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メールの中身を本人の了承もなく、他人に見せるなどもってのほかである。しかもインターネット上で不特定多数の方に公開するなど許されることではない。 しかし、今夜のサッカー日本代表とタイとの試合が終わったのは夜11時半ではなかったか。既にありったけの焼酎を飲み干し、台所にあった2リットル980円の料理用の日本酒に手をつけ始めた私に、これ以上どうしろと言うのか? というわけで、昨夜のコラムに寄せられた盲導犬使用者からのメールを一部修正のうえ転載することにした。 きっと彼女も許してくれるに違いない。
『ときどき先生のHP「北の国から」を読ませていただいています。 久しぶりに先ほど読んで感動しました。 盲導犬と一緒にマラソンや登山をするユーザーがいる・・・というページです。 これについて、先生の見解に思わず両手をぱちぱちです。 私もシェルという盲導犬と歩く自由を取り戻すことができました。 一つが可能になると、失明とともにすっかり自信をなくしていたことがいつの間にか前向きに明るく生きて行ける自信のようなものが掴めていたのです。 ○○さんたちと一緒に富士登山ができたのも、その一つです。 私たちのパーティーに出会った静岡県のある主婦が 「のびそうになって苦しんでいるときに、盲導犬と登ってくる視覚障害者とそれをサポートする人たちの様子に励まされ、リタイヤせずに山頂へたどり着けた」という投書が朝日新聞に寄せられたのです。 パーティーの人から「この投書に応えて欲しい」と言われ、その役を私が引き受けました。 先生のHPページを読んで、まさにこのときの残念な反響を思い出したのです。
それには 「訓練され、主人に忠実を強いられている盲導犬を富士山に連れていくのは動物虐待に等しいです。見えない人のエゴの固まりです。」などと書かれた手紙とペットの犬や猫、鳥などが、動物虐待で殺された切り抜きがいくつも同封されていたのです。 読んでくれた人も最後まで読めないほど惨い記事でした。 このことがあって、しばらくは私の自信どころか、生き方さえ見失いそうで悩んでしまいました。 このとき、私を救ってくれたのはシェルでした。 シェルとの絆が深まった手応えがはっきりつかめたのです。 あの富士登山以来、私は山登りを続けています。 500メーター以内の山はターシャ(注、二頭目の盲導犬)も一緒ですが、下山するときはハーネスが低くなるので腰に負担がかかります。 悔しいかな、それは加齢とともにつらくなるので、今では知人宅にあずけることが多いです。
夫の飲み会をいいことにして思いつくまま一気に書いてしまいました。 本当に先生のHPに感動し、懐かしさがこみあげてしまいました。 (漢字変換の誤字などありますことをご容赦くださいませ) そうそう、くれぐれも「飲み過ぎないように」お願いします!』
という内容だった。 送り主はKさん。彼女は天才であると私は信じている。 全盲の彼女がパソコンを操って私のコラムを読んでいるからではなく、誤字の少ないメールを私にくれるからでもない。彼女の短歌や詩に触れた方は誰もが黙り込んでしまうに違いないほど、その感性は研ぎ澄まされ洗練されているからだ。 「君死にたもうことなかれ」の与謝野晶子を彷彿させる、いや女史さえも超越した詩を書くことが出来る方である。
いつの日か彼女の才能に日本中の方が触れる時が来るだろう。
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