From the North Country

再会 2004年05月05日(水)

  連休の最終日、札幌は好天に恵まれカフェは大いに賑わった。とにかく気持ちの良い一日で、ガーデンに出て犬たちの戯れを眺めるのは、至極のひと時のように感じられた。
その中で、微笑ましい出会いがあった。
盲導犬のパピーウォーキングを終えたが、残念ながら適性検査に合致せず、一般家庭に引き取られた風太と、彼の元パピーウォーカーTさん家族の偶然の再会である。

駐車場に現れた元パピーウォーカーTさんに「風太が今来ているのですが、いいですか?それとも引き返しますか?」と挨拶もせず私は声をかけた。
Tさん家族はとても驚いたようであったが、ためらうことなく「会います」と答えていた。
このような場合、以前の飼主と現在の飼主の気持ちを慮った(おもんばかった)上での配慮が必要となる。
「会いたくない」「会わせたくない」、どちらかがそう思ったとしても誰もそれを責めることなどできないのである。
今日のこの偶然の出会いを、風太も両家族もとても喜んでくれた。
そして、風太と元パピーウォーカーとの再会は感動的であった。
身体ごと再会を喜ぶ風太。
受け止めるTさん。
心配そうに、でも笑みをたたえて眺める現飼主。
その後のご両家のガーデンでの風太をめぐる話には、誰も立ち入ることを許されない、神秘的な時間が流れていたように感じた。風太の母親役を務めたTさん家のハッピーもそこに加わっていた。
そして、さらに別れる時がすばらしかった。
風太は少しためらいながらも、その後決然とTさんから離れ、去っていったのである。
その姿を見てTさんは安心したに違いない。盲導犬にするべく育てた仔であったけれど、風太は今の飼主とめぐり合うべく生まれてきて、Tさんの家族の下で育ったのだ。
「家にいた時より、今のほうが幸せに違いない」
自分たちに言い聞かせるようなTさんの言葉が印象的だった。

1頭の盲導犬を育て上げるには、風太のような犬たちがたくさん存在する。その後の彼らが今日の風太であるならば、盲導犬も良し!なれなくても良し!と喝采を送りたい。
 

サンドイッチデー 2004年05月04日(火)

  別に今日が祝日な訳ではなく、祝日と祝日にはさまれたというだけで休みとなった休日である。もし私が電通などの広告業を営んでいたら、この日をサンドイッチデーと名づけ、家族総出でピクニックに出かける日とし、バスケットから取り出した昼食がサンドイッチだったら「今日のこの日、家族を思う気持ちは、これで伝えよう」とのキャッチコピーを流し、それ以外のものだったら「なぜ、今日を休めるのか考えたことがありますか?」との印象を与える映像を流すだろう。パン屋さんからは喝采を受けるはずだ。せっかくのゴールデンウィークなのに働き続けた夜、悔し紛れに考えてみた。
だから今月、28日、当店は臨時休業いたします。前日27日木曜日の定休と併せ、初めての連休を取ることにします。そしてどこか愛犬と泊まれる宿でのんびり過ごすことにします。

気になることは、今日も来店された常連さんが、あるドッグカフェに行ってみたら、お店の犬たちが我が物顔にテーブルの上を歩き回り、敷き詰められたペットシーツの上で排尿排便をそこここにしてるという話を聞いたことである。
ドッグカフェを履き違えている飼主もいれば、業者もいるのだなとしみじみ感じた。この国の愛犬が社会に受け入れられるには、超えなければならない障壁が足元にあることを実感し、仲間探しの旅も必要だと感じている。その一歩を今月の旅から始めたいと思った。
 

メス犬のシーズン 2004年05月03日(月)

  メス犬のシーズンが盛んに始まっている。
メス犬と暮らし始めた方は、それについての知識をもっているものだと思っていたが、実はそうでもないらしい。
私の限られた経験から、このことについて述べておこう。

1.初めてのシーズン(生理・発情・ヒート等とも言う)は、個体差にもよるが、早くて生後6ヶ月から14ヶ月頃の間に始まることが多い。その後およそ年に2回のシーズンがあるが、この間隔も特に気にすることはない。個体別の間隔があり、年1回の場合も3回の場合も稀にある。

