From the North Country

3人のM 2004年04月29日(木)

  産まれたその日から脳細胞は毎日およそ10万個死んでいるそうである。脳細胞はもともと100数十億あるらしいから、100年生きたとしても凡そ36億5千万個が死ぬに過ぎない。でも私の脳細胞はもっと死んでいるか、ニューロンとシナプスの結合が悪いと思われる。
大切な飼主と愛犬の名前がなかなか覚えられず、結果的に接客が悪いのである。
顔に見覚えができ、愛想笑いを浮かべる程度になるのに最低3回の来店が必要だ。
常連に近い方であっても、犬に会えば何とか思い出せるが飼主は別であり名前が一致しない。
だが当店を侮(あなど)るでない。カバーできるスタッフがちゃんと揃っているのだ。
スタッフM、待てよ、もう一人もMだ。
スタッフM1.彼女は賢く人生経験豊かで、謙虚でたくましく頼れる人である。面接の時、私は彼女の甲高い声と、犬の興奮を誘う動作に失望しかけていたが、私のパートナーはニコニコしていた。その笑顔を信じて働いてもらうと、すぐにかけがえのないスタッフであることがわかった。「良い人が来てくれた」と思うと同時に自分の人を見る目のなさを確信し、採用に関しては今後口出しをしてはならぬと肝に銘じた。
スタッフM2.トリマーの彼女は真っ直ぐな技術屋であり、その技術を追及する姿には誰も口をはさむことはできない。だが開店前の掃除の時間に限って、私はヒヤヒヤすることがある。掃除の手を動かしながらではなく、突っ立ったまま昨日の出来事を語り始めるので「オープンに間に合うのだろうか?」と心配する。M1の活躍もあって無事オープンすると今度はM2の記憶力が冴えてくる。入店される前にご主人の顔と犬を窓越しに見ただけで「チベタンテリアの何々ちゃんがお出でです」とピタリと言い当てるのだ。これには本当に大助かりである。
美味しい料理は私のパートナーとM1が担当し、トリミングとコンピュータの役割をM2がやってくれている。
そして今日、新たなスタッフこれもまたMが初日を迎えた。
どんな能力を発揮してくれるか楽しみである。
 

二人のご主人 2004年04月28日(水)

  今日、柴のヒカルが二人のご主人と訪ねてくれた。
今年の2月に暗い表情でカフェにやってきたSさんとは別人のような晴れ晴れしさだった。
あの日の相談は「家にはホタルという柴がいて、ヒカルはその娘です。ところが、この母娘は凄く仲が悪くて殺し合いになるのではないかという喧嘩をします。ホタルはとても神経質で病的なほどピリピリしていて、ヒカルは私の言うことを聞かず、散歩の時は引きずりまわし、ついには私の手の肉を10円玉ほども齧って病院通いをする羽目になりました。何とかならないでしょうか。」というすさまじいものだった。
何でそんな神経質な親に子供を産ませたのか疑問もあったが、まずはヒカルと歩いてみた。例によって『社会性が低く』『分をわきまえずいい気になって』『人の話を聞く耳を持たない』三拍子が揃っていたうえに、弱気で自信のなさがプラスされていた。このような犬は内弁慶で甘いご主人には強く出るし、厳しく接すれば最後には逆ギレを起こし、心を閉ざしてしまう厄介な犬になる可能性が高い。
Sさんの申し出もあり、ヒカルはSさんの知人Nさんに引き取ってもらうという条件で訓練を引き受けた。
4回ほどの訓練で、前記の状態を改善する基礎を作り、最後にNさんと一緒にレッスンをした。それから1ヶ月ほど経ってからの今日の来店となったのだ。
二人のご主人とは新旧のNさんとSさんであった。それからの会話は私とスタッフを安心させ、そしてお二人の自慢話となった。
「今では近所の人気者でいつの間にかみんなが集まって可愛がってくれるんですよ」
「ホタルと会わせてもお互い冷静に知らん顔してるんです」
「郵便配達の人がポーチまで入ってきて、すっかり友達になってるんです」
Nさんの足元で伏せたまま、ヒカルは話し始める新旧のご主人を目と耳で追っていた。
 

