケーションは当たり前のことである。

これらのことは、たぶん余程の男でないと分からないことであり、普通の女にしかできないことなのだと思う。

犬はあなたが思っているほどの生き物ではなく、あなたが思っている以上の生き物です。どちらかと言えば想像以上のパートナーでしょう。という意味をこれからも発信していきたいと思う。
 

温度差 2004年05月19日(水)

  驚かれる方もおられるだろうが、札幌にある私のカフェでは日中でもまだストーブを焚いている。さすがにずっと焚きっぱなしというわけではなく24度になると一旦自動消火する。ガーデンにかまくらがあった冬の時期は、室温が20度になるとみんな暑いと言うので、19度に設定してあったことを思えば、温度というのはそのまま快適さを示すものではないらしい。
3月に入ると人が衣替えをするように、犬たちにも換毛が始まり春から夏にかけての装いを整える。室内で暮らす犬が増えたこともあり、抜け毛の期間はずいぶんと曖昧になっており、体感温度の違いや犬種、年齢などによって個体差があるようだ。
このように例えば温度一つを見ても、季節や個体差によって快適温が異なることは分かっているが、普通は40度を越せばとても暑いし、マイナス20度を下回れば寒いと感じるものである。
何を言いたいかというと、実は私はとても怒っているのである。
非常に分かりにくい前置きになってしまって恐縮だが、昨日の散歩の時、新しく造成された公園に放置されていた犬のウンチが許せないのである。
そこは芝生の絨毯が延々と広がり、静かで、人々のくつろぎや、子供たちの遊戯それに愛犬との散歩には快適な空間である。
思想や観念など人の認識に様々な温度差があることを認めたとしても、あそこに犬のウンチを放置しちゃいかんだろう!どういう神経してんだ!
気温で言えば40度は超えているしマイナス20度は下回っているじゃないか!
ウンチ放置を常習にしている飼主には、愛犬家のほとんどが怒りに震えていると思う。常習の現場を抑えたとき皆さんならどうするのだろうか?
ご近所の底力を結集しよう。
団結するゾ!おうっ!
 

戦士の休息。へこたれてもいいんだよ 2004年05月18日(火)

  Kさんちの看板犬ヴォーノがダウンしたという話を聞き心配している。
カフェに素敵なフラワーポットを飾って下さるロイヤルガーデナーのKさんの愛犬ジャーマンショートヘアポインターのヴォーノ君が、朝から起きてこないというのだ。

ガーデナーの仕事は今の時期大変忙しい。札幌の夜明けは4時過ぎだが、その頃から草花の手入れをし、外回りの仕事をこなし、お店で来客の対応をする。
ヴォーノ君はお店担当だ。来客があれば精一杯の愛想を振りまき、きれいな草花と犬との生活がどれほどすばらしいかを全身で表現している。
イギリス流のガーデニングは自然との調和である。ドイツの血を引くヴォーノにとって、イギリス流のやり方との共存に戸惑いもあったろうが、彼はドイツ流儀を押し通し、きちんと何一つ落ち度がない接客姿勢を貫いていた。本当はおっかなくて尻込みしたい男性の客に対しても、ご主人の後ろに隠れながら「おはようございます。ようこそ」と愛想を見せていたという。

だが彼は冬の間、ご主人と同様に気楽な生活を送りすぎていた。明らかなトレーニング不足だった。1日に16時間の睡眠と満たされた食生活それに心休まる散歩で、春に向けての心構えができていなかったのだろう。
「さあ、仕事の季節だ!」Kさん夫婦には分かっていても、ヴォーノは「よし!今日も遊ぶぞ!」と思っていたに違いない。
生活の変化を感じたヴォーノはKさん夫婦の働きぶりに自分の役割を理解して頑張ったのだろう。
そして今日ヴォーノはダウンした。朝、店を訪ねてくれたKさんは愛しげに話してくれた。
「毎日16時間寝てた犬が、ここんとこ6時間しか寝てないんだから疲れるよなあ。別に看板犬を頼んだ訳じゃないのに、自分でやってるんだよなあ」
働く犬はすばらしいなと思う。
「アリナミンを飲ませて、今日は休ませてあげるといい」と言った私の横で、我家の看板犬スーは
「適当に気ままにやってりゃいいのよ。若いわね。まあ、来年にはヴォーノ君も要領がよくなるだろうけどね」と、軽く頭を持ち上げ私を見て、安心したように眠り始めた。
 

膝の痛みとミントちゃん 2004年05月17日(月)

