From the North Country

カンバスに描く 2013年10月29日(火)

  カフェで恒例の『月火無料お散歩チェック』で、愛犬の状態と飼い主としての今後の接し方のアドバイスを受けた方がしばらくして“その後のご報告”をしてくださることがある。

そういう方の大概は『いい報告』であることが多い。
テレビや折り込みチラシで『Aさんの愛犬は○○の状態だったけど、ドッグカフェナガサキのお散歩チェックを受けてから、あらビックリ、こんなにお利口さんになっちゃいました』風のコマーシャルに使えるみたいに。

でも、実際そんな事後の経過を伝えて下さる方は限られていて、ましてやカフェ通いを続けて“暮らし易い家庭犬』を追求される方は限りなく少ない。

それぞれに生活や仕事、経済的な事情もあるはずだから仕方のないことだ。

そもそも、カフェがおヒマな月火を使って『歓楽街の易者にタダで診てもらう』程度の感覚が『お散歩チェック』の原点だから、余計なことを考えずに活用していただければよい。
カフェにはコーヒー代くらいの収入が入るわけだし。

その後のご報告は“おまけ”程度に考えている。
まあ家内制手工業努力の一環でしょうかな。

そんな今日、黒ラブゆうちゃんの飼い主Iさんからレッスンの依頼があった。
エネルギッシュで結構ハチャメチャなラブ、だった経緯がある。

過去にレッスンを行って基礎的なことは教えていたが、「メンテナンスを」との依頼で歩いてみたら、私を見るなり素晴らしい歩きをする。

で、私のIさんへのアドバイス。
「人を見てちゃんと行動するとても素晴らしいわんこになったと思います。ゆうはそれだけ頑張ったのです。今度は飼い主であるあなたが、ゆうからみて“ちゃんと行動できる飼い主”になりなさい」というもので、具体的な項目を提示した。

『人を見る』という表現はネガティブで、ずる賢さをイメージするかもしれないが、人を見ず、ただただコマンドに従う犬のつまらなさ悲しさ、そんな犬にした人の罪悪感を私は知っている。

おばあちゃんを気遣いながら歩き、子供とはしゃぎながら歩き、飼い主とはコミュニケーションを求めながら歩くわんこを私たちはもうちょっと本気で育てた方がいいと思いますよ。
 

いたずら心 2013年10月27日(日)

  夕方、すっかり暗くなった道をお泊り犬と散歩をしていたら、50メートル先から歩いてくる人の顔が青白く光っている。
老眼なりに目を凝らすと、顔は“のっぺらぼう”に見えてドキッとした。

歩きながらスマホを覗き込むことで、女性の顔が照らし出されていることに気づいた時、安堵と共に悪戯心が芽生えた。

女性が5メートルほどの距離に近づいた時、私は今の時期のわんことの散歩に欠かせない懐中電灯を顎の下あたりから自分の顔に点灯して「あなたこんな顔して歩いてますよ」と言った。

ハッともワッとも聞こえる小さな声を出して女性はスマホを閉じ足早に去って行った。

言っとくけど、最初に驚かされたのは私の方ですからね。
素直な気持ちを率直に表現しただけですからね。

悲鳴もあげず、不審者として通報されなかったのはわんこと一緒だったからでしょうか。
それとも?

イヤホーンをしたまま左右の確認もせず横断歩道を渡る自転車や歩行者を見るたび、どでかい音のするクラクションを鳴らして驚かせたり、口パクで話しかけるフリの悪戯心が今この国にあってもいいと思うのは私だけだろうか?

相手がある中で、自分が今何をしているのかをちょっとは意識しよう。
くだらんことで命を落とすな。

なんだか意地悪爺さんの極意が見えてきたようでちょっと楽しくなってきた。
 

幸せだったね 2013年10月26日(土)

  訃報です。
ゴールデンのマリンちゃんが24日夕刻亡くなりました。
ご自宅で看取られたのがわずかな慰めだったと仰ってました。

ついこないだ元気な姿を見せていただいていただけに残念です。
でも、愛娘の花菜ちゃんもすっかり成長し、記憶にしっかり残るまで一緒に暮らしたのは何よりの宝となるでしょう。

仲の良かったモル・リオ・たわし一家と共にご冥福をお祈りします。
 

たわごと 2013年10月19日(土)

