From the North Country

夕べの続き 2013年07月31日(水)

  腰の調子がいまいちだった私は、電話予約を入れ、Kさんから頂いた名刺の裏の地図を頼りにS治療院を訪ねた。
「長崎さんですね。」出迎えてくれたSさんの顔を見てもピンとこなかった。

そもそもSという名前に聞き覚えがあった程度で、どんな顔をしている人か、私の記憶の底にある人なのかすらはっきりしていなかったのだから。

「腰が悪いのですか」
入口から歩いてきた私の様子だけで彼はそう言った。
その後は、お医者様でもそこまで詳しくは聞かないであろう問診が続き、彼はパソコンにカルテを打ち続けた。

「ズボンは脱いだ方がいいですか?」と私
「ええ、これに着替えてください」と彼が持ってきたビニール袋には2Lとサイズが書かれていた。
目が見えない彼は、入口で私を迎えた時に私の声の位置で身長を把握していたのだった。

「Sさんって盲導犬協会で生活訓練受けられたことあります?」
思わず私は尋ねた。すると
「ええ、え?!長崎さんって…長崎さんですか?」と彼。
お互い『やあ、失礼しました』と相成ったのだが、私は「ごめんね、顔見ても誰だか分からずにいて」と謝った。
「いやぁ、もうこんなに頭が白くなったし」とSさん。

そして彼の話を伺ううち私の記憶も蘇ってきた。
もう20年が過ぎていた。

同期の入所者の記憶も戻り、私が宿直の時に夜の飲み会を毎晩やって気分を盛り上げていたこと
(今の時代にあんなことやってたら、懲戒処分だね。嫌な時代になったね)

Sさんは私の治療をしながら問わず語りを始めた。

辛かったね。30そこそこで失明して…
すぐにバツイチになって…
長崎さんの感覚訓練の授業の時も『見えてりゃ、こんなの簡単にできるのに』って悔しかった…
でも、歩行訓練受けて点字もちょっとは勉強できた

あの頃身内が親身になってくれるのが却って辛かったなぁ
函館の視力障害センターで職業訓練(あん摩・鍼・灸)の勉強をするとき、点字の教科書がうまく読めなくて苦労した。
カセットテープもあったけど『ここで点字を身につけなければ俺は一生字が読めなくなる』と頑張ったんだ。

3年後彼は国家試験に合格した。

凄いと思う。
バリバリ現役の30そこそこでベーチェットで失明し、離婚を経験し、2年のうちに切り替えて新たな進路に踏み出し、身の回りのことは自分でできる、歩ける、点字もパソコンもできる、国家試験のある職業技術で自立している。
なにより、その物腰と語り口の優しさは彼の人生から導き出されたような暖かさに包まれている。

そんな彼のような視覚障碍によっても生き抜いている人を私は何人も友人に持っているのがちょっと自慢であり励みだ。

「まだ、一人なの?」
「いいえ、籍は入れてないけど一緒に暮らしてる人がいます」
その言葉に彼の今の安らぎを感じ嬉しくなった。
一緒や!一緒や!
 

ちょっといい話かな 2013年07月29日(月)

  4年前の9月、古くからのつき合いで長年治療院を営み当時北海道盲導犬協会の会長をしていたSさんが、無責任にもあれよあれよという間に死んじまった。

深い悲しみとは別に、私は腰と膝、いや全身のメンテナンスをすっかりSさんに任せていたものだから、以降ぎっくり腰など起こさないよう細心の注意を払う羽目となった。(先月と今月やっちゃいましたけどね)

その思いは同じくSさんの治療を受けていたヒメちゃんの飼い主Kさんと共通していて、
「どっか近くでいい治療院ないかな」という話を何度もしていた。

「結構良かったよ」
4年が経ってようやくKさんは、ある治療院に出会ったようだ。
Kさんから頂いたその治療院のS先生の名刺を見た私は『もしかしたら?いや曖昧だな』との思いがよぎった。