秋田の力 2004年04月27日(火)

  先週からスタッフが順番に風邪をひき始めた。毎夜濃厚なアルコール消毒を施していた私は、昨日の朝の陽光を体全体で浴び、ドッグガーデンのデッキでの朝食を取ったあとも、すっかり春を満喫していた。寒気を感じたのは夜になってからだった。パソコンに向かっても集中できず、5回も6回もテーマを替えキーを叩いた。目が覚めたのは夜中の2時、私のアルコールは眠気を誘っただけで、今回のウィルスには対抗できなかった。
悔しいと思ったが、「体調が悪い時はあいつのことを書けばよい」と夢でお告げがあり、やはりアルコールは私の力になった。

秋田のある町に力(ちから)という男がいる。
口は悪いが腕の良い大工だった。ずいぶん昔のある日、仕事帰りに松の木に車をぶつけ失明してしまった。彼は国民年金を滞納していたため、本来受けられる月額8万強の傷害年金を受給できない、いわゆる無年金障害者である。日々の生計はあんまマッサージの腕一本で稼ぎ出しているが、実は私の元気は彼からもらっている。
彼と知り合ったのは盲導犬協会の新築工事の時だったから、もう15年になる。彼は盲導犬取得の訓練を受けていたのだが、朝の日課はねじり鉢巻で工事現場を見回り、進捗状況を聞いて若い職人を相手に檄を飛ばすことだった。おかげで立派な建物が出来上がった。
今では「おう!オレだ」と言って電話がかかってくる。私が電話を受けた時はいいがスタッフが出た時には、強烈な秋田訛りで何を言ってるか伝わらない。
「ツカラだ。長崎いるか」
「はっ?」という最初の人定質問からスタッフは困惑している。そして、「長崎さん、塚田さんという人から電話ですが、何か怒ってるみたいです」となり、私が笑いながら電話に出ると「おめぇとこの人間はヒョウズン語がわかんねぇのか」とくる。
その『力』が以前面白いことをまたやったと聞いた。
盲導犬を伴って札幌に来た時、地下鉄の中で声をかけられた。
「可愛いですねぇ」
「おう、ありがとう!」
「名前はなんと言うんですか?」
「ツカラだ」
「年はいくつですか?」
「シンズゥークだ」
「触ってもいいですか?」
「どうぞ」と言って腹のあたりの服を捲り上げようとしたところでボランティアに頭を叩かれて幕は下りたらしい。
視覚障害というのは大変な障害だ。おいおい紹介したいと考えているが『人生が終わったのでなく、変わったのだ』という領域にまで心至った時、人はまた以前のように明るくなれるばかりではなく、周りの人々にも『力』をくれる。
 

愛犬スー7歳の誕生日に 2004年04月25日(日)

