From the North Country

急きょ臨時休業いたします。 2014年02月28日(金)

  明日1日(土)〜4日(火)まで、臨時休業することになりました。
皆様にはごめいわくをおかけし、大変申し訳ございません。

実は、26日(水)の夜、カフェスタッフ5人全員がインフルエンザを発症しました。
私と雄ちゃんシェフの男二人は、比較的軽症です。

当初、2日までの臨時休業を考えておりましたが、医師から『念のため』とアドバイスを頂き、4日までお休みさせていただくことにしました。

インフルはピークを過ぎたというニュースを読んだ直後でしたのでショックです。

どうか皆様もご健康に留意してお過ごしください。
 

お知らせ 2014年02月27日(木)

  3月1日(土)・2日(日)ひょっとしたら臨時休業するかもしれませんので、ご注意ください。

明日(28日)、夜8時頃にははっきりしたことをお知らせできると思います。

ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
 

我が家の愛犬アモVOL7 2014年02月25日(火)

  パピ-ウォーカー(PW)のY家に飼育委託され順調に育っていたアモだったが、最初の講習会で協会にやってきたとき「この子ちょっと変。車内での様子が…」とYさんは言った。
試しに車に乗ってみると、アモは急に落ち着かなくなりハーハーと息を荒げた。
「車酔いをしているわけじゃないので、徐々に慣らしていきましょう」と私はアドバイスしたが、その後も劇的な変化はなく『アモは盲導犬のテストで落ちる』とベテランPWのY家では踏んでいたようだ。

「アモ君ね、車に喜んで乗るのに走り始めたらハーハーハーハーと息が荒くなるんですよ」
案の定盲導犬の適性検査で落ちて、瀬棚のN先生に引き取られたアモは相変わらず車内での態度に問題があったようだ。

つまりは生後3か月において示す生得的な資質であり、アモ自身がどうすることもできない“個性”というべき問題でもあった。

だからといって我が家にやってきた以上『仕方ないね』と受け入れるべきことではなかった。
どこかへ出かけるたびに車内でハーハーハーハーされてはこの先やってられないじゃないですか。

生まれながらの稟性と闘う厳しい試練があった。
『ダメだろうな。』内心私はそう思った。
アモだって『自分ではどうしようもない気持ちをわかってよ』と訴えるよな、と思った。

それでも私たちは2泊3日600キロの旅に出た。

ニセコまでの車中、私は怒鳴りっぱなしだった。
ニセコでは楽しい一昼夜を過ごした。
翌日、函館まで車を走らせ、同じく車中では叱ったりなだめたりの時間が過ぎていたと思う。
函館ではあちこち散策し、特別にアモと一緒に泊めてもらったホテルではアモの振る舞いに感謝されることもあった。

そんなこんながどう通じたのかは分からないが、アモのハーハーは一気に減少し、帰路に立ち寄った住み慣れたN先生の自宅を離れる時も我先にと車に飛び乗った。
さすがに日本海を見た時には血が騒いだようだったが…

以後、車内でのハーハーは無くなり、海が見える道路を走るとき私とKはアモの控えめな昂ぶりを楽しむようになっている。

生得的と思われるようなアモの“車問題”を解決するのに3か月を要したが、逆に『このようなことも暮らし方で解決できるのだ』と、わんこの受容能力の深さを知ることができた。

意を良くした私は以後アモに様々な言葉を教え、アモが自発的に学習する、つまりはわんこの能力を知ることを再確認できたのである。

与えるべきものを与え、共に暮らす響きを感じあえる時、種が違う人と犬が共鳴する最終章があることを次回から書いてみようと思う。
 

我が家の愛犬アモVOL6 2014年02月21日(金)

  初めてアモが我が家に来た日、カフェの長椅子に飛び乗り外の景色を眺めた。
慌てた私は「こらっ!」と叫んで引きずりおろした。
とっさの出来事での対応だったが、アモの反応を見て私はすぐに後悔した。
『荒っぽいじゃないですか!どうしたんですか?』
アモは悲しげに私を見て抗議し、『椅子に上がっちゃいけない!って、そう言ってくれればいいのに』と訴えた。