  台風と共に寒気が入り、カフェ周辺では初雪が降ってストーブ点火となりました。
公式には札幌の初雪は宣言されていないようですが…

今夜、大学の同窓会が札幌であり1年ぶりに夜の札幌に出ました。
人々の動きは数十年変わっていないように思われましたが、若い人たちは間違いなく入れ替わっているのですね。
ホテルのカフェで接客してくれた女の子は十数年前は赤ちゃんだったとか、通り過ぎるバリバリのビジネス戦士たちも幼く見え『頑張れよ!』と心の中で声をかけました。

メガバンクの頭取の経歴を持つ先輩からは、じいじの底力を淡々と示すことの意義を教えられました。
『頑固爺でいいんだよ』って。
どう受け止めるかは相手次第。
いつか感じてくれることがあればいいんだ。と。
その努力をしない後悔が最後の後悔になった方が辛いよ、と。

わんこ育てでがみがみ言う私のアドバイスは、正しいかどうかは分からないけど、少なくとも私に後悔を残さないやり方のようだ。

じいじはこれからもやかましいことを言い続けてもいいのですよね。
 

吠えるわんこのエネルギーを知ってますか? 2013年10月11日(金)

  散歩中に吠えてしまうわんこの飼い主さん。

今夜は、その時のわんこが出してるエネルギーの強さを体験する方法をお教えしましょう。

わんこにはハーネス(胴輪)ではなく、首輪とリードをつけておいてください。(理由は省略)

あらかじめ練習しておいて欲しいことがあります。
吠えた時にリードでショックを与えるのですが、そのやり方です。
※綱引きの要領ではない
※リードをブレーキのように抑えるのでもない
ということをまず肝に銘じてください。

そのうえで
※食器が乗ったテーブルクロスを一気に引いて、食器はそのまま、というあの感覚
※手に鎌を持って、草をスパンと刈る時のあの感覚
※バレーボールで強烈なスパイクをする時のあの感覚
をイメージしてください。

そしてここが重要なのですが、『ダメ!』とか『こら、ポチ!』だとか声を出す癖のある方は、絶対に声が出ないように口にチャックをきつくきつくしてください。(理由は省略)

つまりは引っ張りではなく、スナップを利かせるという技術です。
引っ張りはリードが張ったままですが、スナップの場合は直後に緩んでいるはずです。

さて、体験してください。
1.散歩に出ましょう。
2.いつもは吠える対象が来たら道を曲がっていた方は、できるだけ吠える相手が次から次へと来るコースを積極的に選びましょう。
3.わんこが吠えたら例のショックをランダムに立て続けにやってみましょう。
4.最初は変化がない
5.さらに強いショック(決して声を出さない)変化がない
6.『え!?もっと強く?』そうです。
7.吠えるのをやめた。いえ、さらにショックが必要です。

この体験にショックを受けるかも知れないけど、わんこが吠える時のエネルギーを知るにはさらなるショックが必要です。

わんこが吠えるのをやめても相手をフォーカスしていたら、さらに強いショックをかけてください。
いつまで?
他犬へのフォーカスを止め、あなたを振り返り、『どういうつもり?』という目であなたを見るまでです。

その時までに、あなたの心臓はバクバクしていることでしょう。
息が上がっているかもしれません。
『こんなにまでしてうちの子大丈夫なのか?』と罪悪感を持たれることでしょう。

でも、本当に自分が辛い目に遭っている時に、相手に吠え続ける余裕を見せることができるのは人間だけです。
犬にはできません。

わんこがあなたの目を見た時には声をかけてください。
『静かに!』でも『そう、偉いぞ』でも構いません。

ともあれ、想像以上のすごいエネルギーを持ってわんこが吠えていたことを体験できると思います。
犬種の大小には関係ないことを付け加えておきましょう。

これは決して正しいわんこの育て方を表現しているのではありません。
正しい育て方をされたわんこは言えば分りますから。

そうじゃなく育ったわんこが、散歩中に吠えまくる時のエネルギーを体験してもらうひとつのプログラムなのです。

吠えつかれていい思いをする他人などいません。
つまりあなたのわんこが他人にどれだけの不愉快さを与えているかを、あなたに体験していただくプログラムでもあります。
『ダメよ、○○ちゃん』で誤魔化せない現実を突き付けているのであります。