  もう笑うしかない。外は雪である。この春、何度なごり雪を迎えたことだろう。アンコールも多すぎるとしらけてしまう。アンコールと言えば今日のアルコールはさぶ狆のお土産で倉敷の銘酒「右駄津」うだつである。辛口でコクがありなかなかうまい。ネーミングに少しドキリとさせられるが飲むピッチは上がっているからよしとしよう。
今日は北海道盲導犬協会のオープンデーだった。国際盲導犬デーに呼応した、年に一度の協会の開放日である。施設はもちろん犬舎や老犬ホームの見学が自由にできる他、盲導犬の体験歩行や視覚障害を体験し、理解を深めてもらう人気抜群の催しである。
パピーウォーキングを終了した後、適性検査でリジェクトされ、一般家庭に引き取られた風太クンの家族も見学に行ったらしい。目的は見学の他に風太クンの飼育相談もあったのだが、行事で忙しく相談を受けることはできなかった。機転を利かせた友人M(いずれ詳しく紹介する人妻)が当カフェの存在を教えて訪ねていただいた。
「他犬に対して毛を逆立て、凶暴な状態になる」と連絡を受けていたが、やってきた風太クンはとてもいい子だった。飼主には深刻な状況と映っていたらしいけど、それは犬の成すがままを成るがままに受け入れていたからであろう。
『犬を我に返す』。このことこそが制御である。吠えたり引っ張ったり、いい気になっていつもの状態ではない愛犬を我に返す。強いショックが必要であるが、叱るのではなく、我に返すのが目的である。
チョコっとそのテクニックを使ったら風太クンはとてもいい子になった。飼主のご夫婦には満足していただけたと思う。大型犬や小型犬が楽しく遊び、分をわきまえカフェで楽しく過ごす様子をいつまでも眺めておられた。
「また来週きます」と言って帰られ、私もとても満足していたが、それは風太クンの態度にではなく、回りを固めるスタッフの配慮にであり、他にたくさんおられた当店の理解あるお客さんに対してである。最初から犬とうまくやっていける人は少ない。それを乗り越えてきた人たちが、『今、あの頃の自分の苦労』を経験している人に優しい配慮をしてくれているのである。
いい店はいい客によって作られる。
この店は私の、いや私たちの誇りである。
 

ふたつのホッと 2004年04月24日(土)

  「降るか?普通。4月の24日に雪が!」とボヤきながらも心の中は満更でもなかった。札幌に移り住んで27年。当時は仕事帰りに遭難しそうな吹雪にもあったが、都市化・温暖化と共に札幌は穏やかになっている。だからとりわけ寒さや吹雪、季節はずれの雪にはホッとすることがある。それに昨日庭に蒔いた種には発芽を促すいい刺激になったはずだ。
さて、今夜11時頃6泊していた狆のさぶ、略して?さぶ狆のお迎えがある予定だ。さぶ狆にはいろいろ教えられた。そのひとつがショーに出す狆と暮らす方の大変さである。ほとんどカットをしないため、朝一のオシッコですら片足を上げているのに対象物に足跡を残していないのである。対象に届く前にお腹回りの毛でガードして、つまりは排尿の都度お腹は黄色くなっていた。輪ゴムやラッピングでお腹の毛が汚れないようにするらしいが、預かったときはそんなものはしていなかった。かくしてこの一週間の前半で私のベッド周辺はオシッコ臭くなり、後半はたまりかねて排尿の度にシャワーを使うようになった。そのさぶ狆、今はシャンプーをして見違えるように綺麗になっている。
もう一つは食に関するこだわりである。一般的に預かりなどで環境が変わった時は、食欲が落ちることがあり、特に自宅で日替わり弁当のような食生活をしている犬は顕著である。精神的な意味で食欲が落ちることがないように、我家では家族の一員として暮らしているので、普通はどんな犬でも食べるようになるのだが、さぶ狆は違った。さすが江戸城の大奥で暮らしていた由緒正しき犬である。獣医の始まりは大奥の狆のためだったと聞いている。命を張っても同じ食事が2度続くことを受け入れなかった。一週間くらい食べなくても犬は平気であるが、さぶ狆の気概と存在そのものから発散する高貴さ、それに商売で預かる側の弱みが「ま、いっか」と私を妥協に走らせ、ずっと続けていた主食のドッグフードと肉、ミルク、パンをはずし、最後の晩餐は猫用の缶詰とアジのフライそれに高価なサプリメントとなった。
そしてこの欄を書いていた今程、インターホンが鳴り、予定より1時間早くご家族が迎えに来られた。猫のように身体を擦りつけ喜びを表している姿は何度見ても微笑ましかった。
「喜んでくれてよかった」と飼主。
さっきのキャットフードが効いたかな?と私は思い、明日は5時に起こされることなく寝坊できるとホッとした。
 

いよいよ春だ! 2004年04月23日(金)

