From the North Country

男と女 2004年05月16日(日)

  散歩中に犬が引っ張るのも、出会った犬に吠えかかるのも、車に乗せたら外を見て吠えるのも、電話を始めたら吠え続けるのも、人に飛びつくのも、叱ったら逆切れされるのも根はみんな同じ。
これまでこの解決法をどれだけ多くの人に話し、やって見せて、やってもらったことだろう。
でもほとんどの方は、この犬を治して欲しいというばかりで、自らの接し方を変え、自分を改めようとは思わなかった。
彼らの注文に答えるのは簡単である。1ヶ月訓練し、2週後に魔法が消えてしまう可能性さえ受け入れてくれれば。

でもカフェを始めて、自分でできることはやってみたいという方がたくさんおられることに私は心からの喜びと敬意を感じている。チャレンジすることは誰にとっても勇気がいるし、手間もかかるし、変化を受け入れなければならない。
私にはできることではない。愛犬のため、自分とその生活を変えることなんて、普通の男には到底できはしないと思う。
そう、女性は偉大である。自分で考え決断し行動しているのはカフェにおいては女性である。
地図は読めなくても、話を聞かない男よりずっと尊敬できる生き物である。

もし私に救いがあるとすれば、彼女たちに同行し理解を示すご主人が、タマにおられることで、その男たちが何ともいえず魅力的なことである。理解があるというのか、包容力があるのか、犬バカなのか、女房の尻にしかれているのかはわからないが、彼らと目を合わせるだけでほのぼのし、優しい男になれるのである。
回りの女なしでゆっくり酒を飲みながら話してみたいと思いスケジュールを考えるのが男で、女性たちは今この時をとばかりに屈託なくおしゃべりをしている。
 

ノーリードとは? 2004年05月15日(土)

  「家の子は大丈夫ですから!」10メートルも離れたところから飼主が声をかける。
恐らく愛想がよく、マウントしたり喧嘩を吹っかけることがないから安心してくださいという意味なのだろうが、この犬の何処が大丈夫だと言うのだろうか?現に他人や他犬に勝手に影響を及ぼしているじゃないか。

盲導犬の訓練をしていた頃、苦笑いと怒りが込み上げてきたものだ。訓練士である私が訓練犬と歩いている時は、そのような犬が現れた時、取り乱すことがないようにと訓練に応用した。しかし、視覚障害者が盲導犬を使用しているときは、放たれた犬が近づいてきたという認識を事前に目で確認することができず、盲導犬は緊張し、犬を障害物とみなし、次にどう行動すべきか相手の動きを注視し、その緊張が使用者に伝わるのである。決して大丈夫と言う状況ではないのである。

そして今、我家の愛犬スーとの散歩中にも、そのような飼主と出会うことがある。相手には「愛想のない奴だ」と嫌われているかもしれないが、そのような時ことさら相手を無視して通り過ぎるようにしている。そして心は怒りに震えている。
「相手があることを考えろ」と。
私たちも大きなことは言えない。なぜならノーリードで散歩するからである。しかしそこには、ルールと気配りがあり、その上での甘えと犬との良い関係を保つ機会があると思っている。
スーには「マテ」と言ったらその場で動かないことを教えてある。もちろん、「おいで」も教えている。しかし、これらは非常時のためであり、原則は別のところにある。
1.自分の犬がおりこうだとか、信頼できるだとか、コントロールできるどうのこうのではなく、もし近くに人がいたらその人は大の犬嫌いだと想定している。
2.犬が散歩していたら、相手の犬にノーリードであるがための影響を与えてはならないと思っている。
つまりは、自分の視界に人や犬を見つけたら、たとえ100メートル先であっても繋ぐようにしている。だから社会的には我家のスーはノーリードではなく、私たちの前でのみノーリードなのである。