でもあの時、ああしたから一発で問題が解決されたことに私は気付くことになる。

アモは来客やインターホンに反応し、吠えながらいち早く駆け出して歓迎し、吠えて私たちに教える。
それが我が家では許されないことだと教えなければならなかった。

ある夜、インターホンが鳴った時アモは2階の自宅から階下のカフェに吠えながら駆け下りそうになっていた。
「アモ、まて!」と、その時間にはいつもほろ酔い状態の私が叫んだ、が、アモはそれを無視し駆け下りた。
『ここが勝負どころ!』と踏んだ私は、階下へ駆け下り、体重40キロ前後のアモを2階まで掴み上げ、死にそうなくらいの息切れをしながら「マテっちったべ!(標準語ではマテって言ったべ。?)」と怒鳴った。

膝や腰にいろんな問題を抱えていた私だったが、アルコールによる“馬鹿力と本気”を発揮した瞬間であった。

生来、反射的に一声吠えるアモの質を責めることは誰にも許されないが、あれ以来、アモは2声3声目の意図的な吠えを自制し、興奮して勝手に階下へ降りていくことはなくなった。

アモは恐怖でいじけてしまっただけではないか!
そう非難される向きもあろうかと思うが、どんなに酔っても私は私。わんこに対しては常に冷静に向き合う修業を積んでおります。

前の飼い主N家にアモと訪ねることがある。
アモは和室の畳の上を走り、高級な皮のソファーを渡り歩く。
『僕はね、この家ではこんなこともあんなこともしていいんだ』と自慢げだ。
さらに、庭に続くベランダの前で、N家の人を見る。
すると「外に出たいのね」とNさんが戸を開けるとひとしきり庭ですごした後、外からまたN家の人を見る。
「あ、入りたいのね」とNさんが戸をあけて入れる。

そして、アモは満足そうな顔をして私を見、『よおし、システムは正常に機能している。みんな思いのままさ。』と、ソファに横たわる。

なのに、「アモ此処で幸せに暮らしなさい」と私がおいとましようとすると慌てて起き上がり、我先にと車に飛び乗る。

車と言えば…アモが我が家にやってきて一番苦労したのは車内の態度だった…
 

我が家の愛犬アモVOL5 2014年02月17日(月)

  多くのわんこに見られるずる賢さや人間不信はアモにはない。

例えばボール遊びと呼び戻し。
ボールを投げて追っかけるわんこの姿に喜びを感じる飼い主は多い。
だから、わんこがボールを咥えて嬉しくて戻ってきたとき『出せ!ちょうだい!アウト!』と言いながら、飼い主は再び投げるためにすぐに口から取り出したがる。

これがいけないことをなぜ人は理解しないのだろう。
飼い主は『もっと遊ばせよう』と思っているのだろうが、わんこにしてみれば『せっかく咥えた喜びを共有して欲しいのに、すぐに取り上げられる』と学習し、咥えたら近寄るけど逃げ回ることに喜びを見出すようになる。

わんこに“喜びを共有していると感じさせ”“素直に口からボールをだし『もう一回投げて』”という気持ちを引き出すには、わんこが咥えて戻ってきたときに身体をタッチしたり一緒に楽しんであげれば、『もう一回投げて』って言ってくるのにその大切な時間を端折って強引に取り上げようとするからズルさが生じる。

アモは人と遊ぶとき、そんな人のあやまちを『あんたはつまらんね』と態度で表現する。

呼び戻し=リードで繋ぐ(拘束)も同様で、
・もう十分だよね
・誰か来たから
・理由はともあれ『繋ぐよ』
そんな理由の理解を促すことなく拘束しようとするから“呼ばれたらとにかく逃げる”よう反応するわんこにしてしまっている。
アモにとってはフリーだろうが繋がれていようが関係なく、そんなことはこちらの事情なのだが。

例えば雪かきスコップを振り上げた時、多くのわんこは身構えるけど、アモは大喜びして『なんの遊び!?』と絡んでくる。

他犬に私の本気度を示すため雪かきスコップを振り上げる姿をこれまで何度も見てきているはずなのに、アモはちゃんとその違いを知っている。

アモにずる賢さはない。
あるのは優れた観察力で、日々私にわんこの知性を示してくれている。
アモには人間不信はない。
どんな時でも人を信じている姿を日々見せてくれている。

そんなアモともそういえば闘いの日々があった。
 

我が家の愛犬アモVOL4 2014年02月15日(土)

  2002年サッカーの日韓ワールドカップで盛り上がった年の秋、盲導犬候補生の道から外れたアモは、日本海に面した瀬棚町のN家に引き取られた。
町一番の大きな医院で地域医療に邁進されていたN先生の一番の息抜きは釣りとアモとのボール遊びだった。

