From the North Country

愛するって難しい 2004年04月19日(月)

  今日カフェに甘えん坊の5歳のゴールデンがやってきた。入店の時からお母さんにおんぶされ、着席した後もお母さんによじ登ろうともがいていた。「とても困っているんです。」と相談される顔にはしかし笑顔があった。
「コントロールしてもよいですか?」
「はい、勿論です。」
私はリードを預かり店内を歩いた。犬はお母さんが気になるようだが素直に従ってくれた。
分離不安という言葉を最近よく耳にするが、もしそれに病原菌があるとすれば私は迷わずそれは飼主だと答える。愛犬に対して愛情を注がない親はいないし、犬はそれに応えようとする。それ自体はすばらしいことだと思う。が愛情のかけ方と日頃の接し方がどこか違っているのだ。犬のことが気になるあまり、常に観察し、すぐに言葉をかけている。そして残念なことに観察結果と言葉のかけ方が的外れであり擬人的であり、結果として犬は落ち着くことなく飼主の呼びかけに応えるべく動き回り、何か不安の前兆ではないかとうろたえることを日々積み重ねている。さらに悪いことに、カフェなどに来て犬の気が散ってしまっている状態の時に、我に返すコントロールもせず、聞かない命令を何度も繰り返しいつのまにか諦めてしまっているのだ。
幸いにも今日のゴールデンはそのような分離不安ではなかった。外に連れ出し散歩をしてみた。やはりお母さんが気になるようであったが、取り乱して駈け戻る動作もなかったし、5歳なりの社会経験を身に付けたおりこうなワンちゃんだった。しかしカフェに戻り母親に引き渡すと、「母さんの喜びと私の愛情表現はこれなんだ!」とばかりによじ登っていた。
「治るでしょうか?」
「無理です。あなたはワンちゃんのこの動作に、満更ではないものをどこかで感じている。本当に辞めさせたいなら、よじ登る動作を結果的に10秒も20秒も許しながら言い聞かせることはしません。もし、この状態があと5秒続いたら、身体に巻きつけたダイナマイトが爆発すると想像してください。言い聞かせますか?」
奥さんは黙ってしまった。「可愛い我が子にそこまで仰々しく考えなくてもいいんじゃないですか?」そう思われたのかもしれない。
確かにそのとおりだろう。だが、私はあまりにも多くの犬たちを見てきた。犬が年をとり心臓や呼吸器も弱ってくる。その時、一時でも犬から離れまた戻ってきた時、愛犬は興奮状態になり呼吸困難をおこす。愛犬の安楽を望む飼主が彼らを日々苦しませる結果になるのだ。
我が子を思わぬ親はいない。様々な愛情表現があることも知っている。ただ、今自分が愛犬に対して何をしているかは知っておくべきであろう。
 

健康について考える 2004年04月18日(日)

  先日、胃カメラを飲み大腸検査も受けた。数カ月おきにトイレが真っ赤になっていたからだ。盲導犬の仕事をやっている頃に十二指腸を患っていた。今思えばあの頃の激務と神経戦の中でよくその程度の状態で済んだものだと、丈夫に生んでくれた親に感謝している。当時は2〜3年に1度痛みに耐えかね検査を余儀なくされたが、古い潰瘍と出血している新たな潰瘍がゲーゲーと横たわりながら覗き見るモニターに映し出されていた。「まだガンにはなっていないな」と妙な自信を持って職場に帰っていったものだった。
大酒飲みで麻酔が効かなくなっているため、今回の胃カメラも喉にスプレー麻酔を使用してからやってもらったが、モニターを見て驚いた。綺麗である。酒、煙草による緩慢なる自殺行為を日々強烈に行っているにもかかわらず、私の胃は5年前より綺麗になっていた。
内視鏡で胃壁の一部を摘まみ取って検査したところ、幼い頃劣悪な衛生環境で育った50歳代以降の人に多く見られるピロリ菌という可愛い名前の菌が見られたものの、何処にも炎症もポリープも見当たらなかった。
ところが、大腸検査の日は最悪だった。朝から下剤を飲みトイレに駆け込む作業を根気よく繰り返したのに、神は助けてくれなかった。痛くないはずの検査に私はのた打ち回り悲鳴をあげたあげく、検査室からは車椅子に乗り検査後1時間以上ベッドで安静状態を指示された。
これには思い当たることがあった。私は以前、盲腸の緊急手術を受けた。近くの医院に下腹部の痛みを感じて診察を受けに行った時、医者は「虫垂炎です。散らしましょう」と言って太い注射をしてくれた。「手術しなくて済むのならよかった」と安心して、会計を済ませようと待合にいた時、看護婦が私に耳打ちをしてくれた。
「長崎さん、病院に行ったほうがいいですよ。」と。
一瞬ギクッとしたが怒りと不安はなく、痛みと噴出しそうな笑いが交錯していた。結局その夜私は救急病院へ運ばれた。
その病院にはインターンの若いスタッフが揃っていた。気のいい私は1時間もかけてエコーの見方の実習に耐え、盲腸程度の基本的手術の仕方を若いスタッフに指導する先生の教材になることを了承していた。3時間にも及ぶ単なる虫垂炎の手術を受けた私は、死人のような顔をして手術室から出てきたと後から聞いた。
長い説明になってしまったが、その結果の癒着が大腸検査の痛みだったのだろうと思っている。
さて、大腸検査にも致命傷はなかった。トイレを真っ赤に染める原因は、憩室(けいしつ)とよばれる大腸内のくぼみが多く、そのいずれかの炎症であろうという診断だった。
思えば私は健康である。
少々の傷も犬たちから受け継いだばい菌や常在菌に対する抵抗力で跳ね飛ばしている。何より現在の日々は適度のストレスと犬に囲まれる生活で健康的で快適なのである。
きっと私は心も身体も犬たちからの贈り物で守られているのだと思う。そしてこの喜びと健康は犬と暮らす人々が知らず知らずのうちに享受しているはずである。
 