  ついにとうとう私の膝が壊れてしまったらしい。協会で働いていた頃からの持病の膝痛が、良いほうの足にまで及んでしまった。立ち上がったり歩くと激痛が走り、時に立っていられなくなるのだ。CT検査で棚障害と判明した。
「膝に3〜4ヶ所の穴をあけ、直径4ミリほどの関節鏡で手術すれば1週間ほどで治るでしょうが、商売を始めたばかりでは入院も難しいですよね。いい飲み薬もあるのですが、十二指腸潰瘍の治療をしているようですから、この薬は使えませんね」さあ、困ったものだ。とりあえず痛み止め成分を含んだシップで時間を稼ぎ考えることにした。

そんな今日、ウェスティのミントちゃんがカフェを訪ねてくれた。高齢者を対象にしたグループホームでセラピーというか一職員として働く有能なワンコである。その働き振りを聞いて真のセラピー犬をあらためて考えさせられた。
ミントは起床時間になると入所されているおじいちゃんの頭を舐め、それで起きないとなると髪の毛をかきむしる。毛が無いじいちゃんには、起きるまで舐めまわす。「あいつはうるさい!」と怒鳴る顔はしかし笑っていると言う。これで1日のリズムが出来上がり、朝になったら起き、夜にはぐっすり眠るようになったという。
徘徊を始める入所者がいると、スタッフが「行ってらっしゃい」と声をかける。
「ミントを連れて行く」というのでリードを渡すと、引っ張られて大変だから、誰か一緒に行こうと言う。これでは徘徊にならないとスタッフは大喜びである。
車椅子に乗った犬嫌いの入所者の足先をミントがからかうようにかじるらしい。おかげでミントを蹴散らす足先に力が出てきたとこれまたスタッフは喜んでいる。
置物の縫いぐるみのように大人しく、怪訝な人物や脅かすような音にもたじろがない犬をセラピー犬として認定するところもあるようだが、「ほんと、この子は私たちがいないとろくでもないことをしでかすんだから」とニコニコしながら世話をし、結果的に体と心を動かすミントのようなワンコが本当のセラピー犬ではないかと思う。

もし、私が膝の手術をしてリハビリが必要になったとき、ミントのようなワンコがいれば、痛みに涙を流しながらも顔は笑っているに違いない。
 

男と女 2004年05月16日(日)

  散歩中に犬が引っ張るのも、出会った犬に吠えかかるのも、車に乗せたら外を見て吠えるのも、電話を始めたら吠え続けるのも、人に飛びつくのも、叱ったら逆切れされるのも根はみんな同じ。
これまでこの解決法をどれだけ多くの人に話し、やって見せて、やってもらったことだろう。
でもほとんどの方は、この犬を治して欲しいというばかりで、自らの接し方を変え、自分を改めようとは思わなかった。
彼らの注文に答えるのは簡単である。1ヶ月訓練し、2週後に魔法が消えてしまう可能性さえ受け入れてくれれば。

でもカフェを始めて、自分でできることはやってみたいという方がたくさんおられることに私は心からの喜びと敬意を感じている。チャレンジすることは誰にとっても勇気がいるし、手間もかかるし、変化を受け入れなければならない。
私にはできることではない。愛犬のため、自分とその生活を変えることなんて、普通の男には到底できはしないと思う。
そう、女性は偉大である。自分で考え決断し行動しているのはカフェにおいては女性である。
地図は読めなくても、話を聞かない男よりずっと尊敬できる生き物である。

もし私に救いがあるとすれば、彼女たちに同行し理解を示すご主人が、タマにおられることで、その男たちが何ともいえず魅力的なことである。理解があるというのか、包容力があるのか、犬バカなのか、女房の尻にしかれているのかはわからないが、彼らと目を合わせるだけでほのぼのし、優しい男になれるのである。
回りの女なしでゆっくり酒を飲みながら話してみたいと思いスケジュールを考えるのが男で、女性たちは今この時をとばかりに屈託なくおしゃべりをしている。
 

ノーリードとは? 2004年05月15日(土)

  「家の子は大丈夫ですから!」10メートルも離れたところから飼主が声をかける。
恐らく愛想がよく、マウントしたり喧嘩を吹っかけることがないから安心してくださいという意味なのだろうが、この犬の何処が大丈夫だと言うのだろうか?現に他人や他犬に勝手に影響を及ぼしているじゃないか。

盲導犬の訓練をしていた頃、苦笑いと怒りが込み上げてきたものだ。訓練士である私が訓練犬と歩いている時は、そのような犬が現れた時、取り乱すことがないようにと訓練に応用した。しかし、視覚障害者が盲導犬を使用しているときは、放たれた犬が近づいてきたという認識を事前に目で確認することができず、盲導犬は緊張し、犬を障害物とみなし、次にどう行動すべきか相手の動きを注視し、その緊張が使用者に伝わるのである。決して大丈夫と言う状況ではないのである。