  「いやはや、昨日の一日が一週間にも感じた」と定休日後の今日を待ち望んでくださった常連さんが笑顔をたたえて詰め掛けてくれた。私はと言えば昨日から忙しく動き回っていた。昨年12月にオープンしてようやく冬が終わり、春の準備にかからねばならなかったからだ。
ドッグガーデンを緑一杯にしたい!
くつろげるガーデンチェアとテーブルを揃えたい!
犬たちに遊具を作ってあげたい!
それに冬タイヤから夏タイヤにも替えなければならない。物事はひとつひとつ片付けるしかないので、タイヤ交換は業者に任せ、ガーデンチェアとテーブルを購入した。庭の緑はどうしよう?「7月になったらこのままでも立派なドッグガーデンができる。ガハハハ」と言った飲み仲間の言葉は『あいつのことだから、来年の7月のことかも知れない』と疑い始めた。そこで思案した挙句、庭に5坪程度の立ち入り禁止区域を設け、そこをラティスで囲い集中的に緑を育成しようと考えた。これを移動しながら何度か繰り返すことでドッグガーデンは緑になる。計算した結果、3年で出来上がるはずである。たぶんそのくらいは我がカフェは持ちこたえているだろうとの仮定上の話ではある。
朝から杭を打ちラティスで囲ってみた。相方とスタッフは「また、チマチマしたことを始めたな」と冷たくも遠慮深い視線を送っていた。「オレには今1万円しかないのだぞ!これで特売品のラティス6枚、杭を6本、牧草とホワイトクローバーの種を購入し、緑のガーデンを作っているのだ!」杭を打つ手につい力が入ってしまった。
輸送費と組立て費を節約したガーデンチェアとテーブルの組立てには、強力な助っ人が現れた。柴犬陸クンのオーナーであるケン君であった。彼は冷たい強風が吹き荒れる中、実によく働いてくれた。おかげで組立ては2時間ほどで終わり、あとは設置場所に移動するだけだったが、この時ばかりはケン君に頼れなかった。30キロもあるテーブルの片方を必死に持ち上げているようにも見えるが、彼はまだ小学校にも入っておらず、テーブルを持つというよりぶら下がっていたのである。その回りをジャックラッセルのウランが走り回ると「ほんとに、この子は落ち着きがないんだから」とお母さんそっくりの言葉を吐いてため息をついた。
かくして我がドッグカフェは春への一歩を踏み出した。
 

ドッグフードに思うこと 2004年04月21日(水)