男はつらいよ 2004年04月17日(土)

  4月も17日だというのにミゾレにアラレに雪という寒い一日だった。北海道の季節のせめぎあいにはいつものことながら一喜一憂させられる。
朝のレッスンはトイプードルのドレミちゃんだった。もうすぐ1歳になるというのに、おどおどして落ち着かないという相談を受け今日が2回目のレッスンだった。ドレミの家にはこの他にもシーズー・ハスキー・ジャイアント?トイプードルがいるけれど、相性の関係からシーズーの与作と行動を共にしていおり、カフェにはいつも与作と一緒に来ていた。レッスンを始めるに当たり、「今後しばらくドレミだけでの散歩の時間を取れるなら」と念を押して引き受けた。ドレミはお兄ちゃんの与作に依存していた。私と二人で歩き始めても拠り所となる与作がいないため、最初は落ち着かなかった。励ましながらおだてながらイエストレーニングを用いて、とにかく歩きつづけた。不安におののきながらもドレミは好奇心をもって頑張って歩いた。
私のレッスンの基本は社会経験を積みながら、世の中を見聞し自分の立場をわきまえることにある。その中で飼主との信頼関係を築くものである。
飼主の努力もあってドレミの歩きには少し変化が見えていた。不安ながらも社会を見る眼が出始めていた。臭い取りやむやみに吠えながらキョロキョロしたりマーキングを繰り返す犬は社会を見ていないが、ドレミは勇気と好奇心それに励ましに支えられながら社会経験を積んでいた。その結果としての変化を飼主はこう表現した。「家では私に甘えながら噛み付いていたのがなくなりました。それに車に乗ると外を見て吠えていたのに、それもなくなりました」と。
いたずら、引っ張り、噛み付きなど様々な問題を抱えている方がおられるだろうが、根本をいじればいろんなところに波及効果があるものである。
ただ、私には辛いものがあった。いくらレッスンとはいえ、50になろうとするおじさんが、トイプードルを相手に「ドレミ、いい子だねえ」などと言いながら、土曜日のスーパーの前で立っているのである。人々の視線に絶えながら「私は変人ではありません」と心の中でつぶやいた。
 

続ゴン太君 2004年04月16日(金)