だが、2005年11月にN先生が急逝された。
前年の12月に我が家では愛犬スーを亡くしていたこともあり、2006年1月12日にアモを我が家の愛犬として迎え入れることにした。
N家の溺愛もあり、その時アモの体重は元々の20数キロから42キロを超えるデブ犬になっていた。

42キロを超え毎日のようにボール投げをしていたアモの身体は悲鳴を上げていた。
我が家に来た翌月の散歩中に左後肢の前十字靭帯が断裂し3月7日に手術。
6月には右後肢の前十字靭帯も断裂し7月3日に手術を受けた。

あの重い身体を毎日何回もKと二人で抱えながら自宅とカフェの階段を往復した。
今思い返してもハーハーという二人の荒い息と達成感が残る。

この試練の間にアモの体重を32キロまでコントロールした。
なんてことはない、普通(ラブの標準量)通りの食事を与えただけのことである。
太るというのは殆どの場合、運動不足ではなく単に与えすぎているというだけのことなのだが、わんこの食欲(満足感)を見て量を決める飼い主さんが多すぎるようだ。

ともあれ、アモは我が家に来て1年も経たずに以前より軽快で健康で再び存分に走り回れる身体を取り戻した。

カフェから2階の自宅に駆け上がってくれるだけでKと私には大助かりでアモのリハビリにもなった。
 

我が家の愛犬アモVOL3 2014年02月13日(木)

  4.甘噛みと遊び方
わんこが甘噛みをするのは当然のこととPWY家では織り込み済みのことである。
“される”か“させる”かの違いがあるだけのこと。
本来なら、仔犬同士で噛みあいながら“痛い”を経験し、抑制を覚えるものだ。
兄弟から離されたのだから、人がそれを何気に教えるしかないのだ。
人の知恵が問われる最初の関門であり、わんこが人間社会に溶け込む入門の時期でもある。
勝手に縫いぐるみを食い千切るような“放置”なんて絶対にしない。
痛いほど甘噛みするような“退屈”な時間を与えないし、もしそんなことしたら真正面から向き合う。
どう頑張っても1年でアモは協会に返さなければならないし、その間に大人になってしまうから毎日が大切な時間。
『クマさん(縫いぐるみ)は?』『散歩行こう!』『ちょっと待って』
物には名前があり、言葉には意味があり、生活の中にはルールがあることをアモは覚えていった。

5.散歩の目的
若いレトリーバーのエネルギーを発散し満足させる散歩など普通はできない。
だから散歩から戻ったばかりなのにわんこたちは自宅に戻って駆け回る。
しょせん無理なことを追い求めるのではなく、人間社会で暮らす習慣に慣れさせ、これから生きていく社会をしっかり見せて経験させるのが家庭犬としての散歩の目的である。
それを受け止め、エネルギーの発散以外に人と暮らすことの喜びを知った時、彼らは家庭犬となる。
つまり散歩とは運動もさることながら世を知らしめお互いの関係を築く大切な手段と言える。
アモは仔犬の時からあちこちに出かけるYさんのお供をし、来客を迎え、お祭りにも連れて行かれ、自宅に戻って自由になった時には疲れ果ててすぐに眠りについた。
人に振り回されながら行動を共にし、自宅に戻った時に眠りこける…
ある意味、そんな暮らしをするだけでいい家庭犬は出来上がりますよ。

6.成長段階における注意点
生後8か月頃になると体力と知性それに思春期みたいなのが重なり合ってちょっとややこしくなるようだが、私はそれを“これまでとこれからのバロメーター”と受け止め、犬育てで足りない部分を指摘し、いい面を伸ばすようにしている。
アモは『来客を誰よりも早く察知し、吠えて教える』という意識が強く、盲導犬にはなれなかった。

ただ、わんこは年齢に関係なく、環境と暮らしの中でフレキシブルな変化がある。

次回からは我が家にやってきてからのアモを書いてみよう。
 

我が家の愛犬アモVOL2 2014年02月11日(火)

  1.トイレトレーニング
仔犬がPWのもとにやってきて、最初に教えるのがトイレのしつけである。
ベテランPWのY家はマンション住まいだったので、アモはベランダで用を足すことを教えられた。
どんな時に排泄をするか、すでに経験済みのY家だから失敗する前にベランダに出し、指示のもとアモは排泄を済ませ拍手と共に迎え入れられる。
だからすぐにルールを理解したアモは、トイレを我慢することなく暮らし、予定外に尿意を催すとベランダの前に立つことを覚えた。
たぶん数日のうちに解決したことだろう。