これが私たちの望む社会では決してない。しかしあまりにも無頓着で横柄な飼主がいるために、せっかく人と犬が共存できるチャンスの時代に、逆行する自称愛犬家が目立ちすぎているのではないだろうか。その証拠が犬立ち入り禁止の看板の増加に現れていて悲しい。
 

視覚障害リハビリテーションその3 2004年05月14日(金)

  その夜、夕張の炭鉱でHさんが振り下ろしたツルハシの先には不発のダイナマイトがあった。
吹き飛ばされた彼は、自分の首、腕、足が付いていることを確かめたのち、薄れゆく意識の中で二人の幼子のことを思っていたという。
次に意識を取り戻したのは救急車の中だったが、聞こえてきた言葉が彼の生命力に火をつけた。
「こんな時間に嫌だね。どうせ助からんだろうに」

彼は一命を取り留めた。
顎は砕かれ両眼とも失明していたが、ともかく彼は生きていた。そして良い担当医に恵まれた。
「Hさん、あんたこれから社会で生きていくなら、体中に刺さったこの炭を削ぎ落とさんきゃならん。真っ黒ではどうもならんだろ」と言って、毎日のようにワイヤーブラシで体中を擦ったという。この苦痛がHさんを失明の悲しみに留まらせることを許さなかった。
普通なら失明をそう簡単に受け入れることはできないが、彼には妻と幼子がいた。そして彼の戦いが始まった。

入院中に彼は点字の読み書きをマスターし、鍼灸師の資格をとるため函館に移り住んだ。通所のため盲導犬を持つことになり、そこで私と知り合った。5年間の勉強の後、彼は読み書きに不自由することなく、身の回りのことは何でも自分でこなし、函館の町を盲導犬と自由に歩き、立派な治療院を構え、釣りや競馬の趣味を楽しみ、周りの人からは「先生のお蔭で体が治った」と尊敬されている。

見る(映る)と言う機能は確かに目で行われている。しかし、真に見る(認識する)のは脳である。未開の民族に携帯電話を見せてもそれが何であるかわからないが、Hさんは触るだけでそれが携帯であるとわかり、自在に使いこなすことができる。キャベツの千切りなど、普通の主婦なら子供と話しながらできてしまうのだ。脳が覚えているのである。悲しむことはない、日本海に沈む夕日だって鮮明に頭に描くことができるし、自分の奥さんだって美しかったあの頃のままで想像できるのだ。

Hさんと酒を酌み交わした時、「なあ、長崎さん。今の俺の人生はあのツルハシのおかげだったかも知れない。どうもならん悪だった俺が、今、治療する喜びを感じ、先生と感謝されている。二人の子供も立派に育った。盲導犬ルナも助けてくれた。」しみじみ彼は言った。

彼は努力をしたが運も良かった。
そんな社会福祉じゃダメなんだ。「何で自分だけがこんな目に遭わなきゃならないんだ」と悶々とする人たちは札幌市だけで年間100人はいる。その方たちの明日のためにシステムをしっかりしなければならないと思う。

それにしても、未だ釣りに出かけてHさんに勝ったことはない。それどころか、「あんた、なんぼ言ってもコツが分からんのか」まるで、「だから目明きはどうもならん」と言われているようでこっぱずかしいのである。
 

視覚障害リハビリテーションその2 2004年05月12日(水)

