From the North Country

犬の社会化について 2004年04月12日(月)

  マメシバの紅葉(もみじ)が初めてカフェを訪れたのは、2月下旬、生後3ヶ月を過ぎた頃だった。可愛い盛りであったが、その表情は恐怖と警戒に満ちていた。飼主のKさんの懐にしがみつき他人の接近を許さない雰囲気が漂っていた。
当店では基本的に生後4ヶ月未満の仔犬は入店できないことにしているが、紅葉には早期社会化が必要と判断した。
Kさんに「まだ充分な免疫ができてないから病気感染の心配はあるけれど、この子との将来を考えたら今から人馴れ、犬馴れ、社会慣れの準備を始めたほうがよい」ことを話し、Kさんもそれを望んでくれた。
チワワやミニチュアダックスなどの小型犬は、もちろん血統にもよるが、注意深く、神経質でないとカラスにでもさらわれかねない犬種である。だから多くの場合、普通に育ててしまうと良き愛玩犬ではあるが、来客には吠え立て、散歩の時にも人や犬に吠えかかるようになってしまう。それはそれでよいと思われる方もいるだろうが、実はそうでもない。家族と家の中だけで暮らすのならば問題ないが、散歩の時やドッグラン・カフェに連れ出したときに、人や他犬とトラブルを起こし「傷つきの連鎖反応」(噛んだほうも噛まれたほうも身体と心が傷つき、次の犬ともうまくやっていけない悪循環)が始まることになる。これを防ぐには、社会化が必要であり、その時期は早いほど良い。
ここで言う社会化とは、人間社会において初めて見るもの・初めて聞く音をどんどん経験させること、すなわち未知のものを既知の状態にすること、換言すれば「おや!何だ?」から「ああ、あれか」という反応を導くことである。そしてこの過程で、犬が怖いあるいは不安に感じたものを察知し、それがなんでもないということを分からせることが大切なのである。間違っても将来のトラウマとなるような恐怖体験をさせることが無いように注意しなければならない。
これらの手続きによって、犬は自信と人に対する信頼を獲得し、分をわきまえ、身の程を知り、社会性を身につけた良き家庭犬の基礎を築くことができる。
面倒くさい難しいプロセスだと思うかもしれないが、実は多くの方は自然に行っている。
皆さんと愛犬との毎日の散歩がそれであり、私のKさんと紅葉に対するアドバイスはプロフェッショナルとして手順を踏み、効率をよくし、飼主に今自分がなぜ、何のために何をしようとしているのかを理解していただくことである。
始めは他人がリードに触れただけで、「キャン!キャン!」と叫んでいた紅葉が、2回目からは興味を示すようになり、生後5ヶ月となった最近では来店と同時に人にまとわりつき、大型犬の足元で平然とし、次はどんないたずらをしようかという素振りを見せている。この間、いろんな方に抱っこをしてもらうなどの協力をいただいた。当面は紅葉を図に乗らせ、精神的に逞しくしたうえでガツンと身の程を知らせる予定でいる。Kさんもいろんなところへ散歩に連れ出している。
しかし、紅葉の過剰ともいえる警戒心は犬種特性ではなく明らかに血統である。
育て方が血統を超えることができるのか?
私の持論は、盲導犬のような『適性』は先天的要素が必要だが、暮らしやすい犬は育て方で変えることができるというものである。
果たしてその結末や如何に。
 

Mさんとの思い出 2004年04月11日(日)

  三日坊主の私にとって、この欄が6日間も続いたのは驚きである。
感動のあまり今夜は4時間もかけて原稿を書いていた。
読み返し「よし、これでいい」とホッとした。
我慢しつづけたトイレから戻り、ホームページにアップするはずだった。その時ボタンを押し間違え、4時間が無駄に終わってしまった。原稿はリセットされ、すべて消滅してしまった。
この悔しさが分かるだろうか?しばらくは床を叩きながら、のた打ち回った。
「きっとどこかに残っているはず」と探しつづけたが、私の知識ではどうしようもなく、酩酊寸前で今日のこの日を終えようとしている。
悔しい時、私はほのぼのとした出来事を考えるようにしている。だから今日は過去に書きとめたMさんとの思い出を紹介することにしよう。
 病院へ通勤するFさんと朝の散歩を楽しんでいた年配のMさんが道でバッタリ出くわしました。それぞれの足元には盲導犬がいてなにやら挨拶を交わしていたそうです。世間話もそこそこに通勤・散歩と別れた二人は、その日の天気も良くいつもより快調な歩行をしていました。Fさんは電車に乗り降車駅から病院までを、通学する高校生の間を縫うように歩き、何事もなくその日1日の仕事を終えました。Mさんも市役所から商店街を抜けるいつもの散歩コースを快適に楽しんだそうです。ところがFさんが帰宅すると迎えに出た娘さんが驚いたように言いました。「おかあさん!この子ジーニじゃなくてパールだよ」。そう、朝の挨拶の時にそれぞれの盲導犬が入れ替わってしまっていたのです。しかもパールはこの町で電車に乗るのはもちろん、病院にも行ったことがなかったのです。
Fさんを交えお酒を酌み交わした時、額に汗を滲ませたMさんがためらいがちに、でもこらえ切れずニコニコと話してくれたエピソードです。いつも明るく、「おーほっほっほ」と『笑うセールスマン』のような声を私に残して逝ったMさんとの思い出ですが、きっとその日1番楽しんだのは2頭の盲導犬であったに違いありません。
 