  昨日からお泊りのゴン太の話。
預かるときに1食あたりのフードの量を伺って驚いた。飼主さんは「24時間フードを与えっぱなしにしているからわからない」という。
「今日は食べないな」と思ったら、案の定、匂いを嗅ぐだけであった。
それならばと、我家の愛犬スー(Gレトリーバー)に「食べていいよ」と促し、同時にその姿をゴン太にも見えるようにした。
「え!ボクのまで食うのかよ?おまえ卑しいな」という顔をして見ていたがスーはお構いなしにコリコリと食べた。
そして、今朝を迎えた。昨日と同じようにフードに缶詰の肉を混ぜた食事を準備し、ちょっとした配慮から隣の部屋にそれとなく食器を置き、ドアを少しだけ開けておいた。そろそろ食べるだろうと予想はしていたが、ゴン太にも面子があるのを認めていたからだ。
「どうせ腹が減っただろうから食え」というのではゴン太の面子が立たない。
さりげなく隣の部屋において「ここに置いたからね。よかったら食べなさい。誰も君が空腹に耐え兼ねて屈服したとは思ってないからね。それにこの部屋じゃ君がガツガツ食べるのを見ることもできないだろ?」」というメッセージだった。
ゴン太はドアの隙間からこちらを気にしながらもきれいに平らげた。
これでいいのだと思う。食事前にはお腹が空いた状態になっていて、何でも美味しいと感じながら食べることができる。ゴン太はそんな当たり前な喜びを感じたと思う。
預り犬でありながら今日一日看板犬も務めてくれたゴン太。カフェ閉店後、長い散歩から戻り、食事の準備を始めると足元で私を見上げながらお座りしていた。フードに水洗いをした残り物のアジの身と皮それに一切れのパンと豆乳を少し混ぜて与えた。美味しそうに食べ終えると今日の疲れが出てきたのか、布団の上で長くなって眠り始めた。
 

ゴン太君 2004年04月15日(木)

  今日から1週間我家に新しい仲間が増えた。
シーズーのゴン太君、預り犬である。我家では預り犬も家族の一員として共に暮らす。そのためせいぜい2〜3頭しか預かれない。ゴン太は去勢されていないので心配していたが、「室内では決してマーキングはしない」という言葉を信じて預かった。確かに室内ではマーキングはなかった。ところが、夕方の散歩に出ようとドアを出た途端、鍵をかけている私の横でジャッジャとやってしまう。その後も黙ってみているとひっきりなしにマーキングを行い、すれ違う犬たちなど目にも入っていない。ややしばらくして我に返ると、通り過ぎた犬を残念そうに見送っている。
去勢しないオスと都会で暮らす方は大変だなあとつくづく思う。
去勢していればオシッコは1〜2回のうちに出し切ってしまい、散歩の時も冷静に周囲を見渡しながらの社会経験を積む可能性も高くなる。これに対し未去勢のオスは、内から込み上げるマーキングに明け暮れなければならないから、飼主とのコミュニケーションもまた違ったものになる。
犬を飼う方の好みやスタンスの問題であるから、それがいいとか悪いということでは勿論ない。ただ、何も知らずに犬と暮らし始めた人たちの中には、去勢によって家庭犬としての暮らし易さが格段によくなるという情報は伝わりきれていないようだ。ただ漠然と、『不要な犬を誤って増やさないために去勢したほうがよい』程度ではないのかと思う。この問題については後日改めて。
 

春のガーデンから 2004年04月14日(水)

  暖かな春の一日だった。ドッグガーデンでは犬たちが元気に遊び、カフェではのんびりとした時間が流れていた。テラスに出したディレクターチェア-に腰掛け、戯れる犬たちを見ていると幸せな気分になる。私のカフェでは犬たちの争い事がない。飼主の方の気配りもあるが、一目見れば相性がわかるという特技を持っているからだ。仲良く遊べる犬、お互い不干渉の犬、自分から臭いを嗅ぎたいけれど相手にしつこくされるのは嫌いな犬など様々だが、中でもおもしろいのが『変なことしたら怒るぞ』と緊張している犬の変化を見ることである。そのような犬が現れた時、すべての犬にリードをつけるようお願いする。そして、以前にも書いた私流の「家庭犬としての挨拶」を行い、一通りの挨拶を終えたら、制御しやすい犬たちからリードを放し遊ばせる。もし緊張している犬に近寄ってきたら制御し、向きを調整する。正面からあるいは横からの臭い取りはさせない。緊張した犬の背中の毛はベッカム状態になっているが、リードをつけたまま庭を歩いているうちに緊張が解け、初めて冷静に庭で遊ぶ他の犬たちを観察し始め、徐々に興味を示すようになる。そのあたりで相性の良さそうな犬の接近を許し、安全で面白そうだという思いを抱かせる。そしてリードを放し遊ばせるが、おもしろいのはここからである。多少当たりの強い犬がモーションをかけると、顔を引きつらせるが、そこに悪意がないことを瞬時に読み取るとホッとた仕草を見せ、これを繰り返すうちに徐々に気を許すようになる。そしていつしかガーデンの一員になっている。満員電車に後から乗った人は、始めのうち内部から意図的な圧力を受ける。動き始めて揺られるうちに混んでいた車内には共同体としての秩序と空間が生まれる。そんな感じである。
カフェにいるだけで犬たちは成長している。特に常連さんの犬を見て、数ヶ月前を思い返せば家庭犬として格段の成長を遂げているのがわかる。開店から閉店まで腰を据えていただいている方は2人や3人ではない。居心地において追随を許さない学べるドッグカフェの面目躍如である。
あとは経営のために彼女たちから如何にお金をいただけるサービスを展開するかである。ね、皆さん。
 