  まずはお知らせから。
今月29日は木曜で定休日にあたりますが、祝日ですので通常どおり営業いたします。狭いカフェですがご来店のうえ楽しいひと時をお過ごし下さい。
さて、カフェで相談を受けることのひとつに愛犬の食べ物のことが上げられる。そして、どういうわけかほとんど共通している知識が『ネギ類や鳥の骨などはやってはいけない』に続き『ドッグフード以外の物は与えないほうが良い』というものである。前者はともかく後者については、本当にそうだろうかと思う。「獣医さんにそう言われましたし、フードメーカーも栄養のバランスを崩してしまうと言っています」というのが理由らしい。この問題はとても複雑であり、立場が違えば主張が違うし、何より受け取り方によっては犬の虐待にまで話が広がってしまうから厄介である。だから、科学的に獣医学的に検証したうえで書くべきなのだろうが、そんなこと言ったら一生書けないなどとグダグダ考えていた時、とたんに私は膝を打った。「酔いに任せて書く方法がある!」と。だからそのつもりで読んでいただきたい。
1.獣医さんやフードメーカーが心配するのはもっともである。
愛犬のグルメブームの中で肥満や糖尿病、虫歯に留まらず、そのように育てられた犬はドッグフードも食べようとせず栄養バランスは滅茶苦茶になる。さらに犬も飼主も鼻持ちならぬ傲慢者でお高く止まり、自分は特別な存在だと思っており、治療しようとすれば噛み付くし、制御すれば飼主からクレームがつく。「ああ、何と嫌な奴らだ!」このような方には「ドッグフード以外の食べ物を与える人は虐待者だ」と言ってやってよい。
2.本当にドッグフードだけでよいのですか?
犬の必要栄養素は人とは違う。それらのバランスを考え毎日愛犬の食事を作ることは大変なことだ。その意味においてドッグフードは大変ありがたいと思う。特に最近のナチュラルフードは品質の良いものが多い。けれど、疑問がふたつある。一つは『本当によい原材料で安心か』ということである。人の食料を供給するうえで使えない副産物がたくさん出ている。産業廃棄物となるものを有効利用したのがドッグフードだった。「犬なんだから別にいいじゃん」。ある意味で私も理解できたがドッグフードだけを食べ、何世代にも渡って繁殖を繰り返した結果を見ればそうとも言い切れなくなった。複合汚染による繁殖能力や臓器・病気の変化をメーカーは知っているはずである。二つ目は、百歩譲ってドッグフードが完全食品だとしよう。しかし、同じ物を毎日食べ続けると始めは身体に良いものであったとしても結果的に悪くなってしまわないかといことである。日本人は米を主食として毎日食べているがおかずは様々である。親が同じ物ばかりを食べ続けても一生を送れるかも知れないが、何世代にも渡ってそれを繰り返せばいずれ子供にその影響は現れる。
結論の前に:犬をグルメ犬にすることを罪と思わなければならない。しかし、飼主にも美味しいものを健康的に食べさせてあげたいという欲求はあるし、自分に当てはめれば1日30品目以上の食材を摂取しているとは言えないが健康な日々を過ごしている。病と死は必ず訪れるものであるからそれをすぐに食生活に結びつけることもない。
結論:必要栄養素を考えなくて済む良質のドッグフードを主食にし、季節ごとの旬の野菜や果物・魚・乳製品など副食として混ぜる。ただし、体質に合わないものや与えてはいけない物は避け、後は臨機応変。
人が食べている時に与えるのも厳禁。やりたければ専用のお皿にとっておき、味付けを落として次の餌の時に混ぜてやればよい。
シラフになったら足したり引いたりしたい書き方だったと思うが、ちょっと胸がすいた気がする。
明日はカフェの定休日。はじめてこの欄を休ませて頂く。
 

ムツゴロウ動物王国 2004年04月20日(火)