ドッグガーデンから 2004年04月10日(土)

  カフェに併設したドッグガーデンは、予算の関係で自分たちで造成した。飲み仲間を見渡すと造園業者、重機オペレーター、機械いじりの何でも屋、それに居酒屋のマスターを筆頭とした独活(うど)の大木が揃っていた。業者見積もり百数十万を30万弱で作り上げた。しかもそれらの一部が原材料費で、当別の土、暗渠の資材、オーチャード、チモシー、ホワイトクローバーの種であり、残りほとんどは酒盛り費用だった。盲導犬協会で働いていた頃から遊び心はあったが、個人事業となると思いっきり遊べた。
それが悪かった。3月に入ると札幌は50日あまりの雪解け期を迎える。昨秋、種から芽生えたばかりの庭の牧草は雪に覆われ冬を越したが、3月下旬には泥沼になり、しかもお構いなく犬たちは走り回った。田んぼ状態である。犬たちのオーナーは始め庭に出すのをためらっていたが、最初の泥浴と愛犬の歓喜の姿を見てすぐに諦めてしまっていた。シャワーの設備を整えていたため店内の被害は最小限で済んだ。それから3週間、田んぼは畑となり、荒野となってきた。
一昨日、「近くの現場に来たから」と飲み仲間の造園業者がカフェに顔を出した。一緒に庭を歩きながら、心配げな顔をしていた私に「よぉし、これでいい。7月には立派なドッグガーデンができるぞ。グァハッハ」と言って彼は帰っていった。見渡すと、犬たちに踏み荒らされた庭に、青い芽がそこここに顔を出していた。自然の摂理に対抗して都合のよいことばかりを望んでいた自分を恥じた。
そして、どこか犬を育てることに通じるものを感じた。
 

権勢症候群に思う 2004年04月09日(金)

  今日、権勢症候群について書かれた1枚のプリントを見た。チラと目をやっただけなので正確ではないが「犬はグループを作る動物で、そこには順位がありリーダーには絶対服従の社会…」云々とあり、「すべての犬はリーダーを目指すから、小さいうちから服従させることが必要」というようなことが書かれていた。
ウソだなと思う。ほとんどの犬はリーダーを目指さないし、そうなったら困るからと気合を入れた小さいうちからの服従訓練は結果的に順位を強く意識する犬を作ってしまうことになる。確かに犬の祖先であるオオカミの習性を用いて理論付けると説得しやすいが、現代の一般家庭犬にそのような危機感をもって対処する必要性はほとんどないだろう。言うことを聞かない、引っ張って歩く、吠えるなどは犬がリーダーになっているからではなく、人に対する信頼と社会経験が不足した結果、我侭で内弁慶で身の程を知らず、いい気になってしまったこと、それに親から譲り受けた血統が主な原因であると思う。
生後3ヶ月から6ヶ月の時期は噛むものであり、怒られる事ばかりしでかすものである。それ以降についても飛びついたり、引っ張ったりするかもしれない。これらをうまくかわしながら、叱りながら、褒めながら、人と人間社会を優しい眼差しをもって経験させることが1〜2歳までの時期には必要であって、決して犬がリーダーにならないように屈服させることに躍起になってはならない。座ること伏せること待つことは小さいうちからいくらでも教えることができるしある程度必要でもあるが、それは屈服させるためではなく、社会経験を積ませるため社会に出るのに必要だからである。
若いうちから服従を強要され、犬らしい心を人に対して開かず、自分の存在と行動に自信が持てない犬たちのケアに心砕くが、その修復には訓練された日々の数倍の時間がかかっている。
 

本日定休日 2004年04月08日(木)