  ドッグカフェのHPには相応しくないコラムが続くが、これは私の使命であると、想いの100分の1をもう少し書くことにする。

昔、医者は『失明宣告』という言葉を使った。
宣告という用語には例えば死刑や末期がんを連想させる「はい、それで終わり」という絶望的な響きがある。
今、医者は『障害の告知』という表現を使う。しかし、実態は何も変わっていない。
当然である、彼らの多くは失明防止のための教育は受けていても、医療が及ばず、見えなくなった後のことは学んでいないからである。
そこで善良な彼らは、昨日のコラムに書いたような視覚障害者の苦悩を連想し、「患者を落胆させてはいけない」という思いと「私の病院から失明者が出て、自殺でもされたら大変だ」との思いが交錯し、
「もう少し様子を見ましょう」
「きっと良い薬や治療法があるはず」などと思わせぶりな態度をとり、徐々に患者が障害を受け入れるための時間を稼ごうとしがちである。
その間、患者から障害者へと変わったはずの『患者』の精神的ケアは看護師たちに丸投げされ両者に苦悩が生まれることになる。
患者は名医がいると聞けば全国の病院を回り、健康食品を探し、宗教に救いを求め、その時間がいつの間にか3年5年8年となり、家族の苦悩は現実的な経済の破綻となり、ついには家庭崩壊へと連鎖は広がってしまうことが多い。

リハビリテーションというと機能回復訓練のように、少しでも元の状態に戻るために頑張る意欲が湧くものだが、眼科におけるそれは「見えるように」ではなく「見えなくなったからこうしよう」という医療とは背中合わせのものであるから、患者のモチベーションは当然低くなってしまう。
しかし、だからこそ、あの時点で眼科医が適切な告知を行い、専門の眼科リハビリにうまく橋渡しをしておけば、家庭崩壊をもたらす無為な時間を軽減し、新たな展開へと導けたのではないかと悔しく思ったことが何度もあった。

医者にも言い分はある。
「眼科リハビリって何?行政の管轄?何処で誰がどんなことをやってるの?」
ハンセン病患者の受け入れ拒否問題で閉鎖してしまったホテルがあったが、知らされてないことにどう対処するか?という行政に投げかけられた解決すべき問題であると思う。
病気になったら薬局か病院へ、酒が切れたら酒屋かコンビニへ。そう簡単に解決できるはずもないが、せめて、医者や障害者から「目が不自由になった」と役所に相談があったら、「ここで相談しなさい」と確信をもって言える体制を整えてもらいたいと願う。
北海道では、あまり知られてはいないが盲導犬協会が民間の組織としてその役割を果たす部門も兼ね備えている。

明日は定休日。このテーマは少なくともあと2回を予定している。
 

視覚障害リハビリテーションその1 2004年05月11日(火)

  重い話になって恐縮だが、余程のトピックがない限り、数日は私のもう一つの専門だった中途視覚障害リハビリテーションについて書くことにする。
視覚障害というのを身近に感じたことはあるだろうか?
例えば目を閉じたとしよう。
しばらくすると身の回りに置いたものが何処にあるのか分からなくなり、たとえ携帯電話を手で確認しても、それを利用することが出来ない。新聞を手にしても読むことができないし、メモを取ることもできない。
酒が切れたとしてもすぐ近くにあるコンビニに買いに行くことさえできなくなるだろう。
・身の回りのことができなくなる
・読み書きができなくなる
・歩けなくなる
というのが、まず普通の人の頭に浮かぶことのようだ。
暗い話になってしまうし、短いコラムで要約するには無理を承知で付け足してみよう。
1.まず、あなたは見えない人のことをどう思っているか?その人たちのことを卑下し悲観している人ほど、その状態になった時の衝撃は大きいということが想像できるだろうか?
2.視覚障害者の9割以上は何らかの見え方をしている。しかし、周りの人は暗黒世界で暮らす可愛そうな人だという目で自分を見ている。たとえ全盲であったとしても暗黒ではないのに。この辛さが分かるだろうか?
3.子供の成長や四季の移ろいを見ることができない。
4.今の仕事にどれほどの情熱と技術があろうとも、職を失い、経済的に破綻し、医療費はかさみ、特売品を買うこともできず出費は膨らむ。
5.他人に声をかけられても「果たして誰か?本当に自分になのか?」に戸惑い、会話することができなくなってしまう。
6.勇気を出して外を歩けば人にぶつかり怒鳴られる。電信柱に「すみませんでした」と頭を下げ謝る自分に気付いた時、果たして人は耐えられるであろうか?
まだまだたくさんの喪失があり苦悩がある。
その時期の真っ只中、奈落の底にいる方たちとその家族にこれまで向き合ってきた。
「失明とは死である。ただし、それは見えていた今までの人生の終焉であり、人生が終わったのではなく変わったのだ」との言葉を信じ、実践するうちにそれは確信へと変わっていった。
当然といえば当然だが、人は見えなくなっても、普通にしっかり楽しく生きていけるものである。それどころか大きな壁を超えた分、普通の人たちより立派に生きていくことさえできる。見える見えないではなく、要は元々どんな人間だったかに集約されるのだ。ただ、どの時点でそのことに目を向けるきっかけがあったかにより、その後の人生に大きな影響を及ぼすことになる。(つづく)
 