  ムツゴロウさんのスペシャル番組を見た。私はずっとムツさんの大ファンである。少年記、青春記、結婚記の三部作や大勝負、教育論などは私の人生にも大きな影響を及ぼしている。「え?ムツさんって作家なんですか?」と王国に行った時そこで働く女の子に言われた時はショックだったと同時に王国の懐の深さを感じた。残念ながら直接お会いして話をしたことはない。動物王国ではいつも石川さんのお世話になっている。10数年前、石川さんから盲導犬協会に電話があり、王国のラブ(Lレトリーバー)に仔犬たちが産まれ、もし適性があるなら盲導犬候補生として使ってみませんか、という内容であった。そこで私が浜中にある王国を訪ねて以来のお付き合いである。母親のラブを長い散歩に連れ出し「この子の子供なら」と期待を膨らませ、さらに仔犬の観察をした上で2頭の仔犬に目星をつけた。レミーとローラと名づけられた仔犬は、後に別々の運命を辿った。ラブの子供には遺伝的と思える症状が出てしまった。血液中にカルシウムが溶け出す難病である。ローラにその症状があらわれ彼女はパピーウォーキングの途中から歩行困難になった。石川さんは彼女を引き取り、王国流のリハビリを開始した。一方のレミーは私が訓練し、無事盲導犬となった。レミーには自宅で吠えるという欠点はあったが、彼女の誘導振りと人の言葉を理解する能力にはすばらしいものがあった。
それから10年以上が過ぎ、レミーは盲導犬を退役した。
さらに数年後、レミーは老後の楽しみを満喫した後に逝ってしまったが、とっくに亡くなっていると思っていたローラに再会した時私は目を疑った。老いは隠せなかったがローラはしっかりと歩いていたのである。少なくとも一昨年の今頃は元気だった。
ムツさんや石川さんの動物たちとの暮らし方は大好きである。考え方もさすがだと思っている。でも、私にはあんなスケールの大きなことはできないし、何よりスタンスが違っている。彼らは動物王国であり、私は都会で暮らす伴侶を対象にしているのだ。以前にも書いたがそれぞれの犬には愛情を注ぐ飼主がいる。
テレビでは犬たちと長く暮らしたほうが人に優しくなれるとムツさんは言っていた。同時に映像ではある犬が複数の犬に噛まれるシーンが映っていた。私にもいろんな経験がある。産まれてまもなく初乳も飲めず、ほっておけば必ず死に至る状況である。その仔犬に蘇生を施し2時間おきの授乳と排尿便を促し、保温をする。これまでの経験上、とてもすばらしい犬が育つのだ。
犬にもインプリンティング、鳥のような刷り込みがあると感じている。人と暮らす犬は早くから人の手を煩わせたほうがよいと私の立場では考え、種としての犬と暮らしたいならムツさんの考えに従うべきだと思う。
私の方法では、安心して動物王国には行けないが、ムツさんの方法では、安心して都会で散歩をしたりドッグカフェには行けないのだと思う。
石川さんと酒を飲むときは楽しい。お互いの立場を理解したうえで新たな発見があるからだ。そして犬たちの心配をする前にお前たち酔いつぶれた男どもをどう処理すべきかと思案する奥さんがまたタマランのである。
王国での話はまだまだある。シロテテナガザルのナナちゃんは実は…。今夜はもう止めておこう。最近4リットルの焼酎が1週間も持たないではないか。
 

愛するって難しい 2004年04月19日(月)

  今日カフェに甘えん坊の5歳のゴールデンがやってきた。入店の時からお母さんにおんぶされ、着席した後もお母さんによじ登ろうともがいていた。「とても困っているんです。」と相談される顔にはしかし笑顔があった。
「コントロールしてもよいですか?」
「はい、勿論です。」
私はリードを預かり店内を歩いた。犬はお母さんが気になるようだが素直に従ってくれた。
分離不安という言葉を最近よく耳にするが、もしそれに病原菌があるとすれば私は迷わずそれは飼主だと答える。愛犬に対して愛情を注がない親はいないし、犬はそれに応えようとする。それ自体はすばらしいことだと思う。が愛情のかけ方と日頃の接し方がどこか違っているのだ。犬のことが気になるあまり、常に観察し、すぐに言葉をかけている。そして残念なことに観察結果と言葉のかけ方が的外れであり擬人的であり、結果として犬は落ち着くことなく飼主の呼びかけに応えるべく動き回り、何か不安の前兆ではないかとうろたえることを日々積み重ねている。さらに悪いことに、カフェなどに来て犬の気が散ってしまっている状態の時に、我に返すコントロールもせず、聞かない命令を何度も繰り返しいつのまにか諦めてしまっているのだ。
幸いにも今日のゴールデンはそのような分離不安ではなかった。外に連れ出し散歩をしてみた。やはりお母さんが気になるようであったが、取り乱して駈け戻る動作もなかったし、5歳なりの社会経験を身に付けたおりこうなワンちゃんだった。しかしカフェに戻り母親に引き渡すと、「母さんの喜びと私の愛情表現はこれなんだ!」とばかりによじ登っていた。
「治るでしょうか?」
「無理です。あなたはワンちゃんのこの動作に、満更ではないものをどこかで感じている。本当に辞めさせたいなら、よじ登る動作を結果的に10秒も20秒も許しながら言い聞かせることはしません。もし、この状態があと5秒続いたら、身体に巻きつけたダイナマイトが爆発すると想像してください。言い聞かせますか?」
奥さんは黙ってしまった。「可愛い我が子にそこまで仰々しく考えなくてもいいんじゃないですか?」そう思われたのかもしれない。
確かにそのとおりだろう。だが、私はあまりにも多くの犬たちを見てきた。犬が年をとり心臓や呼吸器も弱ってくる。その時、一時でも犬から離れまた戻ってきた時、愛犬は興奮状態になり呼吸困難をおこす。愛犬の安楽を望む飼主が彼らを日々苦しませる結果になるのだ。
我が子を思わぬ親はいない。様々な愛情表現があることも知っている。ただ、今自分が愛犬に対して何をしているかは知っておくべきであろう。
 