注意すべき3つの対応 2004年04月13日(火)

  誤った犬への対応が浸透してしまっているようだ。カフェに来られる方の様子や話を聞いたりしてそう感じる。
ご自分の愛犬が天真爛漫人畜無害という方は今日のこの欄は読み飛ばしていただきたい。
1.引っ張り合い:この遊びは神経質で我侭な犬に対しては、唸ることを訓練するための遊びである。「うちの犬は反抗的でひょっとしたら人を噛むかも知れない」とご心配の方は避けたほうがよい。
2.咥えた物を取り出すのに時間をかけてしまう:物欲が強い犬に対し、くわえた物を言い聞かせながら引っ張り出そうとする方がいるが、これは犬に唸ること・噛み付くことを訓練しているようなものである。本当に咥えて困るものであれば、時間をかけず一気に取り出す方法を学ぶべきだろう。犬が逡巡している様子を楽しみながら、言い聞かせ教育もできるが、それは犬に対して全くの信頼がある場合に限るべきだろう。
3.吠えたりいたずらした時両手で口を抑える:余程従順な犬か毅然とした態度を犬に示すことができる人でない限り、この方法はとってはいけない。これは正に逆ギレの訓練をしているようなものである。
「そんなはずはない」と勇ましい反論をする方もおられるだろうが、自分が出来ることではあったとしても、安易に人に勧めて手痛いしっぺ返しを受けるのは良心的な飼主であることを忘れてはならない。
 

犬の社会化について 2004年04月12日(月)

  マメシバの紅葉(もみじ)が初めてカフェを訪れたのは、2月下旬、生後3ヶ月を過ぎた頃だった。可愛い盛りであったが、その表情は恐怖と警戒に満ちていた。飼主のKさんの懐にしがみつき他人の接近を許さない雰囲気が漂っていた。
当店では基本的に生後4ヶ月未満の仔犬は入店できないことにしているが、紅葉には早期社会化が必要と判断した。
Kさんに「まだ充分な免疫ができてないから病気感染の心配はあるけれど、この子との将来を考えたら今から人馴れ、犬馴れ、社会慣れの準備を始めたほうがよい」ことを話し、Kさんもそれを望んでくれた。
チワワやミニチュアダックスなどの小型犬は、もちろん血統にもよるが、注意深く、神経質でないとカラスにでもさらわれかねない犬種である。だから多くの場合、普通に育ててしまうと良き愛玩犬ではあるが、来客には吠え立て、散歩の時にも人や犬に吠えかかるようになってしまう。それはそれでよいと思われる方もいるだろうが、実はそうでもない。家族と家の中だけで暮らすのならば問題ないが、散歩の時やドッグラン・カフェに連れ出したときに、人や他犬とトラブルを起こし「傷つきの連鎖反応」(噛んだほうも噛まれたほうも身体と心が傷つき、次の犬ともうまくやっていけない悪循環)が始まることになる。これを防ぐには、社会化が必要であり、その時期は早いほど良い。
ここで言う社会化とは、人間社会において初めて見るもの・初めて聞く音をどんどん経験させること、すなわち未知のものを既知の状態にすること、換言すれば「おや!何だ?」から「ああ、あれか」という反応を導くことである。そしてこの過程で、犬が怖いあるいは不安に感じたものを察知し、それがなんでもないということを分からせることが大切なのである。間違っても将来のトラウマとなるような恐怖体験をさせることが無いように注意しなければならない。
これらの手続きによって、犬は自信と人に対する信頼を獲得し、分をわきまえ、身の程を知り、社会性を身につけた良き家庭犬の基礎を築くことができる。
面倒くさい難しいプロセスだと思うかもしれないが、実は多くの方は自然に行っている。
皆さんと愛犬との毎日の散歩がそれであり、私のKさんと紅葉に対するアドバイスはプロフェッショナルとして手順を踏み、効率をよくし、飼主に今自分がなぜ、何のために何をしようとしているのかを理解していただくことである。
始めは他人がリードに触れただけで、「キャン!キャン!」と叫んでいた紅葉が、2回目からは興味を示すようになり、生後5ヶ月となった最近では来店と同時に人にまとわりつき、大型犬の足元で平然とし、次はどんないたずらをしようかという素振りを見せている。この間、いろんな方に抱っこをしてもらうなどの協力をいただいた。当面は紅葉を図に乗らせ、精神的に逞しくしたうえでガツンと身の程を知らせる予定でいる。Kさんもいろんなところへ散歩に連れ出している。
しかし、紅葉の過剰ともいえる警戒心は犬種特性ではなく明らかに血統である。
育て方が血統を超えることができるのか?
私の持論は、盲導犬のような『適性』は先天的要素が必要だが、暮らしやすい犬は育て方で変えることができるというものである。
果たしてその結末や如何に。
 