万が一の時には、飼い主に多大な賠償責任が請求される時代です。
わんこの命が私たちに委ねられているのです。

『エライね、可愛いね』の裏付けをもうちょっと意識しようではありませんか。
 

科学だけじゃなくて・・・ 2013年10月07日(月)

  この欄『北の国から』を立ち上げて10年近く経った。
当初は連日のように更新し、数年前までかなりの頻度で書いていたが、このところ滞ることが多い。

最近カフェでは、問題犬をとっちめて大岡裁きをする、いわゆる『長崎劇場』を目にすることが極端に減ったと思われるようだ。

『長崎も年を取って丸くなったな』との陰口には一理あろう。
だが、この欄の更新が少なくなったのも『長崎劇場』が減ったのも、その状況が減ったからに他ならない。
それだけカフェのわんこと飼い主さんがドッグカフェナガサキを受け入れ、私のわがままな理屈を認めて、わんことの暮らしに変化を実現して下さったからだと感謝している。

カフェに真の伝統が定着したと私は思っている。
私がいなくてもカフェのお客様が新規の方を受け入れ、増殖させてくれる循環ができており、時折私が仰々しく理屈をこね、実践すればすべてが丸く収まる。

で、今夜は最近の社会の情勢というか感想2題について書く。

1.最近のわんこ関連の新刊や月刊誌。
数年前まではわんこのしつけや問題行動の解決に『餌付け』中心による方法ばかり書いていたけど、このところ根源に目を向け『まずはオス犬の場合去勢しましょう』なんてことが書かれている。
そんなことは20年以上も前からはっきりしており、私が『家庭犬として暮らす前提条件』としてずっと訴え続けていたことだ。

それなのに今の月刊誌は去勢で『病気を未然に防ぐことができます』とか『望まぬ妊娠を防ぐために』云々と書くだけで本質が分かっていないらしい。
家庭犬として暮らすなら、オス犬の本能的欲求の根源を除去するのがスタートラインであるのに。

さらに大切なのが生後5か月から8か月までの去勢時期なのだが、この時期までも含めた重要な情報を雑誌が提供するにはあと5年もかかるのだろうな。
常識になるにはさらに10年?

社会がわんこと真っ当に暮らす道のりは長いようですね。

2.『いわゆる動物行動学的』な知見に基づいて訓練を受けたわんこのリハビリに私はとても苦労している。

この意味が分かりますか?
訓練を担当した一部の良心的専門家には分かりますよね。
訓練を依頼して、戻ってきたわんこと暮らす一部の良心的飼い主も感じていませんか?

これって『わんこじゃない!』『いい子だけど楽しくない!』
魂を抜かれた生体ロボットの影を感じる。

スキナーボックスみたいにオペラントの動物行動心理学をかじっただけの人間は、わんこが科学的な行動を示すことに感動を覚え、しつけや訓練にそのまま応用して満足を得ているかもしれないが、実態は奥深いのだ。

猿の惑星で調教されているあなた(ヒト)をまずは最低限想像してみるべきだろう。
食糧欲しさ・鞭から逃れる状況に反応するあなたを。

ノーリードにした時、自らあるいは他から食糧・快・自由を得られる状況の中で、あなたが育てたわんこ/あなたが訓練したわんこは、穏やかな気持ちであなたに寄り添っていますか?

そもそもシンキングアニマル(考える動物)と暮らすということをあなたはどう考えているのですか?

私たちは基本、生理学的に、とっても科学的に動物行動学的に、そして信じられないくらい人間的に相棒を養い、同居しております。
わんこと暮らすのは自分の暮らし方生き方の『一つの形』なのだと思います。
 

ファイターズパスタ10年目 2013年10月01日(火)

  今日から10月。
カフェの10月のパスタは、なんと『日本ハムファイターズ応援パスタ』が10年連続を達成しました!