2.夜の過ごし方
生後50日前後のわんこだから、夜ひとりにされると不安になってしまう。
寝る前にはある程度疲れさせる遊びと、それ以前にうたた寝しない時間を作っておく。
そしてトイレを済ませた後でケージに入れ、布団を敷いたりパジャマを着たりという人が寝る前に行う一連の行動を毎日見せる。
そのうえで灯かりを消し、そばで添い寝をし、一日の終わりというのを体感させる。
仔犬というのは夜中にも尿意を催すものだから、ケージのそばで寝ていると、夜中にガサゴソと動いたり声を出したりするものだ。
アモがそんな風にすると、ベランダに出し排泄させる。
これで、夜の過ごし方とトイレの意識がアモに定着し、成長と共に徐々に夜の排泄は消えてなくなり、下痢など万一の場合は何らかの方法で教えてくれるようになる。
パジャマを着る姿を見せれば、ケージのそばで寝ずとも成長と共に『おやすみ』の意味を理解し、それぞれの夜を過ごせるようになる。

3.食事の与え方
犬がご飯を食べている時に人が手を出すと唸り声を出したりする可能性があることを多くの人は想像できる。
その危惧をゼロにするため、アモたち盲導犬のたまごは仔犬の時から食器を両手で押さえた状態で食べている。
レトリーバーの食欲は凄いものがある。
床に食器を置くとがつがつと食器を滑らせながら食べる。
『あらあら』と、人が食器を元に戻す動作を“意地悪”と感じ唸る仔犬がいたとしても不思議ではない。
そんな細かい配慮をして人の手になじませ、将来の良からぬ懸念事項の芽を摘むのだ。
もちろんアモには余計な『転ばぬ先の杖』だったろうが、人の手の優しさを感じ取っていたことだろう。

ソチオリンピックで女子アイスホッケーのスマイルジャパンがロシア相手に同点に追いついた。
幻の1点が認められてれば勝っているのに…!

熱戦もこの欄も、つづく。
 

我が家の愛犬アモVOL1 2014年02月09日(日)

  ってなわけで、今晩から我が家の愛犬アモのことを書くことになった。

盲導犬候補生のアモは、ゴールデンの母親とラブラドールの父親をもって2001年4月18日に生まれ、成犬になるまでの1年間、パピーウォーカー(PW)のY家で育てられた。

レトリーバーには大きく分けて3つのタイプがある。

ひとつは“フィールドドッグ”としての鳥猟犬で、レトリーバー本来の能力を備えた従順で作業意欲の高いタイプだ。盲導犬として評価するには意欲が先走りして興奮しやすく夢中になりすぎる欠点がある。(個人的印象)

ふたつ目は外見が美しく体型や身体特徴がスタンダードの“ショードッグ”。確かに外見的にはスタンダードなのだろうが、鼻持ちならない性格の犬が多い(個人的印象)
だから血統書に『ショーチャンピォン』の親の表示があれば、この犬種に限らず私は注意深くなる。

最後が盲導犬の繁殖を繰り返すうちに確立された“ガイドウェル”である。外見もさることながら、身体的に健全であり、穏やかで寛大な性格と知性に富む『内面重視』のタイプである。

ガイドウェルの血を受けたアモだが、PWには更に慎重な対応がアドバイスされた。
当時、私はそのアドバイザーの仕事もしていた。
すなわち
1.トイレトレーニング
2.夜の過ごし方
3.食事の与え方
4.甘噛みと遊び方
5.散歩の目的
6.成長段階における注意点
等々である。

詳しいことについては、また。
 

行き詰った末に 2014年02月08日(土)

  このところ更新が滞っていますが、実は毎晩のように書いております。
途中まで…
アップしないまま消してしまうのです。

何故でしょうね、自分でもよくわかりません。
書いても社会は同期しない…っていう無意味さからでしょうか?
4月に13歳になる我が家の愛犬アモだけに傾注したいとの想いが強くなっているからでしょうか?

ああ、そうかも知れない。
我が家の愛犬自慢になってしまうけど、わんこ育てを言葉で云々するより、アモとの暮らしを伝える方が楽かもしれない。

明日からアモのことを書いてみよう。
 


- Web Diary ver 1.26 -