るるちゃん 2004年05月10日(月)

  ガーデンのニセアカシアは裸のままであるが、いつの間にか白樺に若葉が芽吹いている。桜は満開で葉桜もあり、そろそろ梅が咲き始めた。何だか順番がおかしい今年の春である。
二日間お泊りだったチワワのるるちゃんにお迎えがあった。
「噛まれて困ってるんです」。
キューピーちゃんの雰囲気を漂わせる青年が、初めてカフェを訪ねてきた時、居合わせた人たちは大変失礼ながら「クスッ」と笑ってしまった。
恐る恐る手を出しては引っ込めたりして、キャリーから出そうとする青年の手に『ガウガウ』とかじり始める5ヶ月のるるちゃんは威勢がよい。
「キャリーを逆さまにして出したら?」とのアドバイスに
「そんなことしていいんですか?」と青年。
外に出されキョトンとしているるるちゃんを見て、ニコッとした青年の笑顔がまた可笑しかった。
青年はそれから何度もカフェを訪ねてくれた。
キャリーをやめて抱っこするようになり、外出時のガウガウは姿を消した。
犬を見て、人を見ては怯えていたるるちゃんも、今ではいろんな人に抱っこされ、大型犬の間を縫うように歩き回り、すっかり人気者になっている。
青年には大きく3つのアドバイスをした。
1.社会経験を積ませること
2.小さくてもダメはダメを伝えること
3.とにかく掻いてやること
1は物事を見せ、体験させ、「大丈夫だよ」と言ってやり、人への信頼と身の程を知ることであり、
2は本当に困っていることなら中途半端な叱り方ではなく、電気のコードをかじっている現場を見つけたときの迫力で叱ること。
3には魔法の力があり、とにかく掻いてやることで情緒が安定し、噛む力が半減し、不安なときに勇気が湧いてくる。というような意味合いを込めた。
お預かりの二日間で、ケージに入れても吠えないようにし、ウンチは100%成功させ、オシッコは2回の失敗で済んだ。いたずらはなく、かじられても抑制を覚えさせた。
そしてお迎えのときを迎えた。
るるちゃんも青年も大喜びであった。
「ここに預けておけばとても安心です」と言ってくれたが
しかし、るるちゃんを触る手は、まるで猫じゃらしのように出したり引っ込めたりを繰り返し、それに興味を抱いたるるちゃんはいつものように青年の手を我が意を得たりとかじっていた。
「これ、治るでしょうか?」
みんなため息をついて、青年のこれからの変化に期待を寄せた。
 

しじみちゃん 2004年05月09日(日)