健康について考える 2004年04月18日(日)

  先日、胃カメラを飲み大腸検査も受けた。数カ月おきにトイレが真っ赤になっていたからだ。盲導犬の仕事をやっている頃に十二指腸を患っていた。今思えばあの頃の激務と神経戦の中でよくその程度の状態で済んだものだと、丈夫に生んでくれた親に感謝している。当時は2〜3年に1度痛みに耐えかね検査を余儀なくされたが、古い潰瘍と出血している新たな潰瘍がゲーゲーと横たわりながら覗き見るモニターに映し出されていた。「まだガンにはなっていないな」と妙な自信を持って職場に帰っていったものだった。
大酒飲みで麻酔が効かなくなっているため、今回の胃カメラも喉にスプレー麻酔を使用してからやってもらったが、モニターを見て驚いた。綺麗である。酒、煙草による緩慢なる自殺行為を日々強烈に行っているにもかかわらず、私の胃は5年前より綺麗になっていた。
内視鏡で胃壁の一部を摘まみ取って検査したところ、幼い頃劣悪な衛生環境で育った50歳代以降の人に多く見られるピロリ菌という可愛い名前の菌が見られたものの、何処にも炎症もポリープも見当たらなかった。
ところが、大腸検査の日は最悪だった。朝から下剤を飲みトイレに駆け込む作業を根気よく繰り返したのに、神は助けてくれなかった。痛くないはずの検査に私はのた打ち回り悲鳴をあげたあげく、検査室からは車椅子に乗り検査後1時間以上ベッドで安静状態を指示された。
これには思い当たることがあった。私は以前、盲腸の緊急手術を受けた。近くの医院に下腹部の痛みを感じて診察を受けに行った時、医者は「虫垂炎です。散らしましょう」と言って太い注射をしてくれた。「手術しなくて済むのならよかった」と安心して、会計を済ませようと待合にいた時、看護婦が私に耳打ちをしてくれた。
「長崎さん、病院に行ったほうがいいですよ。」と。
一瞬ギクッとしたが怒りと不安はなく、痛みと噴出しそうな笑いが交錯していた。結局その夜私は救急病院へ運ばれた。
その病院にはインターンの若いスタッフが揃っていた。気のいい私は1時間もかけてエコーの見方の実習に耐え、盲腸程度の基本的手術の仕方を若いスタッフに指導する先生の教材になることを了承していた。3時間にも及ぶ単なる虫垂炎の手術を受けた私は、死人のような顔をして手術室から出てきたと後から聞いた。
長い説明になってしまったが、その結果の癒着が大腸検査の痛みだったのだろうと思っている。
さて、大腸検査にも致命傷はなかった。トイレを真っ赤に染める原因は、憩室(けいしつ)とよばれる大腸内のくぼみが多く、そのいずれかの炎症であろうという診断だった。
思えば私は健康である。
少々の傷も犬たちから受け継いだばい菌や常在菌に対する抵抗力で跳ね飛ばしている。何より現在の日々は適度のストレスと犬に囲まれる生活で健康的で快適なのである。
きっと私は心も身体も犬たちからの贈り物で守られているのだと思う。そしてこの喜びと健康は犬と暮らす人々が知らず知らずのうちに享受しているはずである。
 


- Web Diary ver 1.26 -