そして今、我家の愛犬スーとの散歩中にも、そのような飼主と出会うことがある。相手には「愛想のない奴だ」と嫌われているかもしれないが、そのような時ことさら相手を無視して通り過ぎるようにしている。そして心は怒りに震えている。
「相手があることを考えろ」と。
私たちも大きなことは言えない。なぜならノーリードで散歩するからである。しかしそこには、ルールと気配りがあり、その上での甘えと犬との良い関係を保つ機会があると思っている。
スーには「マテ」と言ったらその場で動かないことを教えてある。もちろん、「おいで」も教えている。しかし、これらは非常時のためであり、原則は別のところにある。
1.自分の犬がおりこうだとか、信頼できるだとか、コントロールできるどうのこうのではなく、もし近くに人がいたらその人は大の犬嫌いだと想定している。
2.犬が散歩していたら、相手の犬にノーリードであるがための影響を与えてはならないと思っている。
つまりは、自分の視界に人や犬を見つけたら、たとえ100メートル先であっても繋ぐようにしている。だから社会的には我家のスーはノーリードではなく、私たちの前でのみノーリードなのである。

これが私たちの望む社会では決してない。しかしあまりにも無頓着で横柄な飼主がいるために、せっかく人と犬が共存できるチャンスの時代に、逆行する自称愛犬家が目立ちすぎているのではないだろうか。その証拠が犬立ち入り禁止の看板の増加に現れていて悲しい。
 

視覚障害リハビリテーションその3 2004年05月14日(金)

  その夜、夕張の炭鉱でHさんが振り下ろしたツルハシの先には不発のダイナマイトがあった。
吹き飛ばされた彼は、自分の首、腕、足が付いていることを確かめたのち、薄れゆく意識の中で二人の幼子のことを思っていたという。
次に意識を取り戻したのは救急車の中だったが、聞こえてきた言葉が彼の生命力に火をつけた。
「こんな時間に嫌だね。どうせ助からんだろうに」

彼は一命を取り留めた。
顎は砕かれ両眼とも失明していたが、ともかく彼は生きていた。そして良い担当医に恵まれた。
「Hさん、あんたこれから社会で生きていくなら、体中に刺さったこの炭を削ぎ落とさんきゃならん。真っ黒ではどうもならんだろ」と言って、毎日のようにワイヤーブラシで体中を擦ったという。この苦痛がHさんを失明の悲しみに留まらせることを許さなかった。
普通なら失明をそう簡単に受け入れることはできないが、彼には妻と幼子がいた。そして彼の戦いが始まった。

入院中に彼は点字の読み書きをマスターし、鍼灸師の資格をとるため函館に移り住んだ。通所のため盲導犬を持つことになり、そこで私と知り合った。5年間の勉強の後、彼は読み書きに不自由することなく、身の回りのことは何でも自分でこなし、函館の町を盲導犬と自由に歩き、立派な治療院を構え、釣りや競馬の趣味を楽しみ、周りの人からは「先生のお蔭で体が治った」と尊敬されている。

見る(映る)と言う機能は確かに目で行われている。しかし、真に見る(認識する)のは脳である。未開の民族に携帯電話を見せてもそれが何であるかわからないが、Hさんは触るだけでそれが携帯であるとわかり、自在に使いこなすことができる。キャベツの千切りなど、普通の主婦なら子供と話しながらできてしまうのだ。脳が覚えているのである。悲しむことはない、日本海に沈む夕日だって鮮明に頭に描くことができるし、自分の奥さんだって美しかったあの頃のままで想像できるのだ。

Hさんと酒を酌み交わした時、「なあ、長崎さん。今の俺の人生はあのツルハシのおかげだったかも知れない。どうもならん悪だった俺が、今、治療する喜びを感じ、先生と感謝されている。二人の子供も立派に育った。盲導犬ルナも助けてくれた。」しみじみ彼は言った。

彼は努力をしたが運も良かった。
そんな社会福祉じゃダメなんだ。「何で自分だけがこんな目に遭わなきゃならないんだ」と悶々とする人たちは札幌市だけで年間100人はいる。その方たちの明日のためにシステムをしっかりしなければならないと思う。

それにしても、未だ釣りに出かけてHさんに勝ったことはない。それどころか、「あんた、なんぼ言ってもコツが分からんのか」まるで、「だから目明きはどうもならん」と言われているようでこっぱずかしいのである。
 

視覚障害リハビリテーションその2 2004年05月12日(水)