  我が家の愛犬スー(Gレトリーバー)と預かり犬のジェニー(レオンベルガー)を連れて、苫小牧近郊の海へ出かけた。風は多少強かったが波は穏やかで心地よい。砂浜から波打ち際へ犬たちは走り回り、初めての海を体感していた。水のしょっぱさに怪訝な顔をしながらも、そこが安全と分かると次第に波に洗われるようになり、ジェニーは水しぶきを上げながら疾走していた。
ここへ連れてきたのには実は訳があった。荒くれ者だったジェニーと知り合って6ヶ月。彼女は生後6ヶ月までペットショップで暮らしていたらしい。行く末を案じたHさんがたまりかねて手に入れ面倒を見ていたが、大人しく従順なはずのレオンベルガーが勝って気ままな振る舞いをしてしまう。ゴールデンクラスの大きさであれば何とか制御もできるだろうがこの犬種ではそうはいかない。そのうえ逃亡癖があり、私が初めて歩いた時も従順な振りにだまされ、まんまと逃げられてしまっていた。根底にはあきらかな人間不信と社会性のなさがあった。それから数ヶ月、
何度かつきあう中で、私はジェニーが徐々に変化していると感じていた。人を信頼し社会のことが少しずつ分かりかけていると肌で感じていた。基礎訓練はある程度行っていたので思い切ってフリーの状態を無性に作りたくなった。私のカフェにも50坪ほどのドッグガーデンがあるが、フェンスのない自由空間でどのような反応を示し、私の指示にどの程度反応するかを知りたかった。そのためには万が一のことがあっても対応できる無人の海岸が最適だと思ったのである。
ジェニーは疾走した。その距離はあっという間に100メートルほどになった。次の瞬間大きく回り込みながら、うれしさを伝えるかのように私の元へ戻ってきた。興奮状態にあるジェニーに私は穏やかに『マテ』と命令した。彼女はすぐに従った。大博打に勝った気分である。命令に意味をもたせるため写真を撮ったり親愛の情を込めて身体を叩いたりした。その後犬たちは満足そうに海岸を歩く私たちにまとわりつきながら水辺の散歩を楽しんだ。
煙草を燻らせながら「やはり街では放せないな」「いくら戻るといってもあっという間に100メートルも走られたら、こっちの心臓がもたないよな」と心の中でつぶやいた。
 

あなたの求める犬は? 2004年04月07日(水)

  曇りがちな一日ではあったけど気温はちゃんと春だった。一面の雪景色から、あっという間に枯草の大地が現れる感動を、愛犬と共に味わえることを感謝している。北海道に住む犬と人でよかったと。
春は生き物たちの躍動と雪への惜別の季節。若い犬たちはご飯の前に、空腹による胃酸過多で胃液を戻し、もっと早くメシにしてくれと身体で訴える。
散歩の時には枯草の臭いを嗅ぎながら歩くくせに、トイレだけは残り少ない雪を惜しむように探し、満足げに用を足し、時に冷たい雪に身体を擦り付ける。
「イヌ」としての行動を「家族の一員」である愛犬にも無条件で認めることができる一コマだと思う。
私は基本的に「イヌ」と「家族の一員である犬」、言い換えれば、イヌの生態を主眼に置くことと、都会などで人と共に暮らす犬を育てることは明確に区別されなければならないと思っている。
用途が違うと犬に対する考え方や接し方が変わるということで、さらに言うなら立場が違えば考え方も違ってくるということである。
例えば、麻薬探知犬やアジリティに用いる犬ならば、多くの場合作業意欲が高い反面、興奮度も高くなる。家庭犬ではこれらのことは飼主を困らせる大きな要因になっているであろう。また、獣医によっては免疫ができるまでは外に出さないよう指示したり、去勢はしたとしても時期は1歳以降のほうが良いというかもしれない。一方私のような者は、できるだけ早い人間社会での社会経験を求めるし、繁殖予定のないオス犬は6〜7ヶ月での去勢を当然と考えている。いずれ詳しく述べたいと思っているけど、自分のスタンス(どんな生活を犬としたいのか)を考えれば、世に氾濫する犬の専門書の意見の違いが理解できるのではないかと思う。
 

犬たちの挨拶について考える 2004年04月06日(火)