2.これも個体差によるが、出血が始まって13日から15日頃が排卵日となり、この時期に交配すると、妊娠する可能性が高い。しかし、出血の初日を確認した日が本当の初日であるとは限らない。外飼いの場合は発見が遅れることも多く、すでに2〜3日経過していることもある。そこで、出血を確認した日から10日目から15日目頃を特に危険日あるいは交配適齢期と考えておく。

3.メス犬の心と身体はシーズンにより通常とは違ったものになることを知っておこう。特に排卵日が近づくに連れ、オス犬を刺激するフェロモンが強烈に発散される。オス犬には発情時期と言うものはなく、このフェロモンの臭いに触発されるだけであり、去勢されたオスは発情しない。去勢されたオスもマウントのような態度を示すが、この意識はまた別物と考えるべきだ。
排卵が近づいたことを確認するには原始的ではあるが、陰部を指で刺激してみるとよい。出産経験のない犬の場合、触ったとたんに尾を横に曲げる反応があると交配可能であることが多い。
正式には陰部の粘膜組織を染色して調べるスメア検査が有効であるが、この判断も個体の特長を把握しておくことが正しい診断につながるのである。
次に心の変化である。普段、犬嫌いな犬がオス犬にまとわりつくようになったり、ご主人を出迎えるふりをして玄関から逃亡するようなことがよくあることも知っておこう。
彼女たちはこの時期、別の生き物になっているのである。彼氏に恋し無謀な生き方をした頃の自分を思いだそう。
交配させようとしても相手を拒絶するくせに、逃亡した時だけは、まず妊娠するものである。

4.食欲が失せたり、精神的にいつもの愛犬とは違った感じになることがあるが、これらは病気ではなく、正常な身体ゆえの変化である。

5.シーズンと出血は3週間程度続くが、これもまたまた個体差により違う。この辺りは女性なら分かるらしい。
シーズン中はパンツを履かせておくとよい。始めは嫌がる素振りを見せるが2〜3日で慣れてしまうので、その間だけ齧ったりしないよう注意しておく。

6.避妊手術については獣医の見解が異なる。
最初のシーズン前(生後5ヶ月頃)に避妊してしまうことを勧める獣医もいれば、1シーズンを終えて1〜2ヵ月後にスペイ(避妊:現在では子宮・卵巣の全摘出手術)する獣医もいる。共通しているのは過去に出産経験があり、もう交配しないならスペイしたほうが子宮蓄膿症や乳腺ガンに罹り辛いということと、シーズンが終わって1ヶ月以上してからのほうが、スペイ時の出血が少ないということである。

私のドッグカフェはシーズン中の影響を他犬に与える犬は入店できない決まりになっている。
だけれど、いつもの犬に1ヶ月も会えないのはとても寂しい。
ベルナやーい、ムーンちゃぁん、元気だべかぁ?
 

教育とは 2004年05月02日(日)

  「教育とは、教えられたことをすべて忘れたとしても、なお残るもの」であるとアインシュタインやら金八先生らが言うとった。
私はこれを『家庭犬の教育』に当てはめて考えることが多い。
芸ができなくても、使役作業ができなくても、アジリティができなくても、
1.人を信頼し
2.人に寛大で
3.人の話を聞き
4.社会を知り
5.己を知り
6.楽しむことを知り
7.冗談が通じ
8.お互い冷静でありながら、かけがえのない存在であること。etc.
病気や記憶喪失でない限り、これらは皆「教えられたことをすべて忘れたとしても、なお残るもの」でないだろうかと思う。
1と2は、室内飼育と信頼できる多くの人々と関わることで育まれるだろうし
3は、犬を知った上で語りかけることや、私のプレトレーニングレッスン『イエストレーニング』などで可能になり
4と5は、以前紹介した散歩やレッスンなどによる社会経験で、「おや、何だ?」から「ああ、あれか」を知り、分をわきまえ、身の程を知ることであり
6と7は、これまでの接し方が正しかったかどうかを知るバロメータとなろう
8は、たとえ曲折があったとしても、結果的にお互いがこう思えたならすばらしいし、「お前のおかげでいい人生だった」と関白宣言みたいに、誰に教えられなくとも感じたらいい。
頑張って教え込むことはない。
犬は人にとって悪いこともするし、図に乗ることも多い。
ダメはダメと叱り飛ばせばいいが、これを転じて物事を教える手法に使ってはいけない。
犬にとって知らない世界で知らない言語が氾濫しているのだから、じっくり経験させ、不安な時は「大丈夫、私がついてるよ」と言ってやろう。
教えられたことをすべて忘れても、なお残るものを大切にしよう。
 