  ドッグカフェのHPには相応しくないコラムが続くが、これは私の使命であると、想いの100分の1をもう少し書くことにする。

昔、医者は『失明宣告』という言葉を使った。
宣告という用語には例えば死刑や末期がんを連想させる「はい、それで終わり」という絶望的な響きがある。
今、医者は『障害の告知』という表現を使う。しかし、実態は何も変わっていない。
当然である、彼らの多くは失明防止のための教育は受けていても、医療が及ばず、見えなくなった後のことは学んでいないからである。
そこで善良な彼らは、昨日のコラムに書いたような視覚障害者の苦悩を連想し、「患者を落胆させてはいけない」という思いと「私の病院から失明者が出て、自殺でもされたら大変だ」との思いが交錯し、
「もう少し様子を見ましょう」
「きっと良い薬や治療法があるはず」などと思わせぶりな態度をとり、徐々に患者が障害を受け入れるための時間を稼ごうとしがちである。
その間、患者から障害者へと変わったはずの『患者』の精神的ケアは看護師たちに丸投げされ両者に苦悩が生まれることになる。
患者は名医がいると聞けば全国の病院を回り、健康食品を探し、宗教に救いを求め、その時間がいつの間にか3年5年8年となり、家族の苦悩は現実的な経済の破綻となり、ついには家庭崩壊へと連鎖は広がってしまうことが多い。

リハビリテーションというと機能回復訓練のように、少しでも元の状態に戻るために頑張る意欲が湧くものだが、眼科におけるそれは「見えるように」ではなく「見えなくなったからこうしよう」という医療とは背中合わせのものであるから、患者のモチベーションは当然低くなってしまう。
しかし、だからこそ、あの時点で眼科医が適切な告知を行い、専門の眼科リハビリにうまく橋渡しをしておけば、家庭崩壊をもたらす無為な時間を軽減し、新たな展開へと導けたのではないかと悔しく思ったことが何度もあった。

医者にも言い分はある。
「眼科リハビリって何?行政の管轄?何処で誰がどんなことをやってるの?」
ハンセン病患者の受け入れ拒否問題で閉鎖してしまったホテルがあったが、知らされてないことにどう対処するか?という行政に投げかけられた解決すべき問題であると思う。
病気になったら薬局か病院へ、酒が切れたら酒屋かコンビニへ。そう簡単に解決できるはずもないが、せめて、医者や障害者から「目が不自由になった」と役所に相談があったら、「ここで相談しなさい」と確信をもって言える体制を整えてもらいたいと願う。
北海道では、あまり知られてはいないが盲導犬協会が民間の組織としてその役割を果たす部門も兼ね備えている。

明日は定休日。このテーマは少なくともあと2回を予定している。
 

視覚障害リハビリテーションその1 2004年05月11日(火)

  重い話になって恐縮だが、余程のトピックがない限り、数日は私のもう一つの専門だった中途視覚障害リハビリテーションについて書くことにする。
視覚障害というのを身近に感じたことはあるだろうか?
例えば目を閉じたとしよう。
しばらくすると身の回りに置いたものが何処にあるのか分からなくなり、たとえ携帯電話を手で確認しても、それを利用することが出来ない。新聞を手にしても読むことができないし、メモを取ることもできない。
酒が切れたとしてもすぐ近くにあるコンビニに買いに行くことさえできなくなるだろう。
・身の回りのことができなくなる
・読み書きができなくなる
・歩けなくなる
というのが、まず普通の人の頭に浮かぶことのようだ。
暗い話になってしまうし、短いコラムで要約するには無理を承知で付け足してみよう。
1.まず、あなたは見えない人のことをどう思っているか?その人たちのことを卑下し悲観している人ほど、その状態になった時の衝撃は大きいということが想像できるだろうか?
2.視覚障害者の9割以上は何らかの見え方をしている。しかし、周りの人は暗黒世界で暮らす可愛そうな人だという目で自分を見ている。たとえ全盲であったとしても暗黒ではないのに。この辛さが分かるだろうか?
3.子供の成長や四季の移ろいを見ることができない。
4.今の仕事にどれほどの情熱と技術があろうとも、職を失い、経済的に破綻し、医療費はかさみ、特売品を買うこともできず出費は膨らむ。
5.他人に声をかけられても「果たして誰か?本当に自分になのか?」に戸惑い、会話することができなくなってしまう。
6.勇気を出して外を歩けば人にぶつかり怒鳴られる。電信柱に「すみませんでした」と頭を下げ謝る自分に気付いた時、果たして人は耐えられるであろうか?
まだまだたくさんの喪失があり苦悩がある。
その時期の真っ只中、奈落の底にいる方たちとその家族にこれまで向き合ってきた。
「失明とは死である。ただし、それは見えていた今までの人生の終焉であり、人生が終わったのではなく変わったのだ」との言葉を信じ、実践するうちにそれは確信へと変わっていった。
当然といえば当然だが、人は見えなくなっても、普通にしっかり楽しく生きていけるものである。それどころか大きな壁を超えた分、普通の人たちより立派に生きていくことさえできる。見える見えないではなく、要は元々どんな人間だったかに集約されるのだ。ただ、どの時点でそのことに目を向けるきっかけがあったかにより、その後の人生に大きな影響を及ぼすことになる。(つづく)
 


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