  暖かな一日でした。北国札幌にもようやく春が訪れています。
今日は散歩の時によく見かけ、また、気になっていた「犬たちの挨拶」について考えてみましょう。
知り合い同士の「やあ、こんにちは」という挨拶ではなく、初めての犬との挨拶です。残念ながら多くの犬たちは飼主を引きずるように相手の犬に近寄っていってしまい、飼主も「そんなに言うなら行ってみるか」とばかりに引きずられています。そしてそんな時私はハラハラしてしまうのです。「相性が悪かったらどうするのだろう?」と。
ほとんどの場合それは杞憂に終わるのですが、過去に何度も傷つき、その結果として犬嫌いになった犬たちを見てきているからです。
犬社会では当然である挨拶の仕方が、ペット社会で正しいとは限りません。ほとんどの方は誤った挨拶のさせ方を定着させてしまっています。
犬社会では、強い犬は示威行動を示し、弱い犬は服従姿勢を見せるなど、上下関係をはっきりさせてしまいます。
また、よそ者に対して先住権を持った犬たちが取り囲み、臭いを嗅ぎ、必要によっては傷つけ追い出し、あるいは殺してしまいます。しかし私たちは野生の王国ではなく、人間社会で暮らす犬たちと生活を共にしているのです。
それぞれの愛犬にはそれぞれの飼主がいて我が子のように思いやり、他の犬たちとも平和的に共存しようとしているのです。
はじき出される犬・淘汰されるべき犬、つまり犬社会の摂理を見ようと思って犬たちと暮らしているわけではありません。
ならば犬同士の挨拶についてもっと注意深くあるべきだと思うのです。
〔初めての犬同士の挨拶〕
散歩などで出会った犬同士の挨拶では、決してすぐに顔と顔が触れ合う状態にしてはいけません。たとえあなたの犬がどんなにおりこうでも、相手との相性があることを知らねばなりません。恐らくほとんどの犬たちとはうまくやっていけるでしょうが、そうではない可能性も低い確率ではないはずです。万が一喧嘩になった場合、どちらの犬も体だけではなく心まで傷ついてしまいます。特に仔犬や小型犬など弱い立場の犬は、恐怖体験となって一生引きずり、相手の犬やその犬種、しまいには犬そのものを怖がるようになる場合があるのです。
ですから最初は触れ合わない距離を保ち、どちらかの犬に唸りや顔に皺を寄せるなどの変化があれば挨拶は諦め、次の機会を待つようにします。お互いに威嚇行動がなければ慎重に観察しながら顔をつき合わせて構いません。
この段階でどちらが自信を持ち、どちらが不安げかがわかるはずですので、自信のある犬の飼主が自分の犬の首を抑えて、弱い犬におしりの臭いを嗅がせるようにすれば、ほとんどの場合トラブルを防ぐことができます。
〔公園デビュー犬に対するマナー〕
いつもその公園やカフェ・ドッグランなどで遊んでいる先住権を持った犬の飼主は、デビュー犬が現れた場合、まずリードに繋ぎ、首を抑えて行動を抑制します。そのうえで不安でたまらないデビュー犬が恐る恐る先住犬のおしりの臭いを嗅ぐのを許させます。しばらくして、デビュー犬が安定したら、その逆の行動を先住犬に行わせ、それぞれの飼主は注意深く相性を確認したうえで、遊ばせるか引き上げるかの選択をすればよいのです。
飼主同士の協力と注意力が犬たちを友達にすることができるのです。
 

ホームページ本日立ち上げ 2004年04月05日(月)

  2003年12月1日にDogs Cafe Nagasakiをオープンして4ヶ月ちょい。たくさんの方々に支えられてここまでやってくることができました。そして本日、満月の夜にHPを正式に立ち上げます。

 この「北の国から」のコーナーは私が折に触れて感じた事柄や、愛犬家と犬たちへの率直な思いを徒然なるままに記そうと考えています。誰かの役に立つこともあれば、何かを批判することもあるでしょう。その多くは盲導犬に携わった経験から語ることであり、カフェでの新たな体験から語ることでもあります。どのような展開になるのか自身でも楽しみにしています。

 私の専門は1.犬と2.盲導犬それに3.視覚障害リハビリテーションです。
1.犬:訓練やアジリティ-などにはあまり興味はありません。また犬の生態を楽しむのではなくて「家族の一員」として暮らす犬と人々に役立つ情報を発信したいと思っています。ですから繁殖予定のないオス犬は去勢すべきと考えますし、ブリーダーといえども適性のないことを百も承知で繁殖に使い販売するのは犯罪であると思っています。もちろん、ペットショップでの陳列販売には大反対です。やっと犬と暮らし始めた人たちを応援し、不慣れな飼主に苦労する犬たちの気持ちを代弁できたら幸せです。
2.盲導犬:全国の盲導犬ユーザー、パピーウォーカーなどボランティアに対してサポートできたら幸せです。
3.視覚障害:北海道盲導犬協会を退職する時、一番後ろ髪を引かれたのはこれです。中途視覚障害者とその家族に対する専門知識をもっていながらそれを継続できなかったことです。今後何かのお役に立てたら幸せです。

いろんな思いを込めてさあ今夜スタートです。
 


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