レンタルドッグ 2004年05月01日(土)

  『住宅事情などで犬を飼えない人たちが、お気に入りの仔犬を、1時間1500円で借りて癒やされるレンタル犬が東京お台場で人気だ』という内容の記事が先月朝日に出ていた。
犬を飼いたくても飼えない読者の幾人かには興味ある紹介であったかもしれないが、私には心痛む記事であった。
一見ほほえましく思える情景も、商売がからんだ時には慎重に取材を進めなければならなかったと思う。そしたらまた違った視座からの記事が書けたはずだ。例えば、

1.バカンスの飾り物のように避暑地に連れて行かれ、そのまま捨てられ野犬化した「サマードッグ」が過去に話題になったが、レンタルドッグならその心配がないという発想をどう考えるべきか?果たして犬は時間制で貸し借りの対象になるものなのだろうか?

2.本来、主人や家族との絆を求める犬が、ビジネスのため見知らぬ人と見知らぬ場所を引き回され、しかもそれはまだ仔犬であるということを通常、人はどう感じるのであろうか?。

3.動物管理センターで毎年殺処分される犬たちの、実に3分の1程が生体販売を行うペットショップから持ち込まれる犬であるということをどう理解し、このレンタル犬をどう利用しろと言うのだろう?

もし視点が違えば、このショップの誤った商魂を揶揄することはあっても、あのような微笑ましさを誘う紹介記事にはならなかったと思う。
記事を読んで、良心的な人々の弱みにつけこんだ業者が、レンタルドッグを新たな事業アイテムにしようと考えないこと、そして人々が利用しないことを今は望むしかない。
 

さらば河西光さん 2004年04月30日(金)

  河西さんが亡くなったというFaxが今届き、気持ちの整理ができないまま、急遽、既にアップした今夜の『北の国から』を差し替えることにする。
驚きもあるが心からのご冥福をお祈りしたい。
中部盲導犬協会の所長、河西光さんとは長い付き合いだった。59歳という若さだったのが悔しい。
日本に盲導犬事業が始まって35年ほどになるが、そこには大きく分けてふたつの流れがあった。
ひとつは、犬の訓練技術を生かしたうえで、独自の試行錯誤から国内初の盲導犬を生み出したアイメイト協会の塩屋先生の流れであり。
もう一つが、民間企業として当時では珍しい社会貢献活動の一環として、イギリスの盲導犬協会から当時訓練部長のケネス・クリーとハワード・ロブソンを招聘しての『日本盲導専門学校』による盲導犬訓練士の養成学校であった。
この学校は企業の倒産と共に消滅したが、そこで学んだ若者たちが、後に名古屋に、栃木にそして北海道で盲導犬事業を展開していった。
河西さんは名古屋で頑張った。
訓練現場にいるときには、本にもなっている『盲導犬サーブ』を育てた。現場を離れて組織を確立する立場になってからは、私と同じように腹が出てきたが、それでも彼の情熱と冷静な判断は冴え渡っていた。国内では日本財団の支援を受けた『盲導犬に関する調査委員会』で報告書作成に一緒に苦労したし、国際盲導犬学校連盟の日本幹事の座も現在尚進行中である。
昨年には、念願の国内最高の訓練施設を完成させて、出た腹をさらに膨らませて「やったぞ」と思っていたに違いない。そして、これからが本番であったはずだ。
無念であったろう、というのが正直な気持ちである。
今朝出勤し、「気分が悪い」と職員に言った後、運ばれる車の中で、くも膜下出血だった彼が「あとを頼む」と言ったのが最後の言葉だったと聞いた。
中部盲導犬協会の加藤君、水谷君、そしてスタッフとボランティア、心して頑張れ!
 