  いつの間にか札幌の桜も満開どころか葉桜も見え始めた。一気に咲く。これが北海道の草花の生き方だ。
福寿草、こぶし、水芭蕉、レンギョウ、エゾエンゴサク、ムスカリ、梅に桜にツツジやパンジー、クロッカス、スイセン、カタクリ、これらに混じって行者にんにく、あずきな、ふきのとう、こごみ、タランボなどが食卓を賑わしてくれる。
生き物たちも躍動感に満ち満ちている。ドッグガーデンを緑にするために蒔いたホワイトクローバーの種をつまみ食いする小鳥たち。巣づくりのために犬の毛を集めるカラスたち。そして食欲旺盛なカフェを訪れる犬たち。
そんな中で、40キロを超えるオカマちゃんのゴールデンに恋し、細長い身体を一杯に伸ばして求愛する、ミニュチュアダックスのしじみちゃんが哀れで愛しい。叶わぬ恋であるのは重々承知だが、去勢していないしじみちゃんには内から込み上げる衝動というものがあり、彼なりに必死の想いである。
「可愛そうだな」と皆で顔を合わせてしまう。
繁殖予定のないオス犬は去勢すべきである。さもなくば欲望を満たしてあげるべきである。そのどちらでもなく悶々とマーキングを繰り返す犬を見て、飼主はどう感じているのだろう。せめて「やめなさい!」と命令するのは止めて欲しいと思う。無理に決まってるジャン。自分に当てはめてごらん、「無理でしょ。春だよ!若いんだよ!男だよ!」と若い頃を思い出して同情してしまう。
しじみはいつも明るく動じないすばらしいワンコだ。だから春なのに一気に咲けず、絶えるしかないしじみを見て余計に北海道に住む生き物として同情に耐えないのだ。
 

トム君 2004年05月08日(土)

  平岡公園の梅林は2分咲きといったところだが、最高の天気に恵まれ、多くの人出と陽気な犬たちが集まっていた。
今日は花見に出かけたのではなく、ゴールデンのトム君のレッスンであった。他犬に対して威圧的に吠えかかり、人に対し喜んで突進する等の問題を抱えていたトム君の訓練終了を見極めるためであった。
最初のレッスンの時、フェンス越しに吠え立てる犬にトム君もまた大声で応戦していた。
いつもどおりのイエストレーニングと叱ることのないリードショックで、冷静な状態で人の話を聞く体制を整えていった。
数回の歩行の後には、新札幌に出かけ地下街やエスカレータを経験させ、「世の中にはお前の及ばぬ、人間社会があるのだ」と身の程を知らせ、人を頼り信頼させ、社会を見て乗り越える勇気と実績を積ませた。
カフェの常連となっていただいたことで、トム君は人を知り犬も知った。今では、人に優しく常識をわきまえた立派な2歳のゴールデンに育ったと私は思っている。
そして今日、トム君は脚側歩行や持来ができるわけではないし、アジリティに長けているわけでもないが、人や犬で賑わう梅林で、犬の挨拶を冷静に受け、優しく頭を撫ぜられ身体を預けていた。
カフェに戻ってから「次のレッスンはいつですか?」と聞かれたが、「もういいでしょう、暮らしの基本はできました。」と言ってその先の言葉を飲み込んだ。
「訓練をしたいなら、自分でやるか他所の誰かに依頼してください。今の私にはそんな気力もないし、何よりこれ以上を性急に求める必要性はないと思う。今のままでもトム君は育てたように育つものですよ。ゆっくりこれからの成長を見ませんか?それを楽しみましょうよ」ということであった。
トム君の成長は確かに楽しみであるが、レッスンを一つ失うことでカフェの経営はまた危うくなるという観念が私には不足していると反省した。
 

それぞれの特性 2004年05月07日(金)

  鬱蒼たる草地の草刈を幾つかの国の人々にやらせたらどうなったか、と言う話がある。フランスの人たちは草を刈りながらもそれぞれが好き勝手に休暇を取るから、1年後にはきれいな場所や草が伸びた場所などがあり、全体としては訳がわからなくなっていた。イタリア人の草地では、草を刈るまもなくワイワイガヤガヤと長い昼食に出かけるため、半分刈り終えた頃には次の草が生い茂っていたらしい。ドイツ人の草地では1列横隊に並び、根こそぎ草をむしったから、半年後には雑草すら生えなかったという。日本人はと言うと、いつの間にか出身県別のグループが出来上がり、それぞれに競争意識が働いてこれまた良い仕事をしたらしいが、今度は学校別のグループでやろうと言う話が持ち上げっていた。