話はおもいっきりぶっ飛んでしまうが…
1990年に入り、私が勤めていた北海道盲導犬協会では盲導犬の訓練だけでなく、視覚障碍者の早期リハビリテーションに力を入れ始め、私はその部門の長も務めていた。
デリケートでややこしい話を手身近に言えるかどうかわからないけど、つまりは、『今あなたの目が見えなくなった』という状況を想定して以下を読んでください。

1.見えなくなるなんて絶対受け入れられない!
誰しもそうでしょう。『まさか自分が』ってみんな思ってたんです。

2.じゃ、何年医療にすがりつきますか?
・きっと治る
・いい治療法があるよ
・医学の発達も期待できる
そうやって当時は見えなくなった方々が障碍を受け入れ次へ踏み出す気持ちになるまでにおおよそ5年から8年かかっていました。

3.仕事は?収入は?生活は?
・仕事を辞めざるを得なくなり、収入がなくなるのに医療費や交通費生活費はかさむ。
・自分の精神状態を保つだけでも大変なのに、離婚問題、人間関係の問題で家庭は崩壊する。

4.死にますか?
・首つりする準備を見られてることすら見えないんですよ。「お父さん何してるの!」って。
・橋から飛び降りるために白い杖での歩行訓練を受けた人も、確かにいました。

5.医療におけるリハビリテーションの観念が構築されていなかったのです。
・医療は『もうあなたの目が見えるようになることはありません。』ときっちり告知し、終わりを告げるのではなく次への情報を提供し、福祉やリハビリ部門へと引き継ぐべきだったのに、患者を思うあまり思わせぶりな態度を取り続け、結果的に社会復帰を遅らせ家庭崩壊へとつなげてしまった。

6.視覚障碍のリハビリテーションってなに?
・目が見えなくても身の回りの殆どのことはできるようになります。(細かいことは省略)
・読み書き、パソコン・携帯なんかもできます。
・(ちょっと大変だけど)自分一人で(頑張ればどこへでも)出歩けるようになります。
・大きくくくって20位の喪失があるけど、20の回復も用意されています。(見えないという事実だけは受け入れるしかありませんが…)

で、非常に大雑把だけど、盲導犬協会で私たちは
1・医療機関を啓発して協力体制を築き、協会として専門知識と技術を習得した職員を養成して受け入れ態勢を整え、外部機関との連携を密にし、行政の理解と支援を取り付けた。

2.医療機関の反応は上々だった。
医療も苦悩していたのだ。
とりわけ病棟の看護師たちの苦悩は深く、目だけが見えない健常な患者の今後の生活に、なすすべなく悶々としていたところに一条の光が射したのである。
看護師の思いは医師へと伝わり、経営母体に反映する。

ちょっと長くなって、酔いも回り、今夜中には書ききれそうもない。

今夜どうしても書いておきたいのは、
ふつう、リハビリっていうのは機能回復で、また歩けるようになるためにとか本人が頑張るモチベーションがあるでしょ?
でも、視覚障碍のリハビリはそうじゃない。
見えなくなったから、こうしよう、ですよ。
モチベーションどころか心折れちゃいそうですよね。

だから、障碍を受け入れるためにも医療や福祉・協会のような専門機関との連携が不可欠なのです。

それまで見えなくなってから5年から8年かかった混沌とした状況だったのを、1990年代に北海道盲導犬協会で私たちは2年の間に様々なステップに繋がる基礎的な情報や技術を伝えることができる仕組みを作り、職場復帰を果たした方もいれば、普通の主婦業ができるようになった方もおられるし、あんま・鍼・灸の先生として活躍されるようになる方もおられたのだ。

そして、先日Sさんとの再会があった。
もう無理、おやすみ。
 

嗚呼、おやぢ。 2013年07月25日(木)

  「いってらっしゃい。愛してるわ」と見送る妻。
「パパお帰り!」と迎える子供。

それから10年
見送るのも、どんなに遅くなっても出迎えてくれるのは、わんこだけ。

「お帰り」の代わりに「今日は早いのね」とか「お酒臭い」と言い、無言なのにインパクトある所作で”加齢臭”を嫌う表現をする。

仕事で疲れたおやぢは、いちいち反応しないように演じているけど、実は全部お見通し。
だって、昼間の仕事のほとんどが、そんな関連の緊張に包まれているのだから。

そんな時でもわんこだけは『パパー!』と舐めて応えてくれる。

会社で厳しいこと辛いことがあっても、家族には弱音を吐かないのに、頑張った自分を見透かしたように癒してくれるのはいつもわんこ。

そんなわんこなのに、『おやぢにどうしろというのだ!』
というのが、前回のこの欄の最後の言葉である。

女性がヒステリックになった時、いさめる言葉が無意味であるのと同じように、おやぢがわんこを溺愛しているのを誰も戒めることはできない。

生きていると不条理を条理として受け入れねばならないこともあるのだ。

おやぢに私流の犬育てを共感してもらうには、まんず一緒に飲みながらうだうだとした時間を過ごすのが一番の近道だと今夜なら信念を持って言える。

おやぢにわんこのしつけを期待してはならぬ。
といのが今夜の結論。
ああ無情。
 

吠えることに困っている?根っこはそんなんじゃないですよ。 2013年07月24日(水)

  「吠えるのをやめさせたいのですが」、との相談はしょっちゅうある。
そういう意識をもたれることこそが解決への第一歩になるから、私も応援している。

だって、吠えさせっぱなしで意にも介してないというか、騒音に慣れてしまって自分たちが異常な状況にあることすら感じない飼い主さんが多いですからね。

『だって犬だから…』とその飼い主さんは思い、
『だって犬だから最初の1年をちゃんと育てれば、あんな吠えはありえない』と私は思う。

さて、相談される方は既に1歳までの犬育てにおいて失敗しているわけだから、私のアドバイスは『吠えない育て方』から『吠えるわんこのしつけ』へと変わる。
いい気になって吠えるわんこに飼い主さんが『イエローカード』を突きつけるテクニックである。

酔いのなかでその方法を書くと、様々な語弊が生まれるから、これまで何度もこの欄で訴えた基本的な考えを書いておこう。

1.そもそもイヌは吠える動物であるから吠えることは異常ではない。
成長と共に群れ意識が芽生え、吠えることで他者の/に存在を知らせたり・威嚇し排除しようとしても異常ではないどころか、群れの一員としての存在意義のひとつを獲得したような気持ちになるだろう。

2.ただ、ペットのように生態を楽しむために飼ってる方より、家族の一員として受け入れ『社会的動物』として暮らしているのが最近では一般的だ。
生活地域で散歩をさせたり、公園やカフェに連れて行ったりと。

3.ゆえに、イヌ社会ではなく人間社会での『社会性を育む犬育て』と『迷惑を少しでも減らすしつけとマナー』が飼い主の責務となる。
ということはご理解いただけようか?

そのうえで、
1.『ダメって叱ってるんですけどねぇ』とお悩みの飼い主さん。
言葉で叱っておりこうになるわんこばかりなら、この世は名犬ラッシュですよ。

2.『口をギュッと押さえて、身体で覚えさせようとしてるんですけどねぇ』と強気な飼い主さん。
それは逆切れの訓練をしてるようなものですよ。

3.『おやつを使って慣れさせようとしてるんですが』と優しい飼い主さん。
ひとつの問題が解決したら次から次へと新たな問題が出てきませんか?
飽食の時代にエサで釣るのはマヤカシです。そもそも問題の根っこが解決されていないのですから。
おやつというのは、言語が通じない動物にある種の行動を引き起こし・理解させるのには有用ですが、ダメなことをダメと知らしめることはできず、転用する技法なのだから、飢えている動物に行動学的にその行為を回避させるだけのマヤカシなのです。

まともなブリーダーがちゃんと親犬を選別して家庭犬を繁殖させ、ペットショップでの陳列販売が消え、仔犬育ての教室で飼い主が勉強できれば、多くの問題は防げるのだが、現実を前にそうも言ってられないから私の熱っぽいアドバイスが始まる。

「お話を伺い、犬にばかり気を使っていた自分に気づき気持ちがとても楽になりました」
「やるときはやっていいんですね」

ちょっと物騒に聞こえるかもしれないが、子供を育てた中で何度かあった“あの瞬間”というケジメをわんこに通じる方法で応用しなさい、ということである。

「あれから吠えなくなりました」と喜ばれる飼い主に
「いいえ、犬が吠えなくなったのではなく、あなたが『それは許可しない!』と宣言できたのですよ」と私は答える。
わんこを見ると、『もう頑張らなくていいんだ』という柔らかい表情になっている。

変わったのは犬の方ではなく飼い主さんの意識だった。

「でも、うちの旦那ときたら…」と奥さんの愚痴が始まった。
おやぢには無理なんですよ。
この続きはまた。
 

これからは犬らしくでいいよ 2013年07月22日(月)

  4月に12歳になった我が家の愛犬アモはこの夏も健在だ。
先日行った支笏湖では気温22度のなか、元気に泳ぎ回っていた。
別に泳ぐのが好きなわけではなく、レトリーブが好きなだけだが私がアモの身体を気遣って夏場は水辺で遊ばせている。
陸を走れば足を痛め体温もすぐに上がってしまうけど、泳がせると負担なく後肢の可動域が広がって調子が良くなるようだ。

そんな親の気持ちも知らず、アモは自分のパターンを崩そうとはしない。
ボールを回収し水辺に上がるとまずはブルブル。
そしてボールを加えて草原まで砂利道を駆ける。
そこでボールを下敷きにごろんごろんと恍惚のパフォーマンスを終えてから、また砂利道を駆けて『投げろ』と催促する。
結局足裏を痛めることになるのに、結びつかない。

そして『犬だなぁ』と少し安堵する。

最近、このように『犬だなぁ』という場面に出くわすとなぜかほっとするのだ。

自分なりに別れの準備を始めたんだろうと思う。
これまでたくさんのわんこと関わってきたけど、大人になってからここまで長く・深く関わった犬はいないから

さあ、これからは犬らしく過ごさせてやろう。
 

私にわかるように教えてください 2013年07月18日(木)

  酔い潰れるまでに書いておこうと思った事柄だったが間に合ったかどうか私にもわからない。

札幌中心部では25度を超えているらしいけど、カフェ周辺では肌寒いほどの理想的な北海道の日々を過ごしている。
カワラヒワは何処にでもいる野鳥だけど、あの鈴虫が鳴くような響きと様々に変化する声が大好きだから、バードテーブルにヒマワリの種を今の季節でも置いている。

スズメ達の方が勢力があるのだろうが、カワラヒワ夫婦はスズメの群れに遠慮しながら、絶妙な間合いを取って共存している。

駐車場を囲むようにKが作ったガーデンがある。
シックな彩りがKの好みであり、私もいつの間にかお気に入りの仲間入りをしている。
その一角で、枝豆・インゲン・トマトの栽培をしている私は異質なのだろうが、様々なハーブ類がその緩衝役となってくれているようで、ふたりのガーデンに対する喜びはとてもうまくバランスが取れているように思っている。

で、何を書こうとしていたのかの正気を呼び戻そう。

つまり、
メディアの世論調査では21日の参院選挙で、投票前から『原発再稼働・輸出・推進』の党を支持する国民が圧倒的に多いという結果が出た。

「へー!」と正直驚いた。
3.11を経験してなお、2年4か月しか経ってない日本人の多くが、原発推進の党に投票するんだ?

私は好戦的な反動分子ではない軟弱者だけど、この予想には驚いている。

原発推進に一票を投じる人々がこれほど多いとは思いもしなかった。
『そうじゃない!経済政策への期待だよ』
って言い訳はなしですよ!
まさかあなたは原発推進、ひょっとしたら戦争放棄を放棄する『あの時代の日本人』になっているんじゃないですか?
こうやって書く私は踏み絵を踏んでます。
投票するときに『原発賛成!』へ投票する方もしっかり踏み絵を踏んでおられる。
私たちの一生のことじゃなく、子々孫々に何を伝えるかを残しているんですね。

最新の世論調査による大多数の意見だから、異議を唱える私の考えが偏狭なのでしょう。
でもどうしても、子供や孫たちに『手におえない原発事故と身近な戦争』を伝えたくないのです。

あなたはどう答えますか?
『じいじ、ばあば、お父さん、お母さん、その時あなたは何をしてたの?』という問いに。

『バブルで楽しかったよ。おかげであんたも生まれたし、贅沢できてるでしょ。まあ、原発で生活してる田舎の人は何十万人かひどい目にあってるらしいけど』
 

制御できてこその発展 2013年07月16日(火)

  気象変動が常態化した中、猛暑日や局地的豪雨が横行しているが今年のカフェ周辺はこれまでのところ心地よいと言える夏を過ごしている。
昼間の暑さはカラッとし、夕方からは一枚羽織たくなる理想どおりの北海道と言えよう。
この夏、北海道をツーリングしている方は気候的にはいい思い出を紡いでおられることだろう。
それでもゲリラ的な雷雨があるようだから、ご注意願いたい。

このように日々変わる気象を受け入れながら私たちは生活しているが、なかにはわんこと暮らし始めた結果をまるで天候のように受け入れ、そのわんこに振り回されて日々を過ごしておられる方がおられるようだ。

シャレ(小さな問題)のレベルでは笑えるけど、マジで身近な話になると容認をせず、『バカもん!』と一喝し時には制裁を加えることで人畜共存を果たしてきた“人間力”を忘れてしまったかのように。

雨乞いの真摯な儀式と、『おりこうなわんこになりますように』との思いを一緒にするな!ということである。

わんこのことで困っている飼い主さん。
祈る気持ちはよくわかるけど、自分が変われば相手も変わる、という現実を我が犬に教えられることを是非体感してください。

吠える我が家のわんこにははたはた困っているけど、可愛いんだよね。というはた迷惑な感情を乗り越えていただきたい。

反感を承知でいうなら原発も同じ。
(お金を生む)可愛い原発だけど制御できない、そんなわんこと私はとても暮らせないということ。

私は孫のためにも発信を続ける。
爽やかな北海道のツーリングを彼らにも体験させ、彼らなりの考えが育むことを願うから。
 

支離滅裂 2013年07月12日(金)

  先日、天下のNHKの朝番組で『愛犬のトラブル解消法』を紹介していた。
問題として紹介されたのは
1位、放置ベン
2位、吠え
3位、噛みつき
というものだった。

1位の放置ベンの解消法については共感した私だったが、2位以下の件に関して出演者の犬に対する意識とコメントの幼稚さに驚き、社会を代弁しつつ啓発しているNHKのこの分野でのレベルの低さに唖然とさせられてしまった。
つまり
2位、吠えについて
・散歩中に他犬を見て吠えるわんこの飼い主は、吠える前に方向転換をすることで回避できるだと?
・極め付きは、外出するときに吠え始めるわんこには、外出する時の仕草がばれないようにしたり、ハウスに入れてカバーをかけて見えないようにするのがいいだと?
ゲストの専門家の言葉に同意する出演者に幻滅。
こいつら本当に馬鹿か?とテレビ画面に食い入ってみる私のバカさ加減にあきれ返る。

『こんな時に吠えるからこうする』という、犬を馬鹿にした態度をなぜ人間は改めることができないのだろう?

『犬って状況が理解できるんですね』
『犬って言葉や感情が分かるんですね』って言っておきながら、根底に『イヌ』の意識しかない自分をなぜ恥じないのだろう?

『吠えるんじゃない!』と飼い主が言えばそう受け止める動物なのに、なぜ分からせずに吠え続けさせているのだろう?

吠えたり気ままな行動をするのが犬だと思ってるんでしょうが、その世界とか意識しか知らない人にこれ以上いうつもりはありません。
お互い別の次元で干渉し合わず暮らしましょう。と投げやりになってしまう。

3位の噛みつく犬にいたっては
・そんな犬を生ませたブリーダーに第一義があり
・0歳から1歳までのパピーウォーキングを知らないで、いい加減な育つ環境を与えた飼い主に責任があると思っている。
それなのに、
・目の合わせ方がまずかっただの
・斜めに近づこうだの

普通の犬をまともに育てれば人に噛みつく犬なんてそう簡単には育てられはしないのだ。
パピーウォーキングは盲導犬における用語ではなく、すべての家庭犬に共通する。

一方で、訓練やしつけを行うことが『飼い主の責任』とばかりに「シット!すわれ!」とこれ見よがしに愛犬に指示する飼い主がいる。

あれこそが私にとって最低で気質に合わず鳥肌が立つ瞬間でもあり、そうじゃない今を我が家の愛犬アモと暮らしている。
 

これって里子? 2013年07月02日(火)

  先日「里子を預かっているのですが…」という飼い主さんからの飼育相談があった。
私はてっきり『保護施設から引き取って世話をされているのだな』と、その好意にできるだけ報いようと丁寧にアドバイスをした。
だが、よくよく話を伺うとどうやら事情が違う。

100頭くらい飼育しているブリーダーが、不用になった繁殖犬を払い下げした結果の産物だったのだ。
私はちょっと複雑な気持ちになった。

・用済みになったわんこを、こうやって処分(人の善意につけ込んで引き取らせ)経費の節約をしてるのかな?
・以前なら母体がボロボロになるまで仔犬を生ませ、不用になれば遺棄したり保健所に持ち込んで処分してたけど、最近は保健所(動物管理センター)でのチェックが厳しくなったからこういう仕組みを考えたのかな?

ともあれ、わんこと里親?に責任はないから私はアドバイスを続けた。
・里親さんは『繁殖は考えていない』ということなので、病気予防のためにも避妊手術を勧めた。
・狂犬病ワクチンなど毎年必要なことをお話しした。

すると、勝手に避妊手術をしていいのか契約を確認しないと分からない。
ワクチンのことも聞いてない、という。

「移転登録はされましたか?」と伺っても『何のこと?』という表情である。
そもそも畜犬登録がされていたわんこなのか?
狂犬病ワクチンの接種がこれまでされていたのか?
そんな疑問が湧いてきた。(100頭近くの犬となれば登録やワンクチン代だけでも相当な金額になるから)

法的要件を満たしているかもしれないから断定的にこのブリーダーを批判することはできない。
ただ、
・ブリーダーを生業とするということは、商業ラインに乗らなくなったわんこをこういう形で“解放”するんだ、と勉強した。
・多頭数の飼育だから一般的な病気の集団感染を防ぐために法的にはどうでもいい混合ワクチンは接種しているだろうが、肝心の法律で定められた狂犬病ワクチンと畜犬登録はちゃんと行っているのだろうか?という疑問は生じる。(契約獣医がいれば混合ワクチンの費用は安くできるし)
・不用になったわんこを『里子に出す』という表現には大いなる違和感を感じる。『棄てたり殺すよりいいべ!』という開き直りの声が聞こえてきそうで。

このままこれを里子制度として認めてはいけないと思う。
 

年を重ねている 2013年06月30日(日)

  早いもので新春の『あけおめ』から今年も半年が過ぎた。
今年の初夏は今日に至っても爽やかな日々の連続である。
その節目頃が私の誕生日なのだが、今年の天からの贈り物は『ぎっくり腰』。
本人は果てしなく痛いのですが、迷惑はみなさんやKに降りかかって本当に申し訳ないです。

さて、今では嫌われ物どころか人間性まで卑下される対象となった煙草を吸い始めておおよそ40年になる。
あの頃の映画や刑事物のテレビでは“紫煙”は欠かせない日常を表す光景だった。
それが今では『1本吸うたび5分強、命を縮める』と例えば日本○○保健会が冷静に警告をしている。

それによると私の余命はおやぢの寿命から推計するに、あと8.3年はありそうだ。(おやぢもヘビースモーカーだったから、さらに負荷がありそうだけど)

ともあれこれだけの喫煙者は平均余命より5.7年ほど短いようだが、この年になっても『何歳まで生きた』かより、『どう生きてどう死んだか』の方に興味があるものだ。

で、「来年は還暦で定年です」という私に
「カフェはやめないで」という方もおられれば
「赤い勝負パンツを贈ります」という声も出る。

Kからの申し出は「お気遣いなく。でも頂けるなら赤いコルセットを」
ってどういうことだい!
 


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