3人のM 2004年04月29日(木)

  産まれたその日から脳細胞は毎日およそ10万個死んでいるそうである。脳細胞はもともと100数十億あるらしいから、100年生きたとしても凡そ36億5千万個が死ぬに過ぎない。でも私の脳細胞はもっと死んでいるか、ニューロンとシナプスの結合が悪いと思われる。
大切な飼主と愛犬の名前がなかなか覚えられず、結果的に接客が悪いのである。
顔に見覚えができ、愛想笑いを浮かべる程度になるのに最低3回の来店が必要だ。
常連に近い方であっても、犬に会えば何とか思い出せるが飼主は別であり名前が一致しない。
だが当店を侮(あなど)るでない。カバーできるスタッフがちゃんと揃っているのだ。
スタッフM、待てよ、もう一人もMだ。
スタッフM1.彼女は賢く人生経験豊かで、謙虚でたくましく頼れる人である。面接の時、私は彼女の甲高い声と、犬の興奮を誘う動作に失望しかけていたが、私のパートナーはニコニコしていた。その笑顔を信じて働いてもらうと、すぐにかけがえのないスタッフであることがわかった。「良い人が来てくれた」と思うと同時に自分の人を見る目のなさを確信し、採用に関しては今後口出しをしてはならぬと肝に銘じた。
スタッフM2.トリマーの彼女は真っ直ぐな技術屋であり、その技術を追及する姿には誰も口をはさむことはできない。だが開店前の掃除の時間に限って、私はヒヤヒヤすることがある。掃除の手を動かしながらではなく、突っ立ったまま昨日の出来事を語り始めるので「オープンに間に合うのだろうか?」と心配する。M1の活躍もあって無事オープンすると今度はM2の記憶力が冴えてくる。入店される前にご主人の顔と犬を窓越しに見ただけで「チベタンテリアの何々ちゃんがお出でです」とピタリと言い当てるのだ。これには本当に大助かりである。
美味しい料理は私のパートナーとM1が担当し、トリミングとコンピュータの役割をM2がやってくれている。
そして今日、新たなスタッフこれもまたMが初日を迎えた。
どんな能力を発揮してくれるか楽しみである。
 

二人のご主人 2004年04月28日(水)

  今日、柴のヒカルが二人のご主人と訪ねてくれた。
今年の2月に暗い表情でカフェにやってきたSさんとは別人のような晴れ晴れしさだった。
あの日の相談は「家にはホタルという柴がいて、ヒカルはその娘です。ところが、この母娘は凄く仲が悪くて殺し合いになるのではないかという喧嘩をします。ホタルはとても神経質で病的なほどピリピリしていて、ヒカルは私の言うことを聞かず、散歩の時は引きずりまわし、ついには私の手の肉を10円玉ほども齧って病院通いをする羽目になりました。何とかならないでしょうか。」というすさまじいものだった。
何でそんな神経質な親に子供を産ませたのか疑問もあったが、まずはヒカルと歩いてみた。例によって『社会性が低く』『分をわきまえずいい気になって』『人の話を聞く耳を持たない』三拍子が揃っていたうえに、弱気で自信のなさがプラスされていた。このような犬は内弁慶で甘いご主人には強く出るし、厳しく接すれば最後には逆ギレを起こし、心を閉ざしてしまう厄介な犬になる可能性が高い。
Sさんの申し出もあり、ヒカルはSさんの知人Nさんに引き取ってもらうという条件で訓練を引き受けた。
4回ほどの訓練で、前記の状態を改善する基礎を作り、最後にNさんと一緒にレッスンをした。それから1ヶ月ほど経ってからの今日の来店となったのだ。
二人のご主人とは新旧のNさんとSさんであった。それからの会話は私とスタッフを安心させ、そしてお二人の自慢話となった。
「今では近所の人気者でいつの間にかみんなが集まって可愛がってくれるんですよ」
「ホタルと会わせてもお互い冷静に知らん顔してるんです」
「郵便配達の人がポーチまで入ってきて、すっかり友達になってるんです」
Nさんの足元で伏せたまま、ヒカルは話し始める新旧のご主人を目と耳で追っていた。
 

秋田の力 2004年04月27日(火)

  先週からスタッフが順番に風邪をひき始めた。毎夜濃厚なアルコール消毒を施していた私は、昨日の朝の陽光を体全体で浴び、ドッグガーデンのデッキでの朝食を取ったあとも、すっかり春を満喫していた。寒気を感じたのは夜になってからだった。パソコンに向かっても集中できず、5回も6回もテーマを替えキーを叩いた。目が覚めたのは夜中の2時、私のアルコールは眠気を誘っただけで、今回のウィルスには対抗できなかった。
悔しいと思ったが、「体調が悪い時はあいつのことを書けばよい」と夢でお告げがあり、やはりアルコールは私の力になった。