例年なら10月はファイターズの優勝争いで盛り上がるのですが、パリーグには他にも地元に密着した5球団がありますので、毎年優勝というのも失礼になります。
だからといって確率6分の1で6年待つのもちょっとね。
まあ私の場合、阪神タイガースで21年辛抱強く待った末の『大感激』を経験しているから、それも悪くはないなと思えますが、なんせ残りの寿命が許してはくれないので、3〜4年に1度優勝してくれればありがたいですね。
これからも応援を継続していきましょう。

さて、応援の継続と言えばカフェでは介助犬の『ファーガス基金』です。
9月分のご報告をさせていただきます。

9月19日;川○千○様より入金3,000円
10月1日;受取利子30円
10月1日;カフェ募金11,028円(内お札8,000円)
      
10月1日までの中計:536,533円
目標額まであと:963,467円

先日、ファーガスのシャンプーがあり使用者のNさんが来店してくれました。
「今年は一度も吐くこともなく、本当に健康に活躍してくれています。」と喜んでおられました。

ただ、「先日のショッピングセンターでは、はしゃぐ子供がファーガスのしっぽを引っ張り遊びし、私もファーガスも困っているのに母親は注意もしません。しばらくして駐車場に戻ると私の隣の障害者用のスペースにその母親が停めた車に荷物と子供を積み込んでいました。」と嘆いておられた。

「ひょっとしたら、あのお母さんだって外見からは分からない障害者だったのかもしれないけど、もうちょっと意識して欲しかった」とNさんは感じたそうだ。

ファイターズと同時にカフェが応援するファーガスとNさん。
ファーガスの仕事に優勝とかの順位争いはないけど、日々の暮らしでエラーすることなく堅実に仕事をしてもらいたい。
突発的な出来事でホームランのような対応もあるのだろうけど、それはNさんとファーガスの関係においての秘密の宝物で、時々そんな話を聞かせてもらえるとうれしい。

ともあれNさんにはファーガスの立派な監督・管理者になっていただき、我々は応援を喜びとし継続したい。

私たちに優勝の喜びがあるとすれば目標額に達するまで頑張れた時かな。
 

力のかあちゃんの力 2013年09月28日(土)

  気さくで明るいいい母ちゃんだった。
外で小鳥を何十羽も飼い、部屋では猫や犬も飼っていた。
事故で失明した力を愛し、再婚し支えてくれた。

4〜5年前「母ちゃんがガンになっちまった。」泣きながら力が電話をよこした。
それから毎月のように「いいおっかあなんだよな」と力は電話の向こうで咽び泣くことが多かった。

力は7年前に老人施設での職を得て、盲導犬と通勤し、職場では人気のマッサージ師になっていた。

「秋田の病院から見放された。もう、できることは何もないってよ」
先月の電話で力は力なく話し、迷っているようだった。

「御殿場の娘夫婦が来いって言ってくれてんだ。教会の施設でおっかあを看てくれるって。」
力は職場を辞め、最後の最後まで母ちゃんの傍にいる道を選んだ。

御殿場に着いて4日目の朝、母ちゃんは息を引き取った。
知らせる力の声は意外と落ち着いていた。
静かな最期で約束どおり傍に居られたことがそうさせたのかも知れないし、最愛の母ちゃんを失い職も無くし見知らぬ土地に居る不安が気力をなくさせたのかもしれなかった。

「こっちで火葬した後、秋田の教会で葬儀をすることにした。どうなるかわかんねぇけど、俺、秋田に帰る」

葬儀の翌日電話があった。
「母ちゃん、みんなから慕われてたんだなあ。つくづくそう感じた。」そして声が少し明るくなってきた。
「遺族代表の挨拶で俺が言おうと思ってたこと全〜部神父さんが先に言っちまったんだよ。慌てたな。でもよぉ、俺言ったんだ。あの世に行ったとき俺の目が見えてるかどうかわかんねぇけど、母ちゃんば探し続けるって」

ウルッとなってしまった私に力は続けた。
「あのよぉ、葬儀に参列してくれた前の職場のナンバー2の人がよぉ、『力さん職場に戻ってきてくんねぇか?あんたがいねぇとどうもいかん』って言ってくれたんだ」

電話の後、その内容をKに話し始めた途端、私は大泣きし涙がしばらく止まらなくなった。
 

原風景を感じれたらいい 2013年09月26日(木)

  いつの間にか長袖を羽織り、閉店後の散歩の途中で暗くなり、お休み前の東の夜空にオリオンが輝く季節になっている。

今年のカフェ周辺の夏を総括すれば、6月から7月は晴れの過ごしやすい季節が流れ、本番の夏は気温こそ30度前後で猛暑とはならずに済んだが、湿気の多い日が増え、何より1日の中で“晴・豪雨・雷・晴”と過去になく翻弄される日が多かった。
ただ、夕方からは涼しくなり寝苦しさとは無縁の昔懐かしい北海道だったように思う。