Mさんとの思い出 2004年04月11日(日)

  三日坊主の私にとって、この欄が6日間も続いたのは驚きである。
感動のあまり今夜は4時間もかけて原稿を書いていた。
読み返し「よし、これでいい」とホッとした。
我慢しつづけたトイレから戻り、ホームページにアップするはずだった。その時ボタンを押し間違え、4時間が無駄に終わってしまった。原稿はリセットされ、すべて消滅してしまった。
この悔しさが分かるだろうか?しばらくは床を叩きながら、のた打ち回った。
「きっとどこかに残っているはず」と探しつづけたが、私の知識ではどうしようもなく、酩酊寸前で今日のこの日を終えようとしている。
悔しい時、私はほのぼのとした出来事を考えるようにしている。だから今日は過去に書きとめたMさんとの思い出を紹介することにしよう。
 病院へ通勤するFさんと朝の散歩を楽しんでいた年配のMさんが道でバッタリ出くわしました。それぞれの足元には盲導犬がいてなにやら挨拶を交わしていたそうです。世間話もそこそこに通勤・散歩と別れた二人は、その日の天気も良くいつもより快調な歩行をしていました。Fさんは電車に乗り降車駅から病院までを、通学する高校生の間を縫うように歩き、何事もなくその日1日の仕事を終えました。Mさんも市役所から商店街を抜けるいつもの散歩コースを快適に楽しんだそうです。ところがFさんが帰宅すると迎えに出た娘さんが驚いたように言いました。「おかあさん!この子ジーニじゃなくてパールだよ」。そう、朝の挨拶の時にそれぞれの盲導犬が入れ替わってしまっていたのです。しかもパールはこの町で電車に乗るのはもちろん、病院にも行ったことがなかったのです。
Fさんを交えお酒を酌み交わした時、額に汗を滲ませたMさんがためらいがちに、でもこらえ切れずニコニコと話してくれたエピソードです。いつも明るく、「おーほっほっほ」と『笑うセールスマン』のような声を私に残して逝ったMさんとの思い出ですが、きっとその日1番楽しんだのは2頭の盲導犬であったに違いありません。
 

ドッグガーデンから 2004年04月10日(土)

  カフェに併設したドッグガーデンは、予算の関係で自分たちで造成した。飲み仲間を見渡すと造園業者、重機オペレーター、機械いじりの何でも屋、それに居酒屋のマスターを筆頭とした独活(うど)の大木が揃っていた。業者見積もり百数十万を30万弱で作り上げた。しかもそれらの一部が原材料費で、当別の土、暗渠の資材、オーチャード、チモシー、ホワイトクローバーの種であり、残りほとんどは酒盛り費用だった。盲導犬協会で働いていた頃から遊び心はあったが、個人事業となると思いっきり遊べた。
それが悪かった。3月に入ると札幌は50日あまりの雪解け期を迎える。昨秋、種から芽生えたばかりの庭の牧草は雪に覆われ冬を越したが、3月下旬には泥沼になり、しかもお構いなく犬たちは走り回った。田んぼ状態である。犬たちのオーナーは始め庭に出すのをためらっていたが、最初の泥浴と愛犬の歓喜の姿を見てすぐに諦めてしまっていた。シャワーの設備を整えていたため店内の被害は最小限で済んだ。それから3週間、田んぼは畑となり、荒野となってきた。
一昨日、「近くの現場に来たから」と飲み仲間の造園業者がカフェに顔を出した。一緒に庭を歩きながら、心配げな顔をしていた私に「よぉし、これでいい。7月には立派なドッグガーデンができるぞ。グァハッハ」と言って彼は帰っていった。見渡すと、犬たちに踏み荒らされた庭に、青い芽がそこここに顔を出していた。自然の摂理に対抗して都合のよいことばかりを望んでいた自分を恥じた。
そして、どこか犬を育てることに通じるものを感じた。
 


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