秋田のある町に力(ちから)という男がいる。
口は悪いが腕の良い大工だった。ずいぶん昔のある日、仕事帰りに松の木に車をぶつけ失明してしまった。彼は国民年金を滞納していたため、本来受けられる月額8万強の傷害年金を受給できない、いわゆる無年金障害者である。日々の生計はあんまマッサージの腕一本で稼ぎ出しているが、実は私の元気は彼からもらっている。
彼と知り合ったのは盲導犬協会の新築工事の時だったから、もう15年になる。彼は盲導犬取得の訓練を受けていたのだが、朝の日課はねじり鉢巻で工事現場を見回り、進捗状況を聞いて若い職人を相手に檄を飛ばすことだった。おかげで立派な建物が出来上がった。
今では「おう!オレだ」と言って電話がかかってくる。私が電話を受けた時はいいがスタッフが出た時には、強烈な秋田訛りで何を言ってるか伝わらない。
「ツカラだ。長崎いるか」
「はっ?」という最初の人定質問からスタッフは困惑している。そして、「長崎さん、塚田さんという人から電話ですが、何か怒ってるみたいです」となり、私が笑いながら電話に出ると「おめぇとこの人間はヒョウズン語がわかんねぇのか」とくる。
その『力』が以前面白いことをまたやったと聞いた。
盲導犬を伴って札幌に来た時、地下鉄の中で声をかけられた。
「可愛いですねぇ」
「おう、ありがとう!」
「名前はなんと言うんですか?」
「ツカラだ」
「年はいくつですか?」
「シンズゥークだ」
「触ってもいいですか?」
「どうぞ」と言って腹のあたりの服を捲り上げようとしたところでボランティアに頭を叩かれて幕は下りたらしい。
視覚障害というのは大変な障害だ。おいおい紹介したいと考えているが『人生が終わったのでなく、変わったのだ』という領域にまで心至った時、人はまた以前のように明るくなれるばかりではなく、周りの人々にも『力』をくれる。
 

愛犬スー7歳の誕生日に 2004年04月25日(日)

  もう笑うしかない。外は雪である。この春、何度なごり雪を迎えたことだろう。アンコールも多すぎるとしらけてしまう。アンコールと言えば今日のアルコールはさぶ狆のお土産で倉敷の銘酒「右駄津」うだつである。辛口でコクがありなかなかうまい。ネーミングに少しドキリとさせられるが飲むピッチは上がっているからよしとしよう。
今日は北海道盲導犬協会のオープンデーだった。国際盲導犬デーに呼応した、年に一度の協会の開放日である。施設はもちろん犬舎や老犬ホームの見学が自由にできる他、盲導犬の体験歩行や視覚障害を体験し、理解を深めてもらう人気抜群の催しである。
パピーウォーキングを終了した後、適性検査でリジェクトされ、一般家庭に引き取られた風太クンの家族も見学に行ったらしい。目的は見学の他に風太クンの飼育相談もあったのだが、行事で忙しく相談を受けることはできなかった。機転を利かせた友人M(いずれ詳しく紹介する人妻)が当カフェの存在を教えて訪ねていただいた。
「他犬に対して毛を逆立て、凶暴な状態になる」と連絡を受けていたが、やってきた風太クンはとてもいい子だった。飼主には深刻な状況と映っていたらしいけど、それは犬の成すがままを成るがままに受け入れていたからであろう。
『犬を我に返す』。このことこそが制御である。吠えたり引っ張ったり、いい気になっていつもの状態ではない愛犬を我に返す。強いショックが必要であるが、叱るのではなく、我に返すのが目的である。
チョコっとそのテクニックを使ったら風太クンはとてもいい子になった。飼主のご夫婦には満足していただけたと思う。大型犬や小型犬が楽しく遊び、分をわきまえカフェで楽しく過ごす様子をいつまでも眺めておられた。
「また来週きます」と言って帰られ、私もとても満足していたが、それは風太クンの態度にではなく、回りを固めるスタッフの配慮にであり、他にたくさんおられた当店の理解あるお客さんに対してである。最初から犬とうまくやっていける人は少ない。それを乗り越えてきた人たちが、『今、あの頃の自分の苦労』を経験している人に優しい配慮をしてくれているのである。
いい店はいい客によって作られる。
この店は私の、いや私たちの誇りである。
 


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