そして今日の雨が季節をスッキリ秋へと切り替えたように感じられ、今年の初夏のように長く続く穏やかな秋であれと願う。

そんな願いに合わせて今夜は穏やかなことを書きたかったが、目をつぶれない現状ばかりが目と耳に入る。

わんこと室内で暮らす文化が根付き始めて20年ほどになる。
思えば30年ほど前からそんな生活をされてる方はおしゃれだった。
そう感じていたのは北海道など地方で暮らしている方々に対してに多く、都会の有名人がステータスとして飼うわんことの違いは明らかにあった。

だが今、一般の方のわんことの暮らしは当時の“都会の有名人”の飼い方とダブってしまう。
『わんこを綺麗にし・着飾り・満足を与え・可愛がる素振り』ばかりが目につく。

自然や地域を散策し、庭木を手入れし、街並みを歩くその足元に語り合える愛犬がいる、という私の原風景とは明らかに違ってしまった。

『動物愛護の催し』なんていうのがあるが、そこに集まる飼い主の中には、平気で糞便を放置する者もいれば、『ほれ、お友達よ。挨拶しようね』と見知らぬわんこに近づけようとする無礼千万・無知天然の飼い主が幅を利かせている。
主催者は“飼い主のマナー”のしおりを配っているが、全く伝わっていないどころか、主催者自身その意味を理解していないことが多く、現場で注意することすらなく、飼い主は益々その横柄振りを『動物愛護』と誤解したまま刷り込まれていく。

その結果が、『こういう場所で吠えるのは当たり前』『それを受け入れてでの催しでしょ』となり、さらに現実社会での『わんこお断り』に繋がっている。

ドッグカフェをそんな飼い主たちの憩いの場として経営している方も少なくはない。

ちと、違ってはいませんか?

社会から断絶されたわんこと愛犬家のシェルターを広げたいのでしょうか?
気持ちは分かりますが、そっちが先行してどうしたいのですか?

大規模な組織自体に『犬と社会とのかかわり』の原則が理解されておらず、『叱らないしつけ』とか『動物行動学に基づいた…』との凝り固まった主権争いが繰り広げられている時代である。

そんなややこしいことに左右されることなく、愛情を持って育て日々接し、知らないことを教える時には優しい言葉(誘導)とおやつを使ってなじませ、許せないことにはバカヤローと鉄拳を振るい、同じバカヤローにもニュアンスが違う甘いことを経験させ、互いの性格と感性に寄り添って生きていけたらいい。
時々のマナーを感じ取りながらね。
 

愛犬の逝きよう 2013年09月16日(月)

  先日、これからの介護療養生活に意欲を持って取り組もうと愛犬アリー(GR)を伴ってM夫妻が来店された。
急性期の血液の病気だったアリーは『どこが病気なの?』というくらい元気だった。

12日に訃報を聞き、『やっぱり、そうか』と、我が家の初代看板犬スーの逝き様と重なった。
スーも同じ病気で、閉店後お客様を見送りし、カフェに戻ってすぐに倒れ、Kの腕の中で息を引き取った。

これからさらに思い出作りと後悔のない時を過ごそうと考えていた矢先の死だった。
M夫妻の心情も重なったことだろう。

そして昨夕、「ハグが死にました」という新たな電話が入った。
明日(火)から3泊の予定で、お泊りとトリミングを受けていたお泊り常連の健康(に見えていた)12歳のボーダーだった。

電話の声で『今しがた』の出来事であることが分かった。
ご夫婦とハグの3人で散歩中、自宅そばの歩道で突然ハグが倒れ痙攣したかと思うまもなく、そのまま息を引き取ったという。

驚き動揺する私に、今後の手配の相談をされる声が痛ましく気の毒でしかたなかった。

でも、お泊り中にそうなってしまったら、私とKが戸惑ってしまうし、お父さんお母さんがどんなに悲しみ・悔やむか分からない。
だから・・・
犬ってそういう感覚を持っているように思う。
盲導犬時代を含め、過去に何度もそんな経験をしているから。

アリーとハグ。君たちの事も忘れないよ。
どうぞ安らかに。
 


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