これをカフェの犬たちに当てはめるのには無理もあり、商売柄大きな誤解と非難を伴うのだが、実はきちんとした管理者のいるドッグカフェやドッグパークでは、すべての方に平穏に楽しく過ごしていただくための、犬種や特性による受け入れ準備態勢というのがあるという意味で書いてみることにする。
これから述べることは、あくまでも基本的にということであって、我がドッグカフェに来られる心優しい犬たちを指しているのではないことを始めに申し添えておく。

柴に代表される日本犬は、基本的に要注意である。飼主には忠実であっても、売られた(と思い込みやすい)喧嘩は必ずといっていいほど買ってしまうからだ。特に去勢されていないとなると緊張する。
小型室内犬チワワやダックス、ポメラニアン、ミニピンなどには内弁慶で吠えたり強がったりする子が多い。もし去勢してなければ人が食事をしているときに平気でペットシーツや壁にマーキングをしてしまう。
陽気なラブラドールやジャックラッセルなども実は要注意犬種に入っているのだ。本人に全く悪気がなくても、他の小型犬や大人しい犬たちの気持ちも考えず、ノー天気に「遊ぼう!」体当たりしてしまうからだ。人間で言えば私と同じB型タイプである。
ドーベルマンやブルテリア、シェパードやコーギーなど結局はほとんどが何らかの項目に引っかかるのである。
だから、犬の挨拶の項で述べたことは、都会で暮らす犬たちの飼主に対する私なりの基本なのである。
最初にトラブルを起こさせない配慮をすれば、後は犬たちが勝手に楽しくやってくれるのだ。
どれがいい悪いではなく、それぞれの個性を把握し、その場に応じた適切な対応を事前に承知し予想し準備することが必要なのである。
 

再会 2004年05月05日(水)

  連休の最終日、札幌は好天に恵まれカフェは大いに賑わった。とにかく気持ちの良い一日で、ガーデンに出て犬たちの戯れを眺めるのは、至極のひと時のように感じられた。
その中で、微笑ましい出会いがあった。
盲導犬のパピーウォーキングを終えたが、残念ながら適性検査に合致せず、一般家庭に引き取られた風太と、彼の元パピーウォーカーTさん家族の偶然の再会である。

駐車場に現れた元パピーウォーカーTさんに「風太が今来ているのですが、いいですか?それとも引き返しますか?」と挨拶もせず私は声をかけた。
Tさん家族はとても驚いたようであったが、ためらうことなく「会います」と答えていた。
このような場合、以前の飼主と現在の飼主の気持ちを慮った(おもんばかった)上での配慮が必要となる。
「会いたくない」「会わせたくない」、どちらかがそう思ったとしても誰もそれを責めることなどできないのである。
今日のこの偶然の出会いを、風太も両家族もとても喜んでくれた。
そして、風太と元パピーウォーカーとの再会は感動的であった。
身体ごと再会を喜ぶ風太。
受け止めるTさん。
心配そうに、でも笑みをたたえて眺める現飼主。
その後のご両家のガーデンでの風太をめぐる話には、誰も立ち入ることを許されない、神秘的な時間が流れていたように感じた。風太の母親役を務めたTさん家のハッピーもそこに加わっていた。
そして、さらに別れる時がすばらしかった。
風太は少しためらいながらも、その後決然とTさんから離れ、去っていったのである。
その姿を見てTさんは安心したに違いない。盲導犬にするべく育てた仔であったけれど、風太は今の飼主とめぐり合うべく生まれてきて、Tさんの家族の下で育ったのだ。
「家にいた時より、今のほうが幸せに違いない」
自分たちに言い聞かせるようなTさんの言葉が印象的だった。

1頭の盲導犬を育て上げるには、風太のような犬たちがたくさん存在する。その後の彼らが今日の風太であるならば、盲導犬も良し!なれなくても良し!と喝采を送りたい。
 


- Web Diary